2007年01月12日
第49話/第10章 それぞれの道(その5)
「ははは、まるで刑事ドラマみたいじゃのう。るーるー、るるる、るるる、るー。なんてな」
刑事は、そんな恵子の心を見透かしたかのように、頭を掻きながら、刑事ドラマ「7人の刑事」のテーマを口ずさんだ。
そんなドラマなんて、若い恵子は知る由もないが、このいかにも調子の狂ったスキャットに、思わず吹き出した。
この刑事、なかなかイイ味出している。
「刑事さん、ありがとう」
口から素直にこの言葉が出て、恵子自身、驚いた。老刑事は、少しほっとし、言葉を継いだ。
「いや、いや」
「刑事さん・・・、そのう・・・接見に来た理由は、それだけ?」
相変わらず、この老刑事の真意を測りかね、恵子が尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「ああ、今日きたのはなあ、実は・・・・・」
鮫島の死を伝えに来たのだった。この老刑事は、例の鮫島を捕まえようと追っていたが、なかなかしっぽを出さなかった。ところが渋谷の街中で、些細なことからケンカになり、刺されたらしい。雨降る夜にホテル街のビルの隙間にゴミと一緒に捨てられていた。
犯人は覚醒剤中毒で、この鮫島から「ヤクが欲しけりゃ、殺しでもなんでもして、金もってこい」と言われ、手っ取り早く鮫島を殺したということだった。
取り調べの時から、恵子は更正したがっており、鮫島の犠牲者であることを見抜いていたので、そのことをこの老刑事はわざわざ伝えに来たのだった。そして、今度こそ更正するようにと、励まし、帰っていった。
恵子の頬に涙が伝わった。老刑事の差し入れたおはぎは、涙の味がした。そして、鮫島の死は、初めての男との決別の知らせでもあった。
時々、芳恵と美奈が来てくれるが、恵子は会わない。いや会えなかった。
子供の頃からの仲良し3人組だったのに、今や大変な境遇の違いだ。2人とも、障害を抱えているのに人に夢と希望を与えてるではないか。それなのに五体満足な自分は、自分すら破滅に追い込みこんなところで罰を受けている。恥ずかしくて、申し訳なくて、とてもでは無いが会えない。
〈今度こそ、更正しよう。もう、こんな惨めな思いはしたくない〉
芳恵と美奈は、そんな恵子の心情を察して一通の手紙をよこした。そこには、いつまでも3人は友達であること、今度こそ立ち直って欲しい、今や五体満足であることの幸をせじっくり考えて欲しいとあった。
言われるまでもなく、考える時間は充分に用意されている。
振り返ってみれば、いつも現実から逃げて、拗ねていた。その結果がこれだ。
子供の頃は泣いたり、拗ねたりしたらそれなりの効果もあった。でもそれが許されたのは幼児の頃までだった。
女としてのランクを思い知らされたとき、見知らぬ男に躰を売って、女としての魅力を確かめたつもりでいたが、本当は気が付いていた。男達が求めていたのは若い肉体であって、恵子ではないことを。だからこそ、男達に抱かれれば抱かれるほど、心に渇きを覚えたではないか。
もし芳恵や美奈の身の上に起こったことが自分にも起こったらどうだっただろう。あんなに強くは生きてはいけない。おそらく、五体満足な人間を羨ましがり絶望的になって、ウジ虫のように一生を送ったに違いない。
いま、こうして自分と向かい合ってみると、芳恵や恵子に比べ、自分はなんと恵まれていることかと思う。かつて芳恵が言っていた90パーセントの幸せを確かに手に入れていたのだ。そのことに気が付かず、捨ててしまっていた。
2人の幼なじみとあまりに違う境遇にいるは、誰のせいでもない身から出た錆だった。
恵子はそのことに気が付いたとき、失った物のあまりの大きさに愕然とした。
幼なじみの3人は、それぞれの道を歩んでいた。
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スマン、まだつづく

