December 31, 2011
ハルヒマヒネマ 金曜お届け
1月1日からメルマガ「メルレポ」開始。初日(日曜担当)は北尾トロさん、7人の日替わりでお送りします。ハルヒは金曜日を担当、ハルヒマヒネマをお届けします。レポのメルマガは無料です。季刊レポのトップページから登録できます。 季刊レポもおもしろいですよ。ヒマジン大人のジンです。
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17:39
September 19, 2011
ハルヒタン
ヤマラハルヒが映画をみるヒマがなくなったのは、慣れない舞台観劇をはじめたからだった。
いったい何がハルヒを劇場に誘うのか。
とりえあず、見た舞台の感想をツイッタァにメモしはじめた。
https://twitter.com/#!/haruhi_temps
今頭の中が考え事だらけで、そういう時って映画をみてても、すぐに別のことを考えはじめてしまう。
考え事の半分以上は、映画をつくりたいってことだ。
あとの半分のうち半分は、ボーギャルソンのこと、のこり半分で一応漫画のことを考えている。
いったい何がハルヒを劇場に誘うのか。
とりえあず、見た舞台の感想をツイッタァにメモしはじめた。
https://twitter.com/#!/haruhi_temps
今頭の中が考え事だらけで、そういう時って映画をみてても、すぐに別のことを考えはじめてしまう。
考え事の半分以上は、映画をつくりたいってことだ。
あとの半分のうち半分は、ボーギャルソンのこと、のこり半分で一応漫画のことを考えている。
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02:47
January 05, 2011
キック・アス
『KICK-ASS』2010 USA
D:マシュー・ヴォーン A:アーロン・ジョンソン/ニコラス・ケイジ
こういうの、おもしろかったー!!以外なんていえばいいのか、おもしろかったー!
イヤミも意地悪もひねくれもなんにも起動せずに最初から最後まで愉快だった。
映画館は満員で立ち見が出ていた。
観客動員数の割に映画館に行くとガラガラの日本映画とはちがって、映画館の隅から隅までみんなが楽しんでるのがちょっとくやしくもある。
ビッグ・ダディとヒット・ガールの親子ははっきりいって狂っている。狂人だ。
悪役ダミゴ親子のほうが、親の仕事は問題ではあるけど、いたってまともだ。
でも、頭おかしくないと正義の名で人をゴキブリのように殺したりできないだろうな。
ダミゴの方は悪いことしてるって自覚ある分たぶん正気だ。
頭がおかしくなってしまったパパと女の子っていうのが、とてもエロティック。
ヒット・ガールの細い顎と落窪んだ目がまたエロティック。
クロエ・グレース・モレッツ。うーん、おへちゃだよね?エロティック。
好きなシーンは、キック・アスが、みなしごになったヒット・ガールに、どこに帰るんだと心配するところ。
お金だっているだろう?なんて…。300万ドルもってるわ!なんて…。
パパと飲むつもりだった冷めたココアの二つのカップ。
マスクをはずして泣くこともできない。(キック・アスがいるから?泣きかたをしらないから?)
未来の見えない不安な小さな女の子ヒット・ガールがかわいそうでかわいくて。
そういえばハルヒは子どもの頃、みなしごで、秘密のヒーローで、かわいそうな小さな女の子だった。
彼女が、キック・アスに抱っこしてもらって空を飛ぶシーンは、ばったばったと悪者をぶち殺すシーン同様、子どものハルヒが満たされた。
この映画の爽快感は、大人のジョークや皮肉がきいてるからかもしれないけれど、それよりもやっぱり子どもの夢や理想がたっぷり描かれているからだな。
ヒーローはやっぱりそうでなくちゃ。
D:マシュー・ヴォーン A:アーロン・ジョンソン/ニコラス・ケイジ
こういうの、おもしろかったー!!以外なんていえばいいのか、おもしろかったー!
イヤミも意地悪もひねくれもなんにも起動せずに最初から最後まで愉快だった。
映画館は満員で立ち見が出ていた。
観客動員数の割に映画館に行くとガラガラの日本映画とはちがって、映画館の隅から隅までみんなが楽しんでるのがちょっとくやしくもある。
ビッグ・ダディとヒット・ガールの親子ははっきりいって狂っている。狂人だ。
悪役ダミゴ親子のほうが、親の仕事は問題ではあるけど、いたってまともだ。
でも、頭おかしくないと正義の名で人をゴキブリのように殺したりできないだろうな。
ダミゴの方は悪いことしてるって自覚ある分たぶん正気だ。
頭がおかしくなってしまったパパと女の子っていうのが、とてもエロティック。
ヒット・ガールの細い顎と落窪んだ目がまたエロティック。
クロエ・グレース・モレッツ。うーん、おへちゃだよね?エロティック。
好きなシーンは、キック・アスが、みなしごになったヒット・ガールに、どこに帰るんだと心配するところ。
お金だっているだろう?なんて…。300万ドルもってるわ!なんて…。
パパと飲むつもりだった冷めたココアの二つのカップ。
マスクをはずして泣くこともできない。(キック・アスがいるから?泣きかたをしらないから?)
未来の見えない不安な小さな女の子ヒット・ガールがかわいそうでかわいくて。
そういえばハルヒは子どもの頃、みなしごで、秘密のヒーローで、かわいそうな小さな女の子だった。
彼女が、キック・アスに抱っこしてもらって空を飛ぶシーンは、ばったばったと悪者をぶち殺すシーン同様、子どものハルヒが満たされた。
この映画の爽快感は、大人のジョークや皮肉がきいてるからかもしれないけれど、それよりもやっぱり子どもの夢や理想がたっぷり描かれているからだな。
ヒーローはやっぱりそうでなくちゃ。
Posted by nuitlog at
14:53
January 02, 2011
きみがくれた未来
『CHARLIE ST. CLOUD』 2010 USA
D バー・スティアーズ Aザック・エフロン/アマンダ・クルー
2011年、いちばん最初に見た映画だ。毎月1日はお正月でも映画の日。1000円だ。
お正月は『宇宙戦艦ヤマト』を見るときめていたのだが、混んでいそうだったのでやめた。
レイトショーのこの時間、他に見たい映画も見れそうな映画も特になく、新宿をぶらぶらしながら、見ても見なくてもどっちでもいい気分で入ったのが、この映画だった。
“愛はきらめきの中に…この兄弟の<絆>に涙する。”そんな映画らしい。
ザック・エフロン?『ハイスクール・ミュージカル』のあの子か、くらいしか興味を引かれるところはなかったのだけど、もう一本やってた『デザート・フラワー』というど根性モデルサクセスストーリー(本当のところどういう話なのか知らない)よりかは、お正月だしボーギャルソンを見ようとこっちにはいった。ザック・エフロンはハルヒにとってはまったくボーギャルソンではないけど、たまにはお涙ちょうだいにのりたい気分だったのだ。
お正月ってそういうもんだ。
さて映画にはまず、タイトルという関門がある。
『きみがくれた未来』はたぶん普段はまったくハルヒの趣味に合わないタイトルだ。だが、そこを乗り越えると、たまに思いがけない出会いがある。
お正月はそんなタイトルをあまり深く考えさせずに受け入れる。そして、出会いがあった。
海辺の街にすむ母子家庭で貧しいけどすこやかな兄弟。兄はヨットの奨学金で大学にいけることになる。なのに、その夜交通事故を起こし、死の縁をさまよった兄弟は、兄だけが蘇生される。
弟を死なせてしまった兄は…で、5年後の展開にハルヒは目を丸くする。途端にぎゅっと緊張が指先に走る。
兄は大学にいかず、弟の眠る墓地の墓守になっているのだ。
太陽を風を一身に受け、眩しい海を走っていた、小麦色のあおい瞳の、ハイスクールミュージカルなザック・エフロンが、墓守だ。たったひとりで、墓地内の管理事務所で暮らしているのだ。マヌケで怠け者な相棒と共に、墓石に糞を落とすガチョウをゴミ箱のふたを鳴らし追い掛ける日々を送っているのだ。
さらに映画はハルヒの心臓をきゅんとつねりあげる。
高校時代の悪友が立派な士官服姿で墓地を訪れる。ザック・エフロンがヨットで未来を手にしたその日、やはり入隊すると将来をきめた親友。懐かしく冗談を言い合い、地雷で死んだ仲間を思い。だけど、彼もまた墓石の中に消えていく。
事故の後遺症で特殊な能力が備わったのか、それとも、死者と対話するだけの孤独な彼のイメージなのか、とにかく冒頭、あっというま、予想外の寂しさにハルヒはとらえられてしまう。
生かされることの寂しさ。でも生かされたからこその希望。
希望があることの苦しさ。
そんな言葉にならないことを分かち合う相手との出会い。
思いがけない映画だった。
ザック・エフロンのマヌケで怠け者で不躾な墓守の相棒がすごくよかった。
居眠りしていると思った彼が、目も開けずにザック・エフロンに言う。毎日夕暮れ、森で何をしているんだ?
ザック・エフロンは森で死んだ弟と会っていた。何をしているかは知らない。でもなにかをしているのはちゃんと知っていた。
見ていないようでちゃんと見守っていた。知らない振りをしていただけで、ちゃんと知ろうとしていた。
こういう友情のさらりとした描き方がアメリカ映画の好きなところだ。
D バー・スティアーズ Aザック・エフロン/アマンダ・クルー
2011年、いちばん最初に見た映画だ。毎月1日はお正月でも映画の日。1000円だ。
お正月は『宇宙戦艦ヤマト』を見るときめていたのだが、混んでいそうだったのでやめた。
レイトショーのこの時間、他に見たい映画も見れそうな映画も特になく、新宿をぶらぶらしながら、見ても見なくてもどっちでもいい気分で入ったのが、この映画だった。
“愛はきらめきの中に…この兄弟の<絆>に涙する。”そんな映画らしい。
ザック・エフロン?『ハイスクール・ミュージカル』のあの子か、くらいしか興味を引かれるところはなかったのだけど、もう一本やってた『デザート・フラワー』というど根性モデルサクセスストーリー(本当のところどういう話なのか知らない)よりかは、お正月だしボーギャルソンを見ようとこっちにはいった。ザック・エフロンはハルヒにとってはまったくボーギャルソンではないけど、たまにはお涙ちょうだいにのりたい気分だったのだ。
お正月ってそういうもんだ。
さて映画にはまず、タイトルという関門がある。
『きみがくれた未来』はたぶん普段はまったくハルヒの趣味に合わないタイトルだ。だが、そこを乗り越えると、たまに思いがけない出会いがある。
お正月はそんなタイトルをあまり深く考えさせずに受け入れる。そして、出会いがあった。
海辺の街にすむ母子家庭で貧しいけどすこやかな兄弟。兄はヨットの奨学金で大学にいけることになる。なのに、その夜交通事故を起こし、死の縁をさまよった兄弟は、兄だけが蘇生される。
弟を死なせてしまった兄は…で、5年後の展開にハルヒは目を丸くする。途端にぎゅっと緊張が指先に走る。
兄は大学にいかず、弟の眠る墓地の墓守になっているのだ。
太陽を風を一身に受け、眩しい海を走っていた、小麦色のあおい瞳の、ハイスクールミュージカルなザック・エフロンが、墓守だ。たったひとりで、墓地内の管理事務所で暮らしているのだ。マヌケで怠け者な相棒と共に、墓石に糞を落とすガチョウをゴミ箱のふたを鳴らし追い掛ける日々を送っているのだ。
さらに映画はハルヒの心臓をきゅんとつねりあげる。
高校時代の悪友が立派な士官服姿で墓地を訪れる。ザック・エフロンがヨットで未来を手にしたその日、やはり入隊すると将来をきめた親友。懐かしく冗談を言い合い、地雷で死んだ仲間を思い。だけど、彼もまた墓石の中に消えていく。
事故の後遺症で特殊な能力が備わったのか、それとも、死者と対話するだけの孤独な彼のイメージなのか、とにかく冒頭、あっというま、予想外の寂しさにハルヒはとらえられてしまう。
生かされることの寂しさ。でも生かされたからこその希望。
希望があることの苦しさ。
そんな言葉にならないことを分かち合う相手との出会い。
思いがけない映画だった。
ザック・エフロンのマヌケで怠け者で不躾な墓守の相棒がすごくよかった。
居眠りしていると思った彼が、目も開けずにザック・エフロンに言う。毎日夕暮れ、森で何をしているんだ?
ザック・エフロンは森で死んだ弟と会っていた。何をしているかは知らない。でもなにかをしているのはちゃんと知っていた。
見ていないようでちゃんと見守っていた。知らない振りをしていただけで、ちゃんと知ろうとしていた。
こういう友情のさらりとした描き方がアメリカ映画の好きなところだ。
June 08, 2010
愛のむきだし
『愛のむきだし』 2009 日本
D:園子温 A:西島隆弘/満島ひかり
ソノシオンと今は自信を持って読める。ローマ字でそう書いてあった。
ソノシオンの映画にあるようなモチーフは、ハルヒはあまり、心どうこうされないほうなんだけど、好きなのはそうか、この映画がいうように、むきだしだからなんだろうなあ。
気が合わない人、馬が合わない人、なんだって、むきだしのすがたをみたら、心撃たれる。
若い3人の俳優、ニシジマタカヒロ、ミツシマヒカリ、アンドウサクラ、すでにそれぞれがどっかの誰かってわけじゃなかったのに、まるでどっかの誰かのようにむきだしだった。
むきだしの俳優たちが心臓が止まる勢いで走ってくので、ハルヒも、ともかく、息を切らして一緒に走る。ただ追っかけた、ゴールに転がり込んだ。そんな感じの疲労感と心地よさがあった。
メイキング映像で、ソノシオンのボロボロの台本に“誰も感動させたくない”“ただただ映画を正確につくりたい”って書かれていた。
正確に作られていたと思った。
少なくとも、ハルヒには、ユウとヨウコが“愛してる”と叫ぶのを受け入れるにはこの4時間は必要な時間だった。
見ようと思ってから、見るまでに1年以上かかった。
主人公のユウは盗撮魔だが、あの突き抜けかたは好感が持てる。
盗撮を正当化してはいない。まあ、このコにはいろいろ、盗撮に至るまでの理由があるのだけれど、それはあくまで彼の理由だ。
ハルヒは、その、自分の理由ってヤツがいちばん大切なことで、でも、大切だからこそ、他人と共有できるもんじゃないんだと思う。
共有できるのは変態という事実だけだ。
ユウはそれを原罪だと言う。
最初の人間が神様との約束に背いた罪、(でもおかげで、ハルヒたちは存在する)
“変態に上下はありませんから”
変態であることに意味や理由はなく、むしろ自分の本質なのだ。意味も理由もいらない。
こじつければ、他人と共通項を持てるかも知れないが、自分を見失う。
それをこの映画は楽しさでみせてくれる。
好きなシーンは、やっぱり、ミツシマヒカリのセーラー服でパンツ丸見えの乱闘シーン。女装がなぜか梶芽衣子なニシジマくんと、どさくさに参戦するアンドウサクラがかっこいい。あそこだけ何度も見ている。きもちいいから。
痛快で爽快。
そういやあんまり何度も見たくなる気持ちいいシーンのある映画ってのが、ハルヒにはここんとこなかったなあ。
そして、確信する。『愛のむきだし』って、ハルヒの理想のアイドル映画だ。
ハルヒの理想のアイドル映画ってのは、アイドルが、青タンつくってひどい目に遭うような、
アイドルが全力で突っ走るような、そのまま酸欠で倒れ込むような、
アイドルの強靭な体力をタフさを感じさせる映画。
そしてアイドルが、その若き日に、幸福な時間を持てたであろう映画だ。
もうひとつ、これはハルヒの理想のワンピース映画で、パンツ丸見えの制服もいいが、ミツシマヒカリのワンピースがどれもかわいい。脚は裸足で白のスニーカー。
すばらしい! 完璧である。
(7/4 加筆)
D:園子温 A:西島隆弘/満島ひかり
ソノシオンと今は自信を持って読める。ローマ字でそう書いてあった。
ソノシオンの映画にあるようなモチーフは、ハルヒはあまり、心どうこうされないほうなんだけど、好きなのはそうか、この映画がいうように、むきだしだからなんだろうなあ。
気が合わない人、馬が合わない人、なんだって、むきだしのすがたをみたら、心撃たれる。
若い3人の俳優、ニシジマタカヒロ、ミツシマヒカリ、アンドウサクラ、すでにそれぞれがどっかの誰かってわけじゃなかったのに、まるでどっかの誰かのようにむきだしだった。
むきだしの俳優たちが心臓が止まる勢いで走ってくので、ハルヒも、ともかく、息を切らして一緒に走る。ただ追っかけた、ゴールに転がり込んだ。そんな感じの疲労感と心地よさがあった。
メイキング映像で、ソノシオンのボロボロの台本に“誰も感動させたくない”“ただただ映画を正確につくりたい”って書かれていた。
正確に作られていたと思った。
少なくとも、ハルヒには、ユウとヨウコが“愛してる”と叫ぶのを受け入れるにはこの4時間は必要な時間だった。
見ようと思ってから、見るまでに1年以上かかった。
主人公のユウは盗撮魔だが、あの突き抜けかたは好感が持てる。
盗撮を正当化してはいない。まあ、このコにはいろいろ、盗撮に至るまでの理由があるのだけれど、それはあくまで彼の理由だ。
ハルヒは、その、自分の理由ってヤツがいちばん大切なことで、でも、大切だからこそ、他人と共有できるもんじゃないんだと思う。
共有できるのは変態という事実だけだ。
ユウはそれを原罪だと言う。
最初の人間が神様との約束に背いた罪、(でもおかげで、ハルヒたちは存在する)
“変態に上下はありませんから”
変態であることに意味や理由はなく、むしろ自分の本質なのだ。意味も理由もいらない。
こじつければ、他人と共通項を持てるかも知れないが、自分を見失う。
それをこの映画は楽しさでみせてくれる。
好きなシーンは、やっぱり、ミツシマヒカリのセーラー服でパンツ丸見えの乱闘シーン。女装がなぜか梶芽衣子なニシジマくんと、どさくさに参戦するアンドウサクラがかっこいい。あそこだけ何度も見ている。きもちいいから。
痛快で爽快。
そういやあんまり何度も見たくなる気持ちいいシーンのある映画ってのが、ハルヒにはここんとこなかったなあ。
そして、確信する。『愛のむきだし』って、ハルヒの理想のアイドル映画だ。
ハルヒの理想のアイドル映画ってのは、アイドルが、青タンつくってひどい目に遭うような、
アイドルが全力で突っ走るような、そのまま酸欠で倒れ込むような、
アイドルの強靭な体力をタフさを感じさせる映画。
そしてアイドルが、その若き日に、幸福な時間を持てたであろう映画だ。
もうひとつ、これはハルヒの理想のワンピース映画で、パンツ丸見えの制服もいいが、ミツシマヒカリのワンピースがどれもかわいい。脚は裸足で白のスニーカー。
すばらしい! 完璧である。
(7/4 加筆)
June 06, 2010
ヒーローショー
『ヒーローショー』 2010 日本
D:井筒和幸 A:後藤淳平/福徳秀介
イヅツ監督の映画を見ていると、ヨーロッパの映画を見ているような気分になる。
アメリカだっていいんだけど、大陸のどこか最果て、走りだせば、電車に飛び乗れば、車を拾えば、無一文でどこかにいけそうな、だけどどこにも行かない、そんな映画。
『ヒーローショー』の若者たちのひどさといったらない。
彼らは、想像力や物語を組み立てる能力をもともともっていない、育てていない。
死ぬ程殴るけど、死ぬまで殴るけど、それと、死はまったく別次元なのだった。
行動の先に結果があることを知らない。罪の意識なんて芽生えるわけがない。
自分の身に突然降り掛かった不幸を嘆くしかない。
言葉なんか通じる気がしない。
暴力や狂気をかっこよさで魅せて娯楽にする映画もあるけど、『ヒーローショー』には、俳優も含めてどこにもかっこよさが無く、じゃあ、リアルを追求して不快感を娯楽とするのかといえばそうでも無く。そもそも、ハルヒは不快感は楽しめない。
この映画がおもしろかったのは、彼らはそういう哀れな生き物なんだと、まるで共感も無く思考回路も違うハルヒにセリフやモノローグで伝えるのではなくて、それを体験させてしまうところだ。
すごいと思ったのは後半、この映画の主人公で、主演のジャルジャルの二人が、一人の人間を殺しておいて、なんとも危機感のない、とぼけた、幸せな一日を過ごし、そのラストシーンをむかえるまでで。
大切な友達を見殺しに、アカの他人をなりゆきでなぶり殺しにしてしまった。なのに、そこから、突然彼らには、未来が、可能性が、幸せがみえてくる、ハルヒがそれを感じている。
すべてなかったことにはならないだろうけど、誰にも見つからずに、誰にも罰せられずに、生きなおせるような気がしてくる。
許されるわけはないのに。みえなくなったからと言って、消えてしまうものではないのに。
そうだ、生きなおせる、自分の中に希望がうまれてしまう。その希望は、今までの、逃避の為の適当な間に合わせではなくて、今度こそようやく、ほんとうの、希望のような気がしてくる。
自分の未来のような気がしてくる。
彼らの身勝手さまでハルヒにうつってしまったようだ。
映画が終わると、ハルヒの心はそんな希望に満ちあふれており、とてもすがすがしかった。
だけど、主人公が千葉の海辺の街に残してきたものと同じに、ハルヒがスクリーンの中に残してきたもののことを思い出した瞬間、すべては錯覚、消えてしまう。
(6月26日 加筆)
D:井筒和幸 A:後藤淳平/福徳秀介
イヅツ監督の映画を見ていると、ヨーロッパの映画を見ているような気分になる。
アメリカだっていいんだけど、大陸のどこか最果て、走りだせば、電車に飛び乗れば、車を拾えば、無一文でどこかにいけそうな、だけどどこにも行かない、そんな映画。
『ヒーローショー』の若者たちのひどさといったらない。
彼らは、想像力や物語を組み立てる能力をもともともっていない、育てていない。
死ぬ程殴るけど、死ぬまで殴るけど、それと、死はまったく別次元なのだった。
行動の先に結果があることを知らない。罪の意識なんて芽生えるわけがない。
自分の身に突然降り掛かった不幸を嘆くしかない。
言葉なんか通じる気がしない。
暴力や狂気をかっこよさで魅せて娯楽にする映画もあるけど、『ヒーローショー』には、俳優も含めてどこにもかっこよさが無く、じゃあ、リアルを追求して不快感を娯楽とするのかといえばそうでも無く。そもそも、ハルヒは不快感は楽しめない。
この映画がおもしろかったのは、彼らはそういう哀れな生き物なんだと、まるで共感も無く思考回路も違うハルヒにセリフやモノローグで伝えるのではなくて、それを体験させてしまうところだ。
すごいと思ったのは後半、この映画の主人公で、主演のジャルジャルの二人が、一人の人間を殺しておいて、なんとも危機感のない、とぼけた、幸せな一日を過ごし、そのラストシーンをむかえるまでで。
大切な友達を見殺しに、アカの他人をなりゆきでなぶり殺しにしてしまった。なのに、そこから、突然彼らには、未来が、可能性が、幸せがみえてくる、ハルヒがそれを感じている。
すべてなかったことにはならないだろうけど、誰にも見つからずに、誰にも罰せられずに、生きなおせるような気がしてくる。
許されるわけはないのに。みえなくなったからと言って、消えてしまうものではないのに。
そうだ、生きなおせる、自分の中に希望がうまれてしまう。その希望は、今までの、逃避の為の適当な間に合わせではなくて、今度こそようやく、ほんとうの、希望のような気がしてくる。
自分の未来のような気がしてくる。
彼らの身勝手さまでハルヒにうつってしまったようだ。
映画が終わると、ハルヒの心はそんな希望に満ちあふれており、とてもすがすがしかった。
だけど、主人公が千葉の海辺の街に残してきたものと同じに、ハルヒがスクリーンの中に残してきたもののことを思い出した瞬間、すべては錯覚、消えてしまう。
(6月26日 加筆)
June 04, 2010
爆裂都市 BURST CITY
『爆裂都市 BURST CITY』 1982 日本
D:石井聰亙 A:陣内孝則/大江慎也
ほとんど見返すこともない映画だったのだけど、吉祥寺のバウスシアターで“爆音映画祭”とかいうのをやっていて、そこでかかるというので、見にいった。
ひさしぶりにでかい音で映画館で見たら気持ちいいだろうと思ったんだけど、それほどでもなかった。
44歳になったハルヒがみると、にやついてしまってしょうがない。ちょうど自分が高校生のころ、かっこいいと思っていたもの、自分が描いてみたかったようなものが手本のようにそこにある。
10代のハルヒは、映像よりもそこに描かれていることに、深く意味があると思っていたが、大人になってみれば、テーマもストーリーもセリフも、映像のおまけでどうでもいい。
ただ、なんか、ものすごく大事だと思った。
じぶんのなかに、こういうインチキくさいほんとうが住んでいたことは、とても大事だと思った。
D:石井聰亙 A:陣内孝則/大江慎也
ほとんど見返すこともない映画だったのだけど、吉祥寺のバウスシアターで“爆音映画祭”とかいうのをやっていて、そこでかかるというので、見にいった。
ひさしぶりにでかい音で映画館で見たら気持ちいいだろうと思ったんだけど、それほどでもなかった。
44歳になったハルヒがみると、にやついてしまってしょうがない。ちょうど自分が高校生のころ、かっこいいと思っていたもの、自分が描いてみたかったようなものが手本のようにそこにある。
10代のハルヒは、映像よりもそこに描かれていることに、深く意味があると思っていたが、大人になってみれば、テーマもストーリーもセリフも、映像のおまけでどうでもいい。
ただ、なんか、ものすごく大事だと思った。
じぶんのなかに、こういうインチキくさいほんとうが住んでいたことは、とても大事だと思った。
June 01, 2010
ロード・オブ・ドッグタウン
『LORDS OF DOGTOWN』 2005 USA
D:キャサリン・ハードウィック A:ジョン・ロビンソン/エミール・ハーシュ
ハルヒにとって美しいものが3つあった。
まず、痛みへの疑問のなさ。
この映画の男の子たちは、転べば擦りむくし、打撲もあるし、骨折もする。
でもかまわない。
まるで体の痛みに鈍感であるかのような強さ。
折れて使えなくなった脚をぶらぶらとぶらさげてあるく猫のような犬のような、動物のような、そんな疑問のなさ。
つくらないカラダ。
男の子たちが、緩い柔らかい肉付きで、だらしなく、くねくねとゆがんでいる。何かの目的の為に整えたり作ったりしたカラダじゃなくて、うまれっぱなしの裸。
プールの青。
青空よりも海よりもきれいだった。
過ぎ去りし日の映画なのかと思っていたら、ずっと続いてる映画だった。
ずっと水のないプールを滑り続けている、そんな映画だった。
D:キャサリン・ハードウィック A:ジョン・ロビンソン/エミール・ハーシュ
ハルヒにとって美しいものが3つあった。
まず、痛みへの疑問のなさ。
この映画の男の子たちは、転べば擦りむくし、打撲もあるし、骨折もする。
でもかまわない。
まるで体の痛みに鈍感であるかのような強さ。
折れて使えなくなった脚をぶらぶらとぶらさげてあるく猫のような犬のような、動物のような、そんな疑問のなさ。
つくらないカラダ。
男の子たちが、緩い柔らかい肉付きで、だらしなく、くねくねとゆがんでいる。何かの目的の為に整えたり作ったりしたカラダじゃなくて、うまれっぱなしの裸。
プールの青。
青空よりも海よりもきれいだった。
過ぎ去りし日の映画なのかと思っていたら、ずっと続いてる映画だった。
ずっと水のないプールを滑り続けている、そんな映画だった。
April 13, 2010
クレイマー・クレイマー
『KRAMER VS. KRAMER』 1979 USA
D:ロバート・ベントン A:ダスティン・ホフマン/メリル・ストリープ
ハルヒが高校生の時、福岡の2番館でみた。
学校の敷地内にある寮で暮らしていたハルヒは、一人で映画を見に行くのが少し楽しくなって来たところだった。
その映画館は駅のすぐそばにあったので、中州とかに出かけるよりも入りやすかったんだろう。
友達が話してた映画を少し遅れて一人で見た。
ハルヒが女の子だからだろうか、この映画を見ると、どうしてもママはいらない!と思ってしまう。
パパとビリーと、ずっと二人で、相棒みたいに、ママはいらない!
だから、ビリーを取り返したいというメリル・ストリープの憎らしかったこと。
でも、さすがに今見ると、パパはずるいとも思うわけ。
メリル・ストリープが、身勝手な主張をしてるようにみえるけど、その気持ちも解るわけ。
メリル.ストリープも、パパが欲しかったんじゃないだろうか。
身勝手をただ一人に許されたかったんじゃないだろうか。
でも、彼女はもう大人だったし、自分が言ってることが子どものわがままだとわかっているから
通らない主張を泣き笑いで取り下げるしかない。
自分の身勝手や理不尽を疑問ももたずに泣いて主張できた頃が懐かしい。
この映画と言えば、フレンチトーストだ。
でも、ダスティン・ホフマンの作るフレンチトーストが、うちのと違って驚いたのを覚えている。
“それじゃ、ピカタみたいにまわりだけたまご焼きになっちゃわない??”
ハルヒの母親が作るフレンチトーストは、一回焼いた食パンを、卵、たっぷりの砂糖、牛乳を溶いたものに、それらがすっかりパンに染み込んでしまうまで漬けこんでから、バターで焼く。
辛うじてパンの耳が重みを持っているが、中は崩れ落ちそうな程にトロトロのフレンチトースト、がうちのだ。
フランスではパン・ペルデュって言う。ミルクの中でまいごのパンってことなんだろうか。
ラ・デュレの朝食でパン・ペルデュを食べたけど、甘さに参った。
そして、ハルヒの母親のフレンチトーストの方がやっぱり美味しいと思った。
D:ロバート・ベントン A:ダスティン・ホフマン/メリル・ストリープ
ハルヒが高校生の時、福岡の2番館でみた。
学校の敷地内にある寮で暮らしていたハルヒは、一人で映画を見に行くのが少し楽しくなって来たところだった。
その映画館は駅のすぐそばにあったので、中州とかに出かけるよりも入りやすかったんだろう。
友達が話してた映画を少し遅れて一人で見た。
ハルヒが女の子だからだろうか、この映画を見ると、どうしてもママはいらない!と思ってしまう。
パパとビリーと、ずっと二人で、相棒みたいに、ママはいらない!
だから、ビリーを取り返したいというメリル・ストリープの憎らしかったこと。
でも、さすがに今見ると、パパはずるいとも思うわけ。
メリル・ストリープが、身勝手な主張をしてるようにみえるけど、その気持ちも解るわけ。
メリル.ストリープも、パパが欲しかったんじゃないだろうか。
身勝手をただ一人に許されたかったんじゃないだろうか。
でも、彼女はもう大人だったし、自分が言ってることが子どものわがままだとわかっているから
通らない主張を泣き笑いで取り下げるしかない。
自分の身勝手や理不尽を疑問ももたずに泣いて主張できた頃が懐かしい。
この映画と言えば、フレンチトーストだ。
でも、ダスティン・ホフマンの作るフレンチトーストが、うちのと違って驚いたのを覚えている。
“それじゃ、ピカタみたいにまわりだけたまご焼きになっちゃわない??”
ハルヒの母親が作るフレンチトーストは、一回焼いた食パンを、卵、たっぷりの砂糖、牛乳を溶いたものに、それらがすっかりパンに染み込んでしまうまで漬けこんでから、バターで焼く。
辛うじてパンの耳が重みを持っているが、中は崩れ落ちそうな程にトロトロのフレンチトースト、がうちのだ。
フランスではパン・ペルデュって言う。ミルクの中でまいごのパンってことなんだろうか。
ラ・デュレの朝食でパン・ペルデュを食べたけど、甘さに参った。
そして、ハルヒの母親のフレンチトーストの方がやっぱり美味しいと思った。
March 10, 2010
カサノバ
『CASANOVA』 2005 USA
D:ラッセ・ハルストレム A:ヒース・レジャー/シエナ・ミラー
シエナ・ミラーが小気味良い。
衣装を眺めるだけでも楽しい。ほんとにこの時代の衣装は男服も女服も美しくてかわいらしい。
これとか、『キャンディード』みたいなエロ冒険譚を漫画で描いてみたいんだけど、ハルヒはドレスのドレープの流れるわさわさふわふわがどうしても描けない。修行だ。
70歳くらいになったら描けるんじゃないだろうか。修行だ。
D:ラッセ・ハルストレム A:ヒース・レジャー/シエナ・ミラー
シエナ・ミラーが小気味良い。
衣装を眺めるだけでも楽しい。ほんとにこの時代の衣装は男服も女服も美しくてかわいらしい。
これとか、『キャンディード』みたいなエロ冒険譚を漫画で描いてみたいんだけど、ハルヒはドレスのドレープの流れるわさわさふわふわがどうしても描けない。修行だ。
70歳くらいになったら描けるんじゃないだろうか。修行だ。
February 21, 2010
バカバカンス
『バカバカンス』 2008 日本
D:宮田宗吉 A:須田邦裕/奥田恵梨華
ハルヒはいい加減そうにみえて、いや、事実いいかげんなんだけれども、自分には甘く優しく、他人には厳しい。
なので、手作りというものが実は、昔から好きじゃない。
この世には、ハルヒと違って何でも自分で作れる人がたくさんいるけれど。
服でも、鞄でも、アクセサリーでも、なんでもだ。作れる人はいるし、それをとてもうらやましく素敵に思うけれども、自分もそんな風に、何か作れたらいいなと、想い描いた服なんか、縫えたらたのしいだろうなと、思うんだけれども、じゃあ、欲しいかというと、実はまったく欲しくない。
ハルヒがうらやましく思うのは、その才能、技術、作る過程を楽しむことをであって、出来上がりにはさほど興味がない。
どうせ身に付けるなら、買うなら、側に置くならば、ハルヒは工業製品的なもののほうに、美しさを感じるし、手作業が入っていても、手間賃ににお金を払うというより、やっぱりデザインにお金を払っているつもりでいる。
そんなかんじで、この手の映画は、嫌いではないけれど、差し上げるといわれたら、ちょっとおことわりしたい、そんな感じ。
タイトルで借りてみたけれど、中身はまったくバカではなかった。
D:宮田宗吉 A:須田邦裕/奥田恵梨華
ハルヒはいい加減そうにみえて、いや、事実いいかげんなんだけれども、自分には甘く優しく、他人には厳しい。
なので、手作りというものが実は、昔から好きじゃない。
この世には、ハルヒと違って何でも自分で作れる人がたくさんいるけれど。
服でも、鞄でも、アクセサリーでも、なんでもだ。作れる人はいるし、それをとてもうらやましく素敵に思うけれども、自分もそんな風に、何か作れたらいいなと、想い描いた服なんか、縫えたらたのしいだろうなと、思うんだけれども、じゃあ、欲しいかというと、実はまったく欲しくない。
ハルヒがうらやましく思うのは、その才能、技術、作る過程を楽しむことをであって、出来上がりにはさほど興味がない。
どうせ身に付けるなら、買うなら、側に置くならば、ハルヒは工業製品的なもののほうに、美しさを感じるし、手作業が入っていても、手間賃ににお金を払うというより、やっぱりデザインにお金を払っているつもりでいる。
そんなかんじで、この手の映画は、嫌いではないけれど、差し上げるといわれたら、ちょっとおことわりしたい、そんな感じ。
タイトルで借りてみたけれど、中身はまったくバカではなかった。
February 20, 2010
恋のからさわぎ
『10 THINGS I HATE ABOUT YOU』1999 USA
D:ジル・ジュンガー A:ヒース・レジャー/ジョセフ・ゴードン=レヴィット
グラウンドでヒース・レジャーが君の瞳に恋してる!"cant take my eyes off you"を歌うシーンは、エバーグリーン。
へえ、彼にもこんな若い時代があったのか、なんてつい思ってしまったけど、ヒース・レジャーは30になる前に亡くなったのか。
『ブロークバック・マウンテン』で、行き止まりな中年オヤジの人生を生きていたので、ハルヒの中で彼の若き日々はとっくに過ぎ去ったかのような気がしていたけど、彼は最後の日まで若者のままだったんだ。
若いまま、Dr.パルナサスの鏡の中、映画の世界に閉じ込められてしまったような気もするが、窮屈な気はしない。
アメリカらしいかわいらしいティーンの恋物語で、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが子どもだ。
ハルヒにはまぶしい恋愛模様だけど、別にうらやましくないもんね。
D:ジル・ジュンガー A:ヒース・レジャー/ジョセフ・ゴードン=レヴィット
グラウンドでヒース・レジャーが君の瞳に恋してる!"cant take my eyes off you"を歌うシーンは、エバーグリーン。
へえ、彼にもこんな若い時代があったのか、なんてつい思ってしまったけど、ヒース・レジャーは30になる前に亡くなったのか。
『ブロークバック・マウンテン』で、行き止まりな中年オヤジの人生を生きていたので、ハルヒの中で彼の若き日々はとっくに過ぎ去ったかのような気がしていたけど、彼は最後の日まで若者のままだったんだ。
若いまま、Dr.パルナサスの鏡の中、映画の世界に閉じ込められてしまったような気もするが、窮屈な気はしない。
アメリカらしいかわいらしいティーンの恋物語で、ジョセフ・ゴードン=レヴィットが子どもだ。
ハルヒにはまぶしい恋愛模様だけど、別にうらやましくないもんね。
February 16, 2010
トロピック・サンダー/史上最低の作戦
『TROPIC THUNDER』 2008 USA
D:ベン・スティラー A:ベン・スティラー/ジャック・ブラック/ロバート・ダウニー・Jr
上等のばかばかしさなんていうと矛盾しているけど、やっぱりこういう映画を見ると、お金がかかってる=上等というより、監督俳優が本物の映画バカ=上等だなあとつくづく思う。
借りて来たこだわりではなく、本人たちの天然のこだわりは、圧倒的にばかばかしい。
日本だと、こういう映画とるとしたら誰がやるんだろう。
みんな嘘つきとおすのヘタだからなあ。無名の俳優でやるしかないのかも知れない。
ロバート・ダウニー・Jrなんて、吹き替えで見たら、ほんとに名もないただの黒人俳優だもの。
この嘘が上等なのは、ロバート・ダウニー・Jrを黒人ってていで見ろというのではなく、彼は白人の演技派俳優で、黒人役を獲るために整形手術で見た目とともにすっかり黒人になりきっているという役どころで、そのなりきり具合が、映画を見てる方にも、ただの黒人俳優にみえてしまうってところ。
映画の中の人もあきれさせるが、映画を見てるハルヒ達まであきれさせるロバート・ダウニー・Jr。
メイキングがまたこりにこっているので、見逃すの惜しい。レンタルしておもしろかったらAmazonしたらいい。
D:ベン・スティラー A:ベン・スティラー/ジャック・ブラック/ロバート・ダウニー・Jr
上等のばかばかしさなんていうと矛盾しているけど、やっぱりこういう映画を見ると、お金がかかってる=上等というより、監督俳優が本物の映画バカ=上等だなあとつくづく思う。
借りて来たこだわりではなく、本人たちの天然のこだわりは、圧倒的にばかばかしい。
日本だと、こういう映画とるとしたら誰がやるんだろう。
みんな嘘つきとおすのヘタだからなあ。無名の俳優でやるしかないのかも知れない。
ロバート・ダウニー・Jrなんて、吹き替えで見たら、ほんとに名もないただの黒人俳優だもの。
この嘘が上等なのは、ロバート・ダウニー・Jrを黒人ってていで見ろというのではなく、彼は白人の演技派俳優で、黒人役を獲るために整形手術で見た目とともにすっかり黒人になりきっているという役どころで、そのなりきり具合が、映画を見てる方にも、ただの黒人俳優にみえてしまうってところ。
映画の中の人もあきれさせるが、映画を見てるハルヒ達まであきれさせるロバート・ダウニー・Jr。
メイキングがまたこりにこっているので、見逃すの惜しい。レンタルしておもしろかったらAmazonしたらいい。
February 15, 2010
ドロップ
『ドロップ』2008 日本
D:品川ヒロシ A:成宮寛貴/水嶋ヒロ
不良映画づいている。
原作、脚本、カントク、シナガワさんはついでに主演もやればよかったのに。
中学生にはどうせ誰もみえないのだし(にしてもナミオカカズキは、年齢関係なくこういう映画になくてはならない存在感だなあ。不良小学生もやれるんじゃないだろうか)たぶん、主人公ヒロシの魅力って、シナガワさんのあの愛嬌たっぷりのジャガイモみたいな風貌あってのもののように思う。
それより、せっかくのシナガワショージの(という名前だとばかり思っていた)監督デビュー作なんだから、リアル中学生と映画作ったら面白かったんじゃないのかなあ。ほんとうの中学時代の自分の分身を見つけるとこから映画作りしたら、かなり感動的な気持ちのよい映画になったと思うんだ。
だって、憧れの不良映画を撮っている監督の初々しさが、(若手とはいえ)コツをつかんだみたいな不良演技にかすんでしまったように思ったから。
なんというか、映画自体が、おませでできのいい子役の模範解答みたいだったな。
かゆいところすべて掻き過ぎって感じで。
D:品川ヒロシ A:成宮寛貴/水嶋ヒロ
不良映画づいている。
原作、脚本、カントク、シナガワさんはついでに主演もやればよかったのに。
中学生にはどうせ誰もみえないのだし(にしてもナミオカカズキは、年齢関係なくこういう映画になくてはならない存在感だなあ。不良小学生もやれるんじゃないだろうか)たぶん、主人公ヒロシの魅力って、シナガワさんのあの愛嬌たっぷりのジャガイモみたいな風貌あってのもののように思う。
それより、せっかくのシナガワショージの(という名前だとばかり思っていた)監督デビュー作なんだから、リアル中学生と映画作ったら面白かったんじゃないのかなあ。ほんとうの中学時代の自分の分身を見つけるとこから映画作りしたら、かなり感動的な気持ちのよい映画になったと思うんだ。
だって、憧れの不良映画を撮っている監督の初々しさが、(若手とはいえ)コツをつかんだみたいな不良演技にかすんでしまったように思ったから。
なんというか、映画自体が、おませでできのいい子役の模範解答みたいだったな。
かゆいところすべて掻き過ぎって感じで。
February 14, 2010
屋根の上の赤い女
『屋根の上の赤い女』 2007 日本
D:岡太地 A:山中崇/神農幸
うーん。ジャケット借り。
これはギャグなのかなあ。なんなんだろう。ハルヒの好きなフランス映画の字幕調の思わせぶりなセリフをちゃかしているようでもあり、信じているようでもあり。
巻末の監督インタビューもみたけど、本編ともにあまり、興味をそそられるところはなかった。
恋愛の神様と、男の監督が褒めた耐えているのも、嫌みなのか冗談なのか本気なのかよくわからない。
関西の人が作った映画の割に、ものすごく関西弁が不自然に聞こえるのはなんでなんだろう。
もう一本『放流人間』という監督の映画も収録されていた。
D:岡太地 A:山中崇/神農幸
うーん。ジャケット借り。
これはギャグなのかなあ。なんなんだろう。ハルヒの好きなフランス映画の字幕調の思わせぶりなセリフをちゃかしているようでもあり、信じているようでもあり。
巻末の監督インタビューもみたけど、本編ともにあまり、興味をそそられるところはなかった。
恋愛の神様と、男の監督が褒めた耐えているのも、嫌みなのか冗談なのか本気なのかよくわからない。
関西の人が作った映画の割に、ものすごく関西弁が不自然に聞こえるのはなんでなんだろう。
もう一本『放流人間』という監督の映画も収録されていた。
February 11, 2010
ジャーマン+雨
『ジャーマン+雨』 2006 日本
D:横浜聡子 A:横浜聡子/藤岡涼音
ヨコハマサトコさん!(さんをつけてしまおう!)
なんて素敵な映画監督なんだろう。ハルヒはヨコハマサトコさんがうらやましくてしかたない。
こんなふうに人を見れる、描けるなんてうらやましい。
ハルヒにはみえないビューティフルワールドだ。みえないけど、ヨコハマサトコさんがみせてくれる。
『ウルトラミラクルラブストーリー』の、森で脳みそと遊ぶ子供達のシーンと、『ジャーマン+雨』のこえだめ(し尿層)へのダイブのあとのシーンは、きっとヨコハマサトコさんからの大切な大切なメッセージだと思うのだけど,ハルヒにはまだ、はっきりとわからないので、あと6回くらいゆっくり見よう。
すばらしかった!
D:横浜聡子 A:横浜聡子/藤岡涼音
ヨコハマサトコさん!(さんをつけてしまおう!)
なんて素敵な映画監督なんだろう。ハルヒはヨコハマサトコさんがうらやましくてしかたない。
こんなふうに人を見れる、描けるなんてうらやましい。
ハルヒにはみえないビューティフルワールドだ。みえないけど、ヨコハマサトコさんがみせてくれる。
『ウルトラミラクルラブストーリー』の、森で脳みそと遊ぶ子供達のシーンと、『ジャーマン+雨』のこえだめ(し尿層)へのダイブのあとのシーンは、きっとヨコハマサトコさんからの大切な大切なメッセージだと思うのだけど,ハルヒにはまだ、はっきりとわからないので、あと6回くらいゆっくり見よう。
すばらしかった!
ホームレスが中学生
『ホームレスが中学生』 2008 日本
D:城定秀夫 A:うつのみや八郎/蛭子能収
ふざけたタイトルだけど、お笑いでもパロディでもなかった。
まあ、そのままだ。ある日、クラスにホームレスのおじさんが転校生としてやってくる。
映画を撮ってる中学生の主人公とその友人が、おじさんに興味をもち、その姿を追ってるうちに、中学生ならではのストレスにつぶされそうな毎日から解放されようと、おじさんと一緒に河原で生活を始める。
子供達が帰らないと大人達が大騒ぎ。でも、そんな大人達も、いつのまにか子供達と河原で楽しくたき火を囲む。
風邪の又三郎の一説が、おじさんの登場にかけてあったりしたけれど、それもふくめて何となく中学生にしては幼い内容だった。“ホームレスが小学生”の方がよかった気がするけど、中学生役の子供達は、とにかくかわいかった。いきいきしていて、その辺の子を電車やマックでぼんやりみてるように自然だ。
この監督の映画は、前に『新宿区歌舞伎町保育園』をみたけれど、あれも、子供達がかわいくてかわいくて、かわいさがとても自然で。
もしかしたら“子供使い”なのかもなあ,この監督。なんか好きだ。
D:城定秀夫 A:うつのみや八郎/蛭子能収
ふざけたタイトルだけど、お笑いでもパロディでもなかった。
まあ、そのままだ。ある日、クラスにホームレスのおじさんが転校生としてやってくる。
映画を撮ってる中学生の主人公とその友人が、おじさんに興味をもち、その姿を追ってるうちに、中学生ならではのストレスにつぶされそうな毎日から解放されようと、おじさんと一緒に河原で生活を始める。
子供達が帰らないと大人達が大騒ぎ。でも、そんな大人達も、いつのまにか子供達と河原で楽しくたき火を囲む。
風邪の又三郎の一説が、おじさんの登場にかけてあったりしたけれど、それもふくめて何となく中学生にしては幼い内容だった。“ホームレスが小学生”の方がよかった気がするけど、中学生役の子供達は、とにかくかわいかった。いきいきしていて、その辺の子を電車やマックでぼんやりみてるように自然だ。
この監督の映画は、前に『新宿区歌舞伎町保育園』をみたけれど、あれも、子供達がかわいくてかわいくて、かわいさがとても自然で。
もしかしたら“子供使い”なのかもなあ,この監督。なんか好きだ。
February 10, 2010
花婿は18歳
『花婿は18歳』 2008 日本
D:武正晴 A:大河元気/純名りさ
『喧嘩番長』のサワキタヨウヘイがあまりにもかっこ良かったので,試写会の帰り、そのアシでTSUTAYA。この映画を借りてきたんだけど、“あーなーんだ”。
18歳の高校生と40間近な学園理事長が実は夫婦って話しなら、絶対結婚するまでの恋愛期間をじっくりみたかったのに,いくら麿赤兒のお告げだからって、なぜそこを運命の赤い糸ではしょってしまうのか。冗談にもなってない。台無しだな。がっかり。
これじゃ結婚が何の障害にもなってないから、ドタバタがまったくつまんない。せめてピンク展開なら、その辺の強引さに目を瞑れるんだろうけど、なんに目を瞑ればいいのかさえわからない。
やっぱりこういう映画を撮ってしまう監督って、どうせ見に来るのはかわいい男の子ファンの、映画なんかわかっちゃいない、漫画みたいなお笑いドラマしかみないお嬢さんばっかりだからってバカにしてるのか、真剣にこういう低学年向けの少女漫画みたいな話しが好きでたまらないのか、ハルヒにはどうしてもわかんない。素敵な俳優さん達が出演しているのに、まじめに作って損は無いと思うんだけどなあ。なんでなの?
普通の日常をおくっていれば、その“どうせ”なんて思われてる娘さん達にだって、学園新聞部伝説なんか通用しないってわかりそうなもんだけど。
あと、生徒会長でモテモテらしい設定のオオカワくんが原始人みたいな髪の毛なのはなんでなの?
髪切れ!といえない事情があったのなら、ヅラかぶれ!くらい監督言っても良さそうなもんだけど、アレもやっぱり監督の好みなんだろうか。
D:武正晴 A:大河元気/純名りさ
『喧嘩番長』のサワキタヨウヘイがあまりにもかっこ良かったので,試写会の帰り、そのアシでTSUTAYA。この映画を借りてきたんだけど、“あーなーんだ”。
18歳の高校生と40間近な学園理事長が実は夫婦って話しなら、絶対結婚するまでの恋愛期間をじっくりみたかったのに,いくら麿赤兒のお告げだからって、なぜそこを運命の赤い糸ではしょってしまうのか。冗談にもなってない。台無しだな。がっかり。
これじゃ結婚が何の障害にもなってないから、ドタバタがまったくつまんない。せめてピンク展開なら、その辺の強引さに目を瞑れるんだろうけど、なんに目を瞑ればいいのかさえわからない。
やっぱりこういう映画を撮ってしまう監督って、どうせ見に来るのはかわいい男の子ファンの、映画なんかわかっちゃいない、漫画みたいなお笑いドラマしかみないお嬢さんばっかりだからってバカにしてるのか、真剣にこういう低学年向けの少女漫画みたいな話しが好きでたまらないのか、ハルヒにはどうしてもわかんない。素敵な俳優さん達が出演しているのに、まじめに作って損は無いと思うんだけどなあ。なんでなの?
普通の日常をおくっていれば、その“どうせ”なんて思われてる娘さん達にだって、学園新聞部伝説なんか通用しないってわかりそうなもんだけど。
あと、生徒会長でモテモテらしい設定のオオカワくんが原始人みたいな髪の毛なのはなんでなの?
髪切れ!といえない事情があったのなら、ヅラかぶれ!くらい監督言っても良さそうなもんだけど、アレもやっぱり監督の好みなんだろうか。
喧嘩番長 劇場版〜全国制覇
『喧嘩番長 劇場版〜全国制覇』 2009 日本
D:東海林毅 A:綾部祐二/大河元気
よどみなくおもしろかった!ストレスまったくなく楽しかった!
日本全国の喧嘩自慢の番長が東京に集結してくるという馬鹿馬鹿しい状況なんて、さいきんの若い映画の傾向からすると突っ込まれる前に自分で突っ込んで、冷めた笑いにもっていくようなとこがあるのに、この映画は往年の不良向け映画のようにどこにも逃げがなくて気持ちいい。
冒頭の走行中の修学旅行のバスの中での乱闘シーンから、低予算映画ならではの体を張った男子っぽさでいっぱいだ。キャスティングもいい。主役のサカモトタカシ役をはじめ俳優さんはほとんどお笑いの人だったのだけど、意外にお笑いやギャグでごまかすところが無くて、ほどよい素人俳優っぷりが、若々しくてみんなよかった。
サカモトタカシのツレ、サワキタヨウヘイ役のオオカワゲンキくんがいい!
不良映画の2番手として、間違いの無い、チャーミングなキャラクターだった。
彼が舞台に出ているところはいくつかみたことがあったけれど、演技に癖があるというか,アニメのキャラクターみたいな、ちょっと舞台の上からは降りてこられないような現実感の無い印象だったのだが、きっとこの人は勘がいいのだろうな。自分が今いる世界の空気を察するひとなんだろう。
そして彼が、こんなふうに存在できたのは、この映画の作りがとても丁寧だったからだと思った。演出も脚本も、丁寧だった。
女の子だけにむけて作った映画より、やっぱり監督や俳優達が男全開で作った映画の方が、女子だってみていて楽しい。
3月公開。
http://www.kenkabancho-movie.com/
D:東海林毅 A:綾部祐二/大河元気
よどみなくおもしろかった!ストレスまったくなく楽しかった!
日本全国の喧嘩自慢の番長が東京に集結してくるという馬鹿馬鹿しい状況なんて、さいきんの若い映画の傾向からすると突っ込まれる前に自分で突っ込んで、冷めた笑いにもっていくようなとこがあるのに、この映画は往年の不良向け映画のようにどこにも逃げがなくて気持ちいい。
冒頭の走行中の修学旅行のバスの中での乱闘シーンから、低予算映画ならではの体を張った男子っぽさでいっぱいだ。キャスティングもいい。主役のサカモトタカシ役をはじめ俳優さんはほとんどお笑いの人だったのだけど、意外にお笑いやギャグでごまかすところが無くて、ほどよい素人俳優っぷりが、若々しくてみんなよかった。
サカモトタカシのツレ、サワキタヨウヘイ役のオオカワゲンキくんがいい!
不良映画の2番手として、間違いの無い、チャーミングなキャラクターだった。
彼が舞台に出ているところはいくつかみたことがあったけれど、演技に癖があるというか,アニメのキャラクターみたいな、ちょっと舞台の上からは降りてこられないような現実感の無い印象だったのだが、きっとこの人は勘がいいのだろうな。自分が今いる世界の空気を察するひとなんだろう。
そして彼が、こんなふうに存在できたのは、この映画の作りがとても丁寧だったからだと思った。演出も脚本も、丁寧だった。
女の子だけにむけて作った映画より、やっぱり監督や俳優達が男全開で作った映画の方が、女子だってみていて楽しい。
3月公開。
http://www.kenkabancho-movie.com/
Posted by nuitlog at
13:09
幸福
『幸福』1981 日本
D:市川崑 A:水谷豊/永島敏行
退色したような色とともになんだか不思議な映画だった。
本屋で起こった銃撃事件が無差別なものなのか、殺された3人の被害者の誰かへの怨恨からか。
刑事が人間関係を捜査していくうちに、自分たちにまさか不幸が降り掛かるとは知らずに、普通に暮らしているだけでは考えもしなかった、思いやりもしなかった、抱えている事情というのがみえてくる。
丁寧すぎて、どこか物足りない。物足りないというより、深みが感じられなかった。
市井(いちいと読んではいけないいちいと読んではいけないと思ってると絶対読むからいやになる!大人になってもまだ読めない!)の人の背景だからこそ、何でもない事がもっと深い気がするんだけど、
その深さってのは、人の心の闇とかでは無くて、普通に名もなく生きていた事の深さ。
ハルヒがそれを期待したのは、ミズタニユタカがへんてこりんな演技をしていたからだった。
奥さんに逃げられた刑事、おませでどこか達観した小学生の姉と、わがままな弟。セリフ棒読みのような、木でできた人形のような、独特なミズタニユタカの演技に、ハルヒは無気力、もしくは事務的な主人公の刑事像を思い描いたのだけど、案外たいへん熱く前向きに事件に向き合うんだな、ミズタニユタカが。
退色したような色というのは、監督がこだわった“シルバーカラー”という現像法なんだけど(最近流行りの銀残しより、もっと自然に色あせた感じ。なので、ずっと、劣化したフィルムしか残ってなかったのかと思って見ていた)この、色といい、ミズタニユタカといい、何かの暗示をずっと感じさせられているわりに、人物の行動がとても教科書どおり、型通りで、さいごまでハルヒは気持ちの置き場所に困っていた気がした。
でも、ミズタニユタカ親子はとてもよかった。い親子だった。ずっと見ていたい親子だった。
事件はどうでもよかったのかもしれない。
ついでに、ハルヒにはお母さんなんかどうでもよかった。
D:市川崑 A:水谷豊/永島敏行
退色したような色とともになんだか不思議な映画だった。
本屋で起こった銃撃事件が無差別なものなのか、殺された3人の被害者の誰かへの怨恨からか。
刑事が人間関係を捜査していくうちに、自分たちにまさか不幸が降り掛かるとは知らずに、普通に暮らしているだけでは考えもしなかった、思いやりもしなかった、抱えている事情というのがみえてくる。
丁寧すぎて、どこか物足りない。物足りないというより、深みが感じられなかった。
市井(いちいと読んではいけないいちいと読んではいけないと思ってると絶対読むからいやになる!大人になってもまだ読めない!)の人の背景だからこそ、何でもない事がもっと深い気がするんだけど、
その深さってのは、人の心の闇とかでは無くて、普通に名もなく生きていた事の深さ。
ハルヒがそれを期待したのは、ミズタニユタカがへんてこりんな演技をしていたからだった。
奥さんに逃げられた刑事、おませでどこか達観した小学生の姉と、わがままな弟。セリフ棒読みのような、木でできた人形のような、独特なミズタニユタカの演技に、ハルヒは無気力、もしくは事務的な主人公の刑事像を思い描いたのだけど、案外たいへん熱く前向きに事件に向き合うんだな、ミズタニユタカが。
退色したような色というのは、監督がこだわった“シルバーカラー”という現像法なんだけど(最近流行りの銀残しより、もっと自然に色あせた感じ。なので、ずっと、劣化したフィルムしか残ってなかったのかと思って見ていた)この、色といい、ミズタニユタカといい、何かの暗示をずっと感じさせられているわりに、人物の行動がとても教科書どおり、型通りで、さいごまでハルヒは気持ちの置き場所に困っていた気がした。
でも、ミズタニユタカ親子はとてもよかった。い親子だった。ずっと見ていたい親子だった。
事件はどうでもよかったのかもしれない。
ついでに、ハルヒにはお母さんなんかどうでもよかった。
February 06, 2010
ミルク
『MILK』2008
D:ガス・ヴァン・サント A:ショーン・ペン/ジェームズ・フランコ
映画は面白かった。
ミルクという人物をマイノリティの英雄として描くのではなく、人物として描いてたのでおもしろかった。
なんだかむかつくヤツだ。ハーヴィー・ミルク。こういう人だったのか。
差別によって殺されたのではなく、むかつくんで殺されたので、なんかほっとした。
ミルクを“人として嫌いだ”と思えたのだから、それはとても重要な事だと思う。
彼の功績に遠慮することなく。
この世から差別をなくすなんて大きな事はハルヒにはできないが、まずは隣人、
隣人を思いやる事だとこの映画から学んだ。
隣人を思いやれないで、たとえ自分たちがなんらかの力と権利を得たとしても
それは単なる一抜けで、おいていかれる弱い人たちはたくさんいるんじゃないだろうか。
あとさ、好き嫌いと差別一緒にするのもよくない。
好き嫌いはあってもいいでしょう?
嫌いなものを好きになれっていうのは差別をなくす事じゃないと思う。
D:ガス・ヴァン・サント A:ショーン・ペン/ジェームズ・フランコ
映画は面白かった。
ミルクという人物をマイノリティの英雄として描くのではなく、人物として描いてたのでおもしろかった。
なんだかむかつくヤツだ。ハーヴィー・ミルク。こういう人だったのか。
差別によって殺されたのではなく、むかつくんで殺されたので、なんかほっとした。
ミルクを“人として嫌いだ”と思えたのだから、それはとても重要な事だと思う。
彼の功績に遠慮することなく。
この世から差別をなくすなんて大きな事はハルヒにはできないが、まずは隣人、
隣人を思いやる事だとこの映画から学んだ。
隣人を思いやれないで、たとえ自分たちがなんらかの力と権利を得たとしても
それは単なる一抜けで、おいていかれる弱い人たちはたくさんいるんじゃないだろうか。
あとさ、好き嫌いと差別一緒にするのもよくない。
好き嫌いはあってもいいでしょう?
嫌いなものを好きになれっていうのは差別をなくす事じゃないと思う。
Stonewall & Riot: The Ultimate Orgasm
『Stonewall & Riot: The Ultimate Orgasm』
D:Joe Phillips
いいものをみた!大好き!
ゲイのポルノ3Dアニメなんだけど、とにかく絵がかっこ良くて、エロくって、チャーミングで、
ヒーローであるストーンウォールとライオットは、つまりバットマンとロビン。1969年のNYのストーンウォール事件というゲイ達の暴動がそのまま二人の名前になっているのらしい。
だからといって、特にリブな啓蒙アニメではなく、ずーっとセックスしてるだけ。
ストーリー展開も怪人達も、アメリカンコミックのパロディだけど、オクトパスならぬコックトパス(まあ千手観音みたいな手の変わりにアレが千手観音なのはご想像通り)キャットウーマンならぬポールキャット、キャラクターもコスチュームもたいへんセンスよくキュート!
外国のエロ動画サイトに運良くフルで上がっていたものを落としてきたのだけど、そんなことやってるから、バイアグラのセールスとかのスパムメールばっかりきちゃうんだな。
日本語翻訳版が出る時は(きっとないとは思うけど)、キャラクターの声がまたすごくいいので(ストーンウォールの声はフィリップさん本人がやっているみたいだ。)是非字幕版で。
http://www.stonewallandriot.com/
D:Joe Phillips
いいものをみた!大好き!
ゲイのポルノ3Dアニメなんだけど、とにかく絵がかっこ良くて、エロくって、チャーミングで、
ヒーローであるストーンウォールとライオットは、つまりバットマンとロビン。1969年のNYのストーンウォール事件というゲイ達の暴動がそのまま二人の名前になっているのらしい。
だからといって、特にリブな啓蒙アニメではなく、ずーっとセックスしてるだけ。
ストーリー展開も怪人達も、アメリカンコミックのパロディだけど、オクトパスならぬコックトパス(まあ千手観音みたいな手の変わりにアレが千手観音なのはご想像通り)キャットウーマンならぬポールキャット、キャラクターもコスチュームもたいへんセンスよくキュート!
外国のエロ動画サイトに運良くフルで上がっていたものを落としてきたのだけど、そんなことやってるから、バイアグラのセールスとかのスパムメールばっかりきちゃうんだな。
日本語翻訳版が出る時は(きっとないとは思うけど)、キャラクターの声がまたすごくいいので(ストーンウォールの声はフィリップさん本人がやっているみたいだ。)是非字幕版で。
http://www.stonewallandriot.com/
February 05, 2010
Dr.パルナサスの鏡
『THE IMAGINARIUM OF DOCTOR PARNASSUS』2010 UK
D:テリー・ギリアム A:ヒース・レジャー/クリストファー・プラマー
はじまるや、なんだか、ものすごく不安で悲しい気持ち。
夢の中に閉じ込められたような気分だ。怖い。
鏡の中にはいったヒース・レジャーが、ジョニー・デップにかわったところで涙がでてきた。
ハルヒは特にヒース・レジャーに思い入れがあったわけではないので、それは、もういないヒース・レジャーへの涙ではないのだ。
随分まえに見た『ロスト・イン・ラ・マンチャ』の、テリー・ギリアムとジョニー・デップがよみがえる。
映画になれなかった映画の映画。
だけど、ヒース・レジャーがジョニー・デップになり、ジュード・ロウになり、コリン・ファレルになり、この映画は完成し、ハルヒのまえにある。
映画の世界の美しさと強さに、映画の世界に生きる事の美しさと強さに、ああ、今思い出しても涙があふれてしまう。
この映画、エンドロールが終わるまで暗闇の中にいた方がいい。
映画館にヒース・レジャーがいるから。
D:テリー・ギリアム A:ヒース・レジャー/クリストファー・プラマー
はじまるや、なんだか、ものすごく不安で悲しい気持ち。
夢の中に閉じ込められたような気分だ。怖い。
鏡の中にはいったヒース・レジャーが、ジョニー・デップにかわったところで涙がでてきた。
ハルヒは特にヒース・レジャーに思い入れがあったわけではないので、それは、もういないヒース・レジャーへの涙ではないのだ。
随分まえに見た『ロスト・イン・ラ・マンチャ』の、テリー・ギリアムとジョニー・デップがよみがえる。
映画になれなかった映画の映画。
だけど、ヒース・レジャーがジョニー・デップになり、ジュード・ロウになり、コリン・ファレルになり、この映画は完成し、ハルヒのまえにある。
映画の世界の美しさと強さに、映画の世界に生きる事の美しさと強さに、ああ、今思い出しても涙があふれてしまう。
この映画、エンドロールが終わるまで暗闇の中にいた方がいい。
映画館にヒース・レジャーがいるから。
January 03, 2010
マイケル・ジャクソン THIS IS IT
『THIS IS IT』 2009 USA
D:ケニー・オルテガ A:マイケル・ジャクソン
マイケル・ジャクソンのことを、ハルヒは大事にしてこなかった。
大事にというのは、なんだろう、彼の音楽が好きだとか、CDを買ったとか、そういうことをせずに、むしろ彼の音楽よりワイドショーのゴシップの方がハルヒにとっては面白かった、そういうことだ。
だから亡くなったからといって、いきなりこのドキュメンタリー映画をみにいくのは、どうにも罪悪感がつきまとって、結局去年限定公開の時はみにいけなかった。
DVDだともっとわざわざ見ない気がしていたら、ちょうどまた渋谷でかかってたので見に行くことができた。
映画はとても淡々と“THIS IS IT”と題されたマイケル・ジャクソンのコンサートのリハーサルの様子が描かれていて、予想外に冷静なドキュメンタリーだった。
“残された人々の映画だ”
と、ハルヒは思った。
マイケル・ジャクソンは、ハルヒの下品な好奇心など及ばぬ程に、素敵な人だった。
この映画をみていて、マイケル・ジャクソンはもうこの世にはいないのだけれども、そのことに関しての悲しみや寂しさは不思議に感じなかった。
やっぱり、音楽は、奏でる本人が生きてるとか死んでるとか、そういうことはあまり大きな問題ではないのだと思う。
漂うものだから。音楽は。
レコードでもCDでも、ラジオでもMTVでもYoutubeでも、誰かが変わりに歌うのでも、それはこの先、永遠にハルヒ達の周りを漂うのだもの。
元々会ったことも無い人だから、ダンスを生で見ることができなくなったという実感もない。
だけど、この映画全体を包む、たくさんのマイケル・ジャクソンへの、親愛や尊敬。
オーディションを受けた若いダンサー達が興奮して声を震わせる様子。
リハーサルなのに、マイケル・ジャクソンが歌い踊れば、まるでコンサートの特等席に招かれたように歓声を上げて拍手し、
円陣の中に立ちスピーチするマイケルを前に、胸に手を当て祈るスタッフやキャスト達。
彼らが夢見て、目指した、神様が、いなくなってしまった悲しさが、スクリーンから伝わってきて胸が苦しかった。
ゴシップが伝える彼は、たとえば、大人になりたくないピーター・パンであったりしたけれど、
いや、映画の中のマイケル・ジャクソンは“優しいお父様”だった。
彼を見つめる目は、年を取らない不思議な少年を見ている目ではなく、父親を見つめる目だった。
D:ケニー・オルテガ A:マイケル・ジャクソン
マイケル・ジャクソンのことを、ハルヒは大事にしてこなかった。
大事にというのは、なんだろう、彼の音楽が好きだとか、CDを買ったとか、そういうことをせずに、むしろ彼の音楽よりワイドショーのゴシップの方がハルヒにとっては面白かった、そういうことだ。
だから亡くなったからといって、いきなりこのドキュメンタリー映画をみにいくのは、どうにも罪悪感がつきまとって、結局去年限定公開の時はみにいけなかった。
DVDだともっとわざわざ見ない気がしていたら、ちょうどまた渋谷でかかってたので見に行くことができた。
映画はとても淡々と“THIS IS IT”と題されたマイケル・ジャクソンのコンサートのリハーサルの様子が描かれていて、予想外に冷静なドキュメンタリーだった。
“残された人々の映画だ”
と、ハルヒは思った。
マイケル・ジャクソンは、ハルヒの下品な好奇心など及ばぬ程に、素敵な人だった。
この映画をみていて、マイケル・ジャクソンはもうこの世にはいないのだけれども、そのことに関しての悲しみや寂しさは不思議に感じなかった。
やっぱり、音楽は、奏でる本人が生きてるとか死んでるとか、そういうことはあまり大きな問題ではないのだと思う。
漂うものだから。音楽は。
レコードでもCDでも、ラジオでもMTVでもYoutubeでも、誰かが変わりに歌うのでも、それはこの先、永遠にハルヒ達の周りを漂うのだもの。
元々会ったことも無い人だから、ダンスを生で見ることができなくなったという実感もない。
だけど、この映画全体を包む、たくさんのマイケル・ジャクソンへの、親愛や尊敬。
オーディションを受けた若いダンサー達が興奮して声を震わせる様子。
リハーサルなのに、マイケル・ジャクソンが歌い踊れば、まるでコンサートの特等席に招かれたように歓声を上げて拍手し、
円陣の中に立ちスピーチするマイケルを前に、胸に手を当て祈るスタッフやキャスト達。
彼らが夢見て、目指した、神様が、いなくなってしまった悲しさが、スクリーンから伝わってきて胸が苦しかった。
ゴシップが伝える彼は、たとえば、大人になりたくないピーター・パンであったりしたけれど、
いや、映画の中のマイケル・ジャクソンは“優しいお父様”だった。
彼を見つめる目は、年を取らない不思議な少年を見ている目ではなく、父親を見つめる目だった。
January 02, 2010
なくもんか
『なくもんか』 2009
D:水田伸生 A:阿部サダヲ/瑛太
『舞妓 Haaaan!!!』のアベサダヲがよかったので、何となくお正月に見てみようかという気になって映画館に。
長い!
長いわりにまったくどこにもたどり着けなかった気がする。
冒頭のエイタくんとアベサダオの生き別れの兄弟がお互いの生い立ちを語るシーンは、テンポよく面白かったけど、途中で、あれはまったくいらなかったことに気づくし、
アベサダヲの演じる主人公のバカのつく善人っぷりは、それこそ、お正月の国民映画として長く愛されるヒーローになれそうだったのに、最初っから、その善人ぶりが仮面なのだと臭わせ過ぎで、どう考えたって腹の底にどろどろと渦巻くものを持っていないわけない男だから、後半で裏のもう一つの顔を見せられても、意外性も無く、ふうんという感じなのだった。
なんだろう。どの登場人物も、彼らの身に起こることに対しての反応が常にその場限りで、映画自体が常に“そう思ったでしょ?”“でもそんなこと、なんてことないんだよ”と膝裏をかくんとやろうとしてばっかりで、本来なら絶対かわいいはずのイシダアユミのボケ老人でさえ、うざったくてしょうがなかった。
タケウチユウコの役にいたってはあらためて考えたくもないくらい。
“偽物だって、なんだって、信じればホンモノなのだ”というような雰囲気をなんとなくかんじていたのだけど、映画自体がそれを信じきっていないような気がした。
そんなかんじで『舞妓 Haaaan!!!』ほどのモチベーションがクドカンになかったのか、燃料切れのまま、延々映画は続いた。
もしくは監督がクドカン脚本ベースに違うことやりたくなってしまったのか、設計図も無いまま、延々…。
沖縄のシーン、もししがらみがあったにせよ、だったらだったでラストシーンは楽しい沖縄家族旅行!…とかであっさりおわってもよさそうだった。
沖縄でエイタの漫才を助けるなんてシーン、アベサダヲが元漫才師とかならまだわかるけど、ハムカツヤでしょ?
中途半端にスーパーマンなところが、どうにもつまらない。
善人アベサダヲが笑顔の裏に秘めたものなんて、こんなにわかりやすく見せなくったってよかったのに。
その辺はこのコンビもまだまだ若く、ヤマダヨウジにはかなわない。
ただ、主人公の住む商店街がすばらしくすばらしい。
なんだか変な傾斜があって漫画みたいなパースで不安定な商店街なのだけど、騒がしくて忙しくて、住んでる人たちがいきいきしていて、主人公のあげるハムカツが、もう美味しそうで美味しそうで。
(これは単にハルヒが昔ハムカツを食べ過ぎて、ハムカツ禁止令を自分に出してるからかもしれない。)
パートのカタギリハイリとアベサダヲのカップルの話をずっと見ていたかった。
きっとあまりのバカ善人ぶりに観客は大笑いしながらも、アベサダヲの生い立ちを知るにつれ、いつか心から彼に笑って欲しいと、みんな笑って笑って、やがて知らず知らずに涙を流しただろう。
クドカンさんなら、この商店街を主人公にそういうセンチメンタルな物語を丁寧に描けると思うし、ツカモトタカシをあんな風に捨てたりしないはずだもん。
追記
エンドロールでツカモトタカシはまたエイタくんと漫才していたらしい。ごめんなさい。気づかなかった!
で、『なくもんか』というタイトルは、ミズタ監督の子供の頃の兄弟愛の体験によるものなのらしい。
ああ、いちばんの矛盾と違和感は、そういえばこのタイトルだ。
D:水田伸生 A:阿部サダヲ/瑛太
『舞妓 Haaaan!!!』のアベサダヲがよかったので、何となくお正月に見てみようかという気になって映画館に。
長い!
長いわりにまったくどこにもたどり着けなかった気がする。
冒頭のエイタくんとアベサダオの生き別れの兄弟がお互いの生い立ちを語るシーンは、テンポよく面白かったけど、途中で、あれはまったくいらなかったことに気づくし、
アベサダヲの演じる主人公のバカのつく善人っぷりは、それこそ、お正月の国民映画として長く愛されるヒーローになれそうだったのに、最初っから、その善人ぶりが仮面なのだと臭わせ過ぎで、どう考えたって腹の底にどろどろと渦巻くものを持っていないわけない男だから、後半で裏のもう一つの顔を見せられても、意外性も無く、ふうんという感じなのだった。
なんだろう。どの登場人物も、彼らの身に起こることに対しての反応が常にその場限りで、映画自体が常に“そう思ったでしょ?”“でもそんなこと、なんてことないんだよ”と膝裏をかくんとやろうとしてばっかりで、本来なら絶対かわいいはずのイシダアユミのボケ老人でさえ、うざったくてしょうがなかった。
タケウチユウコの役にいたってはあらためて考えたくもないくらい。
“偽物だって、なんだって、信じればホンモノなのだ”というような雰囲気をなんとなくかんじていたのだけど、映画自体がそれを信じきっていないような気がした。
そんなかんじで『舞妓 Haaaan!!!』ほどのモチベーションがクドカンになかったのか、燃料切れのまま、延々映画は続いた。
もしくは監督がクドカン脚本ベースに違うことやりたくなってしまったのか、設計図も無いまま、延々…。
沖縄のシーン、もししがらみがあったにせよ、だったらだったでラストシーンは楽しい沖縄家族旅行!…とかであっさりおわってもよさそうだった。
沖縄でエイタの漫才を助けるなんてシーン、アベサダヲが元漫才師とかならまだわかるけど、ハムカツヤでしょ?
中途半端にスーパーマンなところが、どうにもつまらない。
善人アベサダヲが笑顔の裏に秘めたものなんて、こんなにわかりやすく見せなくったってよかったのに。
その辺はこのコンビもまだまだ若く、ヤマダヨウジにはかなわない。
ただ、主人公の住む商店街がすばらしくすばらしい。
なんだか変な傾斜があって漫画みたいなパースで不安定な商店街なのだけど、騒がしくて忙しくて、住んでる人たちがいきいきしていて、主人公のあげるハムカツが、もう美味しそうで美味しそうで。
(これは単にハルヒが昔ハムカツを食べ過ぎて、ハムカツ禁止令を自分に出してるからかもしれない。)
パートのカタギリハイリとアベサダヲのカップルの話をずっと見ていたかった。
きっとあまりのバカ善人ぶりに観客は大笑いしながらも、アベサダヲの生い立ちを知るにつれ、いつか心から彼に笑って欲しいと、みんな笑って笑って、やがて知らず知らずに涙を流しただろう。
クドカンさんなら、この商店街を主人公にそういうセンチメンタルな物語を丁寧に描けると思うし、ツカモトタカシをあんな風に捨てたりしないはずだもん。
追記
エンドロールでツカモトタカシはまたエイタくんと漫才していたらしい。ごめんなさい。気づかなかった!
で、『なくもんか』というタイトルは、ミズタ監督の子供の頃の兄弟愛の体験によるものなのらしい。
ああ、いちばんの矛盾と違和感は、そういえばこのタイトルだ。
December 14, 2009
ジュリー&ジュリア
『JULIE & JULIA』 2009 USA
D:ノーラ・エフロン A:メリル・ストリープ/エイミー・アダムス
途中までしか見れなかった!
たった3時間の旅だった。機内放送で何度も中断され、悔しかったが仕方が無い。
これもまた、何とも親近感のわく映画で、主演の女の子はディズニーの『魔法にかけられて』(ほんとにこの邦題、変えればいいのに!)のお姫様だった。
さえない貧相な普通のOL役がとても似合う。
そんなOLが始めた料理ブログ。
ヤナギハラカナコという女の子がやってるコントのネタで“ブロガーママ”というのがあるけれども、ヤナギハラカナコがなりきるブロガーママは、なにかにつけ、パシャリとデジカメで写真を撮っては、その場でキャプションをつけていく。日々起こること、ことごとくブログのネタ。機微にあふれ、小さな出会いにあふれたビューティフルワールドに生きていることを自分に言い聞かせるような、そんなブロガーといわれる人々の物悲しさがよくでている。何度見てもハルヒは笑い転げる。
誰かに聞いて欲しくて仕方が無いというのは、誰かを証人にしたいからだ。
自分を証明する他人。
親友よりも理解者よりも、存在するには案外他人が必要だ。
例えばヤマラハルヒは、数年前に始めたブログを自分の為の備忘録と称しながらもあきらかに、モニター越しにいるであろう読者を意識している。
彼ら彼女らに伝える為の文章を書いている。
でも、備忘録というのも本当だ。
確かにハルヒは、見た、考えた。そしてハルヒは忘れたくない。見たことを、考えたことを。
映画の感想という形をとってはいるが、ハルヒのこれは、自分自身にいちばん近いことを、かなり直接的に文章にする作業だ。
いわば、物書きとしてはとても恥ずかしい作業だ。
その恥ずかしい作業には、このブログというツールがとても良くあっていたと思う。
実は読者を意識した時、どんなに、みっともなくかっこわるい自分をさらけ出し、正直な自分を記録しようとしても、もうできない。そこに描かれるのは自分が許せる自分でしかない。
と、ハルヒは思う。
でも、誰かの目に振れブログをやる意味というのは、結局読ませることよりも書くことにあって、それは自分を誰かに認めさせることじゃなくて、自分が自分を確認し、許していくことなのだ。
自分が許せる自分として、他人の中に、存在すること。
誰もがそうやって存在する方法をブログによって手にすることができたのだと思う。
あれ?
また、寄り道してしまった。
映画はTSUTAYAにきたら、またみてみるかもしれない。
D:ノーラ・エフロン A:メリル・ストリープ/エイミー・アダムス
途中までしか見れなかった!
たった3時間の旅だった。機内放送で何度も中断され、悔しかったが仕方が無い。
これもまた、何とも親近感のわく映画で、主演の女の子はディズニーの『魔法にかけられて』(ほんとにこの邦題、変えればいいのに!)のお姫様だった。
さえない貧相な普通のOL役がとても似合う。
そんなOLが始めた料理ブログ。
ヤナギハラカナコという女の子がやってるコントのネタで“ブロガーママ”というのがあるけれども、ヤナギハラカナコがなりきるブロガーママは、なにかにつけ、パシャリとデジカメで写真を撮っては、その場でキャプションをつけていく。日々起こること、ことごとくブログのネタ。機微にあふれ、小さな出会いにあふれたビューティフルワールドに生きていることを自分に言い聞かせるような、そんなブロガーといわれる人々の物悲しさがよくでている。何度見てもハルヒは笑い転げる。
誰かに聞いて欲しくて仕方が無いというのは、誰かを証人にしたいからだ。
自分を証明する他人。
親友よりも理解者よりも、存在するには案外他人が必要だ。
例えばヤマラハルヒは、数年前に始めたブログを自分の為の備忘録と称しながらもあきらかに、モニター越しにいるであろう読者を意識している。
彼ら彼女らに伝える為の文章を書いている。
でも、備忘録というのも本当だ。
確かにハルヒは、見た、考えた。そしてハルヒは忘れたくない。見たことを、考えたことを。
映画の感想という形をとってはいるが、ハルヒのこれは、自分自身にいちばん近いことを、かなり直接的に文章にする作業だ。
いわば、物書きとしてはとても恥ずかしい作業だ。
その恥ずかしい作業には、このブログというツールがとても良くあっていたと思う。
実は読者を意識した時、どんなに、みっともなくかっこわるい自分をさらけ出し、正直な自分を記録しようとしても、もうできない。そこに描かれるのは自分が許せる自分でしかない。
と、ハルヒは思う。
でも、誰かの目に振れブログをやる意味というのは、結局読ませることよりも書くことにあって、それは自分を誰かに認めさせることじゃなくて、自分が自分を確認し、許していくことなのだ。
自分が許せる自分として、他人の中に、存在すること。
誰もがそうやって存在する方法をブログによって手にすることができたのだと思う。
あれ?
また、寄り道してしまった。
映画はTSUTAYAにきたら、またみてみるかもしれない。
(500)日のサマー
『(500) DAYS OF SUMMER』 2009 USA
D:マーク・ウェブ A:ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ゾーイ・デシャネル
見ようかどうしようか2分迷ってやっぱり見た。
小さな飛行機のモニターで、どこかバッタものくさい吹き替えでみてもいいものかどうか。
だってものすごく楽しみにしていた映画なのだもの。でも見た。
なんというか、もう、笑うしか無い映画で。
思い切り皮肉られてバカにされているような気もする。
いや、そういう被害妄想を持つ人が、すくなくともヤマダナイトの漫画なんか読んでるような人の中にはいるだろう。
しかしUSAにもこういう種類の若者がいるのだな。
ハルヒのなかのUSAは、おっぱい大きくてくねくねしてスカートが異様に短いティーンが、ブランドのロゴ入りのブリーフはいた胸板モリモリの男の子と、靴下はいたままとっかえひっかえセックスするような、そんな国だったので、つい最近まで。
大変親近感のある映画ではあった、
親近感のあるエピソードから、とても普通で正しいことを、この映画は語って終わる。
物足りない程正しい。
でもしょうがない。正しいのだから。
想像していた映画とは大分違ったものの、田中マルクス闘莉王似のジョセフ・ゴードン=レヴィットのロマンチストぶりはとても良くいかされていたし、むかつくサマーの品のない笑顔はわかいらしく、そしてジョセフ・ゴードン=レヴィットを取り巻く友人3人がたいへんたいへんハルヒ好みなのだった。
夏のあとには必ず秋がくる。(まあ、冬が来て春が来て、また夏が来るってわけだけど)
D:マーク・ウェブ A:ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ゾーイ・デシャネル
見ようかどうしようか2分迷ってやっぱり見た。
小さな飛行機のモニターで、どこかバッタものくさい吹き替えでみてもいいものかどうか。
だってものすごく楽しみにしていた映画なのだもの。でも見た。
なんというか、もう、笑うしか無い映画で。
思い切り皮肉られてバカにされているような気もする。
いや、そういう被害妄想を持つ人が、すくなくともヤマダナイトの漫画なんか読んでるような人の中にはいるだろう。
しかしUSAにもこういう種類の若者がいるのだな。
ハルヒのなかのUSAは、おっぱい大きくてくねくねしてスカートが異様に短いティーンが、ブランドのロゴ入りのブリーフはいた胸板モリモリの男の子と、靴下はいたままとっかえひっかえセックスするような、そんな国だったので、つい最近まで。
大変親近感のある映画ではあった、
親近感のあるエピソードから、とても普通で正しいことを、この映画は語って終わる。
物足りない程正しい。
でもしょうがない。正しいのだから。
想像していた映画とは大分違ったものの、田中マルクス闘莉王似のジョセフ・ゴードン=レヴィットのロマンチストぶりはとても良くいかされていたし、むかつくサマーの品のない笑顔はわかいらしく、そしてジョセフ・ゴードン=レヴィットを取り巻く友人3人がたいへんたいへんハルヒ好みなのだった。
夏のあとには必ず秋がくる。(まあ、冬が来て春が来て、また夏が来るってわけだけど)
December 10, 2009
トキワ荘の青春
『トキワ荘の青春』 1996 日本
D:市川準 A:本木雅弘/大森嘉之
映画の中のトキワ荘の漫画家達は、むずがゆくなる程丁寧に品よく生活している。
それがなんだか狙い過ぎで確信的で鼻につく。けど、やっぱり愛おしい。
きっと、ハタチそこらの男子ばかりで、ほんとのところはもっと薄汚く匂わんばかりだったのだろうけど、市川準の再現するトキワ荘の清貧とさえ感じるあの空気も、きっと本当だったのだ。
自分の中の清かった部分、清くありたい部分。
望みや願い、祈りに似た映画だと思った。
ずっとおんぼろのビデオのコピーしか持っていなかったが、DVDになってすばらしかったのは、映画のドキュメンタリーが特典映像としてついていたところで、これがさらに映画。はじまるや泣きそうだ。
撮影中はまだ、多くの漫画家が存命だ。
イシモリショータローがいて、フジコエフがいて、アカツカフジオがいる。
この映像のほんのちょっと先に、もうこの人たちはいないのだ。
イチカワ監督ももういない。
今はいない人を思う時、その人を好きであれば好きであるだけ寂しいけれども、
確かにいたことを知るたびに、嬉しくなる。
好きであれば好きであるだけ、いないことより、いたことが、嬉しくてたまらない。
D:市川準 A:本木雅弘/大森嘉之
映画の中のトキワ荘の漫画家達は、むずがゆくなる程丁寧に品よく生活している。
それがなんだか狙い過ぎで確信的で鼻につく。けど、やっぱり愛おしい。
きっと、ハタチそこらの男子ばかりで、ほんとのところはもっと薄汚く匂わんばかりだったのだろうけど、市川準の再現するトキワ荘の清貧とさえ感じるあの空気も、きっと本当だったのだ。
自分の中の清かった部分、清くありたい部分。
望みや願い、祈りに似た映画だと思った。
ずっとおんぼろのビデオのコピーしか持っていなかったが、DVDになってすばらしかったのは、映画のドキュメンタリーが特典映像としてついていたところで、これがさらに映画。はじまるや泣きそうだ。
撮影中はまだ、多くの漫画家が存命だ。
イシモリショータローがいて、フジコエフがいて、アカツカフジオがいる。
この映像のほんのちょっと先に、もうこの人たちはいないのだ。
イチカワ監督ももういない。
今はいない人を思う時、その人を好きであれば好きであるだけ寂しいけれども、
確かにいたことを知るたびに、嬉しくなる。
好きであれば好きであるだけ、いないことより、いたことが、嬉しくてたまらない。
November 27, 2009
ワルキューレ
『VALKYRIE』 2008 USA
D:ブライアン・シンガー A:トム・クルーズ/ケネス・ブラナー
なんだかケネス・ブラナー、ふつうのおじさんになったなあ。
トム・クルーズが眼帯をしていたので、またヒーローコミックの映画化だと勝手に勘違いしていた。
もちろん全然違った。
見てみるかと思ったのは、先月ベルリンに行って来たからだった。
東西ベルリンというのを、ハルヒの頭は結局、西ドイツと東ドイツの国境的な場所だと勘違いしたままだった。
東ドイツの中で孤立した浮き島的なというイメージがまったくわかなかったから、たまたま半分こに分かれた時に、首都ベルリンが半分こになったんだと思っていた。
思ったまんま東西も壁も無くなった。
壁が無くなった時のニュースはカップヌードルのCMにもなっていたし、大変リアルな不思議な映像だった。
実際壁が無くなった後のベルリンに行ってみると、壁なんて、今歩いてるアスファルトの道路の、レンガ2列分が埋め込まれたラインにしか過ぎず、3日くらいは見落としてその上を普通に歩いていた。
ハルヒの泊まったホテルはポツダム広場の一駅先、アンハルター駅というところで、地図で見るとそれこそベルリンの壁に隔てられてた西ベルリン、見落としていたレンガ2列分のラインが横切る道の向こうは東ベルリンという場所だった。
滞在してみて初めて地図を見て、地下鉄の駅に行けば必ずあるドイツ鉄道の路線地図を見て、ベルリンがまったく国境だった場所とは離れたところに位置していて、壁に囲まれた西ベルリンは、ほんとうに浮き島で孤島だったことを理解した。
ヤマラハルヒ43歳の最後に、おりこうになった。
で、ワルキューレはつまり、この壁ができるずっと前、さらに前、ドイツが東西に分断される前の話だ。
トム・クルーズがドイツ人将校だなんて、コスプレみたいだなと思っていたけど、使命に身を呈する孤独な男のイメージは彼によく似合っていると思う。
ここんとこトム・クルーズを見ていると、どこか哀れで、寂しく、悲しくなる。
サナダヒロユキとはなんか違う。
(ハルヒはなぜか、サナダヒロユキとトム・クルーズのイメージをずっとだぶらせていた。大きさくらいしか似てないのに)
D:ブライアン・シンガー A:トム・クルーズ/ケネス・ブラナー
なんだかケネス・ブラナー、ふつうのおじさんになったなあ。
トム・クルーズが眼帯をしていたので、またヒーローコミックの映画化だと勝手に勘違いしていた。
もちろん全然違った。
見てみるかと思ったのは、先月ベルリンに行って来たからだった。
東西ベルリンというのを、ハルヒの頭は結局、西ドイツと東ドイツの国境的な場所だと勘違いしたままだった。
東ドイツの中で孤立した浮き島的なというイメージがまったくわかなかったから、たまたま半分こに分かれた時に、首都ベルリンが半分こになったんだと思っていた。
思ったまんま東西も壁も無くなった。
壁が無くなった時のニュースはカップヌードルのCMにもなっていたし、大変リアルな不思議な映像だった。
実際壁が無くなった後のベルリンに行ってみると、壁なんて、今歩いてるアスファルトの道路の、レンガ2列分が埋め込まれたラインにしか過ぎず、3日くらいは見落としてその上を普通に歩いていた。
ハルヒの泊まったホテルはポツダム広場の一駅先、アンハルター駅というところで、地図で見るとそれこそベルリンの壁に隔てられてた西ベルリン、見落としていたレンガ2列分のラインが横切る道の向こうは東ベルリンという場所だった。
滞在してみて初めて地図を見て、地下鉄の駅に行けば必ずあるドイツ鉄道の路線地図を見て、ベルリンがまったく国境だった場所とは離れたところに位置していて、壁に囲まれた西ベルリンは、ほんとうに浮き島で孤島だったことを理解した。
ヤマラハルヒ43歳の最後に、おりこうになった。
で、ワルキューレはつまり、この壁ができるずっと前、さらに前、ドイツが東西に分断される前の話だ。
トム・クルーズがドイツ人将校だなんて、コスプレみたいだなと思っていたけど、使命に身を呈する孤独な男のイメージは彼によく似合っていると思う。
ここんとこトム・クルーズを見ていると、どこか哀れで、寂しく、悲しくなる。
サナダヒロユキとはなんか違う。
(ハルヒはなぜか、サナダヒロユキとトム・クルーズのイメージをずっとだぶらせていた。大きさくらいしか似てないのに)
November 14, 2009
ルックアウト/見張り
『THE LOOKOUT』 2007 USA
D:スコット・フランク A:ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ジェフ・ダニエルズ
ジョセフ・ゴードン=レヴィットを起用した理由が、『Mysterious Skin』のトレーラーを見てとのことで、それだけで、もうこの映画好きに決まっている。
主人公は、若さの驕りと不注意で、大切な友人達を交通事故で失ってしまう。
生き残った自分も脳を傷つけてしまって記憶障害と戦いつつ孤独に暮らしている。
自分の行動を逐一メモしているのは、『メメント』と違って忘れない為というより、行動の組み立てができないからだった。
なるほど、ハルヒ達の日々の行動も、あれは記憶によって、記憶がつかさどる、体と思考の反応の連続なのか、言われてみれば。
そして、思っていること(漫画で言うところの、○○○で頭からつながった雲形の吹き出し部分)と、口にすること(通常の吹き出し部分)の境界が曖昧で、つまり、大変正直すぎるので、対人(特に女性)との交流がうまくいかない。
そんな彼が、窃盗団に加わることになる。
ジョセフ・ゴードン=レヴィットがやはり大変すばらしくかわいらしく、すばらしく途方に暮れているので、何回も見ているけど、ストーリーとしては、まともな大人はなんだか腑に落ちない。
ただ、誰からも許されようの無い過ちを犯してしまって、それでも、生きていかねばならないときに、自ら命を絶つ以外、自分だけでも自分を許すしかないのじゃないかと。
多くの他人にとっては腑に落ちない、同情されない人生であっても、それを生きるのが結果なんだろうから。
映画的にはなんだかまえむきにおわるのだけど、ジョセフ・ゴードン=レヴィットは一生孤独なんだろう。
D:スコット・フランク A:ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ジェフ・ダニエルズ
ジョセフ・ゴードン=レヴィットを起用した理由が、『Mysterious Skin』のトレーラーを見てとのことで、それだけで、もうこの映画好きに決まっている。
主人公は、若さの驕りと不注意で、大切な友人達を交通事故で失ってしまう。
生き残った自分も脳を傷つけてしまって記憶障害と戦いつつ孤独に暮らしている。
自分の行動を逐一メモしているのは、『メメント』と違って忘れない為というより、行動の組み立てができないからだった。
なるほど、ハルヒ達の日々の行動も、あれは記憶によって、記憶がつかさどる、体と思考の反応の連続なのか、言われてみれば。
そして、思っていること(漫画で言うところの、○○○で頭からつながった雲形の吹き出し部分)と、口にすること(通常の吹き出し部分)の境界が曖昧で、つまり、大変正直すぎるので、対人(特に女性)との交流がうまくいかない。
そんな彼が、窃盗団に加わることになる。
ジョセフ・ゴードン=レヴィットがやはり大変すばらしくかわいらしく、すばらしく途方に暮れているので、何回も見ているけど、ストーリーとしては、まともな大人はなんだか腑に落ちない。
ただ、誰からも許されようの無い過ちを犯してしまって、それでも、生きていかねばならないときに、自ら命を絶つ以外、自分だけでも自分を許すしかないのじゃないかと。
多くの他人にとっては腑に落ちない、同情されない人生であっても、それを生きるのが結果なんだろうから。
映画的にはなんだかまえむきにおわるのだけど、ジョセフ・ゴードン=レヴィットは一生孤独なんだろう。









