あの震災後、初めて陸路のみで東北へ向かいました。


双葉経由のためなのか、途中から走行車数は格段に少なくなりましたが、それでも朝早くから一車線上に途切れる事のない車列 。

流れ行く、長閑な景色に複雑な思いを抱え、一路東北へ。




数百キロ走行の後、漸く辿り着いた第一目的の宮城県。

因みに、今回の旅の目的はあくまでも私的なものです。

昨年は仙台の研修等々、あの震災以降、何度となく東北へ向かったものの、肝心の縁の深い地へ足を運んだのは実は初めて。

行程上、なかなか機会に恵まれず…、というのも勿論ありましたが、どちらかといえば決心がつかなかった、と言うのが本音かも知れません。

今回、漸くその地に立ち、失った事実を受け入れ、決別する…ではないかな。
あの時止まった何かを進める事が出来た様な気がします。


改めて心より有難う。
彼らに届くでしょうか。



そして改めて目の当たりにした被災地の今。


かつての面影の欠片なく、更地や新しい建築物の間にぽつんぽつんと残されたのは、傷だらけの家屋、荒れ果てた建物内部に瓦礫が残されたままの建築物、その区画のみ手付かずで残されたままの「基礎」。


大切な想い出の地でも欄干は崩落し、石碑は倒れたまま。
暫くは立て直す様な気配もなさそうでした。

そんな、残されたものには未だ赤丸がついたままのもの。


そして、現地で触れ合った方々の貴重なお話。

各申請の複雑な手続きがおひとりでは難しいから、と年老いたお母様のために単身で此方に移住された男性。



高台移設での諸問題点。

景観の変わった故郷に、「仕方ない」と言いつつ肩を落とす方。




紛れなく、あの地でも未だに「震災後」がつづいていました。

以前も書かせて頂きましたが、「復興、その言葉は嫌いです」。
そう仰る方が時折いらっしゃいますが、再生、この言葉なら心に置いて頂けそうでしょうか。


最終日の午後、後ろ髪を引かれたままで帰路に着いた訳ですが、帰宅困難地域に差し掛かる頃にはとっぷりと日も暮れてしまい、ここでもまた終わっていない現実を肌で感じました。


夜道、一列に連なるテールランプの灯りを眺めた際、今まで拝見した資料の中にあった、派遣車両の車列のお写真がふと脳裏に思い浮かびました。

静寂を通り越すような静かな闇の中、整然と続く緑の車列、または切れ間なく果てしなく灯る赤色灯。

改めて、あの時の苦難に立ち向かった方々に想いを寄せ、敬意を表する瞬間ともなりました。

そして、前へ向かおうとする現地で撮れた、お気に入りの写真。


 



共に前へ。

ガンバっぺし、東北☆彡