January 09, 2017

Wishers Reached #3


第三話



未開惑星への有人探査。この仕事は現代において、不人気極まりないものである。
事情を知れば無理もない話だ。文明的で快適な生活から切り離されて遠い星の向こうへ送られ、数週間ものあいだ自宅に帰れず、現地でどのような災難に見舞われるかわかったものではないのだから。
人類未踏の星へと旅立ち、荘厳たる自然に身を委ねながらも道を切り開く。と、かつて喧伝されたキャッチコピーの一節こそ聞こえは良いが、母なる自然の持つ美しさなど、安全に整備されたものを都市の郊外で感じられれば十分だと言われてしまう点も、この業務における魅力のなさに拍車をかけている。義務教育過程さえ終えていればあらゆる職業を志ざせるこの時代、有意義な労働環境とは言えなかった。
何より問題であるのは、成果を挙げられていない事実だ。異星人や未知の生命などいるはずもなく、類似した惑星は万単位の数が踏破されており、その記録がひとつ増したとして興味を示す者など居はしない。赴いた先がいつも通りであった事を淡々と確認して行くだけの、そんな仕事だ。余程の物好きしか就きはしない。
そのような事実の上であれ、なおもあきらめてはならないと、この宇宙には何かあるはずだと、頑なに願う数少ない人々の要望に支えられて、政府主導のもとに少ない予算で続けられている。

 「上空から見たのは数秒だったが……美しい、この一言に尽きる。生命に溢れた星が宇宙に一つではなかったとは、奇跡としか考えようがない」
400年を経て掘り出した、その声に思う。彼は如何ほどの想いを胸に、この旅へ出たのだろうかと。
当時は恒星間航行こそ可能であったとは言え、その危険性は現代と比較にならない。十中八九のところ生きて帰れはしないと、そう覚悟して故郷や家族の元を発ったのだろう。
 「……プロトコルに反した記録をした。救助を要する生存者は4名、容態は安定しているが内2名は負傷しており、全波長帯にて救難信号を発信している」
淡々と、それでいて明瞭に語る。しかしその内に秘められた確かな熱意と興奮を、身を同じくする者として感じ取らずにはいられない。しかし、人類初の発見をしたかと思いきや空振りであった自身には、紛れもなく前人未到の快挙を成し遂げた彼の充足を理解、出来るはずもない。
 「空間航行法に基づき、これを受信した全ての船舶に対して可能な限り迅速な救助を求める。……まあ、このぐらいでいいだろう。後の記録は、私の日記のようなものだと考えてくれていい」
定型文を並べた直後の、まるでピクニックにでも来たかのような軽やかな口調に感情が渦巻く。それは偉業を成した者へ対する尊敬を主として、僅かながらのうらやみが滲んでいるのを否定できない。
 「我々がどうしてこのようになったのかを説明しておこう。この惑星を発見したのは、全くの偶然だった。原因はわからないが、スリップドライブの形をした屑鉄を騙し騙し動かしていたせいだろう、ジェンキンスには排熱でホットケーキを焼くなと言っていたんだが……とにかく、調査を予定していた星系とは異なる座標に弾き出された。帰る方法を探す過程で星系内の調査を行い、この青い惑星を見付けた。社長は……艦長と呼ばれるほうが好きだったが、予定されていた全ての業務を放り出し、最低限の物資だけを補給してから、我々と共にこの星へ向かって発った」
やはり彼らは自由な探査が行われていた時代の、企業としてそれを行っていた者の一端らしい。さほど大きくはなく、そして収益にも恵まれたとは言えない業態だったのだろう。それがこのような惑星を発見したと言うのだから、大慌てになるのも頷ける。
 「恐らく、情報がどこからか漏れた訳ではない、乗員の皆は一切の口外をしておらず、そのような時間もなかったはずだ。大慌てで出発した我々の背中を見て、何かあるらしいと勘付いた連中が後をつけて来たに違いない。どことは言えないがまあ、同業他社のどれかなのだろう。追跡の可能性を考えて手は打っていたが、掻い潜られたようだ」
殺傷、そのような手段を以ってしてまでも他人を出し抜き、成果ひいては利益を我が手のものとする、好かない発想だ。しかしこれが横行していた世間がいくらか輝いて見えているとは、彼に伝えるべきでない。
 「かなり、足の早い艦を揃えて来たらしい。我々よりも後に星系へ侵入し、この惑星への進路上に先行して待ち伏せをしていた。この戦闘で一隻を撃沈、もう一隻にも損害は与えたがこちらもやられた。敵が離脱しようとした隙に我々は退艦し、艦長は残った。あれを見逃しはしないと、そう言って聞かなかった」
 「副長、西側に森と河川があるようです、水などが手に入ると思いますが、確認願います」
 「今行く。……可能な限り、このような形で記録を残す」

短い会話の後、音声は途切れる。
今は地中に埋まった機体、その傍らへ座していたかのような強い感情移入から引き戻され、吹き荒ぶ原野を硬い表情で見渡していた。副長、とだけ呼ばれた彼は艦長と良好な関係を築いていたのだろうと第一に思い、それを心の底から大きくうらやみ、軽く息をつく。既に解読の済んだ次の録音データに興味を惹き付けられるが、この自身もまた優雅に過ごしていられるような身の上にはないのだ。この次にどう行動し、また次の行動を如何にしたものか計画を立てなければ、悲惨な運命が待ち受けている。何も知らずままここへ投げ出された彼らと比べれば、鰯と鯨ほどの差はあるが。
森へ行かねば。そう思い立って腰を上げ、シェルターを背負ってエアバイクへ跨る。再び訪れるかはわからない墜落機の翼をひと目にだけ見やり、吹く風に押されるようにして走り出した。

 「大気圏への突入を開始して間もなく、星の中に二つの光を見た。艦長は、艦と運命を共にしたのだろう。それによって、我々は生き延びた」
風と共に野を吹き荒びながら、記録へと耳を傾ける。                  
  「しかし、発進前の調整をできなかったためか。減速中に機体の制御を失い、損傷した。脱落したハッチからジェンキンスが投げ出され、不時着の衝撃でフォーハマーも両足を負傷。ジェンキンスは特に重症だったが、意識ははっきりしている。様子を見る必要はあるものの、大きな心配はなさそうだ」
知性と言うものがこれほどに声色へ現れるものかと一種関心さえしながら、その心の内を僅かに案じていた。彼は偉大な発見の当事者となり、その仲間を失い、命を以って救われた。故郷へ帰るのはおろか、降りた地で生きていけるかどうかもわからず、歴史を総ざらいしたとしても前例はない状況に置かれる。
これで、正気を保っていられる筈がない。だと言うのに彼は、こうして冷静に記録を遺した。恐らくは誰にも届きはしないと、その聡明な思考でとうに理解しながら。
 「今は水などの確保のため、森の中を移動している。……信じ難い事に、私自身生物学に詳しくはないが、杉、樫、松、それに桜……どう見ても、我々の知る生態系と変わりない。しかし木漏れ日の色ははっきりと白いうえに月の形も違う、気が変になりそうだよ。無から生命が発生したとしてそれが進化を重ねた結果、いくらか環境が異なったとしても同じ形に行き着くと言う事だろうか?」
その通りだ、と風を切りながら頷く。生態系を持つ星の気温や重力が多少のところ異なったとしても、発生した生命はおおむね同じ形態に行き着くと、現代の生物学には結論付けられている。このような温暖型惑星などは一部の凶暴な生物や感染症などに注意すれば、人間が身一つで暮らせるほどだ。
その事実は彼らにとって幸運だったろうか、それとも期待外れであっただろうか。
 「何れにせよ今の我々には水食糧ともに余裕がない、感謝するべきなのだと思う。いくつか採取したこの果実が本当に我々の知るものと同じ成分を持つのか、機材の多くを失った今、検証する方法は……」
何の実だろうか。シャリ、と小さく咀嚼する音を認め、躊躇もなく飲み下したようだ。
 「副長!あまりにも危険です、せめて私が」
 「構わない。2時間ほど様子を見る、問題がなければ持ち帰るぞ、オブライエン」
名を呼ばれた同行者は曇った返事を返し、記録は中断されている。既に解読と復元を終えているこの続きが存在すると言うことは、体を張った検証は上手く行ったのだろう。
どうやら彼らの装備はある程度の免疫機能を持ち、大気組成の違いもほぼ生身で克服が出来ているらしい、これらは当時の技術水準とも一致する。となれば、そう運が悪くなければ数年間は生きていられたのではないかと、針の先ほどの安堵を先頭とした複雑な感情が湧き上がる。見知らぬ地に二人の重傷者を抱えて、長期間生活する事がとれほどの困難となるだろうか。

最新技術を纏ったこの身でさえも苦悶していると言うのに、と、到達した森林と荒地の境目に足をつく。エアバイクを収縮させて背嚢の外側へ取り付け、真っ直ぐに踏み入るでもなく森林と荒地の境目をふらふらと散策した。
低木が適度に生い茂り、日当たりも良い。ここには必ずあるはずだと目を光らせて数歩、細い幹に巻き付いた蔓を見付けた。ばねのように螺旋を描いたそれを上へ上へと辿り、木の葉の間に結実した紫色の標的を見付ける。真下へと歩み寄って数度、軽く屈伸をするようにして準備動作へと移った。
 「よっこい、しょ!」
脚部のパワーアシストを唸らせ、5メートルほどの高さを跳躍。放射状に連なった果実の房を掴んで千切り、落着の衝撃に尻を割りそうになりながら二の脚で着地に成功。
アケビだ、このような気候のこのような場所にはほとんど必ずと言っていいほど自生している。青みがかった紫色の果皮を割り、その内に詰まった白い透明感のある果肉を取り出し、たまらんとばかりに頬張る。アイスクリームのそれに似た、ねっとりとした強い甘みが口内を満ちに満たす。余計な酸味や独特の香りなどと言ったものは含まない、純粋で上品な甘露に小躍りしながら森へ歩み出していた。食糧の不足に見舞われた今、細かで固いこの種子をも噛み砕いて摂食しておくべきかと考えはしたが、まだ見ぬ様々な果実が迎えてくれるだろうと楽観視し、せめて新しい芽吹きの先駆けにでもなれば、と肺活量の限りを尽くして周辺へと噴き飛ばす。これらが小動物らに齧られずに運良く次の秋を迎えれば、また新たな実を結んでくれるであろう。紫色をしたこの皮も一部では食されていたらしい、と大きく齧りつき、悲鳴を上げて吐き出した。柔らかなその果皮から染み出した水気が口の隅々にまで渋味を行き渡らせ、枯れ草を詰め込まれたような強烈な不快感に水分と言う水分を吐き出す。

ともあれ、この近辺でも食糧は豊富にある事はわかった。この分であれば全神経を集中して行動する必要もないだろう、そう思い、木々の間を歩みながら録音データの再生を開始。聴き入るあまりについ感情移入してしまい行動が疎かになるのではと考えていたが、少なくとも今のところ、彼らもこちらも逼迫したと言うほどの状況ではない。記録を標しながら実際に訪れたであろうこの森を散策しながら軌跡を辿り、その遺物に耳を傾ける事とした。
 「2時間が経過した。身体は何ともない、スーツの示すバイタルも正常だ。やはり、これは我々の知る果物……ビワと相違ないと考えられる、信じがたくはあるが、事実だ」
明るい声色に、この事実は彼らにとって幸運か期待外れか、との思索は愚問であったと察していた。すべての事実は驚き以外の何物でもないのだろう、ただただ未知と発見の連続であり、そこに強弱や優劣と言った価値観が付け入る隙はない。
 「ほとんどが果物ではあるが、幸いにも多くの食糧を確保できた。この様子なら行動が可能な私とオブライエンの2人ででも、4人分の腹を満たすのに十分な量を確保できる。途中の小川で水の確保にも成功した、簡易な水質検査を行ったがそのまま飲めるほど清浄だ。下流へと辿れば、魚なども棲む大きな河も見つけられるだろう」
聞いているこちらまで安堵するほど、朗らかに彼は述べる。
 「より安全な住居や周辺の探索、気候の変化など備える必要はあるが……これなら、生きていられる」
これまで言葉にする事こそなかったが、やはり不安だったのだ。彼らも我が身と同じ人間なのだと、これだけの年月を隔てながら実感していた。
 「じき日も暮れるだろう。収穫を充分として機体へ戻り、負傷者の容態も確認……」
踏みしめるように森の奥へと進みながら聴く、その声が濁った。
 「オブライエン、待て!!」
魔法でも射たれたように、びくりと全身が硬化。片の足を浮かせたまま止まり、目だけを動かしてくまなく周囲を凝視、額に僅かな冷や汗までが滲み、呼吸もまた忘れていた。
 「獣道の様子がおかしい。左右にふらつき、草地を迂回し、向かう必要のない方向へ向かっている。今まではただ地形の高低に沿うようにしてのみ続いていた筈だ、ここには何かある」
視界のスキャナーを起動。当時と環境は異なっているだろうとは思いつつ、木々の隅にそれを見付けた。数株が寄り添うようにして慎ましやかに伸びているのみであるが間違いはしない、河の向こうでもこの身を襲った、神経毒を持つ名もなき雑草。
 「うわ、優秀だわこの人」
純粋な感嘆を口から零し、片の足を地に付けて再び歩みを進める。こう身体が反応してしまうようではやはり業務の支障となるのではないかと思い、しかし彼らの辿った道筋から興味を引き剥がせる訳もない。
 「一度通った道以外は極力通らないようにしよう。見慣れた風景に気を許して、ここが未知の惑星である事を忘れてはならない。オブライエン、移動だ」
音声が切れる。歩みとともに森を探るようにして揺れていた視線が何気もなく上へと向き、薄い雲が木の葉の向こうに広がっている様を見ていた、その厚さは僅かずつ増しているようにも思える。
それを裏付けるように遠く、ずっと遠くから微かに轟いた雷鳴を耳にし、天候が徐々に悪化しつつある迄を知る。この分では早くて1時間、少なくとも夕暮れまでの間には雨が降り出すだろう。機器の判断を仰がず、積み重ねた経験から導く。

急ぐべきだろうか、と周囲を探る目に、少しばかり背の高い木が結んだ橙の実を見付けた。小走りに駆け寄り見上げ、小ぶりなビワの実が多数、高さ4メートルほどの枝に揺れている。跳び上がってむしり取るかと足元の状態を調べ、柔らかいこの土の上で姿勢を崩すのではないかと危険を予測。再び見上げた眼が可憐な緑色をした、可愛げな小鳥の視線と見つめ合い、果肉を小刻みについばむ食事を妨げるのも無粋かと笑う。
幸いと言うべきか木の反対側に大きな岩が転がっており、ひょいとその上へ跳び上がって手を伸ばす、そうして瑞々しく艶のある実を手中へと収めた。
苔むした岩の上へ立ったままひと齧りし、美味い、と頷く。目が醒めるような酸味とそれに隠れようとしない甘み、そしてビワの持つ独特の香気や歯を当てただけで噴き出し滴るほどの果汁、どれも非常に力強く、それでいて調和している。街で暮らす日常でそう頻繁にはビワと言うものを食していないが、一般に販売されているそれよりも遥かに美味いと太鼓判を押せるほどのものだ。木の葉の向こうで小鳥を怯えさせぬようにいくつか採取し、未開惑星の有人探査と言う職業が導く、このような環境が成す大きな魅力に理解を示さない文明社会を蔑みながら、岩から降りるべく動かした足を若草色の苔がずるりと滑らせた。
 「ああああああああ!!」
開け放った口で鳴らす喉、真上を向いた顔で厚い雲を目にしながら、まずい、と今更の危機感が走る。重い全身が落下を始めて思考に火花を上げ、無重力遊泳に用いるスーツ背面のスラスターを噴射、胴を上へ足を下へと姿勢を整え、屈むようにして着地。重い質量の衝突に地面が沈み、轟音に驚いた鳥達が慌てげに木々から飛び立った。
先ずはひとつ息をつき、やはりこの惑星に取って我々は異物なのだ、と訳も分からずまま思考する。岩に手をついて頂点を見上げ、遅れて剥がれ落ちた苔が顔めがけてばさばさと降り注いだ。口内へ侵入した土を俯いて吐き出し、瞼の重いその目を上げた。
手をついた岩へ向けた眼を静止させ、ただただ硬直。それが何なのかわかっていながらも理解が出来ないような、全く奇妙な感覚に居座られたまま思考を凍結している。
目と鼻の先にある灰色の岩、苔むしたそれの剥がれ落ちた表面に、こぶしが入るほどの窪みがあった。いびつながらも円と言える形をし、雨風に侵食されて自然と崩れ落ちたようなものではない、小さく硬い何かが高速で衝突したような、この痕跡に目を見開いた。

弾痕だ。ここで、何かがあった。
スキャナーを起動。衝突痕とその中心部を探査し、奥部に合金製の実体弾を確認。他に同様の痕跡や残留物は見当たらない、岩に撃ち込まれたこれのみが残ったのだ。
スーツの戦闘モードをスタンバイ、内蔵された動体探知機を起動。身体をぐるりと回し、周囲に反応がない事を確認。パッ、パッ、パッ、と定間隔で発せられる探査音に神経を研ぎながら、400年も前の事だ、と思い手を下ろす。
ただ銃を撃ったらしい痕跡を一つ見付けただけだ、食糧物資に困窮した彼らのこと、何か動物を見つけて狩りをしたのかも知れない。少なくとも今のところ自分が行えるのは物資の調達と洞窟のようなシェルターの確保、そして彼らの遺した情報を集める事であり、これに変わりはない。あるいはすぐにでも機体の元へ戻るべきかも知れないが、痕跡を辿り終えてはいない今、得策ではない。もういくらか滞在して声へ耳を傾け、分散した金属反応の何たるかを知るのもいいだろう。森の内で少し足早な歩行を再開し、次の録音データを再生した。

再生は始まったものの数秒、何の声も発されはしなかった。しかし微かな息遣いや風の音が聞き取れる、データや記録機器に異常がある訳ではなさそうだ。何かを言い留まっているような、そんな気配を感じ取った瞬間だった。
 「ジェンキンスの……機体から転落し重症を負っていた彼の容態が急変し、死亡した」
頭上の雲が渦巻き、辺りへ深い影が差す。
 「止血に成功し、外傷も治療して感染症の予防も行っていた、死因は臓器に内出血を起こしていたためと考えられる。相当な、激痛だったはずだ。それにも関わらず彼は痛くないと、大丈夫だと言い続け、日暮れに我々が眠ってから声も上げずに旅立った。治療するだけの設備はなく、医薬品も残り少ないと知っての事だろう」
歩みを留めてはならない。行く先に焦点を合わせ、移動を続ける。
 「楽にしてくれと言うのなら、その役目を背負ってやりたかった」
震えた声に口を噛み締め、彼らの探査艦を襲った不届き者への怒りが噴き出していた。この惑星の軌道上で艦隊戦を行い、その末に全て撃沈されて生存者も残ってはいなかったようだ。初めこの惑星を見付けた彼らがそうしていたように、襲撃者らも外部へ情報は漏らさなかったのだろう。その結果として、俺がここへと赴いた。
 「既に埋葬は終えた、この森で安らかに眠るよう祈る。……そして、悪い話ばかりではない。つい先程に信号を受信、これを解析した」
救助が来たのだろうかと、差す筈のない光を見る。
 「全て失われていたものと考えていたが、艦に残されていたこの惑星の解析情報を艦長が分離し、データポッドに載せて射出していた。墜落地点から北に60キロ、西に20キロほどの位置だ。これと我々が地上に降りて収集したデータとを照合すれば、完全な結果が得られる。可能な限り早く、この回収を行う」
それを聞き終えてまず、語調を戻した彼の精神力に驚き、そしてデータの収集を最優先としているらしい点から、救助の希望も失っていなかったのだと悟った。これこそが、この状況で正気を保っていられる理由だったのかも知れない。
足は止めずまま、地図を拡大表示して金属反応の光点を重ねる。機体の残骸を解析して得た材質等のデータを挿入して再解析、そうして北西の方角に残る一点を割り出した。恐らくはこれが彼の言うデータポッド、任務を完遂するために回収せねばならなかったものだろう。
それが落着したであろうその場所に位置を変えないまま留まっている理由は、今に考えるべきでない。解析データの一覧から、次の音声記録を再生した。

 「ジェンキンスが、消えた」
何を意味するのかと、ただ疑問符を浮かべて次の文を待つ。
 「墓地が掘り返され、遺体が消失している。痕跡を見る限り何か、かなり大型の原生生物によるものだ。今朝に彼を埋葬し、回収ルートの探索に出てから日暮れに機体へ戻る途中に墓地を通りがかった、それが今だ。この短時間で掘り返すとは信じがたく、それも足跡などを見たところ一匹や二匹ではない複数が、共同で作業したようにも見える」
そんな事が、と額から一筋の冷や汗が音を出さずに滑り落ちた。群れで行動する動物は数あれど、一つの仕事を共同で行うなどと言う話は稀だ。そしてそのような傾向を持つ種は縄張りへ侵入する他種に対し、極めて攻撃的な態度を取る例が多い。
 「どのような生態か予想がつかないが、十分に注意する。全員の武装を確認、シェルターも可能な限り早く移す。明朝には物資をまとめて出発、データの回収は先送りとする」
この森は危険だ。まずは少しでも視界の開けた所へ出ようと、まだ降り始めてこそいない雨雲の通す日光を辿り、木立を抜ける。

そこに、それは居た。背の高い草を踏みならした空間、恐らくは簡単な巣だろうか。屈むようにして収まり、長い尻尾を丸めて頭だけを上げていた。くすんだ草色をした鱗で全身を覆い、金色の眼に牙のような細い瞳で、俺を見ていた。
ヴェロキラプトルかその近縁種、恐竜だ。俊敏で知能が高く攻撃的、更には群れでの社会性までをも垣間見せる明確な脅威だ。それは目を合わせたままゆっくりと、警戒していると示すように立ち上がり、尾を左右に揺らした。
声を上げてはならない、後ずさってはならない。右手を腰へ添え、身体の重心を深く落とすように身構える、相手よりも先に行動してはならない。
爬虫類の表情を読んだ試しはない、だが良くない状況であるのはわかる。恐竜としては小型でありながら2メートルをゆうに越す、その巨体に圧倒されながらも微動だにせずまま、ただ目だけを合わせて立つ。
動かぬ身体にぽつり、ぽつりと雨粒が落ち始めた時、それが吼えた。獣と鳥の咆哮を足したような、映画で観るそれと相違ない声を発し、大きな口に並んだ牙を敵意として剥き出しにした。この次には飛び掛かるだろう、もはややり過ごす事は出来ない。
レーザーピストルの安全装置を解除、指をトリガーへ滑り込ませてスイッチを押す。頭上に一発、青白い光線が雲を割るようにして光り轟き、プラズマ化させた大気の綺羅びやかな粒子が軌跡を残した、第一威嚇射撃。そして真っ直ぐに標的へ構え、ゆっくりと少しずつ、コールタールが流れるように重い動作で後ずさる。
音と光に驚いたそれは身をすくめたが、未だ明確な敵意を顕としている。後ずさるこちらに対して身を低くもたげ始め、それはまさしく突進を行う、その準備動作であった。
第二威嚇射撃。低く落とした頭の直前、草に覆われた地面が赤々と爆ぜた。目一杯に出力を落としてなおその光線は土壌を焼き、こちらへ達するほどの熱気を砂の蒸気として噴出。これには恐れをなしたか、相対したそれは絞るような唸り声を上げて背を向け、草木の向こうへと姿を消して足音を遠ざからせる。
こちらもすかさず反転、一目散に逃げ出す。来た森へと戻りながら方角を確認し、緊張の糸が切れた頭の過熱が治まろうとしない。
探査衛星から送られてきた情報と違う、この大陸には恐竜など生息していなかったはずだ。とにかく今は大河を越えて機体へ戻るべきだ、そう考えた所で、あの河こそがこれを成したのではないかと閃いていた。見渡せぬほど途方もない川幅とそれの成す流速が、大洋と同様に生態系の隔絶を産み出したのではないか、と。前例があっただろうか、などと言う思考を振り落とす。全てが未知のままこの地で生きた彼の声を聞きながら、誰かが残した知恵に縋ってはいられない。
動体探知機は既に起動している、前後ともに反応なし。今はアクティブモードへ切り替えたが、パッシブモードであってもあのような動物であれば探知できたはずだ。しかしこれはその名称が示すように、如何に大きな動物であろうと動いていなければ探知しない。するとあの恐竜は巣に身を構えて警戒し、じっと辛抱強く周辺を探っていたのだ。鉢合わせする以前に何か警戒させるような切っ掛けがあっただろうかと案じ、転けて発した叫びに思い当たる、引きつった顔から苦笑の一つも零れはしない。それによくよく思い起こせば、昨晩に動体探知機が一瞬ながら異常を知らせていたではないか、今にして思えばとうに目を付けられていたのかも知れない、あるいは河を渡り切ったその瞬間から。
辺りの警戒を厳としながらも小雨を弾いて走り続け、パワーアシストから漏れ出た疲労が息を切らせ始めた頃、大河への到着まで間もないと地図を見ながら悟る。いまだ鬱蒼とした木々の向こうに曇った光を見出し、何かの違和感を感じながらも駆けるペースを上げ、迷いの森を抜けた。

 「こんな、馬鹿な!」
辿り着いた木の向こう、見渡す限りに広がる広大な河。その水面は激しく波打って飛沫を打ち上げ、所々では渦を巻いてさえいるほどに荒れ狂っていた。ごうごうと森の内にまで響く濁流に、雨はまだ降り出したばかりではないかとその光景を受け入れられない。
しかし理由には思い当たる所がある。こうまで巨大な河川であれば、数千キロの距離に途方もない数の川が交わって成されている筈であり、今現在に立っているここが小雨であったとしても、遠いこの支流が流れている辺りは豪雨が降り注いでいたのではないか。
そもそもこれは、本当に河なのだろうか。通常は真水が流れていたとしても、悪天候と海の潮汐とが重なれば逆向きに流れが生じる事もあるのではないか。もしそうなれば、このように激しく波打つ事もあり得るのではないか。

時間をかけて行う深呼吸は、如何なる薬品よりも平静を取り戻させてくれる。とにかく、ここをエアバイクでは渡れない、高度が足りず水没の危険が大きすぎる。
後の報告書のために河の様子を短時間撮影し、それを終えると携帯端末を操作、今は遠い機体が進行しているデータの解析状況を表示。間違いなく進行はしているが、不明なデータの復元解読などを盛り込んだために大きく遅れている。これが完了するであろう残り20時間ほどの間、遠隔操作によって機体をここまで呼び寄せるのは行えないと言う事だ。
もちろん、データの破損を承知で中断の強制もできる。ただ、こうしてこの大地へ立ち、先駆者の声に導かれながら不手際を生じさせたこの時、己と言うものの真価を問われている気がしていた。
ここで全てをあきらめ、保身のために最善の手段を取る方法はある、誰にも咎められはしない。しかし、未開惑星の探索者として誇りと言うものがあるならば、持った知恵の次第で打開できるのではないだろうか。

濁流の轟きを背に森へ向き直り、相対する。
すぐに日が暮れる、この天気であれば夜闇の足も早いだろう、それまでに身を守るのに適した場所を探す必要がある。威嚇射撃に尻尾を巻いたあの恐竜が襲い来るかどうかは何とも言えないが、十分に注意する。
地図を表示させたままの目を右に左に、どこか適した地形はないかと考えあぐねていた。洞窟のような所は逃げる手段がなく、むしろ危険と考えるべきだろう。この川沿いも増水の危険を考えて早急に移動すべきだ。後はただ森、森、そして森が広がるばかり。
何か方法があるはずだ、と泳がせた目を雨粒がかすり、目に見えぬシールドの脅威検出層が弾いた。その元を辿って上へ向けた視界に、樹上、と言うのはどうだろうかと思い立つ。眠って疲れを癒やすのは難しいだろうが、一夜ぐらいは凌げるかも知れない。
森への侵入を始めながら携帯端末から録画データを参照、保存しておいた威嚇射撃時の視界ログを呼び出し、照準器の向こうで吼えるその体躯を観察する。大きさに圧倒されていたが全体的に細く、見かけほどは重くないように思える、手足の爪も発達しているうえに何よりこの森の内に生息する事実から、おだてずとも樹にぐらい登るだけの能力は持つだろう。そうであれば得策とは言えないが、他の手もまた持たない。見る間に暗くなり始める周囲に焦りを滲ませ、そして目に留まった程よく大きなクスノキを見定めにかかる。
幹の直径は80センチほど、全高は10メートル手前と言った所だろうか、腰掛けられるほどの枝分かれもそこかしこにあり手頃なように思える。
背に腹は代えられない、と決断し、辺りが闇に没するまでの猶予を見積もりながら、夜を過ごす準備へと取り掛かった。



そう悪くないと、辺りの樹より少しばかり高い処から藍色に染まった夜の森を見渡しながら、重い腰を落ち着ける。
湿気た樹皮は思いのほか滑り、この高さまで登りきるのに苦労はしたが、荷物を置いてぐらつきもなく座っていられる場所を見つけられた。さすがに眠りにつくのは難しいが、風を感じながら幹に背を預けて落ち着いていられるここは存外に悪くない。いまだ降り続けている小雨は身を包むかのように広がっている木の葉に遮られ、ただ気まぐれな風が荒んだ時にだけぱらぱらと音を奏でて舞い落ちる。続けて森全体がなびくように鳴り、その音色は心の中を洗い流すかのような心地良いものであった。
その中でアケビとビワ、そして少しのクルミだけの慎ましやかな夕食を楽しみ、猿にでも戻った気分だ、と自嘲しながら携帯端末を操作、録音データを喚ぶ。特に行うべき事もなくした今の内に、この拝聴を消化しておこう。

再生、と同時に鳴り響いた強烈なノイズに顔をしかめる。いくつものドリルで岩盤を叩くような、数秒が経過しても留まる所を知らぬそれに苛立ち、データの復元に失敗したのだろうかと不安が重なる。しかし再生はされている以上その可能性は低い、ならば録音側の問題に違いないと、データの一覧を確認した時だった。
 「3時方向、更に来ます!」
 「オブライエン、そっちに回れ! 残弾はあるか!」
 「まだ持ちます、援護を!」
違う、これは銃声だ。声に続いて一層激しく鳴り続け、その遠い向こうで断末魔のような何かの鳴き声も聞き取れる、それは昼間に聞いたものと酷似していた。
 「装填した、フォーハマー、止血するぞ!耳元では撃つなよ!」
 「足を無くしてまで寄って来るのがいます、信じられません!」
 「とにかく撃て!6時方向にも注意しろ、こいつらには包囲の概念がある!」
更に銃声は続く。誰かが負傷したのか、荒い息遣いの向こうで忙しく手を動かす気配と人の呻き声を認め、状況を確信した、恐竜の群れに襲撃されたのだ、それも身を守るものの少ないあの墜落地点で。

群れの規模は、その動きは、速度は。炸裂し続ける銃声に耳を澄ませた時、その再生が中断されて唐突に鳴り響いた警報に、全身が跳ね上がる思いをした。
我に返り、目の焦点を戻す。視界の右上に警告文と動体探知機の表示画面が弾き出され、最大レンジまで拡大されたその端に光点が表示されている。一拍ごとに距離を詰めてゆくその点が一つ、また一つと増す。身体を回した周囲全てから円を狭めるようにして続々と現れ、その総数は10、20と増加を続けていた。

スーツの戦闘モードが起動、視界を暗視へ切り替え。
カービンライフルを握り装弾を確認、スターターレバーを引いて安全装置を切る。



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