2018年08月

2018年08月29日

ふわふわレモンケーキ Torta soffrice al limone

IMG_3050イタリアの家庭で作られるケーキは、焼きっぱなしのものだったり、一生懸命泡立てる必要のないものなど、時間と労力をそれほどかけなくてもよい簡単なものが多い気がします。

もう10年ほど前のことですが、下宿させてもらっていた家では、食後や朝食に食べられるよう、常に何かしらのケーキが台所に置かれていました。

ケーキがなくなると、おばあさんは新しいケーキを作ります。考えてみると、こういったケーキは食事の一部のようなものなので、こってりした高級感一杯のケーキだったり、作るのが大変なケーキではなかったのだと思います。食事の用意をしながら、作るようなケーキだったなぁと思い出します。

このレモンケーキもそんなイタリアらしいケーキの一つかもしれません。レモン香るスポンジケーキといったかんじ。

間のクリームは、レモン汁とオレンジ汁で作る酸味のきいたクリーム。

すっぱいのがあまり得意でない方は、泡立てた生クリームを添えて下さい。


ふわふわレモンケーキ
<材料(23㎝マンケ型1ケ分)>
卵3ケ
砂糖 150g
国産レモンの皮 2/3ケ分
水 大さじ7
オリーブオイル(サラダオイル) 75g
小麦粉 180g
ベーキングパウダー 大さじ1

(クリーム)
レモンしぼり汁 大さじ5
オレンジしぼり汁 大さじ5
   (オレンジジュース100%でもOK)
小麦粉 大さじ1半
砂糖      大さじ1半

<作り方>
①ボールに卵をほぐし、砂糖を加えて、電動泡だて器で持ったりするまで泡立てる(5~7分程度)。
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②レモンの皮のすりおろし、オリーブオイルを加えて泡立てたら、水を加えて、また電動泡立て器でよく混ぜ合わせる。

③小麦粉とベーキングパウダーを合わせてふるったら、②のボールに3~4回に分けて加え、その都度、泡立て器で(電動泡立て器ではなく)、底から大きくさっくり混ぜる。最後のゴムベラで底から全体を混ぜて生地が均一になったらOK。
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④型に③の生地を流して、170度のオーブンで35分焼く。
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⑤ケーキが冷めたら、横半分に切る。

⑥クリームを作る。レモンとオレンジは絞って小鍋に入れ、砂糖、小麦粉も加え、泡だて器でよく混ぜてから、弱火にかける。絶えず泡立て器で混ぜながらとろみがしっかり出るまで火を通す。
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⑦熱いうちに半分に切ったケーキの挟む。粉砂糖をふる。

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norichetta at 17:33|PermalinkComments(0) デザート dolci 

2018年08月06日

会津、仙台、弘前

鶴ヶ城

























ここ一か月ほど幕末のことを考えています。イタリアからの観光の案内を会津若松、仙台、弘前と案内するのに、幕末のこと、明治維新のことを説明する必要があるなぁと思ったからです。

今回いらっしゃったイタリアの皆さんは、日本文化協会で日本語や日本料理、舞踊などを学ばれているということもあって、日本の歴史にも興味を持って聞いてくれて嬉しかったです。

お城は美しいです。青い空にそびえる天守閣はそれだけでやっぱりかっこいい。

お城の歴史的背景を知ると、見るものの印象が大きく違ってきます。名所を訪れるとき、私はガイドさんをお願いするようにしています。

いいガイドさんに会うと、本当にその時代へタイムスリップしたような気持ちになって、いっそうワクワク感一杯で歴史的建築物や町を愛でることができます。

ガイドさんというのは本当に重要である!と常に身をもって痛感し、私も、いい案内が出来る通訳ガイドになりたなぁと思うのです。

今年は明治維新150年。同じ150年でも、会津では「戊辰戦争150年」。

複雑な幕末のことを、かなりざっくりですが、まとめてイタリアの方にお話しするには、どうすべきか色々考えてました。江戸時代の政治体制、天皇と将軍の関係、江戸時代の禁教や鎖国政策、ずっと続いていた武家社会が終わるきっかけとなったペルー来航などなど、明治維新までの日本を考えていたら、すっかりその時代の武士の気持ちになっていました。なんというものすごい時代だったのだろうかと遅まきながら改めて感じています。

戊辰戦争の激戦地になり、1960年に鉄筋コンクリート造りの天守閣を建てた会津、空襲で、街がほぼ全滅し、国重文だった大手門など歴史的なものは何も残ってない仙台、戊辰戦争では新政府軍につき、第二次世界大戦では空襲にも合わずに済んだことで、天守閣や門など江戸時代のものが当たり前のように残っている弘前、....というように、同じ東北でも、こんなに違った歴史背景があるのだと思いました。

仙台では、市博物館に案内したのですが、仙台を作った伊達政宗の話の他、支倉常長の話をすることが出来ました。鶴ヶ城にしても、弘前城にしても、今私たちが見学できる場所として、廃れず歴史的名所として管理され立派に残っているのは、旧藩士だった方々の思いがあったからこそなのだと気づきました。
イタリアの友人に、私が考えた説明3都市案内の内容を聞いてもらうと、「なかなか面白い」と褒めてくれたあと、「ダイミョウ」「バクフ」や人名など、「イタリア人には聞き取りにくい」とアドバイスをくれました。

そこで、大きいスケッチブックを買ってきて、ローマ字で表記をしたり、写真を張ったりして、紙芝居を見せながら説明するようにしてみました。

桜が咲く頃の弘前城や、江戸時代のヒエラルキーなど、絵や文字で視覚的に入ってくると、理解の助けになるし、私も説明しやすくなります。

仕上がってみれば、なんてことはない、とてもシンプルなものですが、「紙芝居形式いいね」と後でお客様にお誉めを受けたので、ほっと胸をなでおろしました。

イタリアの方々に日本を案内することは、日本人として喜びであり、且つとても難しく、毎回が勉強です。東北はその中でも、やはり私にとって何倍も意味があることを今回感じました。


norichetta at 21:48|PermalinkComments(0) 通訳ガイド | 自分のこと