2005年10月

2005年10月25日

ローマ美術めぐり

2000年10月ローマ 006














イラン人の友達アミールは
、大学が始まる前、大学付属の語学学校に1ヶ月間通っていたこともあり、イタリア語を勉強しに来ている外国人の友達が沢山がいる。彼と一緒に学食へ行くと、それこそ知っている人ばかりだ。

彼は、どことなく私の埼玉のいとこに似ているので、クジーノ(いとこ)と呼んでいる。
「どうしてぼくが日本人?」といつも納得のいかない顔をする彼だが、今日は、ドイツ人の友達に、私を「僕のいとこ」と紹介していた。

 

今日は、大学が募集していたローマの小旅行に参加する。

アミールがドイツ人の友達数人と参加する、と言うので、私も久しぶりにローマを見ようと申し込んだ。
途中、高速道路は霧がかかっていたが、
ローマにつく頃は、青空が広がっていた。

 

バチカン美術館の前が到着地である。最後の日曜日とあって、すごい人出である。今日一日バチカン美術館の入場料がフリーであることも理由の一つだろう。このすごい列の長さに私たちは目を丸くしていた。アミールの親友ドイツ人のカイが、去年来たときは2時間待って入った、と語った。

7時ローマを発つから、時間が限られている。別なところをまわったほうが無難だろう、という雰囲気になった。

 

私は、どうしても7年前見たきりになっている、システィーナ礼拝堂や、ここ最近、美術史の講義で出てくるラッファエッロなどの作品を見たかった。

2月の試験まで各自研究することになっているアンニーバレ・カラッチは、ある時期、ラッファエッロの絵を研究した。そんなこともあって、ラッファエッロの壁画など、是非とも見なくてはならない、という気持ちもあってこの小旅行に参加したので、アミールや他の人たちと別行動することに決めた。

 

2000年10月ローマ 003こういう時こそ、自分の特長を利用しなくてはならない。

私は体が小さいので、するりと上手い具合に列の前のほうに入り込んだ。つまり、横はいり、のことです。ごめんなさい。

 

そんなわけで、30分待っただけで、念願のバチカン美術館へ足を踏み入れることが出来た。

 7年前とはだいぶ変わったように感じた。


ラッファエッロの間から見る。
ちょうどイタリア人のグループがいくつかあって、ガイドさんが丁寧に説明しているのを聞かせてもらった。

 

それから、ミケランジェロの壁画で有名なシスティーナ礼拝堂へ入る。ざわつくと「静かに!」「写真は駄目です!」としつこいぐらいに数人の監視が言っていた。前はこれほどでなかったのにと思う。


やはり「最後の審判」は良かった。

 天井にも創世記の物語が描かれているが、その中に、アダムとイブの絵がある。これももちろんミケランジェロの作品だが、10年前、時間をかけて「洗浄」したとき色々な発見があった。ミケが描く人や聖人などは、ヌードが多く、それを良しとしない教会の風潮から、いくつかの人物の大切なところを隠すため、芸術家は、腰布を上から描くよう命ぜられた。

そのことが、この洗浄で発覚したことは有名な話である。

 

ちょっと感動した話としては、この天井のアダムとイブの絵の洗浄話しだ。

5世紀もの間積み重ねられた埃で、ほとんど真っ黒になってしまっていたアダムをすこしずつアルコールと水で洗っていくと、瀬戸物のように輝きだし、イブの唇には、細かい筆で縦の線を入れていたことがわかったという。もちろん、地上でこの絵を見上げたときには、肉眼で見ることは出来ない細い線。

足場を付けて作業していた人たちだけが発見できたものである。

 「最後の審判」は、法王の命令で描いたものであったが、ミケランジェロは、教会や法王のためではなく、自分自身のために描いていたことが分かるエピソードで、「偏屈者」で知られる彼らしい徹底ぶりに、ますます彼が好きになった。

 

ミケランジェロの名前ばかりが前に出がちなシスティーナ礼拝堂だが、両脇の壁画は、ペルジーノ、ボッテチェッリなどそうそうたるメンバーによるものだ。今度は、双眼鏡を持っていってもっと間近から見たいと思った。

 

絵画館では、これも美術史の講義の中で、アンニーバレと比較してよく出てくるカラヴァッジョの作品、「十字架降下」が一番印象的だった。

 

午後は午後で、美術史の教授の助言でいくつかの教会をまわる計画をしていた私は、途中、老舗のピザやジェラート屋にも寄ることも忘れず、アンニーバレの作品を求めて、古典主義の作品を置いている教会を6箇所ほどまわった。ドメニキーノやランフランコなどだ。


その中でも、やはりカラヴァッジョの作品二つに惹きつけられた。

もし、ローマに行くことがあったら、聖ルイージ・デイ・フランチェーズィ教会にある聖マタイの召し出し」聖アゴステーノ教会にある巡礼者の聖母」を見ていただきたい。

どちらも、街の中でフラリと入れる場所に位置している。

 

無事に715分にはバスが出発予定のカヴール広場に到着した。

日が暮れると、ローマはよりいっそう輝きだす。ローマは夜がいいな、と歩きながら思った。

もう11月になろうとするのに、今日は夕方も暖かで、レストランの前にならぶテーブルにろうそくの明かりが灯り、照らされた客の顔も幸せそうで、こちらもハッピーになる。

 

帰りのバスでは、アミールとデジカメの映像を見せ合い、互いの一日を報告しあった。

アミールたちはコロッセオなど散策したようだった。



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2005年10月23日

ペッピーノの百歩 I cento passi

大学は、講義の他にコンサートや小旅行など色々な企画を提供している。

その一つとして、毎週木曜と金曜にイタリア映画の上映がある。

映画好きの私としては、なるだけ参加している。

 

私にとって良い映画というのは、見た後、ずっとぐるぐる頭の中でストーリーを思い返す映画だ。そういう映画に出会えたときは、とても嬉しい。

ビジネスという名の下、日本まで辿り着けない良質のイタリア映画が沢山あるのだ。

 

今日は、「イ・チェント パッスィ(百歩)」という2000年作の映画を見た。イタリアで宣伝していたので私は楽しみに待っていたが、ついに、仙台には入ってこなかった映画である。

講義でかなり私の脳みそは疲労していたが、上映される講義室へ行った。


映画は、マフィアがテーマで実際にあった残酷で悲しい話である。

1950年から70年のシチリアが舞台。ペッピーノ・パスタルドという青年が主人公だ。彼のおじさんはマフィアである。親戚も近所周辺もそれを知りながらも、持ちつ持たれつで臭い物に蓋ですごしている。

彼の父親も、このおじさんのコネで仕事を得て家族を養った。つまり、ペッピーノ自身、マフィアの恩恵を得て、ご飯を食べ、学校へ行き成長したのだ。
マフィアを非難することは、宙に唾を吐くようなものなのだ。
彼らがいなくては、生活が成り立たない、安全な生活が営めないと誰もが信じている。
そんな中、彼は小さなラジオ局を立ち上げ、
そこで皮肉たっぷりにマフィアをこき下ろし、時にはおじさんの名前を連発して抗議する。

 警察までもが、巻き込まれるのを恐れて、マフィアが起こした事件であるのに、何かしら適当な嘘の証拠を並べて、「解決」していた時代の出来事である。


ペッピーノ役のルイージ・ロ・カッショの俳優としての力も感じたし、
彼自体魅力的で、人をひきつけるペッピーノ役にぴったりだった。(映画のエンディングで本物のペッピーノの写真が出てくるが、そっくりだった!)

 

警察がマフィアとグルになり、人々はマフィアの存在に眼を背ける時代、とさっき書いたが、今でもそれほど変わっていないのかもしれない。

マフィアの存在の根深さ、不気味さを感じる事件が先日あった。

2週間ほど前の選挙時に、カラブリア州の議長が、真昼間、覆面をした男に殺されたのだ。マフィアの仕業となっているが、未だに逮捕はされていない。

場所は、白昼の投票場で、何人もの目撃者がいたのに、である。

 



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2005年10月20日

ニョッキとお喋り

フェルナンダさんは、時々、同じアパートの階下に住んでいるアンナマリアさんと昼食を一緒に摂る。
今日はそんな二人のランチに、私も
誘ってくださった。

 


大学から急いで戻ると、
すでにアンナマリアさんは来ていて、フェルナンダさんは台所で、たっぷり湯の入った鍋を再び火にかけていた。

先日、ニョッキの作り方を習ったのだが、その時、まとめて大量に作って冷凍していたものを今日茹でるのだ。アンナさんは手作り主義の人ではあるが、同時に合理的な人でもある。

 

ソースは、ラグーといわれるミートソースだが、アンナさんは、セロリや人参、ニンニク、パセリ等の香味野菜を沢山入れ、家で挽いた肉を加える。そこに生ソーセージsalsicciaも加えるのがミソだと説明した。


主菜は鳩を予定していたので、挽いた
パン、卵、鳩の心臓、挽き立てのパルミジャーノなどを混ぜた具を鳩のおなかに詰めて、針と糸で縫いつける。これも、上記のラグーの鍋で一緒にコトコトゆっくりと煮る。鳩の旨味も加わって、ミートソースはよりコクのある味に仕上がった。

 

湯気が立つ大きなボールから、わたしの皿に山盛りのニョッキが盛られた。そこに、ラグーとパルミジャーノをたっぷりとかける。

アンナマリアさんとわたしは「おいしい、おいしい」を連発して、あっという間に平らげた。

「いい?小麦粉はじゃが芋が散らない程度に加えるの。そうじゃなきゃ、このデリケートさはでないわ」

     

アンナマリアさんは、フェルナンダさんの一つ年上で小学校の先生をしていた人だから話が上手だ。朝夕と家に顔を出し、居間のソファーに座ってちょこっとお喋りをしていく。アンナマリアさんがその日あった出来事を面白おかしく話す。フェルナンダさんの笑い声が家じゅうに響き渡る。
喋りな二人が話し出すと、同時に別な話がそれぞれに展開しだす。そんな時、わたしはどっちの話を聞いたらいいのか分からなくなる。でも、互いには通じ合っているのだから不思議で可笑しい。

一度そう言ったら、

「彼女ってばさ、サササっと来て、お喋りしていたかと思うとササっと帰っちゃうでしょう?だから、話さなくちゃいけないことを話してしまわなきゃって焦っちゃうのよね」

 

アンナマリアさんの孫は二人いて、その一人は6歳とまだ小さい。

そんなチビちゃんの様子が最近おかしい。
この間アンナマリアさんの家に来た時
「食欲がない」と食卓でため息をついている。心配したおばあちゃんが、「どうしたの?」と聞くと、こう言ったそうだ。
「ねぇ、おばあちゃん、ルチアーナを振り向かせるにはどうしたらいいんだろう?」

 


フェルナンダさんのニョッキ Gnocchi della signora Fernanda
じゃが芋1kg (新じゃがよりも古い芋のほうが水分が少なくて良い)
小麦粉 250~300g

① 芋は丸のまま塩の入ったたっぷりの湯で茹でる。

40分から1時間はかかるが、丸のままだと芋の美味しさがより感じられるし、余分な水分を吸収せずに火を通すことが出来る。
②皮を剥いて、マッシャーする。
③ 少し冷めるのを待ってから、小麦粉を加えて軽く練る。
④千歳飴状にのばして、包丁で一口大に切っていく。くっつきやすいので、粉を振りかけながらする。
⑤2~3コためしに茹でてみる。散らなければOK。
⑥トレーに重ならないように並べて急冷凍。
⑦冷凍されたニョッキは、小袋に詰めて冷凍保存しておけば、食べたいときに食べたい量を茹でて、あっという間に美味しいニョッキが出来上がる。

ラグーやトマトソース、ジェノヴァペーストと和えるのも美味しいが、野菜沢山のスープにこの冷凍ニョッキを入れて、パルメザンチーズを振りかけて食べるのも美味。寒い冬におすすめ。



norichetta at 15:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ペルージャの大学生活 2005~2008 | パスタなど Primi piatti

2005年10月17日

チョコレート色のペルージャ Festa di Cioccolato

2005-10 チョコまつり 018
街のあちらこちらに、チョコレートを使ったドルチェが味わえる所、
チョコ・ソムリエになるための講座、カカオの歴史や地理的説明をする展示ココアを素材としたディナー、ココアを飲みながらのショーやコンサートなど、パンフレットを見ると、チョコレートをテーマに沢山のイヴェントが実施されることが分かった。


ニュースによると、おとといの時点で、
この祭りを目当てに集まった観光客(外国人も多い)で、町中のホテルやキャンプ場(キャンプカーで寝泊りする人たち)が一杯になっているということだった。チョコレートはみんなに愛されているという証し。

 

 
2005-10 チョコまつり 025舞台上の黒い塊がチョコレート

メインストリートには、あちらこちらに舞台が設置されて、巨大なチョコレートの塊が聳え立っている。彫刻家がこの巨大チョコを素材に腕を見せるというショーだ。


2005-10 チョコまつり 017
チョコレートを支えている台には
「女性の動きの瞬間」とかなんとか題が刻まれてある。私たち観客は、その作品の出来などよりも、

作業過程に落ちるチョコレートの欠片を目当てに、舞台周辺に群る。彫っていれば欠片が出来る。欠片と言っても、大きな塊だ。

しかし、この大勢の中なかなか手に入れることは難しい。

 2005-10 チョコまつり 024
割合、強気な私でも、イタリア人の中に入ると、かなり控えめな人間になってしまうようで、ようやく一列目にたどりついても、チョコレートは一向に私の前を素通りしていくばかりだった。

左隣のおばさんも、
「北イタリアから高速でわざわざやってきたのにさ!」

とため息混じりに文句を言っているし、

右隣の女の子は、
「もう、ローマに帰る電車の時間だわ」

とかわいい声でねだっていた。

大きな欠片が落ちると、拍手や歓声が上がって盛り上がる。

舞台の横で、チョコのかけらをほどよい大きさに砕いたり、

それを袋に入れて配る係りの若者たちは、

「こっちにはぜんぜんまわってこない!」

「もう、2時間も待っているのよ!」
と文句を言われていて、
働けど働けど感謝されずにげっそりしていた。


夜明けの来ない夜がないように、ついに私の前にもチョコ袋がやって来た。
その一つを、すばやく掴む。

ああ、うれしや。200gほどの勝利品!

 

このまつりは、なんと来週日曜日まで続く。

最終日の人出は、今日よりももっと多いことが見込まれている。

来週、私が通う大学の大講義室を会場に、カカオ生産主要8カ国が集まって討論会議が予定されている。

 2005-10 チョコまつり 010



norichetta at 17:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ペルージャの大学生活 2005~2008 

プロディ圧勝 イタリアの選挙結果

昨日は、イタリアで選挙があった。

来春にイタリア総選挙を前に、中道左派連合の首相候補を選ぶのに、支持者が直接選ぶ新しい試みだ、とアンナさんが説明してくれた。

そして、今日、最大野党の左翼民主主義のプロディが圧勝したことを告げる新聞記事を読んだ。

 



norichetta at 14:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ペルージャの大学生活 2005~2008