転載元:http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/occult/1090902708/
後味の悪い話『途中下車』
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4969823.html

300px-Pacific_war_tile_picture


5: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/27 15:18 ID:dWm3VWZO
既出かも知れないが、日本軍のお話。
第二次世界大戦が激しさを増してきた時のこと。
陸軍が硫黄島に増援部隊を送るために
若き兵士を船に乗せて出発させた。
兵が去った後も兵舍(兵士の家みたいなところ)
には残った人たちがいた。

次の日の夜、兵舍に残っていた兵士が軍靴の音を聞いて目を覚ます。
こんな遅くに、なんだろう…
窓を開け、外を見ると、昨日出撃した部隊が、自分の兵舍に向かって行進している。
が、その顔は悲しみに満ち溢れ、ほとんどの兵が俯きながら歩いていたという。
翌日、現場を見た兵は上官に昨日のことを話した。
すると上官は「ここに帰ってから、靖国にむかったのか…」
と溜息をついた。

上官の話によると、港を出発した部隊は、すぐに米軍の潜水艦に発見され
撃沈。部隊の生存者はいなかった。
その時間は、ちょうど兵が恐るべき現場を目の当りにした時間とほぼ同時だった。

このような話は結構あるみたいだね。



6: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/27 15:36 ID:dWm3VWZO
あと、スレ違いかも知れないけど俺の体験談。

中三の夏休みのころ。
松○屋で日本軍の勳章が売られていて、それを買ってから話が始まる。
るんるん気分でベッドの上で眺めながら、店の人の説明を思い出していた。
「この勳章…いや、正確に言うと功労賞だね。この功労賞は衞生功労賞
と言って、戦場で上官や澤山の人を助けた人に送られるものだよ。」
俺は「澤山の戦場を駆け巡った戦士のメダル…」
と満足げに功労賞を見ていたが、さすがに11時。
明日はラジオ体操があるので、もう寝ることにした。

雨で無くなることも知らず…
夜、3時ころに目を覚ました。
首が痛い。寝違えたのか?とりやえず、寝ることに專念しなければ…
俺は天井を見てから、もう一度、目を閉じた。
だが、何とも言えない不快感が襲ってくる。
エアコンと扇風機が消えているので、耳に独特の謎の音が聞こえる。
だが、何か、別の音が聞こえるような…

その声は、気づいた時には、はっきりと聞こえるようになった。
「うぅ!」耳元…と言うより、耳に直に聞こえたと言う感じだ。
まだ、小さくなったが、まだ聞こえる。
俺はひたすら寝ることに集中し、いつの間にか熟睡した。
次の日の朝、目を開け、異変に気づいた。
体が動かない。だが、首は動かすことができるので、開けた
ドアから弟の姿が見える。(呑気にカービーを見ていやがる…)
と思った俺も、少しの間見ていたが…



7: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/27 15:52 ID:dWm3VWZO
さて、この金縛りをどうするか…
そんなことを考えながら天井を見ると、そんな考えはぶっとんだ。
天井が燃えてる?いや、違う、スクリーンになってる!
目の前では、戦前の人らしき人物が懸命に消火活動?をしている。
だが、余りにもリアルすぎる。防空頭巾のようなものを被った人
が走り去り、軍人と思はれし人が指揮をとっている。
その横で、倒れている婦人にとっさの治療を施し、
別の兵士に運ぶよう指揮している。
すると、一つの鳥居が映し出された。

燃えている。だが、恐怖を感じたのは鳥居そのものでは無かった。
鳥居が、どんどん俺に近づいてきている!
周りの人が鳥居から逃げ出すが、俺は逃げられなかった。
と、言うより逃げる術がなかった。
意識が一瞬無くなった。だが、目覚めると、体は自由だった。
弟がカービーのネタを振ってきたので、答えると
互いに驚いた。
俺は、先ほど見た物を、ただの夢だと思っていた。
だから、テレビを見ていた弟も、夢だと思っていたのに
内容も弟の見ていた体勢も夢では無かった…

俺はあれから功労賞を雜に扱うのをやめた。
それまではサバイバルゲームの時に付けて遊んでいた。
だが、もしかすると…元の持ち主は、本当の衞生兵の姿を
俺に知らせたかったのかも知れない…



8: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 04/07/27 18:04 ID:o4msuoAI
>>5-7
こういう話、もっと聞きたい!



9: unknown 04/07/28 02:34 ID:HIEv7CCI
>>5-7
うむ。儂にはこういう直接的な体験はないから面白かった。




17: 本当にあった怖い名無し 04/07/29 14:07 ID:wbnCepTF
第一次世界大戦フランス戦線での話。

イギリス軍の塹壕がドイツ軍の集中砲撃を受けて、そのほとんどが埋まってしまった。
その場所はドイツ軍の占領されていたが、数ヵ月後イギリス軍が奪還に成功した。
イギリス軍は塹壕を使うために掘り起こしてみると、退避壕(中が部屋のようになっている)に生きている兵士たちがいたのである。
兵士たちはすでに狂っており、退避壕の中には食い荒らされた死体が多数残っていた。
壕を掘り起こしていた部隊の指揮官は、狂った兵士たちに食事を与え、その後彼らを銃殺した。



23: 本当にあった怖い名無し 04/07/29 20:31 ID:KdQg50lT
雑誌に載ってたか、2chで見たか忘れたが、こんな話があった。

あるミリタリーオタクのホームページでオフ会が催されることになった。
その名も沖縄追悼OFF。
かつての激戦地に眠る英霊達を供養しに行くのだ。
彼らの中の数人はミリタリーショップで日本軍の軍服を揃えた。
それを着て敬意を表するつもりだったらしい。
それならまだよかったのかもしれない。

そして当日。
たくさんの日本兵が亡くなったガマの前で線香を捧げ、全員が手を合わせた。
しかし、何を思ったのかはわからないが参加者の一人が追悼サバゲーをしようと言い出したのだ。
彼らはオフ会ついでにサバイバルゲームをして帰るつもりだったのでエアガン等は持ってきていた。
日本軍の軍服を着た数人と、それ以外の十数人に分かれて"日本軍対米軍"の設定でサバゲーを開始。

数で勝る米軍側が優勢であり、どんどん日本軍側の人数が減ってきた。
やけくそになってどうでもよくなった一人が、「天皇陛下バンザァーーーイ!!(笑」とふざけながら隠れていた草むらから飛び出してきた。
当然、集中で的にされて失格。
残っていた数人も、「ここバンザイクリフな(笑」と、1mくらいの崖から次々に飛び降りて、試合放棄。
米軍側の勝利に終わった。
この後ガマの前で記念撮影をし、翌日解散した。

しかし、オフから帰ったあと、一部の参加者が事故などで次々に死亡した。
しかも、その一部の参加者とはあの日に日本軍の軍服を着てサバゲーをやっていた数人だった。
そして後日、カメラ担当者があのときのフィルムを現像すると、腰を抜かしてしまった。
最後に写したガマの前の記念写真に、漫画に出てくるようなグロい髑髏が無数に写っていたのだ。



35: 本当にあった怖い名無し 04/07/30 10:41 ID:Q5n+eUur
どなたか、辻政信大佐の話キボンヌ。



36: 本当にあった怖い名無し 04/07/30 10:55 ID:pt5UPRx2
>>35
軍部官僚は、敗北を国民に対してのみならず、味方の軍にも隠した。
そのため、敗北の原因が明らかにならず、したがって、同じパターンの
敗北が何度も何度も繰り返されることになった。

つまり、すべてが隠蔽されるため、愚かな作戦を立てた軍部官僚(たとえば、
頭が切れるということで、「カミソリの辻」と言われた辻政信参謀)は
追放されず、その身分は安泰で、次もまた同じような愚かな作戦を立て
(辻参謀はノモンハンで、圧倒的な火力を擁するソ連軍に対して銃剣突撃
させるという作戦を強行して大損害を出し、ガダルカナルのアメリカ軍に
対してもまた同じ作戦を強行して大損害を出し、しかも失脚せず、その後も
参謀として活躍しつづけた)、そして、兵士はいたずらに大量に戦死したのである。

これは、間違った判断をした厚生官僚(たとえば、サリドマイド事件のとき、
そのあとのスモン事件のときの厚生省薬務局長で、「薬品には副作用がつきもので、
ときに事故が起きるのはやむをえない」などと発言して製薬会社を弁護した
松下廉蔵)は免官されず、その身分は安泰で、同じ厚生省共同体に属している
製薬会社に天下りして次にまた同じような間違いを犯し(松下は加熱製剤が
認可されたあとも利鞘の大きい非加熱製剤を大量に売り捌き、エイズを広める
のにもっとも大きな役割を演じたときのミドリ十字の社長であった)、そして
厚生省が本来ならその健康を守るべき国民の多くが薬害に苦しむことになった
事態と構造的にまったく同じである。

「官僚病の起源」岸田秀 新書館 P20-22



41: 本当にあった怖い名無し 04/07/30 21:47 ID:hrDvNKS6
昭和三十六年のこと
漁船第六箕郷丸(三十二トン)が漁を行っていた 
海は穏やかで空は晴れ、薄暮の闇が迫る海面は不気味なほど静かだった

いつものように箕郷丸が航走していると、前方から単独航行してくる船が見える かなりの大型だ
最初は別段気にも留めなかったが、双眼鏡で確認すると何かおかしい 異様である
明らかに船形がおかしい
薄暗い海上だがそのおかしさは歴然としている 高くそして幾本も横木の張り出した三本マスト
明治の軍艦を思わせる、ラムのある帆船様の船体 そしてやたら装備の多い雑然とした甲板 二本煙突
近年見かけないほど、非常に古めかしい外観である
煙も吐かず帆も張っていない なのに結構な快速
それにこの薄暗いのに、舷灯どころか警戒灯ひとつ点いていない

さらにその船が近付き、そして乗員たちは新たな事実に気付き、戦慄した
船 首 に 波 が 立 っ て い な い の だ

波一つ、そして音一つたてずスルスルと接近する大型船 
乗員たちは慌てて握り飯を作って海に投げ込んだり、念仏を唱えたり
船長は必死に方角を変え、全力で逃れようとした

この行動が功を奏したのか、その大型船は箕郷丸の横をやはり音も波もなくスルスルと通り過ぎ
夕闇の中へと消えていった すれ違い時に甲板上を見た船員もいたが、人っ子一人も見えなかったという

ところが、箕郷丸は無事には済まなかった
その夜半、俄かに海が荒れだしたかと思うと、突然の暴風雨に遭遇
その嵐の中を木の葉のように翻弄されながら必死に航行したものの、ついに座礁
船体は大破 真っ二つに折れてしまい、乗員二名が波に飲まれ行方不明となった 



73: unknown 04/08/02 02:15 ID:42dOqvkw
>>41
素朴な疑問なんで、気を悪くしないでね。

>明治の軍艦を思わせる、ラムのある帆船様の船体
疑問1:洋上からラムのある船型って、どうやって判るの?
疑問2:いわゆる典型的な帆船だとクリッパーバウで、ラムのある帆船はむし
    ろ例外的な(一時期のみ存在した)船型だと思うんだけど。

>必死に航行したものの、ついに座礁
32トンの漁船が座礁するのはよほど沿岸だと思うんだが、件のかなり大型の
幽霊船を目撃したのはどの辺りなんだろう?
そりゃ、沖合にも浅瀬はあるだろうけど、そんなところで座礁後船体分離した
とすれば、乗員2名の犠牲ですんだほうが、ほっぽどオカルティックだと思う
のは、私がひねくれているせいだろうか?



76: 本当にあった怖い名無し 04/08/02 02:54 ID:NY/70tG3
>>73
マストを持ち、帆船に似た形をしていて、発動機を持つ船で、ラムをもっている船はあったと思う…
ラムが外からが外からわかるかどうかは別だけどね。

「艦首の一番上」よりも、「艦首喫水線の部分」の方が前に出ている構造をしていたのをラムと勘違いしたとかならありえるかもしれない。
 ↑上手く言葉が見つかんない…… わかってくれたら幸いです

ラム自体は日露戦争以後も一部では残っていたし。

乗員については、最初の時点で何人乗っていたのかが肝ですね。

ところで、大発は海軍も使っていませんんでしたっけ?



81: unknown 04/08/02 03:37 ID:mFaqfZ5s
>>76
言いたいことは判りますし、実際にラムと帆走設備を持つ艦艇は多少は存在しま
した。
ところが、元々ラム戦というのは相手艦船の土手っ腹にぶち当たる戦法でして、
帆走でそれを行うのはさいしょっから無理があることと、帆走設備独特の船首
から前に張り出したマストがラム戦の邪魔になることから、帆走設備+ラム装
備っていう艦船は希な存在なわけです。
で、漁船とはいえ仮にも船乗りが、「明治の軍艦を思わせる、ラムのある帆船
様の船体」って言うだろうか? という疑問なのです。

ちなみに、>>41では三本マスト(これは垂直に立っているもの)+複数の横桁
ということで、後年の信号マストと異なり、帆走設備としてのマストであるこ
とは疑いようはないようです。



43: 本当にあった怖い名無し 04/07/30 23:00 ID:aLg9ONhl
生物兵器、っていうのは基本的には細菌やらウイルスやらを利用する。
実際、インスタントコーヒーをつくるだけの能力がある工場なら、
かなり基礎的な生物兵器ならつくることができるんだよね。
このことがだんだんと軍事関係者に広まるにつれて、
「このままでは軍事大国の抑止力はなくなる」って言い始めた。

それを重く見たアメリカは、一時期「遺伝的な疾患」を人工的に起こす研究をしていた。
簡単な生物兵器を持ち出せば、さらにワンランク上の兵器で攻撃できる、という
新たな抑止力を見せ付けるつもりだったらしい。
その研究は、地下だとか山奥で隠れてやってたわけじゃなくて、
多くの公共病院で行われていた。すでに遺伝的な疾患のある患者を研究材料として、
「治療」と称して色々な実験を行っていた。もちろん、ここまではよくある話だし、
治験、ってのも実際には存在するから問題はないんだけどね。
でも、そのとき実験に利用されたのは人間だけではなかったんだよね。

いわゆるモルモット、ネズミ、ハムスターの一種などなどげっ歯目、っていわれる小動物たち。
今、アメリカのある地域では、ネズミの遺伝的性質があきらかに異なる種類が存在するんだよね。
尻尾がなかったり、目が片方だったり、っていうグループが。
……ってことは、その研究は成功してたのかな。
その研究は1987年に中止され、その後研究者達はほとんどなくなったみたい。
今となっては、ね



45: 本当にあった怖い名無し 04/07/31 01:55 ID:mYuEczkn
ゴブリンがでたのもどっちかの大戦中だよね



47: 本当にあった怖い名無し 04/07/31 20:17 ID:jZ0DMjBm
あーなんか聞いたことあるなあ
戦争中のグレムリン話

グレムリンって、家電なんかに憑く妖怪なんだよね?
冷蔵庫とかさ。



48: 本当にあった怖い名無し 04/07/31 21:23 ID:PZZhShC8
あー、グレムリンでした
ゴブリンってなんだよ

Gremlin イギリス
グレムリン

機械や道具にとり憑く妖精の一種。第2次大戦中に英国空軍の少尉に
発見されたもので、この妖精がとり憑くと機械や道具の調子が悪くなる
という。戦争中、飛行機の緊急発進を行おうとするたびに故障が発見
されるということがあり、調査の結果、真夜中に格納庫の飛行機の上で
遊んでいる妖精が発見され、これが機械の調手を狂わせるものとわか
った。だが、役にたつ働きもしており、フランクリンが稲妻から電気を得た
とき、実はグレムリンが手伝っていたという。



68: 本当にあった怖い名無し 04/08/02 00:27 ID:EH8bcQi9
ベトナム戦争にまつわる怪奇話ってあんまり聞かないけど
なぜ?



70: 本当にあった怖い名無し 04/08/02 00:43 ID:XimjGzS0
オカルト=恐いでもないんだけどね

>>68
舞台がベトナムだしアメリカにとっては負けた戦争だからね
日本だと幾つかあるけどさ



77: 本当にあった怖い名無し 04/08/02 02:59 ID:PtflXfR6
ホタルになった特攻隊員宮川三郎軍曹)


宮川さんが知覧に来られたのは20年5月の終わりごろと思います。雪国の人らしく色白でハンサムな方でした。
前に、万世飛行場から一度、出撃したのですが、機体の故障で引き返して、一人だけ残ったのを大変気にして
おられましてね。ようやく代わりの飛行機がもらえ、出撃する前夜の6月5日一緒に隊を組む仲よしの滝本恵之助
曹長と二人で私の食堂に来られました。宮川さんは[あした出撃だ]とごきげんでした。帰りがけに「おばさん、
あしたも帰ってくるよ。ホタルになって滝本と二匹でね。追っ払ったらだめだよ」と冗談のようにいわれました。
食堂にくるとき、どこかでホタルでも見かけたのだろうと、そのときは気にもとめていませんでした。

  翌6日はどんより曇った日でした。この日は総攻撃の日で、朝から特攻機がどんどん飛び立ちました。
夜になって、出撃したはずの滝本さんが一人でひょっこり食堂にやってきました。「宮川は開聞岳の向こうに
飛んで行ったよ」といってぽろぽろ涙をこぼしました。視界が悪いため、宮川機に何度も引き返そうと翼で合図を
送ったが、「お前だけ帰れ」といってそのまま飛んで行かれたそうです。
夜の九時ごろでした。食堂には娘二人と滝本さんの三人。奥の広間には私と遺書を書いている隊員が七、八人
おりました。すると食堂の方で、娘が「あっ宮川さんよ。ホタルになって帰ってきた」と叫びました。一匹のホタルが
開けていた食堂の玄関から、すーっと入ってきたそうです。もう大騒ぎ。滝本さんはびっくりされた様子でした。
私は「みなさん。宮川さんが帰っていらっしゃいましたよ」といい、全員で「同期の桜」を歌いました。ホタルは
長い間、天井のはりに止まっていましたが、すっといなくなりました。



80: 本当にあった怖い名無し 04/08/02 03:13 ID:llcVAkHs
ベトナム戦争。
ソースはどの本だったか忘れたが、撤退直前はえらい怖いことになってたらし。
パリ平和条約だっけ?でアメリカ撤退(そうわ言わないけど敗戦)が決まった。
もうその頃には、町の人も村人も南の兵隊たちも全てアメリカの敵になってたらしい。
味方と思ってたら撃たれたりとか・・・・そんな世界だったらしい。怖いことだ。



91: 本当にあった怖い名無し 04/08/02 15:00 ID:It2LaULe
もう亡くなっていませんが昔祖父から聞いた話
戦争に行く若い人たちに、家にあった日本刀をあげてたらしいのですが
その中にすごく長い刀(斬馬刀?)があり
それを二つに折って?打ち直してそれぞれ違う人にあげたらしい
戦争が終わって何年後かはおもいだせないけど
その一振りをあげたひとのもとに、打ち直したもう一振りが
どういう経緯かわからないけど、手元に来たと聞きました
祖父は「刀は呼び合うんだね」と言ってたのが思い出します



104: 軍板住人 04/08/04 04:43 ID:lpMGuYFh
<転載>
211 名前:名無し三等兵 投稿日:2001/07/29(日) 04:54
ガキの時分に、鍼灸師のジジイから聞いた話。ちょっと変わった幽霊談です。

ニューギニアのあたりのある戦場でのこと。
大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、
夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。
彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに
「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。
いずれも確かに戦死した連中ばかり。
神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。

そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。
しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。
怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。
見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへ、
ツカツカと歩いていって、いきなり大声で、
「全員、整列!」
と言うと、素直に整列したそう。そして、
「貴様らは、全員戦死した兵隊である。よってこの世にいてはならん。
全員あの世へ行って成仏するように。これは命令である!」
隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、
そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていったそう。

あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。
兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。

「へんな幽霊だね」と僕が言うと、ジジイは、
「日本人の幽霊でも、死んだ場所が変わると、ちょいと変わるんじゃい」
と言っておりました。




105: 軍板住人 04/08/04 04:47 ID:lpMGuYFh
<転載>

115 :名無し三等兵 :03/08/19 18:53 ID:???
ビルマ奥地にはインパールがらみで未だに彷徨ってる兵隊さんがいるとか。
奥地の原住民が夜中に足音や声をよく聞くらしい。
んで、原住民にどんな声聞くのか聞いてみたところ、「ガンバレガンバレ」
「モウスコシダ」「グンソウドノ」「ミズ、ミズ」などと、日本語知らない
はずの原住民が答えた、とか。



106: 軍板住人 04/08/04 04:54 ID:lpMGuYFh
<転載>

113 名前:こぷり 投稿日:03/08/25 18:20
え~、いつも読んでいるだけではイカンと思い初めて書きこませていただきます。
みなさまのお口に合いますかどうか。
一時期常連だった模型屋の店長がえらい年寄りで、聞けば旧海軍で軍艦にも乗って
いたとのこと。ああ、それでショーウィンドウにウォーターラインの軍艦が並んで
るのね。
その店長から聞いた話。

乗っていた戦艦が瀬戸内海に停泊していた時のこと。真夜中、夜衛の当番なんで見
まわり時間を待っていたら自分の前に見まわりに出ていった新兵がガタガタと駆け
込んでくる。すわ、なにごとかと思えば新兵震えながら「班長、出ました出ました
!」と繰り返すばかり。やっとのこと聞き出してみれば、三番砲塔に女が立ってい
るという。なにを馬鹿なことを言っているのかと思い、小銃を持って三番砲塔へ向
かうが、特に異状なし。

なにかの間違いだったのだろうと戻ろうとしたその時、背後からけたたましい笑い
声が降りかかってきた。
驚いて降りかえると、三番砲塔の上に女が立っている。真っ白な浴衣のような着物、
真っ赤な洗い髪を振り乱し、大きな口を開けて笑っている。角度から考えて、身長
は3mはあろうかという怪物。
誰何する気も起きず、わっと叫ぶとまっしぐらに逃げた。
翌朝からひどい熱を出し、艦内医の手にも負えず呉の病院へ搬送された。
その日の正午過ぎに乗っていた戦艦は不審火で爆発、沈没してしまったとのこと。

「爆沈の当日に艦を降りてるから憲兵に目をつけられて、そっちの方が怖かった」
と、店長は言っておりました。



115: 米軍を攪乱させた幻の艦隊と幽霊部隊 1/4 04/08/04 06:51 ID:eQ+C8rih
=太平洋戦争で最初の玉砕の場所=
 太平洋戦争中の昭和17年6月、日本軍はミッドウェー海戦と併行して、アリューシャン列島のアッツ、キスカ両島の占領作戦を敢行した。
このうち、ミッドウェー海戦は惨憺たる敗北に終わったが、アッツ、キスカ作戦のほうはうまくいき、ほとんど抵抗らしい抵抗もないまま、両島を占領した。

 ところがいざ占領してみると、これが大変な島。夏は濃霧に閉じ込められ、冬は暴風雨が荒れ狂って、とても軍事作戦を展開するどころではない。
米軍のほうもそれを知ってか、奪回に来るわけでもなく、日本軍のなすがままにまかせていた。
 しかし、1年も居座られると、さすがにおもしろくないばかりか、
「ひょっとして日本の狙いはアラスカにあるのではないか?」
という憶測が、アメリカ国民の間に流れるようになった。地図を見ればわかるとおり、アリューシャン列島は千島列島からアラスカへ連なる島。
南太平洋での戦況が思わしくなくなった日本が、矛先を北に転じていつアラスカを襲わないともかぎらない。
つまりアッツ、キスカ島の日本軍は、アメリカにとっては喉もとに突きつけられた短刀に等しかったのだ。

 そこで米軍は、昭和18年5月、1万1000人の兵をもって?ずアッツ島を攻撃した。これに対して日本軍の兵力は約2600人。
司令官のブラウン少将は、攻撃に先立ち、
「赤子の手をひねるようなものだ」
と豪語した。



116: 米軍を攪乱させた幻の艦隊と幽霊部隊 2/4 04/08/04 06:53 ID:eQ+C8rih
 ところが、日本軍が水際での戦いをさけ、山岳部にこもって抵抗する戦法をとったため、予想外の苦戦を強いられることになった。加えて寒さは聞いていた以上の厳しさ。
カリフォルニアの緑野で訓練を受けてきた兵士は、ヒヨコのようにふるえあがり、凍傷による戦闘不能者が続出した。

 しかし、それでも戦力の差は歴然としている。日本軍はじりじりと山地に圧迫され、5月30日、29人の捕虜をのぞいて、ついに全員が戦死した。
太平洋戦争における最初の玉砕である。
 アッツ島を制圧した米軍の次の目標は、当然、キスカ島に向けられた。
けれどもアッツ島での思わぬ苦戦にこりた彼らは、すぐに上陸攻撃をかけることをせず、しばらくは近海を艦隊でかためて日本軍の補給路を断ち、様子を見守ることにした。
そして兵力を3万に増強し、さらに耐寒訓練を受けたカナダ兵5000人を加えて上陸にそなえた。

 これに対し、日本軍の参謀本部は、意外にもキスカ島の全兵力5639人を撤退させる方針をとった。キスカ島の死守はむだな消耗戦になると読んだからである。
 この命令はただちにキスカ島の守備隊にも打電され、これを聞いた将兵は踊りあがって喜んだ。ただし、島の周囲には米艦隊が目を光らせている。
その間隙をどうぬって撤退するのか、見通しは決して明るくなかった。
 事実、当初こころみた潜水艦による撤退作戦は効率が悪く、一度に運べるのは80人が限度で、とても5000余人を帰還させるのは無理であった。
 そこで7月12日、駆逐艦を中心とする14隻の救援艦隊を派遣し、濃霧に隠れてキスカ湾に接岸、一気に撤収をはかる作戦に出た。
ところが皮肉にも、その日にかぎって島をおおうはずの霧がすっかり晴れて、作戦は延期となった。



118: 米軍を攪乱させた幻の艦隊と幽霊部隊 3/4 04/08/04 06:54 ID:eQ+C8rih
=一兵も残さなかった奇跡の撤収作戦=
 キスカ島の将兵は深い絶望の沈んだ。彼らの脳裏にあるのは、アッツ島で玉砕した戦友たちの姿だった。そこへ再び朗報が入った。
救援艦隊が再度島をめざしているというのだ。
 一方、米軍のほうも、着々と上陸の準備を整えていた。補給路を断ってあるから、守備隊の食料はそろそろ底をつくはずである。そ
れを待って一気に攻撃をかけるというのが彼らの算段だった。

 7月26日、米艦隊のレーダーは、霧の彼方に日本艦隊らしき船団をとらえた。そこでひとまず島の監視を解き、全艦をもって敵艦を追跡、いっせいに砲撃を開始した。
当時、日本軍にはレーダーがなく、霧に中の戦いとなれば米軍の有利はいうまでもない。
 ところが、ここに不思議なことが起きた。どんなに撃ちまくっても、レーダーから日本軍の艦影が消えないのだ。
 海上を見ても、艦船が炎上している気配はまったくなく、ただ味方の曳光弾だけがむなしく霧の中へ消えていく。
「これはどういうことだ?」
「まるで幽霊艦隊じゃないか…」
 砲撃と追跡は29日まで続き、燃料を消耗しつくした米艦隊は何がなんだかわからないまま、給油のためにいったん戦場を離脱しなければならないはめになった。

 この幻ともいうべき艦隊がなんであったのかは、今もって謎とされているが、キスカ島をめざしていた日本の救援艦隊でなかったことだけは確かだといってよい。
 というのも、ちょうどそのころ、キスカ湾には日本の救援艦隊が到着し、撤収作業のまっただなかだったからだ。
しかもこのときは、海上全体が霧に包まれれていたにもかかわらず、キスカ湾のみが50メートルの高さでポッカリと霧の穴が開くという好条件に恵まれた。
おかげで、撤収はわずか1時間で一兵の残もなく完了した。



119: 米軍を攪乱させた幻の艦隊と幽霊部隊 4/4 04/08/04 06:55 ID:eQ+C8rih
 しかし、もちろん米軍はそんなことは知らない。
 再度艦隊を組んでキスカに戻った彼らは、今度こそ守備隊の息の根をとめてやろうと、まず航空機をもって40日にわたる空爆を続けた。
霧のため、成果は確認しがたがったが、出撃のたびに搭乗員は、
「地上からの対空砲火を受けた」
と報告した。これもまた不思議なことで、当時、島はすでに無人、対空砲火など上がるはずもない。が、米軍は、それを日本軍健在の証拠だと判断した。

 業を煮やした米軍は、8月15日、91隻の艦艇の支援のもとに、ついにキスカ上陸を開始した。
 だが、予想された日本軍の反撃はまったくなかった。
おそるおそる前進した将兵たちが霧の中に発見したのは、ゴーストタウンのように放棄された兵舎と3匹の子犬だけであった。
”奇跡の撤退”として、戦後まで語り草となったこの作戦は、米軍を翻弄した幽霊艦隊と、年に一度あるかなきかの霧の穴という気象の妙の上に成立したわけだが、
おまけとして謎の対空砲火という怪奇まで生んだのである。
 あるいはこの対空砲火は、島にとりついた日本軍将兵の魂魄が幽霊となって打ち上げていたのかもしれない。
 ちなみに、幽霊艦隊については、ミッドウェー海戦に敗れて沈んだ日本の機動部隊の亡霊ではないかとの噂が流れたことがある。
                    学研ムーブックス『奇譚集』より



124: 本当にあった怖い名無し 04/08/04 13:28 ID:ltcJLbup
いやマジでさ、先の大戦中の心霊話って結構あると思うんだよね。
じっちゃんの話とかばっちゃんの話とかでさ。純粋な霊話が。
それでレスの隙間隙間にけっこう面白い話が書かれてるから
また期待して読んでしまう。



135: 軍板住人 04/08/05 02:54 ID:jWza3mKm
個人サイトからの転載なので、少し端折ります。


私は海上自衛隊の潜水艦に、長らく乗務していました。
ある年、私が潜航の指揮を取り、急速潜航を実施したところ、思うように深度を取れません。
タンクをチェックしましたが問題ありません。潜航の角度を思うように取れないのです。
操舵手たちは「5人分くらい艦尾側が重い」といいます。
ピンと来た私は非番の乗員の所在を確認してみました。
前にいたずら好きの海曹長が部下と一緒に艦内を前後に駆け回り、
前任の航海長のお目玉を喰らったことがあったからです。

ところが艦内の人員の配置は明らかに正常です。
それでも艦尾の重さは解消できず、結局ふだんよりかなりかかって予定深度に到達しました。
不気味なのは、しばらく航走したところでこのアンバランスが解消されたことです。
あとで当時の艦長に報告したところ、「この辺ではそういうこともあるから気にするな」といいます。
私が首をひねっていると、「現在位置は?」と聞かれました。
そこで私はようやく気づいたのですが、その時ちょうど硫黄島の近海を通過しているところだったのです。
硫黄島では大戦時に多数の軍人が戦死しました。
海上を航行する艦船にもたびたび怪異な現象が発生しているようです。
「潜水艦でもいいからくっついて本土に帰りたかったのかな」などと海曹長と話したものです。



136: 軍板住人 04/08/05 02:57 ID:jWza3mKm
これも少し端折ります。


私が乗務する潜水艦が八丈島南西を行動中だったときのことです。
潜水艦というとずっと潜っていると思われがちですが、実際には原潜でないかぎり水上を航走する場合も多いものです。
そのような場合、舷側の低い潜水艦では行き交う船と互いに識別しあうのが難しく、両目を使っての目視での監視が非常に重要な役割を担います。
ある夜、私は見張りの士長たちともども司令塔の上に立ち、双眼鏡で周囲を警戒しておりました。

士長が左舷前方に船影を発見し、私はそのことを発令所に伝えました。
が、ほどなく「見間違えじゃないか?」と聞き返されました。
同時に回していたレーダーには感度が無いというのです。
士長の報告した概位からすればごく近いと思われ、ありえないことです。
「そんなバカな。まだ見えてますよ」と士長が言うので、私は夜でも良く見えるという彼の私物の双眼鏡を借りて向けてみました。

確かに船影はあります。それも思ったより大きく見えます。しかし妙なことに気づきました。
その夜は月が明るく、結構遠くの船影でも細かい部分までくっきり見えていたものです。
ところがその船影に限ってのっぺりと真っ黒く、細部がまるで見えないのです。
それでも、シルエットから判断して、こちらと反航しつつあるように見えます。
辛抱強く見つづけていると、ようやくその船が軍艦らしいことに気づきました。
あちこちから艦砲と思しき細いものが伸びているのです。
しかし艦砲主体のこのような大型艦は、自衛隊はおろか、米海軍にも、近隣諸国にももう在籍していないはずです。

私は当然の連想をしてしまい、思わず士長に双眼鏡を返してしまいました。
士長によれば、その船影は10分ほどで視界から消えたそうです。
しかし彼はこういいました。
「一番近づいたとき、あっちの舷側にずらっと人影が並んで、こっちに帽振れやってるように見えて仕方なかったですよ・・・・・・」



137: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 09:57 ID:02NO4U/N
沖縄戦体験者の話聞いた事があります

03.10.02 03:58:21
祈り
体験者の方々から直接聞いた話からしますと、番組の内容は表現が
とてもやさし過ぎると思いました。聞いた話の一部ですが・・・
壕に非難している所を後から入ってきた日本兵に壕から追いだされた話。
妊婦や子供は面倒な事になると殺害された話。スパイ容疑をかけられての惨殺。

生爪を剥がされ、両耳、両手両足を日本刀で切り落とし 口と目をを大きく見開いている
 民間人の死体を目の当たりにした時の悲しみは 表現出来るものでは無く、
今でも脳裏に焼きついて、今も私を苦しめ続けているとおっしゃってました。お解かりの様に、
沖縄の人達は、日本兵までもが怖かったのです。

また、捕虜になった人達はアメリカ軍から食べ物の配給があったそうです。
なぜ私達を殺さないのかと聞くと、一般住民は殺しません。琉球人は殺しません。戦うのは兵隊だけ。
と言ったそうなのです。



141: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 10:58 ID:pS65llUs
民間人を勝手にスパイ容疑で拷問したら、その兵や上官まで陸軍刑法違反で軍法会議もの
大体が拷問で手足切り落としたり死ぬような目にあわせたら、出てくる証言も出なくなる
スパイ尋問のプロの憲兵をなめるな、と言いたい

撃墜されたB-29のパイロットが、空襲羅災者たちに袋叩きの目にあって殺されるという事件もあったが
それですら憲兵立会いの下、激怒したその地区の指揮官の許可があって初めて行われた



142: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 12:06 ID:XbNzub47
俺のおじさん(もと海軍陸戦隊)は
95式軽戦車に乗っていたらしい。

場所はフィリピンって言ってた・・レイテかな?
詳細は聞いてないです、スマソ。

ある日、夜に戦車で物資輸送をしていた時のこと。
(昼は空襲があるし、戦車と言っても装甲が薄いので、
 最前線へはほとんど出ず、輸送ばっかりしてたらしい)

真っ暗闇を、ライトもつけずに前進してたら。
耳元で、「危ない!」と叫ばれ、思わず戦車を停止させた。

つづく



143: 142 04/08/05 12:07 ID:XbNzub47
つづき

と、目の前をオレンジの光がサッと横切り、とたんに起こる爆発。
と同時にはじまる銃撃。
ゲリラか、米兵かはわからないけど襲撃を受け、機銃や砲を撃ちつつ退却。

逃げ切ったところで、戦車長に
「あそこで急停止したのは、敵が見えたのか?よく敵の襲撃がわかったな。」
と言われ。
「いえ・・信じられないとは思いますが、『危ない!』と言う声を聞いたのであります。」
「・・・あれは、母ちゃん(俺のお婆さんね)の声でした。」

「よく怒られて、引っ叩かれたりしたけど。
 あれだけは感謝しとる。」
とおじさんは婆ちゃんの葬式の時に話してくれました。

・・よくある話だね、スマソ。



154: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 19:42 ID:aJbBoVdD
東京なら空襲によって亡くなった方も多いと思うんだけれど、
そっち方面でオカルトは無いのかね?



155: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 19:45 ID:2SW3yuf6
東京大空襲の焼夷弾攻撃を考案したルメイが、
戦後日本政府から最上級の勲章を貰ってるのがオカルト。



158: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 21:32 ID:lIBE8m6B
>>155の類義談でインディアナポリスを沈めた日本潜水艦艦長の橋本さんが
結果的にその褒美を戦後アメリカから頂いた形になっているのがオカルト。

読んだ本ではアメリカ本国で聴聞されたがお土産までもらって無事帰国したとか。



156: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 20:15 ID:pS65llUs
ビルマのメイミョウ 昭和19年1月26日のことだった
敵の攻撃が激しくなったので偕行社(将校サロン)を後方のキョウセに移転する事になった
若い女性たちがいたからである
別れの宴がはられた日、女性の一人上野山さんは南少尉に手のひらを見せ
「私はもうまもなく死にそうだ 遺品と思って受け取ってください」
と、母からという木のふちの四角い手鏡と赤い縁飾りをした手作りの白いハンカチをくれた
偕行社が移って何日目かの真夜中、南少尉は何気なく手鏡を取り出し、今頃どうしてるだろうと思った
その時、何か赤い影がすうっと後をよぎる気配がした 振向いたが誰もいない
ドアを開けてみても誰もいない
不思議に思いながらハンカチを開くと、真っ白なハンカチに赤いしみが広がっていた・・・
少尉は胸をつかれた 一体何が起こったのだろうか・・・

その時キョウセにいた偕行社の娘たちは全員爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばされていたのである

報せが入り遺体収容のため南少尉らはキョウセに車を飛ばした
しかし建物も娘たちもすっかり吹き砕かれ、どこに遺体があるのかも分からない
呆然として見回すと、赤い靴を履いた女の片足だけがころがっていた

上野山さんの足であった



157: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 21:20 ID:miXGOOHr
ガダルカナル島も凄まじい戦いがあった
日本兵3000人が救援物資が来るのを信じて待っていた
しかし待てども待てども救援部隊はおろか日本軍の船も見えない
そうこうする内にとうとうアメリカ軍が島に侵攻してきた
この時置き去りの日本兵3000人に対してアメリカ兵70000
圧倒的な戦力の差は明らかだったが日本兵は必死で戦った
凄いのは精神異常で本国に帰されたアメリカ兵が30000人以上いた
いかに日本兵が凄まじい戦い方をしたかって事が伝わってくる

以降はガダルカナル島で生き残ったアメリカ兵の証言
日本兵は正確に弾を撃ってくる 動きも速いし狙いが定まらない
(戦い方が上手かったとも言っている)
火炎放射器のバックパックに弾が直撃して爆発炎上周りの仲間も燃えた
浜辺から上陸した戦車が砲塔を日本兵の方に向けたら
全速力で突進してきたかと思うと砲塔の中に銃を向けて弾を放った
途端に主砲の中の大弾に触れたのか中で爆発を起こして熱気が凄かった
中にいた搭乗員は皆オレンジ色のスライム状になって中から溢れてきた
それを見た周りの仲間も嘔吐をもよおしたりして気が狂った人達もいた
もし砲塔に向かって撃つ時に先に我々が撃っていたら日本兵は死ぬ
日本兵は死を覚悟して尋常ならざる決意で戦っていた事がそこで解かる
私達は日本兵から神的な何か凄い力を感じずにはいられなかった



159: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 22:27 ID:b8EmYuvc
>>主砲の中の大弾に触れたのか中で爆発を起こして熱気が凄かった
>>中にいた搭乗員は皆オレンジ色のスライム状になって中から溢れてきた

硫黄島でも同じような米兵証言がある。戦車が攻撃され、砲弾に誘爆して
仲間がゼリー状なったとか



161: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 22:29 ID:b8EmYuvc
米海兵隊員の証言一

身を守る物や隠す物がない岩ばかりの島で砲弾が次々と降り注いできた。
その砲撃はきわめて正確で多くの死傷者と精神異常者を出した。
日本兵は突然現れて、攻撃してきた。あるとき日本刀を振りかざして、
ある海兵隊員に斬りつけてきた。彼は反射的に手を出してさえぎろうとしたが、
ひじまで、縦にまっぷたつにさけてしまった。また、日本軍の銃弾により、戦車内部の
砲弾が炸裂し、中にいた乗組員は全員ゼリー上の液体と化していた。



米海兵隊員の証言二

我々はあるトーチカを攻撃した際、その中にいた日本兵の死体を隣のトーチカに放り込み、
出入り口を塞いだ。その近くを基地として使っていたが、いつからか変なうわさが立ち始めた。
出入り口を塞いだトーチカから日本兵の霊がこっちをのぞいているというのである。ちょうど
一週間くらいたった頃、そのトーチカがいきなり爆発した。おそるおそる中を調べると、我々が
放り込んだ死体のほかにもう一体の死体があった。彼は手榴弾で自殺したようだった。



162: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 22:30 ID:b8EmYuvc
>>161は硫黄島で戦った米海兵隊員の証言ね



163: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 22:41 ID:X4DbnBK2
海兵隊員の証言ほど信用ならないものはない。



164: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 22:52 ID:Kmgb+I4M
海兵隊員は問題児の集まりだからな



165: 本当にあった怖い名無し 04/08/05 23:18 ID:4OW/87Zj
その問題児さえもビビらす凄い旧日本兵。

戦争や戦争を美化したがる連中は嫌いだけど、当時必死で戦った
兵士の方々には本当に敬服するよ。
その人たちのおかげで今の俺たちがあるんだからね。



170: 本当にあった怖い名無し 04/08/06 00:09 ID:oJ4nExGQ
硫黄島の話とか聞いてたら涙が出てきたよ・・・
自分も同じ時に同じ場所にいたら参戦して助けたいと思った
実際行ったら恐くて何もできないのだろうと思うけど
家族を守ろうとする気持ちを大切に忘れないでおこうと素直に思った



175: 本当にあった怖い名無し 04/08/06 00:39 ID:9NjzzBOt
沖縄は出るってウチのばーちゃんが言ってたよ。
戦争が終わって20年くらいして
ウチのばあちゃんは子供連れて沖縄行ったんだって。
夜になって、民宿の近くの海岸に夫婦で散歩したんだけど、
海岸線に崖があったらしい。
そこに近づいた時、崖の上の方から太鼓の音がしてきたんだとさ。
それも一個や二個の音じゃなくて何十、何百の太鼓を一斉に叩く音。
何の音だろうと思って崖の上を見ると
日本軍の兵隊が軍服着て、崖の上にずらっと一列に並んで直立不動してたらしい。
なんであんなトコに兵隊が・・変なの。と思って民宿に帰って
女将さんにその話をすると、あそこは兵隊が海に身投げした場所だったと教えてくれた。
崖の付近にはまだ遺骨がそのままにしてあって、その骨をかぶってタヌキが化けるんだって。

朝になってもう一度その崖に行くと、ホントに崖には兵隊さんの骨が沢山並べてあったそうな。


ほんとかね。俺がガキん時に聞いた話だが・・。



197: 本当にあった怖い名無し 04/08/06 15:54 ID:Tk5Tv0eQ
さて、昭和19年 スリガオ海峡夜戦で、戦艦山城は米艦隊の集中砲火を受けて撃沈された
丁度その頃、山城乗組だった岩本中尉の夫人のもとへ若い水兵が訪ねてきた
何があったのか、玄関に上げると開口一番「あなたのご主人は只今戦死なされました」と告げる
そのまま帰ろうとしたので驚いて外に出ると、今出て行ったはずの水兵がどこにもいない

後で調べると、その水兵は岩本中尉の従兵(同じく山城で戦死)にそっくりだったという



203: 本当にあった怖い名無し 04/08/06 22:59 ID:aT8biSDK
第16師団(該当二将校が所属していた師団です)の佐々木到一支隊長は12月13日
の日記にこう記した。

「この日、わが支隊の作戦地域内に遺棄された敵屍は1万数千に上りその外、
装甲車が江上に撃滅したものならびに各部隊の俘虜を合算すれば、我が支隊
のみにて2万以上の敵は解決されている筈である。…略… 午後2時ごろ、
概して掃蕩を終わって背後を安全にし、部隊を纏めつつ前進、和平門にいたる。
その後俘虜続々投降し来たり数千に達す、激昂せる兵は上官の制止を肯かばこそ、
片はしより殺戮する。多数戦友の流血と十日間の辛酸を顧みれば兵隊ならずとも
『皆やってしまえ』と言いたくなる。白米はもはや一粒もなし、城内には有る
だろうが、俘虜に食わせるものの持ち合わせなんか我が軍には無い筈だった。」

…佐々木到一少将私記「南京戦史資料集」南京戦史編集委員会編、偕行社、1989年



206: 本当にあった怖い名無し 04/08/07 00:07 ID:7qx56GRF
金陵大学病院医師マッカラム氏の日記及び手記からの抜粋(法廷証第309号=検察番号246号)である。
これを松井大将の弁護人伊藤清氏が東京裁判の弁護側立証段階で抜粋朗読しているので紹介したい(極東国際軍事(東京)裁判速記録・・・第210号)。
 
 1、(日本軍は)礼儀正しく、しかも尊敬して私どもを処遇してくれました。若干のたいへん愉快な日本人がありました。
   私は時々一日本兵が若干の支那人を助けたり、また遊ぶために、支那人の赤子を抱き上げているのを目撃しました。
 
 2、12月31日、今日私は民衆の群が該地帯から中山路を横断して集まるのを目撃しました。あとで彼らは
   行政院調査部から日本軍の手によって配分された米を携帯して帰って来ました。今日は若干の幸福な人々がおりました。
 
 3、(1月3日)今日は病院職員の半数の登録をするのに成功しました。私は若干の日本兵によってなされた善行を報告せねばなりません。
   最近7、8名のたいへんに立派な日本兵が病院を訪問しました。私どもは彼らに病人に与える食物の欠乏を語りました。
   今日彼らは若干の牛肉を見つけて、100斤の豆をもって来ました。われわれは一ヶ月も病院で肉なんか食べなかったので、これらの贈り物は大いに歓迎されました。
   彼らはわれわれに他にどんなものが欲しいかを尋ねました。

 
このようにラーベ氏は国際委員会を代表して感謝の手紙をしたためており、マッカラム氏は日本兵の善行を日記の中にしたためている。
日本を憎悪していたマギー牧師でさえ「安全区は難民たちの“天国”だったかも知れない」(秦郁彦著『南京事件』84ページ)といい
スミス博士も調査報告書の中で「難民区内には火災もなく平穏であった」「住民のほとんどはここに集まっていた」と述べている。



215: 本当にあった怖い名無し 04/08/07 04:04 ID:JgB5pyRb
兵隊さん達ありがとう!
合掌



246: 本当にあった怖い名無し 04/08/07 20:23 ID:LNYLryAr
213 名前: まちこさん 投稿日: 2004/05/1(土) 22:03:15 ID:RGFpLCm6

昭和20年6月のこと
運送船「恋瀬丸」が便乗の乗客16名と荷物を積んで航行中、突如現れたP-51戦闘機2機に機銃掃射を受けた
雨と降り注ぐ機関砲弾に、たちまち船内は阿鼻叫喚図となった
弾丸が薄い鋼板を貫通して乗客たちを粉砕する 肉片が飛び散る・・・
大穴の開いた船底からはドッと水が溢れ、瞬く間に船は沈下 
そのうち機関が射抜かれたらしく缶が破裂 船体は真っ二つに折れ、高熱の蒸気が船内に充満する
視界を妨げる大量の蒸気と大混乱、沈没速度のあまりの早さに脱出も思うように行かず
結局恋瀬丸は沈没し、便乗中の水兵一人を含む乗員乗客18名が戦死 生き残りも殆どが重傷を負った 
同日には常磐線や各地の学校、航空隊 そして歩行者も攻撃を受け多数の死傷者を出している

その後、毎年6月頃の夜になると、恋瀬丸沈没地点付近で巨大な青白い光球が走り回ったり
湖面上をびしょ濡れの人々がぞろぞろと歩き回ったり
誰もいないのに夜の湖面からすすり泣く声が聞こえたり
様々な現象が発生するようになった
今現在でも現れる事があるらしい



248: 本当にあった怖い名無し 04/08/07 21:20 ID:GpToKjW5
某スレにありました。


もう夏も終わりと言う時期。青山の辺りでタクシーを拾って帰ろうとした
ところ、運ちゃんがどうも回り道をしている気がする。
さては料金をボッていると思い
「何でまっすぐ行かないんだ!」と指摘すると、運ちゃんは
「料金はおまけするから勘弁して下さい・・・」と哀願する。
不思議に思い理由を聞くと、しぶしぶながら口を開く。
「実はね・・・終戦記念日に見ちまったんですよ。
青山墓地の前で、軍人さんたちが行進しているのを!」

戦慄が走った。思い出してしまったのだ。
その日に軍装オフで盛り上がり、夜中に喉が渇いたので
青山墓地付近の自販機へ皆でジュースを買いに行った事を・・・・。



259: 本当にあった怖い名無し 04/08/08 11:09 ID:DF9tWxN/
かわいそうなゾウ  

軍の命令で飼育員に餓死させられて...他の動物の餌....



264: 本当にあった怖い名無し 04/08/08 16:22 ID:8fKRP1Jl
一般人立ち入り禁止なところで兵士が幽霊とか見たら
やっぱ上官に報告するのかな
「幽霊を見ました」って。



268: 本当にあった怖い名無し 04/08/08 18:59 ID:8yRGBNb3
>>264
こういう話がある

昭和19年11月14日の夜のこと
水戸歩兵第2連隊で突如営門が真一文字に開き、同時に進軍ラッパが遠くから響いてきた
衛兵が警戒して見ていると、一個連隊ほどの部隊が行進してくる
その先頭で連隊長の中川大佐が馬に乗り抜刀し、それに兵士が無言でついて来る
衛兵司令は直感的に「捧げ銃」を命令
衛兵が不動の姿勢で出迎えると、営庭の途中で部隊の姿が掻き消すように見えなくなった

その日は村井少将と中川大佐が自決 生き残りが最後の突撃を敢行 玉砕した日だった
この時点で玉砕は誰も知らされていなかった


アッツ島で玉砕した山崎大佐の留守部隊の旭川師団でも似たような事があり
(行進ラッパの音が近づいてくるが、部隊営門近くになるとかき消すように聞こえなくなる)
最初は上官も「ウソつくな!」と衛兵司令を叱ってたらしいが
念のため将校を歩哨につけたところ、やっぱり聞こえたため、上官も信じるようになった



267: ワニ分署 04/08/08 18:58 ID:qV66Y5iM
野生動物による最大の大量殺人
 1945年2月、ベンガル湾のラムリー島のマングローブが生い茂る沼地にイギリス軍が1,000人を
超える日本軍をおびき寄せていた。19日の夜から20日の未明にかけて恐ろしい叫び声が続いた。
負傷者の血の匂いに刺激された無数のイリエワニがこの沼地に集まり、動きのとれなくなっていた
日本兵に襲いかかったのだった。沼地の外側にいたイギリス軍は一晩中すさまじい悲鳴を聞かされた。



そして夜が明けてから彼らが発見した生存者はわずか20名だった。



284: 本当にあった怖い名無し 04/08/09 12:27 ID:HoPM8KK1
うちのおじいちゃんの話なんだけど、戦争が終わる直前?なんか小さい孤島に何千の
日本兵を閉じこめてたらしい...ほんの数日で島にあるものを食い尽くして、本当に
ひもじい思いしたんだって。
おじいちゃんは元々食が少ないほうだから何とかなったけど、
おじいちゃんの友達は、たくさん死んで...朝起きたらとなりの友達が餓死してた言ってた。
引き上げるときに、おじいちゃんが大切にしてた母親の写真が見あたらなかったらしくて、
おばあちゃんが、母親に守ってくれてて無事に役目を終えたから、写真が消えてしまったんだろうって
言ってた。
自分もそう思うんだよね。あの几帳面なおじいちゃんが大切な写真を無くすとは、
思えないから。



286: 本当にあった怖い名無し 04/08/09 12:37 ID:ZnsyNH9D
割と有名な話なので知ってる人も多いと思うけど、旧軍の「自決拳銃」の話。
旧軍では、制式拳銃として南部式や南部十四年拳銃を支給していた。
が、のちにさらに扱いやすい新拳銃として「九四式拳銃」というのを開発して、主に将校に支給した。
グリップが細く、小さく、全体に小型だった九四式拳銃は、体格の小さかった日本人にとって
とても使いやすいはずだった。

しかし、この拳銃には一カ所致命的な欠陥があった。撃鉄を支えるシアという部品が、フレーム外部に
露出していたのだ。いくら安全装置を効かせていても、シアに触れると勝手に暴発してしまうという恐い
設計だった。日本兵は、この銃を持ち歩く時、薬室をカラにして、暴発を防ぐ工夫をしていた。
敗戦後、日本に来た米兵たちは「おみやげ」として九四式を大量に押収した。

おもちゃがわりに九四式で遊んでいた米兵が、九四式を暴発させ、自分や仲間を射殺してしまう
事故が多くおこった。以来、この拳銃は「スーサイドナンブ」自決用拳銃と呼ばれることになった。
この事故は、数件ではなく、数十件規模で起きたらしい。
これと同じようなエピソードが、スピルバーグの「バンドオブブラザーズ」に描かれている。
まあ、この作品では暴発する拳銃はドイツ軍のルガーP08になっていたが。



287: 286 04/08/09 12:50 ID:ZnsyNH9D
ちなみに、九四式がナンブとあだなされたのは、米兵が旧軍の拳銃をまとめてナンブピストルとよんでいたから。
また、スーサイドナンブというあだなは、日本兵がもっぱら敵ではなく、自決するさいにこの銃を使ったから、
という説もある。

他にも、詳しい型番忘れたけど、小型の榴弾砲(のちにこれを発展させてNATO軍の40ミリ榴弾砲が生まれる)を
押収した米兵が、砲があまりにも小型だったため、手で支えるか、しゃがんだひざで固定して発射するランチャー
と間違え、手持ちやひざ撃ちで発射し、ひざの骨を折るといったケガをした。
以来、この砲は「ニーブレーカー」などのあだなをつけられる。

日本軍の武器は、使った本人が負傷するようなシロモノが多かったらしい。
今の89式や9ミリ拳銃は大丈夫なんだろうか



300: 本当にあった怖い名無し 04/08/09 22:55 ID:m1adPiz1
旧日本軍には優秀な名の知れ渡った狙撃兵ていないのかな?
ソビエトのザイツェフとか、ドイツにも名前忘れたけどいたよね?
ああいう神がかりてきな狙撃兵てなんか神秘的でカッコイイよね。



565: 本当にあった怖い名無し 04/08/16 01:18 ID:jrLbROMX
遅レスだが、>>300
日本人で特に有名なのは、明治時代の村田経芳
明治8年の欧米視察で、ドイツ・フランス・イギリス・スイスの各射撃場及び大会で全部優勝
腕試しでも全て勝ち、射撃協会から「世界一の射撃手」の称号を受ける
また戊辰戦争と西南戦争でも官軍側にとして参加、当時のスコープ無し軍用銃で狙撃し、何人も仕留めまくっている
薩軍の篠原国幹を狙撃戦死させたのもこの人

これだけではなんだから、小ネタをひとつ

戦後、遺骨収集団がビルマの地を訪れた
日本軍の鉄兜や銃、大砲などが遺骨と共にあちこちに散乱していたが
大砲の砲身は真っ赤に錆果て、砲身も半ば埋もれかけているのに
どれも砲尾の機関部が新品同様にピカピカに磨き込まれていた
地元住民は「日本兵の幽霊が出る」と絶対に近づかない場所なのに、である



301: 本当にあった怖い名無し 04/08/09 23:04 ID:4AdVPLxw
シャーフ・シュッツェンゲヴェール(精密狙撃手)つー名前の弓の名手が居たとか。



303: 本当にあった怖い名無し 04/08/10 00:37 ID:8Hr4tTWn
日本軍の場合、大抵有名になる前に一つの戦場で戦死しちゃうから

マキン島での椰子の木を利用した、神出鬼没の狙撃兵は比較的有名かな



312: 288 04/08/10 16:14 ID:HM9AqJ+o
親父から仕入れてみました。大して怖いのがない・・・。
1.静岡の東部にある練兵場跡地
現在小学校・中学校・県立高校・私立高校大学の敷地になってますが、
在りし日をしのび?衛兵詰め所がのこってます。その詰め所の中に
ゲートルを巻き小銃を持った兵士が直立不動で勤務している姿を
見ることのできる人はいつでも見れるとか。

死んでもなおご苦労様です

2.親父が出張った台湾南部
新鮮な魚が食いたくなると、緒戦のころ鹵獲され運ばれたイギリス軍の
手榴弾を使ってせっせと魚をとっていたと。でも、欲張った軍曹が腹まで
海水につかって投擲した手榴弾の爆発で、内臓つぶされてからは
禁止されたそうです。

3.親父の体験談
親父は陸軍で台湾でしたが、その兄貴は満州で砲兵観測将校とやらを
やっていたそうです。で、シベリアに送られた。
ある夜、親父の枕元に兄貴が現れ、嗚咽しつつじっと親父を見ていたそうで。
金縛りになりながら、『死んじゃったのか?』と念じると かすかに頷いて消えた。
その晩は、もう眠れず・・・両親にどう伝えたらいいか悩んだそうです。
結局、夢として伝えたそうですが。

いまでも親父はソビエトを憎んでますね・・・。条約無視して攻撃するわ、
捕虜を虐待・虐殺するわ。

詰まらん話でゴメンナサイ



314: 本当にあった怖い名無し 04/08/10 16:24 ID:EmQofaBK
>>312
いやいやサンクス。 良かったです。



319: 本当にあった怖い名無し 04/08/10 17:23 ID:LLAqlQEb
>>312
いやいや、こういう話を待っていたんですがな!
いい話をありがとう。



330: 本当にあった怖い名無し 04/08/10 21:23 ID:J8kMFIND
コピペでスマン
526 名前:おさかなくわえた名無しさん 投稿日:04/08/09 11:19 ID:99d5eF6P
戦時中の話じゃないけど
じいちゃんは薬剤軍曹だったんだが、特に笑えるエピソードは無いんで割愛

で、問題なのが戦時中中国戦線で従軍看護婦やってたばあちゃん
従軍看護婦ってのは、前線の殺伐とした雰囲気でスレる上
兵隊たちにちやほやされるもんで、大抵古兵や下士官、将校も恐れる鬼看護婦になる場合が多い(じいちゃん談)

親父が小学生の頃の話だが、ただでさえばあちゃんに頭が上がらないじいちゃんなのに
あろうことかコソーリやってた浮気がバレた

・・・ばあちゃんがブチ切れて、床の間に架けてあったじいちゃんの軍刀を抜き払い
「この前線も知らん軟弱軍曹風情がぁ!性根を叩き直してくれる!」とじいちゃんを追い掛け回した
じいちゃんは堪らず家を逃げ出し、親父がばあちゃんを必死でなだめた後探しに行った所
河原の橋の下でひざを抱え、子犬のように震えていたと

ばあちゃん怖い



332: 本当にあった怖い名無し 04/08/11 00:19 ID:j9GaVP57
>>330
十分笑える!!



334: 本当にあった怖い名無し 04/08/11 01:12 ID:wRFj88YB
>>330
>この前線も知らん軟弱軍曹風情がぁ!

この部分で爆笑。



333: 本当にあった怖い名無し 04/08/11 01:08 ID:aB2Bm4NO
母は強し



336: 本当にあった怖い名無し 04/08/11 01:36 ID:8hxek1JY
釣りネタと流してくれてもいいが

漏れの大学時代の恩師は、ある特定の宗教を専門にしてる教授だった。
宗教学の教授になのに、超常現象を真っ向から否定する変わり者で、普段からそれを不思議に思っていた漏れは、ゼミのコンパで思い切ってその理由を聞いてみた。
すると思いもかけない答えが返ってきた、いわく。

教授の家は、元々さる宗教団体の幹部の家系だったそうだ。
聞くところによると、教授の父はとても験力の強い人で、戦前はその方面でかなり有名な人だったらしい。
その父が、戦争開始直後に突如徴兵された。
配属先は俗に言う「0部隊」、呪術とか超能力とか、そういったもので米英を攻撃する怪しげな部署だったらしい。
教授の父に与えられた任務は、ルーズベルトの呪殺。
開戦から何年かの間、ほぼ不眠不休の呪術攻撃(?)を続けた教授の父(と同じく集められた宗教の人たち)だったが、全然成果は上がらず、軍の風当たりは当然キツイ。
本土空襲が始まるに至って、絶望した教授の父は、軍とルーズベルトを呪って割腹自殺を遂げたそうだ。
その後の戦争の経過は、皆さんご存知の通り。

教授の方はと言えば、家長が死んでから親類に家は乗っ取られるわ、あれが呪術屋も息子よと後ろ指刺されるわ、大変な戦後生活を送ったそうだ。
元ボンボンの教授にとっては大変なショックであったらしく、以後、研究者になっても実践者にはならないと言う誓いを立て、学問にまい進した。
結果、後年教授の研究は大きな評価を受け、一度はその宗派のトップに立つほどにもなった。
でも、今でも超常現象は否定している。
一部で有名な人だから、同じ話聞いた人結構いるかもね。



342: 本当にあった怖い名無し 04/08/11 18:17 ID:ok5BOwed
オカルトではありませんが、怖い話です。


関東軍でソ連国境方面にいた方から聞いたお話です。

ある日十騎ほどの騎兵が国境へ偵察に向かいました。
ところが待てど暮らせど誰も帰って来ない。
で、捜索隊が出発。
ようやく見つけたのは、騎兵達の装具のみ・・・

人も馬もオオカミの群れが食べちゃったそうです。

オオカミは五十頭前後の群れで襲ってきたそうで
馬上の人間ぐらいの高さぐらいなら易々と飛び掛かってくるらしいです。
しかも人間を襲うと別の人間が探しに来る事を知っていて
捜索隊が待ち伏せされる事もあったとか。

お話して下さった方がオオカミの群れに遭遇した時は
隊列を組んで群れに銃を向けて、皆で後ずさりしてようやく生還できたのだとか・・・



359: 軍板初心者inオカ板 04/08/12 04:58 ID:aaM0CpfB
 このスレにふさわしいかどうか、分かりませんが、私が聞いた
話をひとつ。

 WWⅡはヨーロッパ戦線での話。
 電撃作戦によってフランス軍を散々打ち負かして進撃を続け
るドイツ軍。そんな折、あるドイツ軍の歩兵中隊が小村を占領
しました。
 暫くして1人の兵士が、ある農家に立派なワイン貯蔵庫があ
るのを発見。上官に報告すると、「そのワインを持って来い」と
言うので、彼は地下にあるワイン倉に入っていきました。

 でも、いくら経ってもその兵士はワイン倉から戻ってこない。
しびれを切らした上官は別の部下2人に様子を見てくるように
命令しました。しかし、今度はその2人も戻って来ない。
 上官は更に別の部下2人を行かせましたが結果は同じでし
た。

 一旦切ります



360: 軍板初心者inオカ板 04/08/12 04:58 ID:aaM0CpfB
 続きです。

 上官は「ならば俺が見に行く!」と言って残りの部下(何人
かは不明)を従え、地下室に降りていきました。
 地下室はごく普通のワイン倉で、別に変った所も無い。そ
して彼は先に送り込んだ部下5人を探しましたが、どこにも見
当たりません。

 しかし彼はその地下室に降りた時から、言いようの無い不安
と恐怖に襲われていました。「ここには人間以外の何かが居る」
直感的にそう判断した彼は、捜索を打ち切り早々に地下室を後
にしました。

 彼は戦争を生き延び、何十年後かに再びその小村へ行く機会
を得ました。
 恐る恐る地下室に降りた彼は、違和感を覚えました。
「この地下室、こんなに床が高かったか・・・?」
 以前見た時に比べ、確実に数十センチ程床が高くなっていま
した。しかし彼は敢えてその事には言及せず、その場を去った
のです。
 「人間以外の何か」とはどういうモノだったのでしょうか?

 以上が私の知る話です。他にも思い出すようでしたら、また
書き込ませて頂きます。



365: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 10:15 ID:r9sJovoe
ほんとかどうか、硫黄島は今でも出るらしいね。
硫黄島勤務の自衛官が、なにかを見たとかよく聞く。



366: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 10:38 ID:nQfiGJyQ
>>365
11日に硫黄島付近で米軍機謎の墜落
乗員4名全員が依然として安否不明・・・これはソレですかね・・
【硫黄島司令部発宛大本営決別電文】
「戦局遂に最期の関頭に直面せり、十七日夜半を期し小官自ら陣頭に立ち
皇国の必勝と安泰を念願しつつ全員壮烈なる攻撃を敢行する。(以下略」
・・・
未だに最期の突撃を繰り返し続けているのでしょうか?(合掌)



367: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 10:55 ID:70mpDufB
>>365
同僚から聞いた話。
同僚の叔父さん、土木関係だか電気関係だか忘れたけど
現場行って工事する関係にお勤めで、硫黄島の施設工事に行った。
ところでこの叔父さん、小銭を稼ぐのが好きで、
島のあっちこっちに転がってるヘルメットやら何やらを、
転売目的で作業の合間に拾い集めて、詰め所に集積しておいた。

夜な夜な詰め所のロッカーというロッカー、バッカンバッカン開閉しまくりの、
照明という照明、点滅しまくりだったそうで。

俺「で、どうだったの?」
同「大した金にならなかったって」

オチはそっちかい!



369: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 11:54 ID:Xu4KEwYm
>>365
そちらは自衛板では定番ネタですね。
供養の水が干したようになくなったり(皆乾いていたからなぁ)、
夜間歩く人物がいるので誰何したら、あきらかに日本軍人だったりとか。

あと、深夜の娯楽室で一人、映画「加藤隼戦闘隊」を見終わったら、背後から
「良い物を見せてもらった。ありがとう」の言葉。
当然誰もいない。



374: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 14:01 ID:FoTMMnl2
>>369
他にも、離陸中の飛行機を日本兵が泣きながら追いかけてくるのが見えるとか



371: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 13:39 ID:HPwqC0I7
怖い話じゃないんだけど、第一次大戦勃発直後のお話。

ドイツ軍の猛攻にさらされ、追い詰められたイギリス軍の部隊が、
「聖ゲオルギウスよ、イギリスを守りたまえ!」と叫びながら突撃し、
孤立状態から脱出することに成功した。そのとき、士官の一人は
弓矢を持って敵軍の塹壕へと自軍を導く人々がいるのに気付いた。

戦闘が終わってドイツ人捕虜を尋問していると、捕虜がこう尋ねた。
「あの大きな白馬に乗った士官は誰なんだ?誰もあいつを撃てなかった」
どうやら、その白馬に乗った士官が謎の弓兵部隊を指揮していたらしいのだが
イギリス軍では誰一人として、その士官を見ることは出来なかった。

また、別の戦場では、ドイツ軍の大部隊が突撃してきた直後に黄色がかった霞が立ち上り、
それが晴れると金髪で黄金の甲冑を纏った白馬の騎士が立っていたと言う。白馬の騎士は
剣を振りかざしてイギリス軍を駆り立て、結果としてドイツ軍は押され始め撤退したという。

他にも、天使やフランスの守護聖人ジャンヌダルク、聖母マリアらしき人を見た人も多数いたとか…



402: 軍板初心者inオカ板 04/08/12 19:26 ID:aaM0CpfB
では、また書き込ませて頂きます。陸・海ときましたので、今回は空の話を。
ただ、あまり長くない上、つまらないかも(汗

~ジーカート大尉のメッサーシュミット~
 20世紀中頃。当時のドイツは知っての通り、1939年からヨーロッパ中を相手に
戦争を繰り広げていました。特に1941年から始まった対ソ戦は日に日に泥沼の様
相を呈していました。
 1942年の或る日の事。旧ソ連領内にあるドイツ軍飛行場からメッサーシュミッ
ト(ドイツ軍の戦闘機)の一隊が飛び立ちました。暫くしてメッサー部隊は作戦
行動を終えて基地に帰還したのですが、「ジーカート大尉」の操縦するメッサー
だけが帰還しませんでした。エンジン不調によるものか、対空砲火や敵戦闘機に
撃墜されたのか・・・その後も彼の消息は掴めませんでした。

 時は過ぎ去り、1989年。
 旧ソ連の空港に、管制塔と一切交信しないばかりか、着陸許可も無しにいきな
り単発の飛行機が滑走路に降りてきました。
 空港職員が急いで駆けつけてみると、その飛行機はなんとメッサーシュミット
戦闘機。尾翼にはナチスドイツの象徴、「鍵十字」のマークが。更に職員が恐る
恐る操縦席を覗いてみると、そこには白骨化した搭乗員が座っていました。

 その後の調査で、この白骨化した搭乗員は1942年、東部戦線で消息を断ったジ
ーカート大尉と判明したとの事です。一体大尉はどうやって半世紀近くもの時間
を超えて突然現れたのか。その間は何処に居たのか。何故白骨化してしまったの
か。全ては謎です。

 ただ、この話は「メッサーシュミット版」の他に「スツーカ版」(同じくドイ
ツの急降下爆撃機)や「スピットファイア版」「ハリケーン版」(共にイギリス
の戦闘機)まであります。



404: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 19:57 ID:o/g0aO1C
>>402
けっこう有名な話だね。
この話を聞くといつも、未知との遭遇のワンシーンを思い出す・・・



406: 軍板初心者inオカ板 04/08/12 20:17 ID:aaM0CpfB
>>404
 結構有名ですよね、この話。あと、補足としてその時のメッサーは殆ど
燃料満タンの状態だったとか。

 実はもう1つ話があるんですけど、戦場での話かどうかちょっと微妙(空
襲の話です)なのですが、当スレではそういったのもアリなんでしょうか?



422: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 22:48 ID:FoTMMnl2
村上忠良中尉の話

戦闘中ふと横を見ると、なんと自分の母親が手招きしてるのが見える
幻覚かと不審がったが、一緒にいた部下も見えるというので、匍匐でそっちに行ってみた
その直後今までいた場所で敵砲弾が炸裂 大穴が開いた
母親の姿はいつの間にか見えなくなっていた

戦後帰還してから母親にそのことを話すと非常に驚いた顔をした
母親はその日、仏壇で武運長久を祈っている最中倒れ、戦場で苦戦してる息子の夢を見たという



425: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 23:28 ID:uL++8dTU
>>422
>一緒にいた部下も見えるというので

これが凄いよな。



423: 本当にあった怖い名無し 04/08/12 22:50 ID:fS7M1ve9
ええ話や



452: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 10:38 ID:wLQ6cHPr
日本軍の行軍速度は異様に速かったと聞く、それも尋常じゃないくらいに
米軍が日本軍の進路を予測して、通過するであろう地点に先回りして
網をはっていた。がしかし・・・日本軍は来ないのだ。おかしい・・・予想
地点は合ってるし、時間もそろそろなのに・・、とその時!味方後方部隊
から無線が入った。「日本軍から攻撃を受けた!現在交戦中!大至急
戻り援護せよ!」それを聞いた米前線部隊は急いで引き返した・・・・
そう、日本軍は米軍の計算を遥かに凌ぐ進行速度で、予想した通過地点
をとうの昔に通り過ぎていたのだ。予測計算は間違っていないのに・・・



454: 軍板初心者inオカ板 04/08/13 12:05 ID:IZMBBaOa
>>452
 確かに日本軍の移動速度というのは徒歩の割には凄い早さだったらしいですね。
何でも約30㎏の装備を付けているのにも関わらず、ジョギングに近いスピードだ
ったとか。
 そんな調子で日本列島を往復できるだけの距離を行軍した部隊もあったそうな
ので、驚くばかりです。やはり兵士の多くが農村部出身であり、足腰を普段から
鍛えていたからなんでしょうか。

 さて、今回は戦場と言うより、内地の話です。

 時は1945年。日本中が巨人爆撃機B29により焦土と化していた頃です。
 当時、Aさん(名前失念)は中学生でした。ある日の深夜の事。彼の住む町が
B29による爆撃を受けたのです。家族とも散り散りになり、Aさんは必死の思い
で近くの防空壕に駆け込みました。
 「助かった・・・」ほっと一息付いたAさんは変な事に気付きました。いつもなら
他の人で息をするのすら大変な程混雑する壕内なのに、居るのは自分1人だけなの
です。・・・いや、よく目を凝らせば、もう1人壕内に居る。

 女性でした。自分より年上の、17,8歳位でしょうか。しかし、妙なのです。映
画などでご存知の通り、当時一般の女性は全員モンペ姿です。しかし、彼女は派手
な着物を身に纏っていました。今考えればあれは遊女だったとの事ですが、当時は
まだ純粋な中学生だったAさん。当然そんな事は知りません。
 女性はAさんを見ると笑いかけました。それは決して不気味な笑い方とかではな
く、見ていて心安らぐような笑い方。きっと、世間の底辺を這いずってきた人間だ
からこそできる顔だったのでしょう。

一旦切ります。



455: 軍板初心者inオカ板 04/08/13 12:07 ID:IZMBBaOa
続きです。

 爆撃の恐怖で今だ震えの止まらないAさんを見て、その女性はそっと彼の手を取
り、自分の胸にAさんを抱きました。まるで姉に抱かれているような安心感を得た
彼は、そのまま眠ってしまいました。

 次にAさんが気づいた時には、すっかり日が昇っていました。爆撃から生き残っ
た嬉しさと共に防空壕を駆け出そうとした彼ですが、ふと足が止まりました。
 自分の足下にはボロボロになった着物と女性物の櫛が。見たところ何年も使われ
ていなさそうな感じでした。汚くなっているとはいえ、この着物の柄は間違いなく
あの女性が着ていた物・・・彼女は一体?

 Aさんはその後大人になって某企業を定年まで勤め上げ、日本を「奇跡の復興」
に導く一員となりました。戦後数十年経った現在。彼は未だにその女性の笑顔を忘
れられないそうです。



457: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 12:39 ID:pZlnCwTg
怖いかどうか知らないけど、一応実話。
8月1日、新潟県長岡市で空襲がありました。
その為に、中心街は焼け野原になりました。
ただその日に、たった1発だけ郊外のお寺の墓場に落ちたんです。
その落ちた所には、たまたま当時の長岡市の戸籍などを納めた金庫が、
被災を逃れる為に埋めてあったんだそうです。
もちろんその金庫はぶっ飛んでしまい、重要書類は焼失しました。
そのために、長岡市には古い戸籍は殆ど存在しません。



458: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 12:58 ID:SfWTiYth
同じく怖いかどうか解らないけど

厨房だった当時、自衛隊の潜水艦と漁船の衝突事故があった。

その事件のをテレビのニュースでみていて、弟と自衛隊を馬鹿にしていたら、
義理の父が意味不明の突然大声を上げて、何処かへ出かけてしまいました。

2~3日後に義理の父の友人宅より連絡があり、保護してくれとの事(w
迎えにいったら、だいぶ落ち着いてはいましたが、
なにやらブツブツ言ってました。

結局、原因は聞きだせなかったのですが、
義理の父の家系は、代々ほぼ全員が、
旧日本軍~警察予備軍~自衛隊だったそうです。



460: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 14:29 ID:oijoKFBZ
戦闘後の硫黄島はオカルトだが、
米軍上陸前の硫黄島もある種オカルト。

太平洋上の小島だから川なんて存在せず水の確保が非常に難しかった。
旧島民が使っていた雨水をためる貯水庫は一部の上層部のために使われ、
2万人近い一般兵水は火山の蒸気を冷やしたものが使われた。
火山の蒸気だからたっぷりと硫黄等の重金属が含まれており、
兵士の殆が身体を壊し酷い下痢になった。
一日に何十回もトイレに行かねばならず、
それ以前にトイレに間に合えば『かなり健康な状態』だとされた。
大部分がトイレに間に合わず垂れ流し状態だった。
因みに、この硫黄島の水で米を炊くと、硫黄でご飯が黄色く染まったらしい。

また、硫黄島での敵が来るまでの任務は、
敵が来てもしばらくは耐えれるように、
蒸気噴出す熱い大地に穴を掘って洞窟陣地を構築することだった。
だが、活火山だけに洞窟内部の気温は非常に高く、
低いところでも40度を越えていたとか。
当然そんなところで長時間作業できるはずもなく、
5分~10分掘ったら身体を冷ますために外に出なくてはならなかった。
また、殆どの者が身体を壊していたため倒れる者が続出。
病院もあるにはあったが、病人の数の多さから手のつけようの無い重病者が殆どだった。
しかしそれでも尚手が足りなかった。
軍医が寝ている病人の間を歩きながら一瞥するのが通常の診察であり、
手当てらしい手当てを受ける者は見られなかった。
そこはさながら死の待合室だったと生還者は語っている。



461: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 14:30 ID:oijoKFBZ
米軍の上陸前の事前砲爆撃も凄まじく、
発射された砲弾の数こそ沖縄よりも少なかったが、
発射された砲弾のトン数は沖縄と同じかそれ以上だった。
なぜなら、沖縄はロケット弾や駆逐艦等の12.7cm程度の小口径砲が主体だったが、
硫黄島は戦艦による38cm~40cmの大口径が主体となっていたからである。
硫黄島に発射された砲弾は推定5000トンに及び、
これは一坪当たり700キロの爆弾を使った計算になる。
日本の一般的な爆撃機、一式陸上攻撃機の搭載量が800キロだったことを考えれば、
砲撃の激しさが分かるだろう。
この砲撃により島の南端にある擂鉢山という山の形が変わったという人もいる。


こんな状態でも人は生きていられることがかなりの驚き。



465: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 17:18 ID:FYsM5QLo
おじちゃんの話し・・
(語力がないので簡単になっちゃいますが)

大戦中、赤紙が来た祖父は衛生兵に抜擢され、出陣する兵隊を(負傷を負った)
出来るだけ助けようと必死になった。場所は中国。
前線での戦闘なだけに負傷者は耐えない。しかし衛生兵の使命は最後まで努めなければ。
そんな毎日の時、寝ていると目が醒める。
枕横には手当てしていた担当していた兵隊。
静かに深くお辞儀しスーっと消えた。
翌日、その兵士は亡くなっていた。
祖父は涙が止まらない。悔しかったそうだ。
そんな日々が続く・・・。

おじいちゃんは私が小学生の頃うっかりカッターで手のひらを深く切ってしまった時、
テキパキと手当てしてくれました。
「病院で縫うと手がツって思いきり広げれなくなるぞ。女の子だから傷は残したく無いだろ?」
さすが、病院に行く事なく完治。
でも傷跡のこっているよ。おじいちゃん・・・。
その傷を見る度祖父との楽しい思いでが蘇ります。
実家帰った時、またおじいちゃんに話しを聞いてこようと思います。
あまりオカルトじゃ無くてすみません。



470: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 18:24 ID:bYVpOYr1
 そういや「新耳袋・第一夜」にこんな話があった。
~太平洋戦争中。
ある夜、フと目が覚めてなぜか仏間へ行かなければならない気がして仏間に行く。
すると他の家族もなぜか目が覚めて仏間に集まっている。
家族全員揃ったので、わけは分からないけどせっかくだから念仏でも唱えようと皆で念仏を唱える。
明け方になりそろそろ寝床に戻ろうかと襖を開けて驚いた。隣りの部屋が消えていたのだ。
夜中に空襲に遭い、焼夷弾が落ちたらしく、あたり一面焼けている。
不思議なことにそんな音は全く聞いていないし、仏間の襖は爆風さえ受けていない。
おかげで家族は全員無事だったという。~



471: 軍板初心者inオカ板 04/08/13 18:35 ID:IZMBBaOa
 再度書き込みを。

~陣地を覗き込む兵士~ 
 1944年の話。
 ビルマ(現ミャンマー)にて日英両軍が互いに陣を構え、睨み合っていました。戦況
の方は正直な話、日本軍に対して不利。ですが「最後の一兵まで・・・」と頑張る日本軍。
 そんな中、イギリス軍の一部隊が突然降伏を申し入れてきたのです。「有利な筈のイ
ギリス軍が何故?」日本側の質問に対し、イギリス側は以下の様に答えました。

 「夜中になると、日本兵が我が軍の陣地をうろついたり、中を覗き込んだりする。そ
れがどう見ても生きている人間では無い。しかも、日本軍が突撃してきたので反撃する
と煙のように消えてしまったり・・・耐えられない」

 それを聞いた日本軍は「ああ、死んだ仲間がしてくれたんだ」と言って、別段驚かな
かった、との事。

~洞窟の中のオオトカゲ~
 第二次大戦中、タイ近辺での話らしいです。
 その地で日本軍は、昼の間捕虜を土木工事に従事させ、夜は洞窟で休ませていました。
 そのうち、妙な事が起きるようになります。朝、捕虜を点呼すると何人か消えてしまっ
ている。最初は「脱走か?!」と思われたのですが、よくよく事情を聞けば、洞窟の中に
オオトカゲが居て、そいつが夜になると捕虜を襲って食ってしまう、とのこと。
 最終的に手榴弾で始末したとの話ですが・・・いくら体力が弱った捕虜とはいえ、人間を
襲って食ってしまう程のオオトカゲなんて居るんでしょうか・・・?



500: 本当にあった怖い名無し 04/08/14 06:56 ID:6G6A6dDy
>>471
コモドドラゴン(コモドオオトカゲ)とかミズオオトカゲなどの
オオトカゲの類は、1頭でもヤギの成獣くらい普通に食っちゃうそうで、
しかもタチ悪いことに、ハイエナのように2~3頭が組んで
獲物を襲うことも珍しくないそうです。

そうですつーか、15年位前だか、動物もののドキュメンタリーで
やってた、コモドドラゴンの生態がそんなんだったんですが。
彼奴ら、特段もんのすげー牙持ってるわけじゃないけど、
ガブと食らいついてブルンブルン首振って、自分の頭くらいの体積の肉を
獲物から噛み千切ってたりなんかしてました。
あーやだ。



501: 本当にあった怖い名無し 04/08/14 10:56 ID:A0YEaRIE
>>500
コモドン3頭によってたかって食いちぎられながら死ぬのは嫌だな…
まだうっかり者の味方に後頭部を撃たれる方が良いや。



476: 本当にあった怖い名無し 04/08/13 20:11 ID:j0z1JO7d
防空壕ネタ
戦中、うちの祖父が阿見の航空廠に勤めていた時の話です。
航空廠が爆撃に遭い、祖父が最寄の防空壕に避難しようと
した時、同僚の「早くこい!早くこい!!」という呼び声にもかかわらず
どうしてもその壕には逃げ込む気がおきず、別の壕に逃げ込んだそうです。

案の定、その最初の壕は爆弾の直撃を受け、中に逃げ込んだ人は全員死亡。

戦後、その悲劇のあった壕の上の場所に建つ床屋で「そういえば、戦中ここで・・・」と
この話をしたら嫌な顔をされたそうです。



486: 軍板初心者inオカ板 04/08/14 00:17 ID:tPZhvgPv
 この事件は「空のマリー・セレスト号事件」として長らく語られたのですが、その後真実
が徐々に明らかになります。
 問題の1944年4月4日、ナポリ港爆撃は深夜に行われた夜間爆撃でした。その後B24は帰投し
ようとしたのですが、どこをどう間違えたかサハラ砂漠へ。夜間なので海と砂漠の見分けも
付きません。その後も必死に帰るべき空港を探しますが結局見つからないばかりか、燃料も
尽きて全員(9人)パラシュートで脱出。
 その時点で1人が行方不明になり、残り8人は地中海を目指して北へ歩き出します。ですが
砂漠の過酷な気候に耐えられず5人がダウン。残された3人は更に北へ。

 結局この3人も途中で力尽きてしまうのですが、これらの事実は見つけられた遺体に残され
た日記から明らかになったものです。B24は彼等の脱出地点からすぐ南に不時着しており、更
に南を目指してればオアシスもあったとの事。搭乗員達が北ではなく、南を目指していたら、
あるいは助かっていたのかも知れません。

 こうして事実は明らかになったのですが、それでも疑問は残ります。飛行日誌のには、次の
一文が書かれていました「火の玉、赤い火の玉・・・」。
 これは戦時中、日本やドイツ上空に現れた「フー・ファイター」の事ではないでしょうか。
敵味方関係無く、多くの人間によって目撃されています。「フー・ファイター」に攻撃された
という事実は今のところ無いようですが、B24のクルー達がこの「火の玉」に惑わされ、砂漠
に迷い込んでしまったとしたら・・・。



489: 本当にあった怖い名無し 04/08/14 01:06 ID:DMVHu3S9
「パラオ」の話。

遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」
沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。
太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。
やがて戦況は日本に不利となり、
いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。

それを聞くなり隊長は激高し叫んだという
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」
日本人は仲間だと思っていたのに…みせかけだったのか
裏切られた想いで、みな悔し涙を流した…
船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。
しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。
そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。
あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・。



511: 名無し三等兵 04/08/14 17:52 ID:kGw1mpmN
>>489
泣ける話だ つд`)

こんな兵隊さん達が中国や沖縄では・・・・だなんて
信じられないよ。



519: 本当にあった怖い名無し 04/08/14 22:19 ID:1ph2KZHL
>>489
いい話だ。

さすが南方の方は純粋な方ばかりだ。
台湾人も冷静な方が多い。

それに比べ、支那人や鮮人は、、、



494: 本当にあった怖い名無し 04/08/14 01:36 ID:BHVSnAcf
別に日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域でもっとも嫌われたのは、そのころ
日本国籍を持っていた朝鮮人だったことに注意しておかなければならない。
元パリ・マッチ特派員アルフレッド・スムラー著「ニッポンは誤解されている」

私がドイツ留学中に友人になったインドネシア人のTゴバン君は、こんなことを言ったことがある。
「インドネシアにいた日本兵には、ひどい奴がいた。しかし、最も困ったのはコリア人だった」
「日本史から見た日本人(昭和編)」渡部昇一



529: 本当にあった怖い名無し 04/08/15 01:29 ID:KUTKZt2u
なんかの本で読んだが戦艦金剛だっけ(他の戦艦かも知れん)
最後の戦闘で艦橋に「機関室全滅」との報告があった。館長は「もーあかん」と
乗組員に退去命令を出して自沈。ま、当然自分は艦と一緒にあぼーんだけど。
で、逃げた人たちが漂っていると機関室の連中がいる、、、
「おまいら、どーしたんですか」「ずっと戦争やってましたが、なにか?」
機関室が全滅ってのが誤報だったようだが何が怖いってロクに確かめずに
虚報で戦艦一隻自沈させたってこと、変なオカ話よりブルブルです。
この話、本当でしょうか、、、



532: 本当にあった怖い名無し 04/08/15 02:13 ID:NjHBaYKb
>>529は比叡の話だね。
機関室との連絡が不通になって、全滅と誤認されて自沈してしまった。
飛龍も同じく機関室と連絡が取れなくなって放棄され、取り残された機関員が米軍に救助されてる。

あと扶桑は萌え。



577: 本当にあった怖い名無し 04/08/16 17:28 ID:jrLbROMX
>>529
戦艦比叡
艦長が謎の「機関室全滅」との報告を受け、「もうダメだ」と味方魚雷による自沈を決断
そして移乗先の駆逐艦で機関科大尉に「機関は全力運転可能でしたが・・」と言われ驚愕
あわてて「魚雷発射待て!」と叫びながら甲板上に駆け上がったが
ちょうどその瞬間、魚雷が発射されたところだった

何がオカルトって、今なお報告者不明の謎の「機関室全滅」の一言
レイテ沖海戦の謎の電報といい、戦場では時折謎の怪情報が流れ
それで戦闘の勝敗が決まったりする



551: 本当にあった怖い名無し 04/08/15 19:35 ID:Gc9cGd7N
日本軍は人肉を食料としていたという逸話は各地に結構残ってる.
有名な「味方は食うな」という命令が出たのはニューギニア戦線で,1944年12月,第18軍司令官から
「連合軍の屍肉を食うことは許すが,友軍の屍肉の場合は処罰する」
旨の軍令が発せられ,違反した4名の兵が処刑されたというのが日本軍記録に残っており,1946.12.11の東京裁判でも有罪となった.



566: 世界史板から軍板に転載されたのを再転載 04/08/16 02:58 ID:YP/dyIAK
1941年6月22日、ナチスドイツはソ連に侵攻し、8月にはレニングラードが
包囲された。ドイツ軍の空爆や地上よりの砲撃に苛まれ、寒さと飢えに
苦しめられつつ900日の間市民は侵入者を拒み、ついにソ連軍の巻き返しで
包囲は破られた。しかしこの抵抗には広島原爆の二重倍もの犠牲が払われた。

1941年当時レニングラード市の人口は250万あまり。包囲が解かれた
1943末には人口は60万に減っていた。少なく見積もっても、80万もの
市民が餓死したことになる。詩人のルクニツキーの証言では、1942から
1943にかけては毎日六千から一万の市民が餓死凍死していったという。
死体は袋小路、空き地、地下室を埋め尽くした。死体回収のトラックは
ガソリンの欠乏で動かない。そこで人力で引きずって共同墓地に運ぶ。
前線から戻った工兵がダイナマイトで凍った地面を砕き、埋葬用の塹壕に似た
穴を掘る。




567: 世界史板から軍板に転載されたのを再転載 04/08/16 02:59 ID:YP/dyIAK
墓地に向かう道の両側には塀のように凍った死体が積み上げられ、
車がすれ違うことも出来ない。
当然、食糧を求めての窃盗、殺人が横行する。殺して配給証を奪い取る。
しかしやがて食糧そのものが無く、配給証は無用の長物。
やがて墓掘り人夫がおかしな事に気が付いた。体の一部分が欠けている
死体が頻繁に見つかると言うのだ。特に腿、尻、腕、肩の肉が無い。
墓地の前ではバラバラ死体すら発見されている。何者かが死体を切り取り、
肉を喰らっているのは明らかだった。
やがて生きた人間までもが殺されて喰われた。凍った死体は解体の前に
解凍する必要がある。生きた人を殺して即座に解体すれば手間が
かからない。特に女と兵士が襲われた。女は脂肪が多く、柔らかいから。
兵士は、一般人よりも栄養状態が多いから。




568: 世界史板から軍板に転載されたのを再転載 04/08/16 03:01 ID:YP/dyIAK
1942年1月19日、物不足に悩むディミトリとタマラは大切に
保存しておいたパン600gを携えて「干し草市場」に向かった。
毛皮のブーツを買うためである。そこで二人は大男に出会った。
身なりもよく、栄養状態も良いようだ。彼は女物のブーツを持って
いたので商談を持ちかける。値切った結果商談は成立。ブーツがもう
一足、数百m離れた男の家にあるという。ディミトリは行くことにした
が、タマラはそこで待っていた。
男に付いていったディミトリは妙な胸騒ぎがした。食人鬼の近づき方の
噂を聞いていたからだ。男は「ちょっと待ってろ」と言い、ドアに向かって
「生きたのを連れてきた」と囁いた。




569: 世界史板から軍板に転載されたのを再転載 04/08/16 03:01 ID:YP/dyIAK
ドアが開いた。中からなま暖かくきつい臭いが漏れだした。
蝋燭の光が揺らめき、その炎に照らされて白い肉塊がいくつか、男の脚
女の血管の浮いた腕が照らし出された。
ディミトリが必死になって階段を駆け下りる。男が後を追う。運良く
軍用トラックが外を通りかかった。「助けてくれ、人食いだ!」
ディミトリはトラックにすがりついた。
トラックは停車、兵士が建物に乗り込む。銃声。

十五分後、戻ってきた兵士が「五人分の肉塊を発見した」と発表した。




570: 世界史板から軍板に転載されたのを再転載 04/08/16 03:02 ID:YP/dyIAK
レニングラードの食人は極悪非道の殺人鬼のみの仕業ではない。
「アパートの壁の裏で何が行われていたかは神のみが知る」
と、住民は証言する。この証人は妻を食べた男、我が子を喰った
親もいると断言する。同じアパートの住民が妻を殺し、首を鍋で
煮たという。

この類の証言は際限がない。



607: 本当にあった怖い名無し 04/08/17 22:57 ID:rpJjJGGX
俺の爺さんの兄貴の話。

日露戦争に軍医として従軍。
で、よせばいいのにロシア兵の肩甲骨を持ち帰り、
「どうだ、ロシア人の骨は大きいだろ」
などと周囲に見せびらかしていたそうですが、
ある日、原因不明の高熱で昏倒。

医者に見せても(自分も医者なのだが)原因不明。

だがある日、通りかかりの修験者に、奥さんが相談してみたところ。
「ご主人、戦場から何か持って帰って来てないか?」
と言われ、
「人骨を持って帰っている。」
と告げると。
「その骨を供養してやりなさい」と言われ、
家の裏に埋め、塚を作り、供養塔を建てたら嘘のように高熱が引いた。

今でも、うちの本家の裏庭に「ロシア塚」と言われ、その塚が残っています。

子供の頃、その塚に近寄るのは非常に怖かった。




622: 本当にあった怖い名無し 04/08/19 16:49 ID:zs2hI43Z
戦闘中いつも寝そべって、足だけを塹壕の外に出している古参兵がいた
「足負傷くらいで死なないし、負傷すれば誉傷扱いで内地に帰れる」と常々言っていた
ある日、相当な長距離で敵と遭遇し、小競り合い程度の戦闘があった
双方戦死者・負傷者もなく、戦闘が終結しかけたころ
「もう大丈夫か?」と古参兵が頭を上げた 
と、その瞬間 たった1発の流れ弾が古参兵の頭を撃ち抜いた
この日の損害はこの古参兵1人だけだったという



633: 本当にあった怖い名無し 04/08/19 23:58 ID:ffGmu9za
>>622
似たような話がベトナム戦争の戦記本で米兵の証言として載っていた。
その兵士の小隊長は大変用心深く、夜は常に敵の襲撃に備え、屋根にも土嚢を
のせた壕の中にこもり、ヘルメットと防弾ベストまで身に付けて寝ていたのだが、
ある日の夜、敵が、基地で就寝している兵士を叩き起こす為(一種の心理戦)に
嫌がらせで撃ったたった一発の砲弾の、それもその破片のひとつが小隊長の壕の
小銃射撃用の狭い開口部から入り、寝ていた小隊長の、防弾ベストに覆われていない
首すじに命中し、あえなく戦死してしまったのだとか。




654: 本当にあった怖い名無し 04/08/22 18:41 ID:8FRQFRmK
【人間性を奪う軍隊】

「軍隊、それは予想していた何層倍もテリブルな(恐ろしい)所です。1ケ年の軍隊生活は、
遂に全ての人から人間性を奪ってしまっています。2年兵はただ、我々初年兵を奴レイのごとくに、
否機械のごとくに扱い、苦しめ、いじめるより他に何の仕事もないのです。

(福中五郎・早稲田大学政経学部:ブーゲンピル島で戦死・18歳―『きけわだつみのこえ』より)



657: 本当にあった怖い名無し 04/08/22 21:36 ID:dRG11rHt
>>654
こんな事は言いたくもないが、

軍隊は、人間性を奪う所だ。

だいたい、そうしなければ兵を命令どうり動かすことが出来ず、
命令と規律の無い暴力装置がどれだけやばい物か、文革の頃の中国やアフガンや
今のイラクをみれば理解できると思うんだが。



660: 本当にあった怖い名無し 04/08/23 00:08 ID:7R+R6sgv
日本陸海軍の場合、初年兵や各学校のしごきは(連隊や年次にもよるが)強烈無比で
あまりのしごきに耐え切れず自殺したり
飯盒や銃口蓋などを無くし、その後の罰を恐れる余り自殺したり
そういう死に方をした兵の幽霊話はたくさんある(大抵便所や井戸端など)
それこそ全国ほぼ全ての連隊や、歴史の古い軍艦などにも見られる

と、無理やり関係ある話に持っていってみる



661: 本当にあった怖い名無し 04/08/23 00:46 ID:tjV8oqrW
しかし、兵士だって無限に湧いて出てくる訳じゃないんだから
もう少し合理的な練兵方法は無いモンなのかねえ。



680: 本当にあった怖い名無し 04/08/29 08:25 ID:naIENQtg
『三十四年前、北海道の襟裳岬の近くの漁村におもむいた。当時、私は戦記小説を書いていて、
ある医療機関の要職にある方から、その漁村の沖合で、終戦の年の早春、将兵多数を乗せた輸送船が
アメリカ潜水艦の雷撃を受けて沈没したという話をきいた。
 その折に沈没後、海に投げ出された兵たちが、おろされた上陸用舟艇にわれ先にしがみつき、
舟艇に乗っていた将校達が、舟艇が沈むおそれがあったのでそれらの腕を斬った。
その話をしたのは船に乗っていた将校の一人だという。
 私は、事実かどうかたしかめるため、札幌に一泊後、その漁村にむかい、村役場に行った。

(中略)
 漁師の家は海沿いにあって、その日、海は荒れていたので漁師は家にいた。
 囲炉裡のかたわらに座っている老いた漁師に挨拶し、名刺を差し出した。
漁師は受け取ると、裏を返した。私の名前には肩書きがなく、裏に書いてあるのだと思ったらしい。
私は新聞に連載小説を一度書いたことがあるだけの、無名に近い小説家であった。
 私は、輸送船の沈没のことを口にし、将校が兵の腕を斬ったのは事実なのですか、とたずねた。
 漁師は、私に険しい眼をむけると
 「その話なら、しない。憲兵に口とめされているから・・・・・・」
 と、言った。
 終戦後すでに二十五年もたっているのに、漁師は依然として戦時に身を置いている。
 戦争は終わっています、死んだ兵隊さんのことを思ってお話ください、ご迷惑をおかけすることは
ありません、と私は説いた。



681: 本当にあった怖い名無し 04/08/29 08:28 ID:naIENQtg
 漁師は、黙りつづけていたが、しばらくして炉の火を見つめながら口を開いた。
急に漁師の顔に憤りの色がうかび、言葉の流れ出るのをおさえかねるように話しはじめた。
 村人が初めて輸送船の沈没を知ったのは、海岸に漂い流れてきたおびただしい水死体だった。
防寒帽に防寒服、それに救命胴着をつけた下士官、兵の遺体で、
 「なぜか知らぬが、腕のないものが多く・・・・・・」
 と、漁師は言った。
 茶褐色の遺体が海面をおおっていたという漁師の言葉に、私はその情景が眼の前にうかぶのを感じた。
 降雪中を、漁師たちは船を出して海面に漂う生きた兵たちを救出し、遺体の収容につとめた。
 なぜ、腕のない遺体が多かったのか。それは救出された兵の口から知ったという。
それは軍の秘密事項とされ、憲兵が来て、口外することをかたく禁じた。
(中略)
 そのことを医療機関の要職にある方に話したという元将校に、私は会った。
上質の背広を着た温和な眼をした初老の人であった。
 その方の話によると、千島列島の占守島守備の守備隊員が、米軍の上陸作戦が開始された沖縄救援のため
三隻の輸送船に分乗して南下途中、襟裳岬沖で一隻が撃沈されたという。
 上陸用舟艇がおろされて将校が優先して乗ったが、舟べりに多くの兵がしがみつき、沈没が必至となり、
それで将校が抜刀した。
 「あなたも切りましたか」
 かれは、一瞬黙り、
 「私は暗号を抱いて舟艇の真ん中に座っていました。靴で蹴っただけです」
 と、少し頬をゆるめながら言った。
 私は、無言でうなずいていた。』

吉村昭



682: 本当にあった怖い名無し 04/08/29 08:42 ID:nFH7/n/M
>>681
この話時々聞くけど、いつも思うんだが、軍刀ってそんなにスパスパ人の
腕を切り落とせるもんなのか?



683: 本当にあった怖い名無し 04/08/29 10:52 ID:G3DmsyOC
>>682
「一刀のもとに」とは限らないと思うぞ。特にその状況では。

もちろん「その状況だからこそ」とも思えるけど、
どっちの風景で想像しても、非常に怖い絵ではある。



684: 本当にあった怖い名無し 04/08/29 11:00 ID:1i4HUwrT
でも黙ってたら舟が沈んでみんな死んじまうんだろ?
仕方あるめぇ。



808: 本当にあった怖い名無し 04/09/12 19:59:07 ID:LRvuQUKK
怪談じゃないがネタ投下
たしかペリリュー島の話だったと思う。(と言っても駐屯地に帰ってくる奴じゃないよ)

増援として逆上陸したある部隊で、攻撃を受ける中、隣で双眼鏡を持って敵情を視察していた
兵(士官かも)が突如「目が見えない」と悲鳴をあげた。
そちらを見ると、奇怪なことに両腕の手首から先が無くなって顔の前には飛び出した眼球が
ぶらぶらしていたそうな。



809: 808 04/09/12 20:04:24 ID:LRvuQUKK
うわっ、途中で送信しちった。

悲鳴をあげた人間の、「両腕の手首から先が無くなって顔の前には飛び出した
眼球がぶらぶらしていた」です。

著者は、おそらく顔の寸前を砲弾が飛び去っていって両手首を持っていくと同時に、
砲弾の後ろにできる真空で眼球が吸い出されたのだろう、と推測しています。



836: 本当にあった怖い名無し 04/09/15 12:28:38 ID:D5cgj+QK
そう言えば、日本の機動艦隊が真珠湾方面に向かっていると打電したオランダの
潜水艦が、事前に真珠湾攻撃があることを連合軍側が知っていたという証拠隠滅
の為、クリスマスの特別補給品を装ってイギリスの工作員が持ちこんだ爆弾で、
乗員諸共沈められたというのを何かの本で読んだな。



838: 本当にあった怖い名無し 04/09/15 19:11:36 ID:8TljuOGw
>>836
オランダはその前年にドイツに無条件降伏しているから
東南アジアでもほとんど抵抗できなかったのでは?
というか、日米ソ以外の潜水艦が太平洋に展開していたのは初耳。



842: 本当にあった怖い名無し 04/09/16 15:33:24 ID:wrwMrFyz
すいません、ちょっとお聞きしたいのですが
駆逐艦「あさかぜ」という戦艦は実際に存在しているのでしょうか。

この頃隣の爺さんが、会うたびに「私は一等航海士だった」と言い出すようにw

呆けたんですかね。
ちなみに爺さんの乗っていた艦が「あさかぜ(漢字かも)」というらしいのですが
ちょっと気になっています。
スレ違いですみませんが。



843: 本当にあった怖い名無し 04/09/16 16:20:13 ID:JCB2VQre
>>842
駆逐艦「朝風」なら第二次大戦中の駆逐艦。1944年フィリピン沖でアメリカの
潜水艦に雷撃されて沈没してます。
駆逐艦「あさかぜ」なら、第二次大戦後に、海上自衛隊がアメリカのリバモア
級駆逐艦を供与されて使用したもの。



844: 本当にあった怖い名無し 04/09/16 16:41:25 ID:wrwMrFyz
>>843
レス有難う御座いました。さすがお詳しい。

でも、戦前の「朝風」が撃沈されちまってるんなら 爺さん生き残ってるハズ無ぇ
よなぁ…。本人「あさかぜの一等航海士だった」って譲らねェけどよ…。
それとも一等航海士だから 何かの理由で途中で艦を降りたのか?

今朝も言ってたし。(ちなみに侵攻した土地の現地人女性には本人曰く「紳士だから」
指一本触れなかったと言ってたが…)

…嘘か?



845: 本当にあった怖い名無し 04/09/16 16:53:42 ID:JCB2VQre
>>844
普通の会社員が転勤するのと同じように、乗組員も配置換えがありますので、
同じ艦にずっと乗っている訳ではありません。また撃沈されても全員が戦死
するとも限らない訳ですから、そのお爺さまの言葉が嘘とも断定できません。




846: 本当にあった怖い名無し 04/09/16 17:18:28 ID:wrwMrFyz
>>845
ほほう。成る程。そういうものですか 会社の転勤…。
なんにしろ、興味深い話が聞けました。
爺様にはそれとなく他の事もきいてみることにします。(本人喜んで話してますんで…)

色々有難う御座いました。



868: 本当にあった怖い名無し 04/09/22 05:15:30 ID:PFglbQ4h
「赤松大尉という人が『死ね』と言って窪地に集まった。
『手榴弾ください』『そんなもんない、鍬で死ね、鎌で死ね、
カミソリで死ね、猫イラズ飲め』。それでみんな仕方なく
首出して『父ちゃん斬ってください』と言う。『まだ斬れてない、
もう一度』って。その人、生きちゃって、でも、のどに傷残って
いて今でもハンカチあてて穴ふさいで話する。棒でなぐられた
お婆さんもいる。その棒が赤ちゃんに当たって赤ちゃんのアゴ
が外れて、あわてて水かけて揉んだらぽこんとアゴが入った。
気がついたらあたりは血の海。でも、あちこちのガマ(洞窟)
から子供つれた女の人が這い出して、そんなふうにして生きのびた」

丸木俊



869: 本当にあった怖い名無し 04/09/22 06:13:54 ID:kT57Hl5o
うちの祖父は、右の脇腹に指がスッポリ入る穴が開いてました。
昔、学校が休みになると遊びに行って、お風呂に入る時、よく指入れて
ました。脇腹の怪我は、終戦間際の満州で、水を汲みにタンクを積んだ
トラックで走っている時に戦闘機から機銃掃射をされて出来たと言って
いました。祖父は、終戦前に日本に戻りましたが、うちの隣に住んでい
る、祖父と一緒に満州に行ってた親戚は、終戦後にソ連の収容所に送ら
れました。親戚は何年か後に脱走して日本に戻って来ました。
法事などで親戚が集まると、食事の席でよく話をしていました。



894: 本当にあった怖い名無し 04/09/27 10:11:50 ID:wN2sN5Fh
>>869
です。親戚は10年位前に、祖父は昨年亡くなってしまったので、どうやって
帰ってきたのかは、分からないです。
書き忘れてましたが、祖父が機銃掃射されたのは、トラックのタンクに燃料が
入っていると思われて撃たれたんだろうと話していました。
あと、戦争の話ではないのですが、祖父は16人兄弟の下の方で、当時は長男
以外は家を出されて出稼ぎに行ったそうです。祖父は、13歳で富山から東京
へ出て来ました。奉公先は、鳥越の瀬戸物屋だったそうです。翌年、関東大震
災があり、その時、5メートル近くある木のハシゴに店の木戸を載せて、担架
にし、店の一人娘を上野の東照宮まで避難させたそうです。その時運んだ、店
の娘というのが自分の祖母になった人です。
上野の山は被災者でいっぱいで、馬の腹の下を潜ったりして東照宮まで行った
と話していました。上野の駅が火災で崩壊する時は凄かったそうです。
上野の東照宮には、自分の曽祖父の碁仲間だった、上野の殿様と呼ばれていた
人がいて、祖父は可愛がってもらったそうです。確か、松平頼康と言っていま
した。その後、両国まで遣いに出された祖父は、隅田川で凄い光景を見たと言
っていました。隅田川の水面に、真っ黒の人など死体がビッシリと浮かんでい
たそうです。



870: 本当にあった怖い名無し 04/09/22 13:13:12 ID:t1L48jCi
ソ連の収容所から脱走して日本に帰ってくるって相当凄くないか?



872: 本当にあった怖い名無し 04/09/23 08:20:11 ID:l7sVdLfl
根性あれば何とか日本海まで来れそうだが
どうやって海を渡ったんだろう?



875: 本当にあった怖い名無し 04/09/23 19:38:07 ID:t0ZfCb+O
送られる途中の、列車から逃げ出したとか、、。



908: 本当にあった怖い名無し 04/09/28 17:34:06 ID:6QK3+A4Y
731部隊で運転手を勤めた越定男さんの証言。

「何も知らないで部隊に入ったら要塞のような建物がつくられており、
入るとすぐノミの工場へつれていかれた。何億というノミが飼われ、
カゴに入れたねずみをエサにやると、ノミが一斉にとびかかりあっというまに
白骨となる。別のところではペストにかかったねずみの血を吸わせ、
ペストノミをつくり、陶器でつくった爆弾につめて中国人の村におとした。

ガス実験は月に三回くらいずつで、私ら何回も見ました。六畳くらいの
部屋で三方ガラス張り。レールがついていて、老人の丸太、結核の丸太、
若い丸太を注文によって連れていくんです。その日その日で注文がかわります。
トロッコにしばりつけて、上からその日その日の毒ガスが注入され、断末魔の
状況をガラス越しに映写機で記録するんです。もう人間じゃないって、
丸太って呼ぶんです。

生きたまま乾燥機にかける実験もしましたね。体重はかっといて百度くらいの
熱風吹きつける。だんだんしぼんでドーナツみたいな色になって粉みたいに
なるまでやって人間の水分は何パーセントか調べるんです」



910: 本当にあった怖い名無し 04/09/28 19:07:11 ID:9UdVoN4L
>>908
>カゴに入れたねずみをエサにやると、ノミが一斉にとびかかりあっというまに
>白骨となる。
ノミは血を吸うだけだってこと知ってる?

まずは、自分でその情報が正しいか考えてみないと。




913: 本当にあった怖い名無し 04/09/28 20:05:33 ID:V3tV+EvG
>>910
実際は多くの鼠は1週間程度持ちこたえたらしい。731部隊の資料によれば。
ただ、蚤の数が激しくアレな場合、鼠を突っ込んだ瞬間に蚤が群がって、半日で死んでしまう場合もあるとか。



932: 本当にあった怖い名無し 04/10/08 20:37:03 ID:ZjHguVAl
日本軍では 「戦場はジャングルだし食える草や果物も多いだろう」と 本気で考えていた



933: 本当にあった怖い名無し 04/10/08 21:52:44 ID:Li9qqG/w
>>932
そうとでも考えないととても作戦を実行に移せなかった。
南方ではよく草の根まで食べたと話に出てくるが、あれはでん粉質を多く含む
草の根を飯盒の蓋にたくさん穴を開けた即席のおろし金で摩り下ろして葛湯状にして
食するのである。
そもそもこれは現地人が不作の折に非常食として温存していたものを
日本兵が根こそぎ掘り起こしてしまったので反日感情が高まったのであった。

ドイツの潜水艦隊で潜水補給艦が配備されたときには、乗員が
一番喜んだのは水でも燃料でもましてや魚雷でもなく、艦内に設置された
パン焼き機で作られる焼き立てのパンであった。



935: 本当にあった怖い名無し 04/10/10 22:57:30 ID:SebzRTjh
>>932
南方戦線行ったらパイナップル食べ放題!!って浮かれていった人もいるんだろうな



950: sdkfz 04/10/13 03:07:51 ID:OBr6boDX
昭和天皇が崩御なされたときの話。
市ヶ谷駐屯地内のある一室で大勢の万歳三唱の声が聞こえたそうです。
しかしそこは普段使われていない物置で大東亜戦争のときは
兵営として使われていたそうです。
つまらなくてすみません。



951: 本当にあった怖い名無し 04/10/13 04:51:08 ID:bdu6WuRN
>>950
私も似た話を聞いたことがあるよ。
ヨタ本のネタだからどこまで本当かわかんないけどさ。
場所は某大。で当番の学生だかが巡回していたら、ある一室から
某国語(not日本語)で万歳の声がする。中を覗いたら、真っ暗
な室内で手だけが万歳していたとか。で直後に昭和天皇が崩御。
ガイシュツだったらスマソ。



961: 本当にあった怖い名無し 04/10/16 03:28:30 ID:1b7oTpvo
ガ島で全滅した、旧陸軍第七師団の一木支隊は全滅から少したった後、
原隊駐屯地の旭川に、深夜血塗れ泥塗れの姿で帰還してきたってね。
そして、営庭で解散して兵舎に入っていったが、当然そこはもぬけの
空だったとか・・・



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