2007年02月
2007年02月20日
もう一つの名前

ペルージャ外国人大学へ勉強しに来る中国人というのは、みんなイタリア名を名乗るらしい。
心理言語学の先生がそう言っていた。
私は、今期2人の中国人と知り合ったけども、たしかに、二人ともイタリア名を持っていた。
私たち日本人は、別な名を持つなど考えもしないが、大陸の国民とは、こんな風に自由な発想が出来るものなのだろうか?
それでも、せっかくだから中国名で呼びたいと思う。一人は、発音がそう難しくないのでオリジナル名で呼んでいるが、もう一人の娘のイタリア名は「ピーナ」で、こちらのほうが、私の頭に先にインプットされてしまったのでそう呼んでいる。
中国人の友達だけでなく、ここで知り合った外国人の友達の名前を
なるべく忠実に発音したいという気持ちがある。だから時々、自分がちゃんと発音しているか確認することがある。その都度、少し直されるが「自分のことだとわかるから大丈夫」などと言われる。ここはイタリアなので、私の発音もイタリア風になってしまうらしい。
中国人は、自分の好みでイタリア名を決定する。その結果、男子の大半は、イタリアサッカー選手名だそうだ。よって先生は、授業中、サッカー中継アナウンサーの気分に陥るらしい。
夏にイタリア映画を見た。中国オールロケで注目されていた作品だが、イタリア人のエンジニアと、中国人の女の子の交流物語である。何と、その女の子は、我がペルージャ大学の語学コースで2年前に学んだらしい。
当時の彼女の名前は、ビアンカだった。これも、心理言語学の先生の話しである。
ビアンカは、イタリア語を学んだ後、帰国し、中国でこの映画のオーディションに参加し、見事主演となったのだそうだ。
時代遅れの表現で申し訳ないが、あえて使わせてもらって説明すると、醤油顔で、バタ臭い名前を名乗るというのは、やはり、頭の固い私からするとチグハグに感じる。当然、その逆も奇妙である。
いつか、ギリシャ人のユアニスと話していて、彼に日本名を催促された。私はとっさに「太郎」と命名した。
今やこの名前は、役所に提出する所定用紙記入例として「仙台太郎」などと使われるような名前になっている。もしくは、昔話しの中や時代劇の登場人物というところだろうか。しかし、何事も古いものに愛着を感じる私は、日本男児の良さを凝縮したようなこの名前が好きだ。第一、「太郎」と名乗って、誰が悪い男を想像するだろう?太郎といえば「正直者で働き者」と相場は決まっている。
太郎とつけられた本人は、ニヤっとした後「タロー、タロー」と呟き、「気に入った」と言った。
ユアニスは、ギリシャ人なので当然だが、実にバタ臭い。昔の少女マンガに出てくるヒーローみたいに、ヒョロっとして、手足が長く、小さい顔に、黒々とした長い睫毛に縁取られた大きな目。
今回の日本行きで、大阪の大学長と会話する中、自分の日本名は「太郎」であることを公表したらしい。大学長は、意表を突かれたのだろう、受けに受けていたという。そして、太郎と言えば、花子という名前がその女性版であることなど説明してくれたらしい。
太郎がシンボル化してしまい、この名前を軽く扱う傾向もあるが、私は正太郎、光太郎など、文豪を連想し、「太郎」自体とてもいい名前であると思う。
だいたい、現代の子供達のバラエティに富みすぎている名前は何なのだろう?自分の子が他の子と一線を画したい、海外に飛び立ってもらいたい、などと希望を託す結果だそうだが。
ユアニスは、日本の「太郎」に対する現状と、私が適当につけたのでなく、愛情を持ってこの名前を選んだのだということをちゃんと理解したようだった。
極と極が合わさって、意外なハーモニーを奏でることがある。クリームあんみつや、抹茶ソフトを思い出して欲しい。純日本のあんこや抹茶と、西洋のものと言える乳製品の出会いの妙。
バタ臭い西洋人のユアニスが、「太郎」を名乗るのは、奇妙を通り越して、抹茶ソフトのように、しっくり似合っている気がする。
2007年02月03日
節分
「オニワソト~~!」と言いながら豆を投げるオリアーナ
夕方から、オリアーナとミケーラと勉強をする。今年から大学のシステムが変わって、2月のうちに全ての試験が、日程に入れられている。これは大問題である。一つの教科の準備をするのに日数が必要だ。
去年は、2月、3月と2ヶ月の間に試験日が散りばめられていて、それに比べるとかなり大変なことになりそうだ。手帳を見ながら、そんなことを言い合っていると、今日が節分であることに気づく。
豆まきの説明を二人にすると、「(乾燥した)白いんげん豆でもいい?」とミケーラ。
豆を拾うミケーラ豆は豆でも、白いんげん豆で豆まきをしたことのない私は、答えに困った。
戸棚を開けると、南京豆があった。日本語を勉強しているミケーラは、私が発音する「オニワソト、フクワウチ」を興味深そうに手帳にメモしている。
発音練習を終えた後、窓と扉を全開にし、3人で「鬼は外、福は内!」と叫びながら豆まきが始まった。
豆を年の数食べることも説明していたので、無言で黙々、それぞれの年の数のピーナッツを食べた。ピーナッツだと御利益が少なくなるというのは聞いたことがなが、どんなものだろうか?

uno, due, tre...豆の数を数えている
2007年02月02日
おめでとう、ユアニス!

今日の夕方、ユアニスから帰国を知らせる電話があった。
昨日夜11時に帰国したとのこと。それからはご飯も摂らず眠り続けていたらしい。時差ボケも解消した、と元気な声である。大会のあった28日は彼の誕生日でもあった。
早速誕生ケーキを作り、彼の学生寮へ届けた。私は、おめでとうを言ってから、ネットで勝利情報を得てからは、誰かに伝えたいのに伝えられず、ずっと便秘状態の感覚を味わっていたことを告げる。
私がこうやって友達の成功に嬉々となり、感動さえしているのに、本人はいたってクールで、次回の大会は4月のパドヴァだ、と言う。
それまでは時間があるので、まず食べたいものを一杯食べるんだ、とも言った。
ちょうどやって来た、彼の親友ファビオを含めた3人で、私のチョコケーキを食べた。当然、ユアニスは、大きく切り分けたケーキを
幸せそうにペロリと平らげ、おかわりをした。
国際大阪マラソン大会で一位になった原選手の記事を読んだが、スタートラインで、コーチが言った「終わったら焼肉だ」という言葉を励みに走った、とあった。
大体、私たち一般人は「食べ過ぎた」「痩せなきゃ」などと言いながら、自分をコントロールすることがどんなに難しいか、たった1K落とすのに、どれだけ欲求不満に陥るか知っている。
それを、スポーツ選手は大会前に少しずつ体重を絞って「完璧」に近づける。筋肉を落とさず、最善の注意を払ってのダイエットである。
食べ物だけでない、ユアニスは、まだ日が昇らない早朝、冷たい空気を吸いながら、人気のない暗い街を一人でグルグルり、夜もトレーニング、という生活を毎日続けている。
彼の今回の成績だけでなく、毎日やり遂げる精神的強さに私は、頭を垂れるばかりなのである。
などと、本人を目の前に褒めると調子に乗るのは目に見えているので、かるーくそんな風に言うと、「目標を掲げれば、それに向かうだけだからね。」などとまたクールに答えられてしまった。
スポーツ選手とは、こういう「自己管理」が出来る精神的強さがあって、初めてスタートラインに立てるものなのだろう、と彼を見ていると改めて感じる。
「それよりも」
と言って、あちらの大学長から、秋の再会を楽しみにしている、ということを言われた、と実に嬉しそうに言った。
学生寮も完備されている大学だし、後は言葉だけだ。9月にはここを発つ必要があるので、7ヶ月しか残されてない。西洋人が日本語を海外で学ぶ期間としては短い。
「あまり時間がないけども、私も手伝うから、沢山日本語勉強しよう。」そう、私が言うと、彼の目がキラリと輝いた。
今回の交流団は彼を含めて5人と少数で、去年よりも5日も滞在期間が長く、大学側とより親密になったらしい。授業のおかげで、日本語を使うことが出来たし、今までで、ずっと充実した滞在だった、と言う。
彼が日本から持ってきたサンケイスポーツ新聞には、彼の勝利を伝える記事があって、私を喜ばせた。大会後、たこ焼き屋へ一目散に向かう彼を引き止め、ジャーナリストがインタビューしてきたらしい。
以下はその新聞記事である。
―自己新で連覇―
アニメを見て興味を持ち日本が大好きになったユアニスさん(イタリア在住・大学生)が、一般男子の部を制覇した。自己記録を一分以上縮めて、大会ベストを更新。
「サシミ大好き、日本の文化、日本人の人間性が好き。」
ペルージャ大学から交換留学生として来日していた。今年10月から桃山学院大学生として経済を学ぶ。念願の日本生活をスタートした来年も、もちろん、なにわ街道を駆け抜ける。