1: 【中国電 58.7 %】 ◆An3ZhmquT2 2013/08/24(土) 08:50:18.84 0
「対話」とは「会話」とも「ディベート」とも違う
会話は異質な個人個人が異質性を保持したまま結合する形式のため、そこに対立は存在しない
ディベートはある限定されたテーマについて、私情を挟まず論理的に相手を説得する技術が求められ、そこには討論者の本心は無い(無くても良い)
本書で著者の使う「対話」とは哲学的対話である
身分、地位などを捨て、自分固有の体験、信条、価値観にもとづいて、相手との対立点を積極的に見つけ発展させて行くことである
特に「体験、信条、価値観に基づく」と言う部分が重要であり、これはこれまでの自分の人生を背負っていることに他ならない
また、相手と同じか違うかの単純な二分法でなく、些細な違いを重視し、対話の中で発展させていくことが求められる
これがディベートとの大きな違いである

私たちは普段の生活の中で対話は行われない
日本には対話の文化は存在しない
まるで対立など最初から存在しないかのような会話と限定されたある限定されたテーマについてディベートを行うだけである

なぜ対話を避けるのか
それは言葉の力を信用していないからである
言葉を尊重しないからである
いくら考えの「違う」相手と対話をしても、何も発展は無く無駄だと思っているからである
発せられる言葉は何の責任も発生しない私語か、因習的な定型文であり、それに対する死語、つまり沈黙である
言葉そのものよりも、言葉の裏や腹の探り合いに重点が置かれる現状が有る
しかし、著者は言葉に対して誠実に向き合い、個人個人がお互いに言葉をぶつけ合い、真実を求めようと呼びかける

全面的に日常生活に真理を求めて対話を持ち込むと、やや息苦しくなるというのが私の率直な感想である
一方で、状況功利主義に堕し、思いやりと優しさを持って、徹底して対立=対話を避ける「和の精神」も逆ベクトルながら息苦しいのも事実である
著者の言うとおり今の日本に「せめてあと数%」西洋的な言語観を採用すれば、もっと風通しのよい社会が実現するのではないだろうか
転載元:http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1377301818/
娘が連れて行かれそうになった話を聞いて欲しい
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4821843.html
中島


2: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 08:58:24.36 0
悪についてが面白かった
根本悪とは卑劣極まる・血の凍るような・人間業とは思えない極限的悪行のことではない。それは、信用を得るために人を援助するとか、けちと思われたくないから寄付をするとか、他人を傷つけたくないために真実を伝えないという些細な行為のうちに巣くっている。

悪にまつわる私の唯一の関心は、善人であることを自認している人の心に住まう悪である。みずからを善人と確信して、悪人を裁く人、悪人を哀れむ人の悪である。

『悪について』




4: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 09:03:36.91 P
中島さんのいう対話ってのは哲学のディベートであって
一般的な意味での西洋の伝統的なディベートとは違うと思うの



5: 【中国電 58.7 %】 ◆An3ZhmquT2 2013/08/24(土) 09:13:03.80 0
そうそうその通り
そういうことが書いてあった

ディベートはある限定されたテーマについて、私情を挟まず論理的に相手を説得する技術が求められ、そこには討論者の本心は無い(無くても良い)
本書で著者の使う「対話」とは哲学的対話
身分、地位などを捨て、自分固有の体験、信条、価値観にもとづいて、相手との対立点を積極的に見つけ発展させて行くこと



6: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 09:13:28.88 0
この人自身の考えはともかくとして
西洋人に対立点を発展させようという対話観があるとは思えんけどな
特にキリスト教徒に世の中を良くしようという観念があるのかと疑いたくなる



9: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 09:47:23.27 0
久々に中島義道の名前を見た



10: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 09:51:27.51 P
残念なのはこの人と永井均さんより若い世代で哲学って何って手っ取り早く知れる人がいないってことだね



11: 【中国電 58.7 %】 ◆An3ZhmquT2 2013/08/24(土) 10:30:33.51 0
役所が掲げる標語垂れ幕にいちいちイチャモンつけるってちょっと危ない人だよな
普通に考えて
「美化」のためにデカデカと看板を立て、膨大な垂れ幕を掛けることが私にはどうしてもわからないのだ。こうした看板や垂れ幕が最も「美化」をそこねると思うのだが、日本中いたるところにこうした「美化を呼びかける醜い物体」が跋扈している。


『<対話>のない社会』



13: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 10:38:30.45 O
これは面白そうだな



20: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 13:45:26.64 0
この人の「孤独について」は俺たちみんな身につまされるだろう
世の中のありとあらゆる教育者は、孤独から抜け出て多様な人間関係のうちに生活せよと教える。彼らは「人は独りで生きてゆけるものではないからな」という、欺瞞の臭いが立ちこめる不潔きわまりない言葉を繰り返す。しかし、あなたはこうしたお説教に耳を傾けることはない。

『孤独について』
あなたの孤独は、あなた自身が選びとったものだということを認めなさい。そして、その(表面的な)不幸を利用し尽くしなさい。それは、とても「よい」状況になりうることを信じなさい。心からこう言いたい。

『孤独について』



21: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 14:02:10.59 0
中島義道の本は結構読んだけど近くにいるとめっちゃ嫌な人間だろうなと思う



24: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 14:07:30.97 0
そういえばアメ公が昔
日本人はキャッチボールができない野球好きだと言ってた
つまり話そうと言う割には話ができないみたいな



29: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 14:19:11.36 0
言葉の力を信用してないという面もあるけど
面と向かって相手を批判してはならないという不文律の戒律が存在するせいだとオレは思うけどね
この戒律を遡上に上げない限り実践はムリ



31: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 14:20:54.59 0
山本七平はそれを「空気」と



32: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 14:33:06.52 0
議論じゃなくて喧嘩だよなたいてい
相手が言ってることをわざと曲解する
個別の話として語ってるものを全体に当てはめて破綻させる
産婆法じみたやり方で根拠を帳消しにする

ぜんぶ相手の言ってることを無意味化する方にばかり力使われてる
外人もそういうことはするけど「それじゃ決まんねえから前提決めようぜ」となるのに
アホは身も蓋もないやり方で相手の前提(と自分の前提)崩壊させたところでドヤ顔



36: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 14:59:02.13 0
底にあるものが違うもの同士で対話なんて成り立つのかね
ただの記号の交換にしかならんのでは



37: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 15:19:46.01 0
だから対話するんだろうが
対話というのはなかなか通じ合わないもの同士がするもんだよ



38: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 15:22:24.38 0
暴力ではなく対話を通じて平和的に解決すべきである
てよく言うだろ?
対話ってのはわかり合えないもの同士がわかり合えないながら議論していくことなんだよ



40: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 15:24:46.28 0
通じ合う通じ合わないということではなく
成立自体しないということか



44: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 15:29:49.53 0
>>40
成立させるためにいろんな前提を整理しないとダメなんだよ
クリスチャンならキリスト教徒として許せない的な価値観
日本人なら人間だものとか人間として許せないみたいな価値観



48: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 17:08:27.13 0
他者ときちんと対話できる人は
まず自分の中で自分自身を相手にして
論理的対話ができている人なのだろう

自分の考えを論理的に精査した上で
それを意見・主張として表明する

でも(自分では頭が良いと思っている人の中にあっても)
実に多くの人が
自分の発想の妥当性を
虚心に分析することなく
無批判に主張してしまってたりする

そういった人にとっての「論理」は
ともすれば
相手を説得するのに都合よく利用できる
「言葉遣い」や「テクニック」に堕してしまっていたりする

論理が真に有効になるのは
相手と等しく自分をも縛る「ルール」として機能するときだろう

「ことばの論理性」を
個人的意志の上位概念として配置するという
(陳腐な言い方かもしれないが)「言語論的転換」を(単なる理論としてではなく)
全ての言語運用の際に顔を出すほど強固な習慣として
自らの身に常に引き受けること

それが論理的対話にとって大事なことなのだろう



51: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 20:00:40.16 0
議論はしたことあるけど
対話ってのはしたことないな
議論するのもまあ難しいんだけどね



55: 名無し募集中。。。 2013/08/24(土) 22:40:15.24 0
ウィーン愛憎は面白かった
私はウィーンでどれほど見てきたことであろう。日本人団体のスープをすする轟音に身震いするような嫌悪を示す在欧経験の長い日本人が、ヨーロッパ人がにぎり鮨を箸でグシャグシャに崩して食べるのをほほ笑んで眺めているのを。

『ウィーン愛憎』



56: 名無し募集中。。。 2013/08/25(日) 04:30:32.25 0
わたしの嫌いな言葉って本を持ってるけどまだ読んでなかった
私の嫌いな10の言葉 (新潮文庫)
中島 義道
新潮社
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58: 名無し募集中。。。 2013/08/25(日) 06:07:40.32 0
この人の本をほとんど読んだけど
哲学者だからやっぱり哲学系の文章に魅力を感じる
わかりやすく面白いのはエッセイ風の文章だけど



61: 名無し募集中。。。 2013/08/25(日) 10:29:30.41 0
中島は語り口はオモロイが
主張は社会性ゼロの人間だから
辟易して読まなくなったな



63: 【中国電 58.7 %】 ◆An3ZhmquT2 2013/08/25(日) 14:14:41.85 0
確かに


それにしても、わが国ではどうしてみんなこれほど「明るい」人や「明るい」雰囲気が好きなのでしょう。「暗い」人は、それだけでもう人間失格のような扱いを受ける。それこそ、自然ではないと思います。

『人生を<半分>降りる』
カミュに「優しい無関心」という言葉があるが、これを言い換えると他人になるべく期待しないこと。そして、他人からもなるべく期待されないようにすること。そうすると、人間関係で「悩む」ことは激減する。

『生きてるだけでなぜ悪い?』
善人は、安全という最高価値を守るためなら、他のあらゆる価値を踏みにじってもいいと思っている。彼らにとって、安全が脅かされることが唯一の恐怖なのであり、自分と自分の身近な人物が毎日「安心して暮らせれば」それでいいのだ。

『善人ほど悪い奴はいない』
日本社会をすっぽり覆っている「みんな一緒主義」、言葉だけの「思いやり主義」「ジコチュー嫌悪社会」が、少なからぬ若者を苦しめ、「もう生きていけない」と思わせ、絶望の淵に追いやっている。

『「人間嫌い」のルール』
すべての若い人々に一つだけ(アドバイスではなくて)心からの「お願い」。どんな愚かな人生でも、乏しい人生でも、醜い人生でもいい。死なないでもらいたい。生きてもらいたい。

『私の嫌いな10の人びと』



「これ犯罪なのかよ」ってことを教えてくれ

なんか理系の面白い話あげてけ

あっども。心理テストです

これはあくまで俺の感覚だけど、なんか真実からそう遠くないと思えるんだ

吹いた画像を貼るのだ『井戸に落とされた』

アメリカンジョークの面白さは異常

海外ドラマの面白さは異常

時空のおっさんの謎『時空の風車』

思わず保存した最高の画像スレ『ジブリキャラの宴会』

学校にまつわる怖い話・都市伝説『ジョージアの謎』

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
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