December 31, 2013

ヒビレポ6

2013年12月13日号
ドッキリ森茉莉チャンネル
『ミッドナイト・ガイズ』『苦役列車』『ケンとメリー 雨あがりの夜空に』『懲戒免職』

2013年12月27日号
人生レコード大賞
『夢と狂気の王国』『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』
  
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November 30, 2013

ヒビレポ5

2013年11月1日号
呼吸する動力 アレックスとオスカー
『ホーリー・モーターズ』

2013年11月15日号
世界を縮小していく方向で
『BOY A』『なにもこわいことはない』

2013年11月29日号
いながらにして空の上
『シタデル』『イン・ハー・スキン』『世界侵略:ニューヨーク決戦』



  
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November 05, 2013

『なにもこわいことはない』

『なにもこわいことはない』2013 日本
D:斎藤久志W: 加瀬仁美 A: 高尾祥子/吉岡睦雄/山田キヌヲ

斎藤監督は98年にやまだないとの(つまりハルヒ)『フレンチドレッシング』を撮った人。そのころハルヒは東京にいなかったんで、監督にあったのは、映画が出来上がって試写のときだったように思う。この映画を好きな人がたくさんいることはうれしい。
漫画は『フレンチドレッシング』って一編を含む、おんなじ女の子を主人公にした同名の短編集で、映画はその短編集からイメージした、新しい作品になっていた。脚本も監督で、ハルヒが初稿かなんかを見せてもらった時、なんか、やまだないとの漫画というよりも、別の人の漫画のイメージに近かったので、あ、監督あんま、やまだないと好きじゃねえんじゃねいの?とがっくりしたのだけれど(ハルヒは、おべんちゃらいってるふうになるのがやなんで、こういう余計なことをつい、言ってしまう。たぶん、言わなくても良い事だ)その後もちゃんとやまだないとのまんがをきにかけてくださってて、それはうれしかった。
ハルヒと似たような空気が好きな人なんだと思う。
それは(DVDを送ってくださった)この映画をみて、あー好きだなあ、とハルヒが思ったから。

久我山かどっかにすんでるらしい、夫婦ふたり暮らしの話だ。
小さな一戸建て…って程でもない2階建ての家にすんでいる。玄関を開けたらすぐ台所。ふたりでもちょっとせせこましいなってワゴンをテーブルにして、向かい合って座れない、何かを取るのに立ち上がると、背中にお尻がぶつかる、そんな食卓。ものも少ない。おそろいのお皿はふたり分しかなく、だからお客の分は柄が違う。そのむこうに寝室。ベッドはダブルなんか置けないのでセミダブル。狭い。階段は脚を右と左を互い違いにかけてのぼるようになっていて、2階はリビング兼夫の机。ソファーも小さくて、ふたりで並んで座るにはクッションをよける。それでも並んで座る。それから、小さいベランダ。いや、部屋のわりには広いかな。
ふたりは、独り言のような会話をする。または会話のようにだんまりですごす。
この映画にはモノローグがない。心の声が、情報をくれることはない。
たとえば、ふたりの関係にしても、仕事にしても、名前も友人関係も、家族の事も、何の説明もセリフの中にはない。映画の中で彼らの暮らしにつき合ってるうちにわかる範囲、普通に人とつき合っていて、わかる範囲。それ以上にこの映画がわかって欲しがってる様子はないし、それで、足り無い事はなにもない。
でも、妻は、宮沢賢治の童話を読むとき、それがひとりであっても、夫がいても、声に出して読む。
妻の心の声も、夫の心の声も、妻の両親の心の声も、ハルヒには聞こえない。
でも、妻は、そのかわりのように、宮沢賢治の言葉を声にする。その童話の中に「なにもこわいことはない」ということばがでてくる。
「なにもこわいことはない」そうだねえ、きっとそうなんだろう。でもハルヒは怖い。いろいろと、怖い。
それがなにかは、誰にも言わない。何を怖がっているのか、何に怯えているのかなんて、誰にも言わない。でも、たぶん、同じ事を怖いとおびえている人と、ハルヒは一緒に生きていると思っている。だから、何も言わなくていいんだと思っている。怯えたままでいいと思っている。
この夫婦もそうだと思う。
そんなものをものともしない人であったなら。(お互いに)
そしたら、たぶん、自分なんか置いてけぼりだ。(お互いに)
安心感というよりも、同じような不安を抱えてる。そんなふたりの話だった。

もし、やまだないとのまんがを好きな人がこの映画をみたら、ああと、重なる漫画があると思う。
監督が、『西荻夫婦』からインスパイアされたと言ってくれた。
『西荻夫婦』という漫画は、そのまんま、東京の西荻窪に暮らす夫婦の話。
何人かの監督や制作会社の人に、映画にしたいと話をもらったことがあったが、それは意味がないと、いつも断ってきた。
漫画の中の街で撮影したからと言って、漫画のシーンやエピソード、セリフを映像で見せたからと言って、それは、それだけにしかならないと思ったから。
だって、あれは、あの夫婦の話なんだから。あの夫婦の姿を見て、言葉に感じた人が映画を撮るとしたら、あの夫婦に重ねた誰かの姿、自分の言葉を撮ることになるんだから、それって『西荻夫婦』じゃなくていい。
そう思っていたから。

あなたの漫画を自分の手で映画にしたいといわれるより、あなたの漫画を読んでこの映画を撮ったと言われるほうがうれしい。うれしいにきまってる。

夫を演じているのはヨシオカムツオ。あ?なんかこの人、ハルヒ好きだ、と思ったら、堀禎一監督のピンク映画『草叢』『したがるかあさん』 の男の子だった。そう、好きなんだよね〜ハルヒ、この人。これといったとこがなにもないんだけど。
こもってかすれた気の優しそうな声がいい。ほら、やっぱ斎藤監督とハルヒは、似た空気を愛するんだよ。

監督が映画学校の俳優科の生徒達たちの卒業制作として撮った映画も、見せてもらえた。『スーパーローテーション』これもまた、好きな空気だった。『なにもこわいことはない』と同じ加瀬仁美って人の脚本。
ハルヒ、このひとって、言わせたくないことがある人なんだろうと思った。
ハルヒもそうだ。言わせたい事じゃなくて、言わせたくない事を大事にしてる。(いいことかわるいことかはしらない)

  
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October 31, 2013

ヒビレポ 4

2013年10月4日号-
わかるヤツだけわかればいいのココロ
『風立ちぬ』『わたしはロランス』

2013年10月11日号
みんな通りすがりの世界
『クロニクル』『アルカナ』

2013年10月18日号
進撃の全力歯ぎしりガールズ
『地獄でなぜ悪い』『マイク・ミルズのうつの話』『精神』『聖トリニアンズ女学院』

2013年10月25日号
2013年映画の旅
『弥勒』『天国の門』


  
Posted by nuitlog at 21:32

April 01, 2013

ハート・ロッカー

『ハート・ロッカー』2008 USA
D:キャスリン・ビグロー W:マーク・ボール A:ジェレミー・レナー/アンソニー・マッキー/ガイ・ピアース

爆弾テロが多発するイラク・バグダッドの抗争地域での爆発物処理班の話なんて、ぜったいにハルヒの心臓が持たないから観ないでいたんだけど、家にあったので観た。
ガイ・ピアースがいたので、とりあえず、耐えられそうな気がしたのに、彼は冒頭の処理活動でいきなり爆発に巻き込まれて死んでしまった。
ああ、やっぱりやだ、こんなの。映画館だったら、こっから2時間逃げられなくなってしまうんだからハルヒにはDVDでなんとかみれる映画だ。
ガイ・ピアースの代わりに赴任してきたジェームズ軍曹は爆弾処理のエキスパートのようだけど、もうどっか頭がおかしくなってる人のようだ。ただでさえ、はらはらひやひや、映画は作り物だからとわかっていても、たまらなくおっかないのに、まるで部下たちをハルヒを挑発するかのように、無謀でおちょくるようなふてぶてしい行動をとる。でも、仕事は確かだ。劇映画としてのアンチヒーローの演出なんだろうか。
彼の判断力と仕事の手際は、ずっとみていたくなる程だったが、爆弾を相手にしてるようで相手は人間なのだった。英語じゃない言葉を喋るひとたちは、英語さえ理解しないハルヒにも得体が知れなく恐ろしい。アメリカ軍の離れろ!の言葉さえ通じない、にやにやとあつまってくる一般人の野次馬は、誰が起爆装置を持ってるのか、いつ自爆テロを行うか、気が抜けない。完璧な爆弾処理を見せてきた軍曹も、対人間の面ではほころびが出て自ら崩れていく、それも怖い。
任務明けまでの日数のカウントが出るたび、きっとぎりぎりのさいごのさいごのところで悲惨な事故が起こるんだろうと心臓が苦しい。早くアメリカに帰りたい、アメリカに帰りたいと、彼ら以上に願った。
が、軍曹は無事に家族の元へ帰り、日常を取り戻す。
取り戻したのに、彼は妻子を「捨て」また1年間の任務に就く。映画は新たに任務完了までの日数をカウントし初めて終わる。

彼が、戻った日常に、代え難い程の価値を感じられなかったのはみていてわかった。
変な言い方だけど、彼はほんとうに爆弾処理が好きなんだと思う。
でも、それが極限状態を経験した人間の悲劇…という印象はなぜかハルヒにはなかった。
危険中毒…戦争中毒…なんかそういう印象はない。
恐ろしい狂った任務ではあるが、それは必要な仕事なのだ。誰かがやらなければらない仕事なのだ。
彼が自宅で雨樋掃除をしているシーンがある。夫の留守中、誰も掃除をする人がいなかった雨樋は落ち葉が詰まってどろどろだ。
そこに彼は手を突っ込み、もくもくとどろどろの落ち葉をかき出す。
自己犠牲とか、正義とか、ヒロイズムとかではなく、ただ、彼が、「誰か」だったということなんだろう。
彼の、わざわざ部下たちをハラハラさせるあのやり方は、正義感におちいりたくなくてのことなのかもしれない。
わかっていない人間になりたくなくてのことかもしれない。
ただ、ある日突然粉々に消えてしまう自分を覚えていて欲しいだけかもしんないけど。

もし、ハルヒが彼だとして、一度見たあの光景を、はい次の人たのんだって回せるかな。
無理だな。もう「誰か」がいることを知ってしまったから。
主人公が、任務を負えて家族とともに暮らしましたで終わらなかったことは、奥さんや子供には申し訳ないが、ハルヒの救いになった。

  
Posted by nuitlog at 18:08

March 31, 2013

裏切りのサーカス

『裏切りのサーカス』2012 イギリス/フランス/ドイツ
D:ーマス・アルフレッドソン w:ブリジット・オコナー/ ピーター・ストローハン A:ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース/ ベネディクト・カンバーバッチ


サーカスというのは、The Circus英国諜報部のことだった。でもきっとサーカスで浮かんだイメージのままでいいんだろう。そういうダブル・ミーニングな邦題なんだろう。
むかしロンドンのピカデリー・サーカスって、ほんとにサーカスやってるんだと思ってた。
いくつかの通りが合流している広場をサーカスというのらしい。なるほど。
原題の『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ TINKER TAILOR SOLDIER SPY』こっちのタイトルの方がしゃれてる。
映画をみればこの原題の意味はすぐ分かる。ゲイリー・オールドマンが追うイギリス諜報部内にいるKGBのスパイ容疑者4人につけた暗号、ティンカーと、テイラーと、ソルジャー(とプアマン)。
まあ、これじゃなんの映画かわかんなすぎて売れないかな。でも、ハルヒは、この邦題で勝手にイメージを作って映画を観はじめて失敗した感がある。

ハルヒ自分の頭の構造がよくわからないんだけど、たとえばニュースとか、きちんと必要なことを伝えているはずの事ほどまったく内容が理解できないときがある。
この映画もそうで、仕掛けや謎が複雑で難解だったわけではなく、どこにもひねりやおどろかしがなさすぎたもんで、どう謎があったのか、この結末の驚きポイントは?と、サスペンスの根本がまったくわからなかったのだ。
だってさ、オフィシャルサイトに「一度目、あなたを欺く。二度目、真実が見える。」そう書いてあればそのつもりでみる。なのに、結局欺かれもしなかったし、2度みるまでもなく犯人はわかった。真実って何?ハルヒが気づいてないことだろうか?だったらくやしい。
(このオフィシャルサイト、この映画をみる前にご一読くださいなんて注意書きまで飛び出す仕組みで、そこは字が多くて面倒だから鑑賞前には読んでないが、観賞後に読んだらば、やっぱし、みたまんまのことがかいてあった)

でも、もういっぽうで、ハルヒの脳みそはこの映画をすごくたのしんでいる。
ヨォロッパの冬のどんよりした冷たい空気、静けさ。新しい映画なのに70年代の映画をみるような寂しさ。
スパイあぶり出しのサスペンスとしては物足りないのに、登場人物の背景や関係は、少ない台詞やちょっとしたシーンで、映画の時間以上の広がりがあった。
これは青春時代の終わりの映画だ。青春ったってでてくるのはおじいさんおじさんばっかりだけど。
ゲイリー・オールドマン、ジョン・ハート、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ、ダークナイト・ライジングのベイン=トム・ハーディもいた(ちょっと髪をのばしたらずいぶん男前だった)イギリス人の俳優たちのがたたずまいが、またいろいろ物語る。見応えがある。

思い出す『アナザー・カントリー』というイギリスのパブリックスクールの男の子たちの青春映画。主人公は自分の幸福を祝福してくれなかった国と神様にすねて、他国のスパイになってしまった。
『アナザー・カントリー』の方は、回想する老スパイの輝かしき青春時代の恋や性の方が主体だったけど、『裏切りのサーカス』は、男たちのそういう関係を、人物の角度として去りげなく配置してあり、それがドラマ性というより人物のリアリティとなっている。
回想シーンで何度か挟まれる諜報部のパーティで、楽しげに笑う諜報部員たちをみていると、プロフェッショナルを要求される場所にいることは、特殊なことではないことを思い出す。普通のことだ。
それが彼らの選んだ仕事であり、彼らが日々の糧を得る手段であり、そこに仲間もいて、穏やかな時間がある。愛情となった想いもある。もう何十年もその仕事を共にした青春がある。
ただ、それが終わりにむかっていた。
最後の回想シーンから続くフランス語のシャンソンが流れるなか、事件の結末と、結果を見せるラストシーン、素敵だった。悲しい。


ところで、ずっとアンディ・ガルシア、ハゲたなと思ってた人が別人の俳優でびっくりした。
英諜報部の壁紙と、ロシアの諜報部員の殺され方、死体がひどくてよかった。



4/02追記
原題の『TINKER TAILOR SOLDIER SPY』というのは、マザー・グースの「Tinker, Tailor, Soldier, Sailor, Rich man, Poor man, Beggerman, Thief.」って童謡からきてるそうだ。なんか大島弓子っぽいと思ってしまった。
物語は、50年代に存在が明らかになったケンブリッジ・ファイブと呼ばれたケンブリッジ出身のソ連のスパイチームの事件が題材になっていて、そのひとり、キム・フィルビーが映画で「モグラ」と呼ばれていた犯人のモデルらしいが、同じくメンバーにいるガイ・バージェスは、『アナザー・カントリー』の主人公だっていうから、おもしろーい。
原作は、ゲイリー・オールドマンが演じたスマイリーという老スパイのシリーズになってるらしい。
  
Posted by nuitlog at 04:14

ヒビレポ3

–ヒビレポ 2013年3月1日号-
アイドル・ワンダーランド

『So long!』


-ヒビレポ 2013年3月8日号-
遠くて近い、近くて遠い。

『インターミッション』


-ヒビレポ 2013年3月29日号-
それはしりとりとか連想ゲームのように

『横道世之介』『キツツキと雨』『南極料理人』  
Posted by nuitlog at 03:29

ヒビレポ2

-ヒビレポ 2013年2月1日 -
スウェーデンは総武線に乗って

『プラハ!』『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』


-ヒビレポ 2013年2月8日-
怖がることはない。島は雑音でいっぱいさ

『アウトロー』『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』『オーケストラ!』『ロンドンゾンビ紀行』


–ヒビレポ 2013年2月22日号-
スーパー・ヒーロー・タイム

『ムーンライズ・キングダム』『スーパー!』『96時間』『脳男』  
Posted by nuitlog at 03:15

March 17, 2013

ジャンゴ 繋がれざる者

『ジャンゴ 繋がれざる者』2012 USA
D:クエンティン・タランティーノ W:クエンティン・タランティーノ A:ジェイミー・フォックス/クリストフ・ヴァルツ/レオナルド・ディカプリオ

ハルヒはシネフィルじゃないから、タランティーノの映画を元ネタ込みでたのしむことはできないけど、好きだな。
表面上のかっこよさだけでみてるけど、おもしろいし、しゃれてるし。
虐げられてるものが、権力に歯向かうってのはスカッとする。
が、人種差別の復讐劇となるとスカッとしてていいのか、考える。
いちばんの悪玉が主人公と同じ黒人ってところがおもしろいけどおもしろがっていいのか、考えもした。
悪の前には人種も平等。そういう皮肉なのかな。
まあ、なんにせよ、西部劇ごっこやチャンバラごっこはスカッとする。
ハルヒ、この映画でいちばんスカッとする役どころはクリストフ・ヴァルツの歯医者の賞金稼ぎだな。
あくまでも我が道を行く人はスカッとする。正義も悪も、関係ない。死に方も好きだ。ばかで。  
Posted by nuitlog at 23:00

January 15, 2013

ナイン・ソウルズ

『ナイン・ソウルズ』 2003 日本
D/W:豊田利晃 A:原田芳雄/松田龍平/千原浩史


こないだ、家の人がみてたんで久しぶりに『ポルノスター』をみたんだけど、千原浩史が存在だけでもう、痛々しく、キレイで、ヒリヒリしてた。あの頃の千原浩史はもういないので、余計この映画の中の彼がキレイだった。(千原浩史が変わったからじゃなく、時間の話でしかたがないこと)ついでにいうと、おにいさんの靖史の方は、いまだにキレイな人だなあとハルヒ思ってんだけど。あの顔、姿、存在がすごくきれいだと思ってんだけど。
で、『ナイン・ソウルズ』出だしはかっこいいんだ。わくわくする。だけど、それから先が退屈で退屈で。芸術的退屈では無く、娯楽しようとしてことごとく柄に無かったってかんじで退屈だった。キャスティングも、まったくおもしろみがなく、エピソードは陳腐にさえ思えるフリー素材。
でも、ここまで言って、これがもし『ナイン・ソウルズ』ってタイトルじゃなかったら、これはこれでって感じだったのかもしれない。“すっこけ大脱走”とか“ぼんくら愚連隊”とかそういうタイトルなら、これはこれで楽しんだのかもしれない。  
Posted by nuitlog at 14:40

January 05, 2013

ヒビレポ

-ヒビレポ 2013年1月4日-
『新しい靴を買わなくちゃ(お年玉で)』
『ダーク・シャドウ』『Je me suis fait tout petit』『The Campaign』『テッド』
『Hope Springs』『新しい靴を買わなくちゃ』『あなたへ』


-ヒビレポ 2013年1月11日-
陽は昇り陽は沈む。違うよ、地球が回っているだけなのさ。

『パリ、恋人たちの2日間』『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』『ビフォア・サンセット』

デルピー祭り。


-ヒビレポ 2013年1月18日-
ふがいない僕は空、見た子とか。

『ルビー・スパークス』『ワンダーラスト』『ブロークン・イングリッシュ』『ふがいない僕は空を見た』



-ヒビレポ 2013年1月25日-

野生のわくわく動物ランド

『クラッシュ』『BULLY』『イントゥ・ザ・ワイルド』『吉祥寺の朝日奈くん』

友人と作ってるZINEで、ファンじゃなきゃレンタル屋の棚でも手にもしないだろうB級アイドル映画の特集をやりました。
ZINE(ジン)/ミニコミ/アーティストブック多種多様なインディペンデント・パブリッシング、世界の同人誌を扱うオンラインショップLilmagSTOREさんで扱ってもらってます。
興味ある人は是非どぞ。

TERMINAL発行 『PORCH』vol.1
http://lilmag.org/?pid=54285373

Lilmag STORE
  
Posted by nuitlog at 07:20

January 04, 2013

ヤングアダルト

『ヤングアダルト』 2011 USA
D:ジェイソン・ライトマン W:ディアブロ・コディ A:シャーリーズ・セロン/パットン・オズワルト

ハルヒとうに感づいている。ハルヒが大人になったのは立場だけで、中味は大人になる機会を逸しているということ。
機会は与えられたか。いや、どうも求められなかった気がする。
拒否したつもりはないが、ときどき、求められない隙間にするっと滑り込む人がいるんだと思う。
ハルヒはそのひとりであり、ハルヒの友達は、そういえばそういう人が多い。
むしろ、そういう、大人にならないことを求められてる、それが自分の生業だと勘違いしてしまってる。
立派な大人との付き合いも無いので、いまだに大人と言えば両親で、そもそも親になったこともないわけだから、ハルヒはいつまでたっても親の子であり、子供なのだった。
だけど、この夏に、ハルヒのとうさん方のおばあさんが亡くなり、お葬式に出たときに、ああ、これで、ハルヒのとうさんもかあさんも、親がいなくなってしまったんだな。と思った時に、
親にならなかったから一生親の子だと思ってたハルヒも、親が亡くなればもう子供じゃなくなるんだ、いよいよ。
というおもいがこみあがってきた。
求められなくても逸しても、大人にならない子供はいない。ハルヒはあと数年の後に子供ではなくなるのだ。

主人公が、まあ、ほんとに、大人になれない、大人にならない、大人を求められる前に見限られてるような女の人で、おかしいやら胸が痛いやら。
中途半端な作家で、それさえも枯れはじめてるってとこがまた。
なんだそのキティちゃんのTシャツは。
ペットの犬に対する都合の良さはまるでハルヒのようで、それが人の親になっても変わらないだろうことは自分が一番よく知っている。
来るべき日におびえているのに、ケロリと忘れる鳥の脳みそも持ち合わせてるからたちが悪いよね。
でも、いい。主人公は腐っても外見シャーリーズ・セロンだもの。
かっこわるくてもみっともなくても、シャーリーズ・セロンだもの。なんだかんだで、その美しさは世界に貢献している。
ハルヒなんか美しささえ持ち合わせてないからさ、才能だと勘違いしてるものがいよいよ枯れ果てて、親もいなくなっちゃって、そんなどうしようもないなしくずしの大人を、役立たずのままこの先まだ何十年も生きていかなきゃならないのだ。  
Posted by nuitlog at 18:20

January 03, 2013

ゴーストライター

『ゴーストライター』 2010 フランス/ドイツ/イギリス
D:ロマン・ポランスキー W:ロバート・ハリス/ロマン・ポランスキー A:ユアン・マクレガー/ピアーズ・ブロスナン

ハルヒどーうしてもわからなかった。
イギリスの元首相のピアーズ・ブロスナンの自叙伝のゴーストライターを引き継ぐことになったユアン・マクレガー。どうもこの原稿は何者かに狙われているらしい。
前任者はそこに巻き込まれたのか、不審な死を遂げている。原稿は絶対に首相の隠れ家から持ち出すことはできない。プリントアウトされたものもUSBにおさめられたデータも。
どうも、この自叙伝の原稿になにか重大な機密事項が記されているらしい。

…なんで、原稿に秘密隠すの?

形にしなきゃ奪われることもないのに。なんでわざわざ原稿に隠すの?
もう、けっきょく最後の最後、そこに隠されていた事実がなんだったのか知っても、なんでそんなことをわざわざ隠すんだと、もう、ほんとそこがハルヒにはわからない。
ハルヒにとってのミステリーは、なんで原稿に秘密の事実を隠したのかってことで、それは結局わかんなかったので迷宮入り。
ハルヒはまた、秘密結社だかなぞのカルト教団だかが出てくるのかと思った。『フランティック』も『ナインスゲート』もなんか似たような謎の深まりかたをしてた気がしたから。

刑事でも探偵でも正義の味方でもなんでもない、名前も出ないゴーストライターであるユアン・マクレガーが危険を犯して真相に迫ろうとするのは、ほんとに単なる好奇心と言うか悪戯心だったってことなのかな。なんて無邪気な。
そうおもうと、ラストシーンがすごく好きになる。
  
Posted by nuitlog at 17:40

December 30, 2012

おとなのけんか

『おとなのけんか』2011 フランス/ドイツ/ポーランド
D:ロマン・ポランスキー W:ヤスミナ・レザ/ロマンポランスキー A:ジョディ・フォスター/ケイト・ウィンスレット/クリストフ・ヴァルツ/ジョン・C・ライリー

こんな話だとは思わなかった。
ハルヒ、1幕ものの舞台劇をそのまま映画にしたような映画が好きじゃない。これは戯曲を原作にしたまさにそういう映画。なのに、なんだろうこのおもしろさ。
1時間と20分という、ハルヒフレンドリーな“上演時間”もすばらしいが、4人の会話劇だというのに、まるで活劇でもみてるように心が弾んで楽しい。
謎が隠されているわけでも、トリックで驚かされるわけでもないんだけど、まず、もう冒頭から、おだやかにサンパティークにはじまったはずなのに、あれ?ん?と小さな違和感。日常レベルのスリルに巻き込まれていく。
大人の喧嘩は大人げないからおこるものなんだ。大人げないのは大人だからこそなのだ。
というのがよくわかる。もちあわせた理性のおかげで終わりがみえない。だれが最後を締めるのかに、この正義はかかってる。
どうしろっていうのよ、そんな風に幕は降りる。
あーおもしろかった。楽しかった。

あとから知って驚くのは、まるでNYなこの舞台、このアパートが、ヨーロッパのどこかに作られたセットであること。
前に『理由』という映画のメイキングで、オオバヤシノブヒコ監督が、外で撮っているのに自然光は使わず、幕でおおって昼の光を作るってのをやってて、嘘だから、作り物だから、映画なんだと、まあそのようなことを言ってたのを見て随分驚いた。
ハルヒは、映画こそ、そこにあるそのままを使って嘘の話をほんとに出来るものだと思ってたから。なるべくほんとを使うのがいいんだと思ってたから。
ファンタジー超大作も、日常の些細なドラマも、実は映画、虚構という意味では同じなんだな。
大宇宙に浮かぶ宇宙ステーションも、電車の見えるアパートも、嘘を誠に出来るのが映画なんだな。  
Posted by nuitlog at 12:35

December 16, 2012

桐島、部活やめるってよ

『桐島、部活やめるってよ』2012 日本
D:吉田大八 W:喜安浩平/吉田大八 A:神木隆之介/橋本愛

2回めの桐島。
前田くん達映画部への敬意。この映画はできるだけ映画館でみたくなる。
ポスターの、カメラをかまえたカミキリュウノスケが前田くんだ。
てっきり彼が桐島だと思っていた。
桐島はバレー部らしい。その桐島がバレー部を辞めるってよ。
そのことで、衝撃を受ける子もいれば、なんで?と単純に疑問に思う子、聞いてない…とじぶんと桐島の関係に不安になる子、ふーん。
桐島という生徒との距離はさまざまだ。
桐島ってなんなんだろう。ハルヒがもしこの学校の生徒だったら、桐島との距離は?
理由のない不安なざわめきをずっと胸に飼っていたけど、桐島への疑問が遠く近くきっかけとなって、
ある日、屋上で桐島を見たという声に、全員が桐島を捕まえようと、なにか問いただそうと、答えをもらおうと駆け出す。
駆け出さないのは前田くん達映画部で、なぜなら彼らはすでに屋上にいるから。
さて、ハルヒは彼らのうちの「誰」だっただろうか。
映画を見終わり、ハルヒたちは自分は高校時代あの中の誰だったなと語り合う。
ハルヒは誰だったかな。おしゃれでかわいい女の子たちのグループでもないし、友達とわいわいバカをやる屈託ないグループでもないし(あ、ハルヒは女子校だ)運動部の熱血でもないし。
前田くんたちであれたらよかったな。前田くんでいたかった。
そしたら、友達が「ワタシは映ってなかった」っていった。
映画の中ではカメラもよぎらなかったけど、あの学校の生徒ではあったけど、映らなかった生徒だって。
そうだな。ハルヒもそうだ。なんだハルヒ、どこにも映ってないや。いたのに、映ってないや。そんなかんじ。

映ってなかったけど、屋上で繰り広げられた「惨劇」は、これからハルヒの思い出になる。

心のざわつきは、今の自分が、将来の、未来の自分に繋がってるわけじゃないことを察しての事じゃないかと思う。
眠りから覚める前の、自分がいる場所、夢が遠のいていく、あのざわざわと淋しい瞬間。
起きたら忘れるけど。  
Posted by nuitlog at 06:50

December 02, 2012

Comme des freres

『Comme des freres』 2012 FRANCE
D:Hugo Gelin A: Francois-Xavier Demaison/ Nicolas Duvauchelle/Pierre Nine

友達とずっとふたりであるいて喋って食べてたんでパリで映画は1本しか観れなかった。旅行先で言葉のわかんない映画見るの好きなんだ。
『Comme des Freres』はジャケ買いならぬポスター観。字幕ないから想像観。
3人のComme des Freresなおじさんと男の子、その3人の恋人というよりダチないいヤツだった彼女とぬいぐるみの虎 。
3人を残して彼女が帰らぬ人となる。(病気なのかなんだかわからなかったけど)
遺骨は彼女の思い出の海に撒いて欲しいという願いをかなえる為、3人は虎のぬいぐるみに灰となった彼女をつめて旅に出る。

ハルヒやっぱし眼の大きな男の子が好きよね〜。ピエール・ニネ、大きな目玉と恥ずかしそうな口、俯きがちで伺いがちな男の子。  
Posted by nuitlog at 23:23

November 14, 2012

カリフォルニア・ドールス

『カリフォルニア・ドールス』1981 USA
D:ロバート・アルドリッチ W:メル・フローマン A:ピーター・フォーク/ ヴィッキー・フレデリック/ ローレン・ランドン

渋谷のミニシアター、元ユーロスペースだった「シアターN渋谷」が閉館してしまうという。
ハルヒは熱心に映画館に通うわけじゃないんだけど、だからなおさら、映画館が閉館って話は、気まずく申し訳なく淋しい気持ちになる。
こないだ観たのは(といっても夏前だったか)『ベルフラワー』だった。
『カリフォルニア・ドールズ』はこの映画館で最後にかかった映画。(シアターNの全上映作品!http://www.theater-n.com/movie_list.html
この映画、昔はレンタルビデオにあったと思うがなんか事情があってDVDになる予定はないらしい。
ハルヒは日曜洋画劇場の吹き替えの印象で覚えている。
映画館ではじめてみてみて、あーもう少し大きいスクリーンの広い映画館でガラガラで見る気分の映画だなあと思った。
いびきかいて寝ちゃったり、トレドの虎との決勝試合に間に合うようにごそごそ途中から入ってきたり、そういうのが似合う。束ねたぐしゃぐしゃのドル紙幣の手触りとにおいがスクリーンから伝わる。。
でも、この別れの近い小さな映画館でかかったからか、ハルヒが観た日も平日昼間だったけどお客は入ってて、いい雰囲気だった。
男の子が大好きなハルヒだが、からだを張る女の子、恋なんかしてる暇もない、そんなタフな女の子のバディムービーはさらに好きで、そんな女の子たちには、ずるがしこい小物男が腐れ縁でくっついてくるとなお好きだ。
ずるがしこい男ピーター・フォーク。だらしなくて、みみっちくて、嘘つき、ろくでなし。
別にハルヒ、女の子を食い物にするような男をよしと思うわけじゃなくて、そこには娘達をまとめて愛せる父親のような大きさがなきゃね。だめ〜なお父さんだとしても。
そして、男に愛される男じゃなきゃだめだ。ピーター・フォークはすごくチャーミングだ。そしてたのもしい。
知名度も実力もまったく分の悪いドールズを、せこいといえばせこい客席やバンドへの賄賂と裏工作で、あれよとホールの空気をがっつりつかむ気味の良さ!!
女子プロレス、この頃たしかに日本でも流行ってた。ハルヒの住んでた地方の町にもその興行のポスターがはられてた。街宣車が走ってた。なぜか小人プロレスがくっついてて、ポスターは見世物小屋のいかがわしげな興味を子供心にアピールしたのだった。
だからアイドル選手もいたし、テレビでも夕飯の時間に中継をしていたのに、女子プロレスというのはどっかわびしい、場末なイメージがあったのだけど、ラスベガスのキラッキラのカジノホテルで行われる試合は、アメリカンドリームってことばどおりだ。
  
Posted by nuitlog at 21:28

November 12, 2012

サニー 永遠の仲間たち

『サニー 永遠の仲間たち』2011 韓国
D/W:カン・ヒョンチョル A:ユ・ホジョン/シム・ウンギョン

TSUTAYAで『サニー』買ったら、リリアンくれるって書いてあって、リリアンって人の生写真でももらえるのかと思ったらなつかしいリリアン編みのセットだった。これで猫の首輪を作ってあげよう。
と思ったんだが、ハルヒ、こどもようの説明文を読んでも舐めても、まったくリリアンの編み方が理解できない。こどもってこんなに頭がいいんだっけ?
リリアン編みって、ハルヒが小学生の時大流行して、教室の女の子はみんな長々と土蜘蛛の巣のようなものを編んでいて、ハルヒもやってみたかったんだけど、リリアン糸の染料が毒だとかいってすぐに学校で禁止になったので、やらずじまいだった。こんなに複雑で難しい遊びだったのか。
韓国でもリリアンって流行ってたのかな。

が、映画本編にはまるでリリアンは出てこないのだった。

この80年代の中高生の青春、ハルヒはまさによく知っているわけで、どうして、日本映画じゃなく、韓国映画なのか悔しくなってしまう。
笑いとほろ苦さと輝かしさがハルヒの心をあっためてくれる。
ハルヒは高校時代の友達でいまだ付き合いのある子っていないのだけれど、というのは、ハルヒってあんまり心を割らない子だったから。
自分でも自覚があるが、心を割る程の付き合いを作れないし、たぶんだから友達も、ハルヒには心を割りにくかったんじゃないかと思う。
そういう付き合いって、ハルヒは学校を出てから出来るようになった。
いや、できる友達と出会った。ちょうど、田舎から転校してきた主人公ナミとサニーの仲間たちとの出会いみたいに。
夜通し、夜が明けるまで、ずっとずっと話していたい、一緒にいたいそんな友達。
ハルヒの考えていることを聞いて欲しい友達。仲間。
だからこの映画をみてハルヒ涙をこぼすのは、懐かしさではなく、そんな仲間たちを想ってのことだった。
この先いつか来る、お別れ。誰かを偲ぶ夜。
そんな時に笑いあうんだろう仲間たちのことを想って。

で、最後のおとぎ話みたいなまとめはさ、『最強のふたり』も『サニー』も、ああお金持ちって何でもプレゼントできて素敵ねってハルヒ思ったんだけど、映画の中だけでも、みんなの心配事がなくなるのはほんとうにしあわせだよね。

女の子たちは誰1人記号化されること無く(頭におっきなリボンをつけたかわいこちゃん、おデブの女の子でさえ)、自分のことソフィー・マルソーに似てるって思ってる高校生のナミがカミキリュウノスケに時々似てて白目むいて威嚇するとこが最強。どの子も体型から服の着こなし、全部愛おしい。

で、おまけのリリアンは公式サイトによると、“思い出といまを紡ぐ”リリアンらしい。
  
Posted by nuitlog at 15:57

黄金を抱いて翔べ

『黄金を抱いて翔べ』 2012 日本
D:井筒和幸 W:吉田康弘/井筒和幸 A:妻夫木聡/浅野忠信/桐谷健太

もんのすごく楽しみにしてたんだけど、あれ…信じられないくらいたのしくなかった。
ハルヒにとってたのしくなかった原因はたぶんふたつで、ひとつはまずキャスティング。
ツマブキサトシ、ミゾバタジュンペイ、キリタニケンタ、ニシダトシユキの使われかたが当然すぎた。
前作『ヒーローショー』の余韻はいまだよみがえるたび胸をいっぱいにする。
あのリアリティで見せてもおもしろそうだったのに。ハヤシツヨシなんて他の映画じゃぜったい思いつかないキャスティングだろう。
もうひとつは、黄金を抱いて翔びたい男たちのホモくさい結びつきの根拠をハルヒが共感できなかったこと。
原作がどういう雰囲気で描かれているのかハルヒは読んでないので知らないが、この映画の中で、ツマブキサトシ演じる主人公幸田の脱北青年モモへの執着は、女性ファンサービスなのか、幸田という人部tがが抱えてきたものなのかがわからない。
もうひとりの黄金を抱いて翔ぼうぜ首謀者アサノタダノブとの結びつきもそうで、もし外国映画だったら、ツマブキサトシ、アサノタダノブはゲイだって普通に描くんじゃないかなあ。自覚無自覚はあれ。そしたら彼らの唐突さも無謀も執着も、自由になりたい、人間のいないところへ行きたい、人間やめたいという夢も共感できた気がする。『狼たちの午後』みたいに。
いや、そこはにおいで嗅ぎ取れよって事だったのかもしれないけど、だったら、映画の結論があーこれは彼らの恋愛ドラマだったのかになってしまって、それはちょっと違うんじゃないかと思うんだけれど、そういうホモセクシャルなにおいを楽しむ映画と、そういう人物が何かを成そうとする話は違うと思う。
ハルヒはにおいが楽しみたかったわけじゃなく、彼らの生き様を見たかった。見る気でいたんだ。
翔べ!とかっこいいタイトルなのに、翔べやしなかった。そういうみっともなく名も無く何も残さずゴミのように消える、男たちの果敢ない夢が黄金なんだと思ったんだよな。

まーハルヒも自分が描くものは説明不足で、いろいろ逃げてたり、なーんか見せたくなかったりして、物語としては不親切だ、いろいろ足りないと自覚あるけど、そこは察してもらわなくてもかまわないようには描いてるつもりだ。隠してる部分ってだいたい自分のためのもので察して欲しいわけじゃないんだ。この映画はどうだったんだろう。アサノタダノブもツマブキサトシもゲイじゃないっていうのなら、やっぱし彼らを突き動かしたものがよくわからなかった。わかんなくていつまでも考える映画好きなんだけど、そういうわかんないじゃなかった。ハルヒには。

あと、携帯がことごとく映画の中で使えない設定になっていたのは、日本版『ロミオ&ジュリエット』と同じ手法で、おかしかった。そこまでして現代にしなくても、ちょっと昔のままにしておけば良かったのにさ。偶然も多すぎてどうでもよくなっちゃった。

爆破シーンだけは俳優さんあっぶなー!ってかんじでおもしろかったし、井筒監督の撮影風景見たいからメイキングDVは買おうと思う。

映画紹介の筋を読んで。
“過激派や犯罪者相手の調達屋をしている幸田は、大学時代の友人・北川から、大阪市の住田銀行本店地下にあるという240億円相当の金塊強奪作戦をもちかけられる。”あ、あれー??ハルヒってやっぱあんま頭よくないなあ。こんな設定全然わかんなかった。読み取るべきだったの?読み取れたっけ?
アサノタダノブが千葉にすんでたらしいのと、ツマブキサトシが5歳まで吹田に住んでて火事かなんかにあって引っ越したってのと、ふたりはどこかで昔なじみらしいのはわかったけど。ツマブキくんがなんであんなに強いのかもわかんなかったし、これは詳しくは新潮文庫を読もうキャンペーンだったんだな。
  
Posted by nuitlog at 15:52

October 26, 2012

わたしたちの宣戦布告

『LA GUERRE EST DECLAREE 』 2011 FRANCE
D:ヴァレリー・ドンゼッリ A:ヴァレリー・ドンゼッリ/ジェレミー・エルカイム

難病と闘う家族の愛と絆を描く感動の…と誰にでもわかりやすく言い表す事は簡単だろうが、この映画をみおわったあと、そんな風に簡単に誰かに伝えたいと思う人がいるだろうか。
感動した泣けた!とうれしそうに、自分のやさしさを誰かに伝えたくなる人がいるだろうか。

たしかに、ある日、パリに住む、ハルヒたちとそう変わらない、普通の、そのへんの、楽しげな若いカップルに、思いもよらない不幸がふりかかる。生まれて数ヶ月の息子に脳腫瘍が見つかるのだ。
とても気の毒だ。かわいそうだ。
かわいらしい赤ちゃん。しあわせな親子。どうしてあげることもできない。ハルヒがおろおろ泣いてるのはとりあえず、悲しいからだ。ハルヒの場合、まず物語の中の人に起こった出来事が悲しい。
もし、出口でテレビスポットのコメントでも求められたなら、ハルヒは充分すぎる程赤い目をしてるだろうし、笑顔で“泣いちゃいました!”と言える程に、感情はうごかされた。
でも“泣ける映画です!”というのがこの映画にふさわしい感想だとは思えない。
むしろ、これは“楽しい映画”だった。

この映画の主人公はロメオとジュリエット。二人を演じる俳優は実際もと夫婦で、この物語は2人の実話。そして、ジュリエット役のヴァレリー・ドンゼッリ自身がこの映画の監督であり、ロメオ役のジェレミー・エルカイムと2人で脚本を描いている。そんな2人に起こった事は悲しい事だが、映画は実はすごく楽しいのだった。ハルヒは2時間楽しくてしかたなかった。
“この手の映画”にしては、拍子抜けするくらいに、若々しく軽やかなスピードと、音楽の使い方も、とらわれたところがない。
“宣戦布告”というタイトルに、邦題で“わたしたちの”がついた通り、これは、ロメオとジュリエットの“戦い方”の話だ。その戦い方をハルヒ好きだと思った。だから楽しかった。

たとえば、ハルヒがここんとこ舞台で何かとみてる本家ロミオとジュリエットは、不幸にあがなえず悲劇の恋人ととして語り伝えられるものだが、このロミオとジュリエットはその不幸を悲劇にしないために戦うのだった。考えるのだった。
2人だけじゃない。まるで環境の違う、2人の家族。2人それぞれの友人。みんな。
みんなが、それぞれの考え方を見せてくれる。ハルヒは考え方を見せてくれる物語が好きだ。
なにより、ハルヒが物語を見ながら“したい”と思ってる事を、主人公たちがまさにやってくれるので、気持ちはどんどん前に向かっていく。
息子に異変が見つかった時、ジュリエットは新しい仕事に希望が見え始めたところで、マルセイユに出張の前日だった。
息子にはすぐに脳神経科の精密検査が必要。どうする?
だったらマルセイユに息子を連れて行き、そこで検査を受けさせるまでの、夫婦の連携プレー。夕方の検査のアポをとると、現地の子守役を友達に打診し、夫の母とその彼女が車を出し、友達をひろい、1時間後には列車に乗りマルセイユへ。小気味よいこと。
だけど、マルセイユの病院で息子が検査室に消えたあと、突然ジュリエットは全速力で病院の中を走る。
誰もいない廊下を、どこまでも走る。どこまでも。呼吸がもつ限り走る。そして、呼吸が尽きて崩れ落ちる。
マツオカジョウジの『きらきらひかる』で、悲しみと孤独につぶれそうになったヤクシマルヒロコが夜の道をいく先もなくただ全力で走リ続けるハルヒの大好きなシーンを思い出した。
ああ、ハルヒはこういう時、そうだ、誰にも邪魔されず、全力で走りたいんだ。
全力で、呼吸が尽きるまで、心臓が止まるまで走りたいと思うんだ。
ばたりと倒れ、うごかなくなったジュリエットを通りがかった病院の職員が躊躇なく抱きかかえて運んでいく。愛情も何もあるわけないが、ジュリエットを軽々とかかえる大きなからだに、ほっとした。

検査の結果を電話で伝えられる夫、そして家族たち。みんながそれぞれに悲鳴をあげ不幸を嘆くが、そこからのシーンがすごく好きだ。
夫婦がパリに戻るのを待つ知人友人達。
それぞれの友人で顔も会わせたことがないとある二人が、夫婦のアパートで顔を合わす。
夫婦が塗りかけで出かけてしまった部屋の壁を、仕上げておこうとやってきたのだ。
こういう不幸にみまわれた人を描く物語に触れる時、じゃあ、感動って、どこから生まれるんだろうかと、ハルヒは涙しながら考える。
“こんなに愛されてるの、知らなかった”そう気づいた時に、ハルヒの心は温かくなって感動する。
可哀想で泣く部分ももちろんあるが、それを簡単に、泣ける話、いい話、感動の話だなんて人に伝えるような思考の停止した流行歌みたいな人間ではいたくない。





  
Posted by nuitlog at 09:03

メルレポ6

メルレポ 2012年9月7日号(通巻第252号
『最強のふたり』

メルレポ 2012年9月14日号(通巻第259号)
『僕達急行 A列車で行こう』 /『ときめきに死す』

メルレポ 2012年9月21日号(通巻第266号)
『王様とボク』

メルレポ 2012年9月28日号(通巻第273号)
『ウィークエンド』 /『ノース・シー 初恋の海辺』/

  
Posted by nuitlog at 07:43

メルレポ5

メルレポ 2012年8月3日号(通巻第217号)
『デート・ウィズ・ドリュー』/『ラースと、その彼女』/『ガチバン SUPERMAX』

メルレポ 2012年8月10日号(通巻第224号)
『アメイジング・スパイダーマン』 /『おおかみこどもの雨と雪』

メルレポ 2012年8月17日号(通巻第231号)
『パリ、ジュテーム』

メルレポ 2012年8月31日号(通巻第245号)
『クワイエットルームにようこそ』 /『25年目のキス』/『チェイサー』  
Posted by nuitlog at 07:33

メルレポ4

メルレポ 2012年7月6日号(通巻第189号)
『ヘルタースケルター』/『忍たま乱太郎』/『傷だらけの天使』

メルレポ 2012年7月20日号(通巻第203号)
『ダークナイト』/『キャンディ』

メルレポ 2012年7月27日号(通巻第210号)
『ダークナイト ライジング』/『チャイナ・シンドローム』



  
Posted by nuitlog at 07:29

April 15, 2012

メルレポ3

メルレポ 2012年3月2日号(通巻第062号)
『この空の花 長岡花火物語』

メルレポ 2012年3月9日号(通巻第069号)
『の・ようなもの』/『(本)噂のストリッパー』/『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』

メルレポ 2012年3月16日号(通巻第076号)
『幸せの教室』/『ポールダンシングボーイ☆ず』

メルレポ 2012年3月23日号(通巻第083号)
『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』/『あしたのパスタはアルデンテ』

メルレポ 2012年3月30日号(通巻第090号)
『インセプション』/『ヒューゴの不思議な発明』


季刊レポ http://www.repo-zine.com/  
Posted by nuitlog at 05:48

March 24, 2012

メルレポ2

メルレポ 2012年2月3日号(通巻第034号)
『フィリップ、きみを愛してる!』/『狼たちの午後』/『わたしは猫ストーカー』

メルレポ 2012年2月10日号(通巻第041号)
『アニマル・キングダム』/『グリーン・ホーネット』/『センチネル』

メルレポ 2012年2月17日号(通巻第048号)
『アフタースクール』/『ドーベルマン』/

メルレポ 2012年2月24日号(通巻第055号)
『ウエディング・クラッシャーズ』/『しあわせの雨傘』/『ミスター・ノーバディ』



季刊レポ http://www.repo-zine.com/  
Posted by nuitlog at 03:23

メルレポ1

メルレポ 2012年1月6日号(通巻第006号)
『あしたのジョー』/『ゲゲゲの女房』『これでいいのだ!! 映画★赤塚不二夫』


メルレポ 2012年1月13日号(通巻第013号)
『スーパーバッド 童貞ウォーズ』/『スーパーバッド 童貞ウォーズ』/『ワイルド7』『宇宙人ポール』

メルレポ 2012年1月20日号(通巻第020号)
『十年愛』/『君へのメロディー』/『ガチバン MAX』『サウダーヂ』

メルレポ  2012年1月27日号(通巻第027号)
『ヤング・ゼネレーション』/『蝋人形の館』/『ローラーガールズ・ダイアリー』


季刊レポ http://www.repo-zine.com/  
Posted by nuitlog at 03:18

September 19, 2011

ハルヒタン

ヤマラハルヒが映画をみるヒマがなくなったのは、慣れない舞台観劇をはじめたからだった。
いったい何がハルヒを劇場に誘うのか。
とりえあず、見た舞台の感想をツイッタァにメモしはじめた。
https://twitter.com/#!/haruhi_temps

今頭の中が考え事だらけで、そういう時って映画をみてても、すぐに別のことを考えはじめてしまう。
考え事の半分以上は、映画をつくりたいってことだ。
あとの半分のうち半分は、ボーギャルソンのこと、のこり半分で一応漫画のことを考えている。

  
Posted by nuitlog at 02:47ヤマラハルヒ

January 05, 2011

キック・アス

『KICK-ASS』2010 USA
D:マシュー・ヴォーン A:アーロン・ジョンソン/ニコラス・ケイジ

こういうの、おもしろかったー!!以外なんていえばいいのか、おもしろかったー!

イヤミも意地悪もひねくれもなんにも起動せずに最初から最後まで愉快だった。

映画館は満員で立ち見が出ていた。
観客動員数の割に映画館に行くとガラガラの日本映画とはちがって、映画館の隅から隅までみんなが楽しんでるのがちょっとくやしくもある。

ビッグ・ダディとヒット・ガールの親子ははっきりいって狂っている。狂人だ。
悪役ダミゴ親子のほうが、親の仕事は問題ではあるけど、いたってまともだ。
でも、頭おかしくないと正義の名で人をゴキブリのように殺したりできないだろうな。
ダミゴの方は悪いことしてるって自覚ある分たぶん正気だ。
頭がおかしくなってしまったパパと女の子っていうのが、とてもエロティック。
ヒット・ガールの細い顎と落窪んだ目がまたエロティック。
クロエ・グレース・モレッツ。うーん、おへちゃだよね?エロティック。

好きなシーンは、キック・アスが、みなしごになったヒット・ガールに、どこに帰るんだと心配するところ。
お金だっているだろう?なんて…。300万ドルもってるわ!なんて…。
パパと飲むつもりだった冷めたココアの二つのカップ。
マスクをはずして泣くこともできない。(キック・アスがいるから?泣きかたをしらないから?)
未来の見えない不安な小さな女の子ヒット・ガールがかわいそうでかわいくて。
そういえばハルヒは子どもの頃、みなしごで、秘密のヒーローで、かわいそうな小さな女の子だった。

彼女が、キック・アスに抱っこしてもらって空を飛ぶシーンは、ばったばったと悪者をぶち殺すシーン同様、子どものハルヒが満たされた。


この映画の爽快感は、大人のジョークや皮肉がきいてるからかもしれないけれど、それよりもやっぱり子どもの夢や理想がたっぷり描かれているからだな。
ヒーローはやっぱりそうでなくちゃ。
  
Posted by nuitlog at 14:53

January 02, 2011

きみがくれた未来

『CHARLIE ST. CLOUD』 2010 USA
D バー・スティアーズ Aザック・エフロン/アマンダ・クルー

2011年、いちばん最初に見た映画だ。毎月1日はお正月でも映画の日。1000円だ。
お正月は『宇宙戦艦ヤマト』を見るときめていたのだが、混んでいそうだったのでやめた。
レイトショーのこの時間、他に見たい映画も見れそうな映画も特になく、新宿をぶらぶらしながら、見ても見なくてもどっちでもいい気分で入ったのが、この映画だった。
“愛はきらめきの中に…この兄弟の<絆>に涙する。”そんな映画らしい。
ザック・エフロン?『ハイスクール・ミュージカル』のあの子か、くらいしか興味を引かれるところはなかったのだけど、もう一本やってた『デザート・フラワー』というど根性モデルサクセスストーリー(本当のところどういう話なのか知らない)よりかは、お正月だしボーギャルソンを見ようとこっちにはいった。ザック・エフロンはハルヒにとってはまったくボーギャルソンではないけど、たまにはお涙ちょうだいにのりたい気分だったのだ。
お正月ってそういうもんだ。

さて映画にはまず、タイトルという関門がある。
『きみがくれた未来』はたぶん普段はまったくハルヒの趣味に合わないタイトルだ。だが、そこを乗り越えると、たまに思いがけない出会いがある。
お正月はそんなタイトルをあまり深く考えさせずに受け入れる。そして、出会いがあった。

海辺の街にすむ母子家庭で貧しいけどすこやかな兄弟。兄はヨットの奨学金で大学にいけることになる。なのに、その夜交通事故を起こし、死の縁をさまよった兄弟は、兄だけが蘇生される。
弟を死なせてしまった兄は…で、5年後の展開にハルヒは目を丸くする。途端にぎゅっと緊張が指先に走る。

兄は大学にいかず、弟の眠る墓地の墓守になっているのだ。

太陽を風を一身に受け、眩しい海を走っていた、小麦色のあおい瞳の、ハイスクールミュージカルなザック・エフロンが、墓守だ。たったひとりで、墓地内の管理事務所で暮らしているのだ。マヌケで怠け者な相棒と共に、墓石に糞を落とすガチョウをゴミ箱のふたを鳴らし追い掛ける日々を送っているのだ。

さらに映画はハルヒの心臓をきゅんとつねりあげる。

高校時代の悪友が立派な士官服姿で墓地を訪れる。ザック・エフロンがヨットで未来を手にしたその日、やはり入隊すると将来をきめた親友。懐かしく冗談を言い合い、地雷で死んだ仲間を思い。だけど、彼もまた墓石の中に消えていく。

事故の後遺症で特殊な能力が備わったのか、それとも、死者と対話するだけの孤独な彼のイメージなのか、とにかく冒頭、あっというま、予想外の寂しさにハルヒはとらえられてしまう。

生かされることの寂しさ。でも生かされたからこその希望。
希望があることの苦しさ。
そんな言葉にならないことを分かち合う相手との出会い。

思いがけない映画だった。

ザック・エフロンのマヌケで怠け者で不躾な墓守の相棒がすごくよかった。
居眠りしていると思った彼が、目も開けずにザック・エフロンに言う。毎日夕暮れ、森で何をしているんだ?
ザック・エフロンは森で死んだ弟と会っていた。何をしているかは知らない。でもなにかをしているのはちゃんと知っていた。
見ていないようでちゃんと見守っていた。知らない振りをしていただけで、ちゃんと知ろうとしていた。
こういう友情のさらりとした描き方がアメリカ映画の好きなところだ。
  
Posted by nuitlog at 12:12すき

June 08, 2010

愛のむきだし

『愛のむきだし』 2009 日本
D:園子温 A:西島隆弘/満島ひかり

ソノシオンと今は自信を持って読める。ローマ字でそう書いてあった。
ソノシオンの映画にあるようなモチーフは、ハルヒはあまり、心どうこうされないほうなんだけど、好きなのはそうか、この映画がいうように、むきだしだからなんだろうなあ。
気が合わない人、馬が合わない人、なんだって、むきだしのすがたをみたら、心撃たれる。

若い3人の俳優、ニシジマタカヒロ、ミツシマヒカリ、アンドウサクラ、すでにそれぞれがどっかの誰かってわけじゃなかったのに、まるでどっかの誰かのようにむきだしだった。
むきだしの俳優たちが心臓が止まる勢いで走ってくので、ハルヒも、ともかく、息を切らして一緒に走る。ただ追っかけた、ゴールに転がり込んだ。そんな感じの疲労感と心地よさがあった。


メイキング映像で、ソノシオンのボロボロの台本に“誰も感動させたくない”“ただただ映画を正確につくりたい”って書かれていた。
正確に作られていたと思った。
少なくとも、ハルヒには、ユウとヨウコが“愛してる”と叫ぶのを受け入れるにはこの4時間は必要な時間だった。

見ようと思ってから、見るまでに1年以上かかった。


主人公のユウは盗撮魔だが、あの突き抜けかたは好感が持てる。
盗撮を正当化してはいない。まあ、このコにはいろいろ、盗撮に至るまでの理由があるのだけれど、それはあくまで彼の理由だ。
ハルヒは、その、自分の理由ってヤツがいちばん大切なことで、でも、大切だからこそ、他人と共有できるもんじゃないんだと思う。
共有できるのは変態という事実だけだ。

ユウはそれを原罪だと言う。

最初の人間が神様との約束に背いた罪、(でもおかげで、ハルヒたちは存在する)

“変態に上下はありませんから”

変態であることに意味や理由はなく、むしろ自分の本質なのだ。意味も理由もいらない。
こじつければ、他人と共通項を持てるかも知れないが、自分を見失う。

それをこの映画は楽しさでみせてくれる。

好きなシーンは、やっぱり、ミツシマヒカリのセーラー服でパンツ丸見えの乱闘シーン。女装がなぜか梶芽衣子なニシジマくんと、どさくさに参戦するアンドウサクラがかっこいい。あそこだけ何度も見ている。きもちいいから。
痛快で爽快。
そういやあんまり何度も見たくなる気持ちいいシーンのある映画ってのが、ハルヒにはここんとこなかったなあ。


そして、確信する。『愛のむきだし』って、ハルヒの理想のアイドル映画だ。
ハルヒの理想のアイドル映画ってのは、アイドルが、青タンつくってひどい目に遭うような、
アイドルが全力で突っ走るような、そのまま酸欠で倒れ込むような、
アイドルの強靭な体力をタフさを感じさせる映画。

そしてアイドルが、その若き日に、幸福な時間を持てたであろう映画だ。

もうひとつ、これはハルヒの理想のワンピース映画で、パンツ丸見えの制服もいいが、ミツシマヒカリのワンピースがどれもかわいい。脚は裸足で白のスニーカー。
すばらしい! 完璧である。

(7/4 加筆)  
Posted by nuitlog at 21:00すき