November 10, 2016

Wishers Reached #2


第二話



操縦席のシートに座したまま、せわしなく動く表記を眺めていた。
何時間であれ身動き一つ取らずとも快適な、この座席にありながら固唾を呑む。浮かぶ文字列に視線を固縛され、左手に握ったイチジクの実を握りつぶしてしまいそうになるほどの緊張を時折走らせながら、想像だにしていなかった事態に全身を強張らせていた。注視するウインドウには演算装置が弾き出した地質データの解析過程が濁流のような勢いで流し出され、そしてその隅には"高純度の金属反応を探知"の一文が繰り返し明滅している。
母なる自然の気まぐれによって生じたものではない、この異常をそのように検知した演算装置は他分野の解析を凍結し、全ての処理能力を反応の探査および解析関連情報の検索へと充てていた。この処理が開始されてから十数分が経過しており、完全な解析はおろか位置情報の特定にさえまだいくらかの時間を要するであろうと、食い入るように見るあまり瞬きを忘れていた目に思う。
焦ることはない、今に身構えた所でこの結果へ何の変化も生じさせたものではないと神経をなだめ、シートに深く背をついて深呼吸に胸を満たし、特に意味もなく左手の実を眺める。

今日この日の朝を迎え、帰るための迎えが来れなくなったとの凶報に叩き起こされ、生きる糧を求めて森へと歩み出して間もなく、この異常を知らされた。そうして大きな動揺を受けた自身が初めに取った行動は、もう数分歩み進んでこの果実を摘み取っておく事であったのには、我ながらとは言え呆れたものである。目当てのそれを採集して足りぬ朝食へと充てがい、発見した異常の解明を愛機の知能へ任せきりにして、先程にこの座席へと戻った現在に至る。
昨晩に食したそれよりも心なしかみずみずしいように感じられる果実を齧りながら、そうしてこの事態が如何なるものであるか思案を巡らせていた。

今の所では、ただ金属反応を探知したと言う他は不明だ。ただしこうまで明確な異常としてはじき出される程のものである、比較的純度の高い天然の鉱脈や、火山活動で分離された金属類を誤って検知したと言うのは考えにくい。あるいは宇宙から落下した隕鉄に反応した可能性もあるが、その場合は落着の衝撃によって形成されたクレーターの痕跡を早々と割り出し、とうに断定しているだろう。これがかつて人類の膝下を飛び立った開拓者の成れの果てや、艦隊戦のさなかに撃ち飛ばされた実体弾の一発であろうと同様である。つまり解析を続けられながも素性を掴みかねているこれは、誤検知として前例のあるそれら以外の何かである。
何らかの遺跡ではないかと、あまりに薄いその可能性を考えては身震いしていた。この星に降り立つと同時に思い起こしたように、いまだ人類を除く知的生命体の如何なる痕跡も発見された例はない。万が一にもこれが知的生命によって精錬された金属器、またはその生活の名残りであるとすれば、歴史に名を刻むほどの大発見となるだろう。

身に余る、初めに思ったのはそれだ。
戦争や差別、飢餓、貧困と言った数々の問題を忘れ去る事に成功した現代の人類社会は、平穏であるからこそ、刺激に飢えている。当然のことながら末端のすえまで幸福が満ちている訳にはあらず、今この瞬間にもどこかの星で政府高官の汚職が告発され、故郷たる母星から遠く離れた外宇宙域では世を恨む海賊と軍の巡視艦隊とが銃火を交わし、その不届き者が営んでいた人間牧場から罪なき人々が救助されているだろう。
それらは広い社会に取ってはあまりに小さい出来事であり、そしていつものように行われている他人事でしかなく、大体の出来事に慣れてしまった現代人に取っては興味を惹かれるものにない。そんな日常に異星人の痕跡が発見されたなどとの話が舞い込めば人々は、かつて母なる星から未知の宇宙へと飛び立ったその時にも匹敵するほどの熱気を取り戻すのは確実だ。

そして、偉大な発見ではないかと浮き足立った自身を打ち飛ばすように、遺跡であってはならない、との一文を思った。仮にこの反応が異星人の名残であったとして、それが真っ先に検知されたと言う事はもはや惑星上のどこにも、彼らは生存していないと言う事になる。
他生物との競争に破れたか、天変に呑まれたか、産み出した兵器によって自滅したか。異星人は存在した、そしてそれは我々と肩を並べる事なく、宇宙へ手を伸ばすのも叶わずまま悲劇的な事由によって滅亡したと、そのような事実は悼むべきだ。
少なくとも我々以外の知性は存在した、それ自体は朗報に違いないが、とうに滅び去った痕跡だけが残されていたと言うのは耐え難い結末ではないか。或いは、我々もまた同様にして行き着く結末こそがそれであるなどと、そのような思想が社会に影を落とす事があってはならない。
期待に悲哀に、色とりどりの思索を巡らせながら星の上で独り、まず取り越し苦労となるであろう過敏な機器の誤作動に踊らされながら、何一つ決まったものではない自身と人類社会の未来を夢見る。

位置の特定が完了、と、赤い表示の下へと行が弾き出された。想定したほどの時間は要さなかったかと、座標を視神経中の地図へと同期させる。視界の右上に展開させたそれを情報に合わせて拡大して間もなく、検知した異常はここからほど近い、南東へ200キロ程度離れた地点にあると確認。
それと同時に、この正体が如何なるものであるか、僅かに察した気がしていた。広い惑星の上で無作為に二つの点を選んだとして、互いがこの近距離に納まる筈がないのである。つまりは何らかの理由が、我々が打ち込んだ探査装置とこれとの間には、何かしらの関連性があるのではないか。
少なくともこちらの探査装置には、この惑星において最も安定した気候や安全な地質に恵まれた地点を探査して降着し、自然の気まぐれによって働きを害されないようプログラムが施されている。今や金属の反応としてしか探知できないそれにも、かつて似た意図があったのではないだろうか。

いずれにせよ詳細かつ手早い探査を行うためには、この足で現地まで赴くのが最善だ。そう決断して機体から飛び降り、小走りに駆けながら愛機の白い巨体を眺めていた。
機載の演算装置は高性能でこそあるが、探査装置から送信される膨大な量の情報を処理しながら、大気圏内での航法をこなせる程のものではない。非常時であればそれも手段の一つではあるが、データを損壊させる可能性が僅かながら生じてくる。探査装置が過敏に反応した屑鉄のために貴重なデータを損じ、任務に失敗したとなれば部署の笑いぐさだ。実際に笑い事で済まされてしまう程度の仕事だと言う現実は、この際置いておくべきなのだろうが。

主翼下に懸架したコンテナへ歩み寄り、見かけよりいくらか重い円筒形のケースを取り出す。それを地面へ設置して携帯端末からデータリンクを指示し、展開を開始。機体と同じように白い円筒の滑らかな表面がぴしりと割れ、がしゃがしゃと音を立てながら組み上がり、ものの数秒で小型のエアバイクへと姿を変えた。その間に折り畳んでおいたシェルターを背負い、調理道具を始めとした雑具が背嚢に収まっている事を確認してサドルへつく。既に浮遊したバイクが重量を受け止めて僅かに沈み、改めて愛機のコックピットを見やる。
星々を駆けるための愛機から離れてしまうのは不安であるが、この全身は如何なる毒素も遮断し、冷気や熱線はおろか高所からの落下や水没と言った状況さえ物ともしないサバイバルスーツに包まれている。まかり間違っても大事とはならないと再認識し、日の昇る方角へと加速を始めた。

秋口である事を感じさせるさんさんと注ぐ陽光の下、地面より2メートル程度の高度を維持しながら、草原や木々の隙間を走り抜ける。直線距離で200キロ程度と言えど、歩くのさえままならないような原生林を通過しなければならない、この旅路はいくらか厄介なものとなるだろう。
そう予測をしていたのだが、鬱蒼とした森林ながら幅3メートルほどの大きな獣道がそこかしこに遺されており、存外にも不都合なく行程を消化していた。いまだその姿を捉えてはいないが、大型の草食動物が季節に合わせて群れを成し、定期的に移動しているのだろう。現在向かっている反応がまことに遺跡であり、この道筋もまた彼らの遺した痕跡の一つでないかと考えてしまいそうであるが、その可能性はまずない。いまだ拭い切れぬ期待と不安を抱えたまま、風よりも速く路を進む。

「これは……」
いくらかを移動した先、そう呟いて高度を落とし、片足をついて静止した。
眼前には一面に、ごうごうと鳴りながら流れる大河が広がっていた。向こう岸が霞んで見えぬほどの川幅を持ち、ぱっと見には察せぬほどの水深を持ちながらもかなりの流速を成している。これまでに類似した環境の惑星は何度と訪れて来たが、こうまで大きな河と言うものを目にしたのは初めてではないだろうか。この特殊な地形が如何なる地殻変動によって形成され、そして如何ほどの学術的な価値を有しているかは、機体が解析している途中のデータが示してくれるだろう。
水面はいくらか波立っており少しの不安はあるが、このエアバイクの高度があれば足を取られる事もない。地についた足を上げ、飛沫を上げながら駆け出した。

傾き始めた陽の下で一直線に水面を割りながら、僅かに焦り始めている自身に気付いていた。予定されていた日時での回収、この身が文明社会へと復帰できる迎えは来ないと通達されているが、これは何も遅れて来るとは限らないのだ。実際に何ヶ月も遅れるはずであった回収に地域を巡回している艦隊が気を利かせ、むしろ予定より早く帰還を果たしたと言う例も記録されている。仮に不明な反応の何たるかを突き止める前にそうなった場合、全ての業務を打ち切って従わねばならないだろう。そうなればあの反応が何であったのか、知る機会は永遠に失われてしまう。異常の検知かと思いきや誤報でしかなかったと言う経験を幾度となく味わってきた軍上層の人間が、これを取り立てる事はない。
道程を想定よりも遥かに速く消化出来たのは幸運としか言いようがない。可能な限り迅速に事を進め、帰らねばならなくなる前に済ませてしまおう、と思う。視界の地図を拡大して眺め、この河を迂回するには何千キロの距離を回り、なおかつ丘陵や山脈までも踏破しなければならない迄を知る。
機体と隔絶されるのではないか、との懸念は感じていた。しかしこの、スーツから転送された電力を増幅して何万キロと走り続けられるバイクと、背嚢に仕舞った様々な装備さえあれば危機に面する事などないはずだ。そう目線を上げた先に向こう岸を認め、見る間に距離を詰めたそこへ上陸を果たす。
少しばかり川沿いに進んでから獣道へ入り、対岸とはいくらか異なった植生を横目に確認しながら進む。どうもこちら側はシダやヤシのような単子葉類の割合が多いように思える。途中、細い道に砂煙をぶち撒けて急停止し、クルミに似た種子や木苺のたぐいをいくらか摘み取る。あの大河にももちろんのこと魚類や貝類が多く生息しているであろう、こちら側でも食糧の心配は無用かと胸を撫で下ろしていた。

やがて森を抜け、草木もまばらな荒れ地へと風景は移り変わる、どうやら目的地はこの地域のどこかであるらしい。解析された反応を改めて地図へ落とし込み、それは点々と広範囲に散らばっているように見受けられる。最も近い一点を端として南東の方角に続く、飛行物体が空中分解を起こせば丁度このような分布になるだろうと、どこか醒めた頭で考えていた。
そうして辿り着いた目的地、高純度の金属反応の直上。一見は他の何の違いも見受けられない荒野であるが、この十数メートル下にその何かが埋まっているらしい。左腕の携帯端末からスキャナーを展開し、橙の光に地中を探査させながら周辺を練り歩く。丁度一周した頃におおむねの分析が完了し、視界内のウインドウへ探知した物品が表示された。

それはごく微細な何らかの破片と、ひと目にそれと理解できる、片手に持てるほどのコンテナだった。
やはりか、と冷えた頭に思う。ここを始めとしていくつかに分散した金属反応は、かつてどこかから飛び立った開拓者の成れの果てだ、異星人の遺物などと言う可能性は完全に否定できる。
しかしそうであったとして、まだいくらかの疑問は残っている。百年近くも前に未開惑星の開拓事業を軍の一部門が統括するようになってから、探査船を送り込んだ惑星は一つ残らず克明に記録されているはずだ、それ以前の物に関しても限りなく正確に。にも関わらず来訪者の痕跡がこうして存在し、俺はここへ送り込まれた、この地を踏む最初の人類として。
海賊や密輸業者など非正規の者が何らかの目的を持って降り着いたのかと考えたが、その線も考えにくい。このような居住に適した温暖型惑星は監視の目が厳しく、反社会的な彼らが拠り所とするにはリスクが大きすぎ、むしろ忌避されているはずだ。遺された痕跡の規模も小さすぎる、最新の装備を持つ軍が行うそれは例外であるが、一般に惑星の探査を行うためには少なくとも10人が長期間生活できる掃海艇クラスの艦艇が必要だ、それに比べてこれは降下艇の墜落跡と思われ、精々5、6人が搭乗できる程度のものでしかない。こうして生じた新たな疑問へ、気付かぬ内にのめり込み始めていた。

一つ息をつき、すっかり赤らんだ空を見上げる。いずれにせよ、他の痕跡から情報を集めさえすれば全貌は明らかとなるだろう。あるいはこの発見が期待したものではなかったと確定した今、特別に注視する理由さえ無くしたかも知れない。この星から脱出しうるものか彼らと同様に先行きの暗い身分として、過去の訪問者よりも今を如何にして生き抜くか考えるべきかも知れない。
軽い通知音に目を上げ、スキャナーが嗅ぎつけたらしい記憶媒体の一種を解読するよう指示しつつ、再びバイクへまたがる。他にここで見ておくべきものはないはずだ、まだ日の没していない今の内に移動して最も大きな反応の元まで移動しておくべきだろうと、先を急ぐ。代わり映えのない荒野に砂塵を率いて走り、急激に熱を失い始めた風の温度を頬に感じて進む。先程に解析したものが飛行中に脱落した貨物の一部であるとすれば、今向かっているこれは機体そのものだろうかと思索し、間もなくそれを視界へと捉えた。
岩のようだと、最初はそう見えた。しかし近づくにつれ、それが地中から露出した分厚い主翼の端であると、すぐに理解していた。やはり来訪者は空中で何らかのトラブルに見舞われ、機体の一部や貨物を零しながらここへ墜ちたのだ。
バイクを停止させて降り、再びスキャナーを展開。半径およそ30メートル、深さ10メートルほどの範囲に埋没している何かを探り、手元の画面を操作しながら緩やかに歩く。次第に像を結び始めた解析情報を視神経にリンク、地中を見通すようにしてオレンジ色の光に形作らせ、埋没したその全貌を見渡す。
予想の通り、何らかの機体である事をひと目に理解していた。全体的にずんぐりとしたフォルムをしており、幅3メートルほどの胴体の先端にコックピット、左右に短い主翼や可動式と思しきエンジンブロック、そして後部に6名分の座席と乗降用のハッチが確認できる。機種の断定も出来はせず部隊章および登録番号は積年の吹きさらしに風化してしまったようだが、明らかに人類を起源としたものである。

やはり偉大な発見などありはしなかったと冷えた鼻息を散らして、では何故にこの派遣が現代に記録されていなかったのだろう、と疑問を一つ繰り上がらせていた。この機体は長い風化に耐えるほどの素材で建造されており、それとエンジンの構造からも察するに垂直離着陸や単独での大気圏突入まで行えるほどのものだろう。小金持ちの道楽や技術に劣る海賊などが所有できるようなものではない、世代は不明瞭であるが軍あるいは大きな資本を有した企業を根拠として派遣されたものと断定できる、加えて何らかの艦艇に搭載されていたはずだ。彼らがここへたどり着いた報告を大元に怠らなければ、俺が意味のない数日を過ごすこともなかったのであるが。
いや、それは先駆者たる彼らに対してあまりにも礼節を欠いた物言いになると思い直し、俯くようにして祈る。彼らは恐らくのところ、いや確実に、この地で無念の最期を遂げたのだろう。俺がここに立っていると言う事は、そう言う事だ。

地中にある機体のそのまた内部に発見されたいくつかの記憶媒体を解読するよう指示し、今晩はここで野営するべきかと辺りを見渡しながら思っていた。枯れ草のような侘びしい植生に岩ばかりで興味を惹かれるものはないが、半日かけてたどり着いたここの解析もろくに行わず森へ戻るのも正しい選択ではないだろう。背中から降ろしたシェルターを展開させながら、軽い夕飯を取って眠ってしまおうか、と考える。明日の夜明けと共に点在する痕跡を辿るか、機体の元へ踵を返すか判断すべきだろう。
そうして地平線に沈み行く夕日を眺め、背嚢から取り出したクルミを手の内で砕く。硬い外皮の欠片をぱらぱらと振り落とし、薄茶色の中身を口へ運んだ。野生種らしく少々の渋みを持つが、しっかりとした香りを持つ油分が凝縮されていて美味い。美味いが、軽くクラッシュして昨晩に食したパンノキの実に合わせ、軽く焦げ目を付ける程度に焼けば大層香ばしい一品へと姿を変えただろう。そう惜しみながら飲み下し、強い酸味を持つ木苺で残った脂分を洗い流す。その刺激とほのかな甘味は期待以上の満足感をもたらし、簡素だが悪くない食事であったと思う。
そうこうしている内、"記憶媒体の一部を解読に成功"の文が表記された。何らかの短い音声データらしい、そのサイズの小ささにしては嫌に時間を食ったなと疑問に思い、再生を開始。

その始まりは、反射的に耳を押さえたくなるような騒音から始まった。データが破損しているのではないかと感じたがどうも金属の擦れる音らしい、その合間に非常警報らしい音色も聞き取れる。何かの艦内で録音されたものだろうかと案じた一瞬、その次に発されたのは、声だった。
 「さあ乗って下さい、早くここから出ましょう!」
若い、まるで少年のようなあどけなさを残した声色。この一文だけで海賊などとは違う、一定以上の教養を持つ人間の物言いである事を察し、たわんでいた神経を強い緊張が絞めた。
 「いや、私は残る。幸運を」
録音した本人へと答える、壮年の声。年齢を感じさせる声にはそれ以上の重さを有す、何かの覚悟を固めたような背景が感じられた。
 「あなたも、艦長」
と、左手から別の声が答えた。落ち着き払った中年と言う印象、こちらも達観したような雰囲気を匂わせる。その後に再び金属音が、恐らくは機体のハッチが閉鎖する音が響き、間もなく再生が終了。

たったこれだけなのか、と拍子抜けし、携帯端末の画面を呼び出して復元したデータの詳細を確認、それをひと目に流し見て驚愕していた。
この短いデータを解析するために時間を要した訳だ、と思う。記録媒体そのもののほとんどが酷く損傷していた事はともかくとしても、媒体の規格が異常なほど古いものであったのだ。地中に埋もれたままのそれをスキャンに成功はしたが、現代の常識が通用しないために幾度も解読法を変化させてようやく復元に成功したらしい。こうまで難解となれば数十年はおろか、百年前と言っても足りるかどうか定かではない程の代物だ。失いつつあった興味が俄然として湧いてきた気がし、疑問の一つへ手がかりを得た気がしていた。これは恐らくのところ軍が惑星開拓事業を統括する以前の、自由な探索が行われていた頃の遺物だろう。
そうであればもはや、技術的な価値は全くないと言い切れてしまうのであるが、沈んだ日を呼び戻すような強い興味を惹かれていた。ここへ座す自身と似た境遇の彼らが如何なる理由で惑星へ辿り着き、過ごし、そして歴史に記される事なく風化して行ったものかと、親近感と好奇心の入り混じった期待が溢れる。
機体をスキャンする過程で発見された別の記憶媒体の解読を指示しながら、前回よりも大きな容量を持つと思しきそれの完了は夜明けを過ぎるだろう、ともどかしく思う。既に結末を知るこの冒険記の続きへ胸を膨らませ、彼らを悼む感傷が続いた。この足跡の探求が弔いとなり、その眠りを妨げる結果とならなければいいが。

ともあれ、と、すっかり夜闇の満ちた荒野を見渡し、暗くなろうとも殺風景に磨きはかからないのだと思いながら唯一の安息の場、シェルターへと身を潜めた。
そう疲労した訳でなければ眠気も感じてもいなかったのであるが、明日へつのる探究心とは裏腹、落ちるようにして意識は霧散する。



 「……何」
眼を開けていた。その時と同様に周囲は暗く、しかし薄っすらと星の光を顔へ感ずる。
眠りから脱し切らぬ頭、音量を落として耳へ届く探査音を疑問として、視界の右上へ動体探知画面を表示。周辺を探るそれに光点は見当たらず、下面にただ"探査中"の一語だけが黄色く表示され、それも間もなく消えた。
何でもないのだと息をつき、目を閉じると同時、眠りへ滑り降りる。



シェルターを通る日光に目覚め、しかし目は開けないまま、体温を残した布団より這い出る。
空を仰ぐとともに眼を開け放って青空を一杯に収め、同時に通り抜けた涼やかな風から活力を流し込まれるような、爽快な朝を迎えた。伸びるように軽く体操をし、ベキバキと遠慮なく鳴る全身に不安を覚えながらも、本日はさてどうしたものかと顔を上げたままに思案する。
そう言えば、と端末のメニューを開き、昨晩に指示しておいたデータの解読結果を表示。いくらかは完了したらしいものの全ては終えられなかった事を不満に思い、これはデータそのものの解読法こそ確立させたものの、損傷が激しいあまり補完に手間がかかっているがためであろうと思案していた。
案ずるよりは、と傍らの岩へとその腰を落ち着かせ、記録された内で最も古いデータの再生を指示し、その内容に期待を募らせる。
始めの数秒は、薄いノイズが続いた。それは過ぎる風の音のようでもあり、人の息遣いのようにも思えた。
 「奴らを、振り切れなかった」
唐突にそう発した、中年の声に驚く。
 「始めから、追跡されていたようだ。この話が舞い込んだ時からなのか艦が発進した瞬間からなのか、知る方法はないが」
昨晩に聴いたものを思い起こしていた、これは若い録音者の隣にいた男の声に違いない。
 「この星系へショックポイントの通過を完了し、目標の近傍に到達した時、待ち受けていたように……いや奴らは追って来たのだが、とにかく、同型の二隻から攻撃を受けた」
ショックポイントと言う単語に興味が刺さる。母星より旅立つその時に開発されて今なお改良を伴って利用されている、恒星間の超距離をごく短時間で航行するための技術だ。これを手掛かりとするならば、そう古くはない記録のようにも思えるのだが。
 「理由は考えるまでもない、独占しようとしたのだろう。この戦闘で搭乗艦は大破、艦長以下乗員の約半数が死亡し、搭載艇の一機と4名だけが脱出に成功した」
昨日の録音データはその一端に違いない、と思う。やはりあれは艦内での記録だったのだ、この墜落機に搭乗するその時の。
そうして、語る声を聞き流しながらも思索に過熱する頭の、その集中を叩き割るような一言が、この次に発されていた。
 「非常措置に従い、この記録を残す。2122年、8月14日、我々は遭難した」
座っていなければ、腰から崩れ落ちていただろう。
今は2552年、つまりこの記録は400年以上過去のものだ。そして、それは。
 「誇りに思うべきだろうか。未知の生態系の中で遭難した、初の実例だろう」
人類が居住可能な惑星を発見する、その26年前だ。地を付けた足に愕然とし、吹く風は日光の熱を伴っていた。
ここは、人類第二の故郷となる筈の場所だった。


nozomi_d at 14:34コメント(0) この記事をクリップ!

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