2001年12月
2001年12月08日
「黒柳徹子トークショー」レポート
「黒柳徹子トークショー」レポート
黒柳徹子トークショウ 2001年12月8日(土)於よみうりホール
「小さいときから考えてきたこと」新刊発売記念
第一部 田沼武能 × 黒柳徹子 (スライド上映「世界の子ども」)
第二部 小沢昭一 × 黒柳徹子 (私たちが子どもだったころ)
主催:TOKYO FM 協力:新潮社 協賛:ユニセフ
上記のトークショウの様子をレポートにまとめました。
慶応義塾大学法学部政治学科4年 高多利永子 [TOPICS]
NO.1 黒柳徹子さんとLDの出会い
「LDのお子さまを持つ母親たちの間では、ずいぶん前から黒柳徹子はLDだったということになっていたようです―」といって会場の大爆笑とともに始まった今回のトークショウは、LDの子どもたち、そしてその親たちにとって、とても勇気付けられるものであったのではないでしょうか。黒柳さんがLDのことをお知りになったきっかけとなった本の中で、LDの代表者として名を連ねていたのが、「エジソン・アインシュタインそして黒柳徹子」の3人だったそうです。LDの子どもをもつ親の会の方々から黒柳さんには随分とお問い合わせがあったとのことで、今回の著書『小さいときから考えてきたこと』でもLDのことについて触れられています。
NO.2 LDあってこその黒柳徹子です
LDのこどもたちについて、ご自身を含め「どこかちょっと変わっている」と表現された黒柳さんに対し、トークショウの対談相手で俳優の小沢昭一氏は、「あなたが誰よりも早く正確に台詞を覚えるのは、LDだからだったのですね。黒柳さんは自分の分だけでなく台本に書かれている共演者全員分の台詞を覚えて、『次にあなたがこうおっしゃって、それから私はこう言うのよ』と、周りの役者に指示を与えてくれるから、一緒に仕事をするのが楽でしたよ(笑)LDだからこそ今の黒柳徹子があるわけですね。」と述べられました。黒柳さんは「分数の計算はぜんぜんできないのに、不思議なことにユニセフの数字はいくらでも覚えられます。」と応戦。会場を盛り上げていました。実は、トークショウの前に行われたスライド上映では、黒柳さんがユニセフの親善大使として周った国々の写真(写真家・田沼武能氏撮影)が、30分間何枚もスクリーンに映し出され続けました。なんと黒柳さんは、その間中全くメモを見ずに、すべてのスライドを各国の状況を数字のデータを交えながら正確に説明されたのです。
NO.3 LDのお子様とその親御さんへ
黒柳さんは10冊を越えるLDに関する文献を読み進めるうちに、ともえ学園の校長先生の教育方法が、いかにLDの子どもにぴったりだったかを思い知らされるのだとおっしゃっていました。また、小沢氏が「子どものころは何もかもうまくいくわけではないので、子どもの特徴を見つけて、伸ばしていくことのほうがよっぽど大切なのではないか」と述べられたのに対し、黒柳さんは、LDのお子さまを持つ親御さんたちに、という前置きで「こどもをがっかりさせてしまうことが一番よくないことだと思います。ゆっくり、こどもが絶対にコンプレックスを持たないような教育をしてあげてください。親御さんたちにお願いしたいのは、お子さんがLDだとわかったときに、いくらエジソンやアインシュタインがLDであっても、自分の子が将来エジソンにならないで、このままヘンな大人になったらどうしようと心配して、普通の子と同じようにふるまうことを彼らに無理強いしないでほしいということなのです。」とメッセージを送っておられました。
NO.4 『小さいときから考えてきたこと』で伝えたかったこと
今回のトークショウで、黒柳さんは、『小さいときから考えてきたこと』では、彼女がこどものころ、大人に「低能だ」といわれながらも、教養をつけようと読書に励んだりした経験などを例に、「大人たちは、子どもはどうせ何もわかっていないだろうと決めつけがちだけれども、みんなからどうしようもないと思われている子どもであっても、本質をわかっているということを伝えたかった」とおっしゃっていました。
第一部のスライド上映の中で、劣悪な環境の中で死に瀕している子どもたちの写真を見て「大人は、平気で文句を言えるけれども、子どもたちは、文句を言うことなく、自分を責めながら死んでいくのです。」と涙ながらにお話された黒柳さんを思い出しながら、「子どもはすべてわかっているの」という彼女の小さいときからの思いも、きっとその涙のどこかに込められていたのではないか、と感じました。
NO.5 黒柳さんからお母様がたへ、ちょっといい話
最後に、黒柳さんからとても印象的なお話がありましたので、ここでご紹介してレポートを閉じさせていただこうと思います。
「笑うときに皺(しわ)が出来ることを気にしている人がよくいるけれども、それは取り越し苦労です。笑うときに使っている顔の筋肉は7箇所で、笑った後すぐに元に戻るのでいくら大きな口をあけて笑ってもそうそう皺にはならないそうです。ただ、問題なのは、怒った顔をしたり、しかめ面をしたりしたときに眉間など寄る皺です。怒った顔をすると、顔中200箇所の筋肉が動いて、しかもなかなか元に戻らないのだそうです。だから、『どうしてうちの子は!』といって怒るよりは、『まあ、こんなことしちゃって、面白いわね。』といって笑い飛ばしているほうが、皺もできないし、ずっといいと思うのです。」
黒柳徹子トークショウ 2001年12月8日(土)於よみうりホール
「小さいときから考えてきたこと」新刊発売記念
第一部 田沼武能 × 黒柳徹子 (スライド上映「世界の子ども」)
第二部 小沢昭一 × 黒柳徹子 (私たちが子どもだったころ)
主催:TOKYO FM 協力:新潮社 協賛:ユニセフ
上記のトークショウの様子をレポートにまとめました。
慶応義塾大学法学部政治学科4年 高多利永子 [TOPICS]
NO.1 黒柳徹子さんとLDの出会い
「LDのお子さまを持つ母親たちの間では、ずいぶん前から黒柳徹子はLDだったということになっていたようです―」といって会場の大爆笑とともに始まった今回のトークショウは、LDの子どもたち、そしてその親たちにとって、とても勇気付けられるものであったのではないでしょうか。黒柳さんがLDのことをお知りになったきっかけとなった本の中で、LDの代表者として名を連ねていたのが、「エジソン・アインシュタインそして黒柳徹子」の3人だったそうです。LDの子どもをもつ親の会の方々から黒柳さんには随分とお問い合わせがあったとのことで、今回の著書『小さいときから考えてきたこと』でもLDのことについて触れられています。
NO.2 LDあってこその黒柳徹子です
LDのこどもたちについて、ご自身を含め「どこかちょっと変わっている」と表現された黒柳さんに対し、トークショウの対談相手で俳優の小沢昭一氏は、「あなたが誰よりも早く正確に台詞を覚えるのは、LDだからだったのですね。黒柳さんは自分の分だけでなく台本に書かれている共演者全員分の台詞を覚えて、『次にあなたがこうおっしゃって、それから私はこう言うのよ』と、周りの役者に指示を与えてくれるから、一緒に仕事をするのが楽でしたよ(笑)LDだからこそ今の黒柳徹子があるわけですね。」と述べられました。黒柳さんは「分数の計算はぜんぜんできないのに、不思議なことにユニセフの数字はいくらでも覚えられます。」と応戦。会場を盛り上げていました。実は、トークショウの前に行われたスライド上映では、黒柳さんがユニセフの親善大使として周った国々の写真(写真家・田沼武能氏撮影)が、30分間何枚もスクリーンに映し出され続けました。なんと黒柳さんは、その間中全くメモを見ずに、すべてのスライドを各国の状況を数字のデータを交えながら正確に説明されたのです。
NO.3 LDのお子様とその親御さんへ
黒柳さんは10冊を越えるLDに関する文献を読み進めるうちに、ともえ学園の校長先生の教育方法が、いかにLDの子どもにぴったりだったかを思い知らされるのだとおっしゃっていました。また、小沢氏が「子どものころは何もかもうまくいくわけではないので、子どもの特徴を見つけて、伸ばしていくことのほうがよっぽど大切なのではないか」と述べられたのに対し、黒柳さんは、LDのお子さまを持つ親御さんたちに、という前置きで「こどもをがっかりさせてしまうことが一番よくないことだと思います。ゆっくり、こどもが絶対にコンプレックスを持たないような教育をしてあげてください。親御さんたちにお願いしたいのは、お子さんがLDだとわかったときに、いくらエジソンやアインシュタインがLDであっても、自分の子が将来エジソンにならないで、このままヘンな大人になったらどうしようと心配して、普通の子と同じようにふるまうことを彼らに無理強いしないでほしいということなのです。」とメッセージを送っておられました。
NO.4 『小さいときから考えてきたこと』で伝えたかったこと
今回のトークショウで、黒柳さんは、『小さいときから考えてきたこと』では、彼女がこどものころ、大人に「低能だ」といわれながらも、教養をつけようと読書に励んだりした経験などを例に、「大人たちは、子どもはどうせ何もわかっていないだろうと決めつけがちだけれども、みんなからどうしようもないと思われている子どもであっても、本質をわかっているということを伝えたかった」とおっしゃっていました。
第一部のスライド上映の中で、劣悪な環境の中で死に瀕している子どもたちの写真を見て「大人は、平気で文句を言えるけれども、子どもたちは、文句を言うことなく、自分を責めながら死んでいくのです。」と涙ながらにお話された黒柳さんを思い出しながら、「子どもはすべてわかっているの」という彼女の小さいときからの思いも、きっとその涙のどこかに込められていたのではないか、と感じました。
NO.5 黒柳さんからお母様がたへ、ちょっといい話
最後に、黒柳さんからとても印象的なお話がありましたので、ここでご紹介してレポートを閉じさせていただこうと思います。
「笑うときに皺(しわ)が出来ることを気にしている人がよくいるけれども、それは取り越し苦労です。笑うときに使っている顔の筋肉は7箇所で、笑った後すぐに元に戻るのでいくら大きな口をあけて笑ってもそうそう皺にはならないそうです。ただ、問題なのは、怒った顔をしたり、しかめ面をしたりしたときに眉間など寄る皺です。怒った顔をすると、顔中200箇所の筋肉が動いて、しかもなかなか元に戻らないのだそうです。だから、『どうしてうちの子は!』といって怒るよりは、『まあ、こんなことしちゃって、面白いわね。』といって笑い飛ばしているほうが、皺もできないし、ずっといいと思うのです。」