2011年10月

第706号:みんなを幸せにする人

今日は子供の空手の試合だった。


しかし・・・、夕方から大変なことが起こってしまった。


がーん、なんと、パソコンが立ち上がらなくなってしまったのである。


桃太郎アリーナで試合であり、耕之助、龍之助の両名が、
準決勝に入ることなく敗退し、時間がなくピリピリしていたので、
岡山大インキュベータに行き、置きっぱなしだった自転車に乗って、
問屋町に向かった。


問屋町に到着して、パソコンを開けた。


そうすると、なんと・・・、パソコンが開かないのである。


今までの経験からして、何度か立ち上げなおすと治ったりするのだが、
何度やっても治らない。

そして、こんなときは・・・、と思い、慣れ親しんだ言葉である
「パソコン・レスキュー」と検索して調べたところ、
出張費だけで2万円、データのリカバリで、
場合によってはとてつもなく費用がかかると脅された。

手間的にそんなにかかるわけがないと、倉敷の業者を探し、
パソコンを持ち込むことにした。

持ち込むと、簡単な調査をしてハードディスクの損傷の可能性がある
ということだったが、噂のように50万円とかというものではなく、
せいぜい最悪でも8万円程度ということだった。

苦しい瞬間を狙った悪徳商法のようなサービスもあるが、
このお店はそんなことはないらしい。
とりあえず、PCを分解し、ハードディスクを調査してもらった。

そうすると、パソコンを開けたところ、ハードディスクが差し込み口から
外れていたとのこと。
結局、修理費は8400円で何とかおさまった。

「パソコン・レスキュー」だったら、もっと法外な金額を払っていた。
フィーリングとか、直感ってとても大切だと思った。


パソコンが壊れた時、今日は当社の問屋町多目的スペースを使って、
偶然にもスピリチュアルコラボイベントを実施していた。
お客様ではあるが、今までに一度も参加したことがなかったが、
思い切って会場に行ってみた。

以前、プレインキュベーションセミナーで生徒だった方が出展していて、
今日はその人に占いをしてもらった。

私も仕事とプライベートの悩みが最近深く、これからどうするべきか
考えてみたいというニーズの元、私自身は10年ぶりくらいに占いをした。
そういえば、朝のテレビ番組の占いすら興味がなくなっていた。


パソコンを使ったホロスコープと、タロットの組合せによる占いだった。
次のようなことを言われたり、考えたりした。


【私】

人の心を大切にする人であり、相手の中にある神や仏を信じている。
瑣末なことや表面的なことにとらわれるのではなく、心を重視している。

【私の背後霊・前世】

とても「大きな」「すごい」霊がついている。
武士とかということではなく、平民の中にいて、
江戸時代かその前くらいに、みんなの幸せを作るために、
水路をひいたり、田畑を作ったりしていた人である。
しかしながら、そういった良い物や事を作ったとしても、
人の心は満たされる物ではなかった。
だから、現在は人の心を良くするための仕事をしようとしている。

【私の今後】

今までよりこれからの方がもっと成功する。
それは、本当の苦しみや悲しみを味わわなければ人を救えないが、
歳を重ねるごとにさらに人の心を理解することができるようになる。
今の苦しみはそのために用意された自分の心を創る時間である。

【タロットカード】

現在についてのカードは次のようなものが出た。

・嘆き
・あきらめ
・妥協

今の自分には人を引き付けるような力はないと考えていて、
本当のすごい自分を発揮しようとしていない。
周りの人に気を遣って自分の理想があるにもかかわらず、
妥協したり、あきらめたりしている。

将来についてのカードは次のようなものが出た。

・みんな幸せ
・常識を破る
・前進


そして、これらのことを統合していくと、
私が今抱えている大きな問題に直面した。

占い師さんとカードは、基本的に一般的なことを伝えてくれるが、
それがどんどん自分の問題とクロスしていく。

今はあきらめているかもしれないが、必ずうまくいく。
だから、自分の常識にとらわれるのではなく、
あきらめたり、妥協するのではなく、もっともっと進め。
要するに、「進みなさい」というのが最も伝えたい事だったようだ。


どんなことと重ねることによって、言っているのかは、ここでは書かないが、
今まで考えていたこと以上の私の進むべき道が発見できた。

相手のことをを気にしてやらないのではなく、みんなが幸せになると信じて
進むことが大切なのだと思った。
私が信じていることは絶対に間違っていない。


今日も自分を承認する。
自分の存在を改めて、信じることができたね。
と言ってみた。

ちっぽけな自分にはなってはいけないということだよ。
と返ってきた。

どんな場面でも、みんなを幸せにする力があると信じて言いたいです。
今日もありがとうございました。

第705号:生きる喜びの旋風

今日は朝から経営相談2件という一日だった。


朝から心しこりがあって、胸の奥がざわつき体に力が入らない。
本当は早く起きて、近所をジョギングしたかったのだが、
そんな力もなく、ブログをアップするのが精いっぱいだった。


土曜日とはいえ、今日も夕方までしっかりと仕事が入っている。
朝は、いつも大変お世話になっている社長との打ち合わせである。


うれしいことに、ペルソナ手法の開発に協力してくださり、
かなり大きなプロセスを最初の部分から実践するのである。

しかも、一旦は当社を辞めると言っていたⅠ君が見事に復活し、
ペルソナのプロセスを一つずつ構築したものを活用し、
PJのリーダーまで務めてくれるのである。

うれしくてうれしくてたまらないし、将来への希望が生まれてくる。
心から感謝である。


さらに、その後は、経営相談だった。
コーディネートしたアパレル関連の専門家を交えての打合せである。

前回の顔合わせでは、デザインの方向性が宿題であったが、
実際には、デザイン画はもちろんのこと、縫いの仕様について、
サンプルまで作ってくださっていた。

本当に具体的にイメージが膨らみ、提案の仕方も、
さすがプロフェッショナルであると思った。
アパレル製品はある程度物を見ないとイメージできない
ということを知っているのである。


有名なコンサルタントの情報も入ってきて、話を聞いていると、
どうやら途中で話が合わなくなって、中断したということである。

わたしもそういう経験が全くないわけではないのだが、
最近はきわめて少なく、いつもまた来てくださいと言っていただく。
それは、相手の方や紹介してくれた支援機関の方々の
大きな広い心があるからこそであると思う。


うれしいことに、以前研修をさせていただいた方から、
コーチングとファシリテーションの引き合いをシリーズもので頂いた。
それから、機能支援した企業の方が、とてもよかったということで、
知人を紹介したいという言葉をわざわざ電話で頂いた。

これは、人の心を大切に、人間中心アプローチを実践できている
大きな指標としてとらえたいと思う。
また、理解してくださったことに心から感謝したい。


今日も自分を承認する。
相手の望んでいることに耳を傾け、真剣に真心で伝えているね。
と言ってみた。

それは世のため人のためになることだね。
と返ってきた。

必ず生きるよろこびの旋風を起こしてみせると宣言して言いたいです。
今日もありがとうございました。

第704号:大きく強い価値観を持つ

今日は午前中研修、午後は顧問先への訪問、夜は経営相談だった。


自分の不都合なことが起こると、自分がコントロールできなくなった。
心配になったり、腹が立ったり、他のことが手につかなくなったりである。

この自分がコントロールできなくなっている感覚というのは、
その不都合が大きかったり、強かったりすればするほど、
どうにもならなくなるのである。


自分に不都合な情報が入ると、その瞬間、カッと頭に血が上る。
次の瞬間、言葉が出たり、メールに向かって入力をしたりする。

胸の中に、下から突き上げるようなエネルギーがあり、
普段いっている、相手の気持ちを聴くとか、愛をもって接するとか、
そんな言葉は微塵もなく吹き飛んでしまうのである。


それは、そのことが大切なことであったり、その人のことを信頼しているほど、
衝撃は大きく、自分自身のハートを抑えるのが大変になる。

・信頼していたのに
・期待していたのに
・想っているのに

というように、ゆっくりと気持ちを味わっていくと、
「のに」という言葉がたくさんになる。


これは、他の仕事にも影響してくる。
胸の中に、じわっと押さえつけるような力がある。
腹の中というより、胸の奥のような感覚がある。


この感覚を持って仕事をしていると、今日の場合は力が入りにくく、
そして体全身に疲れを強く感じた。
それでも何とか、立ちあがって仕事を続けた。


それにしても、人間の欲求というものは厄介なものだ。
こんなものなければいいのにと思うけど、時にそれはエネルギーになる。
欲求がなくなっても良いのは、歳をとって、人生の目的を成し遂げて、
そして、人に学んだことを伝えたり、余生を楽しめるようになったらである。

もう一つは、大きな価値観を持ち、相手の考え方や行動を自分を律し、
大きく包み込む力を持つことである。
大きな価値観にすればするほど、包容力が大きくなる。
強い価値観にすればするほど、エネルギーが高まる。


大きく強い価値観にするほど、世の中で実現できることが大きくなる。


私はそんな存在になりたい。


ちまちまと悩んでいたらいけないのである。
でも悩んでしまうんだよね。
人間だから。


今日も自分を承認する。
悩みながらも自分に向き合い、理想を見つけることができたね。
と言ってみた。

理想が程遠く感じるのは、どうしてだろうか。
と返ってきた。

大きく強い価値観をもった理想の自分をイメージしながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第703号:愛とは育むもの

今日は午前中は研修、午後から経営相談2件という1日だった。

さっき体重を測ったら何と、80.9kgだった。
ついに、夢の70kg台に向かって、残り1kgをきっていた。
すごいでしょ。

でも、午前中の研修の時にめまいがして、久々に倒れそうになった。
お昼ご飯を食べる前に、動けなくなってしまいそうになった。
昼食後、少し車で居眠りをして、それから経営相談に向かった。


今日の経営相談は、なかなか難しい案件であるということで、
少々緊張していたのだが、ダイエット中であまり力が入らなかった。
それが良かったのかもしれないが、なんとか無難に進められた。


その後、農業の専門家を派遣しての経営相談となった。
現地調査で始まったが、水路の位置と土質、土地の高さ等を見て、
作ろうとしている野菜を考慮して、適切にアドバイスをしていく。

これぞ専門家!
ということで、紹介した私が「えっへん!」と鼻が高くなってしまった。

中小企業支援ネットワーク事業の上級アドバイザーをしているが、
採用の専門家、食品の専門家、店舗の専門家等、
さまざまな専門家とネットワークを組みながら中小企業を支援する。

ひょっとしたら、コーディネータとしての自分のあり方が、
もっとも、自分の力が発揮できる場かもしれない。

そういえば、2年前にコーディネートした縫製会社とカフェのコラボは、
今現在、確実な成果を手にしている状態である。

昨日も、夜の世界に強い方と、ホームファニシングに関する企業を、
コラボさせようとしたら、なんとか、面談まではたどり着いたようだ。


たぶん、ビジネスをクリエイトするのが私は得意なのだと思う。
それは、どんな経営コンサルタントよりセンスが良いと自負している。
自慢ではないが、自分がいけると思う事業とスタッフは、
確実に成果を残している。


そういえば最近、内向きな仕事か、経営相談の仕事が多くなっていて、
積極的に自分からアプローチしたり、提案したりしなくなっている。
これはもったいないのだが、能力的にはいっぱいいっぱいである。


あまり、外に向けて必ず儲からせるとかというと胡散臭いのだが、
自分の心が「おっ!」と驚いた戦略は、実行すれば必ずうまくいく。
「おっ!」とならず、しばらく考え続けるような時は、そうもいかない。


とにかく、何でも相談してほしい。
精一杯、中小企業を支援する役割を私は持っているからである。

たくさんの悩みや問題を抱えている企業がある。
私が提案型だろうが、相談型だろうが、困っている人がいる以上、
私は私のベストを提供し続けるのである。


「できないをできるに変える。」


そして、「協働のよろこび」を生み出す。


それが私たちの使命であり、私たちの生み出す価値なのである。


今日も自分を承認する。
相手の想いをしっかりと聴き、相手に愛があると信じ続けることができたね。
と言ってみた。

自分の関わり方一つで、愛がにじみ出てきたね。
と返ってきた。

愛とは育むものと信じつづける自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第702号:一瞬で相手を味わう

今日は早朝ミーティングに始まり、経営相談1件、セミナー1件、
更に経営相談1件、金融機関打合せ、という1日だった。


今まで非常に気になって気になって仕方がないことがあったのだが、
今日はそんなにそのことが気にならなくなっていた。

人間というのは不思議な生き物だと感じると同時に、
時間が経つと忘れたり、その問題が小さなものになるのだと、
改めて感じた。


それで思い出したが、ある素晴らしい経営者の人と話をしていて、
たまたま、私がコーチであるため、コーチングになったことがあった。

かなりゆっくりとした時間の中、その人のあり方や価値観を聴いた。
その時に、ある2つの人生のキーワードが出てきたのだが、
その時点で、本人はそんなに納得した様子はなかった。

しかし、その後、答えは見つからなかったが、なんかすっきりしている
というメールがあり、さらに、次のような内容のメールが続いた。


「忘れていました。」
「大事なことを。」
「人は本当に大事なことまで、都合よく忘れる生き物だ。」
「コーチングで目覚めた。」


忘れてしまいたいことだけでなく、
しっかりと記憶に残したいことであっても忘れてしまう。
人というのは忘れることで、その瞬間に適合する生き物なのかもしれない。


でも、しっかりと何かの存在を認めたり信じたりし、自分と向き合うことで、
忘れてはいけないことがはっきりする。
忘れてはいけないことを、共に探し出すのが私の仕事なのである。


きっと、今私が忘れたいと思っているものの中にも、
忘れてはいけないことが含まれており、それは私の大切なものだと思う。


忘れていなければ、人に伝え学びを深めることもできるし、
自分が大切にし続けることもできるのである。
研修やコンサルティングの活動の中でも、活かしていくことが可能であろう。


今日も自分を承認する。
自分が学んできたことを人のために活かしているね。
と言ってみた。

最近、少しずつ、相手の気持ちを優先して大切にできるようになってきたね。
と返ってきた。

生きている瞬間を、一瞬で味わい、相手を想える自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第701号:鍛え上げた心

今日は朝から昼過ぎまで、ずっと内勤をし、
その後は、エコアクションの打合せという一日だった。


最近、といってもこの2日くらいなものであるが、
とても穏やかな気持ちで過ごしている。
それも、その気持ちを自ら選んでいることが良いのだと思う。

例えば、ずっと前からリミットのあることが期日にできていない、
ということがあったとする。
私としてはあり得ないことであるから、瞬間湯沸かし器のようになり、
カッとして吠える。

人と話をしていた時、自分の都合を並べ立てる人がいた、
ということがあったとする。
「それは、あなたの勝手でしょう」と思い、イライラ、もやもやが募り、
懸命に隠そうとしても、苦しくて苦しくて、きっと表情にも出て、
自分も面白くないし、きっと相手も面白くなくなる。


逆にとても柔らかい表情で、にこにこしながら、相手の感情を味わう。
その気持ちを味わい、承認する。
相手もとてもうれしい顔になり、前向きで優しい気持ちが循環する。


以前でも、承認しようと思いっきり努力することがあった。
もちろん、とても効果もあったし、私としてはいい感じだった。

でも今は、力が抜けていて、相手の感情を味わっているので、
無理がなくて、しっかりと相手の価値観やあり方が聴こえている。
(そんな風に口にすると、少し不安がよぎった。心の傷かも・・・)


もし比較するとしたら、熱い自分と、柔和な自分の差がある。


熱く生きる自分は、とても好きな自分なのだが、
こうやって味わってみると、疲れる自分でもあるし、
もっというと、人にとっては怖かったり、重たかったりするかもしれない。


柔和に生きる自分は、熱く生きる自分から見てみると、
少しいい加減な感じがしたり、成果が上がらないと感じたりする。
でも、間違いなく相手の感情を重視し、柔らかくコントロールしている。


理想は、柔和に生きている中に、熱さを秘めている自分だろうか。


何かに例えるとすると・・・、


うーん、なかなか出てこない。
すみません・・・。


でもなんかいい感じです。
気持ちを切り替えた瞬間に、色々な人とのつながりが感じられるようになった。
出会った人のおかげでもあり、本当に本当に感謝である。


今日も自分を承認する。
心の底から、今の自分にOKが出せていますね。
と言ってみた。

私には珍しい状態だけど、要するに一つずつ片付けることだね。
それから、心を鍛えることも大切だね。
と返ってきた。

鍛え上げられて余裕のある心を持った自然体の自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第700号:できる自分を発見!

今日は早朝起きて問屋町に入り、経営相談2件、
いずれも専門家派遣を活用しての相談だった。


今日は記念すべき第700号である。


なかなか思いだせないのだが、約4年前に始めたブログも、
昨年、一昨年と休止していたのだが、その壁も乗り越えて再開、
今日に至ったのである。

思い返すとこのブログを始めたきっかけは、
当社のホームページを作ったのがきっかけである。

過去のブログを振り返ってみると、2007年12月1日に第一号を書き、
なぜか、それからしばらく経って、年明けに本格的にスタートしている。

多分、ブログを書くことに自信がなく、とりあえず書いたものの、
コーチングの中で発見した自分のことを書くのが精いっぱいだった。

それから書き始めると、内容はともかく、日記のような感じで、
すいすいと書けたように記憶している。


3年前のあることがきっかけとなり、1年間以上書いてきたブログを休止、
仕事に集中することになった。
その時に、最近、ブログ更新していませんねという声を頂き、
この世の中に僕のことを見てくれている人がいることが非常にうれしかった。

これからも、あまり変わり映えしない内容で、その上、自分の思いばかり、
かなりつまらないかもしれないが、西田は今、どのように生きているのか、
を生々しく書き綴っていきたい。

多分、ここには書けないような内容もあるし、
その苦悩や喜びはきっと感じられるのではないかと思う。
少しでもそんな私の馬鹿な生きざまが参考になったらうれしい。


今日は、2つの経営相談を実施したが、自分の強みを発見した。

・相手に起こっていることが言葉の使い方から理解出来る
・相手をモチベートしながら、厳しいことが言える
・お互いの関係性を理解しながら、目的や目標に向かわせることができる


逆にうまい言っていない時の自分も理解できた

・話の焦点が課題にあたっていて、とても複雑な内容である
・自分の意見を押し通そうとしている
・そのミーティングに一体となっていて、先頭を走っている


これらは、支援者ではなく、リーダーとしてのポジションである。
このような時に、その組織のリーダーと軋轢が生じることもある。
あくまでも、その組織の能力や思想にあった進め方をするべきなのだろう。


今日は、そんな若干の失敗もあったのだが、軌道修正しながら、
いい形でミーティングを終えることができた。
コンサルティングの成果としては、GOODだったと思う。

こんな、成果を少しでも多く生み出し続けていきたいし、
そうすることが、この世の中を協働のよろこびで埋め尽くすこととなる。
そうなるに違いないと思う。


今日も自分を承認する。
相手の欲求や価値観を徹底的に大切にできたね。
といってみた。

そうじゃない時間もあったけど、あれはどうするのかな?
と返ってきた。

どんな人でも心に深く沁みいるような言葉が伝えられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第699号:軽やかに願望を共有する

今日は、朝から日曜参観、その後テニス、釣りという一日だった。
夜は問屋町に赴き、ブログを書いたり、資料に目を通したりした。

先週末があまりにハードだったのと、その結果、食事が少なかったのと、
もっというと、少し減量しているので、何と体重が81.3kgまで減った。

先々週は夕食後だが87.0kgまで増加していてびっくりしたのだが、
ここまで減っているのもびっくりである。


テニスの調子も悪く、最近お世話になっているテニスサークルでも
精彩を欠き、正直言って迷惑をかけていた。
今日はその時のイメージが頭を離れず、悪いことばかり考えて参加した。
ところが・・・。


体重が減ったせいか、体の動きが非常によく、
最初はストロークもサーブも良くなかったのだが、
徐々にペースが上がっていき、特にボレーとロブがとても切れてきた。
最後はサービスエースとなり、絶好調で終わった。

多分次にテニスをする時には、少し体重が増えてしまうのだろうが、
体重のコントロールをきちんとしておけば、
ある程度のプレーができるということを実感することができた。

ベストの体重はウエイトトレーニングをしながら、
80kgをキープしている状態であろう。
そうすると、ある程度カッコいい自分でいられるのではないかと思った。


うれしかったことは、龍之助4歳がテニスにも、ランニングにも、
釣りにもとても積極的なことである。
きっと父親からのストロークが欲しくて欲しくて、
とても従順な子供になっているだろう。

心理学上、それがいいことであるとは思わない。
でも、彼のモチベーションは素晴らしく、テニスの時もボールが打ちたい、
とファイティングポーズをとった。

その時の対応としては、もう少し上手になったら一緒にできると言うと、
「練習するよ」と返ってきた。
うれしかった。

釣りに行くときも、「いきたい、いきたい。」と言い、
本当に、嬉しそうに、そして、一生懸命に取り組む姿がうれしかった。

夕食後も、「一緒に走りたい」といい、マスカット球場まで走った。
私は今日とても疲れていたので、ゆっくりでいいよと言ったのに、
どんどん前を走っていく。

ちんちんと、おひざが前だよと伝えると、疲れていても、
ぐっと前を見つめて前へ前へとつきだしていく。

更に、恐ろしいことに、スキップで500m程度走ったりもする。
すごいというと、調子に乗ってもっともっと前に進もうとする。
すごいエネルギーにただただ驚くと同時に、うれしさがこみ上げた。


兄の耕之助8歳は、とてもマイペースである。
授業態度を見ていても、落ち着き払っていて、
みんなが発表していても、本当に周りを見ていて、手を上げない。

周りの女の子からも慕われていて、いざという時には、
素晴らしい発言をする。
わが子ながら、すごいやつだと思う。


そんな一日だったが、夜には色々なことが起こっていて、
私が大切にしている共に生きるという言葉が損なわれそうなことが、
起こっているのを感じた。

でも、その人の願望を理解すると、当然のことであり、
私がつべこべ言うことでもなく、何とかうまくいって欲しいと祈った。


それにしても、私という存在は何なのだろうか。
自分のことが希薄なものに覚える。
でも、周りの人たちが少しでも幸せになってくれることが、
私にとっても大切なことだと思う。

先日の志動塾の講師の方は、ある意味私の理想であり、
本当に自分のことも大切にするのだが、それ以上に、
周りの人を大切にするための考え方と時間の使い方をする。

そこにその人の生き様というのがあるのだと思った。
僕はそういう意味ではまだまだだ。
精進しなければ・・・。


今日も自分を承認する。
相手の望んでいることをしっかりキャッチし、自分の欲求を脇に置き、
冷静に支援したり、コミュニケーションすることができたね。
と言ってみた。

もっともっと、軽やかに、積極的に相手の願望を共有したら・・・?
と返ってきた。

軽やかに相手の望みを叶えられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第698号:全力で共に過ごす

今日は飲み会の後、朝まで問屋町で過ごし、7時からスタッフのの面談、
そして、子供の七五三で写真撮影とお参りをした。
その後は、家で眠り続けていた。

お昼からは、ずっとずっと、眠り続けていた。
昨日の飲み会と、その後、問屋町で過ごしたが、
普段はふとんで眠っているので、妙に疲れてしまった。


でも、早朝からNTC中間レビュー後の計画シート再提出で、
Ⅰ君が7時前に表れミーティングを実施した。

これは本当にうれしいことであり、木曜日だったか、金曜日だったか、
なかなか時間が取れないので、できれば土曜日はどうかと尋ねたら、
しかも、早朝にもかかわらずOKと言ってくれた。

前向きに目標に取り組もうという気力がとにかくうれしかったし、
私が時間がないのを理解してくれ、早朝に会いたいと思ってくれた、
それ自体がうれしくて、うれしくて・・・。

まさに協働のよろこびである。


8時からはH君であり、企業ソリューションチームのリーダーであり、
内容としてもかなり高度な要求をした。
にもかかわらず、快諾をしてくれると同時に、前向きな発言と、
計画に対する積極的な姿勢に心を打たれた。

これも、また協働のよろこびである。


その後、家族行事で七五三の写真撮影、お宮参りをした。
本当に疲れていたので、若干イライラしながらだったが、
三人の兄弟がとても成長していて、うれしいし、その反応が面白かった。


その後、眠り続け、気がついたら18時だった。
本当は仕事をしたり、ダイエットのために走ったりしたかったが、
まだまだ疲れは取れず、直ぐに眠ってしまった。


一日の感想だが、あまり無茶をしてはならないというところだろうか。
無茶をして体と心が疲れることで、折角の生きている時間が、
薄くなったり、中途半端になったりしてしまうのである。

今この瞬間の自己コントロールも大切だが、今この瞬間を作る、
というより、明日の今この瞬間をより良いものにするには、
自己管理を徹底して、良い状態であり続ける必要があるのである。


今日も自分を承認する。
疲れた私のために、時間を割いてくれたり、共に過ごしてくれた人に、
心から感謝の心を持つことができたね。
と言ってみた。

疲れていなくても、いつでも、共に過ごした人に感謝しなさい。
と返ってきた。

共に過ごす、共に働く、共に生きるということに、
全てのエネルギーをかける自分で言いたいです。

今日もありがとうございました。



第697号:至らない自分と戦う

今日は、朝から県北へ行きプレゼンテーション、その後、不動産契約、
金融機関、企業の経営相談、夜は飲み会だった。


信頼されるということはとてもうれしいことだ。
とても、誇りに思えることだ。
本当に誇らしい自分と出会うことができた。

それは、自分がすごいではなく、一緒に生きてくれる人がすごいのだ。
私のようなものに、心から愛をもって接してくれる。
そして、普段は話さないようなことを、心の中から取り出して、
しゃべってくれるのである。

その時間の価値が高まり、自分の生きているエネルギーも高まる。
お互いに、話をしていること、共に時間を共有している事がうれしい。


そういえば、朝も早くから高速を飛ばしていた時に、
何となく出てきた言葉がある。


永遠なんてない。だから今を全力で生きている。


どんなに素晴らしい関係であっても、どんなに愛し合っていても、
永遠ということはあり得ないのである。

なぜならば、人は必ず死ぬのであるし、
もっと素晴らしい人が現れたり、なんかの拍子に関係がおかしくなったり、
自分ではなく、環境の変化が起こったりするからなのである。

だからこそ、目の前にいる人のために全力で生きる。
中途半端にしたり、いい加減にしたりしてはならない。

裏切られようが、結果として裏切りになってしまおうが、
精一杯、その人のために頑張る。
そうすれば、自分自身にYESと言えるのである。


こんな風に書いてみて、自分自身にYESといえることってなかなかない。
それは中途半端な自分や、能力がない自分など、
至らない自分がいるからである。


今日も自分を承認してみる。
いつも関わってくれる人には感謝し、自分は厳しく見つめることができたね。
と言ってみた。

中途半端にしてしまっている人にも、謝罪と感謝の気持ちを持ちなさい。
と返ってきた。

至らない自分を認め、律しながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第696号:愛するというスタンス

今日は午前中内勤、午後から経営相談、SA打合せ、
営業(とは言えないけどスタッフの手前・・・)2件という1日だった。

最後の時間は自由に遊ぶがごとく・・・、だった。
自分の働き方が返ってきたように感じた今日の夕方だった。


どんなところが、遊ぶがごとくなのか・・・?


・とにかく楽しい
・時間を忘れて、とにかく、相手のために没頭している
・ああしなければ、こうしなければ・・・と考えていない
・自分がその後でしたいことがなく、目の前の人のためだけに生きている
・今を100%で味わっている


そう言えば、今日の目標は、左手の儀式の際に肩の力を抜くことだ。
この効果かもしれない。

相手の気持ちを感じながらも、特にネガティブな感情を聴きながらも、
肩の力を抜いている状態を感じる。
そうすると相手に対して、それは間違っているとか、
こちらの方が正しいとかというように、「正義」というワードを使って、
相手を切ってしまわない。
いや、切りたいとか、切りそうになったりしないということである。


今日は、人生においても大きな変革が起こったように感じた。


人に甘え、自分が長年追い求めていたカッコいい自分になること、
を忘れてしまっているということである。

別にカッコいいと言っても、服装がオシャレであるとか・・・、
いい車に乗っているとか、とても知識があって饒舌にしゃべっているとか、
そんな風な意味ではない。

生きざまがあり、自分がしている事全てにOKが出せている。
要するに、自分の行動やあり方、心の状態に納得しているということだ。


経営者を始めてから、色々なものにもまれてしまったり、
寄りかかってしまったり、要するに甘えてしまって、
自分自身のリーダーシップを忘れてしまっていた。
いや、はき違えていたのかもしれない。

経営理念や使命になんの変りもないが、
自分自身のスタンスに大きな変革が起こったように感じている。


それは、多くの人との関わりの中から、自分自身を改めて見つめる
事ができたのだと、出会う全ての人に感謝したい。


今日も自分を承認する。
一番認めたくない自分を認め、その自分と語らうことができたね。
と言ってみた。

私と触れ合う全ての人のおかげであるというスタンスを持てたね。
と返ってきた。

私が出会う全ての人を幸せにできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。
みんなを愛しています。

第695号:ネガティブを受け入れる

今日は早朝問屋町に入り、その後、早朝コンサル、セミナー、営業2件、
セールスコーチングという一日だった。


仕事が溜まっているということと、午後から実施する予定のセミナーの
テキストを事務所に置き忘れたため、4時頃に事務所にでた。

テキストを入手するだけでなく、折角早く起きたので色々な仕事をこなした。
疲れもあるので、まああれやこれやと考えるというよりは、
「とにかくやってしまおう!」という感覚で、仕事をしているように感じた。


だから、早朝コンサルの段階では、疲れでハイになっている感覚だった。
こういう時の人間というのは、ちょっとしたことでカッとなったりしやすそうだが、
実際はそんなことはなく、とても冷静に言葉を選ぶことができた。

ミーティングの中で、特に問題なのが、結局、自分は悪くない、
あるいは、間違っていないという姿勢を貫くということだ。
そうなると問題が全く見えてこなくなるため、改善の機会が生まれてこない。


100%うまくいっていることなど、世の中には存在しない。
自分のうまくいっていること/うまくいっていないことを認めて、
うまくいっていないことについては、改善の努力をすることが大切だ。
その姿勢がチームに前向きな力を生み、成果を高める。

逆のパターンもある。
「私これはできません」であったり、「私できないんです」と弱音を吐いて、
楽になろうとしているケースである。
口からできませんということで、力が抜けていくような感じであり、
責任を回避したり、頑張るということから逃げているのである。


その事柄をどうとらえるかによって、ストレスのかかり方は変わるし、
感情や行動も変わるのである。


仕事が全くできなかった頃の自分を思い出すと、
「どうせ、僕は出来ないし・・・」、「僕仕事できないんです」
と平気で言っていたのを思い出した。


そして、夕方はセールスコーチングをおこなった。
2人が対象者であるが、当社の野崎が1名、西田が1名という担当で、
今日からスタートした。

その中で感じた事であるが、行動するというコミットメントの強さ、
それは、自分のありたい姿を実現したいという想いの強さにより、
そして、成果と直結していると思った。

要するに、自分のありたい姿や想いが全てなのだと・・・。


今日も自分を承認する。
ネガティブな感情も、ポジティブな感情もしっかりと受け入れることができたね。
と言ってみた。

少しつかれているくらいの方が、良いんじゃないの?
と返ってきた。

地球上のすべてのものを受け入れ、味わえる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。


第694号:心が震えている自分

今日は経営相談3件、それから、トラブル処理という1日だった。


朝から資料作成等をして、少しゆっくりとした気分で家を出た。
訪問先がとても温かい方が多いので、本当にポカポカした気分だ。


朝のメールでも自分の想いをしっかりと感じて、
儀式をして胸の中にある温かさを感じ、それを熱く燃え上がらせ、
それから、一人ひとりの方と話をするようにした。

訪問先に少しだけ早くついて、左手で右の襟首をつかみ、
これから会う人、スタッフの顔を想い浮かべ、
一人ひとりの今の気持ちを味わってみる。

今の時間を考えると、バタバタしながら準備していたり、
受講生とコミュニケーションをしていたり、
朝前向きにパソコンに向かっている姿が感じられたり、
いろいろな顔が見えてくる。


もちろん、これから会う人も、いつも同じ環境の中で働き、
自分の存在を尊く感じたい人や、色々な不安の中にいる人や、
こちらもその人がおかれた環境の中で、色々なことを感じている。


私は、そんな一人ひとり別々の環境、そして、想いがあるのを感じて、
なぜか目頭が熱くなる。
みんな懸命に生きていると・・・。


そう、生きているのだ。


自分も同じように生きていて、悲しみや苦しみ、よろこびを感じていて、
多くの人と共感し合える時間を心から望んでいる。


今日は夕方に本当にエヌティ・クリエイトを大切にしてくれる人にあった。
その方は、私が忙しいのかとか、何が大変なのかとか、
温かい言葉を投げかけてくれる。

また、時間がある時にゆっくりお話しさせてくださいと伝えて、
夕方の遅い時間だったので、場を辞した。
温かいものか、胸の中心に残った。


その後、トラブル処理ということである所に向かった。
そこでは、法律だとか制度だとか、上部組織だとかといった権力ばかり。
そちらのほうばかりに目を向けて、生きている人がいた。

それはそれで解るのだが、私にとってはというか、
生きるというレベルで見た時には他愛もないことのように感じた。
ただただ、その人たちはその中で精一杯生きていて、
それはそれで、感じるところはあった。


私は、こんな生き方をして、何がしたいのだろう。
と問いかけてみた。


ただただ、自分が求めているのは、心が通じ合うことなのだと思った。
心が通じ合えば、解り合えないことはない。
それは、相手を祝福できる自分になっていて、
自分もそんな祝福の輪の中にいたいのだとおもった。


今日も自分を承認する。
夢とか理想とかではなく、ただただ、今を大切に生きることが大切なんだね。
といってみた。

なぜか、涙がでそうになるね。
と返ってきた。

目の前にいる人の気持ちを味わい、心ふるわせている自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第693号:生きざまで影響を与える

今日は午前中は内勤し、午後は経営相談を2件行い、
久々に社内の問題点を解決する為のミーティングを行った。


今日の感想は、あっちが立てば、こっちが立たないというものである。


この人のためには、こうしてあげるのが良いと思っても、
あの人のためには、それはしないほうが良い。
こんなことが、生きているとごくごく当たり前のように起こる。


その「あっちが立てば、こっちが立たない」ということのレベルもまちまち。
その結果の利益、不利益もまちまち。
相手のことを考えて、都度、悩むのである。


このことを経営学の用語では、コンフリクトと呼ぶ。
日本語で言うと葛藤という言葉になる。

葛藤が起こった時に考えるべきことは、両者の目的を合わせることである。
そもそも、目的がずれているとずっと意見が一致することはない。
不毛な争いが起こるだけである。

目的が一緒であっても、意思決定し行動する内容が異なるケースもある。
そこには、物の捉え方が誤っていたり、思い込みがあり、
目的に向かうための手段が歪んでいたり、
その集団は不可能であるとか、道義的に良くないと考えていることが多い。

前者のケースはリーダーシップにより、強い影響を与えるのが良い。
後者のケースはファシリテーションによって、思い込みを除去するのが良い。
どちらにしても、仕切り屋が必要なのだろう。


一人の人の認知能力には限界があり、それまでの経験や、
その中ではぐくまれてきた価値観やあり方、信条などがあり、
容易にはそれを変化させることは難しいのである。

それは、日本人、いや、人として守るべきであると信じている事もあるし、
自分の価値観からして、守りたいと思っている事もある。


思いやりという言葉があるが、思いやりのような積極的なものではなく、
場合によっては、出来れば避けたいことや逃げたいことというのもある。


でも、最後の最後には、協働のよろこびという言葉があるように、
みんなのよろこびに向かわなければならないのである。


この時に、自分自身のよろこびを犠牲にすることもあるが、
それを損なうと、元も子もないとも思う。

でも自分さえよければいいという考え方で、よろこびを追求すると、
相手はとてもいい迷惑であり、それがその人にとって重要なものだと、
とても最悪な状況が生まれてくる。


そんな自分の都合と相手の都合とを天秤にかけるような場面があり、
今日は本当に苦しい気分が続いていた。
できることなら楽になりたいと思うが、お客様やスタッフと苦しみながら、
共にありたい姿に向かうよろこびを感じ続けられる自分でいたいと思う。


今日も自分を承認する。
人のことを想い、苦しみ、悩んであげることができたね。
といったみた。

もっと、大きくて、強いリーダーシップを発揮してみたら?
とかえってきた。

自分の生きざまが相手に影響を与えられることを信じて言いたいです。
今日もありがとうございました。

第692号:多くの人を見守る

今日は息子たちの空手の試合を見に行った。

正直な話し、空手の腕前がそんなに高いと思っていないので、
試合に勝つということについては、期待していなかった。
私の子供のころは、何があっても誰も見に来てくれなかったので、
子供達も不憫だろうと思い、見に行くことが多い。

今回は、そういう気分が半分と、たまたま、龍之助が開会式で、
宗家訓をみんなの前で代表で先導するということだったので、
それを楽しみに言った。


開会宣言がなされ、順にプログラムが進んで行く。
そして、「宗家訓」、「・・・・、西田龍之助」と呼ばれ、
大きな返事をして、みんなの先頭の位置に座った。
勢いよく、「宗家訓!」と叫びスタートし、途中一ヶ所詰まる場面もあったが、
なんとか最後まで役目を果たすことができた。
役割を果たし終えた顔に安堵感と充実感が見えた。

ちなみに昨年選ばれた子は、いざ発生しようとした時に、
怖くて泣きだしてしまい、他の人が変わりにやったということである。
なかなかの肝っ玉であり、あっぱれだった。


その後、試合になり、龍之助は1回戦は勝ち、2回戦目で敗退した。
なかなか、気合を入れたいが技の力量が不十分なため、
思い切り表現できていない様子だった。


話になかなか登場しない、耕之助であるが、
いままでも試合を見てきたが、終わった後にはいつも叱ることが多い。

 ・気合がたりない
 ・集中していない
 ・技が具体的にここが良くない    などと・・・・


だから、今回も同じようだとつまらないなと思っていた。


ところが、名前が呼ばれ、ピンと背筋を伸ばして「はい」と勢いよく答えた。
コートの中に走っていく姿は、若鮎のようにピンピンしていた。
とても素晴らしい若者である。

お互いに挨拶をして試合が始まった。
勢いよく動き始め、その表情には気合と自信が満ち溢れていた。
気合を入れる場面では、とても大きな魂の叫びが聴こえた。

何故か分からないが、涙があふれていた。


第1シードになっていて1回戦目は不戦勝、2回戦目は勝ち、
3回戦名は格下に負けてしまった。
残念だったが、同じように思い切って型を打っていた。

ワンスという試合では初めての型だったのもあるだろう。
少しためらいのような色が試合中に見えた。
これは、練習を重ねるしかないだろう。

結果は、3位ということだった。
終了時には、耕之助は銅メダルをもらっていた。
小さな大会であり、その価値は微妙であるが、耕之助にとっては、
自信と勝つことのよろこびを知る非常に良いイベントだったと思う。

それを見ていた龍之助も、メダルが欲しくてたまらない様子であり、
2週間後の試合では、かならず、誓っている様子だった。


私も、こんな幼少期を過ごすことができたら、どんな人になっているだろう。
それでも、実現できているかどうかは解らないけど、
今、自分がとても素晴らしい価値観とあり方を知っている。

これは、誰かからの贈り物と、自分の生きてきた成果の証だろう。
今までの出会いや自分のファイトに感謝を贈りたい。


今日も自分を承認する。
子供達を見に行ってあげることができたね。
と言ってみた。

社長として、男としてだけでなく、父としての役割を果たせたね。
と返ってきた。

関わりのある全ての人を、温かく見守れる大きな自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第691号:みんなの理想と重ねる

今日は午前中はセミナー、午後から真夜中まで内勤をした。

事務所に入る前に、車の中で眠ってしまった。
ちょっと、頑張りすぎ!?たのだろう。
(疲れたと言わないようにしているので・・・。)


ゆっくりと机に座って作業をしていると、色々なことが気になる。
特に、できていないことや問題となっていることが思い出され、
作業の手を鈍らせる感じがする。

片付かない机の上を見たり、棚の中を見ると、
片付けたくて仕方がなくなる。
これに着手してしまうと、まるっきり1日仕事となってしまう。
散らからないように仕事をすることが大切なのである。


これは、いわゆる未完了というものだ。


今日は、ある意味、思いっきりいい加減な気分になりながら、
かつ、今取り組んでいる仕事に集中するという選択をした。
そうすると、意外に作業が進んだ。

結局のところ一つひとつ確実に実行するしかないのだ。
だから、できるだけ一人になる時間を確保して、
気になっていることを片付ける計画を立てた。


外は雨が降り始めた。
夜が深まっていくにつれて気分が落ち着いてくるのを感じている。
こんな時間をこれからはたくさん取っていきたい。


欲張らない、あせらない、そして、自分のアイデアを楽しむ。


そうすれば、私の普段培っている力が更に強くなる。


そうすれば、お客様へのアドバイスや提案が良くなる。


そうすれば、お客様の成果が上がり、よろこんでくれる。


そうすれば、今まで以上にお客様が私を評価してくれる。


そうすれば、お互いに喜びあえる。


それは、協働のよろこびにつながっている。


私の力は、お客様とのコミュニケーションの中で最大になると信じている。
その力をさらに伸ばすためには、このような時間が必要である。


もっというと、情報をインプットしたり、知識やスキルを獲得する為の
時間ももっともっと豊富に確保したい。


ありたい自分は、どんなに難しい課題であっても、
針の目を通すがごとく解決し、できないをできるに変えている自分である。


今日も自分を承認する。

自分の理想に向かって、冷静に考えることができたね。
といってみた。

他にも考えるべきことがあるし、後は行動することが大切だね。
と返ってきた。

自分の理想がみんなの理想であることを肝に銘じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

第690号:大きな心で見つめる

今日は午前中は研修、午後からは金融機関2件、
顧問先への訪問1件、経営相談1件と言う内容だった。


午前中は、インプロの要素を取り入れたコミュニケーション研修だった。
当社初の女性スタッフを連れて総社へと向かった。

なぜ、女性スタッフを連れていったかと言うと、
今は事務作業を中心にしているが、今後は研修やコンサルティングが、
できるようになって欲しいと考えているからである。

可愛らしい娘であるが、話をする態度や声のトーンが内側にこもっている。
要するに、相手を聴きながら、あるいは相手に伝えられる状態ではない。
話をしていると、そんな感覚が強いので、
早く一皮むけて欲しいという想いから今日は同行したのである。


セミナーが始まり、私なりにYES,ANDと相手を受け入れながら、
元気よく、大きな声でコミュニケーションを進めていく。
彼女も普段は口にしないような声の大きさや表情で
受講者の仲間の中に入っていく。

とても前向きな、弾けるようなエネルギーがあって、
見ているだけでも、うれしくなった。


大きな声を張り上げながら参加している、彼女の感情を味わってみる。


・大きな声を精一杯だしている。
・自分の気持ちだけでいっぱいいっぱい
・頑張っている自分にOKを出している


少しだけ違和感というか、改善点を発見した。
相手の気持ちを味わったり、ペースを合わせたりはできていない点である。
自分が目いっぱいがんばるあまり、相手の感情を見つめるということが、
できなくなっているということである。

これは、私もよく起こる。
少しスイッチを入れ替えないと、全く感情にフォーカスが当たらない。
色々なシグナルをスルーしてしまうのである。


また、自分の感情に流されてしまい、自分自身に対する印象や、
自分が発した言葉に対する意見が欲しくて仕方がないときは、
相手の感情を穴があくほど見つめている。

その姿勢は、相手へのプレッシャーとなり、
ネガティブな成長の糧になる情報をしゃべらせないようにしているのである。
要するに、自分の感情を知り、自己管理することが大切なのだ。


研修の中では、最後まで受講生のおかげで楽しく過ごすことができた。
一人の方から、また来てくださいと言われたのがうれしかった。


今日も自分を承認する。
部下の成長のための時間を作ることができたね。
と言ってみた。

トレーナーとして、もっともっと変化を見つめてあげられたら良かったのに。
と返ってきた。


部下を優しく細やかに、大きな心で見つめながら言いたいです。
今日もありがとうございました。


第689号:疲れたという言葉

今日は早朝ミーティングに始まり、経営相談1件、
セールスコーチングの打合せ、事務所でのミーティングを行った。


今日は4時間睡眠だったので、昼は眠気が強く、夕方には疲れを感じた。

・車を運転していると眠くて意識がもうろうとする
・話をしている時、目、耳、心が十分に動いていないように感じる
・聴き方に鋭さがなく、微妙な細かいことが聴こえていない
・短期記憶が弱く、覚えきれなかった言葉が発生する
・夕方になると吐き気を催す


よく言われることなのだが、経営者は疲れたと言ってはいけないのか?


妻もそうだが、若かりしころ付き合っていた彼女にも言われたことがある。

「あなたは、疲れたとばかりいう。」
「疲れた、疲れた、言わないでよ。」

でも私は本当に疲れていて、心も体も萎えていて、
それでも、その人のために何かできないかと考えていてもこんなことを言われる。

逆に疲れたと言わないのに、会社を休んだり、遅刻したりするやつもいる。

どっちがいいのか・・・、どっちと言う問題でもないのだが、
責任という視点でいうと、仕事を休むというのは論外であるが、
経営者と言うか、リーダーの責任としてあまり疲れたというのも、
確かに良くないと思う。



なぜ、私の口から疲れたという言葉が出るのだろう。



ひょっとしたら無理しているのかもしれないと思った。
精神的にも、肉体的にもである。



疲れたということで、何が起こるのだろうか?



ネガティブにとらえると、場が前向きで無くなるのかもしれない。
逆に、お互いの状況を理解しあった場になるのかもしれない。
それは、受け入れられた時に初めてであるが・・・。

ただ、経営者だからリーダーだから、疲れたと言ってはならないというのは、
よく意味がわからない。
それより、みんなが素直に感じたことが表現でき、
受け入れられることができる場であれば、私はとても良いと思う。

また、疲れたという言葉を使うことで、本当に疲れたと感じることもあり、
それは、使えば使うほど、疲れてしまう言葉なのかもしれない。
それは良くない。
だから、意味もなく、疲れたという言葉を使うのは良くない。

疲れたという言葉は、ひょっとしたら、一日頑張ったという意味かもしれない。
自分がかんばったということを実感している言葉なのかもしれない。


だから、表現を疲れたではなく、「今日も頑張ったわ―」に変えてみたい。
そうすることで、自分にどんな変化がおこるか、感じてみたいと思う。


今日も自分を承認する。
疲れたといいたくなるほど、毎日頑張っているね。
と言ってみた。

今を一生懸命に生きるのはいいけど、無理しているのはどうなのかな?
と返ってきた。

どんなときでも情熱を120%燃やしながら、人と向き合える自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第688号:欲に振り回されない

今日は午前中内勤、午後は採用コンサル、経営相談、
夜も内勤という一日だった。

朝から昼まで、そして、夕方から夜中までとにかく内勤した。
正直、全てをやりきるまでには至らず、数件の課題を残した。


つくづく、私は内勤が苦手だと思った。
さっと、思いつくことだけを、猛烈な勢いで片付けるのは得意だが、
じっくりと腰を据えて、計画的に取り組むとなると気持ちがなえる。


気持ちがなえるという感覚を味わってみる。


・ゆっくりしてはならない
・居ても立ってもいられない感覚!
・お客さんと会いたい
・少しでも稼ぎを増やしたい


創業以来の経営者病である。


そう言えば、今日お会いした社長も同じような感じの話をしていた。


・今儲かっていても、明日と来年が分からない
・いつも不安で眠れない
・景気が良い時でも、いつ悪くなるか不安になる



等と言うものである。
このような感覚は従業員には解らないだろう。
自分が築いてきた仕事が評価されなくなったり、売上が到達しなかったり、
それ自体もとても怖いことであり、不安の材料なのである。


この不安を取り除くためには、2通りがある。

1.鉄壁のビジネスモデルか、優れた製品・サービスを持つこと
2.本当の意味でのCSを追求すること


この2つは共通する面もあるが、アメリカ流の戦略と言う概念と、
日本流の顧客満足は一般的には別のものと考えられる。
日本は、儒教をベースにした“仁”“恕”等の言葉がある。

でも、優れた製品・サービスは永遠ではないかもしれない。
そう考えると、ビジネスモデルや本当のCSこそが、
企業が支持され続ける力・・・コアコンピタンスを生み出すのだと思った。


やはり、エヌティ・クリエイトは自社の方針をいかに徹底するか、
スタッフ一同が一丸となることが大切なのかが非常によくわかった。


今日も自分を承認する。
自分の働き方から、経営者としての問題点を見出すことができたね。
と言ってみた。

やはり、自分の欲を律することが大切だね。
と返ってきた。

自分の欲から発生する感情に振り回されない自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。


第687号:経営をやめる時

今日は朝から研修の立ち会い、経営相談5件、金融機関打合1件、
そして、社内ミーティングと言う一日だった。

本当に多くの経営者の方と話をすることができた一日だった。
経営者の姿勢はとても素晴らしい。
生きるということ全てがそこにある。


・力一杯に、自分の理想を語ったり、やってきたことを伝えたりする
・うまくできずに、本気で悩んでいる
・冷静に自分自身の行動を振り返っている


経営者が経営をやめるというのはどんな時なのだろう。


・何らかの理由で経営に対する意欲がなくなった時
・経営者にとっての外部的環境が悪化し、継続が困難になった時
・経営成績が振るわず、市場から退出を命ぜられた時
・全てをやりきって安らかな気持ちになった時
・この世を去る時


理想的なリタイアメントは、全てをやりきった時であろう。
本当の経営者の姿は、その仕事が好きで好きで、
死ぬ直前まで働き続けるというものだろう。

馬鹿な従業員や、一緒に夢を見られない従業員がいたとしても、
慈悲の心を持って雇い、全ての責任を取り続ける経営者もいるだろう。
きっとそれは、その経営者のありたい姿を実現するプロセスだろう。


私はそんなにできた経営者ではないから、
全く可能性を感じなかったり、共に夢が見られなかったり、
少なくても、会社の方針に従って生きられない人とは仕事をしたくない。

私も人間であるから、私に対する理解が薄かったり、
つまらない思いをさせる人はできれば早くいなくなって欲しい。
経営や組織にとってマイナスだからである。


先日の経営者セミナーの中で出てきた鏡の話がある。
要するに、鏡=かがみの“が”をとると、“かみ”になるというものである。
神社に良くある鏡に映し出されるもの、それは自分自身であり、
自分こそが神であるというものである。


私は思う。


私は、私が考えていることは正しい。
でも別に、神として正しさで相手をきるつもりはない。
切ろうと思えばズタズタにするくらい切れる。
でも、切り刻んでもいいことなんかない。

私が仮に神であれば、我ではなく、相手の成長や成功を期待して、
私の言葉は使いたい。
後は出来るだけ、ありのままに本当のことを伝えるだけである。

それが、私の信じる神である。


今日出会った経営者たちの一人ひとりの想いはとても崇高であり、
経営者としての夢と現実、そして、責任をかみしめた言葉であろう。


そして、経営者には慈悲の心が必要なのだとおもった。


今日も自分を承認する。
怒りの中から、相手の悲しみを見出すことができたね。
と言ってみた。

自分自身もとても悲しかったね。
と言ってみた。

自分自身の悲しみと向き合い、慈悲の心を感じながら言いたいです。
今日もありがとうございました。

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