更新しないと書いてしまい、申し訳ありませんでした。自分の弱さに負けてしまったことが原因です。しかし、疑問にはできる限り答えたいと思います。蒸し返す結果になるかもしれませんし、批判的な方には単なる言い訳にしかならないかもしれませんが、素直に書いていきたいと思います。
531. Posted by 今井さん、この疑問に答えてください。 2006年02月09日 01:14
今井さん、あなたはなぜ批判されているか分かりますか?
,泙此△△譴世雲府がイラクへ渡航することに対して警告を発していたのに、勝手に無視してイラクへ行ったこと。
△修靴董∧瓩泙辰燭藝E戮呂△覆燭硫搬欧マスコミを利用して政治的主張をしたこと。
9駝韻寮廼發(大金です!!)使わせておきながら全く感謝していないこと。
あなたは救出費用を国民に返しましたか!?
あなたがあなたの敵だとおっしゃる政府のお金ではありません。
私達国民の汗水垂らして働いた血税です!!
い三方も帰国した後、人質になったという機会にここぞとばかりに政治的発言を繰り返した。
イ修靴萄2鵑里海離屮蹈阿琉媼駟屬靴里茲Δ聞堝亜

 ,聾紊膿┐譴泙后△亡悗靴董∋笋硫搬欧政治的な主張をしたとありますが、私の家族はあのとき私を人質に取ったグループの要求に沿ったことを主張し、それが政治的主張と重なってしまったことはあるのではないか、と思います。その裏づけにはある程度、私の家族が「共産党一家」と一部のメディアに書かれたことがひとつの原因だと思いますが、私の家族は共産党一家でもありません。昨年の選挙では共産党ではない政党に投票していますし、私自身は以前からまったく違います。むしろ彼らのやり方をある程度、批判している方だと思います。

 また、話は少しずれてしまいますが、すべてここで書きたいので読んでいただければ幸いです。僕は高校のときから諸君や正論といった雑誌の読者でもありました。僕自身、市民記者をやっていたころ、とんでもないことを書いていたことは反省すべき点ですが、事件当時は驚きを隠せませんでした。「僕が革マル?」と考え込んでしまいました。

 に関して、これは本当に迷惑をかけて申し訳なかったという思いです。ただ、僕自身、あれ以来、あまりメディアには露出していません。特にテレビには昨年のNHK以外はかなり短時間で4回か5回ほどしか出ていないと思います。それはいろいろなところを断ってきたからです。そういった場所では感謝の言葉は言ってきたはずです。少なくとも僕はそういった気持ちはありました。

 い亡悗靴討任垢、これは政治的な発言と捉えるか捉えないかの問題だと思います。特に私自身はあのあと、講演会などは要請などはかなりありましたが、ほとんど断ってきました。著書などで事件に関してや過去のことに関しては触れましたが、僕の心の中ではある程度政治的な発言は控えてきたはずです。また、このブログに関しても個人的にはですが、あまり政治的なことなどは発言していないと思います。

 イ亡悗靴討任垢、不快に思われた方がいたことは本当に申し訳ないと思っています。ただ、私としては今後批判していた人々と会ってきたルポなどを載せていこうと思ったときに一度に有名になってしまいました。昨夜の電話では「それはあなたが予測しなかったから悪い」といわれ、その通りだと思います。しかし、僕は批判の手紙を立ち上げたのは反省していることも含めてあらわしたいと思っていたことも事実です。


61. Posted by みつ 2006年02月12日 01:30
あなたの、イラク事件また事件前後の行動理念。そして、多くの人があなたに対して感じている疑問が理解・解決できるかと思ったのですが、なかなか教えて頂けないんですね。
なぜここまでスルーされるのでしょうか?うがった事を考えてしまいます。

 イラクに行った理由、私の中で大きく分けて3つの理由がありました。
私が行動すれば、私と年齢の近い人々が興味や関心をいだいていただけるのではないか
劣化ウラン弾の被害について訴えたい、絵本をそのために作りたい
自分の眼で現状を見たかった

,亡悗靴討蓮▲ぅ薀でも何でもいいからとにかく社会的に何か参加して考えようよ、ということを当時考えていました。△亡悗靴討魯ぅ薀では劣化ウランによる影響と見られる白血病やガンの被害が急増していたことが上げられ、何よりも子供の被害について、将来のある人々がこういったことで未来阻まれてしまうのだろうか、と疑問に思い日本で伝えたいと思っていたことが挙げられます。はやはり自分で見て来なければ伝えられない(これは今考えてみれば甘い考えだと思いますが)と思ったことが挙げられます。

 また、劣化ウラン弾に関してなぜ関心が強かったというのは、ベトナムで枯葉剤の被害を見たことと自衛隊の方々への健康を心配したことがあります。まったく被害の原因が違いますが枯葉剤はベトナムの子供3世までにも遺伝的な影響を与えていました。また、自衛隊の方々に関して僕は2003年の11月(これは自衛隊が派遣される前)ですが、僕にとっては地元なので劣化ウラン弾の影響対策をあまり考えないで自衛隊を派遣するのはいかがなものか、と考えていました。そのため、当時僕はファックス通信というものを約一ヶ月徹夜で全国20数社の地方新聞と全国紙に送っていました。そこでそのようなことを書いていました。

 その後、劣化ウラン弾の被害を伝えようと2003年の12月に友人と一緒に市民団体を開き講演会などを開き、そのときに高遠菜穂子さんに会いました。それは2004年の3月初旬だったと思います(つまり拘束事件の一ヶ月前です)。当時、僕と市民団体のメンバーで絵本を作れないか、との話が出ていたので高遠さんに話をしてみると、「あなた、覚悟ないでしょ。死ぬかもしれないんだよ」と最初にいわれたことはよく覚えています。

 その後、2週間ほど家族と話し合いイラクに行くか否かを考えました。また、イラクへ行った友人から「わからないけれどね、私、ガンになったんだよ」といわれ、そういった影響もあるのかもしれない、と本当に悩みました。兄や父は「お前が行く必要はない」と強くいっていましたが、最終的に家族で話し合い、高遠さんと一緒に行くことに決めました。その前にも高遠さんと母はよく話し合っていました。

 その後の拘束の体験については下記のサイトで見ていただければ幸いです。これ以上は長くなると思います。また、拘束後に関しては今後述べさせていただきます。

東京新聞 手記
http://www.tokyo-np.co.jp/hitojichi/

感謝の意
7. Posted by   2006年02月14日 02:59
2/誤字や意味の通りづらいおかしな言い回しが多いです。修正してください。
>ただ、僕自身、あれ以来、あまりメディアには露出しています。
>当時僕はファックス通信というものを約一ヶ月徹夜で全国20数社の地方新聞と全国紙にファックスを送っていました。
どこがおかしいかはご自分で考えてください。

今井 助かりました。申し訳ないです。