研修

第1265号:人の心と体を大切にする

今日はテニスに行き、夕方からは仕事、母の日で祖母に会いに行った。
夜は食事をしたら動けなくなってしまい眠ってしまった。



久々のテニスだった。
しかも、4時間もテニスをやって、正直、体が心配になった。



体が重くて思ったように動かないが、体重が増えた分、球には力がある。
思ったよりもちゃんとボールが打てた。



基本的に力80%のフルスイングで打つようにした。
そうすると、ボールの感触が良くなり、感覚がつかめるようになった。



また、周りの人がいいショットが打てた時には声をかけてくれる。
そうすると、また調子に乗って打てるようになる。



こんなところでも、仲間がいてくれることへの感謝の気持ちが出てきた。
本当にありがたいことである。



一夜明けて、若干、頸椎の部分に疲れがたまり痛みになっているのはよくないが、
足、腰についてはしっかりとマッサージをして眠ったので心地よい疲れである。



なぜか、頭が冴えわたっていて、体に力を感じている。
余程、ストレスがたまっていたのだろう。



母代りに私を育ててくれた祖母のところに母の日で会いに行ったのもよかった。
なんと、96歳であるが、酸素吸入器をつけているものの元気である。



その姿を見てうれしくなったし、祖母を大切にしてくれる妻がとても心強かった。
子供たちもそういう環境に育ち、優しさのようなものが育まれていくのだ。



最近、安岡正篤の一日一文のようなものを読んでいるが、
学問では感情を亡くしていくのではなく、喜怒哀楽をしっかりと味わうことが大切だ。



人間は良い感情を求めて生きている。
自分の心が求めている感情が生きられるように、知識を得ていくのである。



また、母というのは書籍に書いているような勉強を教えるのではなく、
生まれた瞬間から子供に向ける笑顔こそが、子供に対する教育なのだろう。



そういった素晴らしい姿をお互いに感じあうことこそが大切なのである。
そうすれば、子供はこの世の中に善い影響を与えられる人になる。



まさに、儒学でいう生き方の学問である。



そんな中、夜、スタッフのところに電話をする約束をしていたが、
眠りこけてしまった。



リーダー失格である。
本当に申し訳なかった。



色々な人の縁の中で生きていて、その中にある機をつかみ、
世のため人のために尽くせる私でありたいと思った。



今日も自分を承認する。
自分の体のメンテナンスをすることができたね。
と言ってみた。



自分だけでなく、周りの人の心と体のメンテナンスもしなさい。
と返ってきた。



どんな時でも、縁ある人の心と体を大切にできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1264号:これしきの事で負けてたまるか

今日は午前は新人現場教育、内勤、午後はISOコンサル、夜は内勤をした。



あまり良くない知らせや、色々と思う事があり、本当につらかった。
もう仕事も会社もやめたいと思うような気分になったりした。



最近、盛和塾の桃太郎の演劇をしていて、妙に桃太郎に共感が湧く。
今日はつらいことが重なったのだが、桃太郎のセリフが胸に響く。



「これしきで、これしきのことで、負けてたまるものか!」



イライラしたり、クヨクヨしたりして、自分の理想から離れていく。
その時は自分を戒めることもろくにできず、感情のままになってしまう。



そして、落ち着いて考えてみると、私は人として正しい道を歩みたい。
誰よりも優しく、強い自分でありたい。



そう思って何とか立ち直ろうとする。
それでも、調子が悪い時はなかなかそういう自分でい続けるのが難しい。



もう勘弁してください。
こんなに心も体も疲れ果てているのです。



と言ってみても、容赦なく良くないことが重なる。
こういう時は、神に願おうが、仏様に手を合わせようが無駄である。



そんな中、クライアントや部下の切実な悩みを聴いた。
そうすると、なぜかむくむくとやる気が高まってくる。



人のために存在している自分がいるし、利他の心のある自分でもある。



そうしていると、これしきの事で負けてたまるものか!!!
と叫びたくなった。



そういえば、最近、心も頭も動きが良くないと感じる。
ちょっと疲れているのだろう。



でも、絶対に私は負けない。
それは、私を支えてくれているスタッフや応援してくれる人がいるからである。



更に、新人から様々な凄い営業情報が入ってくる。
かなり大手の企業であったり、人脈であったりする。



本気で営業に取り組んでいる姿がそこにはある。
だからこそ、私は何があっても負けることなく、ぶつかっていくのである。



そして、もっと智を愛し、ぶつかるだけでなく用意周到にすすめる。
要するに戦略的になるということである。



そして、思いやりと真心で人として正しいことを貫く。
そうすれば、必ず私の魂は純化され、素晴らしいものになるだろう。



私の人生は素晴らしい魂を創るプロセスなのである。



そう考えると、今日イライラしたり、ガミガミしたことは反省すべきである。
しっかりと、「ごめんなさい」という気持ちを大切にしたい。



今日も自分を承認する。
自分の理想と遠い自分から、理想の自分に戻ることができたね。
と言ってみた。



それは、お前の魂が素晴らしいからなんだよ。
と返ってきた。



自分の荒れ果てた心を、人として正しく研鑽し続ける自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1263号:心の中にあるものを真っ直ぐに

今日は朝から経営革新の相談1件、午後は税理士さんとの打ち合わせ、
コンサルティング打ち合わせ、中小企業家同友会、盛和塾桃太郎物語だった。



鶏口なるとも牛後となることなかれと思った。



大きな組織の最後を行くよりも、いくら小さくても先頭を行ったほうが良い。
それを改めて強く感じている。



NTCはそういう意味では私にとって理想的な環境であるのかもしれない。
私についてきてくれるスタッフがいて、かつ、みんな能力がある。



もちろん、ガラクタ集団であるが・・・。
でもそれぞれの個性が輝いている。



もちろん、納得がいかないところもあるが、それは仕方がない。
一つずつ、共に成長していくしかないのだから。



私の性格もあるのだろうが、お尻についていくのは面白くない。
自分の思い通りに振舞えないし、自分の存在の重要感が感じられないからだ。



自分の存在が尊重されないと、自分で自分のことがどうでもよくなる。
そうしていると、無理して他の人を尊重しようとして変な感じになる。



気安い感じがとても良く、かつ、面倒見や熱さが素晴らしい組織があった。
私のような新米、ガラクタ経営者が成長する場としては非常に良いと思う。



先輩達が様々に語ってくれるが、本音で率直な言葉に人間としての魅力を感じる。
いずれにしても、自分らしさを見つけて、それを磨いていくしかない。



「労使の見解」という言葉が出てきた。
奥の深い言葉である。



おそらく、他人に言わせると一致することのないものであり、難しいものだろう。
しかし、稲盛塾長が言っているように、互いに思いあうことができればよい。



要するに、理解し合うということであるし、それが信頼関係となる。
さらに、社内もそうだが、社外に対しても徹底しなければならない。



そういえば、社外の人間関係を広げるという目標を持ったばかりだった。
また自分に甘えている自分がいるように思う。



しっかりと戒めながら、ごめんなさいと謝りながら、理想に向けて進んでいこう。



今日も自分を承認する。
自分の気持ちを味わい、学習できたね。
と言ってみた。



心の中が良くわからなくなった時の発言が引っ掛かっているね。
と返ってきた。



自分の心の中にあるものを真っ直ぐに真心を込めて伝える自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1262号:お前はそんなもんじゃない

今日は朝から内勤し、午前中は研修、午後は研修打ち合わせ、営業1件、
その後、問屋町で内勤、営業1件、柳川にたちより、盛和塾に参加した。



盛和塾では、幼馴染の経営者の経営体験発表があった。
普段は垣間見ない本音の話だった。



また、努力の跡が見られて崇高さに向かう強さを感じた。
私に足りないところがうらやましく感じた。



他の塾生もそのプレゼンテーションの完璧さに舌を巻くような感じだった。



そして、盛和塾岡山・桃太郎物語・セイワードのプレ講演だった。



みんなで手をつなぎ呼吸を合わせて、円陣を組み大きな掛け声をした。
つながり、そして、挑戦の力強さに胸がふるえた。



しかし・・・、今一つ、せりふが覚えられていないのが気になった。
一つずつ確実にものにする強さを持たねばならぬと思った。



時間がない。



なんとか、片付けなければならないことがたくさんある。
でも、時間はもうすぐ午前1時である。



この感動を胸に、一段と努力することを誓って今日はこのあたりにしよう。



今日も自分を承認する。
今の自分の精一杯で生きられたね。
と言ってみた。



お前はそんなもんじゃないよ。
と返ってきた。



未完了を完了させ、自分をもっともっと信じている自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1261号:自分がどのような状態でも

今日は早朝相談は中止となり、問屋町で昼まで内勤、その後、理念型経営コンサル、
一旦問屋町に戻り営業ミーティング、盛和塾の桃太郎の練習だった。



最近の3時間睡眠で脳の調子がおかしい。
誤作動はしないまでも、記憶力やアウトプットの力が極端に落ちている。



桃太郎の演劇だが、前回やったことが思い出せない。
良く祖母や父が言っていたが、昔のことは覚えているが、最近のことは覚えていない。



感覚としては、覚えようとすると脳がかちんかちんになっていて入らない感じである。
出そうとすると、つるつると滑って手につかめないような感覚である。



脳が凝っているような感じである。
ぎゅーっと縮こまっていて、硬直しているようでもある。



私は睡眠時間が足りないと、本当に体も心も脳も弱くなってしまう。
私のウィークポイントなのである。



それは心が弱いということかもしれない、力の抜き方を知らないのかもしれない。
このままいくと、いつかプッツンしてしまいそうな感覚すらある。



一度、すべてのことをなげうって余裕を作ってみようか・・・。
そんなことはできない。



といいつつ、理念型経営コンサルで経営理念やパーソナルビジョンを作っているときは、
だんだん調子が上がってくる。



特に今日はそうだった。
会話を進める中で、相手の大きな主題を感じると、心の中心が熱くなった。



この感覚は私のコアの部分が相手と共振している状態である。
そして、必ずこの人はうまくいくと確信したりする。



というか、行ってほしい。



その胸のうずきを感じていることが好きだし、それが協働のよろこびである。



今日も自分を承認する。
私の心は相手のよろこびを望んでいるね。
と言ってみた。



絶対にそうしてみせる。
と返ってきた。



自分がどのような状態であっても、相手の想いを大切にできる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1260号:燃える心と自身を律する信条

今日は朝から問屋町に資料を取りに行き、テキストを追加作成して研修をした。
その後、先輩経営者2名と面談、そして、異業種交流会30周年打ち合わせだった。



フラストレーションがたまる一日だったが、なんとか無事に終えられた。
昨年もこの時期に、メニエルのようなものにかかったのを思い出した。



去年は業績があまりにも望ましくなくて、その他にも思うようにならず、
あることがきっかけでフラストレーションが募り、次の朝、動けなくなった。



今回も同じくらい思うようにならないことがある。
大声で叫びたくなるくらいである。



しかし、今年は絶対に違う。
なぜならば、高い志と不退転の覚悟があるという点である。



経営者の先輩の話を聴いていると、人を喜ばせること、
地域の経済人としての誇りを持ち、社会に貢献しているところが素晴らしい。



多くの人から愛されて、この世の中のために尽くしている感じがする。
そして、縁と運を大切にしていて他の経営者との深いつながりがある。



これが今私が自分に求めていることであると分かる。
自分の仕事だけでなく、従業員のためだけでなく、人のために生きている。



ある異業種交流会の30周年の企画を依頼され、幹事になってしまった。
正直、自分の会社の経営、クライアントの経営だけでも大変である。



そんな中、仕事にすると数十万円の利益になるようなイベントの企画をする。
しかも、手弁当である。



多くの経営者の方々をまとめて、素晴らしい周年企画を成し遂げたら、
私はどのような人になれるのだろうか。



私が理想とする大きな器で、いつでも自分より人を大切にできる人になれるだろうか。
それが実現できるのであれば、誰よりも苦労したいと思う。



社内のことも大切であるが、素晴らしい経営をするためには必要なことだと思う。



リーダーが苦しんだ分だけ、スタッフのよろこびがある。



まさに今日お会いした先輩方は、静かに苦労を口にせず、全身で語っている。
そこにいるだけで、その生き様からにじみ出てくるような強さがある。



その強さを身にまとっているからこそ、人の心を動かし揺さぶるのである。
口先三寸で生きている私とは大きな違いである。



どんな時でも笑顔で人のための存在であり続ける。
それが、今日の私の学びである。



今日も自分を承認する。
私の理想は大きな心と深い懐をもつ男になることなんだね。
と言ってみた。



それを無言で語ってくれる素晴らしい先輩との縁を大切にしなさい。
と返ってきた。



何があっても崇高に燃える心と自身を律する信条をもつ自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1259号:哲学を自分のものにする

今日は朝から税理士さんとの打ち合わせ、その後、ISOコンサルだった。



こういう言い方をすると失礼になるのだが、GWのリハビリの一日だった。
というのが、早朝から事務所に入ったが体や頭、お腹の感覚がどうもおかしい。



研ぎ澄まされていなくて、心にも頭にも、おなかにも贅肉がついて動かない。
色々なところが気になって、キレが良くない。



もちろん明日から、いや今日もそうなのだが、トップギアに入れなければならない。
そのために、事務所を出る前に論語を読んでスイッチを入れた。



知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず。



たまたま、ぱっと開いたページに君子の条件ともいえる言葉が書いてあった。
丁度、倉敷商工会議所の会報記事を書かなければならなかったので、これを使った。



私はどうなのだろうか。



40歳にして惑わずということだが、迷ってばかりである。



人間愛、つまり、思いやりや真心が大切と言いながら、不徳であり、
常に仕事でもプライベートでも心配なことが多い。



勇者は恐れずということだが、人として正しいことにまっすぐに向かえず、
怖れるというよりは、自信がなくて前に進めないことがある。



私は君子どころか、小人そのものである。
誠に情けない限りである。



GW中はこんな私を少しでも改善したいという想いで、
結局、哲学に関する本をずっと読んでいたような気がする。



結論としては、学んだことを実行してみて自分の血肉に変えていくこと、
そして、学んだことを活かしながら、自分の哲学を明確にすることが大切だ。



それは一部分ではなく、人生全体に関するものにしなければならないし、
この世の中の森羅万象を見通せるようなものにしなければならない。



私は悟りを開けるような人間ではないが、一凡人として私なりに確立したい。
それは、きっと経営に関連するものであろうし、人として正しいことであろう。



そうすれば、私の理念型経営に関する考え方も一貫性があり、
それに関連する人の心を打ち、有効性の高いものになっていることだろう。



今日も自分を承認する。
私の成長こそが、会社も世の中も善くすると信じているね。
と言ってみた。



それを信じて精進しなさい。
と返ってきた。



何があっても理想の自分に向かい続ける自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1258号:精一杯かかわり合う

今日はゴールデンウィーク最終日と決めて釣りに出かけた。
夜も子供たちの相手をしていたので、仕事ができなかった。



ブログを書きながら、片付けなければならないことがたくさんあるのに気が付く。
明日こそは少しでも片づけて、GW明けのスタートダッシュを気持ちよく決めたい。



というわけで焦る気持ちもあったが、心の疲れを取ることはできず、
もう一日だけ、思いっきり楽しむことにした。



というわけで釣りに出かけたのだが、全く釣れない。
久しぶりに、“ボウズ”という結果に終わった。



その後、子供たちが寿司を食べたいというので、カッパずしに行き帰った。
帰ってからはテントと散らかった部屋を片付けた。



夜は封印しているWiiがしたいというので、カービィをした。
やってみるとそれはそれで楽しいし、子供たちの笑顔を見るのがうれしい。



共に戦っている感じが良いし、子供の性格がよくわかる。
子供たちは3人兄弟であるし、友達も多いし、遊び方を良く知っている。



とても楽しそうに遊んでいるし、時折、強いリーダーシップを発揮する。
私はゲームには詳しくないので、ほとんど言いなりになる。



フォロワーになるのが、少々つまらないとも感じるが、
相手はプロのようなものなので、おとなしく従うが、指示通りには動けない。



上手くいかなくても、「アホじゃなー」くらいで終わるので、
気楽であるし、適度な緊張感もある。



この感覚を大きくなって人に与えられるような大人になってくれたらと思った。
弟は兄のしもべになりがちであるが、時々主役になりたい様子である。



主導権争いが起る。
弟は食って掛かるが、兄は怒りはするものの寛容である。



まあいいわ、と言って責め立てたりはしない。
そうしていると、弟も自然に身を引いている。



こんな仲の良い兄弟でいてくれたらと思う。



それにしても、2人は私の子供ではないような気がする。



良くできている。



妻の教育の結果かもしれないし、稲盛塾長が言っている輪廻転生の結果かもしれない。
その姿はまぶしいばかりで、他の素晴らしい人の生まれ変わりに感じる。



息子たちの素晴らしさに触れた時間だった。
こんなこどもの日を迎えられたことに感謝したい



また、今日も仏壇に手を合わせた。
爺さんが買った鐘の音が、シンギングリンのように脳と心にしみわたった。



今日も自分を承認する。
子供たちと共に時間を過ごすことができたね。
と言ってみた。



そういえば、以前よりも関わりが濃密になったね。
と返ってきた。



目の前にいる人と共に、精一杯かかわりあえる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1257号:人格に悔いのない自分

今日はとにかく読書をし、午後からは歩いて倉敷に行った。



読書は、安岡正篤と山田方谷、そして、稲盛塾長だった。
懸命に理解しようとするが、印象だけであり言葉までは記憶に残らない。



必ず、直ぐにもう一度読もうと心に誓った。
今度読むときは、言葉リストをPCで作ろうと思った。



歩いて倉敷に行ったが、東町から本町筋、それから阿智のあたりを散策した。
アリオ倉敷ができてから、南側にも少しずつ元気が返ってきつつある。



しかし、あることが契機となり、なんとなくもろ手を上げて喜べない自分がいる。
いい感じで倉敷の中心市街地の復活が進むが、私が取り残された感がある。



地元倉敷を誇りに思い、倉敷の再生に協力したいと願ってやまないが、
ある一握りの人がクローズドな組織を作っているように感じている。



全く関係なければよいが、わずかに関係があることもなんとなく乗らない。
自分の前向きな気持ちが成就しないことが嫌なのだと思う。



だから、シンプルに家族で楽しむことに集中した。
特に、はしまやや林源十郎商店は素晴らしいと思った。



大勢の人のコラボレーションした姿が見えてきた。
一部、利己的な心のようなものが感じられたが、気持ちを取り戻しながら見た。



つくづく、自分の力で出来ることをしたいし、自分自身に対する重要感や尊敬、
それから、他者に対する影響力が欲しいと思っているのがわかった。



最後にこんなことを想いながら、稲盛塾長の本を読んだ。
全宇宙に存在する全てのものに不必要なものなどないということである。



この私もそうだし、目の前にある石ころや雑草に至るもの全てがそうである。
これはエネルギー不変の法則を見ても正しいということがわかる。



だからこそ、人を活かすということは非常に素晴らしいことである。
そのことで、この世の中に存在するものが、善いものに返還されていくのである。



私たちは、この世の中に存在している以上は、善いものに返還する仕事をして、
少しでも多くの幸福を生み出す役割を担っていると思った。



この力を少しでも高めたい。
厄年は開けたものの、早くも歳は43歳である。



もうそんなに残された時間はない。
納得のいく人生になるように、精進したい。



今日も自分を承認する。
生きている時間を世のため人のために燃やし尽くしたいと願っているね。
と言ってみた。



もう先が短いということに真実味が出てきたね。
と返ってきた。



私の人格はここまで高めることtができたといって死ねる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1256号:好意とギフトをもつ

今日は朝から庭にテントを張り、午後は盛和塾演劇部の稽古、
夜は庭でBBQという一日だった。



朝は本当に疲れていたらしく、全く起きることができず、気が付くと8時過ぎだった。
とても深い眠りであり、朝起きた時に頭がすっきりしすぎたように感じた。



休みとはいっても、仕事のことを想像すると山のようになっており、
休んでよいのだろうかと少々心配にもなった。



一方で、子供たちは楽しみにしているし、演劇部についても責任がある。
なので、腹をくくって一日なんとか頑張ることにした。



そうすると、子供たちも喜んでいたし、演劇部でも無事に役を果たせた。
みんなのよろこんでいる顔や、真剣な顔に心が動いた。



一方で、自分自身の理想の姿とは少し遠い感覚が残っている。
そこには自分の心の壁があったり、直情的で利己的なものがあったりしている。



この2つの要素は何か関係しているようでもあり、
その関係のつなぎ目というか、核の様な部分に私の大きな問題点がある。



自尊心を守ろうとしているのか、それを放棄しているというか・・・、
別に勝ち負けというわけではないが、どちらかの極端に振れているようである。



ちょうど中間の部分、アサーティブな部分がありそうでなさそうな感じである。
こう書きながら、その通りだと感じている。



上下、勝ち負け、優劣などなく、いつもフラットでオープンでいたいと思った。
自然であるがままの自分とはどのような自分か見つめてみたい。



今日も自分を承認する。
みんなのために頑張っていたね。
と言ってみた。



なんだか少し中途半端だね。
と返ってきた。



いつでも共に時を過ごす人への好意とギフトをもっている自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1255号:仲間の強さと大きさを信じる

今日は朝から県北に職業訓練校の開講式と就職対策の授業、
そして、月例ミーティングという一日だった。



熱意が集まった。



本当に今、NTCで起こっていることはすごいと思う。



何がすごいか・・・。



言葉にならない。



成果としては、想像を超えるくらいの情報や知恵、能力が蓄積されている。



まさに、理念型経営に基づく、その実現に向けたナレッジの蓄積である。
ナレッジマネジメントと組織学習、組織改革が起っているようにも感じる。



新人が入り、またその新人が理想や希望をもって取り組むことで組織は動く。
今迄が悪かったわけではないが、更に活性化している。



あまり良い話ではないが、不活性や自己中な人が来ても活性しない。
とくに、自己中はいけない。



そこへの批判が集中し、言葉が沈滞してしまうのである。
それに対して、新人のフレッシュで前向きな言葉は、みんなを煽る。



更に新人は素直で誰からでも学ぶ力がある。
その姿勢は組織内に明るさをもたらし、チームとしての効力感を生み出す。



NTCはキャリア形成塾を開いているが、現代版閑谷学校のようにしたい。
全ての人に学ぶという喜びを伝えたい。



某社が、スタープレーヤーを並べて講演会を実施しているが、
私は、一緒に泣いたり笑ったりしてきた仲間と素晴らしい教育機関を作りたい。



神様が憐れに思うほど世のため人のために尽くしている仲間たちと、
一緒に素晴らしい時を作りたい。



そのために、私はもっと学び続け、もっと素晴らしい思想と考え方を身につける。
また、その考え方に基づいて実際に行動し、智慧を生み出さなければならない。



そうすれば、たとえ今は私たちがガラクタ集団であっても、
ガラクタの強みが生かされた、本質を追求し、行動に裏打ちされた強さを持てる。



ハイソや金持ちにはわからない、心が求めるものをみたし、
出来ないをできるに変えることが可能になるのである。



今日も自分を承認する。
仲間たちに誇りと自信を感じることができたね。
と言ってみた。



仲間の強さや大きさを信じること、そして、理解することが大切だね。
と返ってきた。



理念の実現に向けて、一人ひとりのエネルギーを高められる自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1254号:熱意と思いやりを集める

今日は午前中研修の後、問屋町で経営支援の打ち合わせ、
その後、営業プロセス会議という一日だった。



今日はABC活動を実感した一日だった。
営業プロセス会議では、管理職研修の3C分析とプレゼンのシナリオを検討した。



自由闊達に意見が出て、メンバーの持っている情報が共有された。
まさに、当社が提唱するアクティブラーニングである。



企業の経営課題の解決をしながら、学びを深めていく。
事業戦略の考え方やロジカルシンキングのミーシーやイシューについて伝える。



単なるミーティングというのではなくて、思考プロセスに対する理解や、
仮説と検証についての実践的な学びを深めることができた。



更にいうと、企画を立てながらも営業活動を展開しているが、
仮説をもって営業活動をしているため、企業のニーズがアンテナに引っかかってくる。



中小企業の教育に関するニーズとして、情報に基づく仮説の通りであり、
何から手をつけたらよいかわからないという問題がでてきた。



他にも営業活動をしながら感じているニーズがたくさん出てきた。
後は、営業、提案、実施等のサービス提供プロセスをいかに鍛えられるかが大切だ。



課題を明確にして社内外の研修を受ける、あるいは、
自社の経営、マネジメント、マーケティングなど、常に学び続けるのである。



そして、社内の方針やルールに基づいて動いてみて、更に知恵に昇華させる。
更にその知恵を共有することで、活用できるナレッジやスキルにするのである。



こうすれば、組織は最高のパフォーマンスを生み出す力を持つことが可能になる。
そして、まさにこれこそが協働のよろこびである。



本当にうれしい。
最高のスタッフに拍手を贈りたい。



今日も自分を承認する。
最高の仲間と、最高の時間を共有することができているね。
と言ってみた。



まさに、知ったことを行いに変え、人が環境を生み出していたね。
と返ってきた。



一人ひとりの熱意と思いやりを集めて成功に導く自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。




第1253号:わき目もふらず歩む

今日は朝から問屋町で内勤の後、職業訓練の開講式、
そして、ガイダンスという一日だった。



一日、仕事をしていて思うところがあった。
色々なことが起り、いろいろな想いが浮かんでは消えていった。



最後に残った言葉は・・・。



この一言である。



絶対に負けるもんか。



たとえ、何があっても今の仲間は自分の手で守る。
何が何でも、矢が降ろうと何が降ろうと、負けないのだ。



稲盛塾長にささげる桃太郎の劇のモモタの言葉が浮かんだ。





その思いは誰にも負けぬか?


  負けぬ!負けはせぬ!この世を救いたいと思う気持ちは!


鬼にも負けぬか?


  負けぬ! いくら力でねじ伏せようとも、心が折れぬ限りは負けはせぬ!


ならばその、己の弱い心にも負けぬか?


  私の心・・・??


他人に打ち勝つのではない。


困難に負けるのではない。


真に負けてはならぬのは・・・。


  自分自身だ。




何があっても、スタッフの生活と笑顔を守る。
何があっても、受講生の学びの場を作り、必ず理想の人生をつくる。



私が負けてはならないのは、自分自身以外の何物でもない。
会社が倒産してしまってはどうしようもないが、スタッフが守れないと意味がない。



私の身のすべてをかけて守る。
絶対にやって見せる。



不可能などという字はないし、後ろに引き下がることなどもうないのである。



後は、ついてきてくれるみんなを信じて、誰にも負けない努力をするのである。



桃太郎の演劇に軽く手を挙げたが、私にとってこの劇に出ることは意味がある。
この言葉、そして、この心、すべてが私の心のままなのである。



そして、どこでも一緒に力いっぱい歩んでくれる仲間がいる。
その恩に報いるのが私の使命なのだ。



さあ、かかってこい。



今日も自分を承認する。
絶対に守ると心に誓うことができたね。
と言ってみた。



それが、お前の生きる道なんだよ。
と返ってきた。



自分の生きる道を、わき目もふらずただひたすらに歩む自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1252号:少年のように自然を愛す

今日は朝から卒業生の初出店ということ県北に家族で出かけた。
アースデイいうイベント、松田牧場によって家に帰った。



今日こそは仕事をしようと心に決めていたのに、
ついつい生徒さんの様子も気になり、家族で出かけてしまった。



もちろん出ている間は、目いっぱい楽しむことに心に決めて出かけた。
子供たちの件かなども含めていろいろなことがあったがとても楽しく過ごせた。



ナチュラル系のイベントであり、作務衣のようなものや頬被りをして、
独特のファッションをした人たちの集まりだった。



普通の家族連れの方もいるし、そのようなヒッピー系のような服の人もいる。
いづれにしてもみんな生き生きとした瞳を輝かせていた。



それは街中や会社は見られないような、のびのび、キラキラしたエネルギーだった。
このエネルギー感はなんなのだろうか。



弾き語りのイベントもあったが、自分の生まれてきた意味を問うようなものや、
生まれてきたことに対する感謝があふれる曲だった。



聴いていると心が洗われて動かされて、涙が押し上げてくる。
私の生がどこからきて、今どこにいて、これからどこに向かっていくのか。



ふとネイチャーゲームの中で聴いたナチュラリストたちの言葉を思い出す。
私たちは自然の一部であり、自然と共生している。



私たちは、間違いなく1本の草であり、1本の木なのである。
それと何一つたがわない存在なのである。



そう思って草花を見ていると、みんながほほ笑んでいたり、
時によろこんだり、ざわめいたり、いろいろなメッセージがあったりする。



それは、ただただ、まっすぐに懸命に生きている姿に見える。
私は周りの懸命に生きている仲間を見て、いつでも微笑んでいたい。



そうすると、自然と調和が生まれるのである。
その姿はきっと美しいはずである。



生徒さんたちのブースも素晴らしかった。
バスソルトとフルーツのパンナコッタ、メロンのスープ、自家製ジンジャーエールだった。



パンナコッタをいただいたが非常に美味だった。
バスソルトも1週間後から使えるとのこと、楽しみである。



仲間とこうやって共に生きるということ、本当にうれしく思った。
私も自然体で生きよう。



今日も自分を承認する。
自然や環境と調和できる自分を発見することができたね。
と言ってみた。



もともとのあなたはきっとそういう人だね。
と返ってきた。



少年のように自然を愛し、すべてのものを仲間として楽しむ自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1251号:世界が平和でありますように

今日は朝起きてからテニスをして、後はゆっくりと仕事をした。



ゴールデンウィークであるが、特にどこに行くわけでもなく、
体を作ったり休めたり、仕事を片付けたり、結局普段と同じである。



家族のほうも同じ状況であり、特に変わった様子もない。
恒例のおうちキャンプをやりたいということで、テントを後半に張る予定だ。



それよりは職業訓練のテキストを修正したり、IEのテキストを作ったり、
コーチングの資料をまとめたりしなければならない。



こう書いていくと、むしろ安岡正篤や山田方谷、稲盛塾長の本と語らいたい。
それから、先日やった瞑想のことを思い出した。



今年の個人目標の中に落ち着ける場所を探すというのがあり、
そのための活動はしているのだが、今日は仏壇の前に行って手を合わせてみた。



祖父が死ぬ間際に買った鐘が本当に心地よい音がした。
シンギングリンのサンプルセッションに似ている。



脳天に突き抜けるように鳴り響き、静かに消えていく。
アルファ波が出ているように体中の力が抜けて瞑想状態に入る。



自分の中にあったイライラしたり、トゲトゲしたモノが剥がれ落ちていき、
色々な人の笑ったり泣いたり、怒ったりしている顔が見えてきた。



それをとても微笑ましい気持で眺めている。
言葉にするとしたら、うれしいね、一緒に生きているね、という感じだろうか。



本気で生きていて、共に生きるよろこびの渦の中にいたい。
それが私の願いである。



今日も自分を承認する。
自分の心の願いに触れることができたね。
といってみた。



心の中の仏様だね。
と返ってきた。



世界が平和でありますようにと心の底でいつも感じている自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。


第1250号:縁を心から大切にする

今日は午前は新人の研修の現場指導、午後はある集会への参加、
その後、83プラザ30周年記念事業の打ち合わせ、
最後は、盛和塾の桃太郎の演劇練習だった。



休みに他の仕事をしようと考えていたが、結局びっちりだった。
来週の月曜日にも仕事があるので、ほとんど余裕がない。



今日はうれしいことがあった。
一緒にある仕事に取り組もうと声をかけてもらったのである。



私はその人のことが本当に好きなのだが、素直で笑顔が素敵である。
だから余計にうれしい。



それも、今日の午後の集会は自分のことを落ち着かせるものであり、
ここに通うと知らず知らずのうちに仕事を呼び込むというものだった。



私はその人のことはずっと好きだったので、集会への参加が理由とは思わない。
しかし、タイミングは一致しているとしか言いようがない。



そんなことより、声をかけてくれた方の想いを実現したい。
私の心はその一点にある。



私はその人のためにどこまで何ができるのか。
そして、私ではなく、間違いなく相手のために何かをしてあげたいと思っている。



以前の当社のキャッチフレーズに、愛とよろこびを提供するとあったが、
気持ちとしてはまさにその状態である。



相手のためにしたいと思うということが、愛ということである。



今日も自分を承認する。
相手が作ってくれた縁を心から大切にしたいと思っているね。
と言ってみた。



もっと自分から縁を作ってみたら?
と返ってきた。



いつでもどこでも誰でも、相手を信じ好意をもって接する自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1249号:環境を良くする考え方

今日は早朝相談、知人の会社への訪問、営業1件の後、
問屋町で内勤、営業ミーティング、夜は安岡正篤勉強会という1日だった。



「フルスイング!」と意気揚々にスタートした朝だったが、
最近の不摂生もたたり、途中で息切れがした1日だった。



そんな最中だったが(というか、だったからこそかもしれないが・・・)、
夕方の営業ミーティングではスタッフみんなの勢いに圧倒された。



今迄の場当たり的な営業活動から、戦略と戦術を明確にした活動にするため、
営業プロセスの改善とそれと同時に研修の提案の準備をしている。



非常に素晴らしい準備状況だった。
しかも、本当に熱のこもった議論、アイデア出しが心地よかった。



更に、最後の行動計画の場面では、みんなが自ら役割を持ってくれて、
私の仕事がなくなるくらいだった。



非常に頼もしく、うれしい時間だった。



もっというと、みんなで情報を収集し、アイデアを出した結果が、
素晴らしいコンセプトを生み出した。



先日の就職対策ミーティングといい、今回の営業ミーティングといい、
いづれも素晴らしいプロセスと結果が生まれている。



Ⅰ君がファシリテータ役を買ってくれて、会議の計画もばっちりで、
進行も素晴らしいのがその理由だろう。



夜は、安岡正篤勉強会だった。
知と行、人と環境、これらは循環によって起こる。



稲盛塾長の方程式がある。

仕事と人生の結果 = 考え方 × 能力 × 熱意



ということで、結局のところは、この考え方が最も大切である。
人のせいにするのではなく、自分の考え方を変えることで環境を変える。



塾長の話であるが、京セラが大証2部に上場する際に、
ある記者が塾長にこう言った。



セラミックの市場が大きくなってよかったですね。



塾長は答えた。
自然に大きくなったのではなく、私たちが市場を作ったのだ。



まさに、自分で環境を変えたということなのである。
知ることで行いが変わり、人の行いが変わると環境が変わる。



このように、自分の人生を自分の天命を知って切り開いていくことこそ、
立命ということになるのである。



ただし、この命というのもに気付くのは非常に難しい。
私もこれだと思いながら、良くふらふらと変化しているのに気が付く。



自分の前向きな気持ちと、心が揺さぶられる方向に行動していきたい。
そうすれば、必ず素晴らしい人生にすることができるだろう。



今日も自分を承認する。
自分の環境がより素晴らしいものになっているね。
と言ってみた。



それは、みんなの想いや志が動いているからだよ。
と返ってきた。



もっとみんなにとって素晴らしい環境を作る考え方の自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1248号:人間中心アプローチの通り

今日は朝から柳川で研修の準備をし、その後、メンター制度導入研修をした。
夕方は、就職支援ミーティングという一日だった。



なんとか無事に役目を終えたという安堵感と、タスクと収益面での危機感、
そして、もって行き場のない怒りとが交錯したような夜だった。



経営者の苦しみというのは、手を変え品を変え襲ってくる。
一難去ってまた一難で、とめどなく続く戦いのような感もある。



平穏な時というのはいつになったら訪れるのだろうか。
いや、平穏を求めてはいけないのかもしれない。



しかし、宇宙の法則では、善きことを想い善きことをすれば必ず良いことが起る。
どこまでそれを追及していくことができるかが、わたしにとって重要なことである。



自己愛を求めるがために、何かを追及していくのではない。
利己的なものでなく、利他の心で世の中に貢献していきたいと思っている。



利己と利他、どこが境の線なのか・・・。



価格で言えば、妥当な線というのはどこなのか。
市場の価格からみる方法と、自社のコストからみる方法がある。



それを踏まえて、理論的、客観的である必要がある。
もし、それ以上の付加価値を示せるのであれば、それを感じさせるしかない。



要するにベネフィットには組み合わせがあるのである。
そう考えていると、ブルーオーシャン戦略の戦略キャンバスが頭に浮かんだ。



品質という面は、妥当という線はどういうことになるのか。
このことに関してNTCには、適切かどうかはあっても妥当という言葉はない。



突き抜けるのである。


感動させるのである。


感動のドラマを作るのである。


We are dorama-making company!


Yes.we can!



生きるよろこびの渦の中に私は立っていたい。



NTCの仲間たちと一緒に立っていたい。



そのために、私は日々目一杯のスケジュールで営業したり、
カリキュラムを作ったり、ミーティングをしたりする。



何のために生きているのかを、今一度、見直すことのできた一日だった。



今日も自分を承認する。
会社のため、顧客のため、従業員のために、120%の自分で居つづけたね。
と言ってみた。



HCA・・・人間中心アプローチの経営コンセプトの通り、とことんやりなさい。
と返ってきた。



いつでもこの世の中の問題のど真ん中にアプローチする自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1247号:縁者の喜びを願う自分

今日は朝から夕方まで研修準備、夕方は研修営業2件、
その後、美しきカラーコーディネータの方のプレゼンテーションだった。



新人ゆんゆんに助けてもらった一日だった。
研修のテキスト作りを一人でしていると進まなくなる時がある。



ああしたい、こうしたいと、うんうん唸りながら、寝ながらよいイメージを作ったり、
寝ても覚めてもそのことばかりを想っていないとよいアイデアは出ない。



もう少しいうと、テーマに関連する本を何冊か買いこんで順番に読んでいく。
テキストをつくるという前提で読んでいくと、ここ、という情報が入ってくる。



そこから、更にうんうん唸っていると、おっ、これが伝えたいということが出てくる。
こうなると、自分の中心、いわゆる、コアの部分からエネルギーがほとばしる。



伝えなければならないとか、上手に伝えるとかというのではなく、
とにかく伝えたくて仕方がなかったり、それが自分の使命のように感じたりする。



こんな風にテキストは創られていくのである。
しかし、時間が無かったり、着手が遅れると無理やり作ることになる。



もちろん、早朝から夜遅くまで、そして、営業の合間などでも情報を入れる。
最後の日は睡眠を思いっきり削って授業を創る。



でもそれをやることで、ちょっとした専門家のような気分になる。
それこそ、コアを見つけることができたならばである。



そういった一人の努力もよいのだが、ヒッティングパートナーがいるとさらに良い。
昨日はⅠ君、今日はゆんゆんの2人が助けてくれた。



Ⅰ君はデザインレビュー1、ゆんゆんはデザインレビュー2という感じだろうか。
更には検証、妥当性確認と続く。



相手にとっては迷惑かもしれないが、私にとっては有効である。
数時間かかるところが、相手に向かって話して整理すると30分もあればまとまる。



そのうえ、ゆんゆんは明るく嫌な顔を一つもせずに応じてくれるのでうれしい。
更に、まさに連合工程分析だが、ゆんゆんにできない工程だけ私が行う。



私の作業が終わったら、どんどんゆんゆんに渡す。
そうすると、PC作業などを進めてくれるのである。



稲盛塾長が言っていた。



どんなに経験がなくても、能力がまだ身についていなくても、
一緒に懸命に笑顔で取り組んでくれる人がいるのはどれだけ心強いものか。



改めてそれを実感した。
これも協働のよろこびだろう。



いぜん、ある相談会に来られていた方から連絡があった。
できれば、今後面倒を見てほしいということだった。



また、素晴らしい縁をつないてくださった。
本当に感謝であるし、これこそ協働のよろこびである。



なんとか、今以上に素晴らしい会社になるように支援したい。
そのドラマメイキングが私たちの役割であり、使命であり価値なのである。



カラーコーディネータの美女も非常に積極的に取り組んでくださるということで、
これもまた協働のよろこびである。



本当にうれしい一日だった。



今日も自分を承認する。
素晴らしい縁をつなぐことを選び続けているね。
と言ってみた。



きっとこれが因果の法則、いや、宇宙の法則だね。
と返ってきた。



縁でつながる人の心が震えるような生きるよろこびを願う自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

第1246号:誠実に崇高に生きる

今日は朝から税理士さんと打ち合わせ、柳川で打ち合わせ、
その後、研修打ち合わせ、営業11件、夜は方谷塾という一日だった。



色々な想いが交錯していて複雑な状態である。
リーダーとしての自分に問題を感じたり、褒めてあげたかったりする。



褒めてあげたい部分というのは、次のようなところである。



・自分の信念をもって行動、発言している


・駄目な自分もいることを認めたうえで、理想の姿に近づこうとしている


・主張しつつも、相手の意見を尊重している。


・口だけではなく、自分自身も行動している。



こういったことを挙げたうえで、自分に足りていないことにも当然気づく。
その中で、最も私が今日気が付いたことは、次の通りである。



・面白がる心をもっている


・その心に自分でスイッチを入れることができる


・さらに自分の心にフォーカスするだけでなく、相手に焦点がいつもある


・理想やあるべき姿をいつも語っている


・揺れず、ぶれず、いつも平静さを保っている


・厳しいことでも悲しいことでも、いつも明るくあっけらかんと語っている



ついつい自己愛に浸り、感情をのせて伝えてしまう。
それでは、自分をわかってほしいというメッセージにしかならないのである。



世のため人のために生きていることを無理せずにありのままに伝えるのである。
そういう意味で、そのことを常に考えさせられる日だった。



山田方谷先生の研修に参加した。
方谷先生に、お父様が残した言葉が印象に残った。



父五郎吉の遺戒


一、母への孝養を尽くし昼夜怠らぬこと

一、弟の教育に油断しないこと

一、朝は六時に起き、その日の用向きをそれぞれにさだめ、
  すんだら自分の修養を怠らないこと

一、夜は十時に伏し、学問修行と家の用向きのほかに、
  無益のなが起きはしないこと

一、先祖をうやまい、祭祀を怠らぬこと

一、勤倹質素を守り、家庭を安らかにし、
  また米穀や銀子の出し入れに酷薄なはからいをしないこと

一、容姿は端正に、言語は信実に、徳をつみ行ないに励むこと

一、飲食・衣服・器具などの無益なたしなみに心を用いないこと

一、賭博やみだらな歌や酒宴遊興など、
  もろもろのざれごとに無用な費用をかけないこと

一、男女のあいまいな間柄には、切に警戒すること

一、悪友に交わり、利益にさそわれ、欲に心をくらまさぬこと

一、郷里の困窮した人や病人は、ねんごろに尋ね、
  交誼を篤くしてむつみ合う心がけを忘れないこと

一、家の内外の掃除や家屋の破損に心をくばり、
  火のもとに油断しないこと

右の箇条をかたく守り、家事をととのえ、慈母への孝養と幼弟の撫育とに専念し、
孔夫子の教えを宗とし、先賢の志に従い、学業の道に怠ることなく日夜に励むこと



ということであるが、特に私が気になったのが、「言語は信実に」である。
ついつい、調子に乗って荒い言葉を使ってしまう。



それは自分の心の状態であると心得て、自分を律し、
誠実に、信頼感のある言葉づかいを心がけたい。



今日も自分を承認する。
賢人、君子に成れるなら、死んでもいいと思ったね。
と言ってみた。



そのくらい自分の理想があるんだね。
と返ってきた。



どんな時でも、誠実に語り、崇高な想いを感じている自分で言いたいです。
今日もありがとうございました。

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