〈あの子が生きていれば、今年成人式でした〉
今年もらって年賀状のひとつにそう書いてありました。
そうか、あの子はもうそんな歳だったんだな。
あの子とは、1999年、ダウン症と心臓病から六歳で亡くなった、加藤秋雪君です。
秋雪君は、明治安田生命のCMで有名になったので、ご存じの方も多いでしょう。
http://www.youtube.com/watch?v=5a3ahoLXTuM
年賀状をくれたのは、お母さんの浩美さんでした。
有名になる前に、最初に取材したのが私でした。プロ野球中継をみていて、たった1度だけ流されたCMに激しく心を動かされたのです。それで当時、声を掛けていただいていた週刊文春の編集者にすぐ連絡を取りました。
無茶な話です。自分が感動しただけでページをくれ、というのですから。編集者も「どんな反響があるのか」「大きな反響があるのか」と訊ねてきました。もちろんそんなものはありません。「取材してみないとわからない。とにかくやりたいのだ」という私の訴えに、編集者は「あなたがそこまでいうのなら」と、3ページを取ってきてくれました。当時、私は週刊文春に1度も書いたことがありません。実績のない筆者に3ページも渡すというのはいかに困難かことか、業界の人ならおわかりになると思います。
取材に応じてくれた明治安田生命の宣伝部の方も大変積極的でした。CMのポイントになったのはなんといってもお父さんの正さんが秋雪君を抱きしめている写真なんですが、それがコンテストではでは実は落選していたこと、広告会社のディレクターただひとりが反応して制作されたこと、三ヶ月に1度しか放映していないことなどを教えてくれました。CMを見た人から届いたお便りもみせていただました。記事に引用したいとお願いすると、彼らは休日を返上して、投稿者ひとりひとりに電話をかけて、掲載の許可をとってくれました。そこには会社の知名度を上げるという業務上の責任感以上のものがあったと思います。
ご自宅にうかがった加藤ご夫妻も、「初めて取材に来てくれた」と私と編集者にいろいろお話をしてくださいました。家にはまだ秋雪君が書いた絵などがそのまま飾ってあり、まさしくご夫妻には「たったひとつのたからもの」なのだ、という気がしたのを覚えています。ご夫妻とはそれをご縁に、いまでも年賀状のやりとりが続いています。
〈あの子が生きていれば、今年成人式でした〉
また年賀状を見ます。思い起こすのは3月11日の大震災です。
これからあと20年、何百、何千、ひょっとすると何万人の親が年賀状にこうしたためることになるのでしょうか。
〈あの子が生きていれば、今年成人式でした〉
あの子がいきていたときに比べて、よい時代になったのでしょうか。秋雪君が生きていたときに比べて、障害を持った子供が生きやすい時代になっているでしょうか。震災で幼くして命を落とした子どもたちに、見せてあげたいような時代を築けるのでしょうか。
いや違うかな。
我が子が生きてさえすれば、その時代が親にとって最良の時代なのかもしれない。酔っぱらって仲間と羽目を外しても、みんな似たような白いフワフワの綿毛みたいなストールを巻いている子を見ても、親はいつも
〈あの子が生きていれば、今年成人式でした〉
と、ひっそりと冷たいため息をつくのかもしれません。