ノゾムのへっぽこ日記

以前は色んなことをダラダラ書いていたのですが、BASARAにハマってブログ再開して以降はほぼBASARAネタか歴史関係……とちょっと映画??

久々更新は舞台BASARA「瀬戸内響嵐」感想で

お久しぶりでございます。「毎日ブログ更新するぞー!!」とか言っておきながら実行できなかったノゾムでございます。
いや……これでも結構落ち込んでいるんですよ。
大阪→紀伊半島経由→伊勢神宮の徒歩完歩と西国の三十三カ寺参拝は地道に継続中なので、それは何とか達成できるんじゃないかと思うのでございますが。

更新するタイミングを完全に逃してしまい、どうするべかとうろうろ一人で迷っていたのですが、先日観に行った「舞台 戦国BASARA3 瀬戸内響嵐」の感想を覚えているうちに書いてしまいたく、またここから新たなスタートを切ろうと思います。はい。

なんと言っても今回の舞台の主役はノゾムの大好きな瀬戸内コンビですから!!!!
普段はパンフレットしか買わないのにクリアファイルとマフラータオルまで買っちゃったYO!!(もちろん全て瀬戸内で)
でも実は舞台で一番カッコいいと思うのは権現だと思っている自分がいる!!!

というわけで(?)

感想書いておかねば絶対後悔するだろ自分!!と、そういう勢いで箇条書きを。

・ストーリーはゲーム3の元親ストーリー緑ルートが基。で、いろんなエピソードがちらほら。
・でもってラスボス元就様、というノリ(?!)
・蒼紅絡んだら本当に魔王討伐ぐらいのノリになったな!と思ったのはノゾムだけでしょうか
・ただ、最後のシーンは元就ファンとしてはちょっと辛いのですが
・ただ、ゲームが全体的にかなり重い雰囲気だったのに対し、クライマックスまではかなり笑いを取るシーンが多くて面白かった
・なんせ当の元就様までが(笑)
・ある意味大友主従最強。ザビー教最強。
この舞台で元就様のあの迷シーン(?)やどん引きしている元就様が見れるなんて……ソーリンありがとう、そしてありがとう!!
っていうかこれほどまでに大友主従が役にぴったりハマっているとは想定外
・さらに劇場に現在の立花家当主(でいいのかな)の方が花を贈っていた事実にもビックリだよ!!!!
・BASARA版宗茂をガチで推してくれているとかいないとかいう話は聞いたことがあるのですが……まさかここまでとは
・癒し系といえば天海&金吾のコンビも秀逸でした
・っていうかBASARAってこんなノリだっけ?とか言う前に天海様ってこんなキャラだっけ??という話
・でもいい、面白いから(おい)
・とりあえず今回暗い話のはずなのに、なんかキャラ崩壊祭りになってないっすか?という話
・とりあえずノゾムの個人的結論としては大友主従(とザビー信者)と天海&金吾コンビが同列に最強で、次点に老兵と孫市。鶴姫もなかなか……という説に達したのですがいかがでしょう
・って、あれ?瀬戸内はどこ行った
・こんな濃いコンビが2組プラス瀬戸内コンビプラスその他諸々がいるせい(?!)で、何となく影が薄い感じだった蒼紅コンビ
・っていうか今回蒼と紅で絡む場面があまりなかったんだ。記憶が正しければ。
・ゆっきーは孫市と絡んだり筆頭はアニキと絡んだり。
・でも恒例の宴会コーナーはあったけど。
・今回は双方とも初の合同宴会だったのであります
・老兵最高。孫市最高。宴は盛大に盛り上がりました
・しかしまさかの伊達軍ネタバレハプニング!!!!
・宴の掴みで使用する小林Pの顔写真が使用する前にポロリと(苦笑)
・それでも強引にやってのけたあたり流石伊達軍は伊達じゃねえ!!!
・そういえば鍋祭りもあったな。とりあえず天海様の暴走が止まらない。
・盛り上がったといえば、今回客席との絡みも多かったーー!!!楽しかったーー!!!
・「アニキー!」と叫んだり「カジキー!」と叫んだり「ヒデキー!」と叫んだり
・前々回に続き金吾客席に逃亡。観客に助けを求めておりました
・でも正直へその緒はいらない
・……とか思っていたらまさかの三成が客席に来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
・「貴様ら金吾で盛り上がっていただろうっ!!!」と怒る三成。素敵ですっ!!(←え?)
・これまた観客の一人に「罰として『秀吉様』と叫べ!!」って、その人羨まし過ぎるぅぅぅぅ!!!(←え?)
・ノゾムも「叫べ!」って言われたい!!そして三成の叫びを隣で聞きたい!!!(←ノゾムもキャラ崩壊)
・そろそろ真面目な話に戻ろうよという話
・なんかOPや1部幕の武将キメシーンはどんどん進化していってるような気がする
・キャストですが、多分過去3回の中で一番しっくり来たんじゃないかと
・何度も言うけど大友主従と天海&金吾は秀逸でした。
・ただ一つだけあるとするなら……アニキの身長が毛利と同じくらいだったのが……
・いや、でもこれは役者さんが悪いわけじゃなくアニキがでかすぎるんだ、うん。
・刑部の入退場の仕方、あ、こういう方法もあるのかとちょっと目からウロコだったかも
・さすがに今回カーテンコールの時は刑部役の役者さんの素顔出てましたな
・でもやはり複雑な心情……申し訳ござらぬ
・瀬戸内激突〜ラストの元就様のシーンは良かった。ファンとしては悲しいけどね
・元就様の独白にはちょっと泣けた
・それだけの事を元就様はやっちゃったんだけどね……なんか切ない
・でも輪刀アクションはホント大変なんだろうなと素で思った
・っていうかあのアクションをこなしながらセリフをしゃべるってみんな本当に大変だと思うんだ。
・若干息があがってしまいながらもクールにセリフを話す孫市姉さんを見ながらそう考えてました。

そんなところでしょうか。

自分で言うのもなんだが……はっきり言ってまともな感想ほとんどないな(汗)。

というわけで、これからブログどうなるのか自分でもわからないですが、また続けていきたいです。というか自分でも早く福井編を終わらせたい。と思います。
では。
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本日は挨拶のみ

本日も所用により、挨拶のみで失礼します。
それではみなさまお休みなさい。また明日♪

福井歴史探訪……っぽいもの(一乗谷朝倉氏遺跡資料館)

さて、史跡巡り前のお勉強ということで、一乗谷朝倉氏遺跡資料館に立ち寄りました。
資料館1

資料館2

こちらには一乗谷から出土した物の展示や、朝倉氏遺跡群の復元模型などがあります。

ただ……非常に申し訳ないのですが、1年経ったノゾムの頭の中に「これが印象に残った!!!」というものがちょっとあやふや……。ホントごめんなさい。
別のところとごっちゃになっているかもしれないし、あまりあやふやな記憶で「こんなのがあった!!」とか書いて間違っていたらあれなので(汗)、これ以上書くのをやめておきます。

一点だけ記憶に残っているのが、想像以上に綺麗な施設だったこと(おーい)。
しかも入館料100円ですからね。ここは散策前に絶対立ち寄っておきたいスポットです。
さらにどうでもいい話ですがトイレもできればここで済ませておきたいところ。近くには自販機もあり、飲料を確保できる数少ないスポットでもあります。

って、なんでこんな情報だけ記憶に残ってるんだ自分!!!!

はい。
でもどんなにいろんなことを忘れても(忘れすぎだけど)、一乗谷はどこを切り取っても綺麗だったということは今でもしっかり心に残っております。
その他1

その他2

と、さりげなく話を逸らしたところで次回に続きます。

次は春日神社でございます。
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福井歴史探訪……っぽいもの(西山光照寺跡・後編)

それでは西山光照寺跡の続きを。

こちらのお寺ってなにが圧巻かといいますと、その寺の規模の大きさだけではありません。
石仏の数も「こんな数見たことない!!!Σ(゚д゚lll)」ぐらいなのであります。

現在石仏は集められ、比較的保存状態のいいもの……が基準なのでしょうか、そのへんはよくわかりませんが(汗)、いくつかは建物の中で並べられています。
光照寺6

光照寺1

光照寺2

光照寺3

光照寺4

光照寺5

光照寺14

で、その他はというと
光照寺7

光照寺9

こんな感じで(汗)。
一体どんだけ出てきたんだという話ですけれども、一応先ほどの写真のようにちゃんと並んでいる石仏で38体あるのだそうです。

そんでもってなんで石仏がこんなに?!という話ですが、もともと天台宗真盛派は石仏を造るのが特徴(??というのも変な表現ですが)だそうで、朝倉氏に保護されていたこの宗派はどんどん石仏を造り、なんと現在一乗谷全体で残っているだけでも3000体の石仏があるんだとか。
終盤で書くであろう盛源寺にも石仏がありましたし。

もはやこれはこの場所に根ざしていた文化と言ってもいいんじゃない?って感じじゃないですか??

でもこうして
光照寺8

並べられた石仏の前に、破壊されてほとんど原型を留めていないものがあったり、
光照寺10

光照寺11

光照寺12

光照寺13

するのを見ると、やっぱり少し哀しい気がします。いくら無常といえどもこれだけ大きなお寺で、これだけの石仏があったっていうことは、それだけ人々の想いも色々、いっぱいあったはずで。それが戦でここまで破壊されてしまったんですよね……。

ただ、今でもお花がお供えされていたのがちょっと嬉しかったかな。

石仏ではありませんが、とある木の根元に五輪塔のかけら(?)が集められて置かれていたのも。
光照寺17

やっぱり哀しいです。なんとなくいずれ自分たちの生きるこの時代も何百年だか何千年後だかにはこんなふうになるのかもな、なんてことを考えてしまいます。
歴史とは全く関係ないんだけど、これを造った人たちや、ここに眠っている人たちの想いはどこに行くんだろう。
その想いを自分はほんの少しだけでも受け止めることができたのだろうか。


史学という視点から言えば全く意味が無いことは重々承知の上でござる。でも。こういったものに触れるたび、そんなことを思わずにはいられません。でも逆にそういう思いがあるからこんな超マイナー(苦笑)な旅を続けられるのかも知れません。

話が横にそれてしまいましたが(汗)。

最後はこちら。
光照寺18

阿弥陀三尊種子板碑(盛舜・真盛上人碑)です。
越前地方によく見る様式であり、光照寺五代住職の真重上人が供養し盛舜・真盛両上人の名を刻んでいるそうです。

それでは次回は資料館を少し。
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福井歴史探訪……っぽいもの(西山光照寺跡・前編)

それでは一乗谷の最初のスポット、「西山光照寺跡」に参ります。

ノゾムが訪れた時はなんかまだまだ絶賛発掘調査中!!な感じのところもありましたが、今はどうなってるんでしょうかね。
一乗谷城や復元屋敷群など、いわゆるメインのコースからはちょっとだけ外れてはいるのですが(といっても行けないほど外れてはいないです。駅から少し歩けばもう見える場所なので)、ノゾムは結構見ごたえのある史跡だったと思うので是非足を運んで実際に見ていただけたらと思います。

さて、とりあえずまずは説明から入ったほうがいいでしょうかね。

実は光照寺というお寺は別の場所(福井市内)に現在でも存在しています。「福井大仏」で有名なお寺だそうですが、そのお寺がもともとあったのがこの場所らしいです。1606年に移転したとのこと。
さて、西山光照寺は天台宗真盛派の寺院であり、創建は大同年間(806〜10)に最澄大師が開いた寺院を、1471年、越前統一の祖を築いた朝倉孝景の叔父で、長禄合戦で敗死した景朝倉将景の菩提を弔うために、真盛上人の高弟・盛舜上人を招いて再興したのが始まりと伝えられています(寺名は将景の法号からきているそうです)。
そのため光照寺は朝倉氏に庇護され、寺運は隆盛します。
どれだけ凄かったかというと、何でも一乗谷には浄土真宗をのぞく仏教各派の寺院(何故浄土真宗だけがなかったのかはいずれ後述します)が40数か寺あったそうですが、その中でもその規模などは一乗谷トップだったとか。
それだけ隆盛を誇っていた光照寺ですが、1573年、朝倉氏が刀根坂の戦いで織田信長に敗北、そして滅亡させられるとともに一乗谷も戦火により焼土と化し、その時に光照寺も焼失したと思われます。
実際、発掘調査で地下式倉庫内から、焼土とともに多量の陶磁器が出土しましたが、これらの陶磁器は高熱を受けた痕跡を持っていたそうです。
こうして一乗谷における西山光照寺の歴史は幕を閉じましたが、1606年に福井藩初代藩主である結城秀康により、光照寺は福井城下に移転・再興し現在に至っています。


それえはそろそろ写真の方をば。

寺域については確定できていないそうですが、残された土塁や結界石、地籍図などから推定して、かなり広範囲な寺域を持っていたと思われるそうです。

実際見てみると確かに納得。
だって。
光照寺22

この写真1枚見るだけでもなんとなく広っっ!!って思いませんか。
しかも
光照寺27

光照寺26

光照寺25

光照寺24

こんな石垣とか実際に見るとめちゃくちゃごっついというかどっしりしてるというか、確かに半端じゃない感はあります。

しかもまだまだ発掘中っていうのが。
ノゾムが行ったとき(1年とちょと前)にはまだこんな所とかありました。
光照寺23

ちなみに多分調査が終わっているところは
光照寺21

光照寺20

光照寺19

このように整備されている……はず。
ちなみに発掘調査では礎石建物のほかに、掘立柱建物や地下式倉庫、墓地などが確認できたそうです。

それでは後半はこの光照寺の特徴と言っても過言ではない石仏群の写真を中心に。
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