僕の参加するSNS my日本の方の日記からの引用です。

受け答え形式で、あまりにもすばらしいので紹介しますね。

長いですが、引き込まれるないようです!

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子供が小学校を卒業する際に、卒業式の打ち合わせと称して
教師との懇談会が開かれた。 その時に「日の丸と君が代」に
反対するということでパンフレットが配られた。

以下、私が教師たちの言い分にひとつひとつ反論したものを
紹介したい。 これで私は右翼のレッテルを貼られ、モンスターペアレンツ
ともいわれるようになった。 しかし、私は、自分の意見を変えるつもりは
ない。
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1.入学式・卒業式は本来生徒が主役であるはず。日の丸と君が代の
歴史的背景を 知らされないで法律で義務づけし、決定事項として従わせる
のは非民主的である。

反論: 生徒が主役であることと「日の丸と君が代」の歴史背景との関連性は
無い。
まして「日の丸と君が代」を主役にしろなどとは誰も言ってはいない。
さらに、多様な説があるなかで偏狭な歴史背景を生徒に教えること自体多い
に問題がある。 大勢が賛成した上で決められたことに反対すること自体
民主主義を否定することではないのか。
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2.政治が国民世論の議論によって動くのではなく、政府の決めた方針を
国策として国民に徹底させてきたという日本社会の体質があり、こうした
社会問題に対して 生徒が自立的に判断するのではなく、学校の方針に
従っていれば良いとしてきた教育現場にも問題がある。

反論: 生徒が自律的に判断できることが重要というのは理解するが、
学校教育の根本は、これから生徒が社会に出ていく上での知識・学力、
そしてルールを尊重するという社会的なしつけを教えるところであるはず。 
それを無視して良いというような教育はあってはならない。 

生徒が自律的に判断すれば法律やルールなどを守らなくてもよいという
誤った考えになっては、社会生活の根本が崩れる。
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3. 義務ではなく、本来主役である生徒ひとりひとりの判断で出来るように
するのが民主社会の基本ではないか。

反論: 民主社会というのは、個人の意見と民主を保持していくための
義務とルールが存在する。 一見生徒を尊重したような意見だが、先生方の
思想を押し付けているだけで、自分たちの主張を通すために生徒を利用して
いるようにしか見えない。
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4. 1892年(明治25年)時の文部省の音楽教科書担当官作成した教科書に
「天皇陛下の万歳を祝う歌である」と書いており、明らかに天皇賛美の歌
であることが 明白である。

反論: 明治憲法ではそうだが、今は新憲法のもと天皇は国民の象徴として
存在している。であるから、国歌、国旗も新しい解釈のもとで考えるべきで
ある。何より「何故天皇主権としたか」という当時の時代背景、日本の
歴史等を一切無視して「天皇賛美だから」では正しい理解に繋がらない。
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5.昭和初期から敗戦までの20年間、日の丸と君が代は国家主義、軍国主義
の象徴と なっており愛国心の高揚と尊王の精神を高めるものとして用いら
れてきた。
学校では、皇民化教育が行われ天皇の臣民として天皇と国家に命をささげる
ことが努めとされてきた。

反論: もともと日の丸と君が代そのものには、国家主義も軍国主義の意味は
無い。時の為政者が軍国主義などの象徴として使ったのであって、日の丸と
君が代を無くせば、済む問題ではない。 教育とするならば、国旗と国歌を
戦争の象徴としてはならないと教えるのが本質ではないか。

皇民化教育の基本は、「公につくせ」ということである。 教育勅語を見ても
判るだろう。国民というのはみんなの役に立つ生き方をしろと言っているので
あって、天皇と国家の為に「死ね」とは言っていない。言うなれば人の役に
立つことをしましょうといっているのであって、今の教育でも大切なことでは
ないのか。

自分たちの勝手な解釈で、歪曲してはならない。
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6.戦争体験者に日の丸と君が代を嫌悪する人たちがいることを忘れては
ならない。
  
反論: 誰も忘れて良いなどとは言っていない。

それ以上に日の丸と君が代を好きだという人が多くいることを忘れては
ならないのではないのか。 嫌いな人がいるから止めたらよいとか、気に
入らないから従わなくてもよいというのでは、社会が成り立たないではないか。

学級会で決めたことでも、嫌いな人がいるからと言って止めてよいのか?
そういう積み重ねが学校・学級崩壊に繋がるのではないのか?
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7.植民地支配を受けたアジア諸国では日の丸と君が代は侵略者の象徴と
して受け止められており、現在も不快感を持つ人が多い。

反論: よその人の気分で国旗・国歌を変えてよいものではない。 不快感を
持つ人のために日の丸と君が代を消せば、歴史そのものを隠すことに
他ならない。
不快に思う人のためにも、新生日本は、この国旗と国歌のものに平和主義を
貫いていると教育することこそ肝要である。

だいたい不快感を持つ人が多いというが、それは南北朝鮮と中国だけ
でないか。他のアジアの国々で日の丸と君が代が不快だという国は聞いた
ことがない。

あなた方の言うアジア諸国というのは、思想的にシンパシーを感じている
国であって、アジア全体の意見ではないではないか。

一番戦ったアメリカでさえ、敵国だった日本の国旗と国歌には敬意を払って
いる。それが国家間の常識であり、マナーである。
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8.戦後新憲法が制定されて主権が天皇から国民に移り、日本は民主国家と
してスタート したわけだから、国旗・国歌をあいまいなまま残されてきたのは
どうか?見直しすべきである。

反論: 見直した結果、90%以上の国民が日の丸と君が代に賛成している
のではないのか、だったら改めて見直しする必要は無い。
自分の都合で明治憲法を持ち出したり、新憲法を持ち出して語るのは
自分の意見に都合の良いように利用しているだけで、論旨に一貫性が無い。
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9.アメリカでは、さまざまなところで国旗掲揚、国歌斉唱がなされているが、
公立学校で星条旗への「敬礼」を強制することは、信教の自由を保障した
合衆国憲法修正1条に違反するとの連邦裁判所の判決が出ており実施されて
いない。

反論:日本の場合、学校で日の丸に敬礼を強制しているわけではないが、
強制しないから守らなくて良いという理屈にはならないだろう。

強制などしなくても国旗と国歌に敬意を払うのが常識であるが、それを
守らない人がいるから制度化しようとしただけではないか。

世界の常識としてどの国旗・国歌であれ起立し敬意を評することを教える
のが教育である。 アメリカの例を持ち出しているが、強制はされていないが、
国民みな言われなくても敬意を払っている。それが国民として当たり前のこと
なのである。

この連邦裁判所の判例は、移民国家であるアメリカという特殊事情があり、
多民族が混在している中、アメリカ国旗・国歌を軽んじる風潮があったため
始まった論争である。 結局、出身母国の国旗・国歌を尊重することに、
「何の制限もない」というのが主旨である。

何より、アメリカ国民は、「国家に忠誠を誓う」というのが大前提にあることを
無視して重箱の隅をつつくような議論はナンセンスである。
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10.ドイツでは国旗・国歌を国家行事以外で目にすることはない。ナチスドイツ
時代を清算してハーケンクロイツを廃止し現在の国旗となったが、それでも学校
行事での国旗の掲揚、国歌斉唱はなされていない。 また国歌は1番2番が
帝国主義的内容であるため3番のみとされている。日本も同様に国旗・国歌も
清算すべきである。スポーツにおいてもドイツ選手は、国歌を歌わない。

反論: ドイツのナチスと日本は全く状況が異なる。 ハーケンクロイツは
ナチスの党旗であってもともと国旗ではなかった。それを戦後廃止し1813年
に決められた国旗をもとに現在のドイツ国旗としたのであって、国旗を清算した
のではない。
もとに戻したというだけというのが正しい解釈である。
  
そもそもドイツがしたから日本がしなければならない正当な理由が見当たら
ない。

ドイツの選手が国歌を歌わないのは、教えられていないケースが多いだけで、
国旗が掲揚され、国歌が流れれば、それに敬意を表す姿勢を保っている。
彼らだってルールはルールとして守っているではないか。
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11.戦前、日の丸は国家主義・軍国主義の象徴だった。それはナチスドイツの
ハーケンクロイツと同じ役割を持っていた。 ドイツでは、廃止され法律で掲揚
することを禁じている。 日本も民主国家になったのなら国旗も新しくする
べきだ。

反論: 何度も言うようだが、もともと日の丸が国旗にされた経緯には国家主義
も軍国主義の意味も持っていなかった。 幕末以降世界に日本国を示す
シンボルとして日の丸が用いられたのである。 日の丸と党旗であったハーケン
クロイツと同レベルで判断すべきものではない。 ドイツがしたから日本も
しなければならない理由がない。

戦争でいちいち国旗・国歌を変えていたら世界中の国は変えなければ
ならない。そんな非常識なことが通ずる道理がない。
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12.君が代は明らかに天皇の支配をたたえる歌だ。それは、戦前、国民に
天皇崇拝を強制して国家主義に利用されてきた。 戦後、日本は国民主権に
変わったのであるから「君が代」というのはおかしい。

反論: 君が代の「君」には、諸説あって、愛する人、夫、妻、恋人等々の
意味がある。
一時期天皇を指したからと言って、今もそうだとは言わない。 国民主権に
変わったのであるなら、この「君」は国民を言うのだと教えることが民主国家の
教育であり、平和教育になるのではないのか? 
「坊主憎ければ」というようなこじつけ批判は止めてもらいたい。
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13.日の丸・君が代に反対している人は少数だが、(筆者注:世論調査に
よると日の丸賛成90%、君が代賛成70%とされている)賛成者は「なんとなく」と
いう理由が多いのに比べ、反対している人の多くは、はっきりと拒否している。 
国民の意見が分かれているのに、日の丸・君が代を押し付けるのではなく、
国民全体が納得出来る国旗や国歌を新しく作るべきだ。

反論: 理由が「なんとなく」だろうが、賛成は賛成なのであるから、結果を
素直に受け入れるべきであろう。 それがあなた方が先ほどから言っている
民主主義ではないのか?
気に入らない民主主義は反対し、気に入るものだけ民主主義というのは、
それこそあなた方が否定する戦前の国家主義と同じ論理ではないのか。
  
日の丸と君が代を理解していないから賛成しているというが、反対している
あなた方だってちゃんと理解していないではないか。 はっきり否定している
というが、中身をみればなんとなく反対しているのと同じである。
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14.愛国心や民族主義は、繰り返し戦争の原因になってきた。 戦争に
なったとき、必ず政治家は国民に愛国心を強制する。 ナショナリズムと
軍国主義は深く結びついているものだから、それは別物とするには、
無理がある。

反論: 愛国心と民族主義は、言うならば国家の基本となるものである。 
それを否定するということは国家否定という共産主義の思想そのものでは
ないのか? そんな思想教育に子供を預けるわけにはいかない。 

我々は日本の学校に通わせるのであって、共産主義の学校に通わせるの
ではない。
国を愛する気持ちが、みんなを大切にし、社会規範を順守し、さらに他国を
愛する気持ちに繋がるのである。 それを教えること、愛国心での何でも
物事にはプラス面とマイナス面があることを教えて行くのが、教育では
ないのか。 
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15.愛国心を煽ることで自分の国が優れているという錯覚にとらわれ、周りの
国を侵略したり支配することも多い。 そういう歴史を持っている日本が、
いまだに日の丸と君が代にこだわるのは再び戦前と同じ過ちを繰り返すことに
なる。 それは、歴史から何も学んでいないということになる。

反論: 日の丸と君が代を認めることが愛国心を煽るというのは詭弁である。 
たとえ昔がそうだったからと言って今もそうだとは限らない。 時間とともに
物事の解釈が変化していくのは当然で、いつまでも日の丸と君が代が侵略と
戦争の象徴としか捉えられないあなた方先生こそが不幸な歴史から何も
学んでいないといえるのではないか。

だいたい、日の丸と君が代があったら何故戦争に繋がるのか?論理的
説明が全く無い。
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16.愛国心というのは、国民ひとりひとりが心の中でそっと持っていればいい
もので、自分が愛国者であったり他人に愛国心を強制するべきものではない。
周りから強制されるのは戦前の日本と同じである。

反論: 国を愛する心は、強制されて育むものではないが、だからと言って
国を否定する教育をして良い理由にはならない。 友達を愛し、学校を愛し、
町を愛し、さらに日本という国を愛する気持ちにつながるような指針を与える
教育こそが大事であって、生徒一人ひとりが公平な教育の中でそれぞれに
愛する気持ちを育てられるようにすることが必要であろう。
 
人それぞれの「愛し方」を画一化している訳ではない。 愛国心も同様、
人それぞれに国を思う気持ちが大切であるということである。 それが人を
愛することであり、自然を愛することにつながるのではないのか。 
国を嫌いになる教育では、人を愛することも自然を愛することにもならない
ではないか。
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17.確かに、日の丸や君が代が好きな人はたくさんいる。だからと言って
学校のような場所で強制するのは話が違う。 過去の歴史から抵抗を感じて
いる人も多いのに強制するのは「思想の自由」反している。

反論: 何故話が違うのか理解出来ない。 家庭は人間としてのしつけを
教える場所であり、学校は社会の一員としてのしつけを教えるところではない
のか? 「思想の自由」だからと言って自分だけ自由にして良い理由はない。 
大多数が好きだという結果があるなら、個人の心がどうであろうと公共の場
ではルールを守ることが、民主主義の基本ではないのか?

あなた方の思想を改めろと言っているのではない、決められたルールは、
ルールとして守りましょうというごくごく常識的なことを言っているだけである。
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18.学校での日の丸・君が代の強制は行き過ぎだ。 歌わなかっただけで
叱られたり、教師が罰せられるのは戦前の国家主義と変わりない。

反論: 自分の意思に合わないからと言ってなんでも「強制」と言うこと自体を
行き過ぎというのではないか?あなた方先生も社会人であることに変わりない。
我々サラリーマンだって好きではない仕事もしなければならないし、有無を
言わさず転勤だってある。 
それがいやなら会社を辞めなさいというのが常識である。 先生だけが、
好きなようにしてよいはずがないだろう。

国家主義云々を言う前に、まず社会人としてのルールを守ることが常識では
ないのか。

ルールを守らなければ罰せられるというのは民主主義であろうが、共産主義
であろうが同じであろう。

生徒の模範となるべき先生が、好きなことだけ従えばよいなどというのは、
教育にならないではないか。

自分の都合に合わせて「思想の自由」など持ち出さないでもらいたい。
  
「自由」は「義務」と「遵法」の上で成り立つものだ。 義務を果たさず
自由だけ口にするのは単なる「わがまま」にしか過ぎない。 

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◆日本国国歌 君が代


◆国旗の重み 脱線編〜サマーワ市民と自衛隊員〜


◆戦後最大規模のデモ「 私たちは少数派じゃない」 尖閣反中デモ ♪
(my日本にいらっしゃるcavefilmさんの作品です)


◆大量の日の丸をひたすら見続ける動画【日の丸デモ】


◆日本人の魂と誇り


◆憂国の演説をひたすら聞き続ける動画【頑張れ日本!】


 【ジャカルタ時事】インドネシア訪問中の大阪府の橋下徹知事は16日、視察したジャカルタの中高一貫校で行ったスピーチで、今月3日に府議会で成立した、卒業式などで教職員に君が代の起立斉唱を義務付ける条例に触れ、その場で君が代を斉唱したことを明らかにした。
 同知事は16日の視察後、報道陣に対し「今の日本の教育現場のおかしさの象徴として(君が代条例の話を)出した」と述べ、学校側からも賛同を得たと説明。学校側がインドネシア国歌を歌ったので、応じる形で君が代を斉唱したと語った。
 橋下知事は「(インドネシアの)学校側も『国歌斉唱で起立しないなんてあり得ないし、立たなかったらクビにする』と言っていた。これが普通じゃないですか」と強調。その上で「日本のばかな主張をしている教員や有識者に(インドネシアの)現場を見てもらいたい」と語った。


追加
http://youtu.be/imtmbp0w8cY




これはムカつくCMです
害虫に扮した歌舞伎役者が「もう2本はいらねェ」と言ってるが!

「もう、日本はいらねェ」
と聞こえる!!!!!!!

http://youtu.be/-CY9Y05ilUg

 

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