November 03, 2016

EVE小説計画「Red Moon Rising」#13


EVE ONLINE小説計画
「Red Moon Rising」

第十三 最終話



空が、好きだった。陸の上にあり宇宙へは届かぬこの狭間、彼方へ続く大空を飛ぶこの時が。今や星の向こうへ飛び立つ人々が、ただ通過する空間でしかないそれが。
沈む陽の赤と一秒ごとに深まる藍に包まれ、人の手が届かぬその空間を自在に駆ける事を、いつからか自覚できないほどに、ずっと夢見ていた。足下の大地にはもはや夜闇が立ち込め、行き先を誘う真赤いこの陽は没しているだろう。夕闇の境目を飛ぶ我々だけが輝き照らされ、風防が通した熱はヘルメットに覆われた顔へ、柔らかに達していた。
 「こんな、景色って言うのも」
願いを叶えた男の背後、その野望を制した女が一人、ぽそりと呟いた。
 「そんなに、悪くないですね」
 「ああ」
短い返答。論争に負けた者として身を弁え、寡黙に操縦桿を握る。
 「望さん」
この手で間違いをした、だが人としてその名で呼ばれている限り、役目を果たす機会は失われていないのだと思う、それは自らの傲慢かも知れず、そうであれ構う事はない。
 「神様って、いると思いますか」
 「いるよ」
即答。応える後席の声色は、僅かばかりの驚きを滲ませている。
 「意外ですね?」
 「そうかね。けどな、それはどこぞの信者が奉ったような全知全能の創造主じゃない。だがこの世界や人の意識が物質だけで作られていると言うのは少し、面白くなくてな、俺らには知覚できない意志みたいなものがあるかも知れんと思う。しかしそんなには出来の良いもんじゃない、凄いものには違いないんだろうがひどく仕事が雑だ、だいぶん適当な性格をしてるな。何と言うか、上手く言えないが……」
僅かな沈黙。会話を造する思考がもつれ、地平線へ向けていた目は星のない空を泳ぐ。
 「俺みたいな奴なんじゃないか」
 「なら。きっと、そんな酷い結末には、なりませんよ」
少し微笑んだような言葉に、答えを得た。そうかね、と相槌を返して先刻の問答を、戦う動機を否定された会話を連想する。人間ではないと、あれ程の事を言っておきながらどうしてそのような結論を得られたのかと、僅かな疑問によって。

 「私も、点数のために戦うのが間違いだとは言いませんよ。悲しい、とは思いますけれど、パイロットの人達が能力を示すものとして見るのなら、そう言うものなんでしょう」
思考を見透かしたような物言いに、この女は本当に心を読んでいるのではないかと、穏やかな驚愕を伴って実感する。反応を返せはしないこちらを意に介さずまま論を続け、その声色に僅かな青みが乗っていた、それは戦い没した人々を憐れむかのような。
 「けれど。こういった場で戦う人の多くは、弱い者いじめをしたがり過ぎてしまいます。そんな事で倒した人を踏んで笑って、自分が強いと思い込むような事は、どこであっても間違いだと言い続けなければいけません。人が人でいるために、これは変わらないと思います」
 「ああ。戦いと言うのは何処に行っても、残虐性とは切り離せない。PvPを志す人間は数あれど、本当に点数のためだけに戦い、虐殺をしたいがためではないと胸を張れる者はあまりにも少ない。俺はそれに呑まれ、こうなった。持った能力を証明するための戦いに間違いはないが、本当に戦いを戦いらしくやるには、武器を持った人間と言うのは殺しを、楽しみにし過ぎる」
両の手に流れる熱を感じながら、同じ色の光に目を染める。
 「今。俺は、理由を持って戦える。これは多分、幸福な事だ」
穏やかに佇む女を背後に、長くはない沈黙の訪れ。今まさに沈みゆこうとしている夕日は時を忘れたように留まり、風を切って進む機体を照らし続けている。日没を許せず、夜の闇に身を委ねるまいと突き進み、それは人類全ての歴史上、必ず死を迎える人間が手段を問わずに足掻き、没するその瞬間から這い出そうとしたさまと同じく。

 「……前に務めてた会社から、すぐに連絡が来ましたよ。恫喝しながら私の身元を探ってる危ないのがいるって」
突拍子もない話に、飛ぶ先を真っ直ぐに見る、その眉間に皺を寄せてしまう。
 「もう少しはやり方を知っているかと思いましたけど、ひどいごり押しで笑っちゃいましたよ。ひと一人の素性を探る方法なんて、考えればいくらでもあるでしょうに」
 「感付かれる訳には行かなかったからな、俺なりのやり方だったんだよ」
 「会社と役所の受付を脅す事がですか?」
 「やり方なんざ知らなかった」
 「その背中を蹴っ飛ばしておいて何ですけど、そんな人がこんなものに乗って、どこまで頑張ってくれるんでしょうね?」
一蹴するようにして、はっと大きく笑う。女が僅かに驚いた事を息遣いで察し、沸き出した武者震いを抑えて操縦桿を握り直していた。
 「確かに俺は欠陥品かも知らんがな、この機体は本物だぞ、紛うことなき一級品だ。ガワだけ似せたデッドコピーなんざじゃ断じてねえ、システム面で細かく注文した箇所までパーフェクトに揃えてやがる。取り引きを持ちかけて来た奴らは最初っからこの襲撃が目的で、俺に疑われるのを避けるためにモノだけは本物を揃えたらしい。前に、他国の戦闘機がいかに特化し優れた戦力であるかを説いた事があったな。あの時はそれぞれに華を持たせたが、カルダリが運用するこの機体は器用貧乏でこそあれ、総合性能は文句なしの一番だ、ダントツでな。対艦ミサイルや電子戦ポッドなど余計な装備を抱えた機体が制空戦闘をこなし、終えたその足で補給もなしに対艦攻撃などの他任務に向かえるなんざ冗談、この機体と訓練された俺達だけが実現できる職人芸だ。下ではこの一機で何が出来ると怒ったが、実際のところ勝率はゼロじゃないぞ。限りなく低くはあるがな」
 「大した自信ですね。それじゃあ、聞かせて貰いましょうか」
 「ああ。まず最も重要な点として奴ら、俺がこの機で飛んでる事を想定してない。襲撃の最初に家を空爆したろ、あれは俺の殺傷を目的にしたのは勿論だが――」
 「ええ。望さんの装備という装備に山ほど付けられてた位置情報発信機、全部そこに集めておきましたから」
話の腰を折られ、顎と舌が硬直。魔女の一撃とはこう言うものかと、額の冷や汗をヘルメットの空調が散らした。
 「とにかく、あれはこの機体の破壊も目的としたものだ、実際にそこにはなかったがな。生身の俺を家ごと壊すだけであれば無誘導爆弾をああもばら撒きはしない、これを踏まえて考えると、自宅の所在を隠すのには失敗したが、基地の隠匿には成功している。奴ら生身の俺を捨て置いたまま作戦を次のフェーズに移行したろ、機体の破壊は成功し何の脅威でもなくなった一個人を追い続ける理由はないと判断したんだ、この状況は第一に必要な鍵だ」
 「そうですか?」
 「間違いない。地下基地の建設に際し、街の中小企業を十いくつだか買い上げて偽装に偽装を重ねたのは上手く行ってる。ダミー情報にした軌道ステーションの個人ハンガーは探りを入れられた形跡のみ確認した、そして二重ダミーのありもしない自宅地下の情報に食いついたんだ、その先には辿り着いてない」
 「企業買い上げって……あの基地もそうとうでしたし、これに乗りたいがために一体いくらかけたんです?」
 「3bil、ぐらい」
 「ばかだ」
 「機体本体価格を除く。借金の注ぎ込みを察された時はほんとどうしようかと思った」
 「過ぎた話としか言えないので、そう言う事にしておきます。それで、作戦はあるんですか」
 「考えてある、少しは」
 「私は、ただ見てればいいんですか?」
 「そうだ」
一拍の後にふふっと、迦陵は澄んだ声で笑う。
 「何がおかしい」
 「なんでも、ありませんよ」
 「知らんが、アビオニクスの基本操作さえまだ把握出来てないんだろ、お前が普及規格のインプラントを持っててよかったが、スキルトレーニングが進むまで警告表示ひとつ読み取れんだろう。だいたいお前さっきから人の間違いに付け込んでるがな、お前だって道案内にミスがあったろ。路地から出たと思ったら敵に――」
 「右ですよ」
 「何だって?」
 「私、右に曲がるって言いました。なのにあなたわざわざ拳銃持ち替えて安全確認して、左へ行くんですもの。大変でしたよ、ビルに降りてきた敵さん15人ぐらいからの弾がいっぱい飛んでくる中で逃げながら、どばどば血ぃ出して死にかけてるそっちを援護するのは」
しばし、呼吸を亡くしてから深く大きいため息をつき、重さで機体が前のめりに傾く気さえしていた。結局のところ終始として激情に身を任せ、合理的な思考を欠片ほども示さずに突っ走ったのだ。そうして招いた自らの失態をいかにして払拭したものか、その方法は知っている。教えられた。
 「あの敵艦を沈め、詫びと代える」
 「出来ますか?」
 「やる。お前はどうなんだ、特等席から声援を送る以外に何か出来ればいいが」
 「邪魔にはなりませんよ、たぶんですけれど。それで、お目当てまでに戦闘機に会ったらどうするんですか」
 「間違いなく巡りあうよ」
短く返答し、右方のコンソールでセンサー画面を操作、確認。噂をしたその影はいまだ現れていない。
 「味方のフリをする」
さらりと吐いた無理難題への乾いた笑いもなく、スピーカーを通る呆れた吐息。
 「やり方がせこいですよね、ずっと」
 「卑怯だと思うのは、ルールを理解してないからだ」
 「それは、誰の受け売りですか?」
 「時差ボケ」
 「助けに来てくれる友達がいれば、こうもならなかったんでしょうけれど。作戦の、それが出来るんですか」
 「可能だ。敵の部隊編成、運用機体、搭載武装から推察して奴ら、基幹システムには海軍開発のものから派生した第三世代モデルの方面駐留部隊現地応急改良型を使ってる。街から見上げた限り敵は三機一隊だったがこれは古い運用体制であり、軍は現在では五機一隊に再編している。しかし敵の機体そのものは特徴からして再編後に流出したものだ、指揮系統から考えると内部のシステムは再編前に使われてたものを入れていると見て間違いなく、こっちも同じのを積んでる、機体自体は最新鋭だがな。そしてこれを敵は知らない、ならば騙すのは無理じゃない」
 「言ってる事あんまりわかりませんけど、こっちまで古いシステムを入れたって、どうしてです?」
 「これは、俺が乗ってた世代のだ」
僅かな沈黙。それは薄い驚きのようでも、互い覚悟を決めた瞬間のようでもあった。
 「あいつらと俺は、同じだ」
自身の亡霊と戦うような気分だと、そんな事を思いはしない。自我はここに存在し、戦いに向かっている。
 「じき敵編隊と接触するだろう。惑星外への通信が遮断されるほどのジャミング下だ、リスクのでかい相互光学通信か、そのシステムに搭載された原始的な信号を除いてまともな交信は行えない、敵味方の識別を含めてな。惑星各所の通信施設を潰すために敵機は多少なりとも散ってる筈だ、これらの状況下で、共通した信号を発するこちらを問答無用で撃つ可能性は低い。そして近距離まで接近出来れば、勝機はある」
迦陵は納得し、理解したのだろう。しかしこれは幾重にも迫る課題の一難でしかない、作戦のあらましを伝える口は続けて動く。
 「その一編隊さえどうにかすれば、軍の反撃もあってこっちに構っていられる数はないはずだ。後は抗戦中であろう軍の基地が持ちこたえられる程度の対地支援攻撃を行い、問題はFalconのようなあの敵艦、本命への攻撃だ。あの艦がどれほどの耐久性と近接防御火器を持っているか不明だが、一機の火力で削り殺すのはかなり厳しい。しかし全弾EM弾頭で揃えた巡航ミサイルの一斉発射でシールドを吹き飛ばし、耐えられたとしても対物砲で削れる。とにかくその心配もないぐらい対艦ミサイルのEM属性攻撃は絶大だ、レジスト値がないあの相手にはなおさらな。シールドさえ剥がせば設備を損傷させ、撃沈せずともジャミングそのものの停止は可能だろう。それで勝ちだ」
 「望さん」
 「ああ」
明確な道程は示した、それは決して高いと言えるような勝率に導かれるものではない、今までに立案し遂行を繰り返した作戦に比べれば。
それらを忘却の彼方へ捨て去り、地平に欠けて細まる陽光のごとく、かすかに差し込む可能性を信じて飛ぶ。命を賭して護るに値する自らの尊厳を、緑の惑星を、住まう人々を。
 「Guristasの弱点属性、Kinetic/Thermalですけど」

操縦桿から、ふらりと持ち上げた手。目を覆い、一つ息をつく。
 「ヤベー、素で間違えた」
 「……馬鹿、ああもう馬鹿、ここにきて勘違いって何ですか、くさりおちろ、稼ぎぶちもないくせにミッションの一つろくにやらないからこんな事になるんですよ!ばーかー!!」
 「うるせー!うるせー!!ああそうだあいつ実はカプセルパイロットでFalconを脱法改造して持ってきたのかも知れないなー!」
 「相手がカプセラってもっと最悪じゃないですか!最後の最後までPvPできるんならさぞご満足でしょうよ!」
 「あー絶対そうだ間違いない!いやー良かった機転が効いて!」
 「うわー!乗るんじゃなかった!乗るんじゃなかった!!狙撃装備で地上から敵戦力スポットしますとか適当なこと言っておけばよかった!うわー!!」
 「ただ見てるほど臆病じゃないって言ったよなお前なあ!立場わかってんなら出来る事やれよお前機体の計器一つ読み取れねーんじゃねーか騒ぐんじゃねーよお前コラァー!」
 「これ脱出装置とかあるんでしょう!?あなたひとり残って勝手に死んで下さいよ私だって……あ!」
便所ほどの空間で暴れる大人が二人、でたらめに揺れる機体が水平と静寂を戻す。
 「え、なんですかこれ。なんかこのおっきな球の中で、赤のぽっちが緑のぽっちに近づいてんですけど」
 「あ!?」
スロットルレバー表面のキーを操作、センサーの制御を喚び出しボアサイトを調整、満遍なく周囲を探る手の方向を限定して距離を伸ばす。そこには黄色い光点が三つ、詰めた間隔でV字を描いている。左手の奥方から右手側へ抜けつつある、その進路と相対速度および高低差が表示されていた。
 「敵だ」
喉から抜けるような声で、短く言い放つ。だが息を呑むとはこう言ったものなのだろうと、操縦席に座した二人に重いものが詰まって満ちた。
 「状況開始だな。敵は3、反応強度と巡航速度からして家を爆撃したあいつらか、少なくとも同機種と見て間違いない」
 「勝てる、んですか」
隠せぬほどに震えた女の声。右方へ抜ける進路を取っていた三つの光点は方向を変え、真っ直ぐこちらへ頭を向けた、この機を捕捉したのだろう。僅かにこちらの察知が早かった点から、やはり機体のシステムは予想通りのものを搭載しているだろうと確信する。敵は間隔を保っており散開しようとする様子はない。その高低差を示す色彩が青から黄色へ、絵の具を垂らした水のように変幻。
 「上昇した……やる気か。3対1で殴り合えるかと言う意味なら、無理だ。即言できる」
センサーの振れ幅を調整、捕捉したそれを継続追跡するよう設定し、探知波を検出されぬよう出力を少し落とす。巡航速度から増速する様子はない、まだ敵だと断定されてはいない。
 「だが味方だと誤認させて目視距離まで接近すればやりようはある、短射程高火力の一斉射撃で何機か撃墜か損傷させられればな、このために調整したんだ。ミニマムモードを切って自爆覚悟で撃つ第四世代型短距離GSAAM、20発の一斉発射と対空散弾の追い焚き付き、避けられるもんなら避けてみやがれってんだ。俺達ゃケンカ弱えから――」
 「いや勝てるかってその辺りひっくるめて聞いてんですよなに格好付けてんですか馬鹿じゃないですかあなた」
もはや狼狽した声に眉をひそめ、しかし僅かに緊張が解けたような感覚にひとつまみの安堵を得ながら、再びキーを操作する。
 「初撃で1機墜とせれば御の字、残りのどっちかも損傷まで持って行きたい所だ。もし敵の全てが健在、かつ2機以上に中破がなければその時点で負けが確定する。勝てるかどうか確率で言えばまあ、三割と言った所か」
探知されぬようアクティブモードにてミサイルのシーカーを開放、火器管制を通してそれぞれの攻撃目標を設定する、先頭の1機に16発、左右のそれぞれに2発ずつ。ウエポンベイに装填した4発の推進器を作動させずに射出し、次弾の装填と同時に着火させる事によって発射数を増加させられるが、射出そのものを感知され回避行動を取られる可能性が捨てられない、欲は抑えておく。主翼下に吊り提げたミサイルも機体からの切り離しによって発射を察知されぬよう、ラックに接触したままロケットモーターが作動するよう書き換え。全弾を1機に集中させないのは混乱を誘うためだが、火力の分散について不安が拭えない、削り切れない事も考えられる。ミサイルの推進剤を火力の一部として利用するため、可能な限り距離を詰めるべきだろう。
現在の進路を保つものとして2基の対物砲を照準、こちらは編隊両翼の2機をそれぞれ狙い、砲弾内部の散弾が前方と先頭の敵機へ向くよう調整する。砲弾が敵機に近付いた時点で爆発する機能である近接信管を切って直撃を狙いたくはあるが、ミサイルに先立って撃つのであればまだしも同時着発させねばならず、賭けが過ぎる。
敵は変わらず接近。万全を期したと身構える傍らに過去の作戦を思い返し、実際に戦うその前の前より前、ずっと前から物事に備えておく手間が如何ほどに重要なものであったかを痛感していた、全てを欠いたこの今に。勝てる戦いだけを拾う、と、一般の見識からすれば決して格好の良いものではない、自身でさえ幾度と疑問を呈したその姿勢がいかに正しく、そして悪あがきに気休めを重ねる現状がどれほど絶望的であるかを、かみそりで全身を撫でられるかのように感じていた。

 「時合いだ、始める」
まるで存在を消したように背後からの生気は感じられず、両の腕は忙しく動き始める。
 「単信号定形通信を開始。< Friendly> < Regroup>タグを繰り返し送信、5秒おき定間隔にて反復。現速度、高度、方角を維持、距離4000で攻撃する。EW準備、安全装置を解除、マスターアームオン」
味方だと言い張るそのための本懐、現代では陳腐化した形式での通信を開始する、センサーが捉え続けている敵機の様子に変化はない。間もなく火器管制が標的を捕捉、正面のヘッドアップディスプレイにバツ印のターゲットカーソルが三つ表示され、捕捉範囲を示す円の左下に攻撃照準波を投射していない迄が赤色で警告されている。
 「交戦に備えろ」
瞬間ごとに距離を詰める敵を待ち、隙間を生じた思考が、あの編隊長が俺であればどうする、と唱えていた。既に撃っているだろう。ひとつの不明機を前にしてそれが味方である可能性と、僅かにでも作戦に想定外を許すリスクとを秤にかけて迷わず選択し、敵ではないかも知れないその機を撃って潰す。
エンゲージ、と、かつて人を率いて発した語は戦闘開始の言であると同時に、勝利宣言でなければならなかった。それは常に持ち得る智謀の限りを刻んで捏ね上げたものであり、運気に付け入られる余地があってはならなかった。
 「目標近付く。距離20000」
今は違う、運が全てだ。投じられる限りの知識は、まるで不足なままひと欠片も残さず投げ打った。
 「16000。信号の送信を継続、応答なし」
時間が歪んで流れている。一秒が一日のように感じられ、十秒が一瞬として去って消える。神経が尖りに尖っているのだ、この感覚に陥った時は、必ず全力を発揮できた。
 「12000」
スイッチに指を添えながら、同じだ、と強く思う。漂う艦の内で見知らぬ船と向かい合い、距離を詰めるそれが赤く色を変える瞬間を待ったあの時と。それでいて立場は間逆だ、こちらは単独であり大勢と見合っている。数に勝る彼らが慢心し、仮に間違いがあったとしても損害を及ぼすものではないと高をくくっている事を、ただ祈る。
 「8000。照準装置に――」
全身を割って砕くような、けたたましい警報が響いた。眼前全ての表記が赤く色を変えて危機が迫っていると絶叫。攻撃照準波を探知、被攻撃下にあると。

終わった、と思った。三機からの一斉射撃に引き裂かれると。そうしてリアクターの臨界に飲まれる前に足掻いて全弾を発射すべく、震えるように指のスイッチを探る。
手の動きと異なり、目が意識しない所を見ていた。並んだパネルの右、敵の位置情報を表示するセンサー画面を。そこに飛来するミサイルの光点はない、この警報はロックされた事のみを知らせている。
全身を包む、赤色の光に閃いていた、これは合図だと。対象を判別し切れない場合における最終措置ではないか、と。彼らもこちらと同様に迷っているのだ、まだ何も終わってなどいない。距離4000。
 「エンゲージ!!!」
火器管制を開放、全弾発射。機体が霧散したかの如くミサイルの硝煙を吹き出し、一拍の後にトリガーを浅く引いて対物砲を作動、発射炎の閃光と強烈な反動が機体を叩く。
ミサイルの着弾寸前に敵機は散開、散れぬまま爆発に呑まれ、ほぼ同時に対物砲弾が炸裂。先頭の一機が機体の前半分を吹き飛ばされたさまを確実に認め、ガンコントロールをトリガーへ。シールドを失った右の機に照準し半秒の掃射、システムの表記を無視して目視で命中弾を認める、黒い装甲板の上で跳ねる徹甲弾の粒を目へ焼き付ける。振れた機首を戻して交差しマックスアフターバーナー、一直線に距離を取る。後部センサーで敵機の動きを確認、無傷の機はこちらを捉えようと旋回の体勢に入り、もう一機も続こうとしているが見るからに鈍い、中破を判定。
 「撃墜1、損傷1、行けるぞ!」
出力を保ったままごく緩やかに旋回。空戦の、特に大気圏内でのそれにおいて速度は命だ、慌てふためいて半円を回っている敵はそれを大きく失った。こちらも旋回をかけて追い打ちを狙う手も考えはしたが撃墜に漕ぎ着ける確証がない、距離を詰められて数敵不利のまま格闘する事だけは避けなくてはならない。全速にて距離を稼ぎ、敵の挙動に不備があればそれを突けるよう機体を傾け、ごくごく浅い旋回を維持する。
再度の警報が耳を刺し、直進へと切り替え。後方のセンサーが敵機と別に接近する光点を7つ知らせている、敵がミサイルを発射した。現速度であれば余裕はあると確信してアフターバーナーを切る、通常推力へ。迫るミサイルのうち1つが脱落して消失し、中破の敵はウエポンベイに被害を受けたのだと悟る。損傷を受けたミサイルを確認もなしに発射したのだ、彼は焦っている。
カウンターメジャーを用意、ウエポンベイの左に短距離ミサイルを、右に中距離型を装填、各2発。敵弾近付く、着弾まで5秒。残3秒の時点でパワーカット、制動スラスターを作動し機体を急反転させて後ろを向き、命である速度を犠牲に振り返る。迫る6本の白煙を認め、回避率を高めるため短距離ミサイルを射出、推進器未作動、時限信管。後進する視界を埋めたその爆発と同時におとりを射出し、標的を正直に追って爆風に目を眩ませた敵弾の3つが行き場を失って四散。残る3発が欺瞞を看破し、同じ数の爆発が機体を歪めた。
 「うわあ!うわあー!!」
 「これからだぞ!」
敵弾のいくらかが僅かに早く爆発したのは幸いだった、シールド強度6割に低下。その表記を認めるより早く中距離ミサイルを発射、損傷した敵機へとどめを刺すべく撃つ。次弾は短距離ミサイルが有効であるか判断が巡った一瞬、立ちこめるミサイルの爆炎を突き抜け吹き飛ばすように、敵がひとつ襲い来ていた。
 「速い!」
制動スラスターを強噴射、右を蹴る。機体が弾かれたように左へ跳ね、掃射された機銃弾の前半を回避、かわし切れぬ後半がシールドを4割にまで削った。背後へ過ぎた敵を無視して攻撃の継続を狙い、叶わず緊急回避、急反転をかけた敵機の再攻撃を辛うじてかわす。
 「まずい、速度を使いすぎた!」
操縦桿を強く押して下へ向き、この高空からは霞んで見えぬ地表を目指すようにして走る。背後の敵機は速度を殺し切らないままに旋回を始めていた、いまだ無傷であるこれの相手をしなければならないらしい。先程に放った中距離ミサイルが命中したかどうかも定かではなく、損傷した敵機へのとどめを、喉から手が出るほどに欲するこれを餌として使われてはならない。
 「迦陵!反重力制御を切れ、高度を捨てて速度を稼ぐ!」
 「なんですか、なんで私呼ばれたんですか!?」
距離こそ引き離す事に成功はしたが、分断されていた二つの敵は合流を果たしてこの背中を追っていた、そして雨あられと機銃弾が降り注ぐ。操縦桿を時に大きく、時に細かに切って不規則な回避機動を継続、射線の観測に手一杯でコンソールを操作している余裕がない。
 「正面のパネル!右から二番目を二回、左!」
 「あああもう!」
2割を切ろうとしているシールドに顔を引き攣らせ、なお襲う敵弾を恐れる。そして背後で悲鳴を上げていた女はただ恐れているだけでなかった、反重力制御の操作画面が正面左に映り、すかさず承認。
 「慣性漏れるぞ、舌を噛むなよ!」
そう言い放って後頭部を強く後ろへ押し付けると同時、機体が傘のような白い衝撃波を纏い、全身が座席へと重く沈み込んでいた。ぐう、と悶絶するかのように呻いた背後を案じつつ、これまで感じる事のなかった身体の重さに息を詰まらせながら歯を食いしばり、機体重量を惑星の引力に乗せてより速く落ちる。視界左上に表示されている敵機の映像より、彼らも同様に白雲を切り裂いて増速を始めた迄を認める、こちらが格闘戦を避けようと足掻いているのを深く承知しているのだろう。
しかし、大きな重荷であった対物砲と対艦ミサイルにこの時ばかりは感謝していた、重量がある分速度が稼げるのだ。この身を削り続けていた機銃の最適射程から脱して距離を稼ぎつつある、その数値が膨らみさえすれば反撃の機会はこの手に戻る。そうして湖上の氷のように薄く見出した希望を、コックピット内に反響した警報が叩き割った。
 「まだ残してたのか!?」
後方よりミサイルが接近、数は6。回避機動を取らずに着弾まで2秒を数えて囮の全てを射出、背後で巻き起こった爆発の光が風防を照らし、それは同じくして全身を圧し潰した。
 「ああああああ……あ!!」
 「うるせえー!!」
撹乱材を抜けた2発を被弾、シールドをロスト。辛うじて損傷はないが身ぐるみを剥がれたも同然だ、抱えた対物砲や対艦ミサイルに掠りでもすれば誘爆を起こす可能性がある、そうなれば薄い装甲など何の気休めともならない。そして距離を離しながらも敵の機銃を恐れた時、より大きな恐怖が色彩を塗り潰した。
 「ミサイルアラート!?」
更に敵弾が接近、数は8。この目を欺く囮はもう残していない、縋りうる唯一の手段は機載のECMポッドを切り離し、ミサイルの至近で作動させる事による強引な撹乱だ。だがこれは艦のそれがそうであったように属性を合わせなければ効果が得られない、敵ミサイルのセンサー属性を分析している余裕は、いまだ放たれている銃弾を回避している今、有している筈もない。こうなれば着弾までの間に急反転をかけて攻撃し、せめて刺し違えるべきかと思う。俺が俺として戦った意味はそれであれ証明されるだろうかと、握る手に力を込めた。

 「敵センサー!ミサイル、機体照準ともにLader!」
全身がガラスのように固化、半秒をそうして過ごす。
 「機載ECM、敵機へ短照射二発!直後にバーストモードで切り離し、回避タイミングを合わせて下さい!」
回避機動を停止、せわしなく揺らいでいた風景が一息ほどのあいだ静止し、背後より注がれる白い射線が振られた鞭のように迫る。
 「ECMバースト、……ブレイク、ナウ!」
機体に全力を預けて左へ跳び、引き剥がすようにして強引に反転。上の敵機へ向いた視界、その目と鼻の先に迫ったミサイルと、目が合った。三重の円に形作られたミサイルの目、シーカーと見つめ合い、今まさに爆発すると思われたそれは疑いもしないように、機体を掠めて通り抜けた。残されたミサイルガスの向こう、唖然としたように銃撃を止めた黒い点と、それを囲むカーソルが二つ。
目標照準、対物砲をガンコントロールに直結。
 「当たれ!!!」
トリガーを引く、発射。猛烈な反動に押されて軋む空へ黄金色が飛び、右の敵機へ直撃。損傷しながらもシールドを回復させていたそれを一撃で、まるで最初から存在していなかったように砕き去った。青い爆発に幾万もの破片がきらめいて舞い、乱反射する夕日に再照準。それを感知したか、残る一機は右へ左へ機動して後方へ消え、これを全速にて追う。
 「あと一機、あと一機だ!」
数的劣勢を覆した、真正面からの一対一へ状況を移す。差し迫った圧倒的不利は払拭されたのだ、だが互いに背後を追う二つの機体は激しい巴戦を、夕空に幾重ものらせんを描きながらドッグファイトを開始していた。絶対に陥ってはならない、と自身に言い聞かせたそれは望むべき状況にこそないが、同数に持ち込んだこの今であれば有利に押し進められる可能性はある。ほんの数秒前まではそうではなかった、この頭脳がただ独り考えあぐねていたのであれば為す術もなく敗北しただろう。今は違う。
 「迦陵、コンソールが読めるか!?」
 「スキルトレーニング完了、表示の意味がわかるようになりました!よく出来てるじゃないですか、これ」
 「4番でシールド管理、旋回率と降下速度から空気抵抗値を最適化しろ!感想は後だ!」
 「もう開いてます、電力消費最大の対応パターンに設定しますよ! それと左エンジンに6パーセントの推力減退を検知、被弾による損傷と推定、稼働流路を予備に切り替え!」
 「段階的にやれ、失速するぞ!」
 「わかってます!」
後席のフライトオフィサが状況に合わせて機動を調整する、これは敵にない大きな優位性だ。それは複数の武装と言う重石を背負っている事実さえプラスに変換してしまう程であり、他の装備もなく多くのミサイルを撃ち放した敵機は軽さから思うように風に乗れず、旋回のペースは見るからに劣っている。
見出した勝機はそれに留まらない、彼ら宇宙海賊を名乗る不届き者が、一体どこで大気圏内の曲芸飛行を訓練出来たと言うのか。そんな事は不可能だ、実機にて大気圏を飛行する事など一度たりともある訳がなく、全て仮想現実内での安全な訓練による付け焼き刃でしかない。
電子情報技術が高度化した現代においてもなお、それと実機での飛行とでは乗員の練度へ天と地ほどの差を産む。既に正面へと捉え始めた敵は仮説を裏付けるように、減速のリスクが大きい急反転を行おうとはしない。対気速度が機体へ与える力をリアルタイムで演算する能力と、風を読む勘の双方を欠いていると重々に弁えているのだ、そうまで分の悪い賭けに出る度胸はないと物語っている。
しかし、と。一切の震えを許さず操縦桿を握る手に、汗が滲む気がしていた。
 「上手い、こいつ上手いぞ!めちゃくちゃ上手い、とんでもねえ!」
それだけの状況にありながらなお、敵は懸命に対処を行っていたのだ。三機のうちこの一機が最後まで、それに加えて無傷で残っていただけの事はある。こちらの予測通りであれば既に射撃へ移れている筈であり、それを回避し最善を尽くしている姿に感嘆していた。
ゆえに今、無碍にミサイルを撃つべきではないと判断。敵を正面に捉えず発射するそれは大きく命中率を落とすのだ、最悪のところ発射と同時に反転をかけられて爆風に巻き込まれる可能性がある、追い込んだ獲物へ伸ばす手は慎重でなければならない。
敵機、射界まで3秒。サイドスティックのトリガーを強く意識、チャンバーの加圧は正常、敵機の損傷に必要な発射数が平均命中率から算出される。ごく僅かに表記へと逸らした視線を敵の、黒い機影に戻した時。橙の光をコックピットに反射しながら、影が膨らんだ。
 「何――」
反応が、遅れた。こちらが照準に捉える瞬間を予知していたように、敵は急反転に用いる姿勢制御スラスターを噴射、こそしたものの反転するほどの出力をかけず直角に変針し、機体の腹で空気抵抗を受けることによって急減速していた。
驚愕にただ指を硬めたまま、手を伸ばせば届きそうなほどに接近した敵機を大きく見上げる。互い見上げて相対した機体のコックピットに座す男が、人の形をした敵がその眼の色までも判別できるほど鮮明に、見えていた。苦悶の表情などひと欠片もない、まるでそうなるのが当然であったかのようにきょとんとあどけない顔をした、色白の若い男だった。街中で不意に目が合ったような何気もない視線を重ね、その一瞬は数秒に渡り続いたかに思えた。
 「まずい!!オーバーシュート!」
隙を突かれて背後を取られ、向けられた銃に叫ぶ。力一杯スロットルレバーを押し込む、マックスアフターバーナー。そして機首を直下へと向け、いまだ霞んで見えぬ地表へと一直線に降下する。
 「何ですか今の!?」
 「化物だ、バンディット、デッドシックス!」
 「あんな機動が――」
 「無茶だ、あの速度で腹に抵抗受けやがった、機体がバラバラになるぞ!」
 「敵弾来ます、回避!」
 「わかってる!」
咄嗟の急降下と速度調整により、距離を稼げたのがせめてもの救いとは言えた。背後からばら撒かれる銃弾は最適射程を過ぎており、こちらを削り落とすにはまだ幾分かの時間を有する、幾秒と言うべきだが。その猶予を活かして打開策を講じなければならない、と言うのにこの頭脳は恐怖におののき、相対した敵の持つ実力に震撼していた。
仮想現実での反復訓練が付け焼き刃だなどと言う誤認は改めねばならない。対気速度と機体重量、旋回率、そして惑星の持つ固有値、重力場や大気の粘度と言った数十もの数値をほんの僅かにでも違えば空中分解するような芸当を、眼の前で披露されたのだ。それは機体のシステムに設定された慣性制御のもとで機械的に行う急反転とは訳が違う、真に操縦桿で機体を手繰る事によってのみ成し得る技だ。歴戦のパイロットと自負したこの身が如何ほどの技量を持った敵と相まみえたかを理解し、見せ付けられた現実に結論する。敗けだ。

機体を右に左に、飛来する射線から逃れるべく足掻く。巴戦のさなかに自身を助けた機体の重量はいまだ恩恵をもたらしていた、敵機との距離は僅かずつ開き続けている。これが艦で駆け巡った星空での事であれば何の苦もなく離脱できるだろう、僅かにでも分が悪いと判断すれば恥じなくそうしてきたように。だがこの目の先には、もはやはっきりとその輪郭を現し始めた地表がある。かつて指揮官としての地位を誇り縦横に駆けた星空へ背を向け、地上に救いを求め走り寄るなどと、酷い皮肉だと苦笑する思考は打開策を示さない。
或いは、それに縋るしかないのかも知れない、と思う。今この状況を覆しうる唯一の反撃手段、急反転からの全弾発射は成功確率が極めて低く、反転するその途中に直撃弾を受けて大破するであろう。だがほんの些細な条件を加えれば好転するかも知れない。何があったとしてもこれ以上悪い方角には転がりようがないのだ、ならば可能な限りの思索に行く末を委ねる事には、きっと意味がある。既に死ぬものとして、この空へ飛び立った身に。
火器管制から短距離ミサイルを選択し、その発射を思い留まっていた。この攻撃が何らかの好転をもたらすのではと手を震わせ、それは如何なる論理にも基づくものではないと理解している。使えるものを理由もなく使い切り、もうこちらには打つ手がありませんと、そう無様に宣言するような醜態は、この最期にあってはならない。
背後で飛ぶ敵機は、断続的に続けていた銃撃を停止していた。今の内に砲身を冷却し、こちらが逃げ場を失ったその時に連射するためだろう。
 「迦陵」
機械のそれに似て、抑揚なく発される自らの声。
 「……迦陵」
続く文を失くす。拠り所とした名前を力なく呟き、強く操縦桿を握り締めて震え、力量と意志の不足に圧し潰されていた。背後で支えた一人に投げかける、ただ一語の言葉も吐き出せないほど。
 「ここまで、ですか」
語るまでもなく命運を察し、穏やかに返す背後の、女。
 「ああ。すまない」
 「私に、出来る事は?」
 「高度200で引き起こし、50で急反転し反撃する、最低限の姿勢制御を除いてシールドと火器管制に全てのパワーを振れ」
 「可能性は、あるんですか」
 「いいや。距離が足りない、反転用のスラスターを吹いた瞬間に弾が来る、初撃からコックピットを抜くだろう。もしかしたら、もしかしたらだ。反転して撃てた弾が進路を狂わせて、刺し違えられるかも知れない」
 「出来る事には、付き合いますよ」
頷き、磨りガラスを経たように霞んでいた森の緑が迫る、群体であった木々の一本一本が像を結ぶ。
唯一の反撃手段、ほんの些細な条件を加えた急反転などと言うものが縋りうる最後の策であると、それは自らを騙すための偽りだと思い直していた。その手段は先程の、重力と空気抵抗を駆使して急減速を行う技から察した敵の練度をもとに、無意味であると結論できる。あの男ほどの技量があれば衝突限界点など早々に把握し、足掻く我々を事もなげに撃墜するだろう。
他に手はない、それでも。これまでの作戦において必ず、いかほどに絶望的な状況であれども、常に手段を選んで戦い抜き、戦果を挙げてきた。せめて死ぬのであれば己が信じ続けた道を辿って死のうと、背後の女に自画の末端まで全てを否定された今、自らを賛じてやれるのは自分だけだと笑っていた。
そしてその女が、付き合って死んでくれると言うのだ。最期に受け取る幸福としては、足る。

高度200、渾身の力をで操縦桿を引く。地へ突き立てられようとしていた機体が強く軋み、轟音を纏って起き上がる。生い茂る木々の穂先が機体を掠めた一瞬、一片の後悔さえ思わない事を救いとして、反転のペダルを踏む。
走馬灯こそ見えはしないものの、終わりの瞬間が引き伸ばされて歪む事実を不快に思っていた。敵へ向くべくずれて変わる景色が粘り、秒に満たない時が永く続いていた。それは終わりを受け容れられずに現世へ執着する自らの絶叫であると、そんな事は知っている。恐怖する本能を理性にすげ替えて行動する事でのみ、人間と言うものの価値は決定付けられるのだ。その邪魔をするなと怒り、ただ一度だけ瞼を下ろして、瞬く。

眼前の景色。目蓋を開け放った先に、黒が湧き出ていた。反転を終えて静止した視界が削り取られたように、それでいて燃えているかのように揺らめいている、無数の影によって。没す夕日の最後の光と、その温もりを失う大地が遮られ、粉々に砕かれたように散っている。
それは、烏だった。無数に蔓延る木々の全てから、豊かな自然に生命を謳歌していた何千、何万と言う途方もない鳥の群れが轟音に驚き、まるで森そのものが持ち上がったかのようにして一斉に飛び立ったのだ。
美しいと、留めた時の中で感じる。それ以外には何を一つも思いはしない、途方もなく続く森林となだらかな丘陵の緑、そして紅と藍双方の色を持つ空を欠片とかえた無数の翼、それは例えようなく美しい。この景色の中で死ねるのだと、それはきっと幸福に違いないと信じた絵。
その内に一つ。黒の羽根と同じく輝いて空を切る、そして湧き上がる無数の風にひと押しされたかのように、ほんの僅かなほどにその機首を持ち上げた、敵機を見た。

対空機関砲、作動。
初弾から23発が命中。敵は跳び上がるように急加速、背後へ脱するべく爆ぜた。こちらも森の上を転がり急反転、追う。機体のパワーがエンジンと火器管制へ振られているのを確認、森をなぎ倒すように推力を駆る背へ銃撃、トリガーを引き絞り続ける斉射。シールドに弾かれ砕ける弾を数え、火器管制からの砲身過熱警告に従い射撃を停止、短距離対空ミサイルの二発を発射。全量が射出された囮の綺羅びやかな光の中に爆発が二つ、そして右翼がひしゃげ機体が歪み、片のエンジンを脱落させた敵を認む。トリガーを小刻みに引く、30発ごとの点射を一拍ごとに行い照準を修正。二射目で左翼が千切れて砕け、三射目で後部から激しい炎が吹き出した。四射目と同時にリアクターが臨界、コックピットの風防が跳び、保護カプセルを展開する猶予さえなかったのだろう、はっきりと人型の輪郭を認められる射出座席が、大破した敵機より跳び出した。
極めて高精度である機体の識別機能は、一瞬と間を置かずにその小物体を捉え、照準を完了させていた。そうしてトリガーにかけたままの指に想う、彼を撃つべきではないと。
もはや機体は亡く独りで森の中に取り残され、酷く負傷さえしているだろう。全身の全霊を以って好敵手であったと賞賛できる、常軌を逸した才能を持つ男だ、今となってはなんら無害となった彼を殺す事は、およそ常人の説く倫理に反する。彼を許して能力を讃え、戦いの済んだ今はその運命に関わるべきではない。人として、正しくあるのであれば。

対空機関砲、作動。3発目が命中。標的の消失を認め、自動制御にて射撃が停止される。真白い命中弾が通り過ぎたターゲットカーソルに血煙はおろか何が一つの痕跡さえなく、標的は消滅した。その空間と砕けた敵機の残骸を通り過ぎ、飛ぶ地平線に夕日はない。

ふざけるな、と。
目を充血させて息を荒げ、いびつな心臓を破りそうになりながら声なく絶叫した。
俺はいつだって、ただ敵にだけ銃を向けてきた。死力を尽くして戦ったすえに無力化された敵を許して忘れ去るなどと、それは信念の否定だ。脅威の度合いに関係なく敵は敵であり、その無力化ないし殺傷は機械的に一切の貴賎なく行う。この身が間違いをした存在であろうとも、その摂理には欠片ほどの間違いもない。如何なる形態であれ敵は排除すると、たとえ兆の銃が向けられようとも、それを叫ぶ。

地を這うように進んでいた機体を緩やかに上昇させ、硬く押し込んだままにしていたスロットルレバーを引き戻し、火器管制の警告に従い、引き絞ったままのトリガーから指を解く。ウエポンベイを閉鎖、切断していた反重力制御をオンラインへ、重力の鎖を断った機体は高度を戻してゆく。
 「勝った……」
そう呟いたのは、迦陵だった。
我々は、勝ったのだ。巡洋艦の撃沈を主目的としたこの作戦の第一関門、自衛目的の対空戦闘と言う点に関しては。状況も物量も人員の力量さえも、全ての要素において劣っていた我々が勝ち、彼らは敗けた、その事実さえ認識できずまま消滅した。
戦闘とは開始されるそのずっとずっと前に結果が定められていなければならず、そうでなくば行ってはならないと、頑なに信仰した法則を否定したこの勝利は、清々しい。人を殺める瞬間とは異なるこの勝利に酔っていられる間は、およそ正しく戦っていられると、ただ実感していた。
 「損害状況を」
戦闘状況の一時終了によりオートパイロットが起動、上昇を続けながら旋回し、事前に設定した目標座標へと、敵艦が鎮座しているであろう街の上空に向かい変針。
 「推力とシールドに効率の低下あり。全て損傷箇所を予備に切り替え、影響は最小限に留めました。もう替えはありませんよ、次の交戦までにシールドは回復し切っていると思いますが。それと急反転に頼りすぎです、あと二、三回でスラスターは焼き切れると思って下さい、機体重量のお陰でどれだけ負荷がかかったと思ってるんですか」
かつてそうであったように淡々とした語りべに笑みを零し、語らうその口にはもう、交わした死の覚悟を羽根一枚ほども残していない。
 「機体重量、か。……そうだったな」
入力準備動作により、スロットルレバー下部のキーが通電。左手の薬指を二度押し込んだ後に親指を折る。ごとんと重い金属音がし、機体の下部から鈍い銀色の箱が切り離されて落下した。
 「今のは?」
 「増槽だ、外付けのキャップブースターと言えばわかるか。交戦直前に使用して電力を全快させ、質量減のため切り離して投棄する」
なにゆえそれを今になって切り離したか、少しの間によって理解したのだろう、一種感心さえしたような浅い溜め息とともに謎掛けの答案を発する。
 「忘れてたんですね?」
 「そうだ。デッドウエイトをぶら提げて機動性を損ねたまま空戦を行っていたと言う事になる、極めて初歩的な人為的ミスだ、機体の管理システムさえエラーとは認識できないほど単純な」
背を預けた女は、間の抜けた男が回す口へ言葉を割り込ませはしない。この話が何と言わんとしているものかを既に解しているのだろう。これは自らに対する信頼の示しであると、甘い安堵を握って語る。
 「そしてこれが戦況にどう影響したかと言うと、わからない。わからないんだよ。通常どおり交戦直前に切り離したのであれば敵に戦闘態勢を察知され、初弾を回避されていたかも知れない。降下して速度を稼いだ時、重量が足りず敵を引き剥がせなかったかも知れない。巴戦の最中により良い旋回率が得られ、後ろを取られる事などなかったかも知れない。この内のどれが正しい解釈でどれが犯したミスの正当化か、誰にも解明できないだろう」
記憶が溢れる、これまで司った戦いの全てが思い起こされるように満たされ、どうしてかこの口はそれらを、喜々として語っている。
 「思い返せば、いつだってそうだった。人を率いて戦って、全部の神経をすり減らして細心の注意を徹底した行動の一つ一つが戦況に対していい働きをしたのかどうか、それを知ることなんざ誰にも出来なかった。事が終わったあと共に戦った艦長らと雁首を並べて反省会をやって何時間と話し合って、たぶんこうだったんだろうと自己満足を得られただけだったんだ。どんな些細な物事でも、それが戦いそのものに与える影響は計り知れない。あの、化物だと言い切れるほど熟達した敵のパイロットが、木々の間から飛び立った鳥の群れに驚いて機首を持ち上げるなど、誰が予想できただろうか」
 「それでも。工夫を続けると言う姿勢は、ものを考えることはいつだって正しいはずです」
 「ああ。俺はそれが出来ずに戦い、こうなった」
 「あなたがこうしていなければこの人達はもっと大きな事件をしでかして、とっくに成功していたかも知れませんよ?」
きつい皮肉の一撃を貰ってたまらず笑い声を漏らし、女の口からも涼やかな微笑みの声がする。これだけの惨状の上を飛びながら笑うなど、世の人間からすれば二人揃って化物と呼ぶに差し支えないのだろう。
それでも、我々は人間だと。人を食って笑う化物などではないと、この戦いで主張できる。操縦桿に添えた右手は動かさずまま頭上に、静かに瞬き始めた星々へ拳を掲げるさまを思い浮かべていた。

 「あれ」
静寂と余韻を破る、女の疑問符。これが吉報かそうでないかは、果たしてどれ程の割合であっただろうか。
 「通信システムが何か受信を始めました、これは……」
 「何?」
 「相互光学通信!」
 「まずい!軍の残存機からだ、切れ!出来なければシステムごとシャットダウンしろ、刺激して撃たれちゃかなわん!」
 「駄目です、経路確立!これで応答しないのは敵対行為ですよ、音声通信、入ります」
苦しい咳払いをするほどの間の後、ヘルメット内部のスピーカーが雑音を発した。その色合いだけで損傷し疲弊した機体とその搭乗者からとわかる、そして紛れもなくこの自身によって窮地に立たされている兵士の声は届けられた。
 「不明機に告ぐ、貴機の所属と目的を明らかにせよ。こちら方面駐留飛行隊『Topaz Arts』、貴機は現在、識別信号が確認できず……指揮系統を逸脱している、応答を求む」
もうどうにでもなれ、と考えたのだろうか、或いは本当に自らの亡霊が取り憑いたのだろうか、この口は、全くのでたらめに動かされた。
 「こちら連合海軍所属飛行分隊『Defiant Scape』、隊長のノゾミデパート少尉である。当機は救難信号を受信し、単独で援護に来た。こちらは既にGuristasと思しき敵を三機撃墜し、なお対艦攻撃能力を保有。敵艦撃沈のために援護要撃を要請する、どうぞ」
 「不明機へ。該当する敵機の消失は確認しているが、如何なる登記をもってしてもそのような部隊は存在しない。通信経路より確認した信号も同様に規格と異なり、そちらを照会できない……ああ、君は一体何者だ。ことによっては我々は君を撃たねばならない、教えてくれ」
 「繰り返す。こちらは対艦攻撃能力を保有、援護要撃を求む」
交信を切る。僅かに胸が鳴り、吹いた大ぼらに緊張を生じたのだろうかと思う。
 「今の、どう考えてもまずい対応ですけど?」
 「同感だがな。あいつら……いや、彼ら、さっきの交戦を一部とは言え確認していたらしい、これならどうとでもなる。ただでさえアタマの硬い正規軍パイロットの事だ、攻撃照準波を照射してる訳でもないこっちを撃って来るほどの機転はない、遊覧飛行に使うつもりだった擬似識別信号を流して放っておいていい」
我ながら、人を納得させられるような返事ではない。ううん、と疑問を残したままのような吐息を返され、左手のキーを操りセンサーを再確認。茶番を終え、状況を次の段階へと進行させる。
 「光学通信が通じたと言う事は、主戦場までだいぶ近付いてきたはずだ。もう敵艦が射程に入っていてもおかしくない、確認できるか」
 「探査中。……揺らぎか、いえ、コールドアイに影が出ました。これは?」
 「敵艦がまだクロークしてると考えれば、ゴーストの可能性が高いが……光学系はどうか、反応は」
 「ありません。こちらは全くクリアです、そっちの画面にも出します」
 「光学がクリアで凍った目に影か……」
身じろぎもせず、前を眺めて考える。直感と言うものがあるとするならば、それに何事か囁かれている気がしていた。自身の考えは、得てきたものによって凝り固まってはいないかと。今の今までに状況を複雑にややこしく解釈し、そうして得をした試しがあっただろうかと何気もなく思う。輪郭を持たずにぼやけていた考えは、像を結んだ気がした。
 「敵はクロークを使っていない可能性がある。軍の緊急通信まで無力化するほどきついジャミング下だ、これを使ってる以上、大掛かりな遮蔽装置は必要ない。あれはもっと単純なからくりだ、それこそ艦の表面にテレビを貼り付けて、反対側の景色を写しておくような。そうなら奴は、そこに居る」
ぴんとは来ないのだろう、返答のない背後を差し置いて火器管制から武装を選択、対艦巡航ミサイルのシーカーを開放して攻撃照準波を投射。惨禍の内にある街の上空へ投げかけられた腕は、何かに触れていた。
 「居た。エンゲージ」
サイドスティック上部の赤いキーを四度押下、対艦巡航ミサイルの全弾を発射体勢へ。着発信管、攻撃目標を機体正面の捕捉点に設定。親指を長く押し込む。
 「シーカーオープン、目標をロック。フォックス3、フォックス3」
ばきん、と金属の破砕音と共に大きなミサイルは切り離され、一秒の後にロケットモーターに点火、横倒しの白い柱が四つ燐火に白煙を引いて飛んで行く。
その先に何もなければ、この戦いは終わりだ。この今、あるいは三倍の敵機と戦ったその時よりも大きな賭けに出ているのかも知れない。そう他人事のように飛翔体を眺め、清々しいほどに苦悩を脱していた。もはや負ける気がしないと、野原へ飛び出した子供のような精神を湛えて。
澄んだ瞳の先、雷が丸まったような青白い爆炎が炸裂。赤を残した夜空が歪み、剥がれ落ちる。本当に巨大なモニターが砕けたかのようにして無数の破片が剥がれて落ち、かつて地上より見上げた魔の城、Blackbird型の敵艦は姿を現した。
 「効いたぞ、攻撃効果を知らせ!」
 「敵艦のシールド消滅、ほか詳細不明ながら一部の設備に損傷を確認!有効打です、EMで良かったんじゃないですか!?」
 「分析続けろ、対艦砲に切り替え至近攻撃をかける!」
敵は迎撃の体制にない、畳み掛けて痛めつけるには好機だ、対物砲に反物質弾を装填し加圧開始。高度を落としてビルの先端を掠めるように飛び、斜め下から敵艦の懐へ飛び込む。交差直前に逆噴射、スロットルを引き込み操縦桿を駆って横滑りしながら、立て続けに6発を撃ち込む。同時に機首を戻してアフターバーナーに点火、一目散に距離を取る。敵艦の迎撃火力に関しデータのない今、欲を張って取り憑くのは得策でない。
 「全弾命中、敵艦の放射電磁場が減退……消失!シールド機能の喪失を推定!」
 「やれる!ジャミング強度の変化は!」
再攻撃に備えてアフターバーナーを切り速度を絞る、迎撃を受ける兆候もない。強烈なまでにセンサーを乱されており周辺情報が掴めないが、残存している敵機がこちらに向かっていなければ勝負を決められるだろう。欲は出さず、しかし好機を逃さぬために背後へ目を向ける。
 「変化なし、交信妨害にはかなり基部のシステムを使っているようです、外部設備の破壊で減退させられるかどうか……」
何か察知したのだ、僅かに濁した語尾に理解した。
 「攻撃を中止して下さい!基地が、軍の地上部隊が壊滅寸前です、今敵艦を撃沈しても基地が制圧されます、目的を阻止できません!」
背後への視線を戻して首を振り、増速。センサーを対地モードへ切り替え、敵艦を背にしたまま街を飛ぶ。
 「支援に向かう。規模と構成が確認でき次第に優先目標を設定しろ、シールドを潰した今なら敵艦は後回しにできる」
対物砲に誘導徹甲弾を装填、対地ミサイルの全弾を発射体勢へ。身を低く、低く、伏せるように這うように、草を掻き分けるように市街を進む。建造物を透過するセンサーが反応を探知、地形と照合し、軍基地およびその残存部隊と思しき反応と、それを取り囲みつつある勢力を確認、敵性と断定。
 「想定よりずっと大規模です、師団規模の歩兵に複数の主力戦車、対空火砲を確認しました!長距離攻撃に切り替えないと危険ですよ、急ぎすぎてます!」
塹壕の底で防戦している兵士らへ真っ直ぐに向かう、勢いを落としはしない。
 「俺の隊はな、制空模擬戦績だとケツから数えたほうが早いような不良部隊だったが――」
対地ミサイルへ標的情報を送信、対空車輌の全てと歩兵戦闘車の半数をリストアップ、機首を浅く持ち上げ、ウエポンベイを解放。
 「対地支援攻撃なら負け知らずだ!」
対地ミサイル、4発を射出、推進器未作動。放たれた黒い筒は火を吹かず、淡い夜空へ静かに浮かぶ。再装填を待って同数を発射、自由落下を始めようとしていたものと同時に発火して8発の光弾が縦横に散り、全てが地上へ突き刺さって炸裂した。命中7、不明1、優先目標である対空車輌複数の沈黙を確認。
8つの爆炎が輝いている内に跳び上がって急上昇、機体を回転させて斜め下を向き、打ち出した誘導徹甲弾が主力戦車の上面装甲を貫徹、吹き飛ばしたさまを認める。更に戦域を塗り潰すように飛びながら機関砲を小刻みに連射、もはや廃墟のようなさまを呈した軍基地周辺の敵車輌を打ち潰す。続けて微小目標を探査、それが集中している廃墟へ拡散榴弾を打ち込み、幾十の爆炎とともに反応は消滅した。そうして戦域を過ぎ、機首を上げて距離を取りながら緩やかに旋回。
 「大型の反応が……あれを!」
声に反応、再攻撃に向けて傾けていた操縦桿を戻す。後席で操作したらしい、正面のヘッドアップディプレイに小窓が弾き出され、それは都市外縁のなだらかな丘陵の一角を拡大表示していた。暗く夜闇に覆われる緑の内、そこには一目にそれと判る、所々から鋭い突起を伸ばしたくすんだ銀色が身を横たえていた。
 「Sanshaの揚陸艦!」
巡洋艦ほどのそれが二隻、この星の只中に異物として存在している。これほど大規模な地上戦力を如何にして持ち込んだものかと疑問を残していたが、元凶の一つが姿を露わにしていたのだ。
そうしてこの惨状が予想よりも遥かに大きなものである事を悟り、息を呑む。人類として文明を掲げた我々4国がいがみ合っている間に、軍くずれの海賊集団であるGuristasと彼ら、生体に融合した機械群と精神支配によって社会を構築した異端者、Sanshaとが互いに手を取り、ここまでに至る行動を起こしていたのか、と。
 「解析結果知らせ、脅威度判定は!」
 「艦そのものの戦闘能力は……直接的電子的ともになしと出ました、あれは単に地上戦力を運ぶための輸送艦のようです、ただ……」
高度を保ったまま旋回し、鎮座している敵艦を肉眼で目視する。残弾は心もとないが、航行能力だけでも奪っておく必要はあるだろうと思索し、拭い切れぬ焦りに迷いが生じていた。
 「質量解析の結果、一隻はほぼ空ですが、もう一隻がきっかり半数の搭載量を残しているようです」
 「増援か。であれば、展開しない今の内に叩く」
 「いえ。内部に一切の生体反応がありません、いくらSanshaの部隊であっても生命徴候は捕捉できるはずです。何らかの機器が稼働する様子もありませんが、あれが積んでいるのは何かの物資か機器、それとも……」
緩旋回し、いまだ銃砲を交わしている戦線へ向き直る。死力を尽くして応戦する軍は持ち直しこそしているようだが、ひと吹きで崩れてしまいそうなほどの劣勢は瞭然だ。優先すべきは、彼らを助ける事だろう。そして唐突に、迦陵が濁した言葉の先を口にしていた。
 「……ドローンか?」
度が過ぎた予想に、されど明確に感じ取れる寒気が背筋を伝う。
 「可能性はあります。現状では断定できず、そうだったとしても動き出す様子がないんです。対地支援を、続けるべきだと思います」
了解を返して身を低く、全身を押し付けるように高度を落とす。視界正面には暗い街の跡に飛び交う光弾と人の影、こちらを追う高射機関砲の曳光が煌めいていた。色とりどりの光彩に美しさはない、自らの不始末が生じた情景が形作られている、現実として。
怒り、トリガーを引く。シールドを打たせながら対空車輌の残りを引き裂き、基地へ取り付かんとした装甲車を消し去って破壊の限りを尽くす。そうして大規模な住宅地であったらしい瓦礫の直上で逆噴射し静止、下を向き、この目は所々に陣地を構える多数の敵兵のそれと交差していた。
対空機関砲を作動。空中の一点に静止したままの機体が駒のごとく廻り、豪雨のように弾を注ぐ。無数の着弾地点で影が血煙へと変わり、ばらけた人体が瓦礫の上へ降り積もる、夜闇を塗り潰すほどの嫌悪とともに惨たらしい光景を形成していた。これほどの事態を招いた自らを悔いるのとは異なる、凄い絵に対した言語を持たない感情。照準から目を逸らさず、犠牲者を折り重ねる。
不意、撃墜されたのかと思うほど、強烈な衝撃に弾き飛ばされて天地を失った。機関砲の威力ではない、ミサイルの衝撃とも異なる、遅れて表示された脅威警告に敵の主力戦車が映り、弾き飛ばされた機体を制す。9割で安定していたシールドが3割に低下、エンジンストール、抑え切れぬ慣性に音を立てて機体が軋み、焦る。
姿勢制御が間に合わない、もう一撃を喰らえば終わりだ。まさか戦闘機に戦車砲を直撃させるような芸当を、地上戦の要員までもがやってのける敵にぞくりと震え、でたらめに回る視界に点を捉えられない。
すり減らせた気を澄ませ、直感のままにペダルを踏み込む、制動スラスターを噴射。高度がなく衝突の危険が高いが猶予がない、傾いたビルに主翼を掠めながら辛うじて制御に成功し、敵陣へ背を向けて静止した。そうして正面に映る軍の基地を見やり、そこに守備隊の姿は認められず、いまだ持ち堪えているのかどうかも定かにない。身を削って戦ってきた行動は、何の意味もなくしてしまったのかも知れない。
そう案じた間、管制塔の陰に隠れていたのか、黒いガンシップが爆ぜるように跳び出して対戦車ミサイルを連射、更に機関砲を射ちながら突き進んで後方へと消えた。
唖然とした間に脅威警告の表記が消え、メインエンジンの再始動に成功。再加速し空を切って旋回、傾けた機体から見下ろす地表の一点で、それを見た。いまだ激しい攻撃を受けている基地の外縁、黒く焼けただれた砂の場に。

呆けたようにして立ち竦んだ、男が居た。ライフルの引き金に指をかけたまま、天を仰ぐようにして砲撃の跡地に佇み、まるで我を失ったかのような目で、何事もないかのようにしてこの空を見上げていた。
その、光景を塗り潰すように。身を伏っしていた兵士らが腕を銃を高々と掲げ、頭上へと叫んでいた、紛れもないこの俺とその機体へと向けて。届くはずのない声で耳を満たすために大きく口を動かし、夜を貫くほどに目を輝かせた兵士らが何百と、全身で示すようにして賞賛していた。

長く、我を忘れていたように思う。あの日に空を見上げてからずっと。
そうして自身が何処にあるものかを解し、何にも命令されず操縦桿を押し、ターゲットカーソルを撃つ。砲声が夜を縫って敵を貫き、千切れた車輌が赤々と爆炎に吹き飛んだ。飛び込むようにして進む、砲を、機銃を織り交ぜて敵を撃つ。
 「一時後退する、残存敵戦力を再評価、脅威度知らせ!」
誘導徹甲弾、残余なし。既に損害は十分に与えた筈だ、立ち並ぶビルを背にして距離を取り、改めて敵勢力を分析。
 「了解、対地捜索を再施行、敵味方識別を擬似的に――」
迦陵が息を呑む、同時に腕は動いていた。
 「直上!攻撃照準波!!」
左を蹴る。地を転がるかのように機体が跳ね、その軌跡を天からの真白い光が幾重にも貫いた。主翼をかすめたビルが緋色の液体へ姿を変えて崩れ、続けて降る光線の束は地を溶解させ、赤い池をいくつも生じて輝いた。発射数をカウントして回避に成功したと読み、鈍い金色に彩られた二本の牙を並べたような、その機体を見上げる。
 「Templerだと!?」
機首を上にして再上昇を始めている敵機の下、不利なその位置で驚愕している猶予はない。残した最後のミサイル、中距離型の二発を発射。敵は急旋回しながら下降へ移り、背後のミサイルに追われながら直進、急減速と同時に機体後部から緑がかった光が走る、着弾寸前のミサイルはシーカーを焼かれ、目を失って散逸した。
そうして全推力を以って跳び上がるに十分な隙を稼ぎ、敵機の懐へと飛び込んでいた、この機に一撃離脱を許してはならない。牽制を織り交ぜた機銃掃射を浴びせ、そのシールドに少なからず損傷を与えることに成功する。そのまま激しいドッグファイトにもつれ込み、機体をこすり合わせそうな至近距離で、転げるような急旋回や宙返りを繰り返しながら背後を追っていた。
Guristasがそうしていたように、Sanshaもまたこれの鹵獲に成功していたのだろう。そしてその運用法もまた正規軍と同一の水準に達しているものと予想すべきだ、楽観視はできない。そうであるとすればいまだ大きな危険を残しているのは間違いなく、後席に叫んでいた。
 「スキャナーを振れ、近くにもう一機いる、必ずだ!この機は絶対に単独で戦わない!」
 「走索します!干渉が強すぎて範囲が……」
急旋回に見せかけたバレルロールを行う敵機の、フェイントを掻い潜った未来位置を撃つ。スラスターの付近に命中し破片が散ったさまを認めて操縦桿を駆り、敵の急反転に備えて回避機動。互いが8の字を描くように廻り、その交差点に光線と銃弾が飛び交った。
 「下30、距離900!」
制動スラスターを噴射、最大出力。滑るように右方へずれた機体の残像を、真白いレーザーの束が串刺しにした。
 「来やがった!」
制動スラスター、1番、5番、8番、作動不能。生命線の一種が過負荷によって焼き切れ、それでなお回避し切る事は叶わなかった。シールドをロスト、左主翼の装甲が16パーセント溶解。ビルの影より姿を現した新手は揉み合う二機の傍らを通り過ぎ、星が薄く置かれた空へ上昇している。
誤射を躊躇わせるために超至近距離での格闘戦を続けていたが、敵の射撃は恐ろしく正確に行われ何の迷いも感じられるものではない。第二射が襲来するまでの猶予を見積もる、それまでにこの一機は撃墜し、そしてもう一機に肉薄しなければならない。格闘能力は互角か僅かに優勢だ、時間さえ確保できれば、排除には漕ぎ着ける。
だが――、と。急旋回に機体を軋ませながら、頭上で旋回を始めた敵機を、息切れを起こしながら直視していた。

死期が早まったかと、始めはそう思った。上方から俺を討つべく回っていた敵が裏返り、弾き飛ばされたかのように加速し、8発のミサイルが巻き起こした爆炎に砕けていた。そして目を戻した至近の敵、こちらの隙を突いて真横から射界に捉えようとしていたそれを、コックピットと機体後部に一撃ずつ、まるで光線のような砲の射撃が貫いた。
意志を失ったようにして力なく落ちる、唖然とした視線でその敵機を辿る。
 「そこの不明機、聞こえるか!」
届いた声、直後に二機の黒い機体が頭上を過ぎる。それは左右に散開して緩やかに旋回、編隊を組むようにして肩を並べた。夕陽に照らされながら戦った海賊のそれとは異なる、部隊章を見るまでもない紛れもなく正規軍を所属とした、Dragonflyの姿だった。
 「命令だろうが軍規だろうが知った事か、君は味方だ! あの敵艦を撃沈する、だがこちらには対艦攻撃力が残っていない。援護要撃を行う、突入してくれ!」
三機はV字の編隊を保ったまま旋回、主目標へとその頭を向ける。
 「了解、目標を撃沈する」
遠い、しかしその大きさは目に読み取れる、いまだこの街を覆っている怨敵。
 「敵機は任せろ!」
スロットルレバーを押し込む。左右の僚機は散開、上方から同時に来襲した二機の攻撃を回避し、弧を描いて夜空へ溶け込んだ。
 「幸運を!」
送られた言葉に口をつぐんだまま振り返らず、終わらせるべく進む。

死を覚悟した瞬間さえ見えはしなかった走馬灯が、縦横に走っていた。目を開け放って敵艦と表示情報を凝視しながら、ここで死ぬのだと、その一文に思考を支配されていた。ここで終わる、それが望んだ結末だと、自ら思考し行動して、死力を尽くして運に導かれて得た成果であると、飛ぶ身でありながら二の足で地へ立っているかのような充足を得て、空に佇んでいた。
 「敵艦動く。ミサイル発射孔の開放を確認しました、ヘビー、4発」
言い争ったその時よりも冷たく、その声は澄んでいた。この場に至るまで逆境を切り開き、その成果の上でなお変えられはしないであろう、自らの運命を悟ってか。
 「来ます」
敵艦より噴煙が昇る、正方形を形作るようにして4つの点が迫り、真っ直ぐに飛来。相対して一切の動作を行わず前進、着弾まで2秒を数えて機関砲を連射、右上の一発を撃墜し回避機動、機載のミサイルとは比較にならない爆炎へ飛び込み、周囲で巻き起こったそれは機体を強く歪めた。
 「主要システム複数に損傷を確認。シールドをロスト、リジャージにエラー、機能喪失。第二波、同数、来ます」
次弾は同様にして飛来、ぐんと大きくなった敵の姿を背景にして襲う。同様に機関砲を発射、2発を撃墜。前後で爆発した衝撃に視界が上下し、びしりと大きな音を立て、風防へ一筋の亀裂が走った。
 「動力流路1番2番を喪失、効率低下20パーセント。姿勢制御、反応速度低下。装甲強度、2割に低下」
 「飛べるか」
 「はい」
異常な振動が座席を伝って全身を揺さぶっている、愛機の悲鳴だ。もう長くはない、しかし視線を揺らがせはしない、既に懐へは飛び込んだ、対物砲をガンコントロールに直結。
2発を発射。薄い装甲の隙間を針で突くように狙いを定め、更に2発を撃つ。構造体が剥き出しになった着弾地点とその周辺から炎が吹き出し、中空の城は僅かに傾斜、そして足掻くかのように復舷を始めている。速力をそのままに脇を通り過ぎ、ふらつきながら旋回して再攻撃。
 「主機関、推力減退、予備経路の応答なし、回復不能。姿勢安定性、更に低下」
細かな挙動を取らず機体を安定させ、操縦桿に従わずぐらつく機体を保つ。もう少し飛んでいてくれと、居らぬ神へ祈って願う。
 「……直上、敵機!」
構わずに敵艦へ対物砲を発射、命中。敵機は任した、回避機動は取らない。頭上より降り注いだレーザーの射線は大きくずれ、動じずに飛ぶ右手を敵機と、その背を追う僚機が通過して消える、互いに損傷しながら格闘を続けている。
出力の乱れに耐えられず、末端の稼働系が破断、左の対物砲に装填不良が発生。コマンドを入力して切り離し、投棄する。残った一門を射ち、右肩を強く突かれるような反動を手で制しながら前へ飛ぶ。
 「敵艦の構造耐久度を解析しました……撃沈には残弾が足りません、打撃力不足です」
後席の声が熱を持ち、焦りを伝える。ばらばらと装甲を剥がし落としながら所々に火を噴く敵を通り過ぎ、再びの緩旋回をかけながらふと、かつて暮らした街の一角を眺めていた。所々に黒煙を昇らせて汚され、崩落した建造物に傷つけられた街、そしてこの距離からでもひと目にわかるほどの大きなクレーターを残した、友軍機の墜落地点を。
 「火力か……」
コックピット内に響く砂を噛むような不協和音とともに、がくんと下へ視界がずれ込んだ。まだ飛んでいるには機体を軽くしなければならない、最後の重荷となった対物砲と僅かな残弾を切り離して棄てる。そして慎重にゆっくりと少しずつ、機体に気づかれぬように操縦桿を引き、震えながら飛ぶ機体に力を送る。あとほんの少しで構わないと、口は動かさず説得するように。敵艦正面。
 「火力なら、ある」
スロットルレバーを押し込む、マックスアフターバーナー。金属板を噛み砕くような身の毛のよだつ異音に包まれ、機体は最後の加速を始める。迦陵が意図を察するまでには数秒を要した、至る行動が単に信じられなかったのかも知れない。
 「英雄にでも、なるつもりですか」
 「俺は、人間だ」
標的の斜め上方より加速、敵艦が迫る。メインエンジン付近で小爆発が発生、被弾したように強く揺れる機体を手繰る。制動スラスターが破裂したのだ、推力が漏れている、恐らくはメインリアクターにほど近い深刻な損傷によるものだろう。推進剤に誘爆する可能性が高い、飛べてあと十数秒と言う所だろうか。
十分だ、と笑い、眼前へと迫る敵艦へ思う。それは鎮座したまま身じろぎさえしようとはしない、打つ手は既にその全てを失っているのだ、互いに。
だがこの腕にはまだ、やるべき事が残されていた。

結局は予想した通りの形へと行き着くのだと、自らの想像力が終劇に至るまで正確なものであった事実を満足に思い、この結末を確信する。何とも表現し得ない笑いを押し殺してスロットルヘバーから手を離し、左方の歪んだコンソールパネルを操作していた。
脱出プログラムを起動。射出座席の診断を開始、異常なし。風防の発破を待機状態へ、射出順序へ介入し、作動を後席のみの一基に限定。
実行、の表記に指を添えたまま。もう少し、もう少しと、飛び込む敵艦の姿を眺める。ただ待ち遠しく、そして自らが間違っていないと証明される、その瞬間を思い描く。
それは全くのノイズとして。穏やかな表情で微笑む女の、その記憶が微かな一瞬、視界を白く奪った。
 「ミサイル発射孔が開放!これは――」
敵艦が動き、彼女は声を上げていた。どうせ何事でもないとこの最期に思ったせいだろうか、反応は遅れた。傾いた艦に開け放たれた発射孔から吹き出す煙はなく、だが唐突に予想しない形で、推進器の作動していないミサイルが射出されていた。
 「馬鹿な!!」
言葉と同時、自爆したヘビーミサイルの爆発が視界を焼く。反射的に操縦桿を引き、強い風に吹かれた機体は木の葉のように、そして無数の破片に砕かれながら、その原型を失った。



赤く、ひび割れた視界の中、全身の脈動を感じていた。薄らぐ星空に焦点を失い、まだだ、と、そう力の限りに念じ、遠のく意識を繋いで留める。
 「望さん」
通信機は動作していなかった。背後から届く声が、損傷したヘルメットを通ってこの耳へ届いている。肉声とはスピーカーを伝った言語とこうも違うものかと、奇妙な安堵を抱いて瞬く。
 「生きてますか、まだ」
 「ああ」
伸し掛かった息苦しさを嫌い、ヘルメットを脱ぎ捨てるべく動かした身体に激痛が巡る。それは生きている何よりの証しだと使い古された句を唱え、砕け散って脱落した風防の向こうへ放り捨てた。かつん、と硬い音を鳴らしながらそれは転がる。

夜風を頬に撫でられ、滴る血液を乾かせながら、景色を眺めていた。大破して機能を失った愛機は敵艦の上部、平坦な装甲の一部に突き刺さるようにして、怨敵の上へと身を横たえて停止している。
予想したものとは僅かに違う形となったが、達成だ。辛うじてシステムの生きているこの機体を自爆させれば、結末は同じものへと行き着く。しかし、覚悟に覚悟を固めて雑念の全てを捨て去った瞬間から切り離され、こうして無駄な時間を得てしまった今に、どこか場違いなもどかしさを感じていた。
 「終わらせましょう」
彼女も、同じなのかも知れない。
 「出来ることを、教えてくれますか」
澄んだままの声に案じ、彼女が何らかの傷を負っていない事を祈っていた。彼女はとうに、俺よりも多くの苦痛に耐えてきた筈だ。
 「リアクターの稼働率を維持し、自爆させる。しかしこれは、搭乗者が行動していないと自動停止してしまう、出力を保ったまま、故意に暴走させねばならん」
胸の痛みに少し咳き込み、弱く空を仰ぐ。
 「これには、一人でいい。迦陵、脱出しろ」
振り返るべく首を回し、背中にかけて襲った激痛に妨げられる。
 「お前まで、死ぬことはない」
その表情を目に納められず、ここで瞼を閉じねばならないのだろうか。
 「ご自分のした事を、お忘れですか」
間髪を入れぬ返答。また怒っているのだと、変わらぬ声色に理解していた。
 「私を逃がしたその後に、気変わりして逃げおおせたりしないように。これを見届けます」
大真面目に言っているのであろうが、しかし込み上がった笑いが一層に胸を軋ませ、耐え難い苦痛をもたらす。それでも発した笑い声に濁りはなく、鈴の音のように夜空へ鳴った。
 「それが、私の役目です」
返す言葉を発想できないままスロットルレバーを押し、いくらかの秒が過ぎる。色を残した空を悠然と仰ぎ続け、それが僅かずつ星空へと情景を移す課程を眺めていた。
実行の表記に指をかけたまま、遠い星々から授かったようにして一つ、か細い知恵が閃く。全身を真白い輝きで覆われたかのように膨らんだそれは我が生涯の内で最も、大きな勝利をもたらすものだと確信した。
 「なら、お前が強いると言うのなら。機体にとどめを刺す最後の引き金を、その手で引けるか」
返答はない、だが聞こえている。これは、成し遂げさせなければならない。軋みながらも動く右手を挙げてコンソールをなぞり、歪んだ画面を操作した。
 「表記は見えるか、画面を移す」
 「少し、割れていますが」
 「いい。設定する」
波のように襲い来る痛みに震えながら指を打ち、設定を書き換える。それは背後の女が走馬灯を見終えて心持ちを整えるには、およそ十分な時間だろう。叩いた表記に呼応した電子音が鳴り、その実行を委ねた。
 「それを託す。戦って死ねと命じ、用意された引き金を、お前が引け。自分の言うことが、正しいと思うなら」
沈黙を保った迦陵に構わず伝え、もし振り返られるものであればひと目、表情を拝んでおきたいものだと無念に思う。
 「お前の、覚悟を示せ」
偉そうな言い草だ。そう、何と腹立たしい物言いではないかと、再びの笑いをこみ上げながら想っていた。
そうして返事を得るまでには、幾ばくの時を要しなかった。失われる時間を増す事はない、そう承知しているのだろう。
 「わかりました、私が終わらせます」
全身を座席に預けるようにして力を抜き、大きく息を吐き出して、自らの仕事を終えたと実感する。これ以上、この女が勿体ぶる事もないだろう。衝撃が訪れるのはいつであろうかと思い、緩ませた全身を強張らせはしない。

 「ごめんなさい。勘違い、していました」
 「何?」
迦陵は独りごちる。時折そうしていたように、理解し得ない物言いを零す。
 「ここを、別の所だと思っていたんです。そんな事はなかったのに、私も望さんも、普通に、生きられたはずなのに」
ただ。顔を上げて夜空を、同じ色の空を見上げているのだろう。
 「全部、覚えておくよ」
痛く、その意識も薄らいでいた。いずれ消える、一切を失う感覚を穏やかに理解していた。
 「お前は時々、わからない話をする」
 「また、会いますよ」
 「これの後に、病院でか」
 「いいえ」
迦陵は指を、引き金に添えた。
 「もっと、別の場所で」
実行を認証。ごく短い電子音が響き、背後に振動と高音を感じた一瞬。
解き放たれた力は波となり、星々を駆け抜ける。




 「……阿呆が。俺を嘘つきだと言ったのは、お前だろう」
強い、強い風が過ぎた後。意識はいまだ機体に座し、存在にただ満足していた。
振り返られぬ、この背後に迦陵の姿はない。自らその手で入力した脱出コマンドによって、遠いどこかへ射出座席ごと飛んで消えた。
お前まで死ぬことはないと、その言葉に嘘はない。そうして騙し、意味のない死から女を放り出して得た大きな充足を、生涯で最も大きな成果を掴んだ今、器は満ちに満たされていた。
左手のスロットルレバーは押し込み続け、機体の心臓は鼓動を高めている、これが爆ぜるまではいくらの秒もないだろう。やり遂げるまで、邪魔が入りはしない。
 「俺の勝ちだ」
そう苦しく唸り、打ち解けた女の一人にも付き添われぬまま独り、夢破れた残骸に沈む。
人を殺し続けた者が辿るべき、当然の末路だろう。
ただ一つ。求めて勝ち取った勝利に喜々と、孤独に笑い、清々しく空を仰ぐ。

昇る赤い月は、もう見えない。



nozomi_d at 03:25コメント(0) この記事をクリップ!

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