1:キャプテンシステムρφ ★@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:07:00.28 ID:???0.net
160年以上前…1840年代に北極の氷に閉じ込められ行方知れずとなっていたイギリスの探検船の一隻がカナダ沖で見つかりました。
船には探検家であるサー・ジョン・フランクリンをはじめ129人が乗っていたとされ、
原住民の記録によれば死ぬ前に「共食い」をしていたとのこと。

船の残骸は日曜日、ビクトリア海峡で発見されました。
当局はどの船なのか分からないとしていますが、研究者は英国の探検船2隻のうちの1隻ではないかと言います。
「1845年。フランクリンと将兵たちは北極海航路の発見のため出発しました。
 しかしキングウィリアム島付近で氷に閉ざされてしまったと考えられています。
 船は放棄せざるを得なかったでしょう。」
「イヌイットの記録によれば、食料のため船員たちは”共食い”していたようです。」
しかし船員のほぼ全てが餓死したと考えられています。

北極海航路はその後、1497年にジョン・カボットにより発見されました。
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2749408/Canada-finds-1-2-explorer-ships-lost-Arctic.html
転載元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1410311220/
お前らがグッと来た画像を貼るスレ『ハーフ美人』
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4740585.html
ソナー画像
20140910135528_1_1


3:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:07:59.66 ID:BN5/vHC50.net
時系列がめちゃくちゃじゃね?



11:キャプテンシステムρφ ★@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:10:32.06 ID:???0.net
>>3
訂正


北極海航路はその後、1497年にジョン・カボットにより発見されました。

北極海航路探検は1497年にジョン・カボットが発見して以降、続くことになります。



170:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:08:41.29 ID:w+9bsQ7u0.net
>>11
うん、>>1は事実関係が間違ってるよ。
カボットはなんとか北米大陸にたどりついたというだけで、航路を発見できたわけじゃない。

日本史に関係する話としては、江戸時代初期に日本に帰化した三浦按針(ウィリアム・アダムス)は、
カボットより一世紀後の人間だが、北方航路の開拓を志していた。



173:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:10:13.53 ID:BqC/wbuy0.net
>>170
らしいね、三浦按針と家康は日英直接貿易の夢を懐いてたとかなんとか



4:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:08:36.17 ID:L19PyJ0v0.net
浪漫だなー



6:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:09:27.25 ID:Pvn7UaUS0.net
今のソナー画像ってこんなに鮮明に見えるんだ
すげーな



10:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:10:10.86 ID:o7O50E/E0.net
そして封印に閉ざされたゾンビVirusが目覚める



15:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:12:34.76 ID:vTD38aJEO.net
確かダンシモンズのテラーのネタ本になった事件?



17:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:13:17.44 ID:x6yXd3IP0.net
人間、極限まで腹減ったら共食いするのかな



40:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:19:39.35 ID:Y/MP7qJr0.net
>>17
鳥取城 渇殺し
でググれ


37 : 柔道整復師(千葉県) : 2010/09/24(金) 15:04:28.48 ID:82ZHXF2/P
1580年(天正8年)に織田方秀吉の第一次鳥取城攻めで
3か月の籠城戦(この時の籠城費用は全て豊国が負担)の末、
和議により降伏し9月豊国が織田信長に臣従した。

が、同月毛利の来訪で再度の降伏、鳥取城は牛尾春重が城将として入った。
この時点で豊国は因幡守護であるが鳥取城主ではなくなった。
牛尾は織田方の桐山城を攻めたとき深手を負い死亡したとも帰還したとも伝えられる。
(近年の研究では重傷を負ったものの、その後も生存していたことが明らかになっている)

何人かの城将の入れ替えの末、1581年(天正9年)3月毛利氏重臣吉川経家を城主に迎える。

4月、因幡守護山名豊国は織田へ密使を送るが、市場城主・毛利豊元の家臣達に
斬られたことで織田氏への内通が発覚、豊国は秀吉の下へ出奔する。
残存する山名旧臣は毛利氏への従属を継続したため、信長の部将で中国地方の
攻略を担当していた羽柴秀吉は二度目の鳥取城攻撃をすることとなる。

秀吉は播磨・三木城攻め(三木合戦)で行った兵糧攻めをここでも実施した。
陰徳太平記によると、秀吉は若狭から商船を因幡へと送り込み米を高値で買い占めさせる一方で、河川や海からの毛利勢の兵糧搬入を阻止した。

このとき、城には20日分の兵糧しか用意されておらず、この作戦によりまたたくまに兵糧は尽き飢餓に陥った。
何週間か経つと城内の家畜、植物などは食い尽くされ、
4か月も経つと餓死者が続出し、人肉を食らう者まで現れた。

信長公記にはこう記されている。
「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、
叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず。」

吉川経家はこの凄惨たる状況に、自決と引き換えに開城、自害した。


41 : 柔道整復師(千葉県) : 2010/09/24(金) 15:07:52.51 ID:82ZHXF2/P
1580年7月12日 - 秀吉2万の軍勢が因幡鳥取城とその支城・丸山城を包囲する。
三木の干し殺しと並び、数ある戦国時代の合戦の中で最も壮絶な兵糧攻めと言われる、
鳥取の渇え殺し[とっとりのかつえごろし]が始まる。

9月 - 早くも城内の兵糧が底をつきはじめる。吉川経家は愕然とした。
冬になれば雪で秀吉の包囲網が緩くなり、毛利からの兵糧補給が期待できると踏んでいたからだ。
しかし、現実は甘くなかった。

これは三木の干し殺しで経験を積んだ秀吉の事前工作が功を奏する形となった。
秀吉は播磨の三木城攻めと同様に包囲のための付城[つけじろ]を築城し、
兵糧の搬入経路を徹底的に遮断した。

しかし、吉川経家が毛利一門だと言うことを考えると、毛利方の兵糧を搬入する
援軍の力の入れようは播磨の三木城の時の比では無かったように思われるが、
これを阻止した秀吉軍の力は相当な物だったのだろうと容易に想像が付く。

そして極め付けなのが、前もって因幡国中の米を通常の倍の値段で買い占めたと言う話である。
鳥取城でもそれが秀吉の謀略だとは思いもよらず、兵糧米まで売ってしまっていたと言うから
愚の骨頂としか言いようが無い。

だが、この話は出来すぎなので、もしかしたら創作なのかもしれない。
さらに秀吉は鳥取城下の村や町で、兵にいやがらせや乱暴を働かせ、
盛んに城中へ人を逃げ込ませていたらしい。
人が増えればそれだけ兵糧の消費が早くなると言う巧妙な戦略だった。
それにしても秀吉恐るべしである。

そしてついに城内は最悪の状態を迎えることとなる。
飢えた人々は当時は肉食の習慣が無かったにもかかわらず馬や家畜を喰らい、
虫、草木、食べられるものは全て食べつくしたあと、餓死した死体まで食べ始めたと言う。

吉川経家は決断した。城主切腹、城兵助命である。
秀吉は経家が臨時の城主だと知っていたので、経家を城に呼んだ元城主の山名豊国の
重臣たちの切腹を命じたが、経家はそれでは吉川一門の名が落ちるとし、切腹して死んだ。

10月25日 - 吉川経家が切腹。
最後は子供達に手紙を書き残している。
「鳥取の事、夜昼二百日耐えたが、兵糧が尽き果てた。私が一人切腹すれば、城の皆が助かる。
これは吉川一門の名を上げる事になる。これで良いのだ。」
吉川経家の他に森下道与、奈佐日本助の二将が切腹している。


61 : 柔道整復師(千葉県) : 2010/09/24(金) 16:03:35.09 ID:82ZHXF2/P
秀吉は経家の奮戦を称え、責任を取って自害するのは森下道誉・中村春続だけでよく、
吉川経家は帰還させるとの意思を伝えた。
しかし経家はそれを拒否し、責任を取って自害するとの意志を変えなかった。
困惑した秀吉は信長に「経家が自害してもよいか」との確認をとり、
信長はそれに対し、経家の自害を許可している。

10月25日に経家は自害し、その一生を終えた。
その際に父や子供らに遺書を送っており、自分の心情を記している。その遺言状は現存している。

余談
落語家で『笑点』の4代目司会としても知られる三遊亭圓楽(本名吉河寛海)は、
吉川経家の3男、吉川家好(いえよし)の子孫であるという。
家好は後に鳥取藩池田家の家臣となり、明治時代に至り、
圓楽の祖父吉川寛雅が「吉川」から「吉河」に姓を改めたと言う。


62 : 柔道整復師(千葉県) : 2010/09/24(金) 16:06:32.96 ID:82ZHXF2/P
天正9(1581)年10月、羽柴秀吉が、鳥取城を包囲して3ヶ月余りがすぎていましたが、
鳥取城に籠城している吉川経家以下城兵や領民らは悲惨な状況に陥っていました。

城兵らは数日おきに鐘を合図に一斉に城外の柵際まで雑草などを取っては
城内に引き返すといった方法で何とか飢えをしのいでいましたが、
雑草も取り尽くして牛馬を食べなくてはいけない状況になっていました。
しかし、これも食べ尽くすと寒さも加わり飢え死にするものが増えていきました。

籠城する者たちは、飢えの苦しさのあまり城外の柵際まで出てきて、城を包囲する羽柴軍に助けを求めます。
しかし、羽柴軍は容赦なくこれを鉄砲などで撃ち殺します。
この死人や重傷者に城兵が群がりその肉を奪い合うという惨劇が繰り広げられます。

この状況に城将・吉川経家は、降伏を決断。
秀吉に自分と森下道与(道誉)・奈佐日本介(中村春続?)の三人の首を差し出すので
城兵の命を助けて欲しいと嘆願してきます。

秀吉は早速、信長に状況を報告。信長もこの申し出を承諾します。

10月24日、秀吉からの返事を得た経家ら三人はすぐに切腹し、その首は秀吉のもとへ届けられます。
こうして鳥取城は落城しますが、悲劇はこのままでは終わりませんでした。

25日、羽柴軍の兵は、開放された飢えた城兵を哀れみ食事を与えましたが、
城兵らは大喜びし一気に大量に食べてしまいます。
しかし、極限まで飢えた状態で一気に食事することは危険なことで、
せっかく助かった城兵の過半数が頓死してしまいます。

後の世に『鳥取城渇え殺し』と呼ばれることになった、凄惨な籠城戦はこうして幕を閉じます。
この鳥取城には、城代として宮部継潤が入城します。


63 : 柔道整復師(千葉県) : 2010/09/24(金) 16:10:04.54 ID:82ZHXF2/P
吉川経家の切腹を知った一族の吉川元春は、「前代未聞」「当世の流行」と経家の死を揶揄したそうです。

当時は城を明け渡せば城主の命も保証される慣例だった上、
経家は派遣された城将だったので切腹する必要はなかったようですが、
元春は経家を見殺しにしてしまった無念と織田軍への憎しみが逆に
「前代未聞」「当世の流行」という言葉を使わせたのかもしれません。




42:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:20:23.52 ID:Y1zfSDEh0.net
>>17
最近でも飛行機の墜落事故かなんかで、生存者が死者の肉を食って生き延びた話があったような



50:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:23:37.32 ID:53XtyYvz0.net
>>42
生きてこそ



54:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:24:32.31 ID:zQK55CEH0.net
>>50
それ、40年以上も前の話



57:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:26:14.86 ID:/AxfGk2f0.net
>>42
最近?
アンデスの聖餐とか?



82:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:37:32.50 ID:zQK55CEH0.net
>>57
生きてこそもアンデスの聖餐も元ネタは同じやん。
前者は再現映画、後者はドキュメンタリーなだけや。



20:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:14:01.75 ID:JvHCJutW0.net
http://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・フランクリン
これか



21:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:14:59.73 ID:Uc1xVNgn0.net
ソナーって音波だろ?
これはそれらしく着色した画像だよね?



28:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:16:04.14 ID:z2KEGOY80.net
>>1
> イヌイットの記録によれば

イヌイットって、文字が書けたっけ?

氷の表面にでも文字を刻んだのか?



36:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:17:41.63 ID:JvHCJutW0.net
>>28
ウィキ張ったの読めば分かるけど聞き取り調査



38:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:18:12.26 ID:4XT7z9+zi.net
ひかりごけ事件思い出した



43:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:20:59.39 ID:nlXrK4QaO.net
後のDIO誕生の地である



51:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:23:58.69 ID:jlmH7OLE0.net
何で近くに住んでるイヌイットに助けを求めなかったんだろ



138:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:57:46.72 ID:HH+CH66Q0.net
>>51
ヨーロッパ人特有の変なプライドと、イヌイットは狩猟民で定住してないからどこにいるのか不明だったため
ついでに言うとイヌイットが発見したときにはフランクリン自身は既に死んでたし、
飢餓と缶詰の鉛中毒で皆正常な判断が出来なくなってた可能性が高い



67:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:32:56.23 ID:ftOv9GAL0.net
植村直己はその著書の中で、「フランクリンの大遭難」はフランクリンらが現地のエスキモーが有する狩や生活の知恵に学ばず、
西欧的な生活流儀に固執した故に自ら招いた惨事であるとして批判している。



157:名無しさん@13周年:2014/09/10(水) 11:08:02.22 ID:+3M3XtTT6
>>67
>植村直己はその著書の中で、「フランクリンの大遭難」はフランクリンらが現地のエスキモーが有する狩や生活の知恵に学ばず、
>西欧的な生活流儀に固執した故に自ら招いた惨事であるとして批判している。

これは重要なんだよねえ。
日本はアイヌの寒冷地の暮らしから沖縄の熱帯地の暮らし方まで
生きた知恵があるので、実は大変幸運なのだ。
本州にも昆虫食の文化まであるから、
天変地異への適応性を持ってると思うな。



68:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:33:01.61 ID:9C2Vym+p0.net
こっちの方が悲惨(親兄弟食ってる)だし、人食いの様子が記されてて凄いよ。
アメリカ開拓時代の有名な話(閲覧注意)↓
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/ドナー隊

ドナー隊、食人とかで検索してもいっぱい出てくる。かなりエグい。



71:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:33:23.12 ID:p1UviH6M0.net
焼き人肉なら生き延びるために食べれるかもしれないけど生はいやだな
極限状態なら精神的におかしくなって食えるのかな



133:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:56:18.19 ID:ONmEh10MO.net
>>71
全員が全員そうなるかは知らんが、脳がなんとかしてくれるらしいで。
何十日も漂流した人が生きた海鳥や魚を生でバリバリ食べれるようになるのも脳のおかげとか。
生きるためだ、とかそういう本人の強い意志とは別に、旨いマズいとか苦味とか、そういった感覚を取っ払ってくれるんだとよ。すげーね。脳って。



76:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:34:28.99 ID:QpSnm9ai0.net
>何千個もの缶詰を準備する際の時間不足により内側のはんだ付けが雑になり、はんだに含まれる鉛が内容物に溶け込むことになった
>缶詰に肉を納入した業者が実は悪徳業者で、納入したうちの1000個以上の缶は、腐った肉やオガくず、小石などを詰めて目方をごまかしたもの

そりゃ餓死するわ



86:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:40:09.05 ID:LhPiP8xb0.net
>>76
このときの絶望感たるや相当のものだろうな



90:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:41:24.89 ID:v9GVhjEM0.net
>>76
なんで北方極地を探検するのに缶詰なんか持っていったんだろう?ww
全部燻製や天日乾燥させとけば日持ちするのにww



105:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:46:00.72 ID:QZYhw/bi0.net
>>90
>2隻は頑丈な作りで、快適な船員生活のためスチーム暖房が備えられ、大量の読み物や学習資料、3年分相当の保存食料が支給されていた。
>この保存食には伝統的な保存方法によるものと缶詰とがあったが、後者については特価販売業者であるステファン・ゴールドナーから供給された

伝統的な保存食料が燻製とかだと思う
3年分与えたと言うことは、後半部分は缶詰の出番なのかも



156:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:04:50.34 ID:WZe0Dvew0.net
>>105
塩漬け肉だろ
イギリス海軍では毎日決まった量の塩漬け肉が配られてそれを食う
水は貴重なのでビールが配られる
あとカビない固いパンとか



81:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:37:29.51 ID:njwky4ST0.net
原住民は共食いしてたの見てたなら
助けてやれよww



100:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:45:12.18 ID:44p4FaHT0.net
>>81
当時の大英帝国の偉い人だったから、プライドが高くて、原住民に助けてもらおうとしなかったんだとよ。
しかも本国では汚職が当たり前で、食料納入業者との癒着が酷く、
持ってきた食料はゴミが入っていたり、腐った肉だったりで、目方を誤魔化したものだったんだと。



126:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:52:47.53 ID:QDioMX7C0.net
>>81
イヌイットとトラブルがあって避けられてたみたい



113:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:48:12.61 ID:UBe2u5AM0.net
初期の極地探検は悲惨だお
スコット隊遭難を書いた「世界最悪の旅」は涙無くして読めません



127:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 10:52:52.25 ID:EW5Nchn30.net
>>113
それも読んだなぁ
橇を引く馬だったか?をどんどん殺して食糧にしていくんだよね…
それははじめからの計画だったみたいだけど



144:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:00:27.92 ID:kazaF8FY0.net
白人のこういう命知らずの冒険魂が
人類の進化上では俺ら黄色人より古く脳容量平均も少ない人種にもかかわらず
彼らを世界の頂点に君臨させたことは認めざるをえない

日本がアジアを植民地にしたっつってもどこも白人がすでに開拓した後の地で
白人みたいに何がでてくるか、どんな伝染病があるかわらからない未開の地を開拓できる度胸なんてなかった
黄色人のエース中国人にもそういう趣味はなかった。その勇気の差が500年にわたる黄色人と白人の地位逆転につながった



159:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:04:59.56 ID:SvOLf2Cf0.net
>>144
冒険魂 ?
侵略魂 ◎

白人たちが発見したところはどこも原住民がいる既に人類が発見した場所ばかり
アメリカ大陸も南極も全部紀元前には人類は発見していたわけで



174:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:10:17.35 ID:WZe0Dvew0.net
>>159
日本も1541年に発見されたんだよねw



162:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:06:10.88 ID:EW5Nchn30.net
>>144
度胸があると言うか、身の程知らずというかね
他国に先を越されまいと我が物顔でルート開拓に挑んでいったわけで
原住民のことなんかお構いなし
あちこち手を出し過ぎて、中東で厄介なことになってるという側面も…



186:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:13:35.57 ID:WhcehiRJ0.net
南極海で遭難したエンデュアランンス号の漂流記が超おもしろかった。
28人全員生還するんだけど、嘘のような本当の話。
http://ja.wikipedia.org/wiki/帝国南極横断探検隊



219:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:35:39.37 ID:nTp1W2nEO.net
エンデュアランス号は密航した若者が1人いて、発見された時に
「仕方ねぇな~、乗せてやっけど遭難して食い物無くなったらまずお前から食べるからなハハッw」
とか言ってたら実際に遭難したんだよな
結局食べられなかったけど、密航者はガクブルしたろうなw



229:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:40:10.95 ID:LH3F/KI50.net
八甲田雪中行軍遭難事件はあまりにも寒すぎて
人を食ってる暇もなかったんだな



231:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:42:17.79 ID:Hzxpd0A50.net
>>229
あの事故、寒すぎると脳が熱いと勘違いして服を脱いで全裸になって死んだ兵士とかも居たそうだね。



235:名無しさん@0新周年@\(^o^)/:2014/09/10(水) 11:44:27.52 ID:+J0TAqa20.net
>>231
ジャック・ロンドンの火を熾すって短編にもそんな描写あったな
凍死寸前になるとみんな同じようなことするのか





大事にされる人、好かれる人の特徴

腹筋がよじれるほど画像で笑ったら寝ろ

【閲覧注意】今までニュースで見た事故で一番衝撃的だったのは

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