プロ野球セイバーメトリクスReference

日本プロ野球についてセイバーメトリクスによる分析を行います

野球データ革命
著者:森本 崚太
出版:竹書房

前置きすると、本書は高度な分析本ではない。
トラッキングデータの基礎的な扱い方を記した、初心者向けのレビュー本といった位置づけが適切である。
ここでは、本書について非常に気になった項目について感想を述べる。
残念ながらポジティブな内容ではない。


【p87-91 高めのフォーシームを起点にピッチトンネルを作る】

p.87-91でピッチトンネルについて解説されている。
冒頭、球種がバレている変化球は簡単に打ち返されるという主張から解説が始まる。
それに対して、似た軌道の投球を集めて球種を見極めにくくする、いわゆるピッチトンネルの有効性を説いている項目である。

p.88-89ではフォーシームと変化球を低めに集める場合、変化球の軌道を少し上に投げる必要があるため、変化球はピッチトンネルから外れる。つまり球種を見極められやすいと主張している。
また、低めのフォーシームと同じ高さ(の軌道)の変化球はワンバウンドするため、見極められると苦しいとしている。
この仮説から、低めのフォーシームよりも高めのフォーシームに近い軌道をピッチトンネルの基準にする事で、変化球をストライクゾーンで勝負しやすくなると著者は結論付けている。

しかし、この結論には大きな問題がある。
まず、著者の主張は以下を前提としている。

・同じような軌道の球種は見極められにくい(はず)という、ピッチトンネルの考え方。
・変化球は見極められたら簡単に打ち返される。
・低めのフォーシームに近い軌道の変化球はワンバウンドする。

この前提からスタートすると、以下の推論が得られる。

似た軌道の投球は球種を見極めにくい。
かつ
低めのフォーシームとワンバウンドの変化球は軌道が似ている。
⇒ 低めのフォーシームとワンバウンドの変化球は球種を見極めにくい。

前提条件を素直に受け取れば、低めにフォーシームを集めることで、ワンバウンドする変化球は見極められにくいメリットを持っている。
有効性の検証であれば、見極められなかった場合のメリット、見極められた場合のデメリットを比較しなければならない。
本書ではピッチトンネルに関するデータが記載されていないため、有効性の検証はされていない。
ここは注意が必要な点である。

さて、著者は投球を低めに集めるデメリットを強調する一方で、高めに集めるデメリットを説明(推論)していない。
著者が提唱する低めのデメリットと同様に考えるならば、高めのフォーシームに近い軌道の変化球であっても、見極められるとストライクゾーン内で簡単に打ち返されてしまう。
また、高めの変化球はピッチトンネルから外れるため見極められた場合にリスクが高い。

それぞれのメリット・デメリット比較が抜け落ちているため、著者が導いた結論は飛躍していると言わざるを得ない。
思考実験の論理は途中まで大筋を外れていないが、結論の飛躍から結論ありきのアドホックな仮説に基づいた論述となっている。
結局、本書のピッチトンネル解説は著者の推論に終始しているため、分析ではなくオープンプロブレムの提示と言えるだろう。

他項目で提示されている基礎データは高度ではないものの、大まかに正しく初心者向けとして丁度良い塩梅に見えるだけに、ピッチトンネル関連の解説は残念だった。

参考文献
森本 崚太, 野球データ革命, 第1版, 竹書房, 2021, 239p.

最後に, 縦軸を球速, 横軸を回転速度としたwOBAのマトリクスを表3.1.3に示す。

 

3.1.4. ストレートの球速・回転速度別wOBA
statcast_V_R_FF


数値が表示されているマスは30打席以上発生した組み合わせ

3.1.4より, 球速が同じ場合, 回転速度が大きいストレートほどwOBAが低い傾向がある。特に2500rpm以上のストレートはwOBAを低く抑えている。

一方, 回転速度が同じ場合, 球速が大きいストレートほどwOBAが低い傾向がある。特に97mph以上のストレートはwOBAを低く抑えている。


Theorem 3.1.1.
ストレートの球速および回転速度とwOBA

 (1) ストレートの回転速度が等しい ストレートの球速とwOBAは反比例する。

 (2) ストレートの球速が等しい ストレートの回転速度とwOBAは反比例する。

 ∴Proposition3.1.1 および Proposition3.1.2が示された


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2017年12月31日に発行した同人誌の再録です。
誤字脱字等を修正。

1.Introduction

 ストレート, いわゆるフォーシーム ( FF : Four - Seam Fastball ) はプロ野球の歴史上で最も多く投じられた球種である。しかし, そのストレートに対する一般的な評価基準は明確に定まっていないのが実情である。現在, 最も一般的なストレートの評価基準は球速だが, 球速だけでストレートの良し悪しを評価するのは難しい。球速は大きいが打たれる投手, 球速は小さいが抑える投手について, 球速だけでは説明が付かないためだ。1980年代から1990年代に活躍した星野伸之投手は平均120km/h台のストレートで抑える後者の有名な例である。

 

近年では技術の進歩によって測定できる物理量が増え, 投球に関する分析の幅が大きく広がっている。これまで曖昧に捉えられていたボールの回転や変化についても数値化されている。特に, ボールの回転については2017年のオールスターゲームでピックアップされるなど, 我々野球ファンが目にする機会が増えつつある数字である。

 以上を踏まえて, 本稿ではメジャーリーグ (MLB) のトラッキングシステムであるStatcastの統計データを基に, 一般的なストレートの評価基準を考察する。また, 得られた評価基準に基づき, 日本プロ野球 (NPB) の投手が投じたストレートを評価する。

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