
筆者は、北朝鮮の金正恩氏とトランプ大統領の首脳会談を危ぶみ、それが起こらないという予測をしてきた。そして、国家安全保障補佐官にジョン・ボルトン元国連大使が任命された時、このトップ会談は、ますます難しくなると思っていた。果たして、おとぎ話で終わってしまうのか?
ボルトン氏について知ることは、アメリカがいかなる外交政策をとるか、を知るうえで、極めて参考になると思う。
ボルトンは、イエール大学ロースクールを特別優秀な成績で卒業した秀才である。
高校時代には1964年大統領選挙で超右翼の共和党バリー・ゴールドウォーターの選挙運動に参加している。ビル・クリントン、ヒラリー・クリントンも同時期に在学していた。
1989年から1993年まで、ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ政権で国務次官補を務め、担当は対国際連合。クリントン政権期は保守系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所副所長に就任し、クリントン政権の外交政策に対して一貫して批判を続けた。
2001年、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権によって国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)に任命され、北朝鮮との六者会合やイランの核開発問題などを担当したが、強硬なスタイルは多くの敵を作った。イランの外務省はボルトンを「無作法で非外交的」と非難した。また北朝鮮を巡っては、時の総書記金正日を「圧政的な独裁者」と呼び、北朝鮮で生きることは「地獄の悪夢」などと発言したことから、北朝鮮はボルトンを「人間のクズ」(human scum)と激しく批判した。ボルトンの発言は非外交的だとして議会などから問題視された。また、開戦への慎重論が少なくなかった国務省内の対イラク開戦推進派としてイラク戦争への流れをつくる。
2006年7月5日に北朝鮮が行ったテポドン2号発射及び、同年10月9日に強行された核実験の後は安倍晋三(当時内閣官房長官)や外務大臣(当時)の麻生太郎と共に北朝鮮への制裁路線を推進。10月15日には対北制裁決議の採択を実現する。バンコ・デルタ・アジアの北の不正資金凍結も断行した。
国際連合を軽視する発言等で何かと物議を醸しているが、それが後に失脚する一因となっている。また、日本の国連常任理事国入りと台湾の国連加盟を支持している。自身と米国政府が推薦した大韓民国出身の潘基文が国連事務総長に当選した際は歓迎している。しかし、国連大使退任後、潘基文が台湾の加盟を拒否した際は批判して。また、ブッシュ政権が2期目に押し進めた対北融和路線も激しく批判。拉致被害者家族からの信頼も厚く、2007年11月に北朝鮮による拉致被害者家族連絡会・北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会が訪米した際、最初に面会した要人である。また、北朝鮮の脅威に対抗するために日本と韓国が核武装を検討することを主張している。
筆者は、このボルトンが、もし北朝鮮が無条件に非核武装しないなら、、武力を持って、そうさせる、という態度には、金正恩も従う気は全く起こらないと思うのである。
佐藤則男
ニューヨーク
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