イタリア旅行

2019年09月08日

アッティリオさんと再会&はじめてのジェノヴァ

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絵本作家のアッティリオさんのところへ再び伺いました。
1年半ぶりの再会!お変りなくお元気そうで嬉しかったです。

アッティオ・カシネッリさんの絵本を昨年翻訳させていただいたことが縁で、1年半前、一度ご自宅にお邪魔し、また今回お会いすることが出来ました。

御年
94歳。もちろん現役です!

私が昨年翻訳させていただいたのは「あかずきんちゃん」「3びきの
こぶた」「ブレーメンのおんがくたい」「みにくいアヒルのこ」の4冊(岩崎書店出版)ですが、この「あかちゃん絵本シリーズ」は、上の写真のように続いています。イタリアだけでなく、フランスや中国など諸外国でも次々翻訳され大好評を得ています。

左上から右に「いなかのネズミと、とかいのネズミ」「あかいめんどり」「きんのまきげ」、下左から右へ「カエルの王子」「ライオンとネズミ」「まほうのふえ」です。

アッティリオさんの絵はどれもセンスが光っています。
赤ちゃん絵本シリーズの名前の通り、小さい子供がめくりやすい本の材質でできています。シンプルな絵ときれいな色が、短い物語りに凝縮されたことばと結びついて、絵本デビューする赤ちゃんのための絵本です。

この5冊も目を通したら、とても素敵でワクワクしました。特に私が気に入ったのは「あかいめんどり」。日本に紹介されないのが残念でなりません。

またこちらをみてください。

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本の大きさや形、紙の材質は上のシリーズと同じですが、カバーに色がついています。
こちらはストーリーがアッティリオさんオリジナルという新シリーズで、どれも自然の大切さがテーマ。自然を愛するアッティリオさんらしい素敵な物語です。

94歳にして、このように芸術活動に少しも衰え見えず、次々と作品を作り続けています。本当にすごいことです。

私がお邪魔した時も、「今朝思いついた話なんだけど」、と言って、大食いワニの物語りを話してくれました。

食べれば食べる分だけ空腹が増す、というワニのショートストーリ-で、ちょっと哲学めいた不思議な落ちがついて、おかしみのある物語でした。


創作意欲が泉のように沸いてくるのでしょう。お元気であるからインスピレーションが沸くのか、空想に遊ぶことが習慣になっているからお元気なのか、人生の大先輩として学ぶことが沢山あります。


そして今回、アッティオさんのもう一つの秘訣を発見しました。

それは「食の良さ」。

イタリアの家庭料理は「地中海食事療法」というものが存在するくらい、日本食同様、栄養バランスの良さが認められています。だから元気で長生きのお年寄りも多いです。


IMG_6133今回滞在中、何度か食事を共にしました。パスタや肉料理、そしてサラダを少しずつですが、しっかり召し上がっていて、ワインもたしなんでいました。

私は好き嫌いをせず、おいしそうに食べる人が好きです。アッティオさんは、まさに食卓を共にしたい理想の人です。

私もいっしょになって、遠慮もせずモリモリ食べました。アッティリオさんのご家族は、「小さいくせによく食べる日本人」と思われたことでしょう。


仙台の銘菓は色々ありますが、私は何かというと「支倉焼」を土産や贈り物に使います。

支倉焼は、1600年代という大昔に、ローマまで行き、ローマ法王に謁見したという支倉常長の偉業を称えるお菓子です。私が支倉焼を贔屓するのは、イタリアに関係していることも理由の一つですが、材料のシンプルさ。添加物は一切使いません。

また、創業以来
60年余り、販売商品は支倉焼のみ、という、販売製造元「ふじや千舟」の徹底した潔さが好きです。通常、プレーン味が軌道に乗ると(もしくは軌道に乗らないと)、イチゴ味とかチョコ味など、別バージョンを作りがちです。しかし支倉焼に関しては、そういうことはいっさいなしです。

けっして回し者ではないのですが、私はよくイタリアへのお土産にも使いますし、日本へやって来るイタリア人にも紹介して大好評です。

そんなわけで、今回、アッティオさんに支倉焼を持っていきました。

沢山昼食を頂いた後、アッティリオさんの娘さんが「ノリカの町の名物ドルチェよ。パパ食べる?」と菓子箱を開けました。

その時、アッティリオさんも私も沢山食べた後だったので、私は、「しばらくして、おやつの時間にでも食べたらいいのに」と思いました。「満腹にうまいものなし」。お腹が一杯だとせっかくのおいしい物もおいしく感じませんから。

菓子の包み紙にそそられたのか、「うん、食べる」と言って、なんとペロリと平らげてしまいました。「ボーノ、ボーノ」と言いながら。

私はとても嬉しく、一方でアッティオさんの健康の秘訣を垣間見る思いがしました。健啖家→胃腸が丈夫な人→長生き。

来年はローマで、アッティリオさんの大きな展示会が予定されているそうです!
ああ、楽しみ。

アッティオさんは、ジェノヴァ人で長年ジェノヴァに住んでいました。

前回、初めてお会いした時に、「ジェノヴァに行ったことがない?だったら是非行くべきだよ」と私にジェノヴァの歴史、重要な町である理由、見どころなど説明してくれました。そういうわけで、1日だけでしたが、ジェノヴァに行ってみました。
  
  コロンブスの生家

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ジェノヴァと言えば、「母をたずねて三千里」とコロンブスです。食いしん坊の私はすぐに食べ物と結び付けて考えますが、料理では、ジェノヴァペーストやフォカッチャなど美味しいものも沢山思い浮かびます。しかし、街自体は行ってみるまで良く知りませんでした。

何世紀にもわたって海洋貿易の中心地として栄えてきたリグリア海に面した湾岸都市。そしてジェノヴァ港はイタリア最大の貿易港。中世には海洋国家、ジェノヴァ共和国として、イタリアの金融業の中心地として長い歴史を持っています。

大通りの一つ、ガリバルディ通りは、16世紀の邸宅群が並んでいて、Palzzi dei Rolliと呼ばれています。ロッリというのは迎賓館リストのこと。つまり迎賓館目録に登録されていた館群ということです。

16
世紀に総督ドリアのもと、スペインと同盟を結び、欧州カトリック世界のメイン銀行となって金融業で繁栄したj共和国時代。世界から訪れる来賓用迎賓館の必要性から、国家の来賓を迎えるゲストハウスとして、法律で、有力貴族が住む華麗な館や大邸宅を厳選しリストに登録したのでした。

   ストラーデ ヌォーヴェ
IMG_6036この大邸宅群のため、新しい道が次々に作られました。中でも1551年から整備の始まった最初の新道は、ガリバルディ通りのこと。このPalazzi dei Rolli(迎賓館群)と、Stradenuove(新しい道々)は、2006年に世界遺産に登録されました。
 ロッリの一つの館入口
IMG_6044今は美術館や市庁舎、銀行などとなっていて、中に入れないパラッツォでも
1階の入口は入ってみることが可能です。





    白の館          赤の館
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ロッリのリストに登録されたうちの
3つの邸宅が博物館になってます。
赤の館
Palazzo Rossoでは絵画が見られます。白の館Palazzo Biancoにも絵画が所蔵されています。ドリア・トゥルスィPalazzo Doria Tursiは、パガニーニのバイオリンやギターの他、金融業の中心地だった歴史を物語る、色んな時代の様々な国のコインが並んでいて、海洋時代どれだけ重要な町だったのかを物語っているようでした。

  ロレンツィオ教会の屋上からの眺め        ロレンツィオ教会のファサード
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もう日も傾いていたのですが、丘の上に建つ(ヴィレッタ・ディ・ネグロ公園)キョッソーネ東洋博物館へ滑り込みました。
エドアルド・キョッソーネは明治政府の「お雇い外国人」の一人として日本に呼ばれ、近代的な製版法、印刷技術を日本に伝えて紙幣や切手の国産化を成功させました。また宮廷画家としても活躍し、有名な明治天皇のご真影や西郷隆盛、大久保利通など明治の要人の肖像画はみんな彼の手によるものです。その間、多くの日本芸術品を収集しイタリアへ持ち帰ったもの展示しているのがキョッソーネ東洋博物館というわけです。


 状態がとてもよい江戸時代の能面   甲冑もいくつも並んでいた。
                         伊語で細部を何と呼ぶか説明パネル

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能面や甲冑、仏像など状態のとても良い日本の美術品が沢山並んでいましたが、所蔵品数を見ると、これはごく一部なのだと分かりました。明治政府のお抱え外国人ですから、結構な報酬をもらっていたのだろうと想像します。

来館者は私だけで、私が見終えるのを、今か今かと係の人が待ちかまえているのを感じたのですが、「時間内だし」と、ゆっくり見学を続けました。それでも、閉館時間の10分前くらいに私が退館すると、背後で鍵をかけた音が即座にし、鍵係の人は、あっという間に私を追い抜かして家路を急いでいるのでした。

イタリア語講座で生徒さんと遊びながらイタリア語を学べるような、イタリアの子供たちが楽しむ卓上ゲームをずっと探しています。今はビデオゲームやユーチューブを見るなど、卓上ゲームなどは不人気なのか、おもちゃ屋さんなどを覗いても、それらしいものは見かけずに今に至っていました。

立派なジェノヴァ・ブリーニョレ駅

IMG_6016キョッソーネ博物館を出て、駅に向かおうと方角を確認するため、たまたま入った店がおもちゃ屋さんでした。親切に道を教えてもらった後、ダメもとで訊ねると、色んな卓上ゲームが次々出てきました。時代が変わっても、求める人はいるし、数は減ったといっても、製造も変わらず続けているのだと思います。

迷った挙句、ジェノヴァ版人生ゲームを買い求めました。その名も「パランケ
Paranche」。パランケとは、ジェノヴァの方言で「お金」の意味。

何となく、店主の眼差しが初めから親しみがあるなぁと思ったら、奥様は日本語が好きで独学しているのだということでした。


さっそく、パランケをイタリア語教室で使ってみようと思っています

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2019年09月06日

はじめてのナポリ(2)

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ケーブルカーで丘に登ればこんな絶景が広がる。奥はヴェスヴィオ山。

ナポリの地下鉄駅は、それぞれ別の建築家や芸術家が設計しているので、駅ごとに違って面白いです。
IMG_6491IMG_6488例えば「世界一美しい駅」と言われているトレード駅は海をテーマにしているので、エスカレータで降りていく時、海底に向かうようなイメージでした。スペイン人建築家によるものだそうです。


IMG_6497ダンテ駅は、色んな芸術家が参加しているようです。

こちらは宇宙をテーマにした壁。



IMG_6498こちらはギリシャ出身芸術家による「旅」をテーマにした壁。レールと使い古された靴がオブジェになっています。







ローマの地下鉄は、車体に落書きがあって美しいとは言えず、アルコールか薬の影響でラリッている人が、車中に地べた座り、という風景もそう珍しいことではありません。

でもナポリの地下鉄は、アート駅にしたおかげか、海外の地下鉄にありがちなあやしい雰囲気はなかったように思います。

それよりも狭い空間ですから、ひょいっと目が合うと、気のよさそうな地元のおばちゃんやおじちゃんが声をかけてきます。

「ナポリは初めて?で、どこを見学したの?そうかそうか、あそこは良かっただろう。それじゃ、こっちは行ったか?え?まだ?駄目だ駄目だ!あれを見なくちゃナポリを去れないよ!」などと車内にいる5~10分の時間を利用して案内してくれるのです。

後でガイドさんに訊いたところ、そう珍しいことではなく、ガイドさんにさえ、ちゃんとナポリを正しく案内しているかどうかチェックが入るのだそうです。「○○には連れて行ったの?」

ガイドさんは、通常ネームプレートを付けているのですぐ分かって、よくそんな風に声を掛けられるとか。ナポリ人の気質の一つだと苦笑いしながら説明してくれました。

道路事情も独特でした。ナポリならではの暗黙のルールがあるようです。二車線なのに三車線で走っているし、しかしぶつかることなく、ものすごい渋滞にも涼しい顔で対応し、スイスイ走る様子は、お見事!としか言いようがありません。

それでなくとも渋滞は必至だという土地柄なのに、地下鉄工事で、地面を掘ったら、遺跡がわんさか出て来て工事はストップ。
「いつまでかかるのですか?」という質問に、「皆目わからない」と運転手さん。そう細かいことにこだわっていたら、ナポリで生きていけないのだろうな、と思いました。

ポンペイ
IMG_6637ポンペイはすでにいろんな本やテレビ番組で見ていたので、何だか初めて来たような気がしませんでした。

炎天下の中でも、観光客は沢山。とても広く丁寧に隅から隅まで見たとしたら丸二日はかかとのこと。ガイドさんに
2~3時間でまわってもらうよう、見どころをセレクトしてもらうことにしました。





190㎝と長身でヒゲモジャのガイドさんは日本アニメが大好きで
絶対行ってみたい国は日本だそう。ユーモアがあって楽しい案内でした。

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先祖や神々を祀る神棚              古代ローマのファーストフード店

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古代ローマ人は公衆浴場にしても日本人と共通点が沢山ある気がします。家にある先祖を祀った神棚もその一つでしょう。

右の写真はファーストフード店。壺が組み込まれていて、熱風が流れることで温かい状態を保っていたそうです。壺の中身は豆スープ。壺の前で客はさっと食事をしていきます。

IMG_6681こちらは風呂ではなく、「ステファノの洗濯屋」と名付けられた洗い場。ポンペイには18軒の洗濯屋があって、そのうち最も大きいものがここだったようです。

石鹸がまだない時代ですから、アンモニア、つまり、動物や奴隷の尿を利用して汚れを落としていたそうです。その作業にはものすごい時間と労力が使われ、尿を使うと言っても、最後にはほのかにいい香りさえただよう仕上がりだったということ。洗濯屋にお願いすることは、結構なお金がかかり、とても贅沢なことだったそうです。

ここでガイドさんが面白い話をしてくれました。
何でも税金をかけたことでも知られる古代ローマ社会、さっそく汚れを落とすアンモニアの元、尿にも、当時の皇帝ウェスパシアヌスは税金をかけました。

もちろん民衆はブーイング。このことを日頃、友人たちから揶揄されていた皇帝の息子は、ある日、父親に抗議をします。すると皇帝は税金として集めたコインの一枚を息子の鼻先に突き出し、「臭うか」と訊ねました。息子は首を振って答えたという逸話。

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古代ローマ時代の家(
1戸建てのドムス)は、入ってすぐにアトリウムと呼ばれる広場があり、そこは屋根がなく、雨水を床中央にある貯水槽に集めて利用していたのだそうです。

すでに使われていた水道管     公衆浴場の脱衣所(棚に脱いだ服を入れる)

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ポンペイは、西暦
79年(日本では弥生時代)に起きたヴェスヴィオ火山の噴火で6mもの火山灰がつもり、人々の記憶から忘れ去られ、1748年に始まった発掘調査で掘り起こされました。当時の人口は1万~2万人。

年間
200万人の観光客が訪れるのだとガイドさんが説明してくれました。

ポンペイは海のそばの交易の町として多くの外国人商人が訪れていたという特徴があります。言葉が分からなくとも用が済むように、矢印やフレスコ画や彫刻などで意味を示す工夫が見られ、それが現代的で面白い。

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エルコラーノ
ナポリとポンペイの中間に位置するエルコラーノは、ポンペイに比べると、ずっと小ぶりの遺跡で(まだ全部発掘しきれてない)、「こちらのほうが好きだ」という声をよく耳にします。

交易の町ポンペイに対して、エルコラーノは貴族たちのリゾート地。そのため同じ遺跡にしてもずいぶん違う面があって、比較すると面白いです。また噴火口により近かったため溶岩で埋もれたため一瞬にして炭になった木や縄なども多く発掘され驚くほど保存状態が良いです。

灰で埋もれたポンペイに比べて、エルコラーノは溶岩だから発掘がとても難航したそうです。(今も続いている)

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地層の色が違っているところが噴火前の地表。その上は町を覆った溶岩。このように、エルコラーノ全体を見下ろすことが出来るのもポンペイとは違った点。

IMG_6792写真下のアーチ部には、沢山の人骨があり、ちょっとショッキングです。300体見つかったそうです。ここは船の倉庫だったところで、この建物の寸前に海がある海岸でした。

火砕流から逃げるため、人々は遺産や宝石類を手にここから船に乗って沖に出ましたが、津波で押し戻されてしまったのだそうです。
貴族ならではの豪華な装飾などが沢山発見され、同敷地内の博物館でも見ることが出来ます。


エルコラーノにもファーストフード店。壺が埋まっているのがよくわかる。
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(左の写真)エルコラーノを案内してくれたガイドさんは大学卒業して数年目という若い人でした。法学部を出て弁護士になるはずでしたが、土地柄、弁護士よりもガイドの仕事のほうが求められていることを知って、人生大転換。

説明が的確で分かりやすい。弁護士を目指していた人だからこその話術だ、と思うのでした。

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(左)浴室の遺跡。天井の筋模様は、水滴が伝わり横に流れるようにするための工夫。
(右)ガラスで覆われた部は、炭化した梁の一部。溶岩で一気に炭になったエルコラーノならではの遺跡。ポンペイにはありません。

 国立考古博物館
IMG_6928遺跡巡りの後、ポンペイとエルコラーノ遺跡から出土したモザイクやフレスコ画などを保管している国立考古博物館へ行きました。

貴重な出土品ですから、発見されたままにして雨風にさらすわけにはいきません。

また見学者の倫理観の問題もあります。ポンペイもエルコラーノも監視カメラがつけられず、「記念品として」遺跡の欠片を持って帰ったり、落書きする人が後を絶たないそう。見学者の「良心」にゆだね、守りようがないのが現状だそうです。

さて、博物館に入ると、どっしり構えた男性がいました。それはフリーと思われる呼び込みガイドさんでした。時間と金額を交渉してお願いすることにしましたが、ここはナポリですから、吉と出るか凶とでるか、少しためらいました。

しかし、所要時間の2時間内に回って、とても詳しく説明してくれました。2時間きっちり終了。ガイドの鏡だと思いました。

IMG_6896あんなに見どころある博物館を、客の見たいところを、客の希望時間に合わせ、上手に案内し時間内で終えるというのは、当たり前のようで、なかなかできることではありません。

外国人の私にも「わからないことがあったら、私の説明を遮って教えてくださいね」と親切でした。

この博物館には、本当に見るものが沢山!
ポンペイ、エルコラーノの文明の高さを物語るフレスコ画、銀食器、ガラス製品といった出土品だけでなく、ファルネーゼコレクションと呼ばれるギリシャ・ローマ時代の大理石彫刻や、ミイラや副葬品などのエジプトコレクションなど、見どころ満載。

   ミイラの棺      ワニのミイラ


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生殖器崇拝というのでしょうか、ポンペイでは至る所に男性のシンボルが見られました。当時のローマ人たちには、エロという概念ではなく、生産力・豊穣のシンボルだったと、ガイドさんが説明してくれましたが、博物館の「秘密室 Gabinetto di Segreto」はその類の作品をまとめたもので、一堂に揃うと、恥ずかしいとか、可笑しいを通り越して、ここまで作品として作り上げた彼らの心意気に感心してしまいました。

  下の写真二枚に同じ図が
。           足元の図に注目。指し示す方角に
                      殿方が楽しむ館があったそうです
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「秘密室」の入口
IMG_6899そういえばペルージャの考古学博物館には、古代ローマ以前、エトルリア人による男性と女性のシンボルをモチーフにした様々な作品が並んでいたことを思い出します。

日本だって、愛知県小牧市の田縣神社など、我が宮城県にも多賀城や石巻などなど、生殖器崇拝の神社が結構ありますから、「繁栄バンザイ」は世界共通なのでしょう。

 銀の食器の出土品
博物館を見終わって、紀元前のIMG_6907大昔からナポリ大国に至るまで、この土地がどれだけ多くの人を惹きつけ、重要な都市でありつづけたかを語るのに余りある展示品にため息が出ました。


IMG_6585しかしため息をつくのはまだ早く、ナポリにはもう一つ見逃せない重要な所が。それは国立カポディモンテ美術館です。

ここもファルネーゼ家により創設され、カポディモンティ焼きをはじめとする陶磁器コレクションや絵画が所狭しと並んでいます。

IMG_6587お目当てのカラヴァッジョの「キリスト鞭刑」が設置されている部屋は、早めに閉まることを知らず、閉館時間の15分間に滑り込みました。
その他にも、ティツィアーノ、ラッフェッロ、マザッチョ、ミケランジェロなど、有名なイタリアの巨匠たちの作品が目白押しです。
ちょうど日本のテレビ局が美術館の取材をしていました。
ナポリらしい喧騒な市街地を歩くのもこの町を感じる方法の一つですが、こうして博物館や美術館の展示物を静かに愛でるのも、ナポリのもう一面を知る方法のように思います。

IMG_65365日間の私の滞在は、ナポリの入口をちょっと見させてもらった、という程度でしょう。

イタリア人が、「(ナポリを指して)あそこはイタリアじゃない」と言うのをよく聞きますが、その意味が分かるような気がしました。

イタリアだけどイタリアではない。ナポリはナポリ。
その理由が何なのか分かりませんが、理由なく惹きつけられる町、エネルギーに溢れた町。
また来たいと思いました。


ナポリ名物菓子「ババ」でできたヴェスヴィオ火山



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2019年09月02日

はじめてのナポリ(1)

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今日からイタリアです。
ヴェネツイア、ジェノヴァ、ナポリに行きます。
初めて訪れたナポリは、あいにくの曇り空でしたが、さっそく空港からホテルへ移動する時間を利用して、タクシー運転手さんから、ナポリのおいしい情報をいくつか得ることができました。そのうちの一つ、魚介で有名だというレストランへ行ってみることにしました。

店の入り口を飾る新鮮な魚
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IMG_6318タコのサラダやエビのグリル、ボンゴレスパゲッティなど新鮮な魚が豊富に使われている料理をいただきました。
レモンがたっぷり添えられているのも柑橘大好きの私には嬉しく、南イタリアの豊かさを感じました。

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この店は、現在の女性店主の父親から続いているそうで、先代の時代は、Zuppa di cozze(ムール貝のスープ)だけを提供する店だったそうです。スープと言っても、ワイン蒸しのような料理で、これでもかとムール貝が山盛りやってきます。
名物のズッパ・ディ・コッツェ(オレンジ色は唐辛子オイル
IMG_6745それから代変わりし、時代に合わせ、他のメニューも充実させてゆき、今のレストランになったのだそうです。
「代が変わっても一番のスペシャルは、やっぱりそれだね
。」

そう教えてくれたのは、別のタクシー運転手でした。空港からホテル、ホテルからそのレストランへ移動するときに、ダメ押しで、「そのレストランはおいしい?」と訊いたら、「今から俺が行きたいくらいだよ」。

日本でも、旅行先の情報を得るため、運転手さんと会話することが多いですが、ナポリの運転手さんは、自分がどれだけナポリを愛しているか、詳細な情報をどれだけ熟知しているか濃厚な気さくさでアピールしてきます。

即答で返ってくる情報に感激しつつも、場所がナポリなだけに、「本当かなぁ」と疑っているわたし。むろん、間違いありませんでした。運転手さんごめんなさい。

IMG_6934貝類の絶妙な火の入れ具合、カリッと揚げた鰯やイカのフリットとキリリッと冷えた白ワイン、今でも夢に見ます。

出だしから食べ物の話で恐縮ですが、恐縮次いでにもう一つ。


上記のレストランもおいしい上に安くて驚いたのですが、安いと言えば、昼間立ち並ぶ魚市場のそばにある庶民的な食堂は、町を案内してくれたガイドさんに勧められました。

IMG_7049思い切って入ってみると、ちょっとごちゃごちゃしていている店内に少々面食らいましたが、働いている人が注文を受けてきびきびとさばいている様子が見事で、すぐに「これは間違いないだろう」と思いました。
IMG_7048ガラスケースの中に、野菜料理や魚料理、肉料理などなど大皿に出来立てが並んでいて、それを見ながら注文するのです。
もしくは、ホワイトボードの手書きのメニューから頼めば、厨房で料理してテーブルに持って来てくれます。
こういう時、地元の習わしに溶け込み、そのリズムについていけるかが問題です。
特に私は列を作って順番を待つことに慣れた日本人であり、背が小さいため、ガラスケースで顔は隠れてしまっています。

でもこういう時、案外地元の人は親切です。「こちらのスィニョーラが先だよ」と周りに待ったをかけてくれます。

さて、順番は無事に回ってきたけれども、どうオーダーしてよいか、色んな料理に目移りしていると、店主と思われる強面の男性が、ふむふむと私が食べたい料理名3種を聞いて、「一人分に盛り付けて持っていくよ」と言ってくれました。

IMG_6562私が注文したのは茄子のパルミジャーナとペペロナータ。どちらも南イタリア家庭料理のテッパンです。日本人にはちょっと油っこいかもしれませんが、野菜がとろんとして、オリーブオイルたっぷりだからのおいしさ。ケチケチしていたらこういう味わいにはなりません。ここにパンをつけて持って来てくれました。魚とじゃが芋のオーブン焼きもおいしかったです。何と言っても安い!
さすが学生時代から今でも利用していると言った地元
ガイドさんおすすめのお店でした。
[Toto]と看板が掲げられた劇場  

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さて、先ほどのムール貝スープが名物の レストランから歩いてすぐにトト劇場がありました。
トトというのは昔活躍したナポリ出身の喜劇役者で、今でもイタリアの人気者です。特別、彼とゆかりがある劇場というわけではなく、ナポリ出身の彼をレスペクトして劇場の名前にしたそうです。
ロビーにはトトが映画撮影で身に着けた衣装など飾ってありました。

映画の有名な抱腹絶倒の一場面。南国ナポリから生れて始めて北上したトト。
ものすごい厚着でミラノ駅に降り立ち、まわりの好奇な視線にも気づかない。

トト










サングレゴリオ・アルメーノ通りは、プレゼピオ(クリスマスのキリスト降誕の場面を表した飾り)の専門店が軒を連ねていて、一年を通して売っています。

キリスト降誕がオリジナルですが、最近では話題になっている人、たとえば政治家や芸能人などもプレゼピオになってお土産として並んでいます。そこにも沢山トトがいました。

          プレゼピオ屋さんが立ち並ぶ界隈
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   通常のプレゼピオ     トトのプレゼピオはお土産として人気
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ナポリの中心街を歩いていると、「あそこは「ああ、結婚」でマストロヤンニとソフィア・ローレンが映画の中で住んでいたアパート」とか、「ここは、ジャックレモンとマストロヤンニの「マカロニ」の撮影で使われた中庭」など、あちらこちらに憧れの映画が撮影されていたことがわかり、一人興奮します。

IMG_6450映画といえば、ちょうど映画かドラマ撮影で、突然、1930~40年代の服装をした俳優さんがどっと出て来て囲まれてしまい、タイムスリップでもしたかと驚きました。



IMG_6515それにしても、ナポリを散策しているとやたらめったら教会に出くわします。「犬も歩けば棒に当たる」ならぬ、「ナポリ歩けば教会に出くわす」です。

京都市に神社は300あると言われていますが、ナポリの教会数は
400だそうです。

ナポリの人は信仰深く、よって迷信深いということをよく聞きますが、生粋のナポリ人という30代のガイドさんは、お祖母さんに育てられたそうで、現在の若者が知らない昔ながらの迷信深を口にする彼女に、友人たちかが「あんた、いつの時代の人?」とよく言われてしまうのだと苦笑していました。

私も祖父母のいる家で育ったので、やかんの口は南側に置かなければいけないとか、みそ汁をご飯にかけるならご飯をみそ汁に入れるようにしなくてはいけないとか、色んな決まりがあったことを思い出します。

ナポリの迷信は、例えば、黒猫が渡った直後の道は渡らないとか、壁に立て掛けられた梯子の下を通ってはいけないとか、色んな言い伝えがあって、同じイタリア人でも他地域の人たちはそれほど気にしないので、こういうことに大騒ぎしているナポリ人を半分笑い話の種にしているのを時々聞きます。

唐辛子の形をしたキーホルダーを土産屋さんで見かけますが、ツノ型の唐辛子は幸運を呼ぶそうで、赤色は勝利の色だそうです。ポンペイでもこの話になりましたが、古代ローマの遺跡に行けば、必ず男性のシンボルや赤色が目に入ります。唐辛子はそこから来ているのだそうです。

色んな教会を見学しましたが、一番はナポリの守護人、聖ジェンナーロを祀る大聖堂です。ここでは毎年5月の第一土曜日と919日、1216日に聖ジェンナーロの血液が液体化するミラーコロ(奇跡)が公開されるそうです。

IMG_6509歩いていると、ブロンズ製の遺骨の装飾があり、ぎょっとしました。教会名Purgatorio ad ‘Arcopurgatorio=煉獄)ということからも分かるように、「死者信仰」、つまり死者はあちらの世界から現世の私達に力をくれるというもので、だからナポリっ子はここを通るたびにに頭がい骨を撫でるのだそうです。

天国と地獄の間にいる死者を天国に引っ張り上げる力を現世の私達は送るという「死者と力の交換」という話しは、まさに迷信的なナポリ人らしいです。この教会の地下埋葬室には壁一面に頭がい骨が並んでいるのだそうです。

IMG_6541宮殿だったのを16世紀にイエズス会の教会に改築したジェズ・ヌオーヴォ教会。平面な石積みのファサードが印象的。

サンセヴェーロ礼拝堂は、ずいぶん前から色んなイタリア人から耳にしていた場所です。というのも、「Cristo Velatoヴェールに包まれたキリスト」という彫刻が素晴らしいのだということ。

大理石をどうしたらあんな風に彫れるのか、私も見とれてしまいました。これは必見です。

IMG_6483IMG_6455トレド通西側の斜面は、トレド総督によってスペイン統治下で激増した人口問題を解決するために作られた住宅でひしめき合っています。

洗濯物が風に揺られている様子は、「ザ・
ナポリ」というイメージにピッタリです。今でもそのまま使われているのですが、観光客の私たちは治安があまりよくないのでトレド通から覗くだけにしておくのがいいようです。

IMG_6471IMG_6469王宮
Palazzo Reale17世紀にスペイン王を迎えるために作られましたが、その王を迎えることなく、ブルボン家の王宮として18世紀に改築、拡張されたそうです。正面にはナポリを統治した人たちの立像が置かれています。

現在は王宮歴史的住居博物館
Museo dell’appartamento storico di Palazzo Realeになっていて、18世紀の豪華な室内を見ることが出来るそうですが、時間の関係で入らず、私が好きなフェデリコIIの像の写真を撮るだけで満足しました。次回は是非入ってみたいです。

その向かい合わせに建っているのがパンテオンに似たパオラ聖堂。
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この2つの建物が建つプレビシート広場に面しているのが
1860年創業というカフェ、ガンブリヌスGambrinusです。IMG_6474

ナポリでは、町の中、遺跡と色々なところでガイドさんをお願いしました。私はガイドさんの説明を聞くのが好きです。本やネットで十分、という人もいるでしょうが、日夜研究を重ねているガイドさんの説明は、間違いなく、観光地をより魅力的に、印象深くしてくれます。

合間にガイドさんに、「コーヒーでも?」とお誘いすると、ちょっと遠慮がちに躊躇しながらも、「我々ナポリ人は、コーヒーの誘いを断らないのですよ」と言って、一緒に飲んでくれました。
  ナポリのコーヒーのおいしさはイタリアじゅうの人が認めてる

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ガンブリヌスには、「カフェプレパガート Caffè prepgato」というナポリの習慣の説明が各国語でありました。

ナポリでは、その昔、こんな素敵な習慣があったそうです。それは、コーヒーを飲んで支払う時に、「自分の分+もう一杯分」を支払う習慣です。コーヒーを飲む金銭的余裕のない人が、バールに顔を出して、「カフェ・プレパガート(支払い済みコーヒー)はないかい?」。
こうして懐が寂しい人も、コーヒーを飲むことが出来るわけです。

この習慣は過去のことになりつつあるそうですが、コーヒーとナポリ人の強い繋がりを感じる話しです。

IMG_6965IMG_6966ナポリの町の創始者はギリシャ人でした。現在の大聖堂周辺の地下には、この古代都市がナポリの地下にそのまま残っています。
その多くは、教会の地下埋葬や、下水道などに利用されていましたがっここ
40年の間に本格的な発掘作業が行われ、現在Napoli Sotterraneaという名前でガイド付きのツアーで見学することが出来ます。

15m地下に潜るので、中はひんやり。上着が必需品です。ジョーク交えながらナポリ弁で案内してくれるガイドさんを先頭に、ろうそくを手に地下を巡ります。埋葬室、貯水槽、ローマ時代の劇場後があったり、第二次世界大戦時は防空壕として使われていた場所など、もう一つのナポリを見る思いでした。
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地下の遺跡で、なんとバジリコなど野菜が植えられている様子は興味深かったです。日光がないところで野菜が育つかどうかの実験です。真上の地上では、ナポリ一のピザ激戦区だということで、ここで育ったバジルを使って話題作りに一役買っていると、本当かジョークかガイドさんが説明してくれました。

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ナポリのカラッチョロ海岸通り
lungomare Caraccioloで「ブファラ フェスト」が開かれていることに気付きました。

タクシー運転手さんが説明してくれたことによると、
831日から98日までの9日間毎晩(土日はランチから)開かれていて、ナポリの有名店がブースを出して盛大に開かれる食の祭典なのだということでした。毎日しのぎを削っているナポリピザ有名店が集まるので、「それこそ食べ比べも出来るよ」とのこと。

夜8時に海岸通りへ来てみると、ブースが50店舗あまり、その前にはテーブルが沢山並んでいて、サンタルチーアの夜景を見ながら、海の風を感じつつ食事出来るというのも素敵です。

ブファーラというイベント名通り、水牛モッツァレッラチーズから、パスタ、肉料理、ビールやワイン、そしてデザートとコーヒーに至るまで網羅しています。眺めているだけでも楽しい。

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ブースを覗いてみると、ピザ釜が設置されていてピザ職人たちは真剣そのもの。出店だからと手を抜くどころか、ここから評判となるという意識からか一生懸命です。グルテンフリーの粉を使ったピザ屋さんや、なんと
1738年創業というピザ屋さんの存在にびっくりしました。

家族連れがそれぞれ別のブースのピザを買ってきて、わいわい食べている様子は、ほのぼのしていいなぁと思いました。
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野外ステージではライブが行われていて、海風に乗ってナポリターナ独特の情熱的なセレナーデが流れてきました。「愛する人よ、行かないで。愛を誓ったあの日を忘れたのかぁぁ♪」

甘くて重い、「ねちっこい」と称してもいいようなナポレターナが大音量で響き、それは有名な曲らしく、地元の若いカップルも熟年夫婦もうっとり口ずさんでいました。

イタリア語を習い始めた時、ネイティブの先生が「私たちはプリミティフだと言われるけど」と反発心を押さえながらも、イタリア人は3つの動詞に集約できると言われているのよ、と前置きをして、初めて覚える動詞を黒板に書いて教えてくれました。
マンジャーレ(食べる)、カンターレ(歌う)、アマーレ(愛する)。

その先生がナポリ出身であったことを思い出した今晩でした。

 

 



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2018年04月01日

絵本作家のアッティリオ・カッシネリさんに会いました!

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今月4月に岩崎書店から「アッティリオおじいちゃんの童話絵本シリーズ」として、
「あかずきんちゃん」
「3びきのこぶた」
「ブレーメンのおんがくたい」
「みにくいアヒルのこ」
の4冊が出版されます。
(後日談:出版開始はゴールデウィーク明けに変更になりました)

(すでにアマゾンなどでも予約を開始しているようです)
http://www.iwasakishoten.co.jp/author/a163061.html

私はこの4冊の翻訳を担当させていただいてます。
編集の方の話では、94歳現役の作家さんだと聞いていました。

絵本はとてもきれいな色とシンプルな線が特徴で、是非イタリアで作家さんにお会いしたいと思い、イタリアの出版会社に掛け合うと、イタリアへ出発する数日前にアッティリオさんの娘さんから連絡が来てアポイントを取ることに成功。それも成田に向かう新幹線の中で確定するというギリギリさでした。それも私の状況を察して、「盆栽展が終わって落ち着いたらまた連絡ちょうだい」という優しい心遣いをかけてくださいました。

さて、盆栽展のゲストである日本の皆さんをローマ空港まで送り、一旦、「私のふるさと」フィレンツェへ行って2日間一休みしてから、アッティリオさんに会うことになっていました。

フィレンツェからは4~5時間かかるピエモンテ州のノーヴィ・リグーレ(Novi Ligure)という町にアッティリオさんはいらっしゃいます。最近までジェノヴァで活動していた生粋のジェノヴァ人ですが、諸事情で数か月前から娘さんの住むこの町に移ったそうです。

62ジェノヴァ近くになると車窓から海が見えて、見とれました。あいにくの雪曇りでしたが、お天気の時は青い海がもっときれいなのだろうなぁと思います。



63それから長いトンネルに入り、トンネルをぬけると、そこには全く違った雪景色が広がっていました。イタリア版「雪国」。さすがピエモンテだと思いました。

ノーヴィ・リグーレの人口は28,000人。私の町、亘理町とだいたい同じかなぁと思ってみたりします。




サンタ・マリア・マッジョーレ教会前の白い山は数日前に振った雪
6465駅に着くと、娘さんが待っていてくれました。

思った通り、繊細な優しさを感じさせるお顔です。町のバールに入り、カップチーノで一服ついてから、小さな、でも趣のある街をぐるっと回りながら、お家に向かいました。

暖炉がチロチロいっている居間に通され、ドキドキしながらアッティリオさんを待っていると、奥から奥様といらっしゃいました。「スィニョール アッティリオ(アッティリオさん)!」と呼ぼうとしたら、「スィニョールはやめて」と言います。確かに、日本の〇〇さん、と違って、スィニョールはちょっと仰々しい感じがしなくはありません。それでも、人生の大先輩ですから、少なくともLeiで話そうとすると(イタリア語には敬称Leiと親称Tuがあります)、「Leiじゃなくtuで話しなさい」と言うので、私ははじめから緊張せず、親しく話させてもらいました。

後ろのお二人は奥様(左)、娘さんアレサンドラ(右)
67さっそく仙台でもとめた遠刈田こけしをプレゼントしたところ、とても喜んでくれました。こけしを買う時に、並んでいるこけしたちに「イタリアへ行きたい子はだれ?」と心で訊ねたら、「わたし!」と答えてくれたこけしだったので、アッティリオさんの手に収まる彼女もとても嬉しそう。

編集の方からアッティリオさんへいくつか質問を預かっていたので、今回の絵本に関する質問をいくつかしました。

アッティリオさんは言葉少なめですが、答えてくれる言葉一つ一つに誠実さを感じて、とても素敵な方だとすぐに私は大ファンになりました。「アッティリオは恥ずかしがり屋なの」と娘のアレッサンドラ。

72そうこうするうちにお昼になったので、娘さんが食事を用意してくれました。ジェノヴァ出身の彼らですから、パスタは本場のジェノヴェーゼ。伝統はじゃが芋といんげん豆が入るのですが、「じゃが芋はサラダに使ったから」と、今回パスタには入れなかったのよ、と料理のことをあれこれ訊ねる食いしん坊の私に、アレッサンドラが説明します。
アッティリオさんは「じゃが芋が入らないほうが好きだ、この方がいい」と言いました。

73いくつか絵本に関する質問をして、30分もしたら失礼させていただく気持ちで来た私は、この歓迎にびっくりしました。「まさかアッティリオとパスタを食べるなんて思ってなかった!」と私が言うと、みんな笑っていました。

74ケーキみたいにきれいに飾り付けされたロシア風ポテトサラダ。料理すべてがシンプルで夢のある盛り付けで、アレッサンドラのセンスを感じました。
何よりも忙しい中、こうして手作りでもてなしてくれる気持ちが温かくとても嬉しく感激しました。

71食事中も、はじめはアッティリオさんの芸術活動に関する質問をしていたのですが、素敵なご夫婦を目の当たりにして、だんだんプライベートな質問へと流れていく私でした。

2人の出会いとか、出会った時に互いにどう思ったとか、結婚の決めては?などと今から振り返ると、けっこうずうずうしい質問を沢山してしまいました。だって、本当に素敵な2人なんですもの!

2人はちょっとあっけにとられていたようですが(今振り返ると..です)、言葉少なに、でも正直に答えてくださいました。

76絵本作家のお父さんを持つってどんな感じだろうー?と思った私は、アレッサンドラにも質問をします。
「子供の頃、アッティリオはどんなお父さんだった?」
いつも家にいて、物語を書いたり、絵を描いている創作活動をずっと間近に見ていて、とても幸せな幼少期だったと、大人になった今改めて思うと話しました。




75小さい時は、両親がいつも家にいることに不思議に思わなかったけれども、少しずつ大きくなってきて、他のお友達のお父さんは外へ働きに行くことを知るにつけ、自分の家が特別であることを知ったそうです。

アッティリオさんは昔、人形やぬいぐるみをデザインすることもあり、「彼が生み出すキャラクターは人気を博した」とどこかに書いてあったプロフィールを見て知ってましたが、娘さんが昔とてもかわいがっていたぬいぐるみ、アッティリオさんがデザインしたものの一つを持って来てくれました。(目が一つだけになってしまっていたのはアレッサンドラが可愛がっていた証拠)

7720年前、出版会社「ひかりのくに」からアッティリオさんは何冊か出しているため(今は絶版)、手元にある日本語版を見せてくれました。そのうちの一冊を私が手に取って、日本語で朗読すると、シーンとなってみんな聞き耳を立てていました。

アッティリオさんは昨年、「あかずきんちゃん」をはじめとする、この童話絵本を久しぶりに描き、また物語を要約しました。この本でイタリア児童文学界で重要な「アンデルセン賞」を受賞しました。

「あかちゃん絵本」という副題の通り、あかちゃんが自分でページをめくれるよう配慮した厚みのあるしっかりとした材質で出来ています。要約された物語と、くっきりとした線と美しい色で”アッティリオスタイル”と呼ばれる絵が物語りを展開していきます。

こうして楽しい時間はあっという間に過ぎ、帰る時間になりました。

30分だけと思っていたのに、すっかり4時間もいたことになります。私のために、オリジナル(イタリア語)の絵本「あかずきんちゃん」にサインをしてプレゼントしてくれました。本当に本当に嬉しかったです。

 「のりかへ 愛情をこめて Attilio」と書かれた本を手に
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68アッティリオさんは特に60~90年代にかけて沢山の絵本を発表しています。特に有名なのはこちらのピノッキオ。「ピノッキオの大冒険(作カルロ・コローディ)」出版100年を記念して製作されたもので、オリジナルのストーリーにカラフルな素敵な絵が沢山入っていて、読みごたえのある一冊になっています。

今は絶版しているためプレミアがついているようです。アッティリオさんの美しい色合いとシンプルな線が味わい深く、コローデイの物語の面白さもそうですが是非日本で復刻してもらいたいと思いました。

学校へ行かない子供たちが遊び惚けてロバになっていくシーン。
このページだけでも、どれだけ美しい本か分かります。

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駅までアレッサンドラとパートナーのフラーヴィオが車で送ってくれました。

車中、「ノリカ大成功だったねー」と言います。何のことかと思い、「何が?」と訊くと、「慎み深い2人は、通常はああいう質問に答えないんだよ」。

ここでまた私はひとしきり大汗をかくわけですが、またこうも言ってました。
「今日はノリカが来たから2人とも華やいでいた。とても楽しみにしていたんだよ」

アッティリオさんと別れる時に、「これが最後じゃないだろうね」と言ってくれました。

私がジェノヴァを見たことがないと知ると、みんなこぞって、ジェノヴァの美しさ、歴史の偉大さを語るので、是非近いうちに戻ってジェノヴァを見て、アッティリオさんとまたお会いして、次回の絵本の構想なども聞けたらいいなあとさっそく思っている私です。




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2018年03月24日

第4回MIYABI盆栽展

212月24~25日の2日間、イタリア、ヴェネト州で第4回MIYABI盆栽展が行われ、私も通訳で参加させてもらいました。

今回は、チゾーン・ディ・ヴァルマリーノにある中世の城だったカステル・ブランドを会場に開かれました。

22時過ぎにヴェネツィア空港に到着し、車でこのカステルブランドに着いたのは0時を過ぎていました。



  夜のカステル・ブランド 
0開催者たちから、とても素敵なところだと聞いてましたが、下の村よりも400m高い丘に建つ城は、闇に浮かんで、何だか中世に迷い込んでしまったような気持になりました。

現在はホテルや結婚式場や会議などのイヴェントホールとして、またSPAなどのウエルネスセンターがあります。

1614今回もMIYABI展で展示される盆栽の数は100を超え、2年前の第3回よりもずっとレベルが上がったと、サツキ盆栽の佐々木さんがおっしゃっていました。そういわれて、主催者のパオロはとても喜んでいました。

  大きなカステル・ブランド
0.5パオロは2回来日した折、通訳ガイドとして案内したことから、2016年のMIYABI展より通訳をさせてもらうようになりました。パオロはミネラルウォーターの有名会社サン・ベネデットで働くかたわら、盆栽の先生もしています。50歳の彼のお弟子さんは20~40代の若い人たちばかり。

17さて、日本からご一緒した方々は計8名。

サツキ盆栽で何度も国風展に出展している佐々木吉美さんは、今回サツキ剪定のデモストレーションと、サツキ盆栽にとってとても重要な「根洗い」という作業について、その理由と実際のやり方を講演してくださいました。

サービス旺盛な佐々木さんは、急に元気がなくなって枯れ始めたというサツキを持参した参加者の鉢を診断しながら、「根洗いをすれば元気になる」と診断して、終いにはこの持参者と一緒に土を外す作業をみんなの前で始めました。

 剪定を見せながら、
 質問に答える佐々木さん

18 - コピーサツキは畑の中で育ち、鉢に植えられてプレ盆栽として販売されるわけですが、古い土は細かくなって、サツキの根っこにまとわりついています。サツキの根っこは髪の毛のようにとても細いです。その古い「黒土」は保水性が高く、水はけが悪くなってきます。

しかし、表面の新しい土は、通常、鹿沼土などの水はけのよいものを使うので、そこで保水力の差が生まれてしまいます。

イタリアのディナーは9時スタート。現在10半。盛り上がるイタリア人の中で
日本テーブルはちょっと我慢大会のような雰囲気。。。

3534通常、表面が乾いたら水やりをしますが、表面だけ見ていてはわからないことが中で生じてしまいます。

つまり、乾いていると思って、どんどん水をあげるのですが、中で根腐れを起こし、通気性はなく、終いには水や栄養を幹や枝に送り出すことが出来なくなって、最終的に枯れて死んでしまいます。

佐々木さんは、この作業がとても大切で、鉢上げをするとき、または(鉢の大きさにもよるが)鉢に植えて3~5年経ったら、鹿沼土も黒土になってしまうので、根洗い作業が必要になってくる。枯れ始めたサツキを持参した参加者のように、そのことを知らないで枯れさせてしまってしまっている人が多く「サツキは扱いが難しい」と思い込んで、サツキ盆栽の良さがイタリアでなかなか広まらないのではないかと話していました。会場にはサツキ盆栽を育てている人がけっこういて、サツキのスペシャリストの佐々木さんに色々質問をしていました。

5根を洗う前、徹底的に古い土を取る必要があります。この「徹底的」というのが目で見ないとわからないと思います。というのも、細いピンセントなどを使って、本当に「徹底的」に根と根の間に入りこんでいる土をほじくって、水圧で洗い流し、再びほじくって、水圧を当てて洗って...と繰り返すのです。盆栽というものは、本当に愛情をこめて育てるものなのだと脇で通訳しながらしみじみ思います。

  根洗い前の土取りを見せる
IMG_1665観衆の皆さんはその間にも「根洗いの理想的な時期」を聞いて来たり、実際の自分のサツキ盆栽の問題を相談したりと、どんどん質問をしてきます。

実は私もサツキ会に入会しました。佐々木さんのお宅で時々「勉強会」があり、自分のサツキ鉢を持って行って、剪定などを仲間の皆さんと一緒にします。

佐々木さんの顔で、なんだか知らない間に色々な種類のサツキ盆栽が我が家にも7鉢も並ぶようになりました。

私としては盆栽に関する通訳や翻訳が上達出来たらいいなぁという気持ちだけ、佐々木さんのススメに乗ったわけですが。。。

  前日、粘土を練る様子     展示場で選んだ盆栽に合わせて
                      即興で鉢を作る行山さん

625盆栽を展示する時、鉢にも注意を払わなくてはいけません。植物にあったもの、植物とのバランスがとても大切になるわけですが、盆栽鉢の作家として世界的に有名な常滑市の中野行山さんも、今回のMIYABI展のゲストとして参加してくださいました。

行山さんの鉢は評価が高く、通常の鉢よりも数倍値段が張ります。中国製の偽物行山鉢もネット上で横行するくらいです。

行山鉢で盆栽展に出展することは盆栽愛好家にとって大きな夢です。そんな伝説のような行山さんが初の来伊ということで、多くの人がこの展示会を訪れ、鉢づくりのデモストレーションを見に来ました。

   立ってプレゼンする菊地さん             座って通訳する私
2928また建築家の菊地慎一さんの「日本家屋と床の間」の講演会も大好評でした。

自分が手塩にかけた盆栽を床の間という部屋の一角に作った空間に飾って、愛でるというのが、盆栽愛好家上級者の夢です。

菊地さんは、400年ぶりに大修理をしたばかりの仙台大崎八幡神宮のこけら葺きの様子を貴重な映像を通して紹介しながら、神社仏閣に欠かせない日本伝統の技を説明してくれました。

スライドも沢山用意してくれた菊地さん。視覚的にも学べる講演会でした。
3126また有名茶室の床の間を紹介するなど、多方面からのアプローチで、日本家屋のことを分かりやすく説明してくれました。

軒下、縁側など日本家屋の特徴を上げながら、日本の家というのは庭と一体になっていることを、私は改めて知りました。

終わった後、興奮した様子で感想を直接伝えに来る人も沢山いました。中には同業者の建築家も何人かいて、木造の建築物の美しさをたたえてくれました。

MIYABI展会場入り口。先生とアシスタントを務めた愛さんと。
10IMG_1181お茶会は、参加者が味わえる会ですから、みんなが楽しみにしているところです。

今回は茶会の部屋に床の間を急きょ作ってもらい、表千家の畠山宗照先生が日本から持参した杜甫の詩のお軸を飾りました。

朝お城周辺を散歩して見つけたという野生の花も漆の壺に投げ入れして飾ると、素晴らしい茶室が出来上がりました。

先生の提案で、今回は新しい試みとして、参加者とお菓子を作るちょっとした体験学習も設けました。

  みんなで和菓子作り。
20IMG_1141前日、レストランのキッチンをお借りして、日本から持参した米粉などを蒸して生地を作っておき、当日、ラップの上から押したりして、それぞれ参加者が菓子成形を経験しました。

そして自分で作った和菓子を、先生が点ててくださったお茶とともに頂きました。

2月は梅の月ですから、中に餡を入れた梅花のお菓子でした。

IMG_11391席10名で、2日で100名近い人々がお茶会に参加してくれました。参加者の90%くらいがお抹茶を飲むのが初めてでしたが、なかなか好評でした。

お菓子も材料がお米に豆だというと、ちょっと驚いた様子。一口食べて、とてもデリケートだと言っていました。

イタリア人は大抵、質問好きと決まっているので、先生の作法を見ながら、これはどういう意味があるのか、などと色々な話になりました。

中には金継ぎを趣味でやっている男性がいて、お茶会で金継ぎをした茶碗を使うことがあるのか?という質問も飛び交いました。

先生によると、11月の茶会から新茶を使い始めるため、10月は侘び茶を楽しむ月だそうで、その時に金継ぎされた茶碗を使うことがあるということです。

11開会式と閉会式で演奏してくださったのは群馬から参加してくださった三味線奏者の上原梅弦さんです。津軽三味線などの伝統物からロック調のオリジナル曲まで、前回同様、会場を沸かせてくれました。

 老若男女みんなで参加する雅展
23その他、ちびっ子たちがミニ盆栽鉢を作るコーナーがあったり、専門家が説明する水石の愛で方などなど、盛りだくさんな2日間でした。

雪もちらつくような寒い週末でしたが、来場者約1500人ということで、大成功だったという報告でした。

IMG_1187パオロは感激屋であることはみんながよく知っていることですが、今回、開会式で開催に協力してくれた人々に主催者代表としうことで、感謝の言葉を伝える大切な場面なのに、早速パオロがマイクを持ったまま絶句していまい、急きょ別のスタッフにマイクをバトンタッチし、パオロの代わりに挨拶するという場面がありました。

パオロを始めとするスタッフが一丸となり、私たち日本人チームも、そんなイタリア人の盆栽に対する熱い思いに共鳴して今回も参加させてもらい、国境を超えたところにある大きい感動をまた沢山頂いた思いがしています。




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