世界の変節前夜

マッドネス・ウェザー(狂乱気象)その3

   前回は地球上に広がる狂乱気象のあらましを紹介させていただいた。
これら近年における地震や火山噴火、気象の激変について、そのメカニズムは気象情報として公表されているものの、発生の根源的因果関係は何人も説明は出来ない。
而して、この規模と構造を考えれば現代科学の観測、調査機能を大きく超えているからと考えられる。


この狂乱気象はどこまで広がるのか、何時終息するのかなど、私達は科学力による的確な情報を待っているのであるが、今回はその科学というものの実態について述べて見たい。


先ず現下の気象異変に対応する観測システムである。
この猛烈な気流や地殻変動が地球単独の現象と考えるのであれば、それは既に無理があろう。
何故なら、地球と太陽の関係だけを取っても、それは赤子と母親のように、全ての生き物は太陽がなければひと時も生命を保てず、地球の諸々のバランスは太陽の影響下にあると考える。
ブログ「ANTI原子力工学・地球の異変」にも記したように、太陽が明らかに様変わりしてしまった以上、不気味この上ない状況であり、更に黒点活動の停滞は、太陽が持っている防護遮蔽を取り除いた状態にあり、銀河からシャワーのように降り注ぐ二次宇宙線の影響を考えれば、安閑としている場合ではない。


   今や、地球と天体の関係という大きな観点から、気象、天文、物理その他の専門家達による相互協力が必要であり、今後の予測力の向上は緊急課題であることを指摘したい。


世界中至るところで平穏さを失い既に災禍に巻き込まれた人々、その実態と数は天文学的数値になる。
このような時、人は何に心を寄せ頼るのであろう。
科学?神?否、自分自身しかないのである。
科学は事象の研究と究明であり、科学の上に乗る技術(テクノロジー)であっても、天災を遮る力は無い。
更に科学は過去と現在を取り扱うものであり、未来を予測、証明は出来ない。


例えば、枯れ葉の落ちる行方も科学力では分からない。
6面体のサイコロはどの面が出るのか振ってみなければ分からない。
それはその筈、物質を構成する分子自体がランダム(規則性がない)に動き回る性質を持っているので、動的なものの未来を科学は分からない(量子力学―不特定性原理)。
況してや台風などの単純な構造とは異なり、地球や天体は複雑な関連性を持つ動体であるから現在の科学システムでは理解出来ず、予測する力は非常に乏しい。
実は、科学で解明可能な範囲はごく限られているのである。


科学力の及ばない例を挙げれば人間の「心」とは、夢のメカニズム、人体を流れる「気」とは、鍼灸師の使う経絡の構造、世界に広がる太古の文明(ピラミッド、ナスカの地上絵、その他世界に広がる古代の謎、万有引力の発生原理(圧縮力))。
そしてこの程の異様な気象等々、挙げればきりがない。
因って科学万能思考は誤りであることが分かる。


さて、本題の狂乱気象について、私達はどのように向き合えばよいのか、ここで私の偽らざる思念を述べよう。
それは不吉な予想で恐縮であるが、現今の狂乱的気象は更に拡大すると考える。

その根拠は、私は科学者ではない為、非物理的仮説を述べるも自由である。
しかし、何と言っても太陽構造の変異は物理的現実の問題である。
太陽の不可解な動きに呼応して、今後地球は膨大な影響を受けなければならないと考える。


ここからは私的仮説であるが、少々抽象的要素、或いはフィクションの類としてご理解が得られ難いかも知れない。
端的に述べよう。
今地球文明は終末に近い。
このブログ 「日本民族考その6(文明発展とその影にあるもの)」 の中に今日文明の限界を記しているが、私はこれまで、気象、自然界の昆虫類の生態、人々の行動様式が明らかに好もしくない方向へと向かっているのを総合的に考察してきた。
取り分け日本政府要人の言動などは稚拙の度合いを増していると考えるのは私だけであろうか。
更に、各国家間の水面下では人道を無視した応酬が繰り返されているのだ。
これら何れも文明終末へと向かう無意識の行動としか思えない。


ややフィクションめいた思考ではあるが、近年、時間と事象の進み方が加速しているように思える。
(時空の加速化については幾分かの紙幅を要するので次回の考察としたい)このように何か大きな摂理ムーブメントの変換期に達していると考える。
私はこれを宇宙(自然界)の意思(必然性)と思えてならない。


「宇宙には意思がある」のタイトルで、国際的宇宙物理学者の桜井邦朋博士の著書がある。
壮大な宇宙の構造と生物の進化が分かり易く著されているのであるが、結論としては人類発生と進化の必然性が述べられている。
この趣旨とは別な角度からの思考として、自然界の許容量が限界に達していると見る私は、地球そのものの大転換、更に文明の破滅、或いはリセット(文明の消去と再生)もあり得ると考える。
ただ昨今の気象激変がそれらの前駆症状でないことを祈りたい。


今の災禍は今後どのような状態で推移するのか、その対処策など、諸々述べたいのであるがブログ字数制限もあるので次回に譲る。


最後に諸々の災禍に対する考え方について記そう。
災害は至る所にある。
明日事故に遭うかも知れない。
体内に癌細胞が発生しているかも知れない。
現在は安全という楽観が一番悪い。
「恐れ」それは人の持つ防御反応であることは言うまでもないが、事が起きてから恐怖におののき、慌てても無様と言うものである。
ここで重要な基本思念を述べなければならない。
有事には最低の心得が二つある。
その一、危機勃発、どれ程の緊急事態であっても、先ず出来るだけ深い呼吸を2~3回行う。
心の余裕がない場合は動きながらでも良い、次に、自分が中心になって回避行動し、他に頼ろうとしない強い意志を持つことが大切である。
私はこれまで、人的トラブルを含めて、何度も激しい火災に遭遇した。
無論慌てふためくのであるが、私は先のテクニックを用い、火事場の馬鹿力よろしく、何とかくい止める事が出来、幸運であった。
但し、平生からの心得としてトレーニングを重ねない限り、うまく行かないであろうことは言うまでもない。


その二、万が一の災禍を考える時、その規模はより大きいものと想定するのがベターである。
津波であれば地上20メートルを超す大波に備えれば「想定外や初めての経験」などの言葉は要らない。
取り越し苦労は良い。しかし不備は最悪である。正に「居安思危」の精神が必要である。


   次回はもしかして我が身にも及ぶかも知れない災禍に対して、私達はどのような対策が必要かなど、出来得る限り具体的に述べたいと思うのであるが、この記事をご覧の方々からは是非、ご意見を賜れば幸いと考える。

 ライブドア <日本民族考> よりご意見などお寄せください。