Rubrica コラム

2018年11月12日

Pollo alla salsina di fegato 鶏肉のレバーソースとトスカーナの思い出

鶏肉のレバーソース和えイタリアは地域によりますが、モツ料理をよく食べる国だと思います。

日本でも知られるようになった「トリッパ」は庶民の味の代表選手。フィレンツェへ行くとお気に入りのトリッパ屋台で、一回は立ち食いします。

レバーを使った料理も色々あります。有名なところでは、カリカリに焼いたバゲットに、レバーペーストをたっぷりのせていただくクロスティーニや、玉ねぎと炒めたレバーのヴェネツィア風など。

レバーそのものを食べるのではなく、ミートソースに少量加えて、コクを出す使い方もあります。

今月の「おいしいイタリア」は11月16日(金)、いつものように、仙台市福祉プラザ調理室で行います。参加お申込みお待ちしています。
norikasato@hotmail.com

メニュー
-鶏肉のレバーソース
-セリのリゾット
-柚子風味のサラダ


鶏のレバーソースは、玉ねぎ、アンチョビ、ケッパーなどと一緒に炒めたレバーを白ワインで蒸し煮にした後、フードプロセッサーにかけソースにし、ソテーした鶏肉に絡めて出来上がり。コクのあるソースがおいしい一品です。

「レバーが料理のコクに一役買う」ということで思い出すのは、鳩のレバーを入れたラグー(ミートソース)です。

私が初めてイタリアへ行ったのは1998年の春。イタリア語学校に通っていたのですが、授業中、先生がヴェンデンミア(Vendemmia)の話を何気なくしました。ヴェンデンミアというのはワイン用ブドウ狩りのことです。

「それ、絶対したい!」、その瞬間思いました。というのも、私にとって、イタリアはトスカーナの田舎風景の中にありました。

わんさという観光客の間をぬって、ドォーモ広場を通りながら、家と学校を行ったり来たりする毎日だったので、いつになったら、私が描く、あのなだらかな高低を描く丘、その上にまっすぐそびえる糸杉が点々と無秩序に並ぶトスカーナの田舎に会えるのか、とずっと待ちわびていたので、思わず手を挙げ、「どうしたらそのヴェンデンミアなるものの体験ができるのか」と先生に尋ねました。

生まれも育ちもフィレンツェの旧市街という典型的なシティボーイの先生は、今までにブドウ狩りに興味すら持ったことがなかったらしく、「ブドウ畑を持っている友達を見つけることだね」と言い、また、「君は外国人だから、場合によっては怪我をしてしまう恐れのあるハサミという道具を使うから、保険の問題とかも絡んでくるかも」とつけ加えました。

いろんな語学学校が、ヴェンデンミアやオリーブ狩りなど様々なアグリツーリズム体験を企画していることがごく普通となった今では、この時のことを思い出すと笑い話のようです。

そこで私は、知っているイタリア人一人一人にヴェンデンミアのことを尋ねてみました。みんな首をひねって考えるばかり。「イタリアに住んでいて、ヴェンデンミアに興味をもったこともないのかい!」と私は呆れました。そういう私もコメ国に生まれながら、稲刈り経験をしたことがないので、結局同じようなものです。

そうこうするうちに見つかりました。当時、もう一つの語学学校にも週数回通っていたのですが、そちらの先生が、「おじいさんが農業をしている男子を知っている」と紹介してくれました。

懐かしい写真5雨が多い秋でした。雨が降るとヴェンデンミアはできません。毎日そわそわ何度も農家に連絡をしては、明日はするのか、明後日はどうだ、と訊いてました。その執拗さに、当時シェアしていたイタリア人も、電話で話す私の横で苦笑いをしていたほどです。

数日経って、「明日やることにしたよ」と連絡が来た時は、本当にうれしく、胸が高鳴りました。

親戚の一人がフィレンツェの街の中に住んでいるということで、フォルテッツァ・ダ・バッソ要塞のそばで落ち合い、車でトスカーナのヴィンチ村へ連れてってくれました。ヴェンデンミアは天候が変わらないうちに、2~3日で収穫を終えないとワインの味を左右するので、この時期は親戚総出です。

農家の一家は、突然やってきた外国人の私にもとても親切にしてくれました。町の中で出会うイタリア人は、だれもかれも親切とは言えず、嫌な思いも少なからずしていたので、そういう意味でも、別世界に来たような気がしました。

もうイタリアとは20年の付き合いで、親切なイタリア人、あまり親切ではない人と見分けがつくようになりましたが、それでも尚、トスカーナの農業従事者と話していて、クリアーな心というか、彼らの飾り気のない「まっさらさ」に感動することが今でもあります。

3懐かしい写真イタリア語は好きだけれども、イタリアのことはほとんど分からず、興味があまりわかないまま来て、毎日机にしがみついて語学を勉強していたのですが、コロッセオもドォーモも私にはどうでもよく、ただ、トスカーナの田舎は、揺るぎのない私の憧れでした。

ブドウはものすごく大きな房で立派です。鋏で切ると、どっしり私の左手に身を任せて落ちてきます。これがイタリアのワインになるかと感慨深く、「ああ、イタリアへ来たのだ」としみじみ思ったものです。

懐かしい写真お昼にはテーブルを外に並べ、労働する人たちみんながテーブルを囲みます。おばあさんが作った鳩のミートソースで和えたパスタを口にした時、「これこそ私の探していたイタリア料理だ」と思いました。イタリア料理はレストランではなく、家庭料理にあります。

鳩はおじいさんが獲ってきたものだとおばあさんが説明してくれました。「マンマは鳩のレバーも一緒に入れるのよ」と横で娘さんが教えてくれました。そうすると味に深みが増すのだということでした。

太陽の下、風を感じながら、大きなテーブルを大勢で囲んでワイワイ食事をする... 私が頭で描いていたイタリアの風景の中に、私も仲間に入らせてもらうのが夢のようで、嬉しく、おいしく、楽しく、感激しながらモリモリおばあさんの料理をいただきました。

ヴィンチ村には3日間通いました。ヴェンデンミアが終了した夕方、緩やかな丘にいくつもの線を引くように並んだブドウ畑が夕日に染まり、東の空に満月が浮かんでいました。それはそれはとても美しい風景でした。涙が出そうでしたが、嬉しすぎて顔が勝手にほころびました。

ランチの時、無口な男の子が数人テーブルの奥に座っていました。イタリア人だと思って一緒に働いていたのですが、どうやら出稼ぎに来ている外国人だったようです。彼らは賃金をもらって帰っていきました。私は去年のワインとブドウやイチジクなど、トスカーナの秋の実りを沢山いただいて家路に着きました。

懐かしい写真2それから何度となくこの農家を訪れ、ブドウ狩りやオリーブ狩りをさせてもらっています。その間、おじいさんとおばあさんは亡くなり、彼らの孫で、私と同年のダニエレが後を継いでがんばっています。

馬小屋だった建物をきれいにリメイクして小さな宿泊施設にし、観光客を受け入れています。宿泊客のリクエストに応じて、オリーブ畑の近くにプールも作りました。おじいさんからの農園を頑固に守り続けるだけでなく、時代の変化に応じた柔軟さに感服します。それでも、「とても迷った」と本心を聞かせてくれたことがありました。プールは周りの風景に溶け込み、ずいぶんデザインに頭を悩ませたのだろうと思いました。

シティーボーイであったダニエレですが、休みの時はおじいさんおばあさんのところへ足を運んで農業を手伝ううちに、トスカーナの田舎の魅力に目覚めて行ったのだそうです。

おじいさんがしてくれた戦争時代の話、同盟国だったドイツが敵国となり、ある日突然、襲撃にあった話を思い出します。鬼気迫る話しに、一同シーンと耳を傾けました。

おばあさんがしてくれた新婚時代の初々しい話も思い出します。当時、舅姑と一緒の生活で、旦那さん(おじいさん)と、新婚らしく「イチャつくこと」などもっての外だったわけですが、毎朝、朝食の後、みんなと一緒に畑仕事へ出て行ったおじいさんが、「鋏忘れた」「鍬忘れた」とか言いながら、一人で家に戻ってくると、家事をしているおばあさんのところへふらりと現れて、さり気なくキスしていくのだったそうです。

おじいさんが亡くなって、料理もあまり出来なくなったおばあさんが嬉しそうに何度も同じ話をしてくれました。




norichetta at 12:28|PermalinkComments(0)

2017年04月09日

カルボナーラと前世のはなし

つぼみ菜のカルボナーラ今月の「おいしいイタリア」は4月21日(金)に開きます。

メニューは、写真の「つぼみ菜のカルボナーラ」や、「独活のサラダ」。卵黄を多く使うカルボナーラに生じる副産物のメレンゲで「マスカルポーネのデザート」を作ります。さっぱりしていて、こってりしたカルボナーラの食後にぴったりです。

私はスピリチャルな話がけっこう好きです。おどろおどろしい怖い話は嫌いですが、人間は色々な霊に見守られているのだ、だから頑張らなくちゃ!と元気になるような類の話が好きです。

10年ほど前に「オーラの泉」という番組をやっていました。

番組が始まって間もなく、私はペルージャの大学に通うためにイタリアへ飛び立ったので、実際は2~3回分しか見られませんでした。

ゲストの芸能人を霊視する美輪さんや江原さんの話がとても面白く、もっと見たいのになぁ、と後ろ髪をひかれる思いがしたものです。(その頃またスタートした「鬼平犯科帳」にも恨めしい思いがしました)

今、Youtubeという便利な動画サイトがあります。動画ばかりでなく音源も検索すると色々発掘できます。

例えば落語。私は子供のころから落語が好きで、特に古今亭志ん生がお気に入りです。

20代の頃、フィレンツェに住んでいる時、何人かの日本人と知り合いました。その一人が、一時帰国するから欲しいものがあるんだったら買ってきてやるよ、と親切な言葉をかけてくれました。海外に住み始めて1年を過ぎようとしていた時で、あの頃はネットもなく、とにかく落語を聞きたかった私は何の迷いもなく、志ん生の落語のテープをお願いしました。

思いもよらないリクエストを聞いて、「ええ?誰??」とびっくりして聞き直す友人に、歴史に名を刻む偉大な噺家の名をしっかり書いて説明してあげました。

1か月もして帰ってきた友人は、(若い自分が)店でこのテープを求めるのはちょっと恥ずかしかったんだから、と難解なミッションを終えたような誇らしげな顔をして師匠の音源をくれました。

それから何度となく、夢中になってウォークマンで聞きました。それはたいていアルノ川を眺めながらでした。日本でもイタリアでも、志ん生は変わらず面白いと思いました。夕日で赤く染まるアルノ川を見つめながら橋の欄干に座って、にやにやしている私を、通行人たちはどう思ったでしょう。初めての海外生活で、ふつふつと心に沸く日本語への恋しさをこうして紛らしていたのだろうと今思います。

そんな風に観たり、聞いたりすることが難しかった時代は終わり、今は見逃した番組や噺家の一席が、ユーチューブを通して聞くことが出来るのですから本当にびっくりです。

志ん生の一席を聴いて、ああ便利な時代だなぁーと思った瞬間、はたっと思い出しました。「オーラの泉」です。

さっそく探してみるとありました、ありました。10年の時を経て、色々なゲストのスピリチュアル話をここ数週間聞き続けています。

前世がどうとか、守護霊をはじめとする私たちの後ろにいる「人びと」の中には、結構イタリア人も多いことがわかります。

例えばアルフィーの高見沢さんがゲストの回では、アルフィーのお三人さんの前世はヴェネツィア人で、竹馬の友だったと江原さんは言います。高見沢さんの前世は放蕩息子で、落ちぶれてどうしようもなくなった時に、今世の仲間の二人が助けてくれたのだそうです。

宮本亜門さんの守護霊はイタリア人彫刻家です。リリーフなどを施す建造物の彫刻家。確かに亜門さんはイタリアの建造物を見るのが大好きで、特に後期ルネッサンスを代表する建築家、アンドレア・パラディオが好きで、完璧なシンメトリーさで作った建造物の前にいると気持ちがとても楽になるのだそう。同じように、亜門さんの後ろにいるイタリアの彫刻家も寸分狂いもなく作るものすごい完璧主義。

森公美子さんの回も面白かった。子供のころから繰り返し繰り返し見ている夢の話をしてくれました、ドレスを着た自分がお城の階段をかけ下り、向こう岸に逃げようと走っているシーンだそうです。切迫したシーン。しかし、いつも途中で捕まってしまう。この夢は魂の記憶で、森さんの前世は、ヨーロッパ(深い湖と黒い森があることからドイツあたりではないかということ)のお姫様。政略婚で結ばれる相手が嫌で嫌で、向こう岸にいる恋しい人のところへ逃げようとするのだけれども、捕まって悶死してしまったという前世。オペラの「ルチア」のイメージの悲恋。森さんはイタリア好きでも知られてますが、前世でもあこがれの地だったということ。結婚前、馬車に揺られて訪れた旅先のイタリアがあまりに楽しかったので、その時に買った金細工やコインなどの「イタリアの思い出の品」を並べて、「また行きたいな」と思いを馳せているシーンが見えると江原さんは言います。

格闘家の須藤元気さんがゲストの回も興味深かったです。彼の何回目かの前の前世で、彼はローマ人。親衛兵でありながら殉死した聖セバスチャン(聖バススティアヌス)だったと、彼自身が前に退行催眠をしたときに知ったこととして話していました。

イタリア語の生徒さんの中には、自分が前世イタリア人だったと言い切る人がいます。だからイタリア語を習うのだと言うのです。それを聞いていて、私は「いいなぁー」と思います。私は日本的なものがとても好きなので、全然イタリアと前世を結び付けることなんて考えもしないからです。洋服よりも着物が好きだし、正座も何時間も平気でしてられるし、お茶の香りに癒されます。お腹が空くと、一人で味噌おにぎりを作って「うまいなぁ」と食べていました幼少期でした。スナック菓子とジュースよりも、漬物とお茶が嬉しい老人みたいな子供でした。

「オーラの泉」を次々見ていて、スピリチュアルな次元で、結構イタリアと関係があるゲストが多いことに気付きました。

世界広しと言えども、旅行などでイタリアを目指す日本人は実に多いです。それはもしかしたら、私たち日本人の背後には、イタリアに関係する霊が多いから無意識にイタリアに惹かれるのではないか、私もその一人ではないか、という思いに至りました。

誰かの胃袋を満たすために喜んで台所に立つマンマか、ノンナが私の後ろにいるような気がしてきました。


norichetta at 09:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年10月10日

母の形見

IMG_3010今日は私の母の命日でした。

イタリア語で”Il tempo vola.(「時は飛んでいく」意)"というように、1年が過ぎるのは本当に早いとつくづく思います。

2日前、母の一周忌の法要を、生前お世話になった方々に集まっていただき、無事終えることができました。

田舎の法要なので、食事をしてお終い、と言うのが常ですが、もう10年以上前のこと、祖母の一周忌の会食で、母が参列者の皆さんに、祖母の思い出を「何でもいいので話してください」とリクエストしたところ、色々な話を聞かせていただいたことを思い出し、司会進行役だった私は、同様の願いを参列してくださった方々に振らせていただきました。

静かにのんびりと歓談しながら食事をしているところのこの無茶ぶりにも、皆さん気持ちよく対応してくださり、本当にありがたかったです。

涙あり、笑いあり、それぞれの思い出を聞く中、母の姿というものが立体的に浮かび上がってくる思いがしました。

70年という今の時代では「長い」とは言えない人生であり、母ももっと生きたかったろうなぁという思いが今でもありますが、多くの良い人に恵まれ、祖父の店を引き継いで、母なりに人生を全うしたのだろうと思いました。

後で、叔父や叔母が、皆さんお話が上手でびっくりしたこと、その一つ一つ、心がこもっていて、結婚式と間違うような心温まる一周忌だったと言ってくれました。

母からの形見は、これといって特にないのですが、一つだけ思い出のものが私の台所にあります。

写真の平鍋です。
業務用のしっかりしたもので、母が祖父から店を譲り受けたときに購入し、もうかれこれ30年使っています。母はキンピラや煮物が得意で、この浅鍋を使って、毎日その日の「お通し」を作っていました。

青菜を茹でる時もこの鍋が便利です。口が広いからでしょうか、さっと色よく、歯触り良く茹でるのにとても良いのです。はらこ飯のサケの切り身を煮るのもこの鍋は活躍します。

長年、いろんな調理に耐えてきているので、底が少し変形して、テーブルに乗せると定まらずクルクルまわります。蓋もちょっといびつです。

でもそうやって使い古された料理道具は、「おいしく作ろう」という作り手の気持ちを受けて、精一杯はりきってくれるような頼もしい存在なのです。

母の一人の友人が、思い出をつづった文章を河北新報のティータイムに投稿したところ、命日の今日の朝刊に掲載されました。「焼き芋半分こ」という題名です。



norichetta at 21:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年07月19日

30 e lode cookies 「満点+称賛」クッキー

IMG_2604日本で満点は100点ですが、イタリアでは30点です。

イタリアの大学で3年間学んでも、さっぱり慣れなかった習慣のひとつは、まさにこれでした。

何故に中途半端な30を「満点」ととらえるようになったのが、その歴史を知りたいけれども、知っているイタリア人に出会ったことがありません。

フランスでは20点が満点だと聞きました。なるほど、100点が満点というのは世界共通ではないのですね。

イタリアの試験の多くは書き試験ではなく、口頭試験です。一対一だったり、先生一に対して生徒2~5という場合もあります。面接のような感じで先生がいくつか質問し、それに対し、学生は自分がどれだけ勉強したかを、これでもか、というばかりに、立て板に水のごとく、先生が「もういい」と言うまで、よどみなく述べるのです。

私はいつも目を白黒させてやっとの思いで答えてましたが、一度イタリア人学生数人と一緒になったとき、機関銃のごとく語り、止まらない彼らの勢いに私はひれ伏す思いでした。

「機関銃」も言い得て妙ですが、もっと似ているのは、パンパンなるまで水を入れた水風船。針を刺した瞬間に中身がほとばしる、誰にも止められないあの勢いは、まさに水風船でした。

私という外国人が、イタリア語という外国語を使うから不利だ、という簡単な理由ではなく、この状況が日本語であっても、私は彼らのように「まくしたてる」ことは出来ないだろうと思いました。

小学校でも同様です。先生に呼ばれた生徒が教壇に立って、歴史的人物の説明など先生の質問を受けて数分語るのです。

子どものから鍛えられているゆえの、そして「語ってなんぼ」「表現してなんぼ」の異文化を見る思いでした。オラトーレoratore雄弁家というプロが、古代から存在した国ですから歴史が違います。

「話が上手い」ことはとても重要だと思います。自分の考えや気持ちを相手にしっかり伝える能力は身に着けるべきでしょう。伝えられなければ、考えなかったも同然になってしまいますから。プレゼン力も自然と身につくでしょうし、だからイタリア人はお喋りで黙ってられない人が多いのかもしれません。

にわか仕込みの知識ではなかなか出来ないことで、ずいぶん準備をして、しっかり自分の物にしていることが分かります。

30点が最高点ですが、先生が求める以上のパフォーマンスだと認められたときは、稀なことですが、「30点満点+称賛」という上のランクを与えられます。

昨日、そのことを思い出し、「30 e lode (30点プラス称賛)」と打ち込んだクッキーを焼きました。

私がたくさん出す宿題を毎週しっかりやってきてくださるイタリア語講座の生徒さんを心から敬服します。一つのことを努力し続けるということは簡単なこととのようで、まったくそうでありません。

ちょっと焦げ気味になってしまいましたが、そんな日ごろの気持ちを込めて焼いた満点クッキーで、レッスンの合間にちょっと一息入れました。

IMG_2607
 



norichetta at 10:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年07月05日

ビワ豊作!

IMG_2530家のビワの木が、今までにないくらい沢山の実をつけました。粒の大きさも見事で食べごたえがあります。

うちにビワの木が「なんとなく」存在していたことは知ってましたが、こんなに大きな実をたわわにつけたのは初めてです。

ビワは種ばかりが大きくて、食べるところはちょっぴり。その上、甘さもぼやりしていて、「おいしい!」と叫ぶほどの果物でもないようだ、と、私はずいぶん前から判断していたようです。

と、ここまで書いて、一度だけこの果物に注目したことがあったことを思い出しました。それはもう約20年前のことですが、イタリア語を一人で勉強し始めた時のことです。

今のようにさまざまなテキストが売ってない時代でした。私が使っていたテキストは、カットもなければ、説明も実に簡素で、今から考えると随分そっけない教科書でしたが、その中に、「ビワはとても甘いです」という文章がイタリア語でありました。

1ページに6フレーズほどイタリア文が並んでいて、一番下に新しい単語がまとめて書いてあるテキストでした。

そのページの下に、「nespola del Giappone(ネスポレ・デル・ジャッポーネ)=ビワ」とありました。

Giapponeがすでに「日本」という意味だと知っていた私は、イタリア語で「ビワ」という時には、「日本」という国名が付け加えられることに、ひどく驚いたのを覚えています。


日本には古代に入ってきたと言われるビワですが、在来種は実が小さく、味も悪かったので、鎌倉時代まで栽培されたという記録がないのですが、江戸時代後期から明治にかけて、現在栽培されているビワの元となるものが中国から入ってきました。

より大きく、甘く、みずみずしく改良されたビワの学識名はEriobotrya japonica。「日本」とつく理由がわかります。そしてこのEriobotrya japonicaがヨーロッパに渡ったのは1800年代初頭だそうです。

↓採れすぎたのでシロップ煮にしてみました。

IMG_2532ビワは葉にしても種にしても薬効があります。
そのまま患部に当てたり、温灸にしたり、焼酎付けにしたりして使います。

去年秋、母は亡くなってしまいましたが、数か月前の6~7月頃は、少しずつ容態が芳しくない方向に向かっていました。

通院しながら診てもらっていましたが、家庭で出来ることはないかと思い、この分野ではバイブルともいえる、東城百合子著「家庭でできる自然療法」を読み、色々試してみました。

その中にビワを使った療法がさまざま載っていて、著者の東城さんは、ビワは万病に効く薬草の王だから、ビワの木を家庭に一本植えておくべきだ、とまで言っているくらいです。

結果的に、ビワで母の病気を良好な方向へ向けることは出来ませんでしたが、西洋医学が常識となった現代の日本ですが、日本古来からある自然の手当てというのは、間違いなく人間の体に効くものだと私は思っています。

母の治療のために、去年の今頃、ビワの葉っぱを採りに屋根に何度も登ったことが思い出されます。

そんな思い入れも手伝ってか、今年、生まれて初めて、ビワのおいしさに開眼しています。「ぼんやりした甘さ」は、「品の良い甘さ」だったのです。ぼんやりしていたのは私でした。

さて、話変わってイタリア語の話です。
下のサイトに行ってみると、イタリアの番組を字幕付きで見られます。イタリア語学習者の方には便利なアイテムだと思います。プラス、イタリアのテレビ番組の雰囲気や、今イタリアで話題になっていることなどがちょっとわかって面白いと思います。

http://www.rai.tv/dl/RaiTV/programmi/media/ContentItem-069bea7e-d42a-4ebf-8708-3d1c1f961774.html


下はまどみちおさんの詩です。

びわは
やさしい きのみだから
だっこ しあって うれている
うすい 虹ある
ろばさんの
お耳みたいな 葉のかげに



norichetta at 07:21|PermalinkComments(2)