2007年01月16日

第51話/第11章 そして再会(その2)

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「賛成!」
 美奈は手を挙げると、親指を立て、クイッと後ろに腕を振った。

「はっ?」
 意味が分からないでいる恵子に美奈が続けた。

「はっ、じゃないでしょ。私の車椅子押してよ、私みたいなビンボー人は芳恵みたいに電動じゃないんだから、気イつかってよねえ」

「何言ってるのよ、印税でがっぽり稼いでるくせに」
 芳恵がちゃちゃを入れ、ハイハイと恵子が美奈を押しだすと、再び芳恵が呟く。
「美奈って、こんなだったかしら?」

「あら、こんなで悪かったわねえ。アンタに言われたく無いなあ。まあ、これも芳恵の影響ね。身障者になるとこれくらい強くなんなきゃ生きていけないのよ、ごーごー」

「何言ってんのよー、それって美奈の地じゃない?モデルやってた時は猫かぶってくせにー」
「あーら、おあいにく様、今もモデルざます」

 恵子は苦笑しながら、美奈の車椅子を押していると、美奈が首をまわして言った。
「あ、ねえねえ、恵子も小説とかエッセイ書かない?」

「私が?」
「あっ、それいいねえ、恵子の体験なんてさあ、それだけでドラマになるよ」とは、芳恵。
「でしょう、私がいい編集者を紹介してあげるからさあ、書きなよ。元々文学少女だったじゃない。私より才能あるんだからさあ。塀の中のこととか、覚醒剤はやめられないとか、絶対いけるわ」
 オイオイ、「覚醒剤はやめられない」は無いだろう。

 それはともかく、親友とはいえ、既に作家として注目を浴びる美奈の提案に、恵子はまんざらでもない気がした。

「でも、私は前科者だから・・・・」
 恵子が呟くと、2人は口を揃えて言った。
「そこが良いトコじゃない、ペンネームはカミソリお恵とか、シャブ・恵子なんてカッコいいよ。ちゃんと罪は償ったんだし。援助交際から覚醒剤、ヤクザの情婦に、果ては刑務所まで。この年でそこまで体験しちゃうなんてスゴイじゃない」
「ちょっと待ってよ、私が極悪人みたいじゃない」
「エッ、違うの?」
「もう、あなた達には負けたわ」

 恵子は苦笑した。言われてみればこの提案、悪くない。
 これからの人生、前科者として引け目を感じて生きてゆくのも、前向きに生きるのも自分次第だ。元々本が好きで、よく読んでいたし、書くことも好きだった。

 書くことで、犯罪者という暗い過去をプラスに転じることが出来るかも知れない。それに、自分の事だけではない、同じ過ちを、今の少女たちにさせないためにも書くべきだ。
 書くことが好きなのだから、ダメで元々ではないか。

 かつては文芸雑誌に投稿が掲載されたこともあるのだから、文章には自信がある。そう考えると希望が見えてきた。
 恵子の表情は吹っ切れたように明るくなった。



書いてみようかしら・・・・ ○○出版が丁度そういうの捜してるみたいよ・・・あ、それイイじゃない・・・紹介料は印税の2割で良いわ・・・えーアンタこそ極悪人じゃないおよう・・・・・じゃ1割で、残り90パーセントの幸せね。・・・・・・あ、うまい、ザブトン1枚、きゃははは・・・・。



 女が3人集まると姦しいと言う。幼なじみの3人はわいわい、がやがやと、バス停に向かった。



 刑務所の塀が途切れた所にバス停があり、高田恵子の両親がこれを見ていた。

「オトーサン。今度こそ、あの子立ち直ってくれそうね」
「ああ、そうだな」
 父親は眼鏡を外すと、ハンカチで拭いた。眼鏡は涙の滴でぬれていた。
 再び眼鏡をかけ直すと、3人でわいわい騒ぎながら、美奈の車椅子を押している娘の姿が目に入った。

 それは久しく見ていなかった、娘の笑い転げる姿だった。



【エピローグ】


 最初は冗談かと思われた芳恵のハリウッドデビューは、本当だった。芳恵の達者な英語力もあって、映画が封切られるとたちまち人気を博した。続く第2作は邦画で、芳恵自身をモデルにしたものだ
こちらも、上映されると、たちまち大ヒットし日本中に笑いと感動をまき散らした。

 現在、芳恵は芸能界からは一時遠ざかり、稼いだ出演料でアメリカの大学院に留学中だ。
 風の便りに聞くところでは、ハリウッドで手に入れたR2D2の中にすっぽり隠れ、キャンパスを闊歩しているらしい。

 小さなロボットに声を掛けられた学生が腰を抜かすのを見ては喜んでいるという。
 本人曰く、
「ワタシは有名人だから、こうやって変装しているんだ」 この性格、やっぱり一生治らない。

 芳恵をモデルにした邦画「犹・だ・し瓩離薀鵐福次廚慮矯遒枠奈と恵子の共作だった。恵子はこれをきっかけに、本当に「シャブ・恵」のペンネームでデビューしてしまった。この大ヒットした邦画の原作には勿論高田恵子自身のことも書かれており、その特異な体験と開き直りに、読者は期待した。
 恵子の続く第2作「覚醒剤はヤめられない」
は、実体験をベースにしているから、迫力があり、新人としてはベストセラーだ。続いて「援助交際」をテーマに書いたが、いずれも恵子の作品は映画化にうってつけのものだったのでTVドラマや映画になった。
 本を読まないネエチャンやアンチャン達は、この映画を見て反省したものだ。(と、思う。)
 彼らからの感謝のファンレターに、恵子は彼らを更正に導けたことを喜び、是こそ自分の役割であり、本当の償いだと決意を新たにした。


 あの美奈は、今も山田との想い出を大切にしている。それを承知で顔の整形を担当した宮内医師は美奈の良き相談役として長い交際の末愛を育み、結婚した。今お腹の中の赤ちゃんに思いをはせ、エッセイを書いている。

 再び、3人はそれぞれの道を歩み始めたが、それぞれの幾多の体験から掴んだ共通する思いがある。それは、肉体的な機能や、見た目ではない、生きてさえいれば幸せの90パーセントは手に入れているとの思いだ。


 そして、この先良いことばかりつづくとは限らない。でも、3人は、友という心の支えが有る限り、どんな困難も乗り切れるだろう。

 やがては、3人の輪はもっと広がるに違いないが、それ程気負う事もない。
 芳恵から国際電話が入って来た。



「ハーイ、楽しくやってるう!」

【完】

以上で、やっとオワリです。お付き合いいただき有難うございました。


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2007年01月14日

第50話/第11章 そして再会(その1)

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 高田恵子は模範囚として仮出所が認められた。

「高田さん、どんなことがあっても、もうここには戻ってこないでね」
「はい、今度こそ、やり直します。本当にお世話になりました」
 恵子は刑務官に深々と頭を下げた。

 刑務官は扉を開けると、駕篭の中の鳥を逃がすように、躊躇する恵子を優しく促した。

 塀の外に出ただけで、空気の比重が違うような気がした。
 明るい日差しが眩しく、知らない惑星に降り立ったようなとまどいを覚える。

新しい人生を歩み出すかのように、歩き出したその時、背後からパン・パンと銃声がした。
恵子は全身を強ばらせた。
〈何故? やっと再起しようと決心したのに〉

 呆然と立ちすくむ恵子の頭上に、クラッカーの赤や黄色の紙テープがふわりと落ちた。「コングラッチュレーション!!!」

 聞き覚えのあるその声に、振り返ると、車椅子の芳恵と美奈が、ニコニコしていた。
 どう対処していいか分からない恵子は唖然として、立ちつくした。

 2人とも、記憶にある芳恵と美奈とは少し様子が違う。芳恵には無いはずの足がある。傍らの美奈は写真では見ていたが、会うのは初めてだ、これがあの美奈?

 すると、突然芳恵が立ち上がった。ぎこちない動きで、恵子に近寄ると、ロボットダンスのように、カクックッと躰の向きを変え、本当にロボットのような動きで手を差し出した。

「ワ・タ・シ・ヨ・シ・エ・ロ・ボ・ット、シュッショ・オ・メ・デ・ト・ウ、ア・ク・シュ・セヨ」と言いながら、パンツの裾をたくし上げ、金属とプラスチックで出来た足を見せた。

 恵子は固まってしまった。

 傍らの美奈が、苦笑しながら言う。
「もう、芳恵やめなさいよ、恵子がびっくりしてるじゃない」

「アハハハ、どう、これ。良くできてるでしょう?アンタがムショにいる間に私、サイボーグになったんだ。世の中どんどん変わってるんだよ」

 恵子はやっと気が付いた、例によって芳恵の悪ふざけだ。全く変わってない。これが、話しに聞いていた義足なのか、それにしても良くできている。

 普通のドラマなら、重い出所シーンであるはずが、すっかり毒気を抜かれてしまい、例によって、芳恵のペースだ。恥ずかしくて会えないと思っていた恵子だが、そんな重い気分が吹き飛ばされ、我に返って言った。

「もう!驚かさないでよ、相変わらずなんだから」
「アハハハ、受けた受けた」と芳恵は喜んでいる。

「恵子、元気そうね、私、美奈よ」
「あなたが、あの美奈?」

「そうだよ、あんたがいつも羨ましがっていた美奈だよ」
 と、芳恵が口を挟むと、美奈が頷いた。
「もう、私を羨む必要は無いわ、今度は私が恵子を羨む番よ。私はこんな躰になったとき、昔芳恵が言っていた『五体満足なら、もうそれだけで幸せの90パーセントを手に入れている。美人とか不細工とかは誤差の範囲』ということがつくづく分かったわ」

 そのことは恵子自身も獄中で充分考えてきたことだったから、言われるまでもなく、恵子にはわかっていた。
 とは言っても、自分があれ程憧れ羨んだ美奈が、今や車椅子という、この現実を目の当たりにすると、彼女の言いたいことは痛いほど分かるし説得力があった。

「そんなことないわ、美奈は前よりも綺麗よ。でも分かってるわ・・・・、私はもう人を羨んだりしない。2人ともありがとう、本当にありがとう」

 90パーセントの幸せ・・五体満足なら少なくとも人は皆その幸せを手に入れている。
 100パーセントの幸せを求めて、せっかく手にした幸せを捨ててはならない。ハンディを背負った人はそこに到達するだけでも大変なはずなのだ。


 恵子は、一風変わってはいるが、2人の励ましに心から感謝し、子供のように泣きだした。
「や〜い恵子の泣き虫」と、芳恵がからかうと、「何よう、泣いてなんかいないわよ」と、恵子が口をとんがらせる。まるで、子供のころに戻ったようだ。

「まあ、イイから。で、これからどうする?」と美奈。

 一瞬、間が空いた。

「バスに乗ろう!」



***********************次は動のラストシーン、もうちょいつきあってくださいな************************こんてにゅうど

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2007年01月12日

第49話/第10章 それぞれの道(その5)

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「ははは、まるで刑事ドラマみたいじゃのう。るーるー、るるる、るるる、るー。なんてな」
 刑事は、そんな恵子の心を見透かしたかのように、頭を掻きながら、刑事ドラマ「7人の刑事」のテーマを口ずさんだ。

 そんなドラマなんて、若い恵子は知る由もないが、このいかにも調子の狂ったスキャットに、思わず吹き出した。
 この刑事、なかなかイイ味出している。

「刑事さん、ありがとう」
 口から素直にこの言葉が出て、恵子自身、驚いた。老刑事は、少しほっとし、言葉を継いだ。

「いや、いや」
「刑事さん・・・、そのう・・・接見に来た理由は、それだけ?」

 相変わらず、この老刑事の真意を測りかね、恵子が尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「ああ、今日きたのはなあ、実は・・・・・」


 鮫島の死を伝えに来たのだった。この老刑事は、例の鮫島を捕まえようと追っていたが、なかなかしっぽを出さなかった。ところが渋谷の街中で、些細なことからケンカになり、刺されたらしい。雨降る夜にホテル街のビルの隙間にゴミと一緒に捨てられていた。

 犯人は覚醒剤中毒で、この鮫島から「ヤクが欲しけりゃ、殺しでもなんでもして、金もってこい」と言われ、手っ取り早く鮫島を殺したということだった。

 取り調べの時から、恵子は更正したがっており、鮫島の犠牲者であることを見抜いていたので、そのことをこの老刑事はわざわざ伝えに来たのだった。そして、今度こそ更正するようにと、励まし、帰っていった。

 恵子の頬に涙が伝わった。老刑事の差し入れたおはぎは、涙の味がした。そして、鮫島の死は、初めての男との決別の知らせでもあった。

 時々、芳恵と美奈が来てくれるが、恵子は会わない。いや会えなかった。
 子供の頃からの仲良し3人組だったのに、今や大変な境遇の違いだ。2人とも、障害を抱えているのに人に夢と希望を与えてるではないか。それなのに五体満足な自分は、自分すら破滅に追い込みこんなところで罰を受けている。恥ずかしくて、申し訳なくて、とてもでは無いが会えない。

〈今度こそ、更正しよう。もう、こんな惨めな思いはしたくない〉

 芳恵と美奈は、そんな恵子の心情を察して一通の手紙をよこした。そこには、いつまでも3人は友達であること、今度こそ立ち直って欲しい、今や五体満足であることの幸をせじっくり考えて欲しいとあった。


 言われるまでもなく、考える時間は充分に用意されている。
 振り返ってみれば、いつも現実から逃げて、拗ねていた。その結果がこれだ。

 子供の頃は泣いたり、拗ねたりしたらそれなりの効果もあった。でもそれが許されたのは幼児の頃までだった。

 女としてのランクを思い知らされたとき、見知らぬ男に躰を売って、女としての魅力を確かめたつもりでいたが、本当は気が付いていた。男達が求めていたのは若い肉体であって、恵子ではないことを。だからこそ、男達に抱かれれば抱かれるほど、心に渇きを覚えたではないか。


 もし芳恵や美奈の身の上に起こったことが自分にも起こったらどうだっただろう。あんなに強くは生きてはいけない。おそらく、五体満足な人間を羨ましがり絶望的になって、ウジ虫のように一生を送ったに違いない。

 いま、こうして自分と向かい合ってみると、芳恵や恵子に比べ、自分はなんと恵まれていることかと思う。かつて芳恵が言っていた90パーセントの幸せを確かに手に入れていたのだ。そのことに気が付かず、捨ててしまっていた。

 2人の幼なじみとあまりに違う境遇にいるは、誰のせいでもない身から出た錆だった。
 恵子はそのことに気が付いたとき、失った物のあまりの大きさに愕然とした。

 幼なじみの3人は、それぞれの道を歩んでいた。

************************************************************************
スマン、まだつづく

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2007年01月10日

第48話/第10章 それぞれの道(その4)

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 芳恵はタイヘン満足した。しばらくはこれで注目されそうなので密かに今日に備えて、練習した逆立ちは止めて、次の機会のネタに取っておく事にした。結構計算高い。

 美奈達の車椅子でのモデルデビューは、相変わらずの芳恵の活躍とともに、多くの障害者達に希望を与えた。今まで、人前に出たがらなかった障害者達は積極的に街に出だしたのだ。

 一時の流行のようではあったが、そうではなかった。流れが変わったのだ。社会そのものが、まだ充分とは言えないが障害者を普通に受け入れるようになってきたようだ。

 駅やバスなど公共施設の障害者施設の整備はすでに整っていたが、ほとんど使われる光景を目にしなかったものだ。しかし最近は当然のごとく使われるようになった。

 特に美奈は、元々人も羨む美少女モデルとして知られていて、ある日突然の事故で障害者となった。この運命を目の当たりにすると、人々はひょっとしたら明日の我が身かも知れないと実感し、健常者が障害者を手助けする事は、万が一に備えての貯金の様なもの。障害者も当然のごとく手助けを要求すべきとの風潮が生まれつつあった。


 ところで、三人組のうち唯一の健常者となった高田恵子は結局、高校卒業を目前に退学してしまっていた。いや、正確には退学処分を受けたのだ。それは当然のことだ。なにしろ、買春と覚醒剤で補導されてしまったのだから。

 恵子は、あの憧れた南条コーチが、美奈をホテルに誘い、あげくに無理心中を図ったことにショックを受けた。自分が裸で迫ったのに抱いてもくれなかった南条が、あろう事か、ストーカーとなって美奈を犯したのだから。

 なにが90パーセントの幸せよ、やっぱり美人しか男は相手にしないではないかとの思いを、うち消すように手当たり次第に男を漁り、シャブ漬けになったところを補導された。


 少年院から出てきても、荒んでしまった恵子は更正出来なかった。更正しようにも、再び例の鮫島が付きまとい、ズルズルともとの生活に引き戻されてしまったのだ。


 何度か立ち直ろうと試みたが、鮫島のようなワルは金づるを、そう簡単には離すものではない。女をつなぎ止めるノウハウは恵子ごとき、赤子の手を捻る様なもので、太刀打ち出来なかった。

 美奈と芳恵が大学に入り、それぞれ、パラリンピックや懸賞シナリオで活躍し始めたころ、再び覚醒剤で逮捕された。

 恵子は、内心ほっとしていた、二十歳を過ぎて、今度は間違いなく刑務所だが、少なくとも、あの男からは逃げられる。

 落ちる所まで落ちてしまって、心も運命もねじ曲がった恵子には、もう刑務所しか逃げ場がなかったのだ。だから取り調べの最中も積極的に罪を認めていた。

 なにしろ追求するまでもなく、自ら進んで自供し、むしろ罪を重くしたがっている様子が伝わってくるのだ。刑務所しかあの鮫島から逃げられる場所はないという事なのだろう。

 その事を調書に取ろうとしたが、仕返しを恐れた恵子は拒否し続けた。そんな恵子に取り調べに当たった刑事も終いには同情するほどだった。

 始めは女としての魅力を確認するかのように、男と寝た恵子であったが、心の渇きは増すばかり。肉体的には、虜になった鮫島に抱かれながら、体の快感と反比例するかのように寂しさが募ったのだった。
 そんな自分がたまらなく嫌で、ラリッた勢いで大事な女の局部にナイフを突き立てようとさえしていた。
 既に、生きる屍と化していたのだ。


 受刑者となってしばらくして、取り調べに当たった老刑事が面会にやってきた。

「しばらくだな、元気そうじゃないか」
「・・・・・」
 恵子はうつむいたままだ。訪ねてきてくれたのは嬉しいが、真意を測りかねていた。
「そうだ、つまらん物だが、おはぎを持ってきた。良かったら、後で食ってくれんか。女房のヤツ、張り切ってなあ。・・・あ、君のこと、ワシがよく話すものだから、ワシらの子供のように思ってるらしい」
 まるで、三流の刑事ドラマの様な接見だ。


 恵子は、なんで私がこの刑事の子供なのさ、おかしいんじゃない?とは、思うのだが、ただし不愉快な感じは受けない。

 いかに荒んだ恵子の心であっても、身内からも見放され、ほとんど誰も訪ねては来ないのに、わざわざこんな所まで足を運んで、おまけに手作りの土産まで持ってくるのだから、何か感じるものがあった。


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2007年01月05日

第47話/第10章 それぞれの道(その3)

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 そのころ芳恵は大学で新しい義足の研究に協力していた。マイクロチップで制御するそれは、かなりのレベルに達しており、生来の芳恵の運動神経と努力もあって、普通に歩くことは勿論、多少の小走りまでこなせるようになってきた。

 芳恵はチャンスとばかり、「美奈、あんたずるいよ、自分ばっかり目立ってさ、私もファッションショーに出られるように事務所に言ってよ」と、美奈に迫った。

 芳恵は哲学者か教祖かと思うほど深淵なことを言う割には、「目立つこと」に関しては、呆れるほど貪欲で、子供じみたところがある。もって生まれたこの性格は一生治らないだろう。

 ともあれ、もともと芳恵も一緒にショーに出て欲しかったし、プロダクションもそのつもりでいたので、芳恵の相変わらずの天真爛漫さに美奈が吹き出した。

 それはさておき、プロダクション側は芳恵も車椅子で出そうと考えていたが、芳恵は義足で出る事を主張した。プロダクションは単に芳恵が車椅子ランナーとして有名人だからという理由でそう考えていただけだったので、この芳恵の提案は目から鱗だった。


 芳恵の提案がきっかけで様々なケースの身体障害者に出演の声を掛け、いよいよショーが始まった。

 スポットライトを浴び、美奈が登場し、スルスルとステージに進む様子は、美奈の美貌と相まって、戴冠式の女王のような気品を感じさせるものだった。

 その美しく神々しい姿に会場に静かなどよめきが起こり、湖面に投げられた石の波紋のように、会場の隅々まで伝播していった。あの高校入学式の時と同じだ。

 我に返ったカメラマン達が次々フラッシュを炊く。
 続く他のモデル達も堂々とし、しずしず車椅子で移動する姿は同じく気品を漂わせていた。

 盲目のモデルもいて、彼女は白いミニスカートのスーツで登場した。スラリとした長身がステージに映える。 白いステッキをリズミカルに操り、普通のステージモデルのように、軽やかに中央に進むと、後ろ手に持った白いステッキに、体重を預けるように躰を傾け、格好良くポーズを決めた。

 濃いサングラスが、ものすごくカッコイイ。


 芳恵の番が来た。ステージに登場した芳恵を見た観客は、錯覚を起こした。
「あれ?普通のモデルじゃん」
「おー、ナイスバディ」

 身体障害者のファッションショーと聞いていたのに、普通のモデルも出るのか。
 そう思ってしまうほど、パンツスーツをまとった芳恵には、違和感が無かった。素人モデルのように少しぎこちないが長くスラリとした足で、ステージ上を普通に歩いていたのだ。

 ステージ中央で上着を脱ぐと、ぴったりフィットしたインナーに、鍛え上げた躰と豊かな胸がくっきりと浮かび上がった。化粧のせいか普段のひょうきんな芳恵と違って近寄りがたい程の色香が漂っている。

ちょっとお世辞が入ってるが・・・。

「モデルはあのパラリンピック金メダリストの相原芳恵選手。両足義足、パンツスーツでの登場です」とアナウンスがあり、観客は初めて、これも身体障害者ファッションと気が付き、あの芳恵がモデルと分かると、一斉に拍手がわき起こった。それは割れんばかりでしばらく続いた。




***************************************************こんてにゅうど

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2007年01月03日

第46話/第10章 それぞれの道(その2)

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 一方、芳恵はあれからとうとう、夢を実現してしまった。大学に入ってからはフルマラソンに切り替え、ついに大分国際では金メダルを取った。ついでに同じ年に、その勢いでアトランタ・パラリンピックでも金を取ってしまった。この時は国中が沸いた。なにしろ世界記録の1時間29分44秒に迫る1時間29分50秒の記録を女の子が叩き出し、優勝したのだ。


 既にお茶の間の人気者だった芳恵のレースとあって、TVでもフル中継をしていた。視聴者は芳恵の記録もさることながら、そのパフォーマンスにも期待していた。

 ところが、パラリンピックとなれば、世界の檜舞台だ、芳恵は優勝候補の1人だったからマークされ、ロドリゲス君をからかったようにはいかない。ゴールインするまで、珍しくまじめに走った。

牋戝紂 ゴールイン! やったあ!
 と、誰もが思ったその瞬間、何処に用意させていたのか、でーっかい日の丸の旗を背中に立て、風になびかせトラックを回り始めた。

 おまけに、日の丸の鉢巻きまで用意している。精悍な車椅子に上半身だけの小さな女の子が鉢巻き姿で、長ーい旗をなびかせ疾走しているのだ。TVマンガを思わせるその姿にスタジアムでは、やんやの喝采だ。

 日本の視聴者にも、オーッやってくれたぜ、と大受けだ。受けてる、受けてる。調子に乗った芳恵は関係者に止められるまで続けちゃった。

 受けたのはイイが、チトやりすぎた。あれだけのスピードで、ゴールインした後も走り続けらるのだから、あと4秒くらい縮め、世界記録が出せたはずだ。金は取ったものの、後で、大会関係者からは大目玉を食ったのは言うまでもない。

 とは言っても、相原芳恵は世界の檜舞台に躍り出てしまった。CNNの優勝インタビューで、例の宙返りをやって、世界中の度肝を抜いちゃったのだ。CNNのインビュアーは、気絶こそしなかったが、目が点になっていた。

「オウ、アンビリーバボウ!」
 来るシドニー・パラリンピックでも金メダル候補だ。

 芳恵のことだから、実現しそうだ。
 多くの人々に生きる勇気を与え、その天真爛漫さで、いまや一風変わった国民的、いや国際的ヒーローとして、人気者となった。

 ハリウッドからは映画出演の話しも出てきた。何でも、映画は何とあのスターウオーズで、或る星の王女として生まれ、ついには女スカイウオーカーとなってダースベイダー率いる帝国軍をコテンパンにやっつけちゃうというのだ。ジョージ・ルーカスが芳恵のパフォーマンスにえらく惚れ込んだらしい。


 芳恵は研究者である父親の影響もあって英語が達者なので、ハーイ、ジョージ、ワッツハプンなどと電話でやり取りしているらしい。主演のハリソンフォードからは結婚を申し込まれた。あッ、これはウソ。冗談です。

 国際的になっても芳恵の目立ちたがりやの性格は、相変わらず治らない。が、例の宙返りも、どうも最近では注目を浴びない。そこへ、美奈がファッションモデルをやるという話しを聞いたものだから、この芳恵、益々自分が目立たなくなるとチョッピリあせった。



************************何事もあせってはイケナイ

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2006年12月31日

第45話/第10章 それぞれの道(その1)

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秋も深まった晩秋の海。夕日が葉山の海岸を紅く染め、遠くには富士山のシルエットが浮かび上がっている。

 海を見つめる美奈の横顔が夕日に照らされ、涙が頬を濡らしている。
 結局、山田は逝ってしまった。

 最期を看取ることは出来なかった。
 後で医者に聞いたところでは、開腹したものの既に手遅れだったらしい、癌は全身に転移していたため、そのまま手術を終えたということだった。美奈が病室を訪ねた時点で、死を待つばかりだったのだ。

 一時は元気になったように見えたが、やはり病魔には勝てなかった。
 山田は1通の手紙を美奈に残していた。
 普段、達筆な山田の字は釘の折れたように書かれ、苦痛の凄まじさを物語っていた。

 美奈へ、ありがとう。
 残念ながら、約束は果たせない。
 もう永く無いことが自分では分かる。

 俺は、今までやりたいように生きてきた。だからこの世にそれ程未練は無いと思っていたが、違う。君を知ってしまったからだ。

 生きたい。恥ずかしい程生きて、死ぬまで君と一緒に暮らしたい。無念だ。
 
 君を独り残して先に逝くことを許して欲しい。
 君には俺の分も生きて、幸せになって欲しい。

 君には未来がある、辛い思いをした分、きっと良いことがある。
 もし、君が不幸に遇うようなら、あの世で必ず俺が神様にオトシマエをつけるてやる。

 永遠に君を見守っている。

 葉山の海で見た星空のように、君には無限の可能性が・・・・


 突然そこで字が崩れ、手紙は終わっていた。

 葉山の海は美奈にとって、山田との想い出深い場所だ。夜のとばりが降りた海岸で、彼の腕に抱かれながら見上げた夜空の星を、今も覚えている。

 あれ以来、美奈は心の中の山田とともに生き、時に相談し、時に報告しながら、彼の言う無限の可能性を信じて生きてきた。

 大学在学中に自分のこの体験を書いて、ドラマの懸賞シナリオに応募したところ、大賞を取ってしまった。ただ、心の彼に支えられて無限の可能性へのチャレンジのつもりで、亡くなった山田への思いを綴っただけだったが、TVドラマとして放映されると、多くの女性ファンの涙をさそい、一躍時の人となった。

 美奈は自分に文才があるとは夢にも思わなかったが、その後書いたエッセイは多くのファン獲得した。今や若手の女流エッセイストとして、注目され始めている。

〈ラッキーだったわ。きっと、ゴーさんが神様を脅したのね。ゴーさん、ありがとう〉
 確かに最初の頃は運も良かった、決して巧い文章ではなかったが、最近は、度重なる辛い経験を乗りこえたことが作品に若手とは思えない厚みを加え、将来が期待されている。


 作家として注目を浴び出すと、下半身不随といえども、再び美奈の美貌にマスコミは注目した。これに目を付けたかつてのプロダクションから、車椅子のファションモデルをしないかとオファーがあった。
 あの事故直後には、モデルから一転、小岩さんのような顔で下半身不随。死んでしまいたいとさえ思ったものだ。

 人前に我が身を曝すなど思いもよらなかったが、今は違う。心の中の山田に支えられ、どんな運命にも耐えられる。ありとあらゆる可能性にチャレンジしよう。私には無限の可能性がある。これが今の美奈だ。

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つづく

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2006年12月29日

第44話/第9章 再会(その4)

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 それからの山田は食欲も出て、血色も良くなった
愛の力だろうか、医者も首を傾げるほどだった。

 美奈には、南条との事が心に深くわだかまっていた。そのことを打ち明けると山田はかぶりを振った。

「美奈、キミにはすまない事をした、俺がしっかりしていないばかりに、そんな辛い思いをさせて申し訳ないと思ってる。これからは、どんなことがあってもキミを守ってやる」

山田は、美奈が南条に抱かれたことを責めるどころか自分のせいだと言ってくれた。事実その通りだったが、美奈の心の重荷は解き放たれ、躰さえ軽くなった気がした。

 山田は美奈さえ良ければ、世間がどう言おうと、一緒に暮らしたいと願った。
「直ぐに退院して、君さえ良ければ、ご両親にも会って、きちんと了解を得た上で正式に結婚を申し込みたい。勿論、大学を卒業するまでは、待つつもりだ」

 この山田申し出に、美奈は天にも昇る気持ちだ。
「また、卒業まで待たなくてはいけないの?」

 美奈としては、やっと高校を卒業し、しかも今や山田はフリーだ。世間がどう思うと、法的には問題無いから、もうこれ以上待ちたくない思いだった。


「きっと、君のご両親は、反対する。俺は君の御両親に解ってもらうよう努力して、祝福されて君をお嫁さんにしたいんだ。それにはお互い、時間を掛け、やるべき事をやって認めてもらうしかない。その頃は歳の差もそれ程でも無くなるから、君のご両親もきっと解ってくれると思う。それに、これからは今までみたいに、隠れて逢う様なことはしたくない。堂々と逢いたいんだ」

「それは、私も同じ。分かったわ、あなたの言うとおりにします」
〈芳恵も言ってた。人生はプラスマイナス・ゼロ。焦ることはないわ〉

 ただ、以前とは違い、山田を信じてはいるが、今の美奈は自分につなぎ止める自信が無い。そこに一抹の不安が拭いきれなかった。


 やがてこの不安は、別の形で現実のものとなった。


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2006年12月28日

第43話/第9章 再会(その3)

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 山田は痛そうに顔をしかめると窓際のベッドに腰掛け、寂しそうに呟いた。窓の外は、すっかり秋の気配だ。

「痛たたた、この間さばかれてね。どう、手術の跡見てみる?考えて見れば、人間、立って半畳、寝て1畳。今の私にはこれで充分だな」

 そこは、ついこの間まで美奈が入院していた病室と同じような部屋だった。窓際とベッドの間に無理矢理車椅子を入れると、壁に貼ってある雑誌から切り抜いた美奈の写真が目に付いた。五体満足な美奈の姿だった。

 山田の馬鹿な問いかけを無視して美奈が聞く。
「あなたのご存じのモデルさんというのはこの方ですか?」
「最高の女性でした。、ただし振られました・・・・」
 それだけ言うと、山田は落ち込んだ。

「愛してらしたんですね」
 美奈の問いかけに山田は頷くと、こんな告白をする自分自身が信じられなかった。目の前の車椅子の女性は声も顔も、美奈ではない。が、その物腰や仕草は美奈そのものだ。山田は息苦しさを覚えた。

 それは美奈も同じだった。
「失礼ですけれど、どうして振られたと思うのですか?」
「何度も、携帯に電話をしたんだが、全然出なくてね。始めのころは事故にでも遭ったのかと心配したんだが、そのうち雑誌に載っている彼女を見つけてね。ま、無事で良かったよ。それで、やっと振られたことに気付いたと言うわけさ。考えてみれば、私みたいなおじさんが年甲斐もなく、君と同じくらいの歳の子に本気になるなんて馬鹿みたいだね」

「そんな事ないわ、山田さんは素敵な方ですもの・・・。ところで奥様は?  あ、立ち入ったこと聞いて、ごめんなさい」

「いや、いいんだ。情けない話、モデルの彼女が忘れられなくてね。こんな私に愛想をつかして、他の男の所に逃げちゃった」
〈 えっ、それじゃあ今はバツイチ?わお、やったあ・・・でもないか、今更、こんな体では・・・〉と、一瞬、他人の不幸に目を輝かせた自分が情けない。

「そうですか・・・、つまらないことを聞いてごめんなさい。でも奥様、今ごろ後悔してるんじゃないかしら」
「ははは、そんなことないさ。第一、ほかの男に走ったんだ、もう関係ない」
「ずいぶんあっさりしてるんですねえ。同じようにモデルさんのことも?」
「それが出来れば、苦労はないんだけどねえ」
〈それって、今も私を愛してるってこと?〉美奈の心臓が破裂しそうだった。

「ところで、モデルさんとは連絡が取れなかったそうですが、この方は事情があったのではないでしょうか。それとも、もう山田さんは関心がないのですか?」
「どうして、君にそんなことが判るのかな?」

 〈私が美奈よ!〉と、美奈は山田の胸に飛び込みたかったが、自分の姿を考えると、怖くて言い出せなかった。
「私も同じ経験をしたからです」

「えっ?」
「私も山田さんと同じくらいの方とおつきあいしていました。でも、こんな躰になってしまって・・・、彼はきっと私を見たら嫌いになるにきまってます」
「そんな些細なこと、どうでも良いさ、手足が無くなろうが、顔が変わろうが、無事でいてくれたら何よりだ」

 山田は美奈を見つめた。
 美奈も見つめた。
 2人の熱い眼差しが絡み合い、山田は確信した。

カーテンを引くと、山田は腰をかがめ、美奈にそっと口づけをした。
「探したよ、美奈。もう死ぬまで君を離さない」
 夕日が窓から射し込み、病室を紅に染めた。

 同室の患者達は息を殺して、耳がダンボになっていた。
 抱き合う2人のシルエットがカーテンに浮かび上がっていたのだ。熱く長い口づけを交わすと突然、周りから拍手と歓声が起こった。

「エッヘン。おじゃましてもよろしいかしら?山田さん、検温の時間ですけど」
 先ほどの看護婦がカーテンを開けると、照れくさそうに2人がいた。山田が頭を掻いて言う。
「みんな人が悪いなあ」

 すると、間髪を入れず同室の患者からヤジが飛んだ。
「逆光だからなあ。カーテンに映ってラブシーンが丸見えだったよ」
 別の老人も言う。

「若い人はいいねえ。山田さん、あんたいつまでも入院してたら彼女、逃げちゃうよ」
 それを引き継いで、体温計を見ながら看護婦が言う。

「そうよ、山田さん、早く良くなって退院しなくちゃね。ラブシーンはそれまでお預けよ」
 顔を真っ赤にして、うつむいている美奈の背中を、ポンと叩きながら、あなたも頑張ってね、お幸せに。と、看護婦は再び巨体を揺すりながら病室を出ていった


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2006年12月24日

第42話/第9章 再会(その2)


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 2人の会話に割り込むように、受付の山田を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、私を呼んでいる。それじゃあ、お大事に」
「ありがとうございます。あなたもお大事に。また、お会いできると良いですね」
「それは、いやだな」
「えっ?」
 山田の拒否に、美奈は何か気に障ったのかと狼狽していると、いたずらっぽく笑いながら、山田が続ける。
「病院の中ではね。お互い元気になって、外で会えると良いですね。じゃ、そういうことで縁があったらまた」
「そうですね」
 複雑な表情で美奈は頷いた。
〈せっかく彼を忘れようとしているのに縁があったらなんて。神様の意地悪!お願い、彼を忘れさせて!〉
 立ち上がり、受付に向かう山田を目で追っている美奈。そこへ入れ替わるように、退院手続きを終えた母親が寄ってきて、怪訝そうに尋ねた。

「美奈、今の方、知っている方?」
「ううん、知らない人。私を誰かと勘違いしたみたい。胃潰瘍で手術をするみたいヨ」
「胃潰瘍で手術?まあ、お気の毒に、あの若さでねえ」
「お母さん、胃潰瘍って、そんなに大変な病気なの?」
「本当に胃潰瘍なら、大したこと無いわね。でも、最近では胃潰瘍くらいで手術はしないものよ。癌で無ければ良いけどねえ」
「そんな・・・」
 美奈の顔が青ざめた。
〈あの人が癌だなんて、そんなのイヤ〉
 女の直感であろう、母親は会ったばかりの他人だというのに、この美奈の様子に、まさかと一抹の不安を感じたが、そんな事はあり得ない、それ程親しそうには見えなかったと、直ぐに心の中でその疑念を振り払った。

 退院したものの、もし本当に山田が癌だったらどうしよう、彼に会いたい、会って癌と闘うよう励ましてあげなくては。と、美奈の心は再び山田のことでいっぱいだった。
〈神様、彼を忘れたいだなんて、あれはウソです。お願い!彼を助けて!彼に逢わせてください〉 けっこう、美奈は調子いい子だ。

 別に神様にお願いしなくとも、山田に会うチャンスはあった。美奈は通院の際、馴染みの看護婦に適当な理由を付け、入院している山田のベッドを聞いた。
 病室の前で美奈は、どう言って山田に会うか躊躇していた。ふと、背後に人の気配を感じて、顔を上げると、点滴装置を引きずって、山田が覗き込んでいた。

「あれえ、君はこの間の・・・、どうやら縁があったみたいだね」
 美奈は、冷静さを装いながらも山田を見つめながら言った。
「病院の中で残念ですね」
「いや、これが縁なら贅沢は言わないよ。そんな潤んだ瞳で見つめられると、おじさん、ドキドキしちゃうよ。どう、よってく?」

 山田は自分の病室を指さした。美奈は苦笑して頷いた。
 山田は自分の病室に向かって、点滴装置を引きずりながら、ラララ、ムジンクン、ラララ、ムジンクンとTVコマーシャルを口ずさみ、再び「どう、よってく?」と言うので、美奈もつられて答えた。
「いいねえ」

 2人は顔を見合わせて笑った。
 そこへ、看護婦が通りかかり、声を掛けた。
「あら、山田さん、お安くないわねえ」
「いや、そんなんじゃないよ」と、山田は照れている。
「そーお、あなた達、クサイわよ」
「あーあ、そりゃそうだ、たった今、トイレの帰りにナンパしたんだからな。そういえば、オシッコがこの辺にひっかかったなあ。お嬢さん、俺達クサイ訳だなあ」
 病魔に冒されながらも、山田の飄々としたところは健在だった。美奈も山田のペースに合わせた。

「そうなんです、ナンパされて、いきなり彼の部屋に誘われたんです」
「あらまあ、私になんて見向きもしないのに。でも、こんな素敵なお嬢さんなら仕方ないわね。私の負けね」
 看護婦はウインクすると、100キロはありそうな巨体を揺すりながら去っていった。




***********************どすん、どすん*****************************

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