ボブ・バックランド

2016年03月04日

ボブ・バックランドもプライドあり!

前回のアイアン・シークからみで、
ボブ・バックランドについても少し思うことがあり、
今回は書いていきたいと思います。

WWF王者時代のボブ・バックランドのジョバー相手のTVマッチを、
いくつか見ましたが、そこで気がついたのは、
格下相手は自分と対等にレスリングするのは許さないよ」という、
ボブ・バックランドの密かなプライドです。
もちろん本人がそんなことを言ったわけではなく、
見ていて、もしかしたらそうなのかな?と感じたのであります。

どういうことかと言えば、
ジョバーがボブ・バックランドの腕や足を取るのを、
一瞬なら許すけど続けて攻めさせることはないという事です。
例えばバックの取り合いなんて、絶対に譲りません。
ジョバー相手なんだから、当然と言えば当然なのですが、
腕や足を取られても、すぐに離れるか取り返すことが多いのです。
ジョバーの攻撃で許されるのはパンチやキック、反則行為のみ。
もしレスリングで攻めてきても、ほとんど受け付けていません。
そうした場合はアッと言う間に反撃していました。


今回取り上げた試合でもそれは、よく出てると思います。
ただ面白いのは、この試合の流れなら時折出していた技である、
レッグ・ストレッチャー(正式名かわかりませんが)でもいいと思うのですが、
なぜか最後はジャーマン・スープレックスホールドで決めています。
最初にロープに振って相手にチョップをかました時に、
それなりにきれいな受身を取った相手を見て、
「こいつなら、出しても大丈夫そうだ」と判断したのでしょうか?
それとも相手が小さいので、いい練習台になると思ったからかな?
いずれにせよ、ジョバー相手にジャーマンって珍しいような気がします。

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nwa19691981 at 12:12|PermalinkComments(0)

2016年03月02日

アイアン・シークのプライド

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アイアン・シークと言えば、
「ボブ・バックランドに勝ちハルク・ホーガンに負けた元王者」として、
プロレス史に名を残したレスラーだと思いますが、
そのヒールスタイルの根本にはアマレス技術の裏付けがあり、
実は「隠れシューター」の一人として有名でもあります。

ブラット・レイガンス、ボブ・バックランドと共に、
80年代を代表するシュートの一人として、流智美氏が挙げていました。

90年代はスティーブ・ウィリアムス、リック・スタイナーでしたね。
個人的にはバズ・ソイヤーも、ぜひ入れたいと思います。
アマレス技術はもちろん、あの性格は総合格闘技向きだと信じたい!

話を元に戻してそのアイアン・シークですが、
ヒールスタイルをしながらも、所々にアマレス流というか、
元々のテクニシャンぶりをさりげなく出すのに、今更ですが改めて気づきました。

ハルク・ホーガンとのWWF王座戦とそのリターンマッチでも、
サイド・スープレックスをきれいに決めていて、
その他のジョバー相手のTVマッチでは主に、
フロント・スープレックス〜キャメルクラッチで決めてるのが多いです。
これって「俺はただのヒールじゃないんだぜ!」というプライドからなのか、
それとも単に体に染み付いたクセから出るものなのか、あるいは両方なのか、
それは本人に聞いてみないとわかりませんが。

そして今回ご紹介するYouTube動画の試合は、
何とバックドロップを披露!しかも手を腰に回したルー・テーズ式の本格派!
まあ、正統派の頃はジャーマン・スープレックスを決めていたらしいので、
大して驚くことではないかもしれませんが、自分にはとても新鮮に見えました。
新日本プロレス向きのようにも考えられますが、
実際に80、82年と来日した時は、ほとんどブレイクしなかったようなのが残念です。
タイガー・ジェット・シンに見慣れていたファンからは、物足りなかったのでしょうか。
ただWWF王座転落後に特別参加としてハクをつけて来ていたら、
もしかしたら、それなりに格を重んじてプチ・ブレイクしたかも知れません。
ボブ・バックランドと日本で再戦!う〜ん、ちょっと厳しいかな?


nwa19691981 at 14:14|PermalinkComments(0)

2005年11月13日

ボブ・バックランド

ハーリー・レイスボブ・バックランドの、
世界王座ダブルタイトルマッチの試合を初めて見ました。
「西郷和寿のホームページ」http://www.hi-ho.ne.jp/~saigou/

リングサイドからの撮影のためか、
常に揺れていて画面も小さく、音声もないものですが、
当時はゴング、プロレス誌でした見たことのなかったものだけに、
こうして約25年もの時を経て、再び見られるとはうれしいかぎりです。
貴重な映像、ありがとうございます。

この二人はセントルイスとマジソン・スクエア・ガーデンで、
試合していたと思いますが、この映像はマジソンの方でしょうか。
当時の報道だと、どの試合もバックランドが押し気味だったと、
書かれていましたが、試合を見るかぎりではどうやら、そのようです。

アトミック・ドロップ、ダブルアーム・スープレックス、
ジャンピング・パイルドライバー、ジャーマン・スープレックスと、
バックランドは得意技をすべて出しています。
ただアトミック・ドロップは勢いあまって場外へ、
ダブルアームもジャーマンも低すぎて、威力は今ひとつですし、
パイルドライバーは、日本でのアントニオ猪木戦と同様に、
なぜか技をかけたあとに、ダブルノックダウン・・・。
結局どれも決め手を欠いて終わってしまいました。

この頃のボブ・バックランドの評価って本当に高くて、
「80年代世界王座を統一するのは、この男しかいない」みたいな
ムードだったと思います。何といっても我らがアントニオ猪木が、
なかなか勝てなかったのですから・・・。
けど当時は気がつきませんでしたが、
バックランドって、猪木より少し前の世代の若手なんですよね。
ジャンボ鶴田、スタン・ハンセンと同期ですし、
リック・フレアーとは歳も一緒だし・・・藤波・長州・天龍とキャリアもほぼ一緒。
ただアマレス時代の実績が凄かったのと、
短期間ではあるもののカール・ゴッチの指導も受けたというのが、
「バックランドは強い」みたいな印象があったのかもしれません。
実際、ルー・テーズも「グット・レスラー」と評価していたし。
もっともカール・ゴッチ、ビル・ロビンソンに言わせると、
「グット・レスラーではあるが、シュートではない」ということに・・・。
王座転落後にUWFに来日して、
せっかくの名声を台無しにしてしまったのが残念でした。




nwa19691981 at 20:36|PermalinkComments(4)