【療育論】やさしい人よりも効果の出せる人を!

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アイムで新しい施設を出そうとするとよく保護者から聞かれる。
「どこかの専門家をいれるのですか?」
「いえ、既存の専門家に満足していないから自前でやるので、良い人材を探してきます」
「良い人材って優しい人ですよね?」
「優しいなんてあまっちょろい基準で選んじゃだめです」
「えっ?」

なぜか日本人は「真面目」と「優しい」というキーワードが好きである。犯罪を犯す人に限ってニュースで「真面目だった」とコメントがでている。真面目がキーワードにならないのは明白である。次にでてくるのが「優しい」。離婚した女性に最初になぜ結婚したのか聞くと「優しかったから」という答えが返ってくる。このことからも優しいだけでは役に立たないことは明白である(笑)。そもそも「優しい」は前提であるべきである。優しくない人と結婚する方がおかしいだろう。

同じく発達障害の生徒の対応も優しいだけの人材には限界がある。なぜなら「優しい」と「仕事ができる」は全く別の議論だからだ。私の考える良い人材とは「求められている効果を出せる人」である。福祉関係者・支援学級の先生には「優しい人」は多いが、生徒の将来を切り開くにはそれ以上が必要である。

もちろん優しい人はいるとありがたい。がっちゃんもたくさんの優しい関係者によって支えられてきた。しかし自前で高校をつくったり、就労支援を用意するためには「効果を出せる」人材が求められる。何がいいたいかというと、保護者はいろいろと要求をしてくるのだが、案外何を求めるべきかをわかっていない場合が多いということ。こういうことをストレートにいう私は多分優しくないのだと思う。いや、嫌われても本当のことをいってくれるので、本当は一番優しい人なのかもしれない(笑)。

【療育論】マニュアルの前に国民性の違いもある

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療育は何をやるかより誰がやるかの方がが大切。これに関してもう一つ付け加えておく。ほとんどの療育マニュアルはアメリカからやってきている。多くのにわか雨のような療育担当者と熱心な保護者はアメリカの療育論を見よう見まねでやっている。彼らが手にしているマニュアルはあながち間違っていないのだが、生真面目で機転の効かない日本人気質の人が実行するとえらいことになる。

良い意味でも悪い意味でも大きくわけると、アメリカ人の気質は大雑把でアバウトで、日本人はその逆である。だからロスでがっちゃんが療育を受けている時も、担当者は結構アバウトにさじ加減してくれていた。指示は出すのだが、がっちゃんが飽きて逃げたりするとと「ま、いっか」みないな感じで違う遊びをしてくれた。そんなわけでがっちゃんは療育時間から大きなストレスを受けることなく、楽しい時間を過ごしていた。

しかしクソ真面目な日本人がやるとマニュアルに縛られる傾向がある。何がなんでも24時間療育で子供をガチガチに固めろという。親たちが自主的に集まってつくっている療育の集団があるが、そこの内容を聞いていると狂気の沙汰である。ここでは子供を叱るタイミングまで数秒以内でないとダメとか細かいルールで固められている。このようなプログラムでは確実に子供も親もストレスで壊れる。

それと福祉業界には意味のわからない人材が多いので、意味のないマニュアルや規則を子供に押し付ける担当者が結構いる。これは後述するが、保護者の方に強調したいのだが、福祉業界と一般世間の常識には大きな乖離が生じている。よって自分の子供の福祉担当者の感覚がズレているなと思ったら、それはあなたの感覚の方がまっとうであるということである。間違っても向こうが専門家だから正しいかも、なんて思ってはいけない。

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【療育論】マニュアルの問題ではなく誰がやるのかである

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専門家も保護者もどの療育プログラムのセオリーが正しいかを議論したがる。しかし彼らから抜け落ちているもっとも重要なポイントがある。それは「誰がやるのか」である。全く同じマニュアルでも、それを誰が実践するのかによって子供の反応は全く異なる。当然コーチングする側と生徒の相性もあるのだが、それ以上に「威厳」という要素がある。

がっちゃんが小学生だった頃、家にやってくるセラピストがさっちゃんに色々な療育の指導方法を教えてくれた。しかしさっちゃんが何を指示してもがっちゃんは全く言うことを聞かない暴君状態であった。そこに私がやってきて一言「ストップ!」というとがっちゃんは大人しくなった。だからいつもさっちゃんは「男性が一言いうだけでいうことを聞くなんてズルイ」と毎回もらしていた。

これは正しく、自閉症キッズは人のことをよく観察している。最初に新しい担当者がやってくると、必ず値踏みして、わざと小さなイタズラをしかけて反応をみる。その先生が甘いと判断するや、療育指導は入っていかなくなる。しかしちょっと怖い先生とかだと仕方なくいうことを聞く。自閉症は人に関心をもっていないとか、物事の認識力・理解力がない、という人がいるが、そんなことはない。彼らは人に関心をもっており、観察しており、大人をシステマチックにテストをして状況把握をしている。

なのでどんなに立派な療育マニュアルをもっていても、地味で暗くて冴えない人が担当していたらそれは効力を持たない。これは普通の学校でも同じことで、弱っちい先生のクラスは学級崩壊を起こす。授業の内容の問題ではなく、誰が指導しているか、これがもっとも重要なポイントである。療育の時には子供にあったセラピストを指名して頂きたい。

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【療育論】療育の心構え

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療育熱心な方から「じゃあ何もしなくて放っとらかしにしとけというのか??」といわれるが、誰もそんなことはいっていない。うちの教室は設備投資と機会創出に労力を割いているわけだから、なにもしないのが良いと考えているわけでないのは明白だ。

そりゃあ何もしないより何かあった方がいいに決まっている。「療育」という言葉を使わないまでも、その子にあった大人が一人担当で常についていれば良い結果は見込める。要はいかに丁寧にその子のニーズに合わせていくかという話である。それを何かの一つのメソッドで決まった型に押し込むのには限界がある。ではどういう方法でなら療育はプラスになるか?

療育に対する心構え:
〃从囘に無理のない範囲で
⊃道匐Α抗擇靴瓩詒楼呂如米辰忙匐,離好肇譽垢砲覆蕕い蕕覆ぁ
N徹蕕寮果を過度に期待しない


私が強調したいのは「療育に過度に期待するな」ということだ。度を越すと宗教みたいな重たい雰囲気になってくる。完全に負のスパイラルにはまっている保護者を幾度となくみてきた。よって療育が経済的に負担でなく、精神的にも親子共々にストレスにならないのであればぜひトライである。子供にとって楽しい環境で、誰かが丁寧に楽しく接してくれるなら、その子にとって良いきっかけとなるとは思っている。ただし療育は自閉症を根本的に改善してくれるマジックでないことは肝に命じておくべきである。

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毎年5月病がやってくる(笑)

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毎年5月になると「福祉やってらんないぜ」病がやってくる。多分春に教室を開設するなどの疲れがでてくるのだろうか? 毎回 GWになると河野が家族旅行にでかけて、「いいなぁ〜オレもどこかにいきてーなー」とぼやく。行けばいいのだろうが、別に本当に別の場所に行きたいわけではない。

いつも周りからは「アイム順調に拡大していていいねー」とか「のりさんストレスいつもなさそうだよねー」とかいわれるが、あるある。何しろ日々、行政、保護者、福祉関係者を相手に奮闘しないといけないからだ。実は大変なのは生徒でもなんでもなく、関係してくる大人たちなのだ(笑)。

アイムを始めた最初の5月は「福祉業界の人材やってらんねー」だった。TGCとかヤフーの次にいきなり福祉業界に入って面接にくる人材に驚く。みんな地味な格好で手書きの履歴書をもってくるうえに極度のITオンチだ。最初は何も知らず普通に福祉出身のスタッフを採用した。すると彼らの保守的かつ非合理的な感情論が使い物にならず総取替えになる。しかも行政の厳しい資格者という縛りがありまさに大騒動だった。

その次の5月は「保護者やってらんねー」だった(爆笑)。この時から急に未就学の保護者面談が増えたのだが、とにかくピリピリしている層である。「療育しないんですか」と眉間にしわを寄せながらありえないという顔をしてくる。で、偉そうに私にレクチャーしてくるのだが、君たち福祉の現場を見たのだろうか? 社会の何をみたのだろうか?とイラっとくる。(この時の保護者はほとんど通ってくれなかったです(笑))

今年の5月は「行政やってらんねー」だ。これは後述するが大きな法改正が入り、放課後デイは文字通り締め付けられた。同時にうちは就労支援をとりにいこうとしていたのだが、ここで行政の大きな矛盾と限界をみてしまう。失敗しないようにと細かく規定を設けるわりに大きな穴をつくる。木ばっかりみて森をみない。一本の木を守ろうと必死になって、後ろを振り向いたら森全体がふっとんでいる状態である。

とりあえずここで「三つのイヤだ」が出揃ったが、今となっては克服したので寛容に受け入れている(笑)。で、思うわけだ。一体来年の5月はなんのイヤだ〜がくるのかを……(汗)。では次からそろそろ「療育論」に戻る。I hope …………


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