October 24, 2017

Wishers Reached #4


第四話



過去の偉人が遺した軌跡。もっと早くに、この記録を聴いておくべきだった。カービンライフルのトリガースイッチに指をかけたまま、後悔をささくれ立たせる冷えた風に打たれていた。
どのような意図でこれを記したのかは知らない、意味などないのではないか、ただ気を紛らわせるために口を動かしていたのではないかとさえ思う。だがその内容は常に正しくあった、置かれた状況を判断して危機を予測し、それは極めて正確な結果に行き着いていた、比較にならないほどの格差を有す現代技術にも遜色ないほどに。

しかしこの脅威だけは、乗り越えられなかったのだろうか。そう、辺りを取り囲んだ動体反応を見ながら全身を強張らせていた。視界には闇の森がただただ広がるばかりであり、僅かな気配も感じられはしない。
だが、居るのだ。反応から示される大まかな質量や体積から、これが昼間に遭遇したあの恐竜らであるのは疑いようもない。こちらの位置を正確に把握しているかのように円を絞りながら歩調を合わせ、音の一つさえ立てずに忍び寄っている様子にぞくりとしたものを覚える。
これが知性でないとすれば何だと言うのか、人間こそがこの宇宙に唯一の知的生命であると、そのような言は驕りだ。彼らは種族を通し助け合って社会を形成し、故郷を荒らす外敵と対峙し、戦っている。

効果はないだろう、そう確信さえした動作を実行。動体反応の位置を視界へフィードバック、ただ広がる森の絵を透過するようにして多数の白い影を浮かび上がらせる、距離90、なお接近中。包囲を縮める輪、その数メートル手前をなぞるようにイメージして僅かに身を起こし構える、射撃姿勢。
カービンライフルを連射。金属板を打つような甲高い銃声を轟かせ、輝く実体弾を噴き出す銃口を横へ振り、木々を薙ぎ倒すかのようにして撃ち続ける。300の残弾表示が200を割ると射撃を止めて動体反応を注視、目前に威嚇射撃の雨が降り注いだ彼らの反応を見る。
動きを留めて戸惑っているようには見えた、しかしただの一匹も退がりはせず、ものの数秒後にはそろりそろりと様子を見るように前進を始めてさえいた。銃撃に打たれ遅れて倒れるいくつかの木々に驚きを見せながらも、変わらず包囲の網を絞っている。
やはり効果はなかった、彼らは知る内でも最悪と言えるほどの攻撃性、ひいては闘志を有している。ささやかに土地を荒らしたこの自分自身の、何がこうまで敵意を奮い立たせるのかと悔い、淡い緑色に映し出された暗視視界の輝度を下げる。

プランBへ移行、カービンライフルを背へ戻してレーザーピストルを持つ。狙いを定めたまま接近を待ち、機械的にトリガーを押す。レーザー特有のまばゆい閃光が瞬き、照準の先、松を始めとした油分の多い枯木を積み上げたそこに着弾、爆発を起こしたかと思うほどに赤々と火柱が立ち上がった、続けて同様のポイントへ2、3と着火。出力を上げたレーザーの線、第二類兵装の防護装甲さえ撃ち抜く光は小雨に湿気た枯木を瞬時に燃え上がらせ、かがり火のように森の夜を払う。
避けられるのならば、この手も使いたくはなかった。石を敷くなどして一応の対策は行ったが、我が身愛しさに山火事を起こす危険は回避せねばならない。しかしまずはこの光と熱気に驚いて退く事を切に願い、動体反応を注視。
 「頼む」
昼間の接触でその傾向は確認した、火は恐れる筈だ。心中より漏れて零した呟きに祈り、光点を見る。これで引き返して行けとまでは期待していない、ただいくらかの時間、攻撃を躊躇してさえくれればいい。そうしてそれらは十数秒の戸惑いを見せた後、前進を再開した。
何故だ、と拳を握り締める。こちらの威嚇に対してごく短時間であるが確実に動揺している、機械や虫のように一切の感情を持たない訳ではないのだ。我々の知るものと相違ない恐怖を覚え、それを踏み越えてまで外敵の排除と言う目的へ勇敢に殺到している。
何故だ、そう繰り返し唱えてはこうまで拒絶される現実をただ悲しんでいた。つゆ知らずままに縄張りを我が物顔で侵し、いくらかの行為で怯えさせた事実を悔いても、伝えて詫びる術は持たない。

ならばかつて人類とその国家がそうして来たように、行動に移るべきだ。煌々と辺りを照らす炎をさえぎる木々の向こう、赤を映して輝いた金色の眼と鱗の光沢を目にして決意する。再びカービンライフルを持ち、銃口の先に着剣。通電回路が開いて鈍い水色を灯し、その残像を引きながら樹から飛び降りた。盛大な衝撃と共に雨粒を吹き飛ばして着地、そして一心に走る。
襟首からせり上がった頭部保護装甲に顔を覆い、伸縮式の銃床を伸ばして固定しながら走り、走る。あの場所では必ず襲われる、逃げるのだ。彼らの速度が判るまでは、如何ほどの距離を駆けるのか見るまでは、そして追いつかれるまでは。包囲の輪は完全に塞がっておらず、全速で駆け抜けられる程の隙間が残されていた。
エアバイクにも匹敵する速度で夜の森を駆けながら動体反応を見、背後のそれらは輪を崩して追跡の体勢に入っている迄を確認していた、距離は離されつつあり追い付かれる様子はない。これなら、と視線を前へ戻した時、動体探知機が叫ぶように警報。
直上に反応、と見上げた夜空に並んだ、牙の列を見た。はち切れんばかりに開かれた赤黒い口腔が迫り、待ち伏せされたのだ、と理解した瞬間に降りかかる。生身の人体など容易く引き裂くであろう、その一撃が腕を目掛けて襲い掛かった。
そして悲鳴が轟く。聴くこちらが胸を痛めてしまうような叫び、凛々しいその体躯からは想像もつかないほど悲哀に満ちた、恐竜の悲鳴が耳を刺していた。
弾かれて砕け散った牙が闇を舞い、赤い色をした血が絶叫に合わせて散る。体躯の質量と牙の鋭さが相乗された強烈な一撃を電磁障壁、シールドの薄い防備にて容易く防ぎ、打ち飛ばされそうにこそなりながらも地に足を擦らせて無傷で立っていた。
テクノロジーの差がもたらす結果に慈悲はない、眼前の恐竜から如何なる危害を加えられようとも、一切の実害も被りはしないのだ、そうカービンライフルの銃床を肩に押し当て、構えたまま静止していた。

全ての生命の内における我々人間は、比較にすらならないほどの絶対的な強者だ。だからこそ、安易に殺してはならない。力と理性を持つ人類として、一時的であれ存在している以上は紛れもなくこの惑星の頂点に立つ者として、謙虚にあらねばならない。かつてこのような思想に基づかない時代に行われた開拓は例外なく悲劇の元凶となり、その後数百年に渡って禍根を残した。教養を有するヒトとして、これを繰り返す事は許されない。
覗く照準器の向こう、鮮血に叫びながら悶絶していた恐竜は跳ねるように身を起こし、敵意を露わにした姿勢を戻していた。なお血液の滴る顎で唸り、頭を低く後脚を軋ませて突進の構えに入っていた。まだ違うかも知れない、戦意を失って踵を返すかも知れない、そう念じた折、爪を振り上げたそれは跳び上がった。
トリガーを引く、3発を発射。弾塊から切り出された6ミリの金属片が青白い光に打ち出され、最初の一発で頭が、次で胴の上部が、続いて下部が吹き飛ぶさまを目に、ただただ後悔の念に支配される。突き立てるべく剥かれた牙と爪は、対する指先の僅かな動作によって跡形もなく血糊と化した。

背を向け、逃避行に駆ける。生態系への過剰な介入を繰り返し悔いながら、我が身によって失われた命を目の当たりにし、その数を少数で留めるために走る。背後の動体反応が確実に追い付きつつある迄を認め、カービンライフルに据えた照準器の映像を視界の隅に表示、駆けながら銃を後ろへ向け、威嚇として三点射を数度放つ。鈍い光と鋭い銃声、そして木々を薙ぎ倒す銃弾は彼らの足を竦ませ、一定の距離を保つことに辛うじて成功していた。
このまま逃げられるだろうか、と緩みかけた思考を警報が締め上げる。新たな動体反応を3時方向と9時方向、左右から挟まれるように探知、数は8。標的の包囲や待ち伏せに留まらず、突破された際のバックアップに至るまでを用意していたのかと何度目かの驚愕に震える。
走るペースを上げるが振り切れそうもない、威嚇としてでたらめな連射を数度行い反応を見る、効果なし、接触まで10秒。やむなしと判断し足を止めて視界の木々を透過、裸眼では捉えられぬ動体の影に照準を合わせ、トリガーを引く。
指を小刻みに切って二点射を繰り返し、白いもやのように表示されていた標的は爆ぜるように砕けた。右の4匹を無力化、続けて左手の同数に対しても発砲。隣り合った同族が血飛沫に変わってなお最後の一匹までもが前進を続け、それも今原型を失った。
更に背後から7匹が接近、集団から飛び出した足の早い者がいる。森を薙ぎ倒すように連射を行い全てを排除、再び駆け出しながら弾塊の排出ボタンへ指をかける。
 「装填!」
薄いケーシングに包まれたそれを振り落とし、新しい一本を込める。不要な発声を行ったのは癖か緊張の現れか、そう考えながらも注視する動体反応との距離が開きつつある事を認め、薄い安堵を胸に戻していた。

テクノロジーに守られた自身は絶対的な強者だ、それは揺るぎないが、50を超えるあの群れに飲み込まれたとなれば無傷でいられる確証はない。樹上からの待ち伏せは難なく弾いたが、この電磁障壁は元を辿れば宇宙空間の微小な浮遊物から船体を保護するために開発されたものだ、重量物の衝突に対しては耐性が低い、個人用に小型化されたこれは特に。その欠点が、現代において銃剣などと言うものが制式装備に加えられている理由でもあった。
あの恐竜らに代わる代わる噛みつかれぶつかられては、いくら最新の装備と言えども不都合は生じるだろう。故に、これ以上の危害を避けるためと我が身を守るため双方において、逃げる事こそが唯一の手段であった。

幸いと言うべきか、長距離走行にはこちらに分があったらしい。探知範囲内から全ての光点が消失し、未明の森は散らした静寂を戻しつつあった。その内をただただ、宛てもなく走る。
先刻、予定されていた回収時刻を過ぎた。どこかの艦隊が気を利かせ、回収が早まるような事にはならなかったと言える。収集データの解析も完了してはいない今、むしろ伸びた方が都合がいいだろうかと思い、意識せずして苦笑を漏らした。数十もの猛獣に追われる我が身を案ずるよりも先に業務の完遂を願うなど、これ程の熱意を仕事に向けた試しがかつてあっただろうか、そう笑わずにはいられない。
ならば、やれる事を最大限やってしまってはどうか。そう発想して地図の縮尺を変更し、以前表示させていた表示情報を復元、分散した金属反応を示し、その端の一点を保存する。名も知らぬ先駆者が残したこの惑星の解析データ、それを乗せたと思しきデータポッドの位置。生存者はこれの回収を計画していたようだが、恐らくのところ叶いはしなかったのであろう。その意志を引き継ぎ、願いを聞き入れてはどうか。
異物として惑星の環境に排斥されている今、その目標が心細さを塗り潰してくれている気がしていた。気持ちほど左へ曲がって進路を修正し、速度を保ったまま森の獣道を進む。
そうして動体探知情報を改めて確認し、追手の気配は途絶えている迄を確認してから、録音データの拝聴を再開した。

初めて耳にしたその時よりは、刺々しさを遠ざけた銃声が鳴っていた。金属製の実体弾を炸薬で打ち出す、今手にしている銃とは異なった原理のそれが。
 「副長。このままでは保ちません」
銃声の合間、そう女性の声が告げる。これはフォーハマーと呼ばれたパイロットのものだと察し、彼女は続けた。
 「私はここまでです、脱出して下さい。後を、データの回収を頼みます、あれは艦長の……」
 「これを。ジェンキンスの銃だ、装填しておいた。援護を頼む」
両足を負傷していた彼女は、自らの命運を悟ったのだろう。
 「移動!北西へ包囲を突破する、一斉射撃用意、3カウント!」
一層の激しさを増した銃声、その向こうで恐竜らの絶叫が続けざまに響く。
 「包囲、割れました!」
 「行け行け行け!」
二人分の足音が鳴る。こちらの記憶と相違ない、硬い砂の荒地を踏み締めて進んでいた。
 「装填! 先に立て、8メートル間隔で交互前進支援、4秒!」
時折に前へ後ろへ銃声を続かせ、追撃を押し留めながら森へ向かっている。背後の彼方で響く3つ目の銃声が遠ざかり、二人は魔の手を脱したようであった。押し黙るように黙々と進む周囲に虫の声を認め、砂塵を散らす足音は背の低い茂みを掻き分けるざわめきへと変化していた。
そこだ。その時に、その場所にこそ警戒してくれと、同様にして走る目の前が捉えられなくなるほど、額に血を集めて念じていた。
 「上だ!」
銃声、そして絶叫。
 「オブライエン!!」
如何なる理由か、記録は中断されている。

同じだ、と冷や汗を流しながら、何の反応も示してはいない動体探知画面を凝視していた。敵を包囲して故意に薄い地点を作り、その先に待ち伏せの別働を配置する。悲惨な記録を目の当たりにしてなお、このような自然の知恵に感嘆せざるを得ない。如何ほどに苛烈な生存競争がこのような戦略を産み出したのかと繰り返し思索し、畏怖と熱気とが交互に胸から立ち昇る。
そしてそれは、この胸に秘めた業務に対する熱意を、一層膨らませるような気がしていた。現在の速度で移動を続ければ3時間ほどで目的地へ辿り着き、先駆者の遺物を回収し終えるだろう。それらデータの復元と整頓もまた可能な限り行うものとして、その後はどうしたものだろうか、と考えあぐねていた。先を見通せない思考を宿して前へ向けた目、それは木々の隙間に成された獣道を見付け、踏み入ってエアバイクを展開、急加速してぱらぱらと雨粒を打ち飛ばしながら吹き抜ける。

これで森を抜けられるだろうと地図を確認しようとした時、短い電子音が耳へ届いていた。機体が呼んでいる、通信を傍受したと。超距離を伝う信号ではない、通常交信に乗せられた音声。迎えだ、とその瞬間には理解していた。
 「こちらは海軍第四、高速巡洋艦 レット ザ ウインドス ブロウ。当艦は中央司令部の指示を受け、単独にて貴機の回収に向かっている。到達予定時刻は当日標準時15:20、回収地点に関しては送信コードを別途参照の事」
返信しなければ、そう動かそうとした指を次の言葉が留めた。
 「現在所属不明艦隊の追跡を受けており、進路隠匿のため相互交信が行えない、そのため返信および全ての経過報告は省略の事。回収所要時間も最小限である必要があり、指定時刻にそちらの位置情報を得られない場合、回収の中止が許可されている、留意を願う。以上」

助けが、来た。そう認識して薄く安堵すると共に、自らの進退がこの短い言葉に委ねられている事実にぞくりとしたものを覚えていた。現標準時刻を確認、彼らの到着はおよそ6時間後だ。継続しているデータの解析もそれまでには完了する、タイトなスケジュールではあるが、やり遂げられるだけの猶予はあるだろう。
しかし、と、僅かに湧き上がった疑問を思索していた。探査任務を終えた者とその機体の回収は通常、軽空母か護衛空母を中核とした5隻前後の補助艦艇から構成される小規模な艦隊で行われる。それを主力艦であり、その内でも高価でエリート扱いを受けている程の高速巡洋艦が行うなど、例外中の例外だ。

何か、あったのではないだろうか。初め考えたのはそれだった。
予定していた艦隊は来られなくなったと、この事実はまだいい。辺境で粗相をする海賊の征伐に向かったか、反社会主義者に囚われた市民を救いに発ったのか、有り得る話ではある。だがその代役があまりにも異質だ、加えて敵と思しき何かに追われながら、強行するかのようにしてこちらの回収に向かっていると来たものである、これは明確な異常だ。この状況から、否が応でもこの身を迎えに来なければならなくなったのだろうと予想できる。
労働環境の向上と人権にやかましいこの時代である、そうまでして現代社会へと復帰させて貰えるのはありがたいが、たかだか予備役の戦闘機乗りを連れ帰るにはあまりに急いている。考え過ぎであると願うばかりであるがいつもの小競り合いなどに留まらない、戦争の準備をしているようにさえ思えた。

人生を確実に歩む秘訣は、未来よりまずは目の前の業務と危機に片を付ける事にあると信じている。余計な心配事を捨て置き、当面は襲撃の兆候もなくしばらくは移動を続けられるだろうと、録音データを再生。まさしく危機的状況に直面している彼らの声を、固唾を呑んで聴き入る。
 「日暮れから程なくしてだった。我々が知る恐竜に酷似した、未知の生態系から攻撃を受けた」
暗く沈んだ声に、夜の森を駆けていると思しきざわめきが背景に聴き取れる。追撃を振り切る事に成功したのだろうか。
 「尾を除いても2メートルほどの体長をし、鋭い爪と強靭な顎で攻撃を行うほか、百近いほどの数で統率を取りながら包囲攻撃や樹上での待ち伏せと行った行動を認めた、高い知能を有している。我々の持つ標準的な火器によって無力化が可能であり、移動速度も見かけほどは高くないようだ。特に森に入ってからの追跡は遅く、走って振り切れたように見える。……そして、生存していた乗員の全てを失い、私は一人になった」
彼の声色に変化は見られない、だが感じられる、部下を喪失した絶望、何物にも例えられぬあの屈辱の内にあると。
 「残された仕事がある。これは、やり遂げなければならない。艦長の遺したデータを確保、補完し、保護する。我々の航跡と星系そして天体の収集データを集積したこれは、この星を再訪問し、そして入植と開発を始めるに当たって少なからず助けになるだろう。我々がここへ到達し、成した事を示す唯一の証拠だ。産まれた星から旅立つための第一歩となる、今この瞬間で人類最大の叡智だ」
地図上へ表示したままの、データポッドの落下地点と思しき光点をただ見ていた。これが彼の辿った最期の軌跡、そして到達点なのだろうかと。
 「これを、君へ贈る」
目の焦点を外したまま、僅かに呆けてしまった。
 「……俺に?」
 「そうだ、君だ。この音声データを回収してくれて良かった、必ず、私が全データを補完しておく。この記録に添付出来れば良かったのだが、少し前から通信が安定しなくなった、奴らが機材を荒らしたのかも知れない、データポッドを利用して何とかしておく。位置座標は保存しておいた、回収はお願いする事としよう」
絶望に落とし込まれていると、そんな人間の物言いでは全くないではないか。感心を通り越してただただ呆気としたまま、しかし内心の黒ずみを拭き取られるような気がしていた。そしてその安堵は、続く言葉に引き裂かれる。
 「我々の墓標、長い年月にさらされる機体の残骸と内部のデータを、荒野の乾燥と砂塵が守るだろう。ジェンキンス、フォーハマー、オブライエン、私はこの三人をこのために死なせた。定住するに当たって適すると判断されていた河向こうへの降着を取り止めて進路を変更し、それが祟って事故が発生した。こうして手を汚した私に、開拓者を名乗る資格はない」
 「そんな――」
 「だが君は違う。もう一度言おう、この記録を見付けてくれて、本当に感謝している。困難に見合う価値はあるはずだ、誇りに思って欲しい」
返す言葉を失うまま、前を行く背中が消えた気がした。
 「私は――、いや、止そう。記録終了」

厚く顔を覆う頭部保護装甲、その内側に投影される暗い森を進みながら、唇を苦く噛み締めていた。
日中にはあれほどに親しんだ母なる自然が、黒く厚い壁として全周を取り囲んでいた。清らかな水源やみずみずしい果実をもたらす一方、ひとたび表情を変えれば無数の危険を内包した、悪意も良心も存在しない、あるいはこの上なく平等に様々な機会を与える地がどこまでも続いている。これまでにも長く深く接してきたその場所に立つ全てが、まるで色を変えたように映っていた。
彼が、ただ気を紛らわせるために記録を残していたなどと考えたのは大間違いだ。これは遠からず確実に回収され、そして発見者に膨大な栄誉を与えると欠片ほども疑わず、全力を尽くして後世へと受け継がせた知識のそのものだった。
この願いを聞き届けるだけの、力は有している。確実に距離を縮めている目的地を確認しながら、ふと一筋の思いが過ぎた。記録の最後に彼は、名乗ろうとしたのではないだろうか。しかし手を汚した人間として思い留まったか、あるいは自らの汚点を誤魔化そうとし、口をつぐんだのではないだろうか。
偉大な人物であると確信しながらも、後者であるような気がしてならない。降り立った部下とともに生き続ける事を放棄して確実に記録を残すべきだと、そう思うのであれば彼らと話し合えば良かったのだ。しかしそのような意見を交わした様子は感じられない、部下の全員はいずれにしても否応なく頷くであろうが、それでも無断で行うのと説明を果たしたのとでは異なる。だが彼はそれを行わず、いずれの可能性も放棄せずままにして過酷な環境に揉まれ、予測していたであろう結末に行き着いた。
思うに、怖かったのではないか。もし部下の一人にでも反対されたら、片方の可能性を棄てておきながらも目的を果たせなかったら、決断する事によって不都合が生じてしまったら。そう考えて枝路から目を逸らし、ただ迫り来る危険に対しては一心に立ち向かう事で、恐怖を遠ざけていたのではないか。残された記録は確固たる意志を以て成されたものに違いない、しかしそれに至るまでの心境には、多大なる恐れと迷いがあったのではないか。自身の名を残さずに知らぬ誰かの記録とする事で、その事実から逃れたのではないだろうか。

だが後世の者として意思を継げるのであれば、彼の名を覆い隠した汚れを、この手で拭えるかも知れない。いまだ朝日の訪れぬ雨の森、その奥に目的地の岩肌を目視する。木々を抜けて僅かに開けた地に立ち、崩落して粒の大きな岩が折り重なったその地点へ歩み寄る。左腕に橙の光を纏いスキャニングを開始、名乗らぬ彼が成し遂げたのであれば、ここで全てが終わるはずだ。
降り積もった岩石を透過する。ひしゃげた円筒の金属と多くの破片を見付け、集中探査へ切り替え。データポッドの残骸に違いない円筒を上下にくまなく精査し、人工知能の解析を待つ。
検出なし。ただ一語の表記を前に、そんな筈がないと再精査、金属類の内に如何なるデータも検出されない、と再びの結果を突きつけられていた。再試行は意味がないと理解している、しかし宙に浮かばせた指の、その下ろす所を知りはしない。

成し遂げられなかったのか、そう思わざるを得ず、ただ立ち尽くしていた。暗い空を仰ぎ、黒い崖を見渡し、見えぬ雨粒に打たれて呼吸する。必ずと、その言葉を思い起こして周辺を探査、記憶媒体である可能性を有す物品を探す。諦めるにはまだ早い、そんな使い古しの句を繰り返し絞り出していた。
そうして大きく見渡した岩肌に目を留めた、見覚えのある浅い窪みに。握りこぶしが入るほどの、小さい何かが高速で衝突したような痕跡が見渡せる範囲にいくつも、数十と連なっていた。それが如何なる理由によって遺されたのか、思考を凍結したまま動けず、ぞわりぞわりと強い寒気を背の下から湧き出るように感じていた。

動体探知機が絶叫。接近警報が耳を刺し、振り向いた背後の森が大きく揺れていた。ざわめきなどとは違う、何かが地を踏んで揺らす轟き、それは銃を構えるよりも早く森から飛び出し、巨体の全貌を顕にした。
体高5メートルを超える大型の肉食恐竜、ティラノか、と思ったが違う、シルエットは似ているが一般的なそれより二回りも小さく、頭部に短い角がある、カルノタウルスかその近縁種だ。先程の例から連想するまでもない、縄張りを踏み荒らす異物に怒り狂っている、至近距離に巣があるのだ。
暗い灰色をした巨獣、角を突き出して突進するそれを前に、銃を構えたまま硬直していた。これを打ち倒して排除するのは、生態系への影響が大きすぎる。予測するに周辺一帯の頂点に君臨する存在だろう、これを何の迷いもなく打ち倒すとはヒトとして謙虚たれと論ずる以前に、罪に問われかねないほどのものだ。
威嚇射撃を行う猶予もない、だが方法はあるはずだ、まずはこの突進をかわしさえすれば、と脚に血を流し込む。車ほどの大きさにも見える頭部が視界を埋めると同時、直上へ跳び上がった。
突風が足下を過ぎる、その様を宙から見下ろし、落下を始める身体に次の行動を思索していた。森かどこかへ逃げ込んで振り切らねばならない、それまでの距離を如何にしてやり過ごすか。あるいは着地直後に攻撃が、と、右手からの風切り音への反応が遅れた。
凄まじい速度で振り抜かれた尾、太いそれは鞭のように全身を弾く。思考を吹き飛ばされる衝撃、破裂音と共に跳んだ身体は横へ、岩肌を割る速度で打ち付けられていた。意識を失いかけながら岩塊と共に崩れ落ちて転がる、シールドに過負荷、外装甲に損傷。電磁障壁の残耐久を示す表示が赤く点滅している、もはやこの身は薄い金属版でしか守られてない。そしてこちらへ向いたあの怪物は、それを破壊せしめる程の力を有している。
軋む全身は起き上がれぬままに発砲。二本の脚の外縁、肉や骨には直撃させず外側だけを削り取るように撃つ、撃つ。降りしきる雨に血と鱗片が混ざり、重い叫びが木々を揺らした。如何に怒っていようとも痛いものは痛いだろう、怯んでいる隙に素早く立ち上がり、岩肌に沿って駆け出した。森へ逃げるには距離があり過ぎる、木々の隙間を通って振り切れるかどうかも不確実だ。岩壁を跳び越えると思い立ち、地響きが背中を追っている迄を表記を見ずとも察していた。
一息に飛び上がれる程度の高さではない、どこか足がかりになるような所が、と全速にて走り続ける視界に認めた、屈んで潜り込めるほどの空洞がある。ただの窪みと言う深さではなさそうだ、奥行きがどれ程のものか定かにないが背に腹は代えられない、確実に距離を詰めつつある轟音に振り返らず、暗い穴蔵へと飛び込んだ。

脳天を擦りながら真の闇を進む。暗視視界でさえも把握が困難な程の黒、そしてそれはそう狭い訳でもない事を確認し、空洞の隅に座り込んだ。パワーアシストから漏れ出した疲労に肩を上下させ、乾燥してざらついた喉を少ない水で潤す。こうして息をつけるのだからまだいい、生身であれば既に原型を留めていないほどの衝撃を受けたのだ、気休めだと侮っていたサバイバルスーツにはいくら感謝してもし切れはしない。
負傷してこそいないが、スーツの自己診断を実行。尾をまともに受けた右腕と後背の一部に軽度の変形あり、強度そのものには大した影響はない。始末書からは逃げられそうだ。そう改めて息をつき、未練がましく洞窟の入り口をうろついていたらしい恐竜は遠ざかり、降りしきる雨が洞窟の内にまで染み出した水滴の奏でる冷たい音が響いていた。
尖った岩に背を預け、黒の虚空を見上げながら途方に暮れる。いくらかの襲撃は覚悟していたつもりだったが、こうも大物が出てくるとは予想していなかった。いや、あのラプトル達が追撃を打ち切ったのはこれが理由だったのではないだろうかと、またも危険の兆候を見逃したのではないだろうかと自責の念に苛まれる。そしてそれは名乗らぬ彼も同じだったのではないか、同じくして目的を果たせなかったのだろうか。
テクノロジーに守られた絶対的な強者、それが今自身のこの姿か、と嘲るほかにない。あの怪物を打ち倒すのは容易だ、第一類兵装であるカービンライフルでは手間取るが、れっきとした第二類兵装であり単発威力に優れるレーザーピストルを使えば何のことはない、最大出力で撃ちさえすればただの一撃で頭から尾の先までを貫くだろう。だが、達成すべき目的と職務のしがらみがそれを許さない。こうして実行しえないのであれば、何の力も持たないのと同義である事を痛感していた。

回収時刻まで2時間を切った。かすかに白んだ空に、刻々と門限が迫りつつある。何の進展も発想できないまま、薄いパッケージに包まれた糧食を手にしていた。一種意地になっていたほどに忌避していた、煮ほぐしたレンガのような味気のない非常食。このような環境にあっては母なる自然の産み落とした食物だけを愛し、このような人工物には見向きもして来なかった。今はそれを正すべきかと齧り、全身へと熱量を送るために頬張る。
 「美味えじゃねーか!!」
大声の反響に耳を痛め、無心に貪る。初めの食感こそ粉っぽい羊羹のようであるが噛めば噛む内に餅めいた食感を呈し、ぼやけたチョコレートのような味付けに飽きが来ず、栄養を採れていると実感できるかのようにするすると口に入ってしまう。
味気ないと見放し続け、実際のところ一度も口にした事はなかったその滋味に胸を痛めていた。認めるべき間違いはこれほど身近に転がっていたのかと後悔し、新たな発見に滾る。初めて惑星の探査に降り立った時も、そしてつい先日にも抱き続けた高揚。それを忘れず失わない限り、まだやれる気がしていた。
はた、と。視界に現れた一文に我を戻す。金属反応を探知、などとどこかで見た表記に顔をしかめ、それがどうしたと言うのだ、そうやさぐれながら首を回し、暗黒の中にハイライト表示されたそれを見る。

塵に埋まりかけた、酷く朽ちたヘルメットが転がっていた。
七色の感情が見開いた目の奥を駆け、身動き一つできないまま呼吸さえも忘れる。極度の緊張に打たれて物を考える事も、指先一つ動かす事さえ適いはしない、ただ自動的に精査を開始したスキャナーだけが光を結び、対象が内包した記憶媒体を突き止める。当時者である自身を差し置いて行われる仕事、その確保と収蔵は細い息を吐き出し終えるよりも早く完了されていた。
収容データは二つ、軽度に暗号化された大容量のデータ塊と、短い映像記録。いまだ身動き一つ出来ずまま、映像が自動再生される。

激しい雨音、それに続いて映る、ひびの入った視界。暗闇の周囲に正面からのみ鈍い光が差し込み、それは洞窟の内から外へと向いた絵であった。
記録者は口に手を当てて咳き込む、その音は重い。離した手に浅黒い粘りが滴り、振り払うようにして前へ向いた。
 「まだだ……」
その声を知っている。少しだけ持ち上げられた映像が転げ落ちて暗い岩だけを映し、掛かった影が重い足音に引かれて遠ざかり、消える。

成し遂げたのだと、その事実は理解していた、そしてそれが自らの能力によるものではない事も。
達成感と言うものを、欠片も残さず奪い去られた気がしていた。この星に降り、この大陸を歩き、この穴へ駆け込んだ。それはただただ不手際に追われて達しただけのものであり、何か科学を超越した未知の力学に導かれていただけのような、そんな疎外感が洗い落とせない。誇って欲しいと彼は言う、その願いは聞き入れられないのだ。自らのこの手は、ただ発見され託されたそれを右から左へ動かすだけの存在に過ぎない。これに栄誉があるとすれば、それは宇宙船や人工知能を開発した人間と、受け取った情報から行動を引き起こせる人物が享受すべきだ。言われただけの事をやっていたのであれば、いずれにも当てはまらない。

だが、例え機械に指示される運び屋だとしても、仕事は与えられている。機体が進行している惑星データの受信解析状況を表示、もう間もなく完了する所まで来ている。機体を喚んですぐに搭乗できるよう、降着に適した地形を周辺に検索、該当は多数。近すぎず遠すぎない一点に目星を付け、洞窟の外を注意深く見やる。
あの恐竜が如何にして侵入者を察知したのか予想がつかない、音か、光か、匂いか、それらの全てか。如何なる形態の巣に住まい、どれ程近付けばあのようにして襲い来るのか。情報さえあればと悔い、気休めの思索を重ねる。暗視機能を介さずとも木々の輪郭が見えるほどに夜闇を溶かしつつある森を目に、決意を固めた。

穴蔵を跳び出し、跳躍を繰り返すようにして岩壁を駆け登る。あの脅威からどれほどの距離が稼げるかは知る由もないが、いくらかは離れていられるだろう。再び藪に分け入っては木の合間を抜け、狭い平地を目指してひた走る。絶えず動体反応を注視、今のところ追跡の兆候はない。小型の多数に取り囲まれるのと大きなひとつから追われ続けるのとではどちらがマシだろうかと余分な思考を捨てた時、視界に浮かび出た文字を読み取る、全データの受信及び解析が完了。
すぐさま機体に離陸及び自律飛行を指示、迎えを命じる。指令は問題なく受理されシークエンスが開始された迄を認め、この星最後の地に達した。
鬱蒼とした森林に囲まれた、猫の額ほどの小さな平地。まだ訪れはしない迎えを急かすように空を見上げる、どこまでも続いた白く厚い雨雲を。緑を潤しながら降りしきる大きな雨粒に打たれて平原の中心に立ち、ただ立つ。
陸路においては十時間にも渡る道筋であったが、あの機体に取っては離陸さえ完了すれば数分に過ぎない距離だ。それまでの間さえ何も起こらなければ、手を汚さずにこの星を去る事が出来る。探知機の表示を浮かべた目を森へ向け、固く銃を握り締めていた。

動体反応。正面から接近、一つ、速い。森の内をこの速度で駆けるのか、と固唾を飲み、森のざわめきが急激に距離を詰める。そうして怒り狂ったように木々を飛び出した、カルノタウルスの同一個体と相対。
レーザーピストルを発射、最大出力。ギン、と大気を裂く作動音を響かせ、射線上の森が数百メートルの距離に渡ってトンネルを開けた。蒸発した草木の熱気が爆発を起こしたように霧散して雨粒を吹き飛ばし、驚愕を見せた怪物はその脚を擦って突進を取り止める。
わかるはずだ、と、ただ念じながら銃口を向けていた。住処を荒らしたこの小さくか弱い生物は記憶の内に存在するものに当てはまらないと、何か未知の脅威を有している異物だと。あのラプトルらでさえ明確な知能を有していたのだ、より大型のこの者であれば理解できる筈だ。
次々と木々が倒れて崩れる先程の射線上、そこに噴き出そうとした火の手が大粒の雨に冷やされて消えて行く間、ただ相対していた。動揺と迷いが見て取れる、聡いこの生き物は目前で起こった現象に恐怖し、それは自らにさえ降りかかりかねないと疑っている。
スーツの全電力を光線銃へ送り続けていた、踏み潰されるされる事態となればシールドを復旧できないほど、この一撃に全てを賭ける。交渉をしている気分だった。この身で成しうる力を示し、ここへ立つ許しを求める。それは日常の売買や取引と何ら違いないと、知性と対話していると強く実感していた。そして、もう一歩でも進めば当てると、明確な脅迫を目に語りながら構えていた。
相対したそれの口が開き、びりびりと世界が揺れる。脳幹を揺さぶられるような咆哮、それは突進に向けた雄叫びではない。一種の返事をされたような、そんな気がしてならない。現に相手は低くもたげていた頭を持ち上げ、そして一歩、後退りを始めたのだ。

通じた、と震えながら目を見開く。ゆっくりと、ゆっくりと銃を降ろし、ただ視線だけは釘付けにしたまま、穏便な態度を互いに示していた。
じっと固めた視野に赤い一文が浮く、脅威を検出、と。
 「やめろ!!!」
響く絶叫と同時、その先に存在していた生命は、血飛沫に変わっていた。噴き出した赤が全周の雨と替わり、どさりどさりと音を立てて肉塊と臓物が降り落ちる。この全身だけは汚し得ない血液は散り、一面の草花が一様に赤く染まる、色のない空の下で広がるそれは、まさしく地獄と例えられる光景に他ならない。
そこに立つ頭上を轟音が通り過ぎた、こちらを見下ろすように大きく旋回しながら徐々に高度を下げる、白銀の愛機。対面していた生物を危険と判断し、機銃にて自動的に排除した。凛々しく禍々しいその姿が急激に近づき、そうして地面に対して斜めに傾きながら静止した。機首を擦りそうなほど高度を下げてコックピットを向けた様は、乗れ、と語るが如く。

一息に飛び乗り、背嚢と銃を後席に放る。風防を閉鎖して機体を水平に、急上昇。突き破るように雲を抜け、舞い上がった青空の内を非常識な勢いで加速する。振り返れども背後にはただ雲の地が広がるのみ、自らの辿った軌跡をひと目見る事も叶わない。ただ、正面で空から宇宙へと徐々に移り変わる光景を目に映しながら、全身の力を溶かしていた。
辺りが群青から星空に変わってから少しして、改めて振り返る。目に収まる青く美しい星、危険に満ちているとは夢にも思えない、かつての我らが母星と何も違いはしない地。
あれ程の目に遭っておきながら、立場が許すのであれば今すぐにでも舞い戻りたいと思う。無数の発見と驚きがもてなしてくれるであろう、それは二度と叶いはしない、人類の内の、もはや誰にさえも。



信号を受信。解析と敵味方識別を開始、照合。
提示された進路に従って進む、その先で星の一つに見えていたものが次第に像を結び、横倒しになった白い塔のような艦影を認めた、高速巡洋艦 レット ザ ウインドス ブロウ。遥々迎えに参じた、文明社会からの救いの手。
特にその他の通信などは送られていない、やはり追跡を受けていると言う所属不明艦隊を警戒しているのだろう。ただ無言の内に示される道筋に従い、音もなく飛んでいた。
 「おいおい、ハンガーじゃねえのか……」
指示を受けている進路は、艦に接近して装甲上に着艦しろと言うものだった。艦載機の収容能力が少ないかそもそも有していないこの艦級の事だ、迎えに来て貰えただけ有り難いと考えるべきなのだろう。まさか着艦後も機体内で待機と言う事はないだろうと、そう独り言ちた時だった。
新雪のように白く滑らかな装甲に覆われた甲板、その溝が割れるように開き、対艦レーザーの発射口がせり上がっていた。呆気に取られる間もない、艦後部のブースターが深く青い炎を噴き出して急激に増速、迎えの手は見る間に遠ざかる。
 「冗談!」
自動操縦を解除、手動制御に切り替え。スロットルレバーを押し込んでこちらも増速、生じたブレを操縦桿で抑え付け、追いすがる。信号を受信していた、続行せよ、続行せよ、その繰り返し。
戦闘状況に移行したのだ。更にこの速度で着艦しろと、それも外殻に誘導なしでか、と艦長を呪った。その矢先に右舷の対艦レーザーが掃射、4条の青い光線が艦の上方へ打ち出され、弾かれたように直角に角度を変えて後方へ飛んで行く。続いて左舷も発砲、同時に応射が襲い来る、赤いエネルギーの光がすぐ左手を通り過ぎて彼方へ消えた。単発だがかなり大口径の砲だ、かするだけでこの機体を消し飛ばすだろう。
近接防御火器を起動していない点からまだ距離は開いているのだろうと、それを知った上でも落ち着いてなどいられない。しかし今、機体を操縦桿でこの手で繰る今に、機械に踊らされてなどいないと、戦っているのは人間だと強く実感している。誰かに命ぜられた所にない自らで織る成果を、この腕で創る。
衝突しかねないほどの速度で接近、急激な回避機動がないよう祈りながら顔を引き攣らせて慎重に接し、吸着式のアンカーを打ち出す。機体が確実に固定されると同時に着艦完了の信号を発し、同時に艦の正面で青白い渦が巻き起こり始めた。
万光年の距離を結ぶ超航法、スリップポイントの光。通常であれば惑星の重力圏から遠く離れていなければ発生できない筈だが、最新鋭の軍用艦であればこんな所から展開出来るのかと、そう感心した顔を真白い閃光が包み、星空を彼方の背後に飛ばした。

星々が吹き飛ぶ瞬間、僅かに考えた。二度と、誰かがあの地を踏むことはない。
回収した先駆者の記録、この星を活用するに当たって助けになると保証されたそれは、何の価値も持たない。誰が一人もこの星に住みたいと思う者はおらず、何か一つでも金になると考える人もいない。それを承知でこの仕事をやり抜いた、多くの生命を死なせて本来の業務に支障を来たして。
意味があったかどうか、それは自らが信じるだけのものだ。
生き抜いた彼の意思を継ぐ事に、意味がないはずがないと。



nozomi_d at 01:48コメント(0) この記事をクリップ!

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