2017年01月02日

あけましておめでとうございます 2017


昨年中は、すっかりご無沙汰しておりました。
省みますと、記事の更新は昨年1月7日以来のことになります。

みなさま、お変わりなくお過ごしでしたでしょうか。

わたくし、身近なところで厄災があり、おかげでたいへん多忙な日々を送ってまいりました。
しかし、それも乗り越え、昨年暮れのテレビ番組「アメトーク 運動神経悪い芸人」を見ながら、息が苦しくなるほどの大笑い。

おかげさまで新年を無事に迎えることができました。

あらためて、新年のお慶びを申し上げます。

さて、昨日の元旦、奇楽庵夫妻が恒例の初詣に孫娘を迎えにやってきました。
わたくしは、すでにお屠蘇をいただいておりましたので、家でゴロリ。
したがって、今年も孫娘におみくじ代行を依頼しました。

その結果は・・・・。
ジャジャン!

大吉でした。
孫娘も大吉をひいたようで、今年はいいぞとなにやら神頼みで成績アップ狙いがミエミエ。
息子は、小吉だったようで、
「2回ひいても、小吉だった」と、ガックシ。

大吉となる、やはり、中身がよいことづくめで、ご覧の通り。

する事なすこと幸いの種となって 心配事なく嬉しい運ですからわき目ふらず一心に自分の仕事大事とはげみなさい、ときたもんだ。
ま、しかし、最後にたしなめもあり。
少しでもわがままの気を起こして色や酒に溺れるな

にゃるほど、にゃるほど。

縁談となると、こりゃまたすごい。

多くて困ることあり 静かに心を定めなさい
ありがたいこってすな。

というわけで、スタートは好調なりです。


ところで、我が身から目を世界に転じますと、昨年中は世界で起きた出来事について思考する間もなく、やりすごしておりましたが、
なんとまぁ、アメリカではトランプという方が大統領選挙に勝利したというではありませんか。
イギリスのEU離脱に次いでの、ちょっと古くなりましたが、ビックリポンのニュースでした。

やっぱり、犯人はSNSというシロモノですな。
よくも悪しくも情報が下々にもあっという間に拡散していき、予想のつかない結果を生む、ということでしょう。

SNSを悪利用したなら一般ピープルを簡単にある方向に導けることが、わたくし、はっきり認識できました。
たとえば、アメリカ大統領選挙期間中、「フェイクニュース(偽のニュース)」が流されたことはよく知られているようです。
こんな具合。

「フランシスコ法王がドナルド・トランプ支持を表明」
「ウィキリークスはヒラリーがイスラム国に武器を売っていたことを確認」
「ヒラリーのIS関係のメールを暴露、想像を絶するひどい内容」
などなど・・・・。

熊本地震の際にも、「動物園からライオンが逃げた」という投稿がなされていましたね。

困ったものです。

だからといってSNSは今後もますます利用されていくでしょうから、真実と虚偽の見極めが難しい時代になりましたね。

そういうわけですから、SNS事情を知るために、わたくしめもやってみようかと思いつきながら、考えております。
ブログの更新もままならないのにSNSに手を出せば、自らの首を絞めることになりかねませんが、時代が大きく変わりそうないまこそ、手を出さねばなるまいとも思うのであります。

新年の抱負でありました。

今年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。











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2016年01月07日

痛ッ!


息が止まるほどの衝撃的な痛みが背中に走る。
椅子から立ち上がろうとした瞬間にビリビリと稲妻が空を切るような衝撃である。


1月4日、佐渡高校卓球部の初打ちに参加した。

「初練習ですから、ゲーム形式のオールをやりませんか」
と、部長に誘われ、アップもせずに参加したのがいけなかった。

ふだんの練習では部員が連続強打してくるのをショート打ち、ブロックだけで返球する。
こちらから攻撃することはなく、練習相手になるだけである。
したがって、ほとんどの筋肉は使っていない。

しかし、ゲーム形式になると攻撃しなければ主導権を握ることができないのでフルスイングでスピートドライブを打つことになる。
バック側からフォア側へ飛びついてスイングする。
高校時代につちかったプレイを、そのままやろうとするのだ。

が、高校時代とは決定的に違うのは、肉体そのものの衰えだ。
筋力の減退、反射神経の鈍化、そして、決定的なのが体重の増加だ。
頭では、そう認識している。
なのに肉体が勝手に高校時代のプレイのまま動いてしまうのだ。

結局、ラケットがボールに届かない、ヒットしない。

ほぼ全員と対戦した結果、今日になって冒頭に記したような痛みが攻めてきた。
過去、筋肉痛は何度も経験してきたが、息が止まるほどの筋肉痛は始めてである。
こんなテイタラクでは試合をやっても絶対に勝つことはできないだろうと思うと、悔しいやら寂しいやら。

本気で練習したら、どれくらいの力がでるのだろうか、と夢想する。
それでもって市内大会にでも参戦してみるのも悪くはないか、などと、まるで初夢を見ているのような気分で考えている。

 


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2016年01月02日

謹賀新年 2016


新年、明けましておめでとうございます。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

とはいえ、ろくに更新もせずに、よろしくも、あったものではないですね。
それでも年があらたまると、ご挨拶せねば落ち着かないもので、
そういうわけで、よろしく、であります。

元日の昨日、夕刻に犬を連れての初散歩。
田んぼを左手に、ぼんやりと、無我の境地で、歩をすすめておりましたら、
突然、すぐ近くでバタバタと鳥が飛んでゆく羽音がきこえてきました。
驚いて見ると10メートルほど先で4羽の朱鷺が飛び立ったところでした。

刈り取られた田の上を朱色の羽をはばたかせての低空飛行。
それは、なんとも美しい光景でした。
これは春から縁起がよろしいわい、などと思いながら、再び歩き始めたのでした。

恒例、奇楽庵夫妻がわが孫娘を連れての初詣。
わたくしは、すでにお神酒をいただいていたので、留守番。
というわけで、孫娘に500円玉を渡し、
「おみくし、ひいてきてね。お釣りはいらないよ。そのかわり大吉をひいてちょうだいよ」
と、依頼した。

その結果…。

「小吉」

ビミョ〜
春から縁起がちょっとばかりよろしいか…。

というわけで、本年も、なにとぞよろしくお願い申し上げます。



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2015年09月08日

いちおう、言っておきますよ。


安保法案については断固反対
と表明しておきます
 


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2015年01月05日

Happy New Year 2015


 

明けましておめでとうございます。

本年も皆様にとってよい年になりますようお祈りしております。

 

まずは、大真面目に、ご挨拶させていただきましたが、

「また明けちゃったなぁ」と、ため息まじりの感嘆符のつく思いがいたします。

月日が新幹線の車窓から見える景色のごとく流れていきますね。

 

前回の更新は夏でした。

まるで正月と夏だけの限定ブログの様相を呈しております。

もちろん、そんなつもりは微塵もありませんよ。

機会があれば、どんどん更新していくつもりであります。

と、また宣言するからいけないのだな。

 

不言実行、というものについていまさらながら難しいものだと実感させられます。

したがって本年の抱負は…、

「不言実行」と決まりました。

 

うん?

言葉なくして、どうやってブログを更新するのか。

う〜む、難しい。

ほんとに難しい。

しばし長考突入の気配です。

 

 



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2014年08月18日

夏の名残り 〜 残暑お見舞い


「いつまで正月気分やってるんですか」

とのお叱りを奇楽庵から受けました。

なにを言われているのか、さっぱりわかりませんでした。

なにしろ、こちら気分は、夏 夏 夏 夏 ココナッツ

正月ってなんのこっちゃ、と。



で、ハタと気がついたわけです。

ブログのことか、と。

そこであわててブログデザインを“夏バージョン”に変更したしだい。



「暦は、もう秋だよ」

とのご指摘も、ごもっともであります。



まぁ、そう硬いことはおっしゃらず。

旬でいうならば、「走り」「盛り」ときて、最後に「名残り」という3段階がありますけれども、あたくし、この最後の「名残り」が大好きなのであります。

人間もそうですが、やはり熟したもののうま味、それは、得も言われぬほどの味わいがあるわけで、名残り惜しみながらいただくのがよろしいのですね。



ボージョレーヌーボーを喜び勇んで飲む「走り」好きの方には、わからないだろうな。

そうはいっても江戸の男衆「女房を質にいれても、初鰹」なんて川柳まで作ってしまいましたが、これ、一部、気持ちはわかる。

その一部、「女房を質」ってところ。

奇楽庵あたりも、力いっぱい首肯しているはずで、できれば「初鰹」より脂ののった「戻り鰹」のほうがよろしいな、なんてことを考えているに違いありません。



話がそれました。

ブログのデザインを夏バージョンにしたことの解説でありました。

わたくしの夏は8月いっぱいです。

かつで9月初旬まで夏気分でいましたら、ちょっと痛い目にあう寸前の出来事がありましたので、8月末日までをサマーとします。



でもって、わたくし、今週末には海水浴へ行く予定です。


各々方、夏の「名残り」を味わい、堪能しましょうぞ。

 


 


 


 


 


 



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2014年01月07日

サンタさんの存在


昨年から高校の卓球部のコーチをしている。

それまで中学の卓球部で指導していた。

しかし、やる気のある子よりもそうでない子の方が圧倒的に多い。

教えても、できないのか、やろうとしないのか、とにかく上達があまりにも遅い。

いつまでも基本の打ち方ができない。

結局、やる気のない子らにいくら指導しても無駄であることを知った。

その点、高校卓球部はやる気のある者だけが集まっている。

これなら指導のしがいもある。

そこで中学を卒業させていただき、高校に進学することにしたのだ。


残念ながら佐渡全体の卓球レベルは低空飛行が続いている。

県大会での上位進出を目標として設定してみたが、道はかなり険しい。

まずスピードが違う。

どのくらい違うかといえば、たとえば、車の運転をみればわかるけれど、佐渡では制限速度40kmのところを先頭が30km以下で走っていても後続の車はクラクションを鳴らすこともなければ、ライトでパッシングすることもない。

狭い社会、知人が多いから、険悪な状況にならないよう心を配る。

その結果、大名行列が延々と続く…。

しかし、本土でそんな運転をしていれば、すかさずパッシングが飛び、クラクションが連続で吠える。

この違いが卓球にも影響しているのか、と思わずにはいられない。


佐渡はなんであれ、のんびりしているのがとてもいいところだとふだんは感謝しているし、住人として胸を張りたい気分がある。

しかし、スポーツだけはそういうわけにはいかないのだが、いかんせん佐渡の子はのんびり屋さんが多い。


5日、卓球部員たちが新年会を開くので参加して欲しい、と部長から連絡があった。

喜んで参加させていただいた。

新年会の席上、ここであまり卓球の話をしてもしようがないとは思いつつ、

「もう少し戦術とか、考えた卓球をしてはどうか」

「1ゲーム終わった段階で、相手の弱点を見極められるようにならないとダメだよ」

などとアドバイスしてみた。


するとY部長が言った。


「試合が始まったら僕は自分のことしか考えられないんすよね。相手のこと考える余裕ないっす」


1年生のA部員も、


「僕も考えるの苦手です」
と大真面目に言う。


なるほど、これじゃ、接戦になると勝てないわけだと合点がいったけれど、ためしに、こういう質問をしてみた。


「キミらは、サンタクロースがいないと知ったのは、いつだ?」


Y部長「僕は中学生です。すごいショックだったの、覚えてます」


A部員「僕も、中学2年でした」


頭をハンマーでガッツ〜ンと殴られたようなショックを受けた。

素直な卓球をやる子たちだな、とは思ってきたけれど、ここまで素直に純真に、のびのびスクスクと育ってきたのかと思い、半分は拍手してやりたい気分にもなったけれど、コーチとしては手放しで喜んでもいられない。


サンタさん、なんとかして欲しい、と拝みたい気分になった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



noumitaran at 17:13コメント(4)トラックバック(0)卓球  

2014年01月03日

幸先よし


あいにくの荒れ模様で2014年が明けた。

雑煮をいただき、お屠蘇がわりの「真稜の活性にごり」を手に、

「新年、あけましておめでとう」

と、家族と型通りの挨拶を交わす。



それからチビリチビリとやっていたら、きらくあんから電話が入り、

孫娘を初詣に連れて行きたいから、これから行きます、とのこと。

ありがたい。

初詣に連れていきたいとは思っていたけれど、荒れ模様であるし、酒を飲んでしまったし、相変わらずの腰の重さで、出かける気持ちが失せかけていたところだった。



「おみくじ、ひいてきてちょうだい」

孫娘に頼んだら、

「あれは自分でひかなきゃ、ダメなんだよ。それにわたし、クジ運悪いし」

まるで宝くじでも買ってくるような重たい責任を負った気分で出かけて行った。



帰ってくるまで寝正月を決め込む。



戻ってきた孫娘に手渡されたおみくじを開くと、「吉」とある。

そして、異性関係に気をつけろ、とも書いてある。

勉学は努力すればよろしいなどとも書いてある。

こんな当たり前のあたりさわりのない言葉で、日本全国、何本のおみくじが売れたのだろうと想像し、ボロ儲け、いい商売だな、なんて埒もないことを考える。



帰ってきたきらくあんと、酒を酌み交わそうとしたら、

孫娘が、「また飲むの」とひとくさり。

ったく、女ってのは、若くてもそうでなくても、人の楽しみにケチをつけたがる癖をもって生れてくるのか、と思ったけれど口には出さなかった。

すると、きらくあん夫人が言った。

「昔は、お酒を4本も、5本も空にしていたんだよぉ」

と、説明してくれた。

ま、言外に「今日は、まだまし」ということか…。



結局、きらくあんは、実家に帰らなければならず、1升も空にしないまま、お開きとなった。





明けて、正月2日は、晴れ間が出たので、犬と1時間ほど散歩。

遠くでトキの姿を発見。

たぶん、トキだ。



朝昼兼用の雑煮を食べ、

「夜も雑煮でいいか」と言ったら、孫娘が「やだ」というので、大好物のミートソースのパスタを作ってやった。

酒、一滴も飲まず…。

風呂に入り、布団にもぐりこんで時代小説を読みはじめたけれど、睡魔、しのんでも来ず、再び起き出してブログ更新となったしだい。



今年は幸先よし、この勢いで突っ走るか、馬車ウマのごとく…。 



noumitaran at 02:57コメント(1)トラックバック(0)身辺雑記  

2014年01月01日

2014 謹賀新年


皆さま、新年、あけましておめでとうございます。

昨年中は、更新、あまりにも滞り、ほぼ見捨てられ状態でしたが、本年は少なくとも週刊誌程度には、書き続けるつもりであります。
これ、新年の誓いであります。
というわけで、本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。


さて、大晦日、知人が手打ちの蕎麦を届けてくれました。
ありあわせで天ぷらを揚げて、ちょっとぜいたく気分で年越し蕎麦をいただきました。
とても美味でしたよ。
ゴチ。

恒例、紅白歌合戦も見ました。
今回は、なぜかメドレーが多かったような気がして、
つまらん。
と思いました。

ま、贔屓の石川さゆり、いきものがかりは、よかった。
しかし、坂本冬美は、舞台の前方の連中が、邪魔でした。
あれ、踊りはTOKIO、太鼓が関ジャニの誰か…。
その結果、後方の鼓童の太鼓が、まるで目立たず。
コケにされていた印象でした。

演出によって歌に集中できないということがあって、水森の小林幸子風の演出、
郷の背後でバレエダンサーが単独で踊っている演出、気が散って、ちっとも歌が入ってこない。

北島三郎、これにて紅白卒業らしいけれど、これも演出失敗。
あんな高いところで歌ったら、ダメでしょう。
舞台中央でじっくり聴かせてくれなければならんのに、高齢の方があんな高いところにいるものだから、高所に極端に弱いワタクシには見ていてどうにも落ち着きませんでした。

というわけで、新年早々、文句ばかりタレていては、気分も重くなりがちですので、このへんでやめておきましょう。

新年が、みなさまにとって素晴らしい1年でありますよう、お祈りいたします。










noumitaran at 03:47コメント(0)トラックバック(0)身辺雑記  

2013年12月05日

秘密保護法


 

安倍さん、秘密保護法案を強行採決し、
そんなに急いで、
この国をどんな方向にもっていこうとしているのですか?

そこを知りたいんです。
国民には知る権利があります。
教えてください。 

 

「それは、秘密です」

    

noumitaran at 17:04コメント(0)トラックバック(0)爺の時事  

2013年12月02日

ノッペリだ

 

久しぶりに自分のブログをチェックしてみた。

そして、1年もの長い間、放置していたことに気がついた。

 

まさに、光陰矢の如し、であって、歳月人を待たず。

ああ、無情。

でもあり、無常である。

 

さて、この1年、わたくしはなにをしていたんだろう?

振り返ってみようと思ったが、困ったことに思い出すキッカケがない。

記憶のひだに残っているものがないんである。

というより、ヒダも、シワもないような気がしてきた。

脳ミソがノッペリ、つるりんこ状態。

 

そして、はたと気がついた。

ブログでも書いていれば記憶装置になるし、いつでも振り返ることができるのになぁ、とブログを読み返しながら思ったんである。

 

「そのとおりだ。だから、はよ更新しろ、と言ったやろ」

という声が九州大分から飛んできそうだ。

 

そして、北海道からは電話が入り、

「アベ自民が総選挙に勝って、不貞腐れてるのか。ついでに参院選も勝って、やりたい放題になっているときこそ、書かなきゃダメだべ」

てなことを指摘されていた。

 

そこで、政治を語るなんて大げさなことではなく、記憶を整理する材料として書かねばならぬ、と思ったしだい。

 

では、さっそく昨日は…。

ん?

記憶がない。

なにをしていたんだろ、と絞り出したら出てきた。
 

久しぶりに天気が良かったから、犬に連れられて、1時間半ほどブラリ、ブラリ。

その途、庭の手入れをしているおばあちゃんと、世間話をした。

トキが3羽、エサをついばんでいるところも目撃した。

写真を撮ろうと思ったけれど、なんでもかんでも写真に撮ると、記憶力が衰退するからやめておこう。

と考えてやめた。

だから、いけないんだろうなぁ。

写真でもブログでもなんでも続けていれば、それをキッカケに自分の歩いてきた道々を走馬灯のごとく思い出せるのに、ね。

 

というわけで、以後、更新しますぞ。

 



noumitaran at 23:41コメント(2)トラックバック(0)身辺雑記  

2012年12月18日

悲しいね…


「選挙結果を見て、日本はもう終わりだよ、と思ってしまいました。」
というメールをある方からいただいた。
本当に、そう思う。
日本人って、なに?
と、根本を疑う。


「美しい日本」
「日本を、取り戻す。」

こんな抽象的な言葉で国民をだまくらかす政治家を信用して一票を投じたとは思えないけれど、現実にアベ自民の大勝を見るにつけ、周囲の有権者らを殴り、蹴飛ばし、首根っこをおさえたい気分。

だいいち、日本の国土を放射線で汚した自民が「美しい日本」を「取り戻す」なんて話、世界の笑い物。
原爆を落とされ、地震列島の上に原発を53基もつくり、ついには爆発事故。

民主の対応のお粗末ぶり、あまりにもひどすぎたけれど、それにかこつけて、
「日本を、取り戻す。」なんて標語をかかげ、堂々と政権奪還。


被曝された方々、子供をかかえて不安の渦中にいる方々、たいへん申し訳ないと、わたしが頭を下げたところでどうにもならないけれど、こんな国に生まれたことが悲しい。





noumitaran at 03:29コメント(5)トラックバック(0)爺の時事  

2012年12月13日

三日酔い


久しぶりに「三日酔い」というものを体験した。

翌日はむしろ眠気だけだったが、翌々日はひどく喉が渇き、水分を補給した。

補給しっぱなしで、ちっとも体外への排出がない。

これはまだ酒精が残っている証拠だ。

体全体に重力を感じ、重くて、だるくて、ヨレヨレ状態だ。

誰とも話したくもないし、携帯のメールすら見ない。

テレビを見ていても、すぐにウトウトして、いつのまにか昏睡している。

そして、3日目になって、水分の体外への排出作業がようやく始まった。

頻繁である。

ちょこちょこ催してくる。

寝ていても、起こされる。

こういう状態になってくるとようやく「三日酔い」から脱出となる。

 

どんだけ〜?

飲んだのだろうか…。

記憶にない。

 

ただ昔からの酒友と久しぶりにがっちり飲んだことは覚えている。

朝の7時半頃まで飲んでいたことも知っている。

一升瓶が数本空になり、「あと一升しかないぞ」という緊迫した事態になったこともはっきりと記憶している。

 

「なんで、そんなに飲むの」

と、妻にグチグチと言われた。

 

「そんなに飲む気がしれない」

とは、息子の言。

 

「おれも、わからん。わからんけど、酒の女神様が降りてきたとしか思えない」

 

そうなのだ。

なぜ飲んだのか、といえば、これは「酒神童女・裕凛(ひろりん)を偲ぶ会」だったからだ。

 

 

亡くなって35日目にあたる12月8日、民宿の桃華園に島内を中心に知人たちが一堂に会した。

ごく内輪の会と考えていたが、冬の嵐の中、故人を偲ぶために集まった人、37名。

 

これらの仲間たち、ちょっと前までは、いろいろな行事をつくっては集まり、飲んで騒いだ。

旅の者もいれば、ネイティブもいて、年齢、性別、職業、国籍、じつにさまざまな人たちが集い、遊んだものだ。

 

たとえば、今日はだれかの誕生日だといえば、本人不在でも勝手に集まって飲んだ。

ファンでもサポーターでもなんでもないのに、サッカーのワールドカップが始まれば紙吹雪を作って集まった。

誰かが結婚するといえば、すかさず「ウラ披露宴」を催し、新郎新婦抜きでドンチャン騒ぎをした。

夏になればテントと酒をもって海に繰り出したりもした。

そういうことが久しく行われなかったのは、それぞれが齢を重ね、個別の事情もあって集う機会を逸してしまっていた。

 

今回は、悲しいことだけれど、「偲ぶ会」という、これまであまり体験したことのない集まりとなった。

 

ここから詳しく書きたい。

けれど、記憶の回路を少し整理しなければならない。

ので、続きは、後送とする。

 



noumitaran at 02:26コメント(5)トラックバック(0)身辺雑記  

2012年11月15日

さっぱり…。


政治家という人たち、この国に何人いらっしゃるのかわからないけれど、誰も彼も、右も左も、さらには第一、第二ときて、第三極は、さらにお粗末か…。

その第三極の大同団結を呼びかけるイシハラの太陽の党、これ、温暖化も手伝って灼熱地獄のような暑苦しさ。
中国をシナと呼び、韓国、北朝鮮、台湾、そして中国の人々をいまだに第三国人と蔑称で呼ぶ方が、人気者だというのだから、いかにこの国にまっとうな政治家がいないか。
そこに同和問題もからめての週刊朝日の報道にかみつき、連載中止を勝ち取った維新ハシモトが、血脈主義の、とんでもない差別主義のイシハラとうまくやっていけるのか、と老婆心ながら、思う。

尖閣諸島の国有化で日中関係最悪の事態。
その道筋をつくったのが、この太陽の党、イシハラ。
日本の領土を守る、日本の主権を守るとおっしゃるが、肝心の沖縄に主権はあるか。
普天間基地、オスプレイ、婦女暴行、中学生を殴打する海兵隊…。
主権など、あってないがごとく、米軍のやりたい放題。
まずは、そちらの主権を守っていただいたうえで、尖閣諸島うんぬんと中国とことを構えていただきたいもの。

が、独立を旨とする保守を自認しながら、アメリカには「ノー」と言えず、尖閣を買い取るという記者会見もアメリカで行うというずる賢さ。
ウヨク、保守の風上にもおけぬと、思想右翼の方々はおっしゃる。

なにしろ、「黒いシール事件」でイシハラは、民族派右翼の大物だった野村秋介にもあきれられ、みっともない姿をさらした。
この事件、説明するのも面倒だが、要するに、イシハラの選挙区、旧東京二区から出馬した元大蔵官僚の新井将敬のポスターに「北朝鮮出身」とする黒いシールを貼り付けていた者が逮捕されたが、その男、イシハラ事務所の第一秘書だった。
新井将敬は、韓国から帰化したレッキとした日本人。
彼の後見人である当時の大蔵大臣、渡辺美智雄がイシハラにかみついた。
「秘書が勝手にやったこと」と、イシハラは逃げまくったが、最後には、新井将敬に謝罪するというお粗末ぶり。

そんな人間が、小異を捨て大同団結を呼びかけるなど、アホらし。
自分の息子が自民の総裁になれなかったからの、国政への復帰と見る人は見ている。
つまり、国家だ、なんだというけれど、国のことより、わが息子、血脈が大事と、その行動が示している。

解散風吹きまくりで、準備整わずの第三極の面々、焦って、イシハラの口車に乗ってはならぬ。

それにしても、今回の選挙、誰に入れてよいのやら、さっぱりだ。

相撲は白鳳、選挙は白票か…。







noumitaran at 00:10コメント(7)トラックバック(0)爺の時事  

2012年11月11日

酒だ…


ここのところ、毎日、酒を飲んでいる。
この8日の間、一日だけは飲まなかったけれど、体内には酒精が残留したままだった。

それは美空ひばりの「悲しい酒」だったかもしれない。
吉幾三の「酒よ」も、思い当たる。
しかし、涙を流しながら笑う酒でもあった。

ただ、これだけは言える。
しみじみと飲み、舌だけではなく、からだ全体で味わっていた。

大した人生ではないけれど、これまで、あらゆる場面で、いろいろな酒を飲んできた。
高級な酒も、安い酒も、ウイスキーも、ウォッカも、テキーラも、いろいろ、さまざま雑多な酒が体内を通過した。
やけ酒、クダをまく酒、苦い酒、祝い酒、弔いの酒…。


だが、このたびの酒は、心を直撃してくる。

酒をこよなく愛した酒の女神のような人が、逝ったのだ。



献杯




noumitaran at 22:55コメント(0)トラックバック(0)身辺雑記  

2012年11月10日

緊急のお知らせです


わたくし、生きております。
ご心配をおかけしました。

なぜか、わたくしが、死んだのではないか、との噂がちまたに流布されているようですので、急ぎブログ上にてお知らせしておきます。 

その理由は、この一枚の写真です。


泣き、笑い、御ン別れ


この写真を見た方から、能美太蘭が死んだのか、との問い合わせが、奇楽庵に何件かきたらしいのです。


申し訳ない


そういうわけです。

わたしは、いつのまにか、この密葬で、「葬儀委員長」と呼ばれておりました。
葬儀委員長、みずから棺桶を求めて軽トラを走らせました。
夜になると、いつのまにか、「宴会部長、酒がない」などと、使いっぱしりをしておりました。

深い悲しみの嗚咽、号泣、すすり泣き、忍び泣き、そして、慟哭…、
しかし、わたくしが「葬儀委員長」をやるほどですから、笑いも絶えず起こりました。
なにしろ素人たちが、愛する人を天を送るのですから、故人もおそらく笑っていたにちがいありません。

そのことについては、また後ほど、書くことにします。

とりあえず、わたくしは、飲み、食べ、リアルな生の営みを続けております。
ご心配おかけしました。


南無



noumitaran at 18:14コメント(0)トラックバック(0)身辺雑記  

2012年10月12日

文章修行


書きたいことは山ほどあるのに、うまくまとまりません。
しばらく遠ざかっていたためにバチが当たったのでしょうか。

そもそもブログの文章というのは、たいへん、難しいものですね。
誰が読んでいるのか、わからないために的が絞れません。

そこで、今夜、久しぶりに酒を飲んでやろうと思います
なんの関係があるのかと、いぶかしい思いをされるでしょうけれど、やはり、人間には遊びがなければいけません。
善良なる人間の文章など読む気がしない、というのはわたくしの勝手な考えですので、放蕩爺にでもなって文章修行に励むべ と本気で思っております。

善と悪、美と醜、表と裏、すべて一体のものなのですから…。

遠藤周作という作家は、対談相手が女優の場合、美しい話ばかりになりかねないと考え、最初にこんな風に投げかけるというのです。

「あなたは、ウソつきでしょうか」

「いいえ、わたしは、ウソが嫌いですから」

多くの女優さんは、こう応えるといいます。
それが、遠藤周作のワナ。

「そうですよね。では、うかがいますが、あなたはお風呂のなかでオナラをしたことがありますか?」

こう質問されると、いかに美貌の女優さんでもほとんどの方が、顔を赤らめ、ささやくように

「ええ、あります」

と、答えたといいます。

これを引き出すことができれば、その対談は大成功だと、遠藤さんは言っていたようです。

こういう遊びが、誰に対してもできるかどうか…。
そこが、文章に輝きをもたせられるかどうかの分岐点。
というわけで、ワタクシは修行に出ます




noumitaran at 14:10コメント(1)トラックバック(0)思索  

2012年10月10日

ヨッコラショと…

 

 

さて、ヨッコラショと重い腰を上げて、更新しますぞ。

書きまくりの体でいく覚悟でありますので、皆々様、よろしくお引き立てを。

 

まず政治について書きたいこと、山ほどあるけれど、書いても書いても腹が立つばかり。

暖簾に腕押し、豆腐にかすがい、てなもんで、悪くなる一方。

政治家の質、レベル、昭和の時代の政治家に比べて、劣化の一途であることは衆人の一致するところなりか。

したがって、悲しみも、憤りも、峠越え、あとは笑ってやるしかない。

 

というわけで、政治の話は置いて、身辺雑記を中心に書いていこうと思う。

 

じつは、今年になって、昔、中学高校と6年の間、大真面目にやっていた卓球を再開することになった。

といっても、ある人に依頼され、中学校の卓球部を指導することになったのだ。

 

これがまた楽しい。

なにが楽しいって、中学生のおバカさんぶりを見ていると、わたくしまでが若返りする気分。

おバカさんぶりといっても、半端ではない。

 

挨拶ができない。

返事もできない。

卓球台がなかなか出てこない。

出てきても、4台がバラバラで横から見ると出っ張ったり、引っこんでいたり。

台の上にボールを置くと、コロコロと転がるほど、かしいでいるのもある。

ネットがダレている。

卓球部なのにバスケットをやって遊んでいるモノもいる。

そして、バスケット部員や部外者が卓球をやり、だべっている。

大声で笑っている。

教えても言われた通りにはやれないし、やらない。

それでいて文句だけは言う。

 

あぜん、ぼうぜん、口あんぐり、立ち尽くす体で、これが中学生の部活なのか、と疑った。

 

「このクソガキどもめ!」

と怒りに震えたけれど、技術指導だけしていればいいと軽く引き受けた自分が悪いのだ、と思うことにして気を引き締めた。

 

最初、越権行為かと顧問の先生に遠慮していたけれど、遠慮する方が悪いと勝手に決め、叱る、怒鳴るは、当たり前。

ときには、「おい、こら、オレをナメてんのか」と、コワモテで脅す。

しまいには涙を流す子が3人、やりすぎたか、と逆に心配になるほどだったけれど、猿山と同じでボス猿の存在感を示せないかぎり、子猿どもはチームとしてまとまっていかない。

 

技術指導より、そちら方面に力点をおいた結果、およそ半年後、部活を終えた3年生たちは挨拶ができるようになり、遠くからでも声をかけてくるようにもなった。

そればかりか、遊びにきていた部外者たちやらバスケット部の連中まで、挨拶してくる。

もちろん、部外者はだれ一人として卓球をやるものもなくなった。


たったこれだけのことだけれど、ワタクシは、なにやら、とっても嬉しいのだ。

 

では、カンジンの卓球の技術は?

 

その話は、またおいおいと。


というわけで、今日は軽いジャブでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



noumitaran at 01:34コメント(2)トラックバック(0)身辺雑記  

2012年05月10日

ああ、恐ろしや…


新しい生命の誕生は、やはり嬉しいものだ。

それが身近の出来事ならばなおさらで、その喜びもひとしお。


しかし、新しい生命の誕生すべてが喜ばしいかというと微妙な心持ちになってくる。

トキのヒナの誕生は素直に嬉しいけれど、カメムシやらゴキブリ…、となると、いかに新しい生命が誕生したといえども喜ぶ気にはなれないのだから人間というのは勝手なものだ。


               ※


トキの巣にカラスが近寄ったり、卵をくわえて飛び立ったり、トビがトキを追いかけまわしている、と聞けばカラスのやつめ、許せん、という気持ちにもなってくる。

前の市長さんは、カラスの駆除を検討する、と述べていた。
気持ちはわからないではないけれど、これはやはり、人間さまの横暴だろう。

そして、トキへの深い愛情からの発言というよりも、「トキで活性化」、つまり、ひと儲けをたくらむから邪魔者は消せということになる。
利用されるトキは、それを察していたのか、市長職を退任したとたんにヒナをかえした。


               ※


農民音楽家の愛猫が、妊娠したようだと聞いた。

発情しているようなので家に閉じ込めていたけれど、発情期特有の鳴き声もおさまったので自由の身にしてやったら、丸一日以上、家出して帰ってこなかったという。

その結果、どうも妊娠しているようで、飼い主としては頭が痛いといった様子だった。

そして、彼は、こう言った。


「オス猫を皆殺しにしてやる!」


この愛すべき横暴さを、わたしは深く理解できる。
ちなみに、彼には、とっても大切に、大事にしている愛娘がいる。

ああ、恐ろしや…。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



noumitaran at 16:29コメント(4)トラックバック(0)身辺雑記  

2012年02月08日

震度5強の地鳴り 


ドドドドドドドドドド〜!


屋根の雪が落ちてきた、と思いました。

信じて疑わないというのは、恐ろしいものです。

ずいぶん雪が屋根にたまっていたからなぁ、しかし、それにしても長いなぁ、と思っていて、しばらく地震であることに気がつかなかったのでした。


「あら、地震かい」

と、確信を得たのは携帯が久しぶりに緊急地震速報を受信した時でした。



その瞬間にチビ姫1号を抱き寄せていました。

そして、テレビをNHKに切り替えました。

震度5強。

震源地の特定がない。

津波は?



なにを恐れていたかといえば、娘の嫁ぎ先が海のすぐそばで、津波がおきたらひとたまりもない場所にあることでした。

それだけが気がかりでしたが、おかげさまで「津波の心配はない」とのこと。

これでひと安心。



それから、あちこちから心配するメール、電話がきました。

携帯は平常通りつながっておりましたが、家の電話の方はつながりにくい状態だったと、かけてこられた方がおっしゃっておりました。



地震のとき、本当に地鳴りというのがあるのですね。

あれは地震によって屋根の雪が落ちた音だ、と思っていましたが、外を確認すると屋根の雪は、震度5強にもかかわらず、落ちていなかったのです。



つまり、あのドドドドドドドドドド〜! という音は、地鳴りだけの音だったのでした。

なんとも恐ろしい音、いまも耳に残っております。



ご心配、おかけしましたが、一同、全員無事です。

猫好きのチビ姫1号などは、寝床で
What`s michael?」を読んでいる、と思っていたら、いまや虫の息、爆睡しております。



noumitaran at 22:41コメント(4)トラックバック(0)│ 

2012年01月26日

隠ぺい、ウソ、なかったことに…、冗談じゃないぞ。


都合の悪いことはなかったことにしたい、とだれしもが思う。

しかし、どれだけ強く念じ、思っていても、そうは問屋が卸さないのが、下々の構成する実社会というものだけれど、権力をもつ者たちは、そうではない。

バレバレになっていても、しらばっくれる。

そりゃ、ウソだろ、とだれしもが思っても、

「そんな事実ありません」

と言い張れば、通るのが権力という魔物の威力。



福島第一原発の事故以後、政府は事実を隠ぺいしていると指摘され続けてきた。

もちろん、権力を握った民主のカン違い総理、ドジョウなノダ総理、

「隠ぺいなどない。なにしろ未曾有の、想定外の…」と、のらりくらりとごまかし続けてきたけれど…。



NHKが原子力災害対策本部の議事録の公開を求めていた。

それに対して政府は「議事録はない」との回答。



ほら、ほら、ほら…。

ウソだ、とだれしも思っている。

間違いなく、隠ぺいしているってことは、誰だってわかる。



当時の官房長官、エダノは、ああいえば、こう言うのだ。

「危機管理対応で議事録を取る場がほとんどなかったのが実態だ」



中央の役人はむろんのこと、ムラのお役人さんだって、メモとらずして役人にあらず、というぐらいメモこそ仕事と思っているのが役人、それこそ役人根性。

なぜか、といえば、責任が自らに及ぶことがないようにメモだけは作成しておくのが、役人の心得、つまり保身の術のイロハのイ。



よしんば、エダノが言うように「危機管理対応で議事録を取る場がほとんどなかった」としても新しく建設されて間もない立派な官邸、その中にしつらえてある対策本部に録音の装置がないなど、あり得ない、と、だれだって思っている。



それでも、あのプクとしたエダノ顔、まさにしらばむくれる厚顔ぶり。

「記憶に基づく証言が求められる」というけれど、都合の悪いことは記憶にはないのだから、口裏合わせをしたうえでのそのような証言から作成される議事録など意味も価値も、まったくない。



つまり、カン、ノダの民主政権幹部ら、政権維持のために役人に大きな借りをつくった。

その結果として役人の言いなりにならざるをえないことは、ボンクラ頭で考えてもわかる。



役人の中の役人、官僚の中の官僚と自負もしている財務官僚に、こう脅される。



「消費税アップ、やってくださいよ、さもなくば、あの議事録を…」



こうして消費税増税への道筋がつくられ、ノダ、必死の覚悟で突っ走っているノダ。



官僚の手のひらでの裸踊りのノダ民主に対して、タニガキ自民、本気で解散総選挙に追い込むおつもりなら、なぜ、この議事録問題、さらには、大量の住民を被曝させた放射能予測装置スピーディのデータ隠し問題を徹底的に追及しないのか…。

ついでに言えば、大手新聞、テレビキー局のマスコミも、なぜ本気で追及しないのか…。

要するに、いずれも原発ムラの住人であり、弱みをがっちり握られて、三すくみの状態。



あほらしくてノダ民主の「政局より大局」だの、タニガキ自民の「今国会は解散総選挙に追い込む」なんて話、それを報じるマスコミのしたり顔、まともに見られないし、聞いてもいられない。



ここまで政党政治が堕落、財政が悪化すりゃ、次はファシズムに近い政治を熱望するのが、歴史のならい。

ハシモト大阪市長の昭和維新の会なるものが、それ。

これに、新潟県のイズミダ、愛知県のオオムラ、名古屋市のカワムラ、そして、強烈な東京イシハラがつけば、次の総選挙、大躍進するのは、およそ見当がつく。



人材がない、なんて話は無用。

ファシズムとは、たった一人で政治、大衆を動かすのだから、トップさえ、間違いを起こさなければ、あっという間に、あらゆる難題はよい方向に解決していく。



ただし、権力というものの恐ろしさ、ヒットラー、スターリン、かのキム一族を見るまでもなく、見事に大衆を踏みにじり、完膚無き恐怖政治を展開させること、ゆめゆめ忘れてはならない…。


 


 



noumitaran at 15:26コメント(2)トラックバック(0)爺の時事  

2012年01月20日

2012 初場所雑感 〜 体あって、技・心なし


12
日目あたりともなると、1つの勝ちがひどく重みを増してくるから、立ち合いの変化は多くなる。

勝ち越しやら優勝がかかってくるから残りの対戦相手を考えれば、ここはひとつ何が何でも勝ちにいかねばならない、と思うのが人情。

 


と、わかっちゃいるけど、やっぱり文句のひとつやふたつ言いたくもなる。

「金返せ!」とはテレビで見ているのだから言えないけれど、もし高いチケットを買ってみていたとしたら、叫びたい相撲が2番。

(本当は3番…、勝ち越しのかかった朝赤龍が最初にやった)

 


優勝争いに直接影響する把瑠都・稀勢の里の大関対決、そして、白鳳・日馬富士の横綱大関対決、いずれも立ち合い変化であっさり勝負が決まってしまった。

1勝をせしめ、連勝記録を12にのばした把瑠都に対して観客は、

「カ・エ・レ! カ・エ・レ!」コールの大合唱。

急ぎ足で花道を下がった把瑠都、通路で待っている付き人に向ってニヤリと笑った。

本当に、エストニアに帰っていただきたい、と本気で思った。

 


さて、驚くのは「カ・エ・レ!」コールの後の、白鳳・日馬富士戦で、日馬富士が立ち合いに変化したこと。

あれだけの罵声を浴びせられた後、大関の日馬富士が立ち合いに変化するとは、誰も考えてはいなかったろうと思う。

もちろん、白鳳だって考えていなかった。

だから、日馬富士が変化するや、横綱は一直線に土俵を飛び出していった。

そして、しばし、茫然と観客席から土俵を見上げていた。

 


ひっかかるのが悪い、という見方、これも当然。

技として認められている以上、まったく反論の余地もない。

にもかかわらず、このウップン、どこにぶつけたらよいのか…。

 


じつは、八百長問題が起きて改善を求められていた頃から、勝ちにこだわる相撲が増えることを懸念していたから、当然の流れかとも思う。

ガチンコ相撲が多くなり、熱戦が増えたと喜んでいるムキもないではないけれど、熱戦といったって余裕のない力にたよった相撲ばかり、以前のような技のせめぎ合いは消えた。

 


「横綱以外、技のある人がほとんどいない。把瑠都にいたっては、まわしの切り方もわからない」
と、誰だったか、解説の人がおっしゃっていたが、その通りだと思う。

そして、これまた解説の舞の海は、
「地元、青森では貴ノ浪と舞の海の真似だけはするな、と教えているらしいですよ」
と、笑いながら言っていたが、こうした個性、技を持った力士が少なくなるのも、やむを得ない。


だからか、モンゴルの時天空の足技だけがやけに光る。

この人と対戦する力士、こわがって前へ出ていけないから、相撲が、じつに妙な形になるけれど、みている側はたいへん楽しめる。


技のある力士というのは、たいがいクールに決めるから、困ったことに無気力相撲のようにみられがち。

安美錦などは、まさにそうで火花散る熱戦の中にあって影が薄くなってしまう。

 


ちょっと前まではモンゴルの旭鷲山がいたが、この人もどちらかというと何を考えているのか、何をするのか、わからないタイプ、土俵に上がっただけで眼をはなすことのできない存在だった。

だから対戦する相手も立ち合いで猪突猛進なんか、もっての他の論外、仕切りをやっている頃から相手の動きをしっかりと見て、出方をさぐらねばならない。

そうやって仕切れば、当然、緊迫感はただようのだ。

 


結局、例の八百長問題が大騒ぎされ、やる気むき出しで熱戦を見せろと、そういう流れができたおかげで、観客無視の勝った負けたの相撲が多くなるのは当然。

 


心・技・体…。

体あって、技・心なしでは、相撲を見限らねばならない、と言いたくもなってくる。



noumitaran at 15:29コメント(0)トラックバック(0)大相撲  

2012年01月12日

10年前の正月の記憶



10年前の今日、わたしは札幌にいた。

網走から特急列車に乗り、札幌駅近くのホテルの一室に荷物を置き、そのまま北海道最大の歓楽街ススキノへ…。

和服のよく似合う女将の仕切っている小料理屋のカウンターで小鉢やら刺身をつつきながら、日本酒をしこたま飲んだ。

そこからバーへ行った。

ショット売りの店だったが、飲みっぷりを見たバーテンはボトル1本をわたしの目の前に置いた。



翌朝、二日酔いというより酔ったまま千歳空港へ向かい、新潟行きの飛行機に乗った。

新潟空港に降り、船で佐渡に着いた時も、まだ酔っていた。



どれだけ飲んだろうか…。

明確な記憶はない。

が、幸福の一日だったと記憶している。



札幌へゆく前日、わたしは網走で飲んでいた。

友人たちと飲むと、かぎりがないほどの量を飲むことになるが、数日の間、たっぷり飲んだ。



網走へゆく前日、わたしは富良野で飲んでいた。

カメラマンと一緒だったが、彼は先にホテルに戻った。

しかし、わたしは、一人残って飲んだ。

酒のせいか、吹雪だったせいか、見渡す限り真っ白な世界、ホテルへの方向を失って、店の人に送ってもらった。



富良野へゆく前日、わたしは新宿で飲んでいた。

4軒ほどハシゴをした。

翌日、酔いの残ったまま羽田から旭川空港へ向かい、富良野に入った。





10年前の正月、わずか1週間ほどのことだったが、どれだけの酒の精がわたしの肉体を通過して、脳をとろけさせてくれたろうか…。






noumitaran at 23:08コメント(2)トラックバック(0)身辺雑記  

2012年01月05日

言葉が軽くなりて、記号となる



あちこちで初競りが行われたというニュースが流れている。

築地市場では269キロのクロマグロが、なんと5649万円で競り落とされたという。

ご祝儀相場とはいえ、史上最高値を記録、1キロあたり21万円なり。

釣り上げた漁師、ホクホクだろうなと思っていたら、同じくテレビを見ていた妻が例によってケーハクなる知ったかぶり。



5649万円! すごい、あれ、オオマグロでしょ」



青森県・大間産・クロマグロ、略してオオマグロでいいか、と聞き流したけれど、言葉というもの、やはり、しっかりと表現しなければならぬな、と胸の中であらためて確認。



というのも、福島のある漁港市場での初競りでは、放射性物質に汚染されていることから漁を自粛、地元の魚介はゼロだった。

この状況について漁業関係者が、ある言葉を使ってコメントしていた。

その言葉は…。



「風評被害」



これはあきらかに言葉の使い方に間違いがある。

風評被害なんかではないし、だいいちこの言葉は、消費者がまるで加害者であるかのような言い方。

原発事故以後、この言葉を耳にするたびいち消費者であるわたくし、犯罪でもおかしているような気にさせられ、じつにいやな気分になる。



「市場にでているものは安全」

と言ってきた政府。

しかし、市場に出回っていた牛肉や、安全宣言を出した米が汚染されていたのだから「風評被害」であるはずがない。

言葉の持つ意味をしっかりと考えずに口に出す、あるいは記すことは、政府、権力の側の思うつぼ。

「風評被害から福島の農民を守るために福島産のものを食べましょう」

というスローガンをうのみにすると、あまりにも危険。

しかし、このスローガンに記号といっていいような言葉がつくと、たちどころに取り込まれるのが人間。

その記号的言語…。



「絆」



これ、最高級に大切な言葉なのに、気軽に乱発、誰もが口にするおかげで、その重たい言葉がしだいに軽くなり、しまいには、犬が鈴の音を聞くとよだれをたらすごとく、肉体、脳にしみ込んでいく。

しかも、新党の名称に使用されるにいたっては、言葉の意味すらわからなくなる。





先の戦争では、「欲しがりません 勝つまでは」のスローガンを国民に強いた。

同じく「鬼畜米英」と憎しみを煽ったけれど、敗戦後の日本にとって鬼畜のアメリカは「最高の同盟国」になった。

北朝鮮だけではなく、日本であれ、アメリカであれ、国家というもの、平気でウソをつく。



「冷温停止」

「原発事故は終息収束」



悪い冗談かと思うほど、平然とウソをつくのだ。



言葉というもの、使うのも、受け取るにも、充分に気をつけなければならぬのだよ、みなさん。



オオマグロなんてのは、どっちでもいいけれど、ね…。




noumitaran at 16:28コメント(2)トラックバック(0)爺の時事  

2012年01月01日

謹賀新年 2012

 

大晦日、元旦、いずれも同じ一日に過ぎないのに、なにやら特別な意味を持たせたがる傾向がありますが、かく言う、わたくしも、その通りでありまして、悪夢のような年、2011年が終わり、ようやく新しい年がやってきたとの思いがたいへん強うございます。

 

2011年は、忘れたい1年でありますし、忘れてはならない1年であったと思っております。

個人的には、あの大震災の直後のことでしたが、インパール作戦という凄惨な戦いに赴き、奇跡的に生還された岳父が、他界されました。

よって新年といえども、静かな元日を迎えております。

 

しかし、生命の鎖は確実につながっていて、新しい命である4人目の孫が誕生したのも、昨年のこと。

こちらは、大震災以前、2月20日のことでした。

先の3人の孫が姫でしたが、4人目にして男子でした。

おとなしく穏やかな男の子で手のかからぬ乳児でしたが、近頃は、ほふく前進するようになり、眼が離せなくなっております。

 

先の3人の姫たちが、細やかに面倒をみながら、いじくりまわすでしょうから、硬派丸出しの男の子にはなるまいと思っております。

むしろ、お化粧をほどこされたり、ドレスを着せられたりして、オネェ系になるのではとひそかに心配しているところ。

そこを父親であるムコ殿も、心配しておられるのか、娘たちにはよだれを垂らさんばかりにアマアマなのに、まだ乳飲み子の息子には、

「泣くな! 男なんだから泣くな!」

と、厳しくやっていると聞いております。

 

わたくし、ムコ殿との付き合いは、まだ6、7年というところなのに、彼の涙を何度見たことか…。

自分を棚に上げておかないと、子供の教育、躾など、おこがましくてできないということも、わたくし、よく知っておりますゆえ、詳しくは書きませんが、ま、よく泣く男だなと、そういう印象を受けております。

 

正月の3日には、これらのファミリー、一堂に会しておごそかに新年を祝うつもりであります。

 

というわけで、新年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

はい、新しい年になりましたゆえ、ブログの更新も、(できるかぎり)頑張ります…。



noumitaran at 17:10コメント(2)トラックバック(0)身辺雑記  

2011年09月16日

お久しぶりでございます。


すっかりのご無沙汰、みなさん、お元気ですか。

わたくし、お盆を過ぎた頃から気分は秋に突入しておりましたのに、この暑さ、いつまで続くのでしょう。

こういうのを「酷残暑」というのだそうですが、心と肉体のバランスをうまくとれず、げっそりです。

といっても、気分は早々と秋になっておりましたので、食欲はまったく落ちないのでありますが…。


というわけで、そろそろ涼しい秋を迎えますので、ブログの方も、しっかりと更新してまいります。

といっても、わたしのお約束なんてのは、民主党のマニフェスト並みで、実現なぞ、誰も信じてくださってはないと思いますが…。



それにしても、時は留まることを知らず、流れておりますね。

あの大震災から早くも半年が過ぎました。

あの瞬間から時は止まったように感じたものですが、過ぎてみれば半年、本当に速いものですね。

しかし…。

「復旧、復興に全力を尽くす」

と、お偉い方々はおっしゃっておりましたが、時の流れとは正反対に「全力の復旧復興」の方は遅々として進んでいない様子が、「あれから半年」と銘打ってのテレビ特集番組を見るまでもなく、わかるというものです。


その象徴的なフレーズが、これです。

「まるで死の街だった」


こう発言されたのは、前の経済産業大臣の鉢呂さんですが、すかさず、「不適切な発言」という理由で辞任、というより実質の更迭でした。

こういう仕事はじつに速いのですね。


「死の街」は正しい表現だと、わたくしは思います。

人のいない街、人の住めない街なのですから、相撲用語を使うまでもなく自力で回復することのできない「死に体」なのです。


にもかかわらず、「除染」という言葉を政府はさかんに使って、それが済めば元通りになるような錯覚を与えています。

実際、この12月に全村帰還宣言を出した村まで出ていますが、間違った情報だからこそ間違った判断を下してしまうのは当然。

なにより完全な除染など不可能なのですから。

田畑ばかりではなく、山林も大量に汚染されています。

実際、天然のキノコは、とんでもない量の放射線物質によって汚染されて、出荷停止、採取禁止と政府は言い出しております。


したがって家の周りを除染したところで、裏山の樹木も汚染されているのですから、安心して住める状態ではないのですね。

樹木を切り倒し、山を削って…、気の遠くなるような作業をしてもなお放射線物質はなくならないのですから。


そういう事態であることを正しく速く伝え、今後10年、20年は住めないのだと明確に知らせることこそ、大事。

それによって住民の方々にできるだけ早く今後の人生設計を考えてもらうことの方が「正心誠意」というものです。


ところが、エダノ新経済産業大臣、福島の原発推進派でありながら被害者のような顔をしている知事に向かって、

「不適切な発言」だったと前任者の鉢呂さんの言葉をあげつらって陳謝したのは、怒りを通り越してお笑いぐさ。


このエダノこそ、「不適切な発言」「不適切な判断」を連発した人物です。

事故直後、アメリカが80km圏外へ避難、と正確な指示を出していたのに、エダノ官房長は「ただちに健康には…」「万が一のことを考えて3km圏内は避難」「万が一のことを考えて10km圏内は避難」さらに「万が一のことを…」と30kmまで広げ、さらに「自主的避難」だ、「計画的避難」だなどと言いくるめ、妊婦、子供たちらを含む大勢の住民を被曝させた張本人。

この方、カン違いしたまんまのお方とともに、国民の生命財産を限りなく危うくした犯罪者です。


こんな人間が、鉢呂さんの「死の街」という正しい表現を、不適切だったと陳謝するなんてのは、あまりにふざけております。


要するに、脇の甘いといえば甘すぎる「脱原発派」の鉢呂さんが経済産業大臣になっては困る人たちがいて、その魑魅魍魎に闇夜でバッサリ切られた格好なのです。


ついでに言うけれど、鉢呂前大臣の発言問題で大騒ぎしているマスコミに向かって、ドジョウ総理、なぜ言わなかったのか。


「いいじゃないか、人間だもの」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



noumitaran at 00:57コメント(4)トラックバック(0)爺の時事  

2011年06月22日

俗物、そして、聖人…

「被災者のことを思えば、政局なんかやっている場合じゃない」

とテレビ新聞各社は “正論” を吐きながら、政局の行方を詳細に長々と報じている。



「被災者のことを思えば、政局なんか報じている場合か!」

と罵りたくなるけれど、テレビ新聞をながめているわたしは、ただの傍観者…。



          ※



「なぜ菅総理が辞めなければいけないのか、よくわからなくなってきました」

と、あるコメンテーターが言っていたのは、読売テレビ系のミヤネ屋の番組だったか。

テレビが本気で被災者のことを思っているならば「真実」を報じなければならないけれど、大事なことは報道しないどころか、かつての「大本営発表」なみの腰抜けぶり、権力を監視しているとでもいいたげに政局をダラダラと語っているだけだから、「なんで菅総理は辞めなければいけないでしょうね」となる。



本来、政治家が権力闘争を展開するのは、本能、むしろ、それが仕事であり、ごく当たり前の行為。

カン違い総理が、一国のリーダー、最高権力者としていい仕事さえしていれば、自民も公明も不信任決議案なぞ出す必要性もなかった。

けれど、時間が経つにつれ、原発事故における初動ミス、情報の隠ぺいによって原発周辺の住民に大量の放射性物質を被曝させていたことが、判明。

このことだけでも国民の生命を守るという最大の使命を持つ最高権力者としての資格を失っているのだから、不信任は当然の流れ。

それを政治家として脇の甘い“友愛のハトさん” が、ペテンにあってカンおろしに失敗したのは、いかにも無念、これで復旧復興、原発事故収束もさらに遠のいてしまった。



という話をテレビがしっかりと調査して報道していれば、「なぜ菅総理が辞めなければならないのでしょうね」というコメントは出てこない。



          ※



カン違い総理、オカダの幹事長ら党執行部を前にして、こう言ったとされる。

「(再生可能エネルギー法案)成立は自分自身の政治生命に関わる」

この方、被災者のことはそっちのけで、自分の政治生命を重視しているのだから、本当にお話にならない人だ。

党執行部のひとりが、こう漏らした。

「菅総理が逆噴射した」



          ※



再生可能エネルギー法案、その背後にソフトバンクの孫正義がぴたりと貼りついていて、よもや新たなる利権と、うがちたくもなる。

なにしろ、福島原発事故以後、再生可能エネルギーについて、与野党含め、反対するモノなどおらんのはわかりきったこと。

したがって、そんなことは原発事故の収束と避難者のケアに全力を尽くしてからの話。

そこに政治生命などという言葉を使うというのは、ただの延命とみられてもやむを得ない。

ついでに言うけれど、国際がん研究機関(IARC)が、携帯電話の電磁波は発がんの危険性がある、と発表したけれど、こちらの対策は、どうなっているのやら、孫さん。

それを詳細に調査、報道しないテレビ、新聞は、ここでも大量の広告がモノを言っているか。



          ※



カイエダの原発安全宣言もしかり。

こんなことを許すのは、テレビが大スポンサーの電力会社によって骨抜きになっているからで、どこが安全なのか、しっかりと調査報道していただかねばならぬ。

見直したのは、大阪のただの駄々っ子だと思っていたハシモト知事。

「そんなに安全というならば、カイエダ大臣以下、経産省の役人、原発のそばに住めばいい」と言ってのけ、溜飲の下がる思い。



          ※



最近、反原発を40年にもわたって主張し続けている小出裕章さん(京大原子炉実験所助教)が、電力会社及び政府の言いなりだったテレビ、大手新聞の既存メディアに登場して「真実」を説明してくれる機会が増えてきた。

それまでは「御用学者め!」と罵倒したくなるような人間ばかりにウソを語らせていたのに、小出さんを登場させることで、なにやらアリバイ作りに入った様子。

この小出さんのおっしゃること、事故発生の頃からインターネット上での解説に注目していたけれど、予測がピタリ、ピタリと当たり、それは恐ろしいほど。

今回の汚染水浄化処理にしろ、線量が高すぎてすぐに装置がストップする、と言っていたら、やはりフランス製がわずか5時間で止まり、続いてアメリカ製もストップ。



俗物の代表のようなカン違い総理と比較にもならないけれど、小出さんの誠実な話し方を聴いていると、高潔な生きざまが感じられ、こういう聖なる人が存在してくれたことを奇跡のようにも思える。

 


(リンクしているのは小出さんの発言をまとめたブログです。ぜひ、聴・読してください) 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



noumitaran at 02:25コメント(2)トラックバック(0)爺の時事  

2011年06月17日

油を売る、ということについて…

 

ウンパンマンとしての仕事を終え、デニムのエプロンをしたままセルフサービスのスタンドでガソリンを補給していたら、眼の前を娘の旦那、つまりムコ殿がトボトボ歩いていた。

ちょうどお昼時で、昼休みに入ったのだろう。

 

お互いに気がつき、こちらは手を上げ、あちらはニヤリとした。

そして、彼は、こう言ったのだ。

 

「こんなところで、油売ってるんですか?」

 

ふだん無口であまり余計なことを言わないムコ殿、うまい冗談を言うもんだな、と妙に感心した。

 

          ※

 

ムコ殿に会ったことを娘にメールで知らせておいた。

「たまに気のきいた冗談も言うんだな」

と書き送ったら、こんなメールが返ってきた。

 

「家では、冗談と下ネタしか言わないよ。あと小言(笑)」

 

          ※

 

ついでに妻にも、「油売っているんですか?」とムコ殿から言われた、と報告しておいた。

妻はツボに入ったらかなりの笑い上戸のくせに、冗談の通じない回路もそなわっていて、この時は、そちらの回路に入ったようだった。

 

「油、買ってたんでしょ? ガソリンスタンドで」と怪訝そうな表情で言ったのだ。


ああ、また違う回路か、なんでわからんだろう、というイラダチを抑えて、説明する。
「油を売るって、サボっているという意味もあるの、知ってるだろ?」


「…、あっ、そっか、冗談か〜。なるほどね、うまいじゃん」

 
冗談を解説しなければならないのは、じつに疲れるもんですな…。



noumitaran at 18:08コメント(2)トラックバック(0)身辺雑記  

2011年06月07日

見え透いた大連立

 

カン違い総理、退陣への道筋、あまりにもみっともない。

言った、言わない、の水かけ論風のやりとり、悪あがきにしか見えず、一国の総理大臣たるもの、身内から詐欺師、ペテン師呼ばわりされるに及んで、万事休す、の醜態。

これならば「ボクチン、や〜めた」の方が、まだ潔かった。

と、過去を懐かしむ気分、これまた危うい。

自民党の長年にわたっての善悪とりまぜての所業、良くも悪くも、そのツケがドサッと回ってきた時、間が悪いことに民主の政権、だった。

しかも、さらに間の悪いことにカン違い総理ときたもんだ。

 

その自民党と、原発事故における国民の生命を危険にさらして情報隠ぺいを行ってきた民主の幹部連、必死になって「大連立」の大花火を打ち上げては、メディアの反応、様子眺め。

アホ丸出しのテレビ、次の総理はダレソレ、ダレソレとさかんに下馬評やっているけれど、大連立のウラに隠された陰謀ともいえぬ、ミエミエの策略をあえて報じず。

表向きの理由、一致団結しての復興。

といいつつ、本当にやりたいのは、まずは増税、巨大利権の原発推進、負担ばかりが大きい民主マニフェストの破棄、ついでにどさくさにまぎれての憲法改正までも可能。

 

カンおろしが本格的に動き始めたのは、なにより浜岡原発の停止以後との印象。

これで原発推進派の魑魅魍魎ども、カン違い総理をつぶしにかかれの大号令。

民主センゴク、自民オオシマの間で、ヒソヒソ話が進んでいるけれど、これ、おそらく原発処理の不手際、すべてカン違い総理に押しつける算段。

ついでに脱原発に傾いている小沢一郎を切り捨てる腹。

という大政翼賛会風の大連立が成れば、思想も哲学もない民主と自民の右側の勢力、やりたい放題となる。

 

自民の穏健保守、タニガキ、イシバあたりが意を唱えているけれど、「復興のための大連立」の大合唱に、どこまで持ちこたえられるか。

 
大人災、いつまで続く、ぬかるみぞ…。



noumitaran at 16:23コメント(2)トラックバック(0)爺の時事  

2011年05月28日

つまりは、まさに…

カイエダ大臣、ぶち切れ寸前か…、

記者団に言ってしまった。

1000万戸にソーラーパネルをつけるとの話は聞いていない。報道を通じて知った」

 

さすが、カン違い総理。

G8サミットの晴れの舞台で舞い上がって、悪い癖が出たか、突如閃いた。

数兆円規模の財源が必要となる「国策」を、エネルギー担当のカイエダ経産大臣にひと言の相談もなく、ぶち上げたらしい。

 

浜岡原発の停止のときも、同様。

本来、カイエダ大臣が記者会見して発表する手はずだった。

が、カン違い総理、支持率アップの好機とみて「オレがやる」と出しゃばった。

おかげでカイエダ大臣、後始末に青息吐息の体。

というより、この方、吐息ではなく、吸気に妙な癖があって、鼻ではなく口から息を吸う。

したがって答弁やら記者会見やら、しゃべっているのをきいていると、唾液を吸い上げているような音が耳にさわる。

逆境、一方的受け身に立たされると口から息を吸う音が頻繁になるが、ここのところ、カン違い総理に対してぶち切れ状態にあること、この癖から知れる。

 

癖といえば、カン違い総理も状況が悪くなると、口をとがらせ、声が大きくなる。

一国のリーダーとしては口をとがらせるなんてのは、恥ずかしい限りだが、そればかりではない、こういうフレーズが目立つ。

「つまりは…」

「まさに…」

 

ブログが普及、文章を書く人が増えているからおわかりかと思うけれど、「つまり」という言葉、論理に自信のない時に多用しがちで、強引にカタをつけてしまおうという気分が、ある。

カン違い総理、突如、なにかを閃いて、あるいは思いついて、深く考えもせず、しかも誰かに相談もせず、唐突に発表してしまうから、「つまりは…」を連発し、それを補うために「まさに」で強調して、強引に納得させようとする。

つまりは、カン違い総理という人は、中身が、まさにカラッポなんですね。

 

それにしても、官房長官、エダノの落ち着いた饒舌ぶり、オウム事件のあとの、「ああ言えば上祐」を彷彿とさせる。

記者のどんな質問にも、テンポを変えず、うまい具合にかわしたり、さばいたり。

「ただちに健康に…」などと平然と言いのけて、

嘘は言ってませんよ、と大ウソをつける政治家だろうけれど、

この人、とんでもないタマで、カン違い総理が倒れても、決して共倒れすることなく、浮遊しつづけるに違いない。

 

で、沈没するのが、オカダの幹事長か…。

この人、たいへんお疲れのようで、人相、悪化の一途。

求心力を失ったカン違い代表に仕える身、議員総会では「いま、言ったヤツは誰だ」と、カメラの前で怒なり散らしたりと、懐の浅さ、器の小ささを、世間さまに知らしめてしまった。

それを見たマツコ・デラックスは、言い放った。

「まるで学級崩壊じゃない」と、ダメ幹事長の烙印をベッタリ。

 

というわけで、カン違い総理を頂く民主、いまの幹部連にまかせておけば日本は間違いなく沈没。

ここは、やはり小沢一郎の出番。

つまりは、禅譲して、原発の処理、震災からの復旧復興を任せる。

それこそが、まさに国民の安心安全のためなのであります。

 



noumitaran at 03:04コメント(5)トラックバック(0)爺の時事  
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