December 25, 2013

christmas presents

a0960_005337礼拝の開始を告げる鐘の音を背に受けながら
男は冷たい路地を歩き始めた。

(温かな鐘の音に比べて、
 俺の足音はなんて冷たく響くんだろう。)

雪にならなかったとはいえ、
冷たい空気はコートの中まで沁み込んでくる。

こうして引き返すのは何度目なのか。
男は、苦々しい想いを噛みしめて、
自問自答を繰り返していた。


(何だって俺は毎年、やって来ては引き返すんだ?)

教会から駅への一本道・・
住宅街のせいか、静まり返っている。

(カーテンで仕切られた窓の向こうには、
温かい家庭ってやつがあるんだろう。)

男はさみしげな笑みを浮かべながら、
努めて前だけを見て、駅へ向かう。

と、闇に映える白いガードレールに
一人の少女が寄り掛かっているのが見えた。

少女は、真っ直ぐに、その顔を
男が引き返した方角へ向けていた・・


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「あなたもなの?」

私は何だって、こう馴れ馴れしく、
彼に声を掛けてしまったんだろう。

「私もね、
 どうしても先に進めなくて。

 引き返してしまうのよ。
 毎年、ほんとに毎年ね・・」

一瞬無視して通り過ぎようとした彼は、
私の最後の言葉で振り返った。

「毎年?おまえもか?」

「うん・・」

それから、なんとなく二人で並んで
駅へと続く道を歩いた。

住宅街はほんとに静かね・・
まるで、誰もいないみたい・・

ううん、そんなはずはない。
時折窓のカーテンの隙間から見える、
温かい灯り・・
家族の団らん・・

そう、私には縁のなかったもの。

すると、彼がふいに昔話を始めた。

「遠い昔だがな、両親に連れられて、
 今日と言うこの日には、静かに席に付いていた。
 じっとしてるのが苦手な俺だが、
 この日とばかりには、なんだか騒げなかったのさ。」

家族で教会に通った話?

この人は知っているのね。
血の通った家族って、どういうものなのか。

思わず唇を噛んだ私に、
彼は気づきもせず、
同意を求めるかのように
視線を送ってきた。

二人で響かせる足音・・
でも、これは一人と一人の足音だわ。

私の知らないものをあなたは知ってる・・

「ん?どうしたんだい?
 急にうつむいて・・」

「ううん。何でもないの。何でもないのよ・・」

明るく照らされた駅が近付くと、
今までとは別世界のように、
現実に引き戻された。

これでいいのよ・・
過去の記憶を手繰ったって、
悲しくなるだけなんだから。

駅に着くと、私を気遣うように
彼が言った。

「気の浮かねえ顔だな。
 ここで会ったのも何かの縁だ。
 今日という日を祝おうじゃねぇか。」

知らない人の車になんか乗ったことないのに
彼の車に乗って、
彼の行きつけのバーへ寄った。

どこもクリスマスソングを大きく鳴らしていた。
天井には、金銀のモール・・
サンタクロースのコスチューム・・
人々の笑い声・・

いくつかお店をはしごしたけど、
どこへ行っても、似たり寄ったり。

「ねぇ、疲れた。外の空気が吸いたいの・・」

繁華街から数車線の大通りを超えると、
そこには忘れ去られたように小さな公園があった。

公園の一角に、いくぶん古いブランコがある。
暗い街灯を頼りにそのブランコへ駆け寄ると、
そっと腰かけて揺らしてみた。

「ああ・・いい気持ち・・」

風がそっとうなじに入り込むと、
街の雑踏でこもった熱が、
一気に開放された気がした。

ふと横を見ると、
彼が静かにこちらに歩んでくる・・

私、そんなに駆け足でブランコまで来たかしら?

「へっ、まるでこどもだな。
 まっすぐにブランコへ、とはな。」

「あなたもやってみて。すごく気持ちいいから・・」

彼は目線を斜め下にずらして、
しばらく頬を人差し指で掻いていた。

「なぁに?大人がブランコって恥ずかしい?」

「いや、そういう意味じゃあねぇが・・」

彼もブランコに腰を下ろすと、
少しだけ揺らしてみせた。

でも、だめね、長い脚が邪魔してるのね。

彼はため息をひとつ吐(つ)くと、
顎を上げ、天を仰ぐように言った。

「もう、終わっちまったかな・・」

「礼拝のこと?」

「ああ・・」

「そうね・・」

「大通りのすぐ脇なのに、静かだな」

「うん・・この方が、私にはクリスマスって感じがする・・」

「俺もだ。」

「おめでたい日なのに、なんだかすごく静かなの。」

「そうだな。」

「喜びの讃美歌を歌うのだけど
 なんだか厳かで、
 静寂に満ち満ちている感じがしたわ・・」

「なんだい?
 俺と同じ感想だな・・」

「そうね、同じ感想ね・・」

「さっき、家族との教会での思い出話をしたが、
 寂しそうな顔をしたから、
   おまえの家族に何かあったんじゃないかと思ったぜ。

 だが、ま、お互い持ってる思い出は
 似たり寄ったりってことか・・」

私はそこでまた、うつむいてしまった。
教会に行くのは必ずしも家族と、ではないのに・・

「ん?」

彼の怪訝そうな視線を感じた。

彼はどうして、私の心の動きに敏感なんだろう。
傷を持つものの心がわかるというのだろうか。

家族・・
過去の思い出・・
礼拝に参列できない・・
もしや、彼もまた?

「何かいけないこと、言っちまったか?
 そんな顔するなって。
 この先に面白いバーがあるぜ。
 騒いでつらさを忘れるってのも、
 時にはいいんじゃねぇか?」

私がブランコから下りると、
主を失った鎖は、キキーッと耳障りな音を立てた。

すぐ後ろで、彼もブランコから立ち上がった気配がした。

「ちゃんと、行こうか・・教会・・
 夜半の礼拝がまだあるはずよ・・」

振り返ると、
不機嫌に顔をそむけている彼の姿があった。

「俺は・・俺は行かねぇぜ。
 行くなら、一人で行くんだな。
 俺には、行けねぇ理由ってもんがあんのさ。」

「復讐?」

私の言葉に、彼は、はっとしたようだった。
目が見開かれていた。

そう、この人もまた復讐に憑りつかれているのね。
私の元彼もそうだった。
結局、復讐心に苛まれたまま、身も心も消耗して・・
私はそれを見ていることしかできなかった。

あまりに唐突で、直接的すぎたかしら。

復讐と聞いて、彼の心が攻撃に
転じそうになるのが見えた。

その瞳や握られた拳に、ただならぬ決意を感じたから・・

「へっ!お前に何がわかるのさ?」

「わからないよ。」

「じゃあ、ずかずかと
 俺の心ん中、
 踏み荒らすのはやめてくれねぇか?」

「踏み荒らしてなんか・・」

「なんだとぉ?」

彼は、しばらく私をにらみつけていたが、
自分で強く握った拳に気づいたようだった。

それから、ふっと低い笑いをもらした。

「すまねぇ。」

「いいのよ・・誰だって心の傷はある・・
 私もね、家族がいないの。
 物心ついたときは施設だったから。
 隣が修道院でね、今日という日には、
 何週間も前から心の準備をして、
 礼拝に向かったのよ。」

そこまで聞くと、彼はまたブランコに腰を下ろした。

「お前に、自分の見たくない心の傷をつきつけたのは、
 俺の方だったってわけか・・」

彼はブランコの鎖にもたれて言った。
鎖に額を付け、ひどく後悔した様子で・・

違う・・違うのよ・・

「そんなことを言いたいんじゃない。
 血の通った家族を知らない私には、
 もう失うものがないもの。

 でも、家族を知っているあなたが・・

 あなたが、もし大切な家族を奪われたなら・・

 それは・・私の到底想像できない痛みだわ。」

彼はしばらく無言でブランコをきしませていた。
公園脇の大通りを、パトカーが走り、
その後ろを救急車がサイレンを鳴らしながら追っていった。

やがて、彼は言った。

「俺たちは似たり寄ったりで、
 似たり寄ったりでもないってやつか・・」

「なぁに?それ?」

静かにうつむく彼が、ほんの幼い少年に思えた。

だからこそ私は、伝えたかった。
復讐に消耗され、人生の敗者となった元彼・・
同じ目には、遭わせたくない。

私は続けた。

「復讐・・それはしてはならないことよ・・
 だから、あなたは教会に入れない・・

『許しなさい』そう諭されるのがつらいからよ。

 自分の中心に復讐を置いてしまって、
 それを親柱として、心を築いてしまった・・

 もう、後戻りできないくらいに・・」

彼が唇を固く閉じたのがわかった。
でも、伝えなければ・・

まだ戻れる方法があるのよ・・
でも、これをどうやって彼に伝えられるのか・・

「手段は、復讐だけかしら・・
 あなたが家族の仇を取れるのは、復讐だけかしら・・
 もっと別の方法が・・」

彼はここで、目を見開いて顔を上げた。

「別の・・方法・・だと?」

それから、彼は自分の足元を見、
しばらくそのままの姿勢でいた。

(どうか彼が気付きますように・・
 復讐ではない何か・・それに気づきますように・・)

私には、復讐をよすがにする
彼の生き方を責める気はなかった。

寂しさ空しさをごまかしながら生きてきた
ちっぽけな自分の人生・・

私に、彼を責める気などあるはずがない。
でも、気づいてほしい・・

お願い・・

彼はまだブランコに腰かけたまま、
足元の地面を見ていた。

困り果てた私は、天を仰いだ。

(どうしたら・・どうしたら・・神よ・・)

そのとき、あることを思い出した。

施設で悩んでいたときに、
シスターがそっと耳打ちしてくれた
特別な日の、秘密のお祈りがある。
秘密と言っても、本にも書かれているお祈りだけど。

(身も心もお捧げする・・だから・・)

シスターに教えられた通り、
静かに祈りを唱えると、
からだがふわっと持ち上がった気がした。

それから、遠くでかすかに、
今夜最後の礼拝を告げる鐘の音が聞こえた・・


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俺は、しばらく自分の足元を見ていたが、
やがて立ち上がった。

ブランコが予想以上にきしんだんで、
ちょっと自分でも驚いたがな。

悩んで時間を無駄にするなんて、
この俺らしくねぇ。

決まってる、俺の運命は決まっているんだ。

「復讐以外の、別の方法だと?
 へっ。冗談も休み休み・・ん?」

見回すと暗い公園には、俺一人だった。

「お・・おい!」

さっきの女は?
足音もなく消えるなんて、ありえねぇ。

すると、公園脇の歩道をカップルが歩くのが見えた。

「やぁだぁ。イブに男が一人でブランコ?」

「ばか!聞こえるだろ?
 物騒だから、もっと小さな声で話せよ。」

「はぁーい。」

な、なんだとぉ?
彼女ではないが、俺は今まで女といたんだぜ。

堅く拳を握りしめていると、
足元に柔らかいものが当たった。

何だ?

「ニャ~ン」

「ん?」

何だ、こんなところにネコが・・

「ニャ~ン」

「どうした?チビネコ。
 首輪をしてねぇなぁ。
 しかも、痩せてやがる。野良か?」

「ニャ~ン」

「仕方ねぇなぁ。俺んとこ来るか?」

「ニャ~ン」

「幸い、俺の車はすぐそばに停めてあるぜ。
 一緒に行くか・・」

何だかよくわからねぇが、
この時から、この野良は俺のトレーラーに
住みつくようになったのさ。

不思議なんだが、
このふわふわした無力なもんを見てると、
心がむずがゆくなってくるんだ。

居心地が悪いってわけじゃねぇ。
ただ、俺の一辺倒な生き方が、
変わっていってるように思えるのさ。

どう変わってるのかって言われりゃあ、
あんまり変わり映えしねぇ程度だが。

眠れねぇほど思い詰めて敵を憎む夜に、
こいつが隣でミルクを飲んでる姿を目撃しちゃあ
そりゃあ、気持ちも萎えるってもんだ。

もうこいつは俺の家族同然だぜ。

(復讐ではない別の方法があるはずよ・・)

俺にそう言ったのが誰だったか、
覚えちゃいねえ。

いちいち覚えとくには、
毎日いろんなことがあり過ぎだぜ。

「なぁ?」

「ニャー」



not_in_the_sun at 04:35| │PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!単発モノ