2012年10月
2012年10月31日
湊かなえ『夜行観覧車』
湊かなえと言えばデビュー作『告白』がなんといっても有名で、僕もそれしか読んだことが無かったのだけど、あれって書簡体小説のような特殊な書きっぷりの作品だし、また映画版『告白』を観た直後に読んだのでストーリー的な驚きが全く無かった（笑）こともあり、他の作品も読んでみたいものだと常々思っていた。そんな「他の作品」の個人的第1弾となったのが、この『夜行観覧車」である。読んでみてすぐ、ものすごく読みやすい文章だなぁと感心してしまった。あくまで登場人物の誰かからの視点で描かれた二人称の文体は、日常的なものの考え方に基づいた分かりやすいもので、かといって全く稚拙さは無く、しっかりした文という印象すらある。難しい文なら意外と誰にでも書ける、誰にでも読みやすい文章を書くというスキルはとても価値がある、と普段思っている身としては、この取っ付き易さは素直に尊敬できる。
あとはやっぱり、登場人物の心情表現がすごく自然で上手い。情景描写や説明なしの人物の行動等に力を割くというより、もうストレートに各キャラクターの主観でいろいろ説明してしまおう、という姿勢は『告白』でも感じられたところだけど（シナリオライター出身というのもあるのかもしれないが）、そういう姿勢に見合った丁寧な描写力がちゃんとあるのは流石だと思う。
ストーリーは、高級住宅街で起こった殺人事件を発端に、事件を起こした当人の家族や隣の家の家族がなんやかんやで変わったり変わらなかったり…というもので、次第にテーマが浮き彫りになってくるのは上手いし、クライマックスに向けて登場人物たちが集結していくという作りもなかなか盛り上がる。ただ、事件の真相と言えるものが、確かにテーマと直結してはいるもののお話的にはそれほど面白いものではなかったり、クライマックスを経ても登場人物の成長・変化がそれほど感じられなかったりと、ストーリー運び自体には若干不満もある。何しろ『告白」があんなにセンセーショナルな内容だったから、あれくらい過激なのを期待してしまっていたのかもしれない。
ただやっぱり、これは『告白』でも、今やってるドラマ『高校入試』でもビンビンに感じられたことだけど、人間のズルさ・黒さの描写からくるいたたまれなさ、みたいなものは本作でも相当にあって、これって湊かなえ作品の魅力の一つだよな、と再確認した。悪人が発するただの黒さ・ズルさではなくて、我々読者と同じ一般市民が自然に有している黒さやズルさを、湊かなえは自然な文体の中でズバリと描き出す。完璧に「良い人」など殆ど出てこない。そのリアルな黒さ・ズルさについて、自分たちにも思い当たる節があるからこそ、読み手はなんだかいたたまれない、居心地の悪い感じを受けてしまう。このいたたまれない体験がそもそも読書として楽しいのか否かは人によってそれぞれだろうが（僕は割と楽しい（笑））、湊かなえこそ出せる味であることはもう間違いがない。
というわけで、そんな特徴の数々を感得できた一冊でありました。WOWOWのドラマで話題になっている『贖罪』とかもぜひ読んでみたいと思う。あと、放送中のドラマ『高校入試』も居心地の悪さを感じつつ（笑）見てるけど、今のところ結構面白いです。あれにはぜひ、ミステリ的なカタルシスを期待したい。
2012年10月29日
クレイジーケンバンド CRAZY KEN BAND TOUR 2012-2013 ITALIAN GARDEN
行って来ましたよ！何気に初めての渋谷公会堂。ついさっきまで2階席の一番前の右の方で、一人で座ったままながら最大限ノッていたのがワタクシです。いやはや楽しかった！そもそも今回のツアーは、主に金欠が理由で見送ろうと思っていたのだけど、こないだライブDVDを整理してたら「久しぶりだしライブ行きたい」欲求が疼き出して。ちょうど、バイトで入るお金からギリギリ捻出できそうなことが判明し、また12月の神奈川県民ホールは完売だけど渋谷の2日目ならまだ余裕ありだったこともあり、エイヤっと購入してしまった次第。ほんと浪費家で困っちゃいますね。でも今回はほんと大正解だった。価値あったわー。
まあ単にライブが久々だったせいで体に染み渡った、というのが一番大きいと思うのだけど、今回は内容的にもかなりまとまってて満足度高かったんじゃないかな。ネタバレなしでぼんやりと紹介しておくと、アルバム「ITALIAN GARDEN」の曲を中心に、往年の名曲・ちょうど聴きたいと思ってたアルバム曲・リスペクトしてる他人の曲（笑）をたっぷりやってくれた。特に後半は、ライブならではの曲のオンパレードで、一緒にアクションしながらこんな贅沢でいいのかなと思ってしまったくらい。楽しかったわー。
たっぷり、とは言っても、たぶん曲数だけなら普段よりもちょっと少なめではないだろうか。というのも、間のMCがちょっと多めだったから。ただこのMCパートも進化してるなーと思って、というのもいつものユルさを保ってるように見えて、すごくテンポが良かったり、メンバーをどんどんイジッたりで、内容がかなり濃くなっていたから。僕は2階の最前だったので座ったままだったけど、1階で立ってた皆さんも、MCのおかげでいい具合に休めたのでは。このMCも含め、今回は全体的にメリハリがすごく効いてたなあと感じた。
というわけでわざわざ渋谷に行った甲斐大ありの、大満足のライブでありました。これから他会場参戦の人も期待しといていいと思いますよ。困るのは、よしこれで勉強頑張れる、という感じももちろんあるけど、それより、とにかくカラオケ行きたい！との気持ちが大高騰してること（笑）。カラオケ行きたいー。
ところで隣にいたオジさん、普段は曲終わりの拍手くらいしかしなくておとなしかったけど、リクエストコーナーの「無条件」だけやけに楽しそうに反応してたなぁ…。
2012年10月27日
映画『鍵泥棒のメソッド』
内田けんじ監督が一躍その名を知らしめた『運命じゃない人』を観たのは、確か飯田橋ギンレイホールだったと思う。２本立てのもう一つの方が目当てで、こっちは全くといって期待していなかったのだけど、観てみたらまあ面白くて。純粋な「話の面白さ」だけでここまで観客を引っ張れるのか、と非常に感激したのだった。監督の次作『アフタースクール』も大変面白く、内田監督は自分の中ですっかり「面白い邦画を作ってくれる第一人者」として位置づけられていた。そんな監督の新作、見逃すわけが無い。うだうだしてる間に公開からだいぶ日が経ってしまったけど、たっぷりの期待を込めて観に行った次第。…とっても面白かった！いやあ素晴らしい。期待通りの面白さだった。これまでで最もシンプルでストレートな筋書きながら、観客に隠された真実を上手くスパイス的に使いつつ、「興味の持続」を見事に継続しきって、最後はベリーハッピー。まさに、内田監督の最高傑作だと思う。
内田監督はとにかく脚本を煮詰めに煮詰めて、「話の面白さ」を中心に映画を作る人である思う。『運命じゃない人』では、同じ時間軸を別の視点から語りなおすという方式で、また『アフタースクール』では、観客に隠された大きな秘密を中盤で明かすことで観点の大転換をさせるという方式で、それぞれ「話の面白さ」を追求してきた。そして今回は驚くべきことに、これらのような技巧を中心に据えるのではなく、あくまでストーリーを単純に追っていくというかなりシンプルな構造になっている。これは確かに「話の面白さ」をもっともストレートに伝える手法ではあるけれど、よっぽどその話自体が面白くないと成り立たないやり方でもある。勝負に出たな、と思った。そして監督はその勝負に勝った、とも思った。
面白い、ということは、つまりは興味がそそられるということで、面白い映画というのはすなわち興味を持続させることに成功している映画である。そして本作も、この興味の持続に大いに成功している。大まかにストーリーを紹介すると、堺雅人演ずる売れない役者と、香川照之演ずる殺し屋のアイデンティティが入れ替わってしまうというもの。ミソは、堺雅人の方は意識して殺し屋を演ずるためいわゆる「成りすましもの」としての面白さがある一方で、香川照之の方は記憶喪失という設定なので「成りすましもの」とはまた違った面白さが出てくるという点だ。さらに香川照之に好意を抱いたっぽい広末涼子が絡んでくるが、これも必要以上に話を複雑化させることなく面白さを増幅するキャラで、設定的にかなり上手い。もうこの設定の時点で、それなりに興味が持続させられることはハッキリしているのだ。
ただ、こういう設定上、堺雅人は勝手に他人のお金使っちゃったりするし、香川照之は殺し屋だし、「いくら話が面白くても…この人たち犯罪犯してるでしょ？」という懸念がつい付きまとってしまうのが真面目な日本人のサガ。こうなってしまうと感情移入が妨げられ、結果興味が薄れてしまいかねない。ところが本作には、非常にうまい具合に、この余計な懸念すら取っ払う仕掛けが施されているのだ。ここが凡百のブラック・コメディとは一線を画すところで、物語が進むにつれて観客は登場人物に（特に、香川照之に）どんどん感情移入していってしまうこと請け合いだ。
で、この仕掛けにおいて、観客に隠されていたとある真実の暴露、いわゆるどんでん返しが一つ用意されているのだけど、これは『アフタースクール』のそれよりも小規模で、ちょうどいい具合の驚きという感じになっていて、すごく感心した。『アフタースクール』のあれはどんでん返しとしてはかなり秀逸だと思うけど、あまりにガラリとこちらの観点が転換されてしまうので、それまでの視点がぼやけてしまうという欠点もあったと思っているのだけど、今回のはそんな弊害もなくて、というか実は「こうであったらいいなぁ」と観ながら密かに考えていたことだったりもしたので（笑）、むしろとっても嬉しいどんでん返しなのだった。
もっと技巧的な部分について言えば、早い段階でフィクションラインを明確に設定し、あとはとにかく緻密で隙のない脚本を構築していく手腕が非常に巧み。そもそも記憶喪失ってのはかなり都合がいい設定だし、広末涼子のキャラもカワイイんだけど現実離れしていたりして、そういう意味でのリアリティはもちろん薄い。しかし作り手側が自らそこを強調して、「本作のフィクションラインはここです」と早めにしっかり宣言してくれるから親切で、あとはその世界観の中で最大限に巧みなストーリーが紡がれていくのを眺めるだけなのだ。この脚本は本当によく練られていて、この手の話でよくあるだろうツッコミをほとんど許さない。例えば、他人に成りすました堺雅人だけど、アパートの大家さん経由とかバレる要因たくさんあるのでは…？というツッコミも、ちゃんとかわす展開が織り込まれていたりする。こういうのが「ちゃんとした」脚本なんだなぁと実感。
あとはやっぱり役者陣。言うまでもなく上手い人ばっかりなんだけど、特に香川照之は実質一人二役みたいなもんで、すごく難しかったはずなのに、さすが、すらっと演じ切ってしまっている。また本作の広末涼子は他ではあんまり見ない役柄だったけど、とてもキュートな感じですごく良かったと思う。
最後にぜひ言っておきたいのが、本作の後味の良さと、それを支える暖かなテーマ性について。本作のメインの登場人物３人はそれぞれ、入れ替わり事件を通じて大切なものを手に入れることになる。すなわち各自のバックグラウンドに合わせたレベルで、成長・世界の広がりを獲得する。ここに大きなテーマ性が横たわっており、だからこそ観客はキャラクターに感情移入し、そしてラストはあそこまでハッピーで後味のよいものになるのだ。これは実は、本当にただ話運びのみで見せていた『運命じゃない人』に足りない点だと思っていて、やっぱりテーマ性があるとそれなりに作品に深みと幸福感が出ることを、本作は証明したんじゃないかと思う。
という訳で、かなりの正攻法で「話の面白さ」を存分に味あわせてくれた、傑作だったと思う。満足の★５つで！確かに見た目はかなり地味な話だし、ちょっとコア向けに見えるかもしれないけど、話の面白さは保証します。また創作関係の人には、話の作り方の参考としても、ぜひ一度見てもらいたい作品でもある。内田監督、気が早いけど、次回作も今からめっちゃ楽しみにしてます。ビッグバジェットものなんかもそろそろ良いのでは…。あ、あと、パンフは微妙に高いけど、シナリオが全部乗ってるので結構価値あり。
2012年10月25日
映画『バイオハザード�� リトリビューション』
これは正直劇場で観る気など全く無かったのだけど、懸賞で鑑賞券が当たったもので、まあ行ってみるかとふらりと2D・字幕版を観に行ってみた作品。とはいえ、実はこれまでの『バイオハザード』シリーズ（�機銑検砲砲弔い討蓮�VHSやらDVDやら劇場やらで一応全部観てはいて、ストーリーの大枠は追えていたので、新作を観るのにやぶさかではなかった。まあファンというほどではなかったし、原作ゲームもほとんどやったことがないので、テンションも期待もかなり低かったのだけど。…期待通りというか、こんなもんでしょうというか、まあ普通のアクション映画だったなあという感じ。ストーリーが不可思議というか強引なところがなんとも悲しいが、ただあの手この手で種々のアクションを見せてくれようとするサービス精神は、結構嬉しかった。
舞台はおなじみ、アンブレラ社が開発したT−ウイルスによって生物がゾンビ化してしまった世界。もともとアンブレラ社の警備担当だった主人公・アリスは数々の危機を潜り抜け、サバイバルしていく…というなんともシンプルな筋である。前作『�検戮妊▲鵐屮譽藜劼凌預亮存鎧楡澆箸覆辰討い秦イ魏鯤�したアリスだったが、その船が社の追っ手に襲われて…というところからこの『�后戮�始まる。
本作にも共通する最近のこのシリーズの弱点といえば、話がなんだか曖昧でよく分からないという部分だろう。本来はすごくシンプルなストーリーのはずで、実際話は割と一本道状態で進んでいくのだけど、登場人物の不可解な行動、納得のいかない展開などが非常に多い。別にアクション映画だからいいじゃないか、という人もいるだろうけど、アクション映画だからってある程度納得のいく筋に沿っていないと作品に浸かることができないし、特に『バイオハザード』シリーズはおバカなホラーではなくてある程度シリアスなお話だから、最低限ちゃんとしてくれないと白けてしまうのだ。
最近のシリーズで最もよく分からないのが、『�検戮任魯椒硬�存在だったウェスカーという人物。あの人はいったい何がしたいんだ。確かに動きとかはちょっと面白いけど、アリスの敵なのか味方なのか、どうにも中途半端な位置づけでとっつきにくい。
それと関連して、どうにも納得いかないのが「アリスはT−ウイルスの適合者なのでウイルスを摂取すると超人になる」という設定だ。確か『�供戮任修Δいδ郷佑砲覆辰董◆忰掘戮任眥郷優僖錙爾蚤膤萍�したのだったと思うけど、あれは凄く嫌いな設定だった。だって、超人パワーでゾンビを蹴散らしても、『バイオハザード』というコンテンツの怖かったりドキドキしたりする部分はなかなか表現できないと思いませんか。だから、『�検戮遼粗�でウェスカーがアリスの超人パワーを奪ったくだりでは、ウェスカーの行動原理自体には首をかしげっぱなしだったが、一方でアリスが一般人に戻ったのは大歓迎だった。結果『�検戞△修靴萄２鵑痢忰后戮離▲螢垢離▲�ションは一般人らしい地に足が着いたものに戻り、大変うれしかった。
それなのに…本作のラスト近くにおいて、この超人問題があまりにもあっけない形で再発してしまうのだ。これはもう、超人設定がアクションのための手段となってしまっているとしか考えられない。こういうアクションがやらせたいからアリスを超人にしたりそうしなかったりしているというわけだ。ストーリーの流れは二の次、という姿勢が透けるわけで、これは白ける。このおかげで続編があまり楽しみではなくなってしまったくらいだ。
ただ、本作を含め最近の作品は、個々のツッコミどころは数多い一方で、全体のストーリーラインはシンプルかつ分かりやすく、目的がはっきりしているので、確かに観やすい。本作も、「救出部隊と合流して施設を脱出する」というハッキリした目標が掲げられていて、話が分からなくなるなんてことは全然無かった。加えて、シリーズ旧作に登場したキャラクターが再登場したり、ベタだけど燃える少女救出シークエンスが挟まったりするのは、やはりちょっと嬉しい。
そして本シリーズのキモであるアクション描写だが、実は今回はかなり満足できた。というのも、様々な違ったジャンルのアクションをずらりと用意し、観てる方が飽きないようにちゃんと工夫されていたからだ。この点でアクション的にちょっと退屈だった『�検戮茲蠅發阿辰塙グ�象になった。施設の実験場のシーンでは、ゾンビに人が襲われるというゾンビもののお約束をしっかり見せてくれるし（ゾンビすごい足速かったけど（笑））、アリスらの戦闘シーンにしても、チェーンを使った連続タイマンの対ゾンビ戦、巨大なモンスターとの戦い、カーチェイス、軍隊ゾンビ（？）からの攻防戦、そして対人間の真剣バトル等々、非常にバラエティに富んでいる。ラストのなんだか壮大な画も、バカバカしいけど決して嫌いではない。
そんな感じで、いつもの感じでストーリー面では不満が多い一方で、アクションには結構楽しませてもらったという本作。まあ…観た後何も残らないタイプの作品だし…★３つというところでしょうか。相変わらず「なにかがこちらへ飛んでくる」描写もたっぷりあったので、3Dで観たらもっと面白いのかもしれない。次回あたりでようやく完結に向かうようだけど、また鑑賞券が当たったら次作もぜひ観に行きたいと思う（笑）。
2012年10月23日
世にも奇妙な物語'12 秋の特別編
2週間前に放送されたドラマの話をするのも今更感がものすごいが、最近はガッカリすることも多い「世にも」の中でもなかなかによくできていたんじゃないかという回だったので、「世にも」ファンとして一応感想を記しておこうと思う。放送されたエピソードの順に。１話目は大島優子主演の「心霊アプリ」。しょっぱなからガチで怖い感じの心霊もので、ストーリーは至ってシンプル。しかしスマートフォンのアプリをモチーフにしているのはいかにも今風で面白いし、アプリのアップデートによって奇妙な事態が始まるという設定も面白い。そもそも初期の「世にも」はこういう単純なプロットの心霊ものも多かったよな〜と懐かしくなりつつ、意外と堅実にしっかり作られたホラー描写に楽しませてもらった。つかみとして上々の出来ではないでしょうか。
２話目は高橋克実主演の「来世不動産」。芸人・バカリズムが原作・脚本・出演を務める本作は、実は今回の中で最も満足度が高かった作品。全然期待していなかったのに、これがすごく面白かった。なんといっても、簡単に思いつきそうで思いつかない「来世不動産」のアイデアがいい。オチも、オチへ至る過程も、とても面白く見させてもらった。またこれは演出さんの手柄かもしれないが、一歩間違えるとコントっぽくなる題材を、あくまで真剣な画作りの中でしっかりと見せることで、ちゃんと「世にも」の一編として確立させているのもさすが。バカリズムはドラえもんファンということで前から好感度が高かったが、今回更に評価が上がってしまった。
３話目は伊藤英明主演、「蛇口」。小池真理子の短編が原作で、身近な人間に死の危険が迫ると蛇口が現れるといういかにも「奇妙」なプロット。蛇口から出る赤黒い液体の気持ち悪さもなかなか良い。これも実はものすごくシンプルな筋なのだけど、やっぱりこのシンプルさが初期の「世にも」を思い起こさせてなんとも懐かしい。一部CGっぽすぎるシーンがあったのがちょっと残念か。あれはやっぱりリアルにやってくれるからこそ気持ち悪いわけで。
４話目は倉科カナ主演の「相席の恋人」。タイトルがなんだかお洒落なSF恋愛もので、早い段階からオチが見えてしまうのが残念ながら、独特のタイムスリップの描写に力が入っていて面白い等、やはり丁寧に作られている印象があって良かった。宇津井健の、貫録がありつつちょっとはしゃいだ感じの演技もGood。しかし「ふとした偶然から恋人の浮気を目撃…」って展開って、一つ前の「蛇口」でまんまありましたよね。こんな風にがっつり被ってしまうのも珍しいと言えば珍しいか。
５話目は草なぎ剛主演「ヘイトウイルス」。落合正幸監督と草なぎくんという「１３番目の客」でおなじみのコンビの作品ということで、もちろん期待度は高かったが、さすが、それなりの見ごたえがあったと思う。見るからに予算のかかったセットと草なぎくんの真剣な演技で物語に引き込まれ、これもそれなりにオチが想像ついてしまうものの、ラストの展開にはしっかり納得。残念なのは、作品のテーマ的な部分を品川徹さんの台詞でほとんど解説する形になってしまっていた点。この話、落合監督のオリジナルかとおもいきや、マンガ原作のようで、ああなるほどなあとちょっと思った。
…これら各話のクオリティがそれぞれそれなりなのに加え、ホラー、シュール、SFファンタジー、サスペンスと、ジャンル的なバランスもかなりとれていて、総じて今回の「世にも」は近年稀にみる良い後味を味わえた。ただ、よく考えたら、方向性は違うにせよ人の「死」をテーマにしたり重要な部分に取り入れていたりする作品ばっかりで、その意味では確かにちょっと偏っているかなぁとも。ま、この調子なら次回もぜひ期待したいと思う。
2012年10月21日
映画『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 〔後編〕 永遠の物語』
さて、後編である。前編に遅れること１週間で後編が公開されたが、今回はその後編公開の２日後に劇場に赴いて、TOHOシネマズの1000円デーだったこともあって、前後編を続けて観るということをしてみた。あんまり間を開けても熱意や記憶が薄れてしまうし、こんな感じで連続鑑賞するのはなかなかおススメだ。…総集編としてのつくり方に関しては、前編と同様だったと思う。ただし、「映画としての体裁」や「あえて映画館で観る意味」について若干良くなっており、また更に別の要素も良い印象を生んでいたりして、総じて前編よりも満足感は高かったんじゃないだろうか。
テレビ版をほぼそのままつなげた、という総集編の作り方は前編と変わらないし、また映画館ならではの音響・迫力、作品と対峙する感覚が味わえるというのも同様だ。だから、まあ当然だけど、前編と比べてものすごい違いがあるという訳ではない。
ただし、ちょっとした部分で前編よりも好印象が得られることが多かったのは確かだ。まずは、単純に尺を比べてみると、前編が130分で後編が110分。テレビ版の話数でいうと、前編が8話分で後編が4話分だから、計算上は前編の方が話運びがより「詰まって」いて、後編はより「余裕がある」尺になっている。これは実際に観た印象からも明らかで、後編の方が「息つく暇」がちゃんとあって、ハッキリ言って観やすい。余裕があるからなのか新規シーンも多くて、僕のような素人でも、それらが挿入されている箇所がかなりちゃんと分かった。ということは、「映画館で観る意味」もより増している、ともいえる。
また、これは多分「結果としてそうなった」ということなのだろうけど、導入部を始めとする割と平板な場面が多い前編に対し、この後編は物語のクライマックスそのものを詰め込んだような内容になっているため、盛り上がりという点では申し分ない。もちろん、前編の内容を分かったうえでの話にはなるが、謎が次々と解かれ、ラスボスとの最終決戦に突入し、そしてあの感動のラストにつながる一連の流れを連続して鑑賞するのは、やっぱりなかなか興奮ものだった。当然ながらバトルシーンが多いため、音響・迫力的にスクリーンで観る価値が高い部分も多い。
まあ、個人的にはテレビ版の最終話にあたる部分をもっともっと膨らましてくれればさらに嬉しかったなあ等の願望はもちろんある。あと、途中でテレビ版の主題歌が流れるシーンが２カ所あるのだけど、この１カ所目というのがテレビ版ではものすごく効果的に挿入される名シーン（というか名構成）なのだが、今回劇場版でも同じことを試みていて、これは確かにテレビ版を観てる人には「あの時の感動をもう一度」なんだろうけど、逆に今回初見の人に対してはちょっと不親切では？なんてことも思ってしまった。せめて画をちょっと変えるとかしたら良かったのでは。
と、体裁や映画館で観る意味が少し増しているということを書いてきたが、本作ではもう一つ、「これはやっぱり観ておかなくてはならない」というポイントが存在する。ズバリ、本編後に流れる、新作劇場版の予告編がそれだ。テレビ版のファンはこれこそを皆期待していたはずだが、当然のように流れた予告編、この内容がまた興味深くて、あんなキレイな物語に続編なんて要らないよという自分のような人でも「そうきたか…これなら続編もありうる！」と膝を打つ感じ。俄然、続編への期待が高まってしまったのだから不思議なものだ。この予告映像はもちろん本作でしか観られないわけで、どうです、やっぱり「観る価値」大きいでしょう。
というわけで、前編に比べて様々な点で満足度が増えているな、と感じられた後編だった。★４つで！邪道かもしれないけど、両方劇場で観る余裕がない人は、８話まで自宅でイッキ観してから劇場でこの後編を観るなんてやり方もアリかも。あ、あと、前編で書き忘れたけど、全て新規カットで見ごたえがあるオープニング映像は、この後編でもちゃんとまるっと観られるので、ご安心あれ。
2012年10月19日
映画『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 〔前編〕 始まりの物語』
テレビアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』は、文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門大賞を獲ったり、日本SF大賞にノミネートされたりと、非常に評価が高い作品で、僕自身もブログで「とにかく話が面白い」と、すごく褒めたことがある、大好きな作品である。そんな通称「まどマギ」が遂に映画化。とはいえ、今回公開された前編・後編はテレビアニメ版の再編集版・総集編という位置づけで、続編となる新作劇場版が公開されるのはまだまだ先だ。個人的には、再放送分もしっかり録画したし、総集編ならわざわざ観に行くこともないかな…という気分だったのだけど、もちろん興味が無いことは無くて、まどマギファンの友達から誘われたことをきっかけに、今回前・後編を一気に観に行ってみたという次第。一応映画の分け方に沿って、前編・後編と別々に感想を書いてみようと思う。…良くも悪くも、堅実な総集編に仕上がっていたと思う。いろいろ新発見や気付くことも多かった一方で、あえて映画館で観る意味というのを考えると、それはまあ「普通」かな、という感じだった。
誤解の無いよう最初に言っておくと、冒頭でも書いた通り「まどマギ」というコンテンツ自体、すなわちテレビシリーズは大傑作で、当然のように面白い。今回問題となっているのは、それを映画として総集編化した、という点なのであって、よってあくまで映画の感想記事たる本稿においては話の内容そのものではなく「映画としての体裁」「テレビシリーズを再編集したものをあえてお金を払って映画館のスクリーンで観る意味」という観点から、感想を述べてみたい。
まずは、「映画としての体裁」についてだが、これは本作に関しては、けっこう悪い。というのも、再編集版とはいえ、話の再構成等は無く、ほとんどテレビ版を話順にそのままつないだ形の総集編になっているからだ。そもそもまどマギは情報量が多い作品なので切るところがほぼ無いし、話をちゃんと伝えようとすればこういう形の堅実なつくりが正解なのだろうが、一方で映画としての盛り上がりや緩急を考えた再構成等が施されていないため、映画としての分かりやすい盛り上がりや息をつくポイントがなく、観る側としてもダラダラ感はぬぐえない。コスト的にきつかったのかもしれないが、もうちょい大胆な編集でも良かったかな、とは思う。
では、その映画的に悪い体裁に乗っかってまで、映画として本作を観ることの意味はどこにあるのか。まず、本来24分毎に区切られているテレビアニメを「連続して観る」ことの意味について考えたい。結論から言えば、まどマギは一話完結ではなく続きもののアニメなので、連続して観る価値は大いにあると思う。もちろん本放送に合わせて観て、１週間続きをワクワクして待つのもすごく楽しいのだけど、まどマギに関しては続け観・イッキ観にも十分耐えられるつくりになっている。むしろそうした方がたぶん物語にはどっぷりハマれる。
僕も今回連続してエピソードを観ることで、多くの発見を得ることができた。例えば、本作には魔法少女だけで５人出てくるが、各キャラクターの行動原理がものすごくきっちりしていることに気付かされた。つまり、「この人はなぜこういう行動をとるのか」という根拠や理由づけが実はかなり緻密につくられていることが、続けて観てみて初めて分かったのだ。『踊る大捜査線』シリーズのようにここが弱い作品もたくさんある中で、このきっちり具合はやっぱりすごい。また、これは一度テレビシリーズを観ている人の特権だけれど、俯瞰的に物語を眺められるというのも大きい。特に前編ではやはり、ほむらちゃんの謎の行動の数々の意味を分かったうえで観られるから、より感慨深くなってしまう。
しかし連続して観るというだけなら、録画した分やDVD・ブルーレイを家のテレビでイッキ観すればいい話である。それ以上の価値が劇場版にあるのか…と考えるとどうか。まずは単純に、劇場版用に新たに作られたいわゆる新規カットというものがある。これは劇場版でしか観られないのだから、当然ファンにとって価値あるものと言える。ただ、新規カットがあるからといってストーリーが変わったり膨らんだりすることはほぼ無いので、それは本当に「画」的な価値である。で、僕のようなそこまでコアじゃないファンは、正直言ってどこが新規なのかあんまり分からなかったりする（僕も変身シーンくらいしかハッキリとは気付かなかった）から、ここの価値はかなり人によるというのも確かだ。
一方、ハッキリ価値だと言える部分ももちろんあって、その一つは音響だと思う。本作、音響がものすごく凝っていて、テレパシーの描写や魔女の世界のシーンで、サラウンドを効果的に使った不思議な音響がばっちり炸裂し、映画館に来た甲斐があったなあと実感できる。これはそもそもテレビ版では絶対味わえない要素だ。また、新規カット以外の「画」の部分として、まどマギは派手なバトルシーンも多いので、単純に大きい画面で迫力があって楽しい、というのもある。そして、「映画館で観る」ことの一番の特徴として、「作品と真正面から対峙する」ということがあると常々思っているが、まどマギという作品はまさに「対峙する」価値のある内容を持っていると思うのだ。
そんな感じで、「映画としての体裁」「テレビシリーズを再編集したものをあえてお金を払って映画館のスクリーンで観る意味」との観点から良い点悪い点を挙げていくと、まあ総じて普通レベルの総集編なのかな、という感想なのだった。新規カットの価値を度外視するならば、やはり「まどマギ」というコンテンツを最も楽しむのなら、自宅のテレビでブルーレイをイッキ観するということこそ至高なのかなと思う。だから映画としては…★３つくらいか。とはいえ、まどマギを知らない層に「これ観たらまどマギがまるっと分かるよ」と勧める対象としては映画というのはかなり便利だし、同好の士と共に楽しむという体験もなかなかできないので、それなりに存在価値のある総集編であるとも、もちろん思っている。次回は後編について、また違った視点も含めて。
2012年10月17日
道尾秀介『向日葵の咲かない夏』
道尾秀介氏の作品で初めて読んだのは、ちょっと前に感想を書いた『龍神の雨』。その時に感じた印象としては、ノーマルで読みやすい文体、ストーリーの動きは小さいが描写はがっつり詳し目でもどかしさを感じる部分もある、物語的な面白さには事欠かない、等々。まあ１冊だけではなんとも言えませんな、ということで、とりあえずもう一つ読んでみようと思ってブックオフで105円だった本書を手に取ったというわけ。裏表紙によると小学生の主人公「僕」が友達の死の真相に迫る青春ミステリ、のようだが…。…これ、正直言ってしまうと個人的にはあんまり好きな作品ではなかった。文章力とか技巧的な部分に関してはやっぱり普通によくできているなあという部分も多いのだけれど、内容的にはあまりにも好き嫌いが分かれそうな感じで、個人的には嫌いの方かなあ、と。後からアマゾンのレビューを見てみても、見事に評価が分かれていてなんだか納得した。本作はいわゆる「どんでん返し」もので、そこがキモとも言えるので、なるべく内容は伏せつつ感想を書いていこうと思う。
この小説、冒頭では裏表紙からの印象の通り、小学生の主人公が友人の死亡事件に巻き込まれるという青春ミステリの体裁をとっている。ところが、ふむふむと読み進めていくうちに、「えっ？こういうジャンルの作品？」と目を疑う展開に突入する。言ってしまえば、ミステリには不似合いなファンタジックな要素が混入してきて、次第にそれが当たり前であるかのような世界観が展開される。実はここですでに若干の気持ち悪さはあったのだけど、まあこういうテイストもありなのかもな、と思って更に読んでいくと、「どんでん返し」で更に驚きの真相が提示される…という構成である。
この意外な真実が暴かれていく展開、そしてそれ自体の内容については、確かに辻褄はあっているし、小説ならではの驚きというのも存分に味わうことができる。ただし、本書に隠されたトリックというのは、ミステリとしてはもはや反則の域に達しているような気がするし、なにより内容的にものすごく好き嫌いが分かれること請け合い。個人的には、あの構成はやっぱりミステリとしてはいかがなものかと思ったし、内容もかなり「気持ち悪い」と感じてしまったのだ。ちょっと具体的に言うと、あそこまで「主観」を重要視してしまうのはミステリとしてはそんなに褒められたことではないだろうし、またああいう真相を知ってから全体を見渡すとなにかと「病んだ」「常軌を逸している」人や行動ばかり、という感じで、なんて気持ち悪い世界観や！とつい思ってしまったのである。
また、こういった真相であるがゆえに、やっぱり全体として、「話としてはかなり小さいことだけどすごく膨らまして描いてる」という感触もその通りだった。まあこちらではもどかしさは感じなかったけれど。
更に、これは『龍神の雨』の時も薄々感じてはいたのだが、やはり小学生の描写にかなり違和感があるのだ。『龍神の雨』の兄弟は、まだ結構幼いはずなのに言い回しや考え方が妙に大人びていたが、本作の主人公の小3の少年もまさにその通りで、いくらああいう真相があったとしても、もう少し年相応の行動や考え方をするというのが自然ではないのだろうか。これは例えば森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』の主人公と比べるとよく分かるが、同じ大人向け小説でもあっちでは、「大人びた言動や考えをとろうとはしているけど本質的にはやっぱりこども」という主人公が見事に表現されていた。リアリティの面でもこれは重大な点だと思うので、どうしても気になってしまう。他の作品もこうなのだったら、ちょっと道尾作品とは合わないということになるかもしれない。
というわけで、個人的にはかなり気持ち悪さの残る、ちょっとキツイ作品であった。ただ、どんでん返しそれ自体の驚きはやはりなかなかのものだし、好きな人は全然好きという作品でもあるとも思う。少なくとも、印象に残りやすい作品であることは間違いないので、気になる人は読んでみてはいかがでしょうか。ちなみに本作により道尾作品に若干抵抗を覚えてしまったが、『カラスの親指』はすでに買ってしまっているので、それはせっかくなので近いうちに読もうと思います。子供が出てこない話だといいなぁ（笑）。
2012年10月15日
映画『ボーン・レガシー』
「ボーン」シリーズと言えば、主演マット・デイモンの当たり役演技と現代のスタイリッシュなスパイ像が話題となった3部作のこと。僕も5年前の3作目『ボーン・アルティメイタム』公開に合わせてシリーズをすべてチェックし、特にその『ボーン・アルティメイタム』の出来栄えにはいたく満足させてもらった。今回の『ボーン・レガシー』は、その「ボーン」シリーズの続編かと思いきや、3部作の世界観を引き継いだいわばスピンオフ的な位置づけで、あのジェイソン・ボーンの戦いの裏側で繰り広げられていたもう一人のスパイの物語を描く、のだという。『ボーン・アルティメイタム』観てからだいぶ経つけど大丈夫かな…と心配しつつ、まあアクションは面白いんでしょ、と割とフラットな期待で観に行ってみた次第。…なかなか、楽しめた！思ったよりも「世界観の引き継ぎ」ができているじゃないかという懐かしさの一方で、3部作を全く知らなくても大いに楽しめるお話のシンプルさに驚くとともに、豪華出演陣とアツいアクションにのめり込めた。ま、確かにちょっと単純すぎやしないかという不満もよぎったのだけれど。
自分でも今の今まですっかり忘れていたのだけど、僕は5年前に観た『ボーン・アルティメイタム』の感想文で、シリーズの「お約束」について言及している。それによればその「お約束」とは、「舞台が世界各地でお洒落」「逃亡劇」「迫力のカーチェイス」「殺し屋とのタイマン対決」。実はこれらの要素、本作でもちゃんと踏襲されていて、その結果まさしく「ボーン」シリーズのテイストになっていたから驚いた。同じ世界・時間軸のお話ですよ、という以上に、ちゃんと映画の作り方からして世界観の引き継ぎができていたのだ。これこれ、こういうのが「ボーン」シリーズだった、という懐かしさが大いに味わえた。
そもそも本作は、ジェイソン・ボーンのように記憶をなくしたりはしていないにせよ、所属していた組織から狙われることとなったスパイのアーロン・クロスを主人公とした、とにかく組織から逃げる「逃亡劇」なのである。そしてその舞台は、冒頭の雪山から始まり、最終的にはフィリピンのマニラにたどり着くというから、「舞台が世界各地でお洒落」というのもその通り。アーロンもボーンに負けない身体能力を有してるから、要所要所でおなじみのスタイリッシュなアクション・体技もきちんと披露される。アーロンを演じるのは最近活躍著しいジェレミー・レナーで、マット・デイモンに通ずる親しみやすい感じがなんとも良かったのだけど、他のキャラクターについても今回は妙に豪華な顔ぶれでとても楽しめた。一緒に逃げる博士がレイチェル・ワイズで、ボス的存在がエドワード・ノートンという、主役級の大量投入なのだ。特にレイチェル・ワイズは『ハムナプトラ』シリーズ以来の可愛らしさが出ていて、魅力的だった。
「迫力のカーチェイス」もちゃんとあるのでご安心あれ。カーチェイスを含んだ緊迫のチェイスシーンは、クライマックスで怒涛のごとく長尺で披露され、その息もつかせぬ展開には圧倒される。しかもその舞台のマニラが、『ボーン・アルティメイタム』のモロッコのシーンを彷彿とさせるようなゴミゴミとした街の感じに溢れており、更にものすごく人と車が多い！この混んだ、緊密な環境の下で繰り広げられる逃走劇はなかなかに新鮮で、とてもよくできていたと思う。
更に更に、「殺し屋とのタイマン対決」のためにここで登場する組織の刺客がまたいい味出していて、ターミネーターのようなしぶとさととにかくムチャクチャをやっちゃう感じがすごい良かった。魅力的な悪役ってのはああいうのを言うのだ。彼を演じているのはルイ・オザワという日系の俳優さんで、有名なところではこないだテレビでもやってた『プレデターズ』で日本人ヤクザ役をやってた人。今回も出て来た途端、「あ、あのプレデターと日本刀で対決した人だ！」とピンときた。映画としては結構つまらなかった（失礼！）『プレデターズ』の中でピリリと締めるいい役をやっていたオザワさんだが、本作でもすごく良かったので、これからどんどん注目していきたいと思う。
というわけで、映画の構造や作り方の面ではまさに「ボーン」シリーズを継承している本作だが、お話の内容の面でも、もちろん世界観を共通にしている。とはいえ、その関連としては「ボーンが暴れている裏でこういうことがあった」という程度であって、たとえばボーンに関する重大な事実が明かされたりするわけでもないし、3部作に登場したキャラクターもちょこっと登場したりはするものの、顔見せ程度で、大して重要な行動はとらない。だから正直言って、ボーン3部作とのお話面での関連性は、実は相当薄くなっている。加えて、アーロンの物語としては「とにかく組織から逃げる」という非常にシンプルなものであるため、結果、ボーン3部作を全く知らないという人であっても、本作は一本のスパイ逃亡ものとして存分に楽しめてしまう。これはなかなか大きな決断だったと思うが、観客のすそ野を広げる、より気軽に観られるようにする、という意味では、成功だったのではないか。
ただ一方で、3部作でストーリー面の複雑さまで楽しんできた層にとっては、「ただ逃げるだけ」というシンプルなプロットはさすがに単純すぎはしないか？との不満も浮かんできてしまう。ジェイソン・ボーンは組織から逃げつつも、自分のアイデンティティを探しつつ、組織に立ち向かう等能動的な行動もとっていたし、その過程で謎が解けていくミステリ的要素も多かったが、本作のアーロンは本当にとにかく逃げるだけ。当然見やすさは向上したものの、シリーズファンとしてはシンプルゆえの物足りなさも当然出てきてしまうのだ。まあ、続編を想定した導入部なのだとすればまだ理解はできるが、それにしてもあのシンプルな筋にしては上映時間がちょっと長すぎる。ラストで例の大アクションがあるから後味は悪くないのだが、やっぱり2時間くらいに収めてほしかったところではある。
とまあ、不満もあれど、全体としては普通に楽しめるアクション・スパイものとして、そして「ボーン」シリーズの一員としても、なかなかの完成度を誇る作品に仕上がっていたのではないかと思う。期待を上回る満足感は確かに得られた。ルイ・オザワさんの熱演を買うという意味でも、ちょっと甘めの★４つで！キャラも皆いい感じなので、続編もぜひ観てみたい。
2012年10月07日
映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』
これは『THE MOVIE 3』の感想の時にも書いたかもしれないけれど、僕はかつては『踊る大捜査線』シリーズの大ファンだった。リアルタイムではなく、TSUTAYAでビデオを借りてハマったのだけど、『古畑任三郎』に続いてのめり込んだテレビドラマがこれ。刑事ものを警察組織のサラリーマン的構造から斬り込む視点が斬新だった上に、次々繰り出される笑いや小ネタもすごく楽しかった。映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』も存分に楽しませてもらって、劇場に2度足を運んだほどなのだ。当然『THE MOVIE 2』も期待していたが、大学受験生真っ只中の夏に見に行ったあの作品は、まあ楽しかったのだけど、正直期待には達していなかった。その後次々作られたスピンオフ映画もチェックし続けたが（『交渉人 真下正義』はとても面白かった）、肝心の本編に動きが無いので、当然のように熱はだんだんと冷めていって。で、忘れた頃にやってきた『THE MOVIE 3』が、全然期待してなかったにも関わらず非常に残念な出来で、これにより『踊る』シリーズは僕の中で、「シリーズを重ねるごとに劣化していく典型的なシリーズ」として刻まれることになった。なんで今更再開したんだろう、と本気で謎に思った。
そんな中で作られたこの『THE FINAL』だが、「シリーズを重ねるごとに劣化していく」とのパターン通りならばシリーズ史上最低の作品となっているはずで（笑）、かつての大ファンとしても正直ほとんど期待も興味も無かった。そこに追い打ちをかけたのが本作公開直前に放送されたテレビドラマスペシャルで、予想を超えるつまらなさになんだか悲しくさえなってきてしまった。これでは映画もまず間違いなく残念な出来に違いない。ただ、シリーズをずっと追ってきた元ファンとしては、出来はどうあれ、その最後は看取っておきたいのも確か。そんな悩ましい気持ちを抱えつつ、結局観に行ってしまった次第で。
…率直に言えば、ダメなところはやっぱりダメなまま、という部分も多かった。とはいえ、改善点も見られて総合的に『3』よりは良かったし、一応シリーズの最終章として「完結させよう」という心意気が見られるのは、確かに嬉しかったかもしれない。
『3』でガッカリだった部分はいくつもあるのだけど、作り手も分かっているのか、今回で改善されたところが結構ある。まず映画のしょっぱな、タイトルが出るところで『3』ではあのテーマ曲が流れずに残念だったところ、今回はバッチリ流してくれて一安心。また前回の「青島くんが病気！？」みたいな寒すぎる設定も回避し、すみれさんが体を壊して辞職希望、というちゃんとシリアスな設定に代わっている。『3』で突如現れた青島の新部下たちもやっとなじんできた感じだし、どうしてこんなキャラを出したのかずっと疑問だった中国人刑事・王さんも、今回はそこまで変な目立ち方はしていなかった。
王さんと言えば、本作の予告編で「お茶と間違えてビール注文しちゃいました〜」という脱力ものの事態が映ってて、そんなおバカな展開はよしてくれと本気で願っていたのだけど、あれは日本語に慣れない王さんが間違えてしまったということになっていて、ちょっと説得力が増していて良かった（あのビールの使い方自体はそんなに上手くなかったけど（笑））。『踊る』シリーズに無くてはならない笑いの要素も、ビールの話はなんだかどうでもよかったけど、まあ『3』に比べればハマる部分が多かったかな、とは思う。笑いとシリアスの配分・バランスという点でも、かつてのキレには及ばないものの、「不謹慎だろ」というツッコミが出ない程度には改善されていたのではないか。
『3』では迷走気味だったストーリーも、今回はかなり分かりやすくなってて良かった（ただその反面、話のスケールがシリーズ映画中もっともこじんまりとしてしまったのも事実だが）。
と、目に見える改善点も多く見られる一方で、やっぱりダメなところはダメなままか…とガッカリしたことも多数。これはほんとにいろいろあるのだけど、一言で言ってしまえば、シリアスな部分にもツッコミどころをたくさん残してしまっているという点だ。細部がいいかげんであることは、基本コメディである『踊る』にとっては笑いに転化できることも多いのだけれど、シリアス展開ではそれはノイズにしかならないのだ。そこのメリハリはやっぱりちゃんとすべき。今回は特にラストの展開、確かに映画的にはアツい展開かもしれないけど、あれはさすがに現実的にむちゃくちゃすぎて、ついツッコミが先に来てしまった。
あと、今回のお話、犯人が警察官なので上層部が事件をもみ消そうとする…みたいな感じになってくる。これは確かに組織としての警察という『踊る』の根本テーマに沿っているのだけど、如何せん我々はこういうテーマを最も得意とする『相棒』シリーズを何度も見てしまっているわけで、細部までキッチリ作られたあちらと比べてしまうと、いいかげんなところが多いこちらはどうしても分が悪い。ここはテーマをかち合わせるべきでは無かったのかもしれない。
とはいえ、本作から感じられる「シリーズを終わらせよう」との気概は、かつてのファンとしてはやっぱりちょっと嬉しくもあった。まず、『3』でほんのちょっとしかなかった青島・室井の邂逅シーンが、今回はぐっと増えている。立場の違う二人の交流は『踊る』シリーズのテーマの根幹でもあるから、最終章においてはなくてはならないシーンだ。また、青島と室井がドラマ版においてどういうことを最終目標においてきたのか、という点がラストでクローズアップされる展開になっており、シーンの撮り方含め本作の最後はドラマ版の冒頭と対をなす構造になっていて、ちゃんと「終わる」体をなしているのも、ニヤリとさせられた。更に、更迭されたかと思っていた雪乃さんこと水野美紀や、かつてのお偉いさん方などが出演してくれていたのも、やっぱり元ファンとしては嬉しいのだ。
そんな感じで、満足の出来だとは到底思えないものの、前作『3』よりはなんとか良くなっているし、一応シリーズの締めの体裁は整っている、という印象なのでした。★３つ、かな〜。『2』でやめとけばよかったのにとの思いは未だにあるけれども、回を追うごとに悪くなるというジンクスはなんとか止められたということで、ちょっと嬉しかったのは確か。ただもう、これでほんとうに最後にしといたほうがいいのも、確かですね、うん。あと、サブタイトルはやっぱり良くないと思う（笑）。
