2012年12月

第1132号:祖母というキャプテンに学ぶ

今日はお餅つき、その後、年賀状の作成と釣り道具の購入だった。



現在95歳の祖母が返ってきた。



妻も子供たち(祖母からするとひ孫)もとても喜んで迎えていた。
祖母が今年も生きて家庭の行事に参加できて、私もとてもうれしかった。



酸素吸入器をつけて、車いすに乗って、家の中からお餅つきを眺めていた。
時折、ひ孫たちが近くに行き、一緒に笑っている姿が見えた。



また、一番下の喜子が、お餅を小さくちぎって祖母の口に入れてあげていた。
おいしいおいしいと言いながら食べていたようだった。



その祖母の姿は、イライラもガミガミもない、神々しいレベルに達している。
ありのままに生きて、強欲のようなものは全くない。
とても静かで素直な感じである。



祖母は私の心のキャプテンである。
言うことを全く聞かず、言葉を荒げていた私を、自分の子供でもないのに育ててくれた。



朝は必ず5時に起き、湯を沸かし部屋を暖め、仏壇と神様に手を合わせる。
それから料理が始まる朝と夕方は、トントントンと包丁の音がする。



夕方、疲れて寝ているときには、薄暗くなった部屋にいると、
このトントントンという音が聞こえてきて、心がえも言われないような状態になる。



実に安定している。
毎日、確実に時間を告げている。



このような大きな基盤の上で、私たちは好き勝手なことを言ったりしたりしていたが、
そうさせてくれていたのだということがわかる。



何をやっても変わらないその人と、その人が作り出す時間があるのである。
そこには、平凡の非凡という言葉と、崇高な心があるように感じた。



やり切ること、続けることの大切さを教えてくれたように感じた。
同時に自分がどう生きるのかということについて考えさせられた時間だった。



年賀状がやっと裏面ができた。
後は表書きだが、今日は早くも12月31日、今日中に終わったらいいなと思う。



それにしても、風邪の症状がきつくなってしまった。
しばらく苦しみは続きそうである。



今日も自分を承認する。
祖母の存在から、自分の生き方を考えることができたね。
と言ってみた。



早く年賀状を終わらせて、1年を完了させる時間を作りなさい。
と返ってきた。



禅をくむがごとく、静かに心を味わう自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1131号:病は気から・・・

今日は研修、管理職研修打ち合わせ、創業相談という一日だった。
夕方は家に帰り、少しだけお酒を飲んだ。




最後に仕事をしていると、だんだん体がだるくなってきた。
正直、嫌な気分になっていた。




その理由を考えてみると、休憩中に受講生の人と話をしたが、
左の指先のしびれが、脳の障害に起因していると聞いておかしくなった。




あまりの激務に、身も心も疲れていたので、致し方ないと思うが、
最近69歳で死ぬと言われたので、色々なことが怖いと感じる。




そして、家に帰ったとたんに鼻水が流れだし、のどが痛くなった。
折角、仕事納めをして心が解放されたのに・・・。




解放されたら、「君は少し寝込んでいいよ。」
と言わんがばかりに風邪が頭を出してきた。




病は気からというが、まさにそのとおりである。




まだ、年賀状ができていないのに・・・。




明日、お餅つきをしながら、年賀状出力しようと思った。




結局、まだ仕事を残しているので、何とも言えないが早く安らかになりたい。
31日の夜は静かに時間を過ごしたいと思った。




今日も自分を承認する。
最後の最後まで、世のため人のために尽くす事が出来たね。
と言ってみた。




まだまだ、感情に振り回される自分もいるね。
と返ってきた。




前向きさと崇高さを信じて前進する自分でいいたいです。
今日もありがとうございました。

第1130号:心を整理し理想を見る

今日は早朝相談、新規事業の経営相談、年末挨拶4件、
そして、事務所で残務整理、ハローワーク手続き、大掃除、
夜はフォローミーティング、プロジェクトミーティング、食事会だった。



掃除はとても気持ちがいい。
NTCには事業所が2ヶ所あるが、年末ということで一斉に掃除が始まった。



私は問屋町教室のほうだったが、なかなか今日することが終わらず、
掃除に取り掛かることができなかった。



もう一人一緒の場所を担当しているスタッフばかりが作業していて、
申し訳なく思いつつ、早く参加できるように急いだ。



更に急ぎのことでハローワークに行き、手続きをし、やっと仕事が終了した。
それからは、思いっきり片付けに入った。



事務所の書類や備品などを、思いっきり整理した。
思い出の品物や、活用できそうなものなどを思い切って捨てていった。



事務所の中の不要なものが少なくなって、新しい風が入ってくるような感じがした。
それは、5Sでいう整理だが、心にたまった垢を捨てるようでもあった。



なんだか、もう一息だと思った。
今回は整理だが、年が明けはもう一息整理して、次に整頓に向かいたい。



もっと機能的で使いやすい職場にするのである。
そうすることで、現場も心も整理できて、また一つ理想に近づく。



それが、零細企業最高の思想とビジネスプロセスである。
あまりにもひどい状態にあるスタッフの資料を見ているとあきれてしまう。



ある仕事の振り返りの中にも、時間と心の余裕がないという話があったが、
それは、この5Sの状態では仕方がないと思った。



どちらが先なのかという話があるが、決めたことを最後までやり切ることが大切で、
その結果が、美しく生産性の高い職場に繋がっているのだと思った。



そういう5Sの状態である人は、人との関わりもいい加減だ。
理想に向かうためにも徹底していきたい。
スタッフに目で見る管理と躾について勉強してもらおう。



今日も自分を承認する。
思い切ってバッサリと心を整理することができたね。
と言ってみた。



常に結果に責任を持って生きるということかもしれないね。
と返ってきた。



どんな時でも素晴らしい理想をイメージできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1129号:自分の業の結果

今日は朝から柳川で職業訓練、夕方は支援機関での打ち合わせ、
夜は忘年会だった。



全てのことは大したことない。
そう思ったほうがいい。



目の前ではいつも色々なことが起っている。
それを見て、自分自身も苦しい思いをしたり、つらくなってしまったりする。



自分のほうに向かってくるものもあれば、他人に向かっていくものもある。
私の場合はどうも自分に向かってくることのほうが苦しいようである。



まあそうりゃそうだと思う。



人に向かっていくものも苦しい。
じっくり味わうとこちらのほうが苦しいかもしれない。



それは、それを自分の責任に手繰り寄せようとしたときに起る抵抗だ。
なんで自分がと思うが、その根源は経営者である自分自身なのである。



夜は経営の師匠と話をしながらゆっくりと食事をした。
本当に楽しかった。



人を気遣っているようで、気遣っていないような・・・、
多くのアドバイスがもらえた。
うれしかった。



もっと、いい加減でいいんじゃないの?


まじめすぎるよ。


それで、何か問題が発生したの?


大したことない。


生きとる。



稲盛塾長の本の中にも書いてあった。
問題は、自分のなした業であり、それが出ることで解決に向かう。



大きな問題が起るということは、大きな問題を起こした自分の業がある。
自分の思考や行動の結果であるということなのだ。



そして、それを前向きにとらえ、深刻にならないことが大切だと思った。
本当に素晴らしい友人に感謝である。



今日も自分を承認する。
人の言葉に素直に耳を傾けているね。
と言ってみた。



そうでない時もあるね。
と返ってきた。



どんな時でも素直で相手の気持ちに感謝できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1128号:全て自分で選ぶ

今日は午前中は研修、午後は柳川で打ち合わせ、その後、
笠岡でJMBSコンサルタントグループの忘年会に参加した。



毎度のことながら、この忘年会に出るたびに大いなる刺激を受ける。
今回も勉強になった。



惜しむべきは、あまりの仕事の量に途中で抜けなければならなかったことだ。
といっても23時位までいたので、結局、変えると23時半、
そして、昨日の疲れもあって、直ぐに倒れてしまった。



仕事は進まず、ブログもメールもかけず、今に至っている。
そして、焦っている。



JMBSのメンバーは、常に成長している感じがする。
今回は本当にとてもやわらかい空気であると同時に、
その中に志や想いのようなものを感じた。



さらに、知識やスキルも世のために身につけているのだろうと思ったし、
その結果、素晴らしい人の縁でつながっているようにも思える。



国を憂う。
そのために社会に関心を持ち、様々な情報を集め、自分に何ができるか考える。



欲に振り回されない。
自分の気持ちが消極的になっているのも欲に振り回されている証拠。
他者に指導しようとすることそのものが欲。



慈悲の心を持つ。
相手がどうあれ、心から相手を慈しみ手を差し伸べる。



こんなことが、忘年会の中で感じられた。
会の途中にも出た話であるが、来年でJMBSは10周年となる。
この機会に、失礼ばかりしてきた私も何か貢献してみたいと思った。



今日も自分を承認する。
素晴らしい人の中にいるという選択をし、楽しむことができたね。
と言ってみた。



全て自分で選んでいることだね。
と返ってきた。



素晴らしい人の中で、自分の素晴らしさを感じられる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1127号:素直に人の成功を喜ぶ

今日は朝起きて倉敷商工会議所の会報「論語と経営」の記事を作り、
県北での職業訓練、そして、岡山空港で東京の知人のコンサルタントを迎え、
そのまま事務所で食事、コンサルティングと盛和塾の話で盛り上がった。



【書き下し分】
子の曰わく、学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや。
朋あり、遠方より来たる、亦楽しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。



【解説】
孔子先生がおっしゃった。
「学習したら、そのことについて、いつでも時間さえあれば復習する。
それは何とうれしいことではないか。同じ志を持つ友達がいて、
遠方からやってきてくれる、なんとそれは楽しいことではないか。
誰も自分の実力を理解してくれなくても、不平不満に思わない。
それこそ立派な君子ではないか。



オハヨー乳業の後輩で、一時は私にたくさんの仕事を出してくれ、
今はコンサルタントとして活躍している私にとって大切な人が岡山に来た。



7月の盛和塾世界大会で本当にばったり再会し、
もともと岡山県出身であるということから、今回の面談となった。
本当にうれしいことだ、喜ばしいことだ。



しっかりと時間を取って会うのは久しぶりで、うれしくてうれしくて仕方がない。
ついつい、自分が会社として頑張ってきたことやその結果を見てもらいたくなった。



最近導入したドロップボックスや、今年の春からコツコツと取り組んでいる
ISO9001レベルの経営システム、アメーバ会計、フィロソフィー、
どれも中途半端なものであるが、開示した。



そうすると、本当に褒めてくれた。
うれしかった。



別に、私がこれら全部をやった訳ではなく、スタッフの努力で作られたものである。
私がやったのではなく、組織としてコツコツと積み上げてきたものが評価された。
それがまたうれしいし、鼻高々である。



そして、盛和塾に通うソウルメイトとして、同じ志を持つ者同士、
お互いの学びや実績を伝えあい、切磋琢磨することできたので、
先のような論語のくだりを書くに至った。



最近、抱き着き癖があるが、さすがにしなかったものの、
思いっきり抱き合ったり、肩をたたき合ったりしたい気分になった。
とにかくうれしい。



こんな仲間がもっともっと増えて、一緒に泣いたり、笑ったりしたい。
そんな和ができたら、私は死んでもよいと思った。
会社のスタッフとそんな関係でいれたら、これもまたうれしい。



共に戦う戦友のような気持だろうか。



それから、彼が実現しようとしていることは、自分が今まで教えてもらったことを、
世のために人のためにしようとしているというところが素晴らしい。
それはいわゆる「修己知人」という言葉がふさわしい。



優れた人は、論語の中にある素晴らしきことをもっているのだと思い知った。
私も人にそう感じてもらえるくらい、自分の人格を磨きたいと思う。



今日も自分を承認する。
相手の成功を心から祈り、期待することができたね。
と言ってみた。



最近、本当に素直に人の成功を喜べるようになったね。
と返ってきた。



人が輝き理想を実現する、できないをできるに変える自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。



笑い飛ばしたい自分が発見できず・・・。
誰か笑いについて教えてください!!

第1126号:幸せの祈りをささげる

今日はクリスマスイブの日だった。



朝起きてあまりの寒さに布団の中でPC作業をした。
その後、顧問先でミニ研修、夜はISOのコンサルをして自宅に帰った。



家ではみんながクリスマスの準備をしていた。
鶏の足、チーズフォンデュ、シーザーサラダ、そして、ケーキだった。



あまり使うことのないWiiを押し入れから取出し、
息子たちも今日はうちでは珍しいゲームで楽しんでいた。



世界中の人々は今どのような状況にあるのだろう。
お客様、受講生、そして、当社のスタッフはどうしているのだろうか。



そして、一人ひとりに想いを馳せてみた。
そこには色々な時間があるように感じた。



ビールを飲んでいたせいもあり、昨日から睡眠時間も十分だが、
眠り慣れた!?せいか、ゆっくりと酩酊が始まり、まどろんでいった。



やることがあるのに・・・と思いながらも、そう思っているのつまらないので、
思いっきり微睡(まどろみ)の世界に落ちていった。



クリスマスの夜に一生懸命に働く人、
僅かのお金しかないがそのわずかなお金で豊かな時間を過ごす人、
イライラしたりピリピリしたりして心狭く生きている人、
寂しさの中で震える人、



色々な姿が見えてきた。
こうやって、まどろんでいられるのは実に幸せなことだ。



私は祈りをささげた。
この世の中のすべての人に幸せな時間を・・・。
私の愛しき人に素晴らしい夜を・・・。



夕方自宅に帰る前に、祖母のいる介護施設の近くを通った。
ついつい、スーパーに飛び込んで小さなケーキと、
祖母の好きなみかんとせんべいを買って立ち寄った。



ひとこと目は、「あんた久しぶりじゃなー。」だった。
そして、「お正月には自宅に帰れるかもしれない。」といった。
さらに、「でも、帰らんほうがいい。体が悪くなると迷惑をかける。」と・・・。



私は、ずっとそこにいるのがつらくなってきて、
持って行ったケーキをおばあさんの口に運んで、食べさせた。



祖母は、「おいしい。」と何度も繰り返した。
耳が遠いので、「うん、うん」と私は繰り返すことしかできなかった。



最後に、握手をしてから帰った。
温かい手だった。



今、書きながら涙がこみ上げてきて、鼻の中がツンとした。



今日も自分を承認する。
皆の幸せに祈りをささげることができたね。
と言ってみた。



自分の寂しさを埋めたいんだね。
と返ってきた。



寂しさだけなく、楽しく明るく生きることのできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。



できるだけ、笑って朝を始めるよ。



第1125号:レベルを下げない

今日はとことん朝寝をし、その後テニス、午後は少し仕事や読書、
夜は家族がいないので布団の中で本を読んだ。
マイコーチとのコーチングの後、朝まで寝た。



最近、色々なことにあまりに真剣になりすぎているように感じる。
それがストレスになり、怒りや悲しみになっている。



先日の飲み会はとても楽しかった。
男として、社会人として何が理想なのかを語り合えたような感じがする。
はっきり言ってバカな集団なのだが、楽しい。



裏表や影がなく、心から楽しんでいる。


私も、久々に思い通りにふるまっている。


皆の顔が和やかで、笑顔にあふれている。




指示した仕事が全く進んでいないとか、飲み会なのに酒を飲まなかったり、
理想を語り合えないスタッフといるより、死ぬほど楽しい。




そう考えていると、人がいることで稼いだ利益を吐き出しているのだから、
もう規模を縮小して自分のことだけにしようとも思う。




そのほうが、私が本当にしたい事が出来るし、
くだらないレベルの低いものに付きあわなくて済む。




自己中で自分のことしか考えていない人に、仕事の考え方を教えても仕方がない。
自分の理念に基づいてサービスが提供できないのだから、意味がない。




一人で久々に考え込んだ。
本当に一緒にやりたい人、そして前向きに私の言葉が生かせる人、
もし問題があるのであれば、話し合い一緒に越えていける人とだけ仕事をしたい。




使い捨てというのではなく、お互いに不平や不満を感じることが無く、
一緒にビジョンに向かって働き続けたいというだけなのである。




何でも話せる。
どんなことでも笑い飛ばせる。
コミュニケーションのテクニックなんかくそくらえである。



そんなことより、心から繋がっていることが大切なのだと思った。



それから、今日は自分にとって良いことがたくさんできた。
十分な睡眠、身体によい食事、筋肉を動かし肺を膨らませる運動、
そして、一人静かに考える時間が取れたことである。




その結果、本当に健全な状態がイメージできたのだと思う。



今日は自分を笑い飛ばしてみる。
くだらない小さな事にクヨクヨしてる姿が、ダメ男の典型だね。
と言ってみた。




あはは、それで仕事をしたような気分になっているんだよ。
と返ってきた。




何のためらいもなく、明るく楽しく伝える自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1124号:人の役に立つために

今日は朝起きて早朝相談1件の後、問屋町で打ち合わせ、
その足で柳川に入り、打ち合わせ、来客2件、経営相談1件、
一旦自宅に帰り食事をしたのち、問屋町で経営相談1件、テキスト作成だった。



最近、記憶が飛んでしまい物が覚えられない。
というか取り出せない感じである。



疲れのせいのようでもあり、それこそアルツハイマーのようでもある。
忘れてしまいたいのかもしれない。



それから、頭の中からとりだしたいけど取り出せないような感覚もある。
それは落ち着いていないからか、瞬時に消えていく感じがする。



頭の中のコトとコトとをつなぎ合わせることができない感じである。
そうしていると、眠気が襲ってくる。



ちょっと、危ない状態かもしれない。
本当はゆっくり眠りたいところだが、目の前のことから逃げられない。



胸の奥に何かがたまっていて痛みになっていたり、
頭がガンガンしていたりする。



そういえば、先日の占いで69歳で死ぬといわれた。
太く短く生きたいと願っているが、少々さみしいものがある。



できることならば、孫の顔も見たいし、老後を楽しみたい。
そのために、今できることを精一杯やり切りたい。



そして、運命は変えることができるということだが、
物の捉え方や、自分の体をいたわるということなど、
日頃から気を付けなければならないことが山ほどあるのだろう。



私は一本だけ抜歯しているが、その時のことを思い出す。
仕事が忙しくて、それも充実していてほったらかしにしてしまった。
上司に仕事中にはいくなと言われたこともそうなってしまった理由である。



痛いのに放っておいて、その時のじくじくした感覚は今でも思い出す。
体の悪いところが明確であるのに放っておいたのである。



自分のことをおろそかにしていた。
今も毎日カップラーメンを食べたりしているが、これをやめなければならない。



体に善いことを少しでもやることで、心と体を健康にして、
人のために少しでも善きことを想い、善きことをする。



そうすると運命を変えることができるだろう。



今日も自分を承認する。
自分の体をいたわっていないことをしっかりと認識したね。
と言ってみた。



かならず自分の体に善きことを想い、善きことをしなさい。
と返ってきた。



自分の命がこの世の中の多くの人の役に立っていると信じて言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1123号:一緒に朝まで飲みたい

今日は朝から顧問先1件、研修打ち合わせ1件、営業1件、
顧問先2件、そして、問屋町に戻り内勤、顧問先との打ち合わせだった。



昨日の夜を振り返り、いろいろと思う事のあった1日だった。



先ずは、あまりに気持ちよく飲んだせいか、昨日電車で寝過ごし、
倉敷駅まで行き、時間とお金を無駄にしてしまった。



そんな後悔もありつつ、今日は朝から顧問先への訪問を繰り返した。
顧問先デーだった。



行く先々での話が楽しい。
ビジネスだけの話ではなく、プライベートなことも含めて話が出る。
一緒に生きている感じである。



一緒に生きている人に、この世の中を楽しく生きてほしい。
苦しみや悲しみも深く味わいながら、それでも強く生きてほしい。



私はそれを実現する人なのである。
まさに、今がどういう状況であれ、
勇気・行動・感動のエンタテイメントの仕掛け人である。



そういえば、忘年会で頑張ってほしいと感じる人に抱きついていたのを思い出した。
その人の空気を味わっていると、抱きしめたくなるのである。



もちろんすべての人ではなく、別に好きな人をそうしているわけでもない。
なんとなく心が震えているのを感じたり、頑張りに尊敬を覚えたりした場合である。



愛しくて愛しくて仕方がなくなるのである。
幸せになって欲しいのだと思う。



早く帰りたいと思っているように見える人に寂しさを覚えた。
一緒に居続けたいと思える、飲み明かしたいと思えることが大切だと思った。



オハヨー乳業時代は、平日でも朝までよく飲んだものだった。
そんな勢いや善い関係が必要だとも思った。



今日も自分を承認する。
振り返り、自分の理想を思い返して、大切なことを発見したね。
と言ってみた。



それは無理なんじゃないの。
と返ってきた。



心からよろこび、心から人を大切にする、温かさと厳しさのある自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1122号:運命は変えることができる☆☆

今日は午前中に研修、午後は自宅に戻りコーチングの後、
柳川に行き忘年会だった。



忘年会では本当に素晴らしい時を共にすることができた。
お越しいただきました方に心から感謝である。



お客様、現在、および、今までに共に学んだ受講生が集まり、
再び会えたこと、また、そして1年のことを振り返ったり、
将来を展望したりしながら、楽しく時を過ごすことができた。



またスタッフからは私の創業10周年もお祝いしてもらった。
企画の段階で何度も繰り返し伝えたことではあったがとてもうれしかった。



おもてなしの心というものについて考えさせられた。



・その人の状況を理解する


・何を望み、何に困っているのかを知る


・どんな不安や不満があるのかを知る


・何よりも、どんな気持ちになって欲しいかを明確にする


・できるだけのことをする


・共に時を120%で生きる


・エンタテイメントの準備をする


・何度も繰り返し頭の中でシュミレーションしてみる



ここまでやらないと、本当にお客様を心からもてなすことはできない。
そして、スタッフが一つの目標に向かい、計画を共に実行することができない。



おもてなしこそ、NTCが考える勇気・行動・感動のエンタテイメントであり、
お客様のよろこびとそれを仕掛ける私たちのよろこび、
つまり、協働のよろこびがそこにあるのである。



今日は卒業生の方が来られていて占いをしてもらった。
かなり本格的なものであり、いろいろなことを告げられた。



私の才能は平凡で、だからこそ、人を生かす人なのだそうだ。
裏返せば、自分自身の力は大したことはないかもしれないが、
人を知りそれを導くような力があるということだった。



比較的ネガティブな面を見る傾向が強いが、
もう一人の自分をいつも感じながら、人への指導を行う。
それは、私も両面から見て、常にバランスを取ることが大切だと思う。



妻も自分もお互いにのことについて非常に理解があり、善い人である。
適度な距離感をもっていい関係で生きていくことができる。



そして、お金に不自由はないが、お金はたまらずでていく。
また、69歳で死ぬ。



ふーんと思った。
まあ、占いというのはそんなものでしょう。
これが今の私の運命でなのでしょう。



このまま生きても別にいいし、自分の生きたいように舵を切ってもいい。
要するに運命は変えることができるのである。



気になったのは、人生69年というはちょっと短い感じがする。
もう5年くらい、世界の水面に釣り糸を垂れるというロマンを感じてから死にたい。
そのためには、少し体調管理に気を付けたい。



今のビジネスで、自分自身のリーダーシップを輝かせ、
人生の主人公、つまり、ヒーローになる、生きるよろこびの渦を創りたい。



今日も自分を承認する。
私の才能は平凡かもしれないし、ガラクタみたいなもんだけど、
その思想は零細企業最高のものにしてみせると心に決めたね。
と言ってみた。



絶対に負けるもんか。
と返ってきた。



運命は変えることができると、声高らかに叫んで言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1121号:悲しみを強さに変えて

今日は朝からキャリコン3件の後、美人実習生と2人で経営相談会で、
相談3件、その後、小売店指導1件、経営相談1件という一日だった。



相談会の途中は弱冠の時間的な余裕はあったが、
相変わらず、タイトで綱渡りのような感じだった。



その時その時で精一杯自分が感じていることを伝えた。
一つ一つは伝わったような感じがした。



何故伝わったのか。



・相手の想いをしっかりと受け止めていたから


・自分が相手に善くなってほしいという思いごと伝えたから


・相手の状態に合わせて伝えたから



私が相手の成功に純粋であればあるほど伝わるのだと思った。



しかし、残念ながら伝わっていない瞬間もあった。
その時は、私に甘えや疲れがあるときである。



またも、思いっきり反省しなければならない。
そのことが悪いことであると、自分の心の底までしみこませないといけない。



この後、稲盛塾長のように思いっきり「ごめんなさい」と叫びたい。
それが自分のものになるまで徹底的にしたい。



そういうと、「さすがにいつもは無理だよ」とか、
「話の内容や状態によるよ」と言い訳する自分が出てくる。



これが諸悪の根源なのである。
本当の理想は違うのだから、そう思えるまで繰り返すのである。



理想的な自分になるという、私の魂を燃えたぎらせるのである。
背中が誇れる自分、生きざまに自信が持てる自分になるのである。



一心不乱にそこを目指すのである。



そして、夜には自分の厳しさと優しさ、利他と利己の狭間で揺れる自分と出会った。
優しさと甘えることは異なるという自分の信念というか考え方がある。
でも自分が同じ立場であったら、間違いなく自分の考え通りに行動するだろう。



自分の考え通りに行動する。



そして、その結果の中からしっかり学習することしか、人の成長はないのだと思う。
自分の気持ちをその人以上に味わうように努力するしかないのである。



今日も自分を承認する。
仕事というものに懸命に向き合っているね。
と言ってみた。



スタッフの泣いたり笑ったりしている姿が浮かんでくるね。
と返ってきた。



よろこびも、苦しみも悲しみも強さに変えていける自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1120号:心を研ぎ澄まし生き切る

今日は朝から県北に職業訓練、そして、柳川で監査、
お通夜、中国古典研究会という一日だった。



昨日の飲み会の疲れやもろもろの仕事、更にはお通夜などがあり、
仕事が思うようにはかどらない。



心と体がなんとなくいつもと少し違う感じがした。
生きているという実感というより、生きていることが不思議なような感覚だ。



別にふわふわした感じでもなく、とか言ってどんよりした感じでもない。
疲れてはいるものの、少し研ぎ澄まされたような感覚がある。



研ぎ澄まされた感覚を味わってみる。
関係している人々の想いと、自分自身のその人を思う高潔な気持ちを感じる。



そして、純粋にまっすぐに気持ちを使う感じである。
そうすれば、きっと素晴らしい人生にしていくことができる。



人間というものは実に弱いし、脆い存在である。
だからこそ、1日単位の区切りで理想にまっすぐに向かう。



一日くらいなら、こんな私でも続けることができるだろう。



相手の想いを思いっきり味わう。


相手に120%で関わる。


そして、自分のど真ん中にあるものを感じ続ける。



できるかなーと心配になる。



でも、今日教えていただいたことを、目一杯感じて生き切りたい。
それが、今の私に最も必要なことだと思った。



今日も自分を承認する。
人の思いを無駄にしないと心に誓ったね。
と言ってみた。



どんな時でも、力いっぱい生きたいんだね、
と返ってきた。



いつ死んでも後悔しないくらい、生き切っている自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1119号:生きているという魂の叫び☆☆

今日は朝起きて選挙に行き、その後、日本コーチ協会岡山チャプターの
役員会、コーチング学習会、忘年会という一日だった。



日曜日なのに、なんだかとても重みがあって、ずっしりとした一日だった。



というのは、岡山チャプターのコーチング学習会基本のリーダーを務めたし、
その後も週の初めから忘年会に参加したからである。



役員になった初仕事だったため、緊張もしたし、やり方もわからないしで、
始まる前のプレッシャーも大きかった。
それにコーチのキャリアも長い人が多かったからもある。



そういう中で、セミナーのゴール設定をすることからスタートした。
自分自身のエネルギーを感じ、熱く語り、手放し感のあるリードをする
というゴールが見えてきた。



そのためには、自分のエネルギーを高めていく必要があるし、
仲間を信じるということも大切だということが分かった。



デモセッションと解説、そして、リソースゴシップが印象に残った。
クライアントの方の自己宣言も力強かったし、デモセッションに対する
フィードバックももらえてとてもうれしかった。



そして、残念なことがあった。
当社のスタッフの家族の訃報が入った。



それは、悲しいことだろう。



それは、つらいことだろう。



でも、それは必ず起こることだし、生きていると仕方のないことだろう。



しかし、自分がこの世に生を受けた根源という存在であり、
そして、この年まで大きく育んでくれた人である。



私は、故人の冥福をお祈りすると同時に、
スタッフがこの上ない大きな気付きを得てほしいと思った。



故人が死をもって伝えようとしていることを受け取るのである。
確かに故人の脇に居続けることも非常に良いが、
私は実は葬儀の時間以外は働いてみてほしかった。



死を考えるということは、生きるということを考えることでもあるからである。
どう生きるか、そこに向き合い続けることが人間の宿命なのである。



働かなくても構わない。
父親という存在が、子供にしてあげられることは切断と自立を教えることである。



「いつまでも甘えているんじゃない、
一人で強く生き、この世の中のためになる人になれ」と伝えることこそ、
父親の役割なのである。



更に夜中遅くまで仕事の引継ぎに付き合ってくれた仲間がいる。
そして、「私は経営コンサルタントになりたい」と言ってくれた。



その理想を実現するために私がどこまで本気で向き合い続けられるか、
そして、一緒に生き続けられるか、その結果のすべてを私が引き受けたいと思った。



今日も自分を承認する。
本当に人と深くつながり、人が生きる意味を考え伝えられたね。
と言ってみた。



生きているね。
と返ってきた。



「生きている」というこの魂の叫び胸いっぱいに感じる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1118号:かっこ悪い自分

今日は午前中は仕事、午後はPMPセミナーを受講した。
夜は気が付いたら眠ってしまっていた。



かっこ悪い自分と出会い続けた1週間だった。
かっこいい自分でい続けたいと思ってスタートしたはずなのに、
本当にかっこ悪い。



かっこ悪いのがかっこいいみたいな価値観を私は持っているが、
今回の場合は、本当に心の底からかっこ悪い。



毎日反省したり、想いを感じたりするのだが、
その効果も虚しく、とにかくかっこ悪い。



今まで築いてきたものや、積み上げてきたものが吹き飛ばされるがごとく、
自分自身が木端微塵になるようである。



それは、すべて自分の不徳の致すところである。
この世から消え去りたいくらい、情けないものである。



人のせいにしたくなる。
でもそこには自分で乗り越えられない自分がいる。



あきらめをなくし、生きるよろこびの渦を創る。
そのために、自分の心を捨てるしかないという結論しか出てこない。



ここを越えていくにはどうしたらいいのだろう。
私がここを越えなければ、私の身の回りにいる人は報われないだろう。



越えられなければ、何もない安楽な世界に行きたい。



ひょっとしたら、それが超えるということなのかもしれない。



今日も自分を承認する。
かっこ悪い自分と向き合い続けることができたね。
と言ってみた。



そろそろやめたら?
と返ってきた。



この世の中に愛とよろこびの渦を生み出すことのできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1117号:心を汚すな

今日は午前中研修の後、以前の研修のフォロー、トラブル処理、
スタッフとのコミュニケーション、夜は83年異業種交流プラザの忘年会だった。



心を汚してはいけないと思った。



美しい心でいるということは、自分で選択できる。
色々な方法で、自分で美しい心を選ぶのである。



例えば・・・。



・基本的に好きでない仕事であればやめればよい(もちろん、迷惑をかけずに)


・どうしても好きでない人であれば、一緒に居なければいい


・何かを選択した以上は、自分の心をコントロールして、誠実に、まっすぐ、
相手のことを理解したり、伝えたりする


・前向きな他人の良いところを受け入れたり、自分も同様であったりする


・他人の悪いところを見ても、相手の気持ちを察し、自己管理する
耐えられるのであれば、他人を参考に自分自身を変えていく



要するに好きでもない仕事をしたり、好きでもない人と一緒に居たりと、
普通にしているだけで心が汚れる。



ネガティブな考えや面が出てきて、それだけで心が荒れ果てた大地になる。
そうならないように、愛情をもって人と向き合う。



相手に少しでも良くなってもらえるように、精一杯向き合う。
それがいつでもできる自分でありたいと思った。



ある社長からいろいろと教えてもらった。



一つ目は、従業員の甘さに対してどうしたらよいかということだった。



私は経営者をしながらコンサルティング、研修講師、職業訓練をしているが、
あまりに多岐にわたり時間がきつくなり、自分の行動の甘さが出てしまう。



要するに自分ができていないことがあると、
スタッフに対して思ったことの半分くらいしか伝えられないのである。



経営者の持つ仕事を部下に渡すということも考えられるが、
コンサルティングや研修の仕事、責任のある経営管理は任せられない。
必ず確認や承認をしなければならない。



だから、私にもできていないことはあるが、生きるということ、働くということ、
自分の価値観やそれへの向き合い方などを一緒に学ぶ。
それがNTCのやり方である。



経営者に専念できるのであれば、理解して言いたいことを伝えればよいが、
プレイング経営者なので、スタッフとの向き合い方を私なりの方法にしたい。



それから、来年の昇給に向けて、そして、さらなるレベルアップのために、
評価項目を明確にして、自己申告制度を導入しようと思う。



一律、給料のアップを考えていたが、不平等になるかもしれないし、
成果だけで評価する気がないから、私の理想的な社員像を提示したい。



そして、役割や期待する行動を明確にしたい。
そうすれば、きっとレベルアップにつながると思う。



今日も自分を承認する。
めんたーの経営者の言葉に素直に耳を傾けることができたね。
と言ってみた。



人生の師匠に対する尊敬と敬意を忘れなかったね。
と返ってきた。



人の人生を心から尊敬と祝福できる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1116号:どんな時でも共に生きる

今日は早朝県北からいったん自宅に戻り、風呂に入ってから出発した。
キャリコン7件、職業訓練の職業人講話のコーディネータをし、
それから、YEGの委員会、送別会に参加した。



とにかく、つらい一日だった。



自分との闘いのような一日だった。
そういう中で、職業人講話をお願いした2人は本当に素晴らしい話を頂いた。



特にH君は研修講師としてデビューしたばかりであり、
講演についてはほとんど経験がないような状況であったが、
見事に準備して非常に素晴らしい結果であった。



テーマとゴールも非常によかったし、そこに向かうシナリオも十分だった。
デリバリーのスキルも、結論→理由が徹底されていた。

更にという点で言うと、かっこつけずにもっと本音感が強くなるとよいと思った。



しかし、研修のノリで相手をコントロールしようとしていなかったし、
それから、自分自身を語っていたのが特によかった。
私の個人的な趣味なのだが、講演とセミナーが混ざるのはダメなのである。



それから、若手経営者・後継者の忘年会、兼、送別会があった。
送別会の色彩が強かったが、本人にとっては非常に良い場であったようだが、
私にとっては不可解というか、違和感に感じる場面が多かった。



いわゆる体育会ノリである。
まあそれも悪くないのだが、送られる方のいじくられ方や、
それぞれの人の自己表現が今一つピンとこない。



その中でも静かだけど本当にきらっと輝くような人格者がいたり、
バカなことをやったり、厳しく当たっていながら本当の優しさがあったりした。



ただただ、自分の我を張るだけの人や、私のような無関心な人は良くない。
我を張るというのは自分の望む状態を押し付ける人だ。



色々な我の張り方がある。
強引な人もいれば、陽気な人もいる、私のように静かな人もいる。
会社組織ではないので、無理強いしなければ何も問題はないが・・・。



私は別に無関心というわけではないが、この場は苦手だと感じる。
望んでもいない方向に無理やりついていかなければならなくなるからだ。



孔子も言っている。
顔色だけ作って、相手にこびへつらうのは良くないと・・・。
善きことは善きこと、駄目なものはダメ、それを自然に体現できる私でいたい。



心配するべくは自分の感情に振り回され自己中になっていないかである。
自己管理できていない自分がいるのであれば、厳しく見ていきたい。



今の私のニーズは経営者としての自分になることであるからである。
本当に美しくて強くたくましい心を持ち、行いができたら死んでもよい。



今の私では物足りないのである。
そのためには自分の心を落ち着かせる時間を取り、欲張らず忙しさを緩め、
そして、自分のど真ん中の物をいつも感じて生きなければならない。



そうすればきっと私ならできる。



次に何をするのかという大きなテーマが決まったように感じた。



今日も自分を承認する。
多くの人と共にいるという選択をしたね。
と言ってみた。



でも、心は離れていたね。
と返ってきた。



どんな時でも共に生きるという実感を感じ続ける自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1115号:前向きな人と向き合う

今日は朝から県北で職業訓練、そして、夜は忘年会、
そして、スタッフの家に泊まらせてもらい、早朝自宅に一旦帰った。



とにかく時間がない。



そして、いくつかの失敗や失敬が起ってしまった。
またもである。



本当に私の周りにいる大切な人を尊重できているのだろうか。



車の中で大声で「ごめんなさい」と叫んでみた。



むくむくと言い訳や自分の都合の良い言葉が出てくる。
「ごめんなさい」という言葉が自分のものになっていないのである。



もう一度「ごめんなさい」と思いっきり叫んでみる。
言い訳は出てこないが、心の中でそれを味わっていないと感じる。



何度も何度も「ごめんなさい」と叫んでみる。



そうすると、「許してください」と泣きながら伝える自分が見えてきた。
人には許してくださいと都合がいいことを言うくせに自分は変わっていない。



そうしていると、ふと「まあそれほどのことでもないか」という言葉も出る。
これは、相手へのディスカウントである。



本当に相手の悲しい、つらい想いや迷惑を味わうとそんな言葉はありえない。
自分のものになるまで、「ごめんなさい」と叫び続けた。



この世の中は、人の想いを大切にして、それに応えることが大切である。



ごめんなさいというのは、どちらかというとマイナスを避けるイメージである。
もっともっと思いやりというレベルにしていきたい。



でも、社内には思いやりではなく、迎合的な空気が強いような気がした。



今日も自分を承認する。
相手の気持ちを心の底から味わうことができたね。
と言ってみた。



相手の前向きな想いを大切にするということだね。
と返ってきた。



前向きに自分の理想に向かう人に120%で向き合う自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1114号:謝り自分を律する☆

今日は朝起きて経営相談1件、営業3件、問屋町に戻り、
その後、経営相談2件、そして、吉備信用金庫「論語とそろばん塾」
夜はコーチングセミナーの打合せだった。



今日はずっと怒りのようなものを持ち続けてしまった。



その怒りは胸のど真ん中に合って、痛みのようなものになり、
胸の中で爆発しそうな感覚がある。



それは私が大切にしていることや、人に対する期待感等が、
自己中や弱さで蹴飛ばされているような感じでもある。



それを味わっていると、だんだんくだらない気持ちになってくる。



昨日話したような、かっこいい自分を取り戻したいと心から願った。



突き放す。



そのことをくよくよ考えたり、細かく手取り足取りするのは私はNOである。
だからこそ、決定したらきっぱりとした態度をとる。



そして、相手に責任を持たせる。
目の前の人や、組織内の人に対する責任である。



その責任が感じられていないと、本当に心の底から「ごめんなさい」と思えない。
何をしてもらっても当たり前、どんな迷惑をかけても当たり前になってしまう。



どんな些細なことですら、本当にごめんなさいと心から謝罪できる。



誰に謝るのか。



そこが、その人の目的や価値観が現れるところである。
ひょっとしたら、自分や家族を優先する人もいるだろう。



しかし、NTCの理想はすべての人にであるし、
それは、目の前にいる人に対して心から謝罪と感謝の気持ちを持つことが大切だ。



何に謝るのか。



自分がしたことやその影響である。



その人の成長や発展があるかどうかが私にとっては大切なことだ。
より良い人生や働き方に近づけるように私の心がなければならない。



そう考えると、ある場合はそう思えていても、ある場合は腹が立ったり、
相手の愛情のなさや心のなさを感じて失望したような感じがする。



でもそれは、私の力量のなさや尊重されるだけの人でないことが原因だろう。
もっともっと自分の心を美しく、そして、律していかなければならない。



自分は悪くないと捉えるのではなく、少しでも想うところがあれば、
ごめんなさい、と謝って自分のものにする。



そうすれば、自分の行動を美しく、かっこよくすることができる。



今日も自分を承認する。
毎日毎日こうやって自分の心を振り返り、律することができているね。
と言ってみた。



繰り返しているだけにも感じるけど、きっと成長できるよ。
と返ってきた。



自分の感情を味わい、人の感情を味わい、自分を律して言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1113号:かっこよさを発見する

今日は体調不良を押して早朝相談、柳川で打ち合わせ、
その後、問屋町で内勤、夜はコーチング2件という一日だった。



体調が悪いと、思考力も今一つで、こんな時に限って問題が起る。
更に、心の状態もままならないので、全てが上手くコントロールできない。



そうこうしていると、いろいろな不完全燃焼なことが起り、
どんどん首が締まっていくのである。



夜、マイコーチとセッションし、かっこいい自分を見つけるという約束をした。



しかし、体調がすぐれないと、何をやってもかっこ悪く感じる。



そんな中ででもかっこいい自分とはどんな自分なのか。



そう考えても考えても、答えは出てこない。



普段であれば、こうやって考えていること自体がかっこいいと思えるのだが、
ずっと頭に頭痛があり、それどころではない。



私がかっこいいと思えることは、やはり自分の美学というか、
生き様を感じているときだと思った。



別にいいかっこをするとかということではなく、
自分が自分に納得のいく生き方ができているがどうかが重要なのである。



崇高さ、誠実さ、情熱等、様々なキーワードがある。
昔から感じていたことで、最近、明確な言葉になったものもある。



それは、盛和塾とコーチングのおかげである。



最近、崩れてしまいそうなものもある。
それは、頭で理解できるもののコントロールしがたい心の傷である。



皆がそんな素晴らしい言葉と心の傷をもっている。
それを理解できる人であり続けたいと思う。



優しくも厳しくも、成長、成功させる人でありたい。
そう思えるのが私のかっこよさだと思った。



今日も自分を承認する。
苦しい中にもかっこよさを発見することができたね。
と言ってみた。



何がかっこいいのかが、明確になるとできるね。
と返ってきた。



常に人のために善かれと思う心で生きる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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