2012年04月

第888号:心の傷が痛んでも

今日は仕事や読書、体を動かしたりしながら時間を過ごした。


どちらにしても、明日からは早速仕事がスタートとなるので、
少しでも心と体を開放するということを目標に時を過ごした。


散歩も効果があったし、ギターでの弾き語りも思いっきり声を出すので、
とても心がすっきりした。
仕事を進めることは、心の健全さにはプラスに機能した。


逆によくなかったのは、子供たちとテニスラケット使ってのボール遊びだ。
なぜそう思うかというと、私が思うように動かないとストレスがたまっていったり、
小さな噴火が繰り返されたりして、自己嫌悪になるからである。


子供だから仕方がないと思えばいいのだが、なかなかそう思えない。
やることなすことすべてが気になる。


「何回言ったらわかるのだろうか?」

「そのくらいのこともできないのか?」

「本当に話を聴いているのか?」


とネガティブな問いが次から次へと立ち上がる。
要するにとても否定的に捉えてしまっているのある。


と書きつつも、自分が子供のころ、そんなことは気にしていなかったと思う。
ただただ、父と一緒にいることが嬉しくて一生懸命だった。
それでも、結局、忙しいということでほとんど相手にしてくれなかった。


だから、ひたすら一人で壁にボールを投げたり、近所の友達を捕まえて、
キャッチボールをしたりしていた。


今当時の自分を思い出すととてもかわいそうだ。
でも野球選手のようにヒーローになりたくて、誰かに見てほしくて、
運動が苦手でも思い続けながらバット振ったり、ボールを投げたりしていた。


今日はテニスの練習をしようというと、逆に龍之助が嫌がった。
それは多分、テニスをする時の私の態度に問題があるのだろう。


結局、私は子供時代も大人になっても相手にされない一人ぼっちである。
運命なのかもしれないが、悪いところを真摯に受け止めなければならない。


めちゃくちゃネガティブなのだが、これがいけないのかもしれない。


まあいいか・・・、と思うのは40代になるといけないらしい。
残りの時間が短くなったから。
本気で生きなければならない。


今日も自分を承認する。
子供の能力を高めるために、一生懸命だったね。
と言ってみた。


できているところや、素晴らしいところをもっと見つめてみたら。
と返ってきた。


心の傷が痛んでも、人を大切にできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第887号:あるがままに受け入れる

今日は土曜参観、事務所で内勤、ヨガ、そして、経営相談だった。


日差しが焼けるように暑い日だった。
この間までは震えるほど寒い日だったのに、急変である。
季節の移り変わりの中で、時の流れを感じる。


参観日に行くと、大きくなった耕之助の姿があった。
同級生の友達の中で、とても落ち着き、一緒に遊ぶ姿があった。
親バカだが、一歩高いところにいるように感じた。


参観日といえば、手を挙げて発表することに期待するわけだが、
体力があるせいか、手の上げ方も耳に当たるくらいピンとあげる。
そして、すべての問いに対してあげるのである。
そこに素直な心も感じることができた。


後で聞いた話だが、今日は彼には意図があったらしい。
欲しいおもちゃがあるそうである。
私はそれを今回は一蹴したのだが、とても落胆していたらしい。


でも、代わりに小遣いをためるために、料金表を作って営業活動を始めた。
欲しいものがあり、それを主張し、手に入れるために具体的に頑張る。
なかなかのものである。



ヨガ教室では、来る予定だった人が休みで、誰もほかの方が来なかった。
なので、院長先生とマンツーマンの授業となった。


もともと、オリエンテーションということで、少人数で説明をしながら、
トレーニングをするという意図のものだ。
体だけでなく、頭でも理解し、気付きを得ようというものである。


トレーニングの中で、色々なことを感じた。
胸にたまったもの、体に滞ったものを動かしていくのである。
要するにエネルギーである。


最終的には脳を活性化することが大切であるが、
体は脳とつながっていて、別の言い方をすると体は脳そのものだそうだ。
体、要するに内臓などを刺激すると脳を活性化することができる。


特に腸(内臓)を動かすと、エネルギーの循環が良くなる。
エネルギーの流通経路である経絡をほぐすことで流れが良くなる。
そうすると、脳幹を刺激し、生きる力や治癒力が高まる。


通常は大脳旧皮質や大脳新皮質を主に使用しており、
それらが発達した結果、脳幹を圧迫し機能を低下させている。
頭や感情を使いすぎているのである。


だから、トレーニングをしていると、胸につかえた感情が浮かび上がる。
それを忘れさせるがごとく、「あー」という声を発したり、
思考の枠組みや制約を取り払って、体を自由に動かすように要求される。


そうすると、恥ずかしかったり、どうしたらいいかわからなかったり、
もう少しいうと、こうでなければならないというような鎧、兜が出てくる。
そんな自分から解放されることから始めなければならない。


よく考えてみると、この数年の私は、本当に自分の体のことなど考えず、
会社や人のためにだけ生きてきた。
自分の体には悪いことばかりだっただろう。


それが、胸や腹、腰や肩、そして、脳みそにまでたまっているのだろう。
首の痛みも、メイゲンと呼ばれるものだと再認識した。
首や肩のあたりに、エネルギーの流れを止めるものがあり、
そこが痛みを発している。


私は厄年ももうすぐ開けるし、我がNTCにもフレッシュな面々を迎えている。
様々な取り組みや人間関係も、私なりに整理しようとしているし、
このように、体と心も整えることができている。


夜は、あるプロジェクトのミーティングを行った。
ペルソナ手法を活用し、ブランド作りをしているが、
とても挑戦的なネーミングができた。


専務が言った。
この事業が立ち上がることは、経営理念である限りなき挑戦の具現化であり、
もっというと、ミニサントリー戦略の一角を担うものである。


そして、この事業の具体的なビジョンを語ってくれた。
広大な大麦の農地、そこにある酒の貯蔵用の蔵、顧客のよろこびの顔、声、
更には、私がプロデューサーとして著名になるということまで含まれていた。


本当にうれしい。
私がヨガに通い、とても力が抜けた状態を発見してくれたり、
とても苦々しい経験を語っても、その苦しさをしっかり受け止めてくれる。


そこには素晴らしい人格とスキルが形成されている。
私にとってもそれはとてもうれしいことである。
微力ながら志動塾も貢献できているかもしれない。


今日も自分を承認する。
今いる身の回りの人に感謝の気持ちをもっているね。
と言ってみた。


まさに来る者拒まず、去る者追わずだね。
と返ってきた。


一緒にいたい人を、いつでもあるがままに受け入れられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第886号:相手を想う自分になる

今日は早朝相談、経営相談4件という一日だった。
久々に思いっきり経営相談をした。



内容はさまざまである。
一つ目は営業の育成について、二つ目は経営革新について、
三つ目は創業について、四つ目は新規事業開発についてだった。



どの分野も私の最も得意な分野である。
私の道である。
天から与えられた私の能力が生かされる分野である。



と言って別に偉そうにそういっているわけではない。
逆に言うとそれしかできないのだから。



経営者の方のように、素晴らしい人格と決断力で、
より多くの顧客と従業員を鼓舞するわけではない。
今の私はもっともっとその器は小さいような気がする。



それよりも、目の前にいる人が何に悩み、何を実現したいのか。
そして、どんなあきらめや不必要な思い込みがあるのか、
また、どんな情報や考え方が不足しているか、
それを見つめ続ける。



真剣に向き合い心を理解し、劇的な変化を生み出す。
そして、協働のよろこびを生み出す。



人と人との縁はお金を超えたものである。
仕事とお金というのは切っても切れないものがあり、
お金が発生しない仕事というのは価値がないということになる。



しかし、このことについては私にはまだ答えが出ていない。
ボランティアではないが、お金の前に想いがある。
想いの中に、スタッフの幸せがある。
スタッフの幸せには安定した暮らしがある。



結果、私は価値を提供しお金を稼がなければならない。


動機善なりや、私心なかりしか。



またも、稲森塾長の言葉である。


利他の心



これも、稲森塾長の言葉である。



仕事の始まりは、純粋に相手を想うことから始める。
このことに一筋の曇りもない私でいたい。



あとは、共に過ごしてくれた人に感謝することである。
どんなことであっても、私の心をきれいにするための出来事である。



今日も自分を承認する。
私の生き方は絶対に間違っていないよ。
と言ってみた。


もっともっと、メールに早く返事を書いたり、
スピーチで関係者の気持ちを汲んで伝えたりできるようになったら?
と返ってきた。


相手を想うということが、体の骨まで染み渡った自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。


第885号:エンタの準備を忘れない

今日は朝5時前に起きて、ネイチャーゲームの下見からスタートした。
数々のプログラムを今日もこなした。


Ⅰ君はネイチャーゲームが好きで、そのために朝4時には起きたようだ。
私も一緒にひんやりとした空気の中を歩いた。
とても素晴らしい時間だった。


少しずつ手に入れてきた、ネイチャーゲームやインプロのワークをした。
体を動かしながら、楽しむ姿を見て、
本当に人間というのは素晴らしいと感じた。


またその後のワークは非常に恐怖感の強い状況の中で行うもので、
リーダーシップやチームワークが求められる。
普段はしないような体を使った捨て身のコミュニケーションもある。


そんな活動を通じて、私は思った。
生きる喜びの渦を創りたいと・・・。



一所懸命だったり、


思いきり楽しんだり、


冷静に方向付けをしたり、


助け合ったり、


時には、ぶつかり合ったり・・・。



そんな時間を創ることが、私たちの研修・セミナーなのだ。


最後に、経営者の方が最終的には経営の目的・目標の実現、
それこそが、研修の目的として終了した。


私たちNTCとしてもとても大きな学びがあり、
運営上の課題もたくさんあった。


帰りにⅠ君と話をした。


「また、やりたいね。」


「いいですね。」


と返ってきた。


今日も自分を承認する。
私たちの価値観と顧客の価値観を重ね合わせることができたね。
と言ってみた。


そう、その実現のためにもっともっと精進しなさい。
と返ってきた。


どんなことがあってもエンタテイメントの準備を忘れない自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第884号:輪の中でみんなを想う

今日は朝から2日間にわたる野外リーダーシップ研修ということで、
倉敷市にある少年自然の家に向かった。
帰りは明日の夕方となる。



正直な話、慣れない野外活動研修だったので、
楽しみが半分、というより、半分以上不安な気持ちで出かけた。
昨晩から研修内容をレビューしたが、現地のイメージがわかない。



今日は、入所式の後、オリエンテーリング、夜はキャンプファイヤー、
そして、親睦会の後、就寝という内容だった。



到着してからは、2日間のスケジュールの打ち合わせをしてから、
入所式、オリエンテーションを行った。



参加者の方々は、とても不安そうな表情で集まってきた。
「何をやらされるのだろう」
「大変なんだろうか」
「自分でもできるだろうか」
多分だが、そんな風な気持ちでいるように感じた。



早速、入所式が始まり、引率者、参加者代表、施設長挨拶と続いた。
各々の立場から、珠玉の言葉があふれていて、感動した。



それぞれの言葉の中には、それぞれの思いがあり、
間違いなく、その研修を学びが多きものにしたい、
そして、組織として



施設の人からは企業の研修なのに、座学の研修が少なく、
屋外のアクティビティが多いということが珍しいといわれた。
子供たち以上に多くの気づきが得られるだろうという言葉に、
私もやりがいと責任を感じた。



経営者の関わりは非常に重要である。
その言葉は、従業員の人生に非常に大きな意味があるように感じた。



さて研修の内容については、あまりかけないが、
私自身、多くの学びがあった。



その瞬間を目一杯楽しんでいる人には、問題や悩みが起こりにくい。
逆に、言いたいことを言わない等、消極的な姿勢の人には、
問題や悩みが起こりやすい



明確な目標と具体的な計画を持つこと、
明確な目標というのはより詳細に描かれた視覚的なイメージ、
つまり、ビジョンを共有することが大切である。
もちろん、達成のインセンティブが重要だ。



同行した当社のI君が言った。



各チームが準備していたものを伝える際に、準備不足を感じ、
更に、それに対して他の仲間が許し、
助けられているという実感を感じている。



これも、ある意味、チームワークである。
普段の忙しい時間の中で、準備して仕事を止めて集まったわけである。



夜は、懇親会となり、和やかに時間が過ぎていった。
また、悩める若者と話をすることもできた。
そんな、素晴らしい夜が過ぎていった。



夜中に入った風呂がボイラーが止まっているせいか異常に寒かった。
風邪引かなきゃいいが・・・、と思ったが大丈夫だったようだ。



また、I君が飲まされすぎていた。
それはそれで、自分の存在が感じられる素晴らしい時間だっただろう。



今日も自分を承認する。
改めて人として生きることの大切さを感じることができたね。
と言ってみた。



自分の本当の理想に近づけば良いだけだね。
と返ってきた。



人の輪の中でみんなを想い、笑顔でいられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第883号:楽しく捉えて伝える

今日は朝から新入社員の品質管理のダーツゲーム研修、
そして、営業1件、明日から2日間ある野外研修の打ち合わせをした。



新スタッフに品質管理やQCの7つ道具を知っているか確認すると、
知らないということなので、期待を込めて共に行動した。



今日はモチベーションということについて真剣に考えた。
というか、真剣に考えざるを得ない状況があった。



当社は、協働のよろこびを創ること、
そして、できないをできる変えるという使命を持っている。
だからこそ考えなければならない。


今日も素晴らしい人と素晴らしい時間を過ごすことができた。
まさに生きる喜びである。


・本当に人の成長を願っている人
・会社の理念を貫きたい人
・苦しみながらもたゆまぬ歩みをする人


共通しているのは、どの人も強い問題意識や責任感を持っている。
その人の、従業員や会社を思う気持ちを感じると胸が熱くなる。
それは、自分勝手ではなく、周りの愛すべき人を想っているからだ。


それにつけても、自己中というのは本当に醜い。
そういう意味では私も自己中かもしれないし、時に醜いのかもしれない。
でも、少なくとも高い志をもって一つ一つの仕事に取り組んでいる。


ふとした時に、疲れが先に走ったり、自分の利を考えたりする。
最近は目の前にいるスタッフが本当に幸せでいるということと、
お客様のよろこび、会社の成長のこの3つを常に考えている。


要は常にステークホルダーのバランスを考えるということである。


CSが先かESが先か。


何だか中小企業家同友会のような問いであるが、皆さんはどうこたえるか。
非常に難しい問いである。


私が答えるならば、CSを実現することがESの原動力になる。
要するに、物理的な報酬と心理的な報酬でいうと、
物理的な報酬はCSが先、心理的な報酬でいうとESが先となる。


また、報酬という言葉が少しわかりにくいかもしれないが、
スタッフとのCSを高めるための関わりや経営への参画なども
私は心理的な報酬であると考えている。


そう、それだけ常に一緒に働きたいと思える経営者になろう。
明るく、楽しく、そして、働く勇気を持てるように。


今日も自分を承認する。
一人ひとりとじっくりと関わりを持つようにしていたね。
と言ってみた。


もっともっと、楽しさやユーモアのある関わりってどんなものかな?
と返ってきた。


自分と相手、状況を楽しくとらえて伝えられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第882号:最後まで喜び合う

今日は午前中は内勤、午後はTシャツ作家レイジと打ち合わせ、
その後、日限地蔵の縁日に参加し、夜はコンサルタントの師匠、
そして、中国古典の勉強会に参加した。


なんか、一風変わったことばかりの一日だった。


レイジとは、この世の中に現れた宇宙と平和の使いである。
本当に多くの苦難を味わい、心に深い傷を負いながらも、
多くの人に愛と平和を提供するのである。


Tシャツ作家として、来る5月3日に問屋町マーケットに出没し、
染物の脱色により、宇宙を表現したTシャツを販売する。


その人の風貌たるや・・・。


じゃーんと見せたいところだが、写真はないのでまた改めたい。


1点物のとてもレアなTシャツであり、古着感やアート感は素晴らしい。
是非、1枚お求めください。
当日は、わたくし西田も応援に参加する予定です。




そして、日限地蔵の縁日に参加した。



Tシャツ作家レイジを紹介するという目的もあったが、
とても好きな女性がいるのと、仏前結婚をしている時宗氏を拝見しに、
千日前商店街と大雲寺に行った。


時宗氏と奥様が着物姿で立っていて、三味線の演奏と歌が披露された。
三味線の力強く、心地よいサウンドが響いていた。
とてもかっこよかった。


また、かなりおしゃれな売店も出ていて、単なる縁日ではない。
その上、振る舞い酒までがあり、だんだんとユルユルな夕方に・・・。
仕事の関係で、最後までいられないのが残念だった。


それにしても、お目当ての女性も着物姿で大変美しかった。
イベントを見に行ってとてもよかった。



その後、コンサルタントの師匠と話をした。
本当に久々にお会いすることができてうれしかった。
ちょっとしたときに、私のことを思い出してくれるのもとてもうれしい。


ご一緒出来ることをこれから増やせたらいいなと思った。
どのようにして増やしていくか、考えていきたい。


そして、最後は、今私が人生をかけて取り組もうとしている理念型経営、
いや、稲盛哲学の実践のための中国哲学の話である。


講師の先生の切れ味よく、そして配慮があり、
また、楽しい講義に魅了された1.5時間だった。


今日も勉強させていただいて、私が今後しなければならないことが、
更に明確になった。
歴史を知り、その中から考え方や法則を学び取るということだろうか。



そして夜メールを開くと、私の尊敬し大好きなコーチの方からメールが来た。
偶然にも大阪のセミナーで2回お会いした方であり、
フェイスブックで見つけることができた。


なんと、テニスも好きということで、ずっと一緒に生きていけたらと思った。
あの吸い込まれるような瞳にもう一度お会いしたいし、
ワクワクしながらセッションを進めていきたい。


うれしくてうれしくて仕方がない。
たぶんこれが、コーチの選び方だと思ったし、
自分も選ばれるコーチになりたいと思った。


今日は本当に正直、正義、ありのままなど、大切な価値観が満たされた。
こんな素晴らしいことは無いし、そんな価値観をもっともっと育てたい。
そして、素晴らしき人になって、いつでも広く胸を張っていたい。


今日も自分を承認する。
多くの人々との協働のよろこびを目指しているね。
と言ってみた。


どうやったら、最後まで喜び合い続けられるか考えてごらん。
と返ってきた。


もっと喜びを創るために、報告連絡相談を密にできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第881号:心の傷を見つめる

今日は午前中は散歩と読書、午後は図書館、仕事もした。


体を動かしたり、静かに本を読んだりしたのだが、
今日はなんといっても首の痛みである。


先週の金曜日からヨガの教室に行くようになり、
その日曜日に突然首の痛みに襲われた。
テニスをしていても支障があるほどの痛みである。


寝違えたのか、ヨガ教室でほぐしたもらったので、
いわゆるもみ返しかと思っていた。


しかし・・・。


昨日のブログに書いたように、土曜日の午前中にヨガ教室に行った。
そうしたところ、今日また首がさらに痛くなっている。


メイゲンと呼ばれる現象ということである。


この首の痛み・・・、色々なことを思い出す。


まだ浦和に住んでいた時、テラノが思いっきり後ろから突っ込んできた。
そのむち打ちが残っているのか・・・。


私は、ソフトボール、釣り、テニスというように常に右肩を使ってきた。
左肩は極端に使うことが少なく、弱ってきている。


ここ数年の忙しさと、不摂生によって体を酷使してきた。
それも、心と体に異常なほどのストレスをかけてきた。


そんな風なことで、私の体の中の最も弱い部分である左肩に
思いっきり蓄積されたものがのしかかってきているのだろう。


もうその痛みを味わい尽くしたものばかりであり、
その痛みの中には、さみしさもあるが、むしろ、希望が見えている。
この痛みを克服すれば、心と体のバランスが良くなると感じるからだ。



少し話は変わって、開高健さんのモンゴルでイトウを釣る、
というビデオを見た。


開高健がいった。


釣りは、心の傷を埋めるために行くのである。
その傷の理由はよくわからない。


私はさみしさだろうかと思った。
孤独を味わうということだろうか・・・。


すでに、子供のころ、ここに糸を垂れたらどんなものに出会えるか、
とワクワクしたりはらはらしたりしていた。
その感覚が忘れられない。


私なりに見つけた人生の道を全うし、生き切った時に、
もう一度、開高健さんのように、自分の心の傷をいやすために、
釣りに出ていきたい。


やりきった、生き切ったが、満たされない私の傷をいやすために。


今日も自分を承認する。
痛みの中から自分が求めていることを発見することができたね。
と言ってみた。


もっともっと、自分のことに興味が湧いてくるね。
と返ってきた。


我思う、その理由を常に見つめ続ける私で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第880号:相手のための自己管理

今日は朝はヨガ教室で体を動かしてから、経営相談1件、
研修企画、アメブロセミナーに参加した。
結局、ほぼ1日仕事をした。


といいつつも私が最近とてもうれしいのはヨガである。
仕事が忙しいので、正直、行くことが憚れるのだが、
参加するととても心が良くなる。


ブレインヨガというものであり、最終的には脳を活性化する。
でも実際にやることは、呼吸法と腸運動、それから、
それらと同時に、ストレッチや筋力アップのトレーニングをする。


それを繰り返していると、メイゲンという現象が起る。
これは、体の中にあるストレスや汚れたエネルギーや、
たまった悪いものが出てきて、一時的に体調不良になるというものだ。


私の首の寝違えたものもひょっとしたらそれかもしれない。
そして何よりも先生がとてもかわいらしくて、優しいのである。


まだ参加して2日目なので、体も慣れていないということもあり、
少し居残りで、体をほぐしてくださる。
それは、とても心地の良い時間である。


その時の心を味わってみる。


・声をかけてもらうと、「本当にいいんですか?」と思う

・「申し訳ない!」という気分になる

・徐々に心が落ち着lき、「ありがとう!」というとても優しい気持ちになる

・体を触りながらのマッサージなので、「包まれている」とか、
 「労わられている」という得も言われぬ優しい感覚が起る

・そして、「共にいてくれる」という安心感というか、自己肯定感が起る


心の中が温かく、自分に欠乏しているものを胸の奥に入れられる感覚だ。
そうしていると、また行きたいと思う。


とても複雑に書いたのだが、本当はとてもシンプルなことかもしれない。
また、そのシンプルに私に欠乏していることを、
先生は簡単に発見することができているのかもしれない。


私は、今年は再度コーチ業を強化すると宣言するが、

このヨガでの体験というのもとても意味があるように感じる。


心、体、内臓、脳のすべてがつながっていて、
その意思疎通がうまいっていると、人生が良くなる。
こんな論理をもっていると、私のコーチングもよくなる。


きっとそれは、多くの人と協働のよろこびを創ることに繋がる。


さあ、明日もしっかりと、深い呼吸と腸運動を心掛けていきたい。


今日も自分を承認する。
ヨガの中に、コーチとしての可能性を見出すことができたね。
と言ってみた。


相手のために自分自身の最高の状態を創りなさい。
と返ってきた。


私の道を実現するために、自己管理を徹底できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。
完璧を目指せ。

第879号:認めて対応する

今日は朝から直行で顧問先に訪問、その後、営業1件、
柳川に入り打ち合わせ、来客、キャリアコンサルティング、
異業種交流会という一日だった。


朝は顧問先に行き、ISOの書類の整理をした。
是正処置などを進める中で、改善に向かう前向きな気持ちを感じた。


また、営業ではできないに立ち向かう人に出会った。
大げさなに褒めると、「そんなでもない」というが、
新しいことに挑戦し、時代を切り開いていこうという強い意志を感じた。


柳川に入り、来週の研修の打ち合わせをした。
とても良い研修のしおりができていた。


もちろん内容的には不十分なところもあるので修正はするが、
よく考えて作られていた。
そこには、少しでも何かを伝え、喜んでもらおうという姿勢を感じた。


来客があった。
本当に久しぶりな方で、私たちスタッフや受講生がお世話になった。
どの人も自分の気持ちをよく理解していて、現在は活躍している。


この方からは、相手に役に立とうという姿勢を強く感じた。
伝えたいことや、少しでもプラスになるような情報が次々と出てくる。
その情報は同じ業界の私たちには非常に有益なものだった。


石に話す。


これは、傾聴の必要性を感じるためのワークである。
本来であれば、うなずきや質問がないと話しにくいということへの
気付きを促すためのワークである。


しかし、・・・。


石に話しているが、石に言葉が吸い込まれていくように感じたそうだ。
これは、うなずきも質問もしないが、聴いているということが伝わった。


共にいる。


共に生きる。


言葉にすると、一緒にいること自体がとても重要なことである。
そばにいて、存在を感じあう。
それだけで十分なのである。


その後、倉敷に行き、異業種交流プラザに参加した。
私は出戻りということで非常に恥ずかしいのだが、
色々な経験を経てその場に戻ったが、
経営者という存在について非常に思うことろがあった。


私もコメントしたのだが、実に言葉が浅く、周囲への配慮がない。
再び声をかけてくれた方、それから、今までお世話になった方、
失礼をしていた方、縁のある方がこんなにもいるのに配慮がなかった。


年配の方はとても素晴らしい。


・場やタイミングをわきまえている。
・自分の気持ちや考え方を素直に語れる。
・世の中に対する興味や意見をもっているが、独自の視点がある


ある人が言った。


「私は最後までモノを作り続ける。」


そこには、自分の生きざまへの自信と誇り、
生きるということへの覚悟が感じ足られた。
また、この回に戻ってきてよかったと思った。


夜はスラムダンクを2冊読んだ。
面白かった。


青春の青臭さや、お互いを認め合うことの大切さが描かれていた。
大人になると徐々に陰湿になるが、こんな風にぶつかり合いながら、
心から理解しあえることは忘れないでいたいと思った。


今日も自分を承認する。
相手の意志や姿勢、あり方を感じ続けることができたね。
と言ってみた。


お前はどんな意志や姿勢、あり方をもっているんだい?
と返ってきた。


人の存在を心から認めて、そのことに対応できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第878号:時間と心を共有する

今日は午前中は内勤をし、午後から経営相談1件、
中庄に戻った後、柳川に行き、職業訓練のリハーサルをした。
そして、新入社員の歓迎会となった。



特に内勤がハードだった。
溜まっている仕事や気になっている仕事があると、
そのストレスで動けなくなり、他の問題が発生する。
一気に片付けようとしたが、なかなかのものだった。



午後からの経営相談では、経営者の方の想いと、
支援担当者の方の想い、私の想いはなかなか一つならない。



相手の想いを聴き取るだけでも大変であるが、
想いをしっかり聞いた上で、こちらからアドバイスするのは更に難しい。
相手の関心に合わせて伝えなければならないからだ。



その後は、新人スタッフの講義準備のためのリハーサルだった。
言葉づかいや表現の仕方等についてかなり指摘した。
能力とやる気のある人なので、厳しくフィードバックした。



言葉をしっかり受け止めようとする姿があった。
とても微笑ましく思えた。



夜は新スタッフの歓迎会だった。
いつになく言葉の多い歓迎会となり、楽しい時間になった。
泣ける場面や漫画、映画、歌などの話しになり、
それぞれそのツボは違い、理解できないものもあったがうれしい。



最後に、新スタッフの抱負を聞いたり、
リーダーからの期待を聞いたりしたが、相互の理解が深まり、
意見やアドバイスがしあえるような関係が生まれつつある。



新スタッフのやる気が会社を活気づけている。
素晴らしい人に囲まれて生きるのは、経営者冥利に尽きる。
もっともっと、素晴らしい人になるように、
生き方、働き方について私が学び伝えることが必要だと思った。



新スタッフには非常に酷だが、思ったことや感じたことを、
しっかりと口に出すように伝えた。
それは、その人がその人自身を知るということであり、
同時に相手も理解することで、その溝を埋めることができる。



とにかく、溝を埋めるのだ。
この溝が埋まらない限り、パフォーマンスは上がってこない。



以前のスタッフは、自分の働きぶりにとても満足していたようだが、
私に言わせると、自己中で相手がいなくなってしまっていた。
結果として、仕事そのものも、我流でくせの塊になってしまう。
それは成長を阻害し、受講生にも良い影響を与えられない。



でも今いるスタッフは、どんなに力があっても、多くの経験を積んでも、
何があっても自分の心と姿をしっかり見つめて成長し続けてくれる。
そう私は信じている。



そんな仲間と一緒にいられることがとてもうれしい。
感謝である。



二次会ではカラオケボックスに行き、みんなで歌いまくった。
時間を共有し、感動の体験を共にすることがチーム作りにおいて、
最も大切なことであると思った。



今日も自分を承認する。
ある意味、あるがままの自分でいることができたね。
と言ってみた。



カッコつけたり、作りすぎたりしていなかったね。
と返ってきた。



熱い想いを伝え、相手を大きく強い存在と捉える自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第877号:愛と善の心で生きる

今日は早朝相談の後、事務所に戻り内勤、
そして、経営相談、営業の後、キャリアコンサルティング、
最後は町おこしのミーティングに参加した。



経営の師匠の会社の女性とやり取りをしているが、
本当に手の切れるような製品(仕事)をする人だと感心した。


私が、仕事の合間に急いでバタバタと打ったメールに対して、
完璧なリアクションである。


・優先順位が明確である
・渡した文書の隅々まで目を通している
・文書に書いた言葉の意味を正確に理解している
・その上で見てもらいたいポイントを明確にして相談している。


まさにABC活動であり、経営者と従業員の素晴らしい教育の結果である。
称賛に値するものであり、思いやりあふれる人だと思った。
しかし、そうでない人もある。


少し話は変わって、ビジネスの現場では人間としてのスキルが重要で、
前向きな善い想いを持ち続けることが大切である。


ついつい私心が先に立ち、自分の欲に基づいて行動すると、
相手にとっては非常に違和感を感じる。
逆に相手のためを思って自分のできることを懸命にしても、
あだとして返されることもある。


それでも、自分自身は前向きで善い想いを持ち続けなければならない。
多くの経営者が持っている葛藤なのではないだろうか。
あるいは、営業マンが持っている悩みなのではないだろうか。


私は問い続ける。
「動機善なりや、私心なかりしか」と・・・。


今日の色々な場面や回想した場面が思い出される。


これは完全に自分の私心によるものであるので、
ごめんなさい、と言いたいもの。
納得いかず、思いっきり感情的に反論したいものもある。


私心が見え隠れしたり、善い想いが明確でないもの。
あいまいな状態というのは、ふらふらといろいろなものが出てくる。
想いはあっても、時によって変化してしまう。


私はそんな悩んだり、頑張っている姿を見ると、放っておけない。
思いっきり励ましたり、抱きしめてあげたくなる。
大丈夫だよって。


これは、ひょっとしたら、私自身が今求めていることかもしれない。


私は、自分のあきらめをなくしたいし、相手のあきらめをなくしたい。
そして、多くの人と一緒に協働のよろこびを創りたい。


本当はお金なんかどうでもいい。
でも、経営において売上はお客様が喜んでいただいたサイズであり、
私やNTCへの評価なのである。


そのためには、人の心を深く理解し、劇的な変化を生み出すのである。


今のスタッフは私にとっては最高である。
彼らと少しでも分かり合いながら、NTCの想いを遂げていきたい。


今日も自分を承認する。
私は、いつでも、どんなときでも、「動機善なり」だね。
と言ってみた。


しっかりと太い柱が体の中に通った感じがするよ。
と返ってきた。


全ての生きるものに愛と善の心を届けることができる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第876号:乗りと速攻が大切

今日は直行で経営相談に向かい、結局4件を行った。
その後、ホームページのアドバイスをもらい、事務所に帰った。


私の今日の学びは、速攻ということと、話に思いきり乗ることである。


まず、速攻というのは、すぐやるということである。
何か相談を受けたり、疑問に感じたりすると、すぐに解決するのである。


それは、話をしている途中でも、解らないことがあるのであれば、
その場でそのことを知っている人に電話をかけて確認する。
もちろん、相手への配慮を十分にして、了解を得た上である。


その場で調べる、決定する、すぐ行動するのである。
そうすれば、その後、何の心配もない。


そういえば、以前、風林火山が仕事で大切だと言ったことを思い出した。
速きこと風のごとし、静かなること林のごとし、熱きこと人ごとし、
動かざること山のごとし・・・だっただろうか。


まずは速きこと風のごとしを実践したいし、私の不徳の致すところで、
状況が良くないことも多々ある。
その場合は動かざること山のごとし、時を待つ、静かに耐える、学ぶ。


高橋尚子が言っているように、寒い冬は下へ下へ根を生やすのである。
私は今そういう時期なのだと思う。


そして、機を得れば、風のごとく、火のごとく、前進するのである。
不遇の時は、無理をすることなく、しっかりと成長するのだ。
それは、私が今までしてこなかったことだから、新しい動きが出るはずだ。


ここまで話したことと変わるのだが、アイデアは生かすということである。
部下が持って帰ってきた情報やアイデアには思いっきり乗ってみる。
その効果は限りなく大きい。


例えば、自分の情報が会社で生かされると貢献した気分になったり、
自分に力があるように感じる。
更に、問題の焦点を合わせることが大切だが、
いいとか悪いとか関係なく、アイデアを広げると勢いがつく。


会社の中には、勢いよく、少しぐらい間違っていても、
どんどん進めて、楽しくなったり、うれしくなっったり、
夢を感じたりしながら、みんな同じベクトルで進めることが必要である。


難しいのは明確に顧客の問題点を聴き、把握することであり、
そのことは、相手の会社に問題解決という価値を提供する始まりだ。
自分発信で新しいことを生み出せる力が大切なのだと思った。


稲盛塾長でさえ、新製品や新事業について自分のアイデアを感がるとき、
否定することなく、面白がってアイデアを膨らませる人を集めたそうだ。
とにかく、アイデアを生み出すことが尊いという風土にしたい。


それが、できないをできるに変えることに他ならないのだ。
とにかくやるのだ。
お客様が悩んでいるのだから、やるのである。


そうすると、協働のよろこびという価値が広がる。


今日も自分を承認する。
とにかく前向きに進めていくために大切なことを発見できたね。
と言ってみた。


どれもこれも、当たり前のことを誰よりもバカになってやりきることだね。
と返ってきた。


どんな時でも、前向きに、素直に、熱意をもって取り組む自分で言いたいです。
今日もありがとうございます。

第875号:完璧さを追求する

今日は朝事務所に入り、その後、経営相談1件、
葬儀、経営相談1件、研修営業1件、支援機関に立ち寄り、
そして、事務所に戻った。


今日の仕事はとても楽しいことばかりだった。
日曜日の朝から続く、左の首筋の痛みが取れず、
ずっとずっと調子が悪い。


この痛みを味わってみる。


心配なことが、次々と浮かんでは消えていく。
あるいは、苦々しい想いや、悲しくなるようなことである。
それを通り越すと、まさにあきらめの境地に至る。


そこまで考えると、「いけない、いけない」と思い、
グッと奥歯をかみしめて、再度立ち上がるのである。


今日の朝メールでは、手の切れるような仕事をするということを伝えた。
それは完璧を目指した仕事ということである。
それを繰り返して意識することにより、他社にはない力が持てる。


事務所の共用のトイレが水浸しになっていた。
私が入ってからこれはひどいと思い、色々なことを考えた。


まず、この水はこぼれたものなのか、設備が故障しているということなのか。


当社のスタッフが入った後だと思うが、その時はどうなっていたのか。
当然、スタッフがこんなにひどい状態を放置するはずがない。
であれば、手を尽くしたが水の漏れが止まらないのだろう。


結局、ぞうきんをもってきて拭いてみたが、水の漏れはないようである。
ということは・・・、自分がやっていないから関係ないと思ったのか、
誰かがやってくれるから放っておこう思ったり、大したことないと感じたかである。


最近盛和塾に入ってからは、稲盛塾長の言葉をできるだけ思い出しながら、
自分自身が身を振り返ったり、部下を指導したりする。


今回は、人として正しいか、正しい行いをする。
完璧な製品を創る。
利他の心を持つ。


このあたりのことが関係していると思った。
しかし、レベルからすると、人として正しいか、ということに尽きるように思った。


スタッフもなかなか時間がない中で仕事をしているので、
そのことへの配慮や理解をしたうえで、きちんと指導することが大切だ。


よくあるトイレ掃除の話であるが、仕事ができる人は本当に完璧に掃除をする。
とはいえ、時間をめちゃくちゃに掛けるわけではない。
そこには完璧性と、ポイントをつかむ力、そして工夫する力がある。


また、今日は大きな葬儀に参列した。
亡くなられた方は私自身の恩師でもある。
いつも、顔を見るたびに、「あんたはいい顔をしている」と褒めてくれていた。


これだけ大きな会社の社長になってまでも、私に会うとそういってくれた。
「ギャラリー」があり、力強く、優しい表情の写真がたくさんあった。
そして、その中にコメントが入っていた。


「社員の中にいることが好きでした。」


私はその言葉を見て、目頭が熱くなり、またも泣いてしまった。
亡くなった人の人となりや、想いが伝わってきたのである。


でも、今日もこんなに大勢の人に見送られて、この世を去るのである。
このような生き方、いや、死に方がしたい。
私もそう思った。


生まれてきたときも、少しでも美しい心になる。
それが、人生の目標であるといった稲盛塾長の言葉がまたよみがえった。


今日も自分を承認する。
美しく、正しいだけでなく、厳しく生きるということも見つめることができたね。
と言ってみた。


まだまだ、甘いところがあるね。
実行して初めて言えるんだぞ。
と返ってきた。


完璧さや、厳しさをしっかりと見つめて行動できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第874号:新しい一面を見つめる

今日は朝起きて稲盛塾長の本を読み、その後、テニス、
午後は家庭サービス、仕事だった。


今日は家庭サービスというか・・・、息子たちのガールフレンドを連れて、
総勢7人で釣りに行った。
そうこうしていると、釣り場の近くの息子のガールフレンドまで参加し、
9人になり、最後は10人という大釣り大会となった。


女の子たちは、最初、魚を触るのが嫌だとか、エサが気持ち悪いとか、
できないことを並べ立てていたが、徐々に魚もエサも触るようになる。


もっとも、エサにについては、いわゆる“うじむし”であるから、
昔、うじむしを見たことがある人には少し厳しいものがある。
でも、“サバ虫”と呼ばれる、釣りえさのために飼育されたものである。


だから、サイズも小さいし、おがくずがまぶされていてさらっとしているし、
ゴカイなどのように歯が無いから噛まれたりもしないのである。
だから、要するに気持ち悪いだけなのである。


魚を外すほうがよほど面倒である。
針を飲み込んでしまっていると、魚が死なないように外すのが困難だ。
見ずに話した瞬間に泳いで行ってくれるとほっとする。


時期的に、おなかに卵のある魚が釣れたりする。
そうすると、そのことを伝えながら、丁寧にリリースする。
命の大切さが伝わるとよい。


結局、何匹釣ったのかわからないくらいたくさん釣れた。
女の子たちも大健闘で、うちの息子たちよりたくさん釣っていたように見えた。


なぜか首が突然痛くなり、釣りでは機嫌がとても悪かった。
そんな時に限って、やたらと2人の糸が絡み合ったり、
ハリスがおもりに絡みついたりして、その解決に追われてイライラした。


でも、落ち着いて、へたりこんで、静かに直していたのは、
作り物ではない、頑張りすぎていない、自分の姿であるように感じた。


今日も自分を承認する。
あまり無理しないで、素直な心でありのままに過ごすことができたね。
と言ってみた。


それでも、一人一人の個性や強みをしっかり見つめられたね。
と返ってきた。


相手への色眼鏡を外して、新しい一面を見つめる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第873号:完璧にやりきる

今日は午前中は、散歩、近所に釣りに行き、
午後からは顧問先への訪問、研修の打ち合わせだった。


経営者の師匠との会話であるが、私およびNTCに対する
フィードバックをもらった。
それは結構厳しい内容だった。


もちろん、友人であるということもあって、
微妙にオブラードに包んで伝えてくれているのがわかる。
よくよく想像してみても、その包んだ中にある重要なことが、
理解できていないかもしれない。


彼との付き合いが始まり、盛和塾に参加するようになってから、
自分自身の色々なことが気になって仕方がない。


自分自身の事業戦略(顧客や製品)
自分自身のマネジメント(部下との接し方)
営業活動の上でのビジネスマナー
職場での5S


これらのすべては、自分自身の行動や態度によるものである。


自分自身の理念や方針については、自信があるのだが、
行動自体や行動の結果に自信がないというのはきわめてまずい。
このような方針と行動のギャップが事業の成長を止めるのである。


自分が事業化するといっていることが進んでいないことがある。
これは、いけない。


経営者は顧客が感動し、従業員がワクワクする新しい取り組みを
常にやり続けなければならない。


旗を立てた以上は、手が切れるような製品と、絶対に失敗しない、
要は最後までやりきるという覚悟を決めて行動するのである。


そして、エンタテイメントの仕掛け人として、すべての障害を排して、
最高のビジネスプロセスを構築して、協働のよろこびを創るのである。
ISO29990の認証取得を行うこともよいと思い現在勉強も始めた。


今年は、私自身が試される年である。
昨年の色々な問題が解決されないままではあるが反省して、
第2のスタート地点に立とう。


人生は必ず良くなるようにできている。
それは、自分がどう今をとらえ、これからどうしていくかだけの話である。


必ずできる。
面白いじゃないか。
私たち自身が、勇気と行動と感動を目指して立ち上がるぞ。


今日も自分を承認する。
今の自分を正確にとらえて、新しいスタート地点に立てたね。
と言ってみた。


必ずお前はやるよ。
と返ってきた。


自分が選んだことに覚悟を決め、完璧にやりきる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第872号:自分の体をいたわる

今日は13日の金曜日であり、不吉な予感が・・・、案の定起った。
新しいかわいい講師からの署名、顧問先への訪問、
野外研修打ち合わせ、社会保険関連、柳川に戻りキャリコン、
そして、最後はヨガである。


不吉な予感は起こった。
それはちょっとしたショックなことである。
そのことが起ったことについては仕方がないと思えるが、
それでもショックだし、他にも問題が起った。


最近、一つずつコツコツと具体的な行動や正しい行いをしている。
それは因果の法則に基づくものであり、善い行いをすれば、
良い結果となるというものである。


私自身については、おざなりにしてきたことを一つずつやったり、
部下とそれを学んでいくという姿勢を持ったりしている。
残念なことに、まだまだ追いついていない面もあり、
その心地悪さも同時に味わっている。


今回の問題は、私たちの行いの正しさがまだまだレベルが低い、
ということに他ならない。
相手との協働のよろこびに向かっていないということなのである。


少し話は変わって、今日初めて、脳を活性化するヨガの体験をした。


なぜこのようなことになったかというと、たまたま新スタッフのOJTで、
飛び込みの営業活動をしていた時に、“返り討ち”にあっのである。
体験会の値段がまあ安かったから、気軽な気持ちで参加した。


とてもいろいろな気配りや、マーケティングの仕掛けが充実していて、
知らず知らずのうちに入会していた。
もちろん、その会社の姿勢や考え方もよいと思うし、
それを具体的な活動でも表現していて、信頼できると思った。


特に、説明・体験の手順と価格設定は絶妙であり、
最初はハードルは低く、サービスは手厚くという感じである。
このように進められるのは、その技術的な背景があってのことである。


参加してみて、体のこわばりがとれ、頭も心もすっきりした。
これは間違いないと思う。


数年前より、仕事でもプライベートでも、体の不摂生がたたり、
特に左肩、腰の具合がよろしくなかった。


ヨガによって、こわばったり、縮こまったりしている体を伸ばし、
心の中の汚れたエネルギーをすべて吐き出す。
呼吸を深く安定したものにし、内臓を動かすことも大切なようである。


体はイキイキ、心はワクワク、頭はすっきりすっきり、
ということだそうだが、とても理解できる。
もっとそうなればいいのに・・・。


全てがへたくそで、体が硬くなっているのでうまくできなくて大変。
でも、あまりに不出来さにインストラクターの方が居残りで、
体をほぐしたり、伸ばしたりしてくれた。


その時に、本当に自分の体をいたわっていないと感じたり、
いたわってもらっていないと思ったりした。


いたわるということ、本当に大切である。
そして、正しいことをするといっても自分の体と心が健康でないと、
人のことまではできないだろう。


今日も自分を承認する。
新しい考え方をつないで生み出すことができたね。
と言ってみた。


世の中には善に向かう宇宙の力が本当に働いているね。
と返ってきた。


自分を大切に扱うことで、人を心から大切にできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第871号:方針を通し切る

今日は早朝相談でスタートし、その後、経営相談1件、
一旦事務所で内勤の後、顧問先への訪問、研修の顧客への相談、
そして、商工会議所青年部の委員会でのワークショップ、
夜は事務所で職業訓練の申請書の準備を行った。


部下への指示について考えさせられた一日だった。


あることが理由で、テキスト作成や関係者への伝達を部下に指示した。
そうすると、様々な問題が起った。
スタッフと怒鳴りあうような場面もあった。


一応社長なんだけどな・・・。
と冷静にもなりつつ、お互いに譲らない姿勢でぶつかりあった。
普通の会社ではありえないことだと思う。


別に気にはしないのだが、指示を出すというのは非常に難しい。
特にお互いがいっぱいいっぱいになっていると余計にである。


私が「すぐだー!」と叫んだものが、複数あったらしい。
早いものから順に片づけたようであるが、
私の頭の中では、優先順位やその判断基準というのが明確にある。


でも、私の常識が相手にはわからないのである。
どう考えても、影響度について緊急性や重要性は明確だと思うが、
それが判断できないということなのである。


更にいうと、時間という概念が全く違っていたり、
ビジネスにおける顧客の重要性や、時間が遅くなることで、
顧客にどのような問題が発生するかという想像がないのである。


別に今、そのことについて非難するつもりはない。
きちんと指示できていない自分自身にも問題があるし、
理念や方針の中で、それを伝えられていない自分にも問題がある。


私は経営者なので、全てに責任を持たなければならないのだから、
結果はすべて自分の責任なのである。


だけど、適切に判断できないスタッフのままでいさせることもよくないし、
全て細かく相談したり、自分の意志で動けなかったりの状態のままはまずい。
今後、大きな課題が残ったと感じた。


事務所に戻ってスタッフと話をすると、その言い分もわからなくもない。
それでもそれで良しとしてしまうのは良くない。


私の非も認めつつ、スタッフ自身の非も認めさせ、
考え方、対応を改めるように話をした。
取り急ぎ、必要なことは伝えられたと思う。


ワークショップのほうはまずまずだった。
新入会員を迎え、通常は自己紹介のみで、一方的に教育を受ける。
それでは、面白さや楽しさ、更にいうと、つながりが感じられにくい。


今回は、先輩と新入会員の2人組で、先輩が聴いてあげるという形をとった。
時間が足りないという関係もあり、新入会員のみが話をしたが、
階の目的からすると非常にいい感じになった。


入会してすぐ、このような自分の話をしっかりでき解ってもらえる仕組みは、
一般の会社でもあると非常に良いと思った。


しかし、今日は認知の質と量のレベルアップが果たせなかったように感じる。
とにかく時間がなく、心の余裕がなかったように感じる。


忙しくて心を失い、心がぐらぐらと常に揺れ動いている状態が続いた。
これは、本当によろしくない。
気を付けなければならないと思った。


今日も自分を承認する。


いっぱいいっぱいの中でも、目の前にあることをやりぬくことができたね。
と言ってみた。


本当はどんな自分が最高の状態なの?
と返ってきた。


スタッフを思いやりながら、自分の方針を通し切れる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第870号:存在の重要性を伝える

今日は朝から夕方までコミュニケーションの研修、
その後、ハローワーク、事務所に戻って打ち合わせをした。


研修の中では目の前の人の存在を認めてあげる行為として、
コミュニケーションの傾聴ということを伝えた。


ついつい自分の欲求のまま振舞ってしまうと、
コミュニケーションの未完了や挫折を味わわせることになる。
自分が加害者になることもあれば、被害者になるときもある。


この気持ちというのは実につらいものであるが、
最初は、さみしいとか、恥ずかしいという気持ちが起る。
その次には、相手に対する怒りになり、
最終的には、相手を消してしまい、あきらめに変わってしまう。


いつもこの話をすると、東京で若かりしときの合コンを思いだす。
遅れていったこともあって、輪に入れてもらうことができず、
さみしくなって場を辞して帰ったことがある。


帰宅する途中に自分の存在が危うくなって、
井の頭線に吸い込まれそうになった。
それくらい、コミュニケーションの挫折というのはつらいものである。


逆に褒められるというのは、異常なくらいうれしいものである。
ちょっとした一言が、勇気を与えてくれたり、自信を持たせてくれたりする。


とても明るい受講生が多かったので、非常に楽しい時間となった。
しかし、前に伝えたようなコミュニケーションの問題が伝わったのか・・・。
もちろん、その中でコミュニケーションの核となる
傾聴のスキルが伝わったのか・・・。


もっと一人一人にあった答えが見つかる研修にするにはどうしたらいいか。
という問いが残った。


全体に網をかけるような研修が良いのか、
それとも一本釣りの竿を30本並べたような研修が良いのか・・・。


自由な雰囲気の中で体験してもらうほうが良いのか、
それとも、ある程度緊張感を持たせて伝えたほうが良いのか・・・。


私は、コミュニケーションの研修については自由な雰囲気の中で、
その人自身が感じたことを気づきとして生かしてもらう事のほうが多い。


それは本当に最高のパフォーマンスなのか。
その方向で間違っていないか。
その方向でよいのであれば、どのように改善すればいいのか・・・。


というように細かく見ていくと、改善点はいくらでもあるように感じた。


今日は厳しさよりも、楽しさを重視したかったということ、
それから、私の今日の目標は認知をたくさんすることだった。
認知の質と量はまだ満足のレベルではない。


ただ研修の最後に、承認のワークを入れたのは方針にあってよかった。
フィードバックにしなくて良かった。
そこに人の前向きな心を信じることの大切さを学んだ。


今日も自分を承認する。
人の存在をしっかりと認めるということを伝えることができたね。
と言ってみた。


もっともっと余裕をもって、自分が相手をもっと認めなさい。
と返ってきた。


自分の存在の重要性を伝えられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。


第869号:認知が素晴らしさを創る

今日は朝起きて問屋町に入り内勤、その後、講演依頼、
研修打ち合わせ、更には営業指導、職業訓練打ち合わせをした。


とにかく! 打ち合わせが非常に素晴らしい一日だった。
いずれも、経営者の師匠の深遠なる配慮によって成り立ったものである。


まずは講演依頼だったが、快く受けてくださった。
これも師匠のおかげであり、講師をお願いした方の人格ありきである。


そして、長年かけて積み重ねて学んできたことを、
まさに人に伝える段階に入ったというタイミングにあるということで、
最近非常に応援の依頼も増えているということなのである。


私が感じたことであるが、多くの思想家の考え方を理解する人はいるが、
解りやすく人に伝えたり、実践したりする人は少ない。
特に数多く存在する中国哲学を経営という分野で組み合わせながら伝えるのは、
非常に難しいし、そういう人はいないということである。


私の悪い癖で、ついついほかの団体に対して営業してもよいかと尋ねた。
そうすると、答えはとてもやわらかい言葉でNOと返ってきた。
さらに、「それも本に書いてある」ということであり、含蓄がある。


そして最後に、「自分も40代は色々とあった。だから、こんなに勉強したのだ」と、
またも、とても意味の深い言葉だった。
「地下に潜って勉強する。そういう時期があってもいいんだ。自分は10年だった」
とさらに続いた。


私は、私自身を見抜かれた感じがし、同時に励まされたようにも感じた。
でもこれは、自分にとっては試されていることかもしれないし、
相手にとっては相手を育てるという喜びなのかもしれない。


とにかく目の前の人をこの上なく尊敬、尊重している。
これが経営者の大きさや強さなのかもしれない。



そしてその後、屋外リーダー研修の打ち合わせに行った。
ある公的機関の施設だったので、窓口の方は元小学校の先生だった。
でも一味違う感じがした。


とにかく、熱いのである。
いろいろなアクティビティの説明をしていた時であるが、
「助け合うことの大切さがわかるんじゃ」とか、
「人がいてくれてよかったと思うんじゃ」とかというように、
人がお互いに助け合いどう生きるのかということをとても大切にしている。


そしてそのことをとても楽しそうに、かつ真剣に語るのである。
話し出すと止まらないくらいであり、自分の生き方を完全に選択している。


さらに素晴らしいのは、地域の子供の育成にも取り組んでいる。
それも、おじい/おばあちゃんに子供たちから花を贈るというものである。


進め方も面白い。
子供たちにビジョンを提示し、そこに到達するように先生が仕向ける。
こうやったらこんな風になるという情報提供して、道筋をガイドしながらである。
この部分が経験や情報をあまり持たない子供たちに教えるポイントだと思った。


このような想いのある人と、また一緒に仕事ができることが非常にうれしい。
このような出会いも、師匠のおかげである。


今日は、認知をテーマに一日を過ごした。
相手が素晴らしい方ばかりなので、認知の力がどれほどのものかわからない。
でも、私が相手の素晴らしいところを見つめ続けることで、
自分にとって素晴らしい時間にすることができた。


今日も自分を承認する。
目標として掲げた認知をし続けることができたね。
と言ってみた。


目標にするようではまだまだだね。
と返ってきた。


相手の強さや大きさを認知するコーチ魂を感じている自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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