2018年11月05日

ポルチーニと中学生キャリアセミナー

188今年、日本ではキノコが豊作で、そのため、キノコ狩りの事故のニュースを例年よりも耳にしました。

昨日、イタリアの友人から「今年、イタリアはキノコが豊作で、キノコ採りに行く人たちが夢中になって、足を滑らす落下事故が多発している」と聞きました。日本とイタリアは離れているけど、共通することがこんな風によくあります。

昼食前に電話をくれたこの友人は、「これからポルチーニを沢山入れたタリアテッレを食べるんだ」と言ってました。

ピンキリですが、ポルチーニは1kgあたり、だいたい25-35ユーロ(4,000~4,500円)で、4~5人分のパスタソースを作るには1㎏は必要です。1㎏と言っても、ニンニクとオリーブオイルで炒めれば、あっという間にシュンと嵩が減ります。

1年に一遍くらいは、ケース買いをして、ポルチーニがたっぷりと入ったパスタ、もしくは、大ぶりのポルチーニをカラッと揚げて、思いっきり秋を味わおうと、この時期、多くのイタリア人が思っているはずです。私も去年ヴェネツィアで食べたポルチーニを思い出しています。

さて、先週、登米市の中学校へ行って、自分の仕事について話す機会がありました。キャリアセミナーと言って、学校は色々な分野の社会人を呼んで、子供たちにいろんな職種の話を聞く機会を与え、将来のことを考えるきっかけを作ろう、というもののようです。

私は今のようにイタリア語を教えたり、通訳や翻訳をしたり、イタリア人観光客を案内する前、栄養士をしていた時期があるので、その道はまっすぐ一本ではなく、その点でも、中学1年生に為になる話には思えなかったのですが気が、こういう人もいる、ということを知ってもらうため参加させていただきました。

私の中学校時代を振り返ると、海外や外国語など全く興味のない子供でした。小さい時から日本があまりに好きだったので、外に目を向けることがありませんでした。それが少しずつ変わっていったのはチャップリンの映画からで、以前、ここに当時のことを書いたことがありましたが、その頃からの話をしてみようと思いました。

そんなぼんやりした子供だったので、将来の夢など具体的なものは何もなく、中高と安穏と学生時代を過ごしていたわけですが、高校3年の時に変化がありました。料理が好きだったことから、選択科目で栄養学を選んだのですが、これがとても面白く、栄養士になろうと決意しました。毎日体の中に入っていく食材が私達の体を作っているというごく当たり前の現実が、私にとって大きな発見でした。

短大を卒業と同時に栄養士の資格を得て、障害を持っている子供たちの通園施設の栄養士になりました。栄養士の仕事はもとより、障害について何も知らなかった私は何もかも勉強でした。例えば、自閉症のお子さんなど、食の中にも強いこだわりを持っていることがよくありました。私が出会ったお子さんには、白いものしか食べないとか、千切りしか食べない、という例がありました。こういったこだわりは、成長と共により頑固になるので、子供のうちに色々な食材に挑戦して何でも食べられることを目指して、栄養士は献立を作成し調理しました。

園の給食は、お家の食卓と違って、子供たちにとって、新しい食材や苦手なものにも挑戦する絶好の場となります。同年のお友達と肩を並べてライバル心が生まれ、大好きな先生に格好いいところを見せよう、という気持ちも手伝うからです。いろんなものを食べられるようになると、子供たちの生活も広がっていくことを目にして、食と心が密接につながっていることを、園の子供たちから教えてもらいました。

ある年行われた栄養士の研修先で、たまたま入ったイタリアレストランで食べた生ハムメロンがものすごくおいしくてびっくりしました。数日後、たまたま手にした本の中に、「生ハムメロン」をイタリア語で何と言うのかカタカナで書かれていました。

あのおいしかった生ハムメロンを思い浮かべながら、「プロシュット・コン・メローネ」「プロシュット・コン・メローネ」と何度か発音してみた途端、「いい響きだ」と思いました。そして間もなく、NHKラジオ講座でイタリア語を始めたのです。

英語にはあまり魅力を感じない私でしたが、イタリア語にはすっかり夢中になりました。毎日ラジオを聞き、録音したテープを聞きながら職場へ行き来するうちに、どんどんはまっていきました。英語にはない文法的な決まりが不思議で面白く、なんといっても響きが好きでした。
特にVorreiというRの巻き舌にうっとりしました。

1年ほど経つ頃、「イタリアへ行って現地で勉強しなければ」と思うようになっていました。一方で、栄養士の仕事にやりがいを感じるようになっていたので、どうしたものか、当時ものすごく悩みました。最終的にイタリア語を選んだわけですが、6年間働いた園と別れる時の心が千切れるような辛い思いは今でも鮮明に思い出せます。

今回中学生に話すにあたって、当時のことを振り返り、思い出したことがありました。イタリア行きは語学習得が目的でしたが、当時、自分に強い欲求不満を抱えていたことも理由の一つでした。「自分は苦労をして、もっと強い人間にならなければならない」「その為に、知らない土地へ行って、頼る人が誰もいないところに身を置いて、沢山苦労しなければいけない」という気持ちが根底にありました。

初めて行ったイタリアでは、色々な苦労がありました。到着した時の話も以前ここに書きましたが、イタリアを好きになるまで3か月かかりました。日本語は話さないように徹底しました。

通訳ガイドの資格は、2回目の大学留学を終えて帰国してから取りました。10年前のことです。自分の国について勉強すること、イタリア語で説明するのは楽しい。留学中、日本のことを聞かれることがよくありました。私の説明によって、イタリア人がもっと日本に興味を持ってくれるととても嬉しかったです。

外国に興味を持つと、逆に自分の国のことを深く考えるようになります。

帰国後に始めたものの一つとして、月一回の「おいしいイタリア」です。語学以外でも「イタリア」を媒体にして楽しむことを考えてスタートしました。イタリア人は食を大切にする国民。みんなでテーブルを囲んで、食べることがコミュニケーションツールの一つで、手作りへのこだわり、愛情を料理に込めて家族に振る舞う様子に共感しました。

ペルージャで地元の料理自慢のおばあさんたちから、色々な郷土料理を教えてもらい、どんなに自分の土地で生産される食材や、地元の家庭料理を誇りに思っているか、時に少々滑稽なほどでしたが、とても素晴らしいことだと思いました。

こんな風に私のキャリアセミナーは、話があっちへ行ったりこっちへ行ったりで、中学生を当惑させてしまった感がありましたが、その後、イタリアの街並み、下宿していたおばあさんと手打ちパスタをしている様子や通訳ガイドで各地を回っている場面、「おいしいイタリア」の様子などのスライドを見てもらいました。

話を聞いてくれた中学生は、みんな真剣にメモを取ってました。私のクラスに来てくれたのは、外国語に興味がある子供たちばかりでした。スライドの後、質問を受けましたが、「イタリア語を教えていて、または通訳ガイドをしていて、どういう時に『良かったなぁ』と思いますか」「通訳をするのにどんな勉強をしたらいいのですか」「パスタは機械でなく、必ず手打ちなのですか」「イタリア人と日本人の違いは何ですか?」などなど、しっかりとした内容、ゆかいな感想が返ってきました。

私が中学1年の時は何を考えていたのだろうか、まったく覚えていません。だからこんな話で良かったのかどうか、まったく自信がありません。

今月末、もう一つキャリアセミナーに呼んでいただいています。今回よりも、中学生と言葉を交わす時間をもっと取れたらと考えています。

ものすごくおいしかった去年のポルチーニのタリアテッレ
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norichetta at 07:51│Comments(0) 自分のこと 

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