2018年11月16日

Risotto al Seri セリのリゾット

セリのリゾット2今日は「おいしいイタリア」の日でした。
「おいしいイタリア」は毎月第三金曜日に仙台市福祉プラザの調理室で開いているイタリア家庭料理の会です。

通常3品、参加者のみなさんと作って、一つのテーブルを囲んで試食をするいたってシンプルな会で、来年で10年目に入ります。

今月は下の3品を作りました。

-セリのリゾット
-鶏肉のレバーソース
-柚子風味のサラダ

セリは宮城県では冬になると「セリ鍋」などにして食べます。また仙台雑煮にはなくてはならないものです。

震災前なので10年近く前のことと思いますが、名取市で料理コンテストがありました。名取市の特産を使った料理だということでした。トライするのが好きな私はさっそく申し込みました。

私の住んでいる亘理町と仙台の間にあるのが名取市で、セリは名取の特産品です。

寒くなってくると、仙台へ行く常磐線の車窓からセリの青々と栽培されている様子が見られます。名取で栽培され始めたのは江戸時代からだということです。

セリをペーストにして練りこんだ手打ちパスタ、「ナトリーナ」というレシピを考えて応募しました。これもまた特産の鮭と笹かまぼこを使ったクリームソースで和えた緑色のパスタがまずいわけがありません。

第一審査を通り、第二審査では、実際に作って審査員に味わってもらい優秀賞を決めるという流れでしたが、その日私は仕事でイタリアへ行かなくてはいけないことが発覚しました。しかし棄権するのも残念です。栄養士の勉強を一緒にした友人二人に託すことにしました。二人は料理が得意です。

可哀想なのはこの友人たちでした。すっかり責任を感じて恐々としていました。「大丈夫、大丈夫」と呑気に私は励ましながら、1度レクシャーをし、それから数回にわたって二人は練習をして本番に挑んだのだそうです。

帰国してから、結果を知ってびっくり。

二人のパスタは優秀賞を獲得したからです。審査員に大好評だったのだそうです。私ではなく、二人だからこそ1番になったと思っています。今となってはいい思い出です。

私はよくこんな風に、自分が始めたものをいつの間にか他人に任せて、大騒ぎしている様子を自分は遠巻きに眺めている...ということが多々あります。

セリとイタリア料理との相性は抜群です。リゾットにしてもおいしいので、是非作ってみてください。

シンプルなリゾットなので、スープは市販のスープストックではなく、家庭で手軽にできるスープ...例えば煮干しのだし汁や、鶏胸+昆布で取ったスープなど手作りのものを使ってください。おいしさが違います。


<材料 Ingredienti 4人分> 

セリ              小一束

玉葱                1/2

バタ                20g20g

オリーブ油             大さじ2

米                   240g

白ワイン             100cc

水                  1.5

煮干し                13

塩                小さじ1

パルミジャーノレッジャーノ    大さじ4杯


<作り方 Preparazione>
玉葱はみじん切り。

 

煮干しは分量の水に入れて1530分ほど置いてから火にかけ、沸騰したら、約6分煮出し、煮干しを取り出す。熱いうちに分量のを入れ、お吸い物程度に塩味をつける。

③平鍋にバタオリーブ油を入れ、みじん切りにした玉葱を透き通るまで炒める。を加え全体が熱くなるまで炒め、白ワインを注ぎアルコールを飛ばす。

④③に、お玉2杯分の熱いスープを加え、表面がふつふつ煮立つ程度の火加減で、木べらで混ぜながら煮ていく。


⑤汁気がなくなってきたら、お玉1~2杯スープを加え、木べらで混ぜ続け、この作業を繰り返す。全体で約
17分煮る。仕上がりはアルデンテに。
(スープは余っても良い)


⑥最後にパルメザンチーズと残りのバタを加え、空気を含ませるように鍋底から大きく混ぜ、なめらかなとろみをつける。火を止めてセリを加えて出来上がり。


セリのリゾット

norichetta at 21:08|PermalinkComments(0) Incontro di cucina italiana   おいしいイタリア | パスタなど Primi piatti

2018年11月12日

Pollo alla salsina di fegato 鶏肉のレバーソースとトスカーナの思い出

鶏肉のレバーソース和えイタリアは地域によりますが、モツ料理をよく食べる国だと思います。

日本でも知られるようになった「トリッパ」は庶民の味の代表選手。フィレンツェへ行くとお気に入りのトリッパ屋台で、一回は立ち食いします。

レバーを使った料理も色々あります。有名なところでは、カリカリに焼いたバゲットに、レバーペーストをたっぷりのせていただくクロスティーニや、玉ねぎと炒めたレバーのヴェネツィア風など。

レバーそのものを食べるのではなく、ミートソースに少量加えて、コクを出す使い方もあります。

今月の「おいしいイタリア」は11月16日(金)、いつものように、仙台市福祉プラザ調理室で行います。参加お申込みお待ちしています。
norikasato@hotmail.com

メニュー
-鶏肉のレバーソース
-セリのリゾット
-柚子風味のサラダ


鶏のレバーソースは、玉ねぎ、アンチョビ、ケッパーなどと一緒に炒めたレバーを白ワインで蒸し煮にした後、フードプロセッサーにかけソースにし、ソテーした鶏肉に絡めて出来上がり。コクのあるソースがおいしい一品です。

「レバーが料理のコクに一役買う」ということで思い出すのは、鳩のレバーを入れたラグー(ミートソース)です。

私が初めてイタリアへ行ったのは1998年の春。イタリア語学校に通っていたのですが、授業中、先生がヴェンデンミア(Vendemmia)の話を何気なくしました。ヴェンデンミアというのはワイン用ブドウ狩りのことです。

「それ、絶対したい!」、その瞬間思いました。というのも、私にとって、イタリアはトスカーナの田舎風景の中にありました。

わんさという観光客の間をぬって、ドォーモ広場を通りながら、家と学校を行ったり来たりする毎日だったので、いつになったら、私が描く、あのなだらかな高低を描く丘、その上にまっすぐそびえる糸杉が点々と無秩序に並ぶトスカーナの田舎に会えるのか、とずっと待ちわびていたので、思わず手を挙げ、「どうしたらそのヴェンデンミアなるものの体験ができるのか」と先生に尋ねました。

生まれも育ちもフィレンツェの旧市街という典型的なシティボーイの先生は、今までにブドウ狩りに興味すら持ったことがなかったらしく、「ブドウ畑を持っている友達を見つけることだね」と言い、また、「君は外国人だから、場合によっては怪我をしてしまう恐れのあるハサミという道具を使うから、保険の問題とかも絡んでくるかも」とつけ加えました。

いろんな語学学校が、ヴェンデンミアやオリーブ狩りなど様々なアグリツーリズム体験を企画していることがごく普通となった今では、この時のことを思い出すと笑い話のようです。

そこで私は、知っているイタリア人一人一人にヴェンデンミアのことを尋ねてみました。みんな首をひねって考えるばかり。「イタリアに住んでいて、ヴェンデンミアに興味をもったこともないのかい!」と私は呆れました。そういう私もコメ国に生まれながら、稲刈り経験をしたことがないので、結局同じようなものです。

そうこうするうちに見つかりました。当時、もう一つの語学学校にも週数回通っていたのですが、そちらの先生が、「おじいさんが農業をしている男子を知っている」と紹介してくれました。

懐かしい写真5雨が多い秋でした。雨が降るとヴェンデンミアはできません。毎日そわそわ何度も農家に連絡をしては、明日はするのか、明後日はどうだ、と訊いてました。その執拗さに、当時シェアしていたイタリア人も、電話で話す私の横で苦笑いをしていたほどです。

数日経って、「明日やることにしたよ」と連絡が来た時は、本当にうれしく、胸が高鳴りました。

親戚の一人がフィレンツェの街の中に住んでいるということで、フォルテッツァ・ダ・バッソ要塞のそばで落ち合い、車でトスカーナのヴィンチ村へ連れてってくれました。ヴェンデンミアは天候が変わらないうちに、2~3日で収穫を終えないとワインの味を左右するので、この時期は親戚総出です。

農家の一家は、突然やってきた外国人の私にもとても親切にしてくれました。町の中で出会うイタリア人は、だれもかれも親切とは言えず、嫌な思いも少なからずしていたので、そういう意味でも、別世界に来たような気がしました。

もうイタリアとは20年の付き合いで、親切なイタリア人、あまり親切ではない人と見分けがつくようになりましたが、それでも尚、トスカーナの農業従事者と話していて、クリアーな心というか、彼らの飾り気のない「まっさらさ」に感動することが今でもあります。

3懐かしい写真イタリア語は好きだけれども、イタリアのことはほとんど分からず、興味があまりわかないまま来て、毎日机にしがみついて語学を勉強していたのですが、コロッセオもドォーモも私にはどうでもよく、ただ、トスカーナの田舎は、揺るぎのない私の憧れでした。

ブドウはものすごく大きな房で立派です。鋏で切ると、どっしり私の左手に身を任せて落ちてきます。これがイタリアのワインになるかと感慨深く、「ああ、イタリアへ来たのだ」としみじみ思ったものです。

懐かしい写真お昼にはテーブルを外に並べ、労働する人たちみんながテーブルを囲みます。おばあさんが作った鳩のミートソースで和えたパスタを口にした時、「これこそ私の探していたイタリア料理だ」と思いました。イタリア料理はレストランではなく、家庭料理にあります。

鳩はおじいさんが獲ってきたものだとおばあさんが説明してくれました。「マンマは鳩のレバーも一緒に入れるのよ」と横で娘さんが教えてくれました。そうすると味に深みが増すのだということでした。

太陽の下、風を感じながら、大きなテーブルを大勢で囲んでワイワイ食事をする... 私が頭で描いていたイタリアの風景の中に、私も仲間に入らせてもらうのが夢のようで、嬉しく、おいしく、楽しく、感激しながらモリモリおばあさんの料理をいただきました。

ヴィンチ村には3日間通いました。ヴェンデンミアが終了した夕方、緩やかな丘にいくつもの線を引くように並んだブドウ畑が夕日に染まり、東の空に満月が浮かんでいました。それはそれはとても美しい風景でした。涙が出そうでしたが、嬉しすぎて顔が勝手にほころびました。

ランチの時、無口な男の子が数人テーブルの奥に座っていました。イタリア人だと思って一緒に働いていたのですが、どうやら出稼ぎに来ている外国人だったようです。彼らは賃金をもらって帰っていきました。私は去年のワインとブドウやイチジクなど、トスカーナの秋の実りを沢山いただいて家路に着きました。

懐かしい写真2それから何度となくこの農家を訪れ、ブドウ狩りやオリーブ狩りをさせてもらっています。その間、おじいさんとおばあさんは亡くなり、彼らの孫で、私と同年のダニエレが後を継いでがんばっています。

馬小屋だった建物をきれいにリメイクして小さな宿泊施設にし、観光客を受け入れています。宿泊客のリクエストに応じて、オリーブ畑の近くにプールも作りました。おじいさんからの農園を頑固に守り続けるだけでなく、時代の変化に応じた柔軟さに感服します。それでも、「とても迷った」と本心を聞かせてくれたことがありました。プールは周りの風景に溶け込み、ずいぶんデザインに頭を悩ませたのだろうと思いました。

シティーボーイであったダニエレですが、休みの時はおじいさんおばあさんのところへ足を運んで農業を手伝ううちに、トスカーナの田舎の魅力に目覚めて行ったのだそうです。

おじいさんがしてくれた戦争時代の話、同盟国だったドイツが敵国となり、ある日突然、襲撃にあった話を思い出します。鬼気迫る話しに、一同シーンと耳を傾けました。

おばあさんがしてくれた新婚時代の初々しい話も思い出します。当時、舅姑と一緒の生活で、旦那さん(おじいさん)と、新婚らしく「イチャつくこと」などもっての外だったわけですが、毎朝、朝食の後、みんなと一緒に畑仕事へ出て行ったおじいさんが、「鋏忘れた」「鍬忘れた」とか言いながら、一人で家に戻ってくると、家事をしているおばあさんのところへふらりと現れて、さり気なくキスしていくのだったそうです。

おじいさんが亡くなって、料理もあまり出来なくなったおばあさんが嬉しそうに何度も同じ話をしてくれました。




norichetta at 12:28|PermalinkComments(0) Rubrica コラム | Incontro di cucina italiana   おいしいイタリア

2018年11月05日

ポルチーニと中学生キャリアセミナー

188今年、日本ではキノコが豊作で、そのため、キノコ狩りの事故のニュースを例年よりも耳にしました。

昨日、イタリアの友人から「今年、イタリアはキノコが豊作で、キノコ採りに行く人たちが夢中になって、足を滑らす落下事故が多発している」と聞きました。日本とイタリアは離れているけど、共通することがこんな風によくあります。

昼食前に電話をくれたこの友人は、「これからポルチーニを沢山入れたタリアテッレを食べるんだ」と言ってました。

ピンキリですが、ポルチーニは1kgあたり、だいたい25-35ユーロ(4,000~4,500円)で、4~5人分のパスタソースを作るには1㎏は必要です。1㎏と言っても、ニンニクとオリーブオイルで炒めれば、あっという間にシュンと嵩が減ります。

1年に一遍くらいは、ケース買いをして、ポルチーニがたっぷりと入ったパスタ、もしくは、大ぶりのポルチーニをカラッと揚げて、思いっきり秋を味わおうと、この時期、多くのイタリア人が思っているはずです。私も去年ヴェネツィアで食べたポルチーニを思い出しています。

さて、先週、登米市の中学校へ行って、自分の仕事について話す機会がありました。キャリアセミナーと言って、学校は色々な分野の社会人を呼んで、子供たちにいろんな職種の話を聞く機会を与え、将来のことを考えるきっかけを作ろう、というもののようです。

私は今のようにイタリア語を教えたり、通訳や翻訳をしたり、イタリア人観光客を案内する前、栄養士をしていた時期があるので、その道はまっすぐ一本ではなく、その点でも、中学1年生に為になる話には思えなかったのですが気が、こういう人もいる、ということを知ってもらうため参加させていただきました。

私の中学校時代を振り返ると、海外や外国語など全く興味のない子供でした。小さい時から日本があまりに好きだったので、外に目を向けることがありませんでした。それが少しずつ変わっていったのはチャップリンの映画からで、以前、ここに当時のことを書いたことがありましたが、その頃からの話をしてみようと思いました。

そんなぼんやりした子供だったので、将来の夢など具体的なものは何もなく、中高と安穏と学生時代を過ごしていたわけですが、高校3年の時に変化がありました。料理が好きだったことから、選択科目で栄養学を選んだのですが、これがとても面白く、栄養士になろうと決意しました。毎日体の中に入っていく食材が私達の体を作っているというごく当たり前の現実が、私にとって大きな発見でした。

短大を卒業と同時に栄養士の資格を得て、障害を持っている子供たちの通園施設の栄養士になりました。栄養士の仕事はもとより、障害について何も知らなかった私は何もかも勉強でした。例えば、自閉症のお子さんなど、食の中にも強いこだわりを持っていることがよくありました。私が出会ったお子さんには、白いものしか食べないとか、千切りしか食べない、という例がありました。こういったこだわりは、成長と共により頑固になるので、子供のうちに色々な食材に挑戦して何でも食べられることを目指して、栄養士は献立を作成し調理しました。

園の給食は、お家の食卓と違って、子供たちにとって、新しい食材や苦手なものにも挑戦する絶好の場となります。同年のお友達と肩を並べてライバル心が生まれ、大好きな先生に格好いいところを見せよう、という気持ちも手伝うからです。いろんなものを食べられるようになると、子供たちの生活も広がっていくことを目にして、食と心が密接につながっていることを、園の子供たちから教えてもらいました。

ある年行われた栄養士の研修先で、たまたま入ったイタリアレストランで食べた生ハムメロンがものすごくおいしくてびっくりしました。数日後、たまたま手にした本の中に、「生ハムメロン」をイタリア語で何と言うのかカタカナで書かれていました。

あのおいしかった生ハムメロンを思い浮かべながら、「プロシュット・コン・メローネ」「プロシュット・コン・メローネ」と何度か発音してみた途端、「いい響きだ」と思いました。そして間もなく、NHKラジオ講座でイタリア語を始めたのです。

英語にはあまり魅力を感じない私でしたが、イタリア語にはすっかり夢中になりました。毎日ラジオを聞き、録音したテープを聞きながら職場へ行き来するうちに、どんどんはまっていきました。英語にはない文法的な決まりが不思議で面白く、なんといっても響きが好きでした。
特にVorreiというRの巻き舌にうっとりしました。

1年ほど経つ頃、「イタリアへ行って現地で勉強しなければ」と思うようになっていました。一方で、栄養士の仕事にやりがいを感じるようになっていたので、どうしたものか、当時ものすごく悩みました。最終的にイタリア語を選んだわけですが、6年間働いた園と別れる時の心が千切れるような辛い思いは今でも鮮明に思い出せます。

今回中学生に話すにあたって、当時のことを振り返り、思い出したことがありました。イタリア行きは語学習得が目的でしたが、当時、自分に強い欲求不満を抱えていたことも理由の一つでした。「自分は苦労をして、もっと強い人間にならなければならない」「その為に、知らない土地へ行って、頼る人が誰もいないところに身を置いて、沢山苦労しなければいけない」という気持ちが根底にありました。

初めて行ったイタリアでは、色々な苦労がありました。到着した時の話も以前ここに書きましたが、イタリアを好きになるまで3か月かかりました。日本語は話さないように徹底しました。

通訳ガイドの資格は、2回目の大学留学を終えて帰国してから取りました。10年前のことです。自分の国について勉強すること、イタリア語で説明するのは楽しい。留学中、日本のことを聞かれることがよくありました。私の説明によって、イタリア人がもっと日本に興味を持ってくれるととても嬉しかったです。

外国に興味を持つと、逆に自分の国のことを深く考えるようになります。

帰国後に始めたものの一つとして、月一回の「おいしいイタリア」です。語学以外でも「イタリア」を媒体にして楽しむことを考えてスタートしました。イタリア人は食を大切にする国民。みんなでテーブルを囲んで、食べることがコミュニケーションツールの一つで、手作りへのこだわり、愛情を料理に込めて家族に振る舞う様子に共感しました。

ペルージャで地元の料理自慢のおばあさんたちから、色々な郷土料理を教えてもらい、どんなに自分の土地で生産される食材や、地元の家庭料理を誇りに思っているか、時に少々滑稽なほどでしたが、とても素晴らしいことだと思いました。

こんな風に私のキャリアセミナーは、話があっちへ行ったりこっちへ行ったりで、中学生を当惑させてしまった感がありましたが、その後、イタリアの街並み、下宿していたおばあさんと手打ちパスタをしている様子や通訳ガイドで各地を回っている場面、「おいしいイタリア」の様子などのスライドを見てもらいました。

話を聞いてくれた中学生は、みんな真剣にメモを取ってました。私のクラスに来てくれたのは、外国語に興味がある子供たちばかりでした。スライドの後、質問を受けましたが、「イタリア語を教えていて、または通訳ガイドをしていて、どういう時に『良かったなぁ』と思いますか」「通訳をするのにどんな勉強をしたらいいのですか」「パスタは機械でなく、必ず手打ちなのですか」「イタリア人と日本人の違いは何ですか?」などなど、しっかりとした内容、ゆかいな感想が返ってきました。

私が中学1年の時は何を考えていたのだろうか、まったく覚えていません。だからこんな話で良かったのかどうか、まったく自信がありません。

今月末、もう一つキャリアセミナーに呼んでいただいています。今回よりも、中学生と言葉を交わす時間をもっと取れたらと考えています。

ものすごくおいしかった去年のポルチーニのタリアテッレ
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norichetta at 07:51|PermalinkComments(0) 自分のこと