2018年08月19日

ヨーグルトメーカーが新しくなりました 

きょうのフジテレビ系(福岡ではTNCテレビ西日本です)「ミライ☆モンスター」に中村学園女子高校剣道部の妹尾舞香さん出演いたします。
この番組はミライに羽ばたく金のタマゴ応援する番組。
妹尾さんは今年史上最年少で日本代表に選出され、この夏は母校の全国大会制覇を目指す姿を密着取材したものです。
是非ご覧ください。

番組HP:http://www.fujitv.co.jp/miraimonster/
放送日時:2018年8月19日(日)11時15分〜11時45分 

さて話はガラッと変わりますが、私の朝食には果物とそれに添えるヨーグルトは欠かせません。
そして、そのヨーグルトはここ10年以上、自家製です。
ヨーグルトは種になるヨーグルトと生乳があれば、あとは30〜40℃の温度で6〜10時間程度発酵させれば簡単にできあがります。
最初の頃は鍋で牛乳を温めて、これに市販のヨーグルトを加えてつくっていました。
特に最近のような猛暑の日は、加熱しなくとも十分に発酵は進みます。
しばらくして、市販のヨーグルトメーカーを手に入れました。
これは温度設定もできずタイマーも付いていない極めてシンプルなものでしたが、結構うまくヨーグルトができました。
しかし、このところこのヨーグルトメーカーが美味しいヨーグルトができなくなりました。
多分、温度制御が少し狂ってきたようです。
そこで、このお盆休みに新しいヨーグルトメーカーを購入してきました。
これは温度設定もタイマー設定もできる商品です。

ヨーグルトメーカー1

早速、ヨーグルトをつくってみましたが、最初にしてはまずまずのものができあがりました。
これから細かく温度と発酵時間を調整して私なりのベストなヨーグルトに仕立てようと思っています。
これで、また楽しみがひとつ増えました。

ヨーグルトメーカー2
《たっぷりのフルーツに自家製ヨーグルトをいただくのが朝の日課です》

nsg3 at 05:27|PermalinkComments(0) グルメ 

2018年08月17日

学生寮の例会@頤和園博多店

このお盆休みの期間中、私が学生時代にお世話になった東京・西荻の学生寮「浩浩居(こうこうきょ)」の夏の例会が頤和園博多駅店で開催されました。
こちらの店の総料理長の梶原陽二さんは中村調理製菓専門学校の元実習教員で、調理スタッフのほとんどが中村調理製菓専門学校卒業生。
また、店長の築城源希さんは中村国際ホテル専門学校卒業生です。

浩浩居例会@イワエン1
《総料理長の梶原陽二さん(中村調理製菓専門学校元准教授、写真右)と店長の築城源希さん(中村国際ホテル専門学校卒業生、写真左)》

さて、浩浩居は1899年に後に総理大臣になる廣田弘毅先輩が学生時代に同郷(福岡)の友人たちと共同生活を始めたことが創設となっています。
その後、100年以上にわたり外部の援助等を受けずに寮生の自治とOBの支援によって運営されており、公益社団法人の認定を受けています。

浩浩居例会@イワエン2

浩浩居例会@イワエン3

浩浩居例会@イワエン4

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浩浩居例会@イワエン6

現在の寮生の数は18人で、出身高校も修猷館、福岡高校、筑紫丘、西南、早稲田佐賀とさまざまです。
また、在籍大学も東大、東工大、一橋、東京外大、東京学芸大、早稲田、慶応、東京理科大と多岐にわたっています。
寮には学生たちが決めたさまざまな規則や慣習があります。
例えば、基本的に個室なのですが、各室の入口のドアの鍵はかけてはならないことになっています。
また、電気容量が小さいことから各室のエアコンはつけることができず、エアコンは食堂にだけ設置されています。
ですから、この夏の猛暑の中でも基本はエアコン無しで暮らし、多くの寮生が食堂に集まるので結果としてコミュニケーションが図れているそうです。
3月の恒例は節分の豆まきで、1年生が鬼に扮装して上級生が豆をまきながら西荻の街からとなりの吉祥寺まで走り回ります。
実は、このイベントは私が2年生のときに思いつき、1年生には「毎年の恒例だから」といってスタートしました。
それが40年以上もつづき、少しずつ発展してまさに「恒例」となっているそうです。
今回の例会には寮生全員と、OBも福岡在住の方だけでなくお盆で東京などから帰省している方も含めて19名が参加されました。
私は寮生たちやOBとさまざまな会話を楽しみましたが、寮生の話題にここ頤和園のサービススタッフの若い女性たちのカワイイことがありました。
スリットの入ったチャイナドレスということもありますが・・・。

浩浩居例会@イワエン7
《ペキンダック》

浩浩居例会@イワエン8

浩浩居例会@イワエン9
《立っているのは寮長に相当する特別会計の丸山君です》

浩浩居例会@イワエン10

私はその人数が多いことにも驚きました。
築城店長に尋ねたところサービススタッフは12人でそのほとんどがパート、アルバイトの方です。
実は今、どの業界も人手不足ですが、飲食業界の人手不足はその中でも際立っています。
ところが、ここ頤和園にはたくさんのサービススタッフがいる。

浩浩居例会@イワエン11

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浩浩居例会@イワエン19

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不思議に思って、後で調べてわかりました。
何とパート、アルバイトの時給が1,500円(ランチタイムは1,200円)と福岡では破格の高さなのです。
そして、その時給を払える経営をしている梶原総料理長と築城店長、さすがです!!

浩浩居(寮生たちの自主製作のサイトです):https://sites.google.com/site/kokokyohomepage/
頤和園博多店:https://r.gnavi.co.jp/f026400/ 
浩浩居例会@イワエン21
《頤和園のバイトルのサイトです。時給は何と1500円から!》

nsg3 at 06:06|PermalinkComments(0) 中国料理 | 福岡・博多

2018年08月15日

終戦記念日に想う

きょう8月15日は73回目の終戦記念日。
日本は歴史上、いくつもの戦争を経験していて、終戦といっても日清戦争や日露戦争の終戦もあるでしょうが、直近の戦争ということでしょうか、8月15日の終戦だけが大きく取り上げられます。
私はお盆休みで少しのんびりしていて、普段よりもテレビをよく観ていますが、先日のテレビ番組で1941年の真珠湾攻撃のときにハワイで情報収集していた日本人スパイの存在の特集があっていました。
その際、当時のアメリカ政府内部には約200人のソ連のスパイがいて、日本がアメリカに戦争をせざるを得なくなるような政策の立案・実行をアメリカ政府にさせるように尽力していたという話が出てきました。
この話はネット等でもさまざまな形で取上げられていて、私は事実と思っています。
当時、ヨーロッパではすでに戦争は拡大しており、ドイツはフランスなどを占領し、イギリスやソ連に対しても優勢に戦いを進めていました。
これに対し、アメリカは参戦しないことを決めていました。
ドイツとの戦いに苦戦していたソ連は、もし日本がソ連に戦いを仕掛けてくると、戦況は一層厳しくなります。
これを打開するには、参戦しようとしないアメリカを世界大戦に巻き込むために、日本からアメリカを攻撃させる方法としてアメリカに厳しい対日経済封鎖などをさせたというものです。
同じような話で、イギリスの当時の首相のチャーチルは、ドイツとの戦争で敗戦の一歩手前まで追い込まれていましたが、日本がアメリカを攻撃してアメリカが世界大戦に参戦を表明したときに、歓喜したという話を読んだことがあります。
つまり、先のソ連が日本にアメリカに対する戦争をさせるように仕掛けたことは、ソ連にとっては生きるか死ぬかの窮地での政策でした。
実際、ソ連は最終的には第二次世界大戦の戦勝国となりますが、参戦国の中で最も多い2000万人以上の死者(軍人、民間人の合計)を出しています。
この数字は日本の約300万人と比べてもいかに大きいかがわかります。
ちなみにドイツは約700万人です。
この数字だけ見ても戦争の悲惨がわかりますし、戦争は起こさないように努力いなければなりません。
しかし、私が1941年12月当時のソ連やイギリスの指導者であったらならば、スターリンやチャーチルのように日本とアメリカの戦争の勃発を喜んだことと思います。
また、別のテレビ番組で、砂漠に生きるラクダが長い時間、水を飲まなくても生活できますが、水を飲むときは20リットルもの水をアッという間に飲むというものがありました。
ゆっくり飲んでいると肉食動物の餌食になりかねないからという解説でした。
ソ連といい、ラクダといい、生きるか死ぬか、喰うか喰われるかという生存競争の中で、生き残るために必死です。
私は授業で人間の食の歴史も教えていますが、人間も含めて生物のほとんどは、他の生物(動物や植物)を食べていかなければ生きていけません。
そんな生存競争の著しい、特異なケースとして戦争というのが起きていたと私は考えます。
それにしても、日本人は第二次世界大戦での敗戦で、国民のほとんどが「戦争はもうこりごり」と考えていると思います。
それに対して、日本の約7倍もの戦死者を出したソ連の末裔のロシアが今も好戦的に見えるのは不思議です。

迎え火
《お盆の迎え火です。今年は大勢で迎えました。ご先祖さまもきっと喜ばれたことと思います》

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2018年08月12日

韓国出張(8)川辺で地鶏と・・・

きょうは恥ずかしながら私の誕生日です。
今から40年近く前、私は某大学院の学生でした。
そのとき、帰省している私の家に同じ研究室の仲間たちが遊びにきてくれました。
そして、誕生日の朝、父が誕生日の祝いの言葉を告げるどころか、「また馬齢を重ねよって!」と厳しい顔で叱責しました。
その言葉を聞いていた友人たちは、その場では神妙な顔をしていましたが、後で大笑い。
おかげでしばらくの間、「馬齢のてつっちゃん」と言われ続けました。
そんな私ですが、更に更に馬齢を重ねた姿を見て、亡くなった父はどう思っているでしょうか。

さて話は変わって、今回の韓国出張の話も最後ですので、もう少しだけおつきあいください。
デプリカ(テグ+アフリカの造語)と言われるほど韓国内では猛暑の地として有名なテグ(大邱)での最後の日、お昼にテグ在住の知人のL教授が「ナカムラ先生、暑いので郊外の川辺で地鶏料理を食べましょう」と誘ってくれました。
着いたのはのどかな小川のほとりの地鶏料理店で、暑さから逃れてホッとします。
まずはL教授の大好きな爆弾酒(韓国焼酎のビール割り)でのどを潤します。
料理は地鶏1匹を丸ごとゆでてほぐしたものです。
繊細さはありませんが、なかなかイケます。

テグ川辺料理1

テグ川辺料理2

テグ川辺料理3

テグ川辺料理4
《まずは爆弾酒(韓国焼酎のビール割り)でのどを潤します》

テグ川辺料理5
《地鶏1匹を丸ごとゆでてほぐした料理》

やがて、お店の女将さんが「これはサービスです」と言って何やらゆで肉料理が出てきました。
L教授の話では韓国では夏によく食べる、そうイヌ肉です。

テグ川辺料理6
《韓国では夏の滋養食の・・・》

日本の夏の滋養食としてはうなぎが有名ですが、韓国ではサムゲタン(参鶏湯)とポシンタン(補身湯)というイヌのスープ料理、それにニベという王侯貴族が食べていた魚の料理があります。
実は私はイヌ肉は初めてで、恐る恐るいただきました。
韓国の食用のイヌは牧場のようなところで飼ってあるそうで、一度ソウルの市場で肢体がぶらさがっているのを見ましたが、豚と牛の中間的な感じでした。
味は決して不味くはないのですが、やはり小心者の校長にはあまり嬉しい感じはしません。
日本でのイヌ肉については、675年に天武天皇が肉食禁止の勅令を出しますが、その対象は
牛、馬、猿、犬、鶏の五畜と言われています。
つまり、それ以前はイヌの肉は日本でも食べられていたのです。
中国でも今でも広東省ではイヌ肉は食べられています。
私が30数年前、中国をひとりでバッグパッカーとして旅をしていたとき、広東省の広州駅に着きました。
その駅の食堂で、熱狗肉(狗=イヌです)という料理があったので勇気を出して注文したところ、出てきたのがホットドッグだったという笑い話のような体験をしたことがありました。
(てつ校長の中国鉄道大紀行ァ平は広州に在り)
http://blog.livedoor.jp/nsg3/archives/50897642.html)
しかし、今回のテグでは正真正銘のイヌ肉でした。

テグ川辺料理7
《締めは鶏のスープでつくった雑炊》

さて、食後に近くのカフェでピンス(かき氷)をデザートにいただこうということになりました。
出てきたのは覆盆子(ポップンジャ)と呼ばれる野いちごとバニラアイスが盛り付けられたピンス。
覆盆子(ポップンジャ)は特に下半身が元気になると言われ、覆盆子の名前の由来は、昔の韓国で使われていたオマル(移動式の便器)があまりの小便の勢いの良さにひっくり返ったということからです。

テグ川辺料理11

テグ川辺料理12

テグ川辺料理13
《覆盆子(ポップンジャ)と呼ばれる野いちごとバニラアイスが盛り付けられたピンス》

ということで、この日はイヌ肉と覆盆子という元気のつく韓国の食べ物をいただくことができました。

そして、テグ空港から福岡空港へのT’way航空の直行便で帰国しました。
今回の韓国出張ではたくさんの方々のお世話になりました。
カムサハムニダ!!

テグ川辺料理21
《テグ(大邱)空港です》

テグ川辺料理22

テグ川辺料理23
《左のT'way航空の福岡行き直行便で帰国しました》

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2018年08月11日

韓国出張(7)沙弥可という韓国に帰化したサムライ  

韓国・テグ(テグ)の話がつづきます。
朝食の後、テグ郊外にある「達城韓日友好館」を訪れました。
ここは1592年の豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役、韓国では壬申の倭乱と呼ばれています)の際に、韓国に帰化した沙也加という日本人武士のことを展示した館です。

沙弥可1

文禄の役で秀吉軍は火縄銃を武器に優勢に戦い、現在のピョンヤン(平壌)から黒竜江(アムール河)近くまで進出します。
しかし、その後に朝鮮軍の反攻に屈して退却します。
沙也加は和歌山出身の武士で、帰化後に朝鮮軍に火縄銃の技術を伝えて秀吉軍と戦い、戦後は金海金、金忠善と名乗ってさまざまな戦役で武功を立てます。

沙弥可1
《1592年の豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)の戦いのルート。現在のピョンヤン(平壌)から黒竜江(アムール河)近くまで進出しています》

沙弥可3
《沙弥可(韓国名は金海金、金忠善)についての説明》

沙弥可4
《沙弥可の復元像。右が日本のサムライの像。左が韓国の武将です》

沙弥可5

沙弥可6

その後、この「達城韓日友好館」があるテグ郊外の地に土地を与えられて住んだということです。

韓国では豊臣秀吉は最も嫌悪される日本人で、その秀吉軍を打ち破ったイ・スンシン(李舜臣)将軍は最も有名な英雄で、日本の東郷平八郎元帥のような存在です。
そして、この沙也加もかなり有名なヒーローとのことです。

しかし日本人の私には沙也加は微妙な存在です。
日本を裏切って寝返り、秀吉軍を敗戦に追い込んだ訳ですから。
韓国側の立場で言えば、大義の無い秀吉の朝鮮出兵に対して、徳のある朝鮮に味方したということになるようです。
いずれにせよ、日韓の歴史解釈は難しいです。

達城韓日友好館のサイト(日本語):http://www.dskjfriend.kr/main

沙弥可7
《偶然に館内で前日に伺ったヤクジョン(ホヤのビビンパップの店)の女将さん(左)にお会いしました。ちゃんと日韓交流しています》

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2018年08月10日

韓国出張(6)テグ(大邱)の朝ごはん  

韓国・テグ(テグ)の話がつづきます。
韓国では飲んだ翌日にはお腹の調子を整えるというヘジャンクをよく食べます。
ヘジャンクにはいろいろなものがありますが、テグの慶北(キョンボク)大学校医学部近くの老舗食堂にコンナムルクッパ(もやしのスープごはん)をいただきに行きました。

テグ朝食1
《慶北(キョンボク)大学校医学部は1929年開設の旧制大邱医学専門学校が前身です》

テグ朝食2

ここは韓国ではよくある24時間営業の店で、昨晩から飲み続けているような若者たちの姿もあります。

テグ朝食3
《昨晩から飲み続けているような若者たち》

テグ朝食4
《コンナムルクッパ(もやしのスープごはん)》

テグ朝食5

テグ朝食6

ここで食事の後に、市内の人気製菓製パン店L'ovenに朝コーヒーを飲みに行きました。
店のスタッフに私がソウルのナカムラアカデミーの者だと告げると、ナカムラアカデミーを知っていてできれば習いに行きたいとのことです。
いや〜嬉しいですねぇ、ナカムラアカデミーも2009年の開校以来9年目ですが、韓国内ではかなり知名度が上がってきていることを実感したテグの朝でした。

テグ朝食7

テグ朝食8

テグ朝食9

テグ朝食10


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2018年08月09日

韓国出張(5)デプリカでホヤのビビンパップ   

韓国出張の話がつづきます。
ソウル郊外のスウォンでカルビをご馳走になった後、SRT(Super Rapid Train、超高速列車)でテグ(大邱)に向かいました。
SRTは2016年に開業した民間運営の新幹線です。

テグ1
《SRT(Super Rapid Train、超高速列車)の車内》

着いたのは東テグ駅。
盆地のテグは韓国ではデプリカ(テグ+アフリカの造語で、アフリカのように暑いという意味)と呼ばれるほどの酷暑の街です。
今年は日本も記録的な猛暑が続いていますが、韓国も同様かもっとひどい猛暑です。

テグ2
《東テグ駅。降りたとたんにデプリカ(テグ+アフリカ)の猛暑でした》

テグ3
《テグ市内には由緒ある教会がいくつかあります》

テグ4

テグ5
《昔の漢方薬の店の街並みの門》

そして、テグ在住のL教授が夕食に招待してくれました。
訪れたのは「ヤクジョン」。
ここは後で知ったのですが、チャン・グンソク主演のドラマ「ラブレイン」のロケ地になった趣ある店とのこと。
ところが、予約しているにもかかわらず、門に鍵がかかっています。

ホヤビビンパップ1

L教授が店に電話したところ、最近、近くに移転したとのこと。
ということでその新しい店に向かいました。

ホヤビビンパップ2

ホヤビビンパップ3

この店の名物はホヤのビビンパップ。
まずはたくさん並んだおかずで地元のマッコリをいただきます。

ホヤビビンパップ4

ホヤビビンパップ5
《マッコリはゆすってボトル内の濃度を均一に飲む方が多いのですが、この日はL教授の飲み方で、まずは上澄みをいただき、その後に底の濃い部分を味わいました》

ホヤビビンパップ6

そして、ホヤを細かく刻んだものを熱いごはんに加えてビビンパップにします。
私はこのホヤのビビンパップは初体験でしたが、少し苦みを含んだその味はなかなかのものでした。

ヤクジョンのNAVERサイト(韓国語):https://store.naver.com/restaurants/detail?entry=plt&id=15948928&query=%EC%95%BD%EC%A0%84%EC%8B%9D%EB%8B%B9
【新住所】大邱広域市中区壮観洞36-1(대구광역시 중구 장관동36-1)
【電 話】053-252-9684/010-5040-9684


ホヤビビンパップ7
《締めはもちろんホヤのビビンパップです》

ホヤビビンパップ8


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2018年08月08日

韓国出張(4)スウォン(水原)といえばカルビでしょう!

韓国出張の話がつづきます。
2009年のナカムラアカデミー(中村調理製菓専門学校ソウル校)開校当時にお世話になった韓国の方から連絡があり、その方が在住のソウル郊外のスウォン(水原)で食事をご一緒しましょうとのことです。
日本でも仕事やプライベートでの会食は大事ですが、韓国では日本以上に会食の意味合いが深いように思えます。
特に韓国料理では大皿料理や鍋料理などが主で、同じ皿や鍋から皆が食べると一体感が増します。
韓国語に「ウリ」という言葉があり、これは「私たち」(英語のwe)という意味ですが、日本語の「私たち」以上に、「ウリ」以外の人(「ナム」と言います)を区別しているような気がします。
楽しく一緒に食事することで「ウリ」の関係を実感すると言うと少し大げさかもしれませんが、私はそんな風に思っています。
さて、前置きが長くなりましたが、スウォンといえば韓国では牛カルビで有名です。
ということで、今回の会食の場所もカルビの人気店「サンプジャ(三父子)カルビ」。
牛カルビには下味を付けて焼くヤンニョン・カルビと、最近は上質な韓牛を下味を付けずに焼く鮮カルビも人気ですが、この店ではどこのテーブルもヤンニョン・カルビを仲間たちと楽しそうに食べています。

サンプジャカルビ1
《サンプジャカルビの店舗です》

サンプジャカルビ2

私たちもヤンニョン・カルビをたっぷりといただきました。
そして、割勘という習慣が無い韓国で、この日は私はごちそうなりました。
カムサハムニダ!

サンプジャカルビ
【住所】경기 용인시 기흥구 덕영대로 1811-2(ギョンギ道ヨンイン市ギフン区ドクヨン大路1811-2)
【電話】031-202-8959

サンプジャカルビ3

サンプジャカルビ4

サンプジャカルビ5

サンプジャカルビ6

サンプジャカルビ7

サンプジャカルビ9
《食後にスウォンにあるキョンヒ(慶熙)大学校のキャンパスを見学させていただきました。広大なキャンパスで驚きました》

サンプジャカルビ10


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2018年08月07日

韓国出張(3)特別講師の先生方とカロスキルの人気韓国料理店へ

韓国のナカムラアカデミー(中村調理製菓専門学校ソウル校)への出張の話がつづきます。
ナカムラアカデミーにはプロを目指す学生を対象に日本料理と洋菓子、そしてパンのコースがあります。
ベースとなる授業は日本から出向している常勤の日本人教員が担当しますが、日本などからの特別講師の先生方も授業の一部を担当します。
今回の私の出張の際も、日本からたつみ寿司の松畠民亘社長とパンのアドルフ・サイラーシェフがナカムラアカデミーに来られていました。

松畠&サイラー1
《たつみ寿司の松畠民亘社長》

松畠&サイラー2

松畠&サイラー3
《アドルフ・サイラーシェフ》

松畠&サイラー4

松畠&サイラー5

松畠&サイラー6
《サイラーシェフが授業してくれたパンです》

ということで、授業の後、松畠社長、サイラーシェフ、そしてナカムラアカデミーのスタッフと夕食をご一緒することとしました。
訪れたのはカンナムのカロスキル(並木通り)近くの韓国料理ケミチップ。
カロスキルはカンナムでもオシャレな若者たちが集まる場所ですが、そんな客層に人気のカジュアルな飲食店とのことです。

松畠&サイラー7
《カンナムのカロスキル(並木通り)の1本奥の通りです》

松畠&サイラー8
《ケミチップ》

松畠&サイラー9

そして、ここはマッコリとチヂミが定評あるということで、私たちもマッコリとチヂミ、それに韓国の肉料理などをいただきました。
韓国で最も一般的なのはソジュと呼ばれる韓国焼酎(17〜20度)ですが、マッコリはアルクール度数も7度くらいと低く、カルピスのような爽やかな味で私も大好きです。
講師の先生方やナカムラアカデミーのスタッフともマッコリのせいか話が弾み、楽しい時間を過ごすことができました。

ケミチップ(개미집):
【住所】ソウル市江南区アップグジョン路110ファインビル
【電話】02-541-595
【website】https://gaemizip.modoo.at/

松畠&サイラー10
《まずは生で》

松畠&サイラー10
《海鮮チヂミ》

松畠&サイラー11
《チヂミにはマッコリが合います。これはハウス・マッコリ。美味しかった!》

松畠&サイラー12
《古漬けキムチ。右は玉ねぎのキムチ》

松畠&サイラー13
《豆腐のチヂミ》

松畠&サイラー14
《豚カルビ》

松畠&サイラー15
《タコと野菜の辛味炒め》

松畠&サイラー16


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2018年08月06日

明日の読売新聞に1964年東京オリンピックの件で登場します

先日、読売新聞東京本社の記者の方から取材を受けました。
内容は1964年東京オリンピックの選手村食堂の話です。
その記事が明日(8月7日)の読売新聞朝刊のくらし家庭面に掲載されるという連絡がありました。
是非ご覧ください。
実は私もまだ記事の詳しい内容は知りません。
どんなものになっているか楽しみです。

読売新聞取材1

読売新聞取材2


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