1:世界@名無史さん:2011/12/15(木) 21:39:53.38 ID:0
農業の歴史全般から、関連する職業をめぐる社会的考察、関連文化について語るスレです。
800px-Rice_Terraces_Banaue


4: 世界@名無史さん:2011/12/15(木) 22:44:58.31 ID:0
448 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/12/13(火) 03:23:31.00 0
貨幣経済になればなるほど当時の農民は貧乏になってしまった。
なので諸藩は換金性の高い作物を奨励した。
紅花や櫨蝋や茶などその最たる物。

また、養蚕による生糸の生産に留まらず縮緬や染物など反物に加工して
付加価値を高めてから出荷した。
そこから工芸品の域に達する物が多く出来て、現在に続いている。



5:
世界@名無史さん:2011/12/15(木) 22:52:48.35 ID:0
だれか偉い人が農具の発展とその影響について綴ってくれないかなぁ。



7:
世界@名無史さん:2011/12/15(木) 23:12:00.94 ID:0
>>5
備中鍬の話とか?



8:
世界@名無史さん:2011/12/15(木) 23:19:58.27 ID:0
>>7
自分はそのへんにも興味あるけど、スレ主が日本史の話しても構わんのかどうか・・・



9:
1:2011/12/15(木) 23:22:33.15 ID:0
日本史板に、同じ趣旨のスレがある訳ではないし、
世界史の一部としての日本について語るのでしたら、
特に問題ないかと思います。



12:
世界@名無史さん:2011/12/15(木) 23:39:44.89 ID:0
古墳時代に大陸から伝わった犂は、深く耕すことができない不便なものだった。
しかし日本人はこれを改良せず、明治まで使い続けていた。
あるいは深く耕せない犂に見切りをつけ、鍬での耕作に戻った。

明治時代に西洋式の犂「プラオ」が伝来し、それを元にようやく深く耕される犂「無床犂」が発明された。

「海外から伝わったものを自分流にうまく作りかえる」のは日本人の特性なのに、
農具に限っては?だな。



15:
世界@名無史さん:2011/12/15(木) 23:53:24.02 ID:0
農具には詳しくないが農書の『百姓伝記』とか名前ぐらいは知ってる
たしか用途別の農具の作り方なんかも書かれてたはずだ
読んでないけど



17:
世界@名無史さん:2011/12/16(金) 00:09:51.57 ID:0
麦作と米作で人間文化にどういう影響があるんだろうか

コメ
大量に取れるが、灌漑に手間がかかり、自然に強く影響され豊凶が激しい 
そのため飢餓が発生しやすく、身分制度にも影響
田植えと稲刈りは、適切期間が短く、多人数で一気に仕上げる必要がある


収量は少ないが安定している 人数も手間もそんなにかからないが、粉引きが必要 
それが奴隷や機械発展を促す
 

後は、モロコシ、ジャガイモ、ブドウ とかか



18:
世界@名無史さん:2011/12/16(金) 00:19:13.52 ID:0
確かに水田を作るには灌漑事業を行わなくてはならない。
それには当然、リーダーか権力者の存在が不可欠だな。
焼畑くらいなら村人の共同作業で行えるが。



22:
世界@名無史さん:2011/12/16(金) 22:31:22.10 ID:0
816 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/08/08(月) 15:19:00.82 0
古くは聖書の時代。エサウとヤコブの家父長権争いの逸話に 
レンズ豆の煮物がでてくる。これはオリエントの話だけど。

古代ローマでも剣闘士たちの主食は豆の煮物だった。
なに豆かはしらない。肉は高いので豆を食ったんだね。

今でも地中海周辺地域では非常に良く食べられているよね。

さてフランス、イギリス、ドイツ。
豆が主食レベルで食われたことはあったのだろうか?
気候的にもササゲなんかはあの辺で実ったはずなのだけど。


818 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/08/08(月) 15:55:00.26 0
作物という観点でみると、西欧の耕地には根粒菌が存在していなかったので
マメ科収穫量はアジアのソレと比較してものすごく低かった(他の作物並)
それゆえ、西欧では主食になるほどの収量はなかったと思うよ


821 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/08/08(月) 17:11:57.16 0
>>818
はぁぁぁ?シロツメクサとかアルファルファとか、緑肥兼牧草が確立されてるだろ。


822 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/08/08(月) 17:14:49.26 0
イギリスの不味い食事での筆頭格に出てくるじゃんよ、ベイクド・ビーンズ
塩水で炊いて牛脂で炒めてケチャップまぶした豆が、三度三度出てくると。


823 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/08/08(月) 18:01:30.25 0
主食って言うか「貧者の食」だった
ラトゥールの「豆を食べる人々」とかカラッチの「豆を食べる人」とか
貧しい農民や貧乏人の食卓を描いた絵によく出てる
そんなわけで上流階級は食べるのを忌避し、現代でもそういう歴史から嫌がられる
栄養の観点から豆食を見直す所もあるけど



24:
世界@名無史さん:2011/12/16(金) 23:38:44.02 ID:O
ツタンカーメンの墓から発掘された豆が発芽したんだっけ
どんだけ長命なの~



54:
世界@名無史さん:2011/12/22(木) 22:41:26.09 ID:0
北海道は農耕が不可能な土地ではない。現在ではむしろ穀倉だ。
なぜアイヌは農業を大々的に行わなかったのか。



69:
世界@名無史さん:2011/12/28(水) 16:52:09.09 ID:0
>>54
本州の関東以北が農耕化した時期が15世紀から16世紀。
それ以前にも難度か農耕化しては廃れて今に続く農耕化は15世紀以降。
アイヌは、13世紀にそれらしきものが突如として現れて
明確に後のアイヌとの連続性のあるものが出てくるのは
14世紀後半。アイヌが接触した大陸側の部分の農耕化は19世紀後半。

つまり、農耕権との接触は、15世紀以降。
この時点で広域流通の方が先に発達していて、皮革や海産物、水晶
を穀物や鉄器に換えてくる方が効率が良くなっていた。



57:
世界@名無史さん:2011/12/22(木) 23:14:08.75 ID:0
今栽培されるのって、ジャガイモとか品種改良されたコメとかだろ



58:
世界@名無史さん:2011/12/22(木) 23:59:20.15 ID:0
それ以前から粟、稗、黍は栽培されていたが。



59:
世界@名無史さん:2011/12/23(金) 00:03:11.67 ID:0
北海道ってあまり肥沃ではない泥炭地みたいなとこが多かったんじゃないの?
明治以降の開拓民の血と汗と涙の結晶かと



61:
世界@名無史さん:2011/12/24(土) 23:33:30.08 ID:0
833 名前:世界@名無史さん 投稿日:2008/06/30(月) 21:47:49 0
ラクダの家畜化の家畜化に成功したのはアラビア遊牧民出身のアラム人だそうだが、
実際の歴史ではアラム人はアラム語・アラム文字を残した以外ぱっとしない。

そのアラム語・文字の普及だって、もとはといえばアッシリア帝国によって
帝国各地にアラム人が強制移住させられたことで広まったものだ。



62:
世界@名無史さん:2011/12/25(日) 00:53:02.28 ID:O
ラクダって野生種は絶滅してて家畜として生き残ってるだけなんだってね



63:
世界@名無史さん:2011/12/25(日) 01:29:19.15 ID:0
牛もか



64:
世界@名無史さん:2011/12/25(日) 08:06:12.50 ID:0
馬って、野生種生き残ってたっけ?
モウコノロバとか?



65:
世界@名無史さん:2011/12/25(日) 20:29:40.89 ID:0
>>64
日本にいるよ。
「都井岬の野生馬」

よく覚えてね。



66:
世界@名無史さん:2011/12/25(日) 20:41:05.25 ID:0
>>65
それは昔飼育されていたものが野生化したものでしょ~



71:
世界@名無史さん:2011/12/28(水) 21:38:24.56 ID:0
>>64
馬の野生種は、すべて絶滅したよ。
シマウマは別として。



72:
世界@名無史さん:2011/12/28(水) 22:21:28.76 ID:0
>>71
シマウマは、どちらかというと、ロバなんだがな。
実際に飼育種のロバも、肩に一本、後脚に七本、縞があるよ。



74:
世界@名無史さん:2011/12/28(水) 23:08:59.12 ID:0
>>72
それ、オカピじゃなくて?



75:
世界@名無史さん:2011/12/29(木) 02:02:35.65 ID:0
>>74
オカピは偶蹄目。牛やら鹿やらの仲間で、一番近いのはキリン。
691px-Okapi2
http://ja.wikipedia.org/wiki/オカピ



79:
世界@名無史さん:2011/12/29(木) 12:32:53.98 ID:0
農業など強制されていないと誰もやりたくない



82:
世界@名無史さん:2011/12/30(金) 03:45:00.36 ID:0
>>79
文明が発生した原初の理由が農業の自然発生なのだが。
余剰生産が更なる生産を生み、権力の集中を生み、また更なる生産を促したんだよ。
ムラが連になり、国になり、帝国となって、文明圏を形成した。

でも、最初は誰かが誰からも強制されもせず始めた食物栽培or動物飼育だった。



80:
世界@名無史さん:2011/12/29(木) 12:34:16.23 ID:0
そんなことはない。
都会から田舎に移って農業やりたいって人間も、たくさんいる。
実際にやって続くかどうかは不明だが。



83:
世界@名無史さん:2011/12/30(金) 05:07:55.45 ID:0
どうだろうな 前から思っていたが
獅子の子は遊びの中で狩りを覚えるというか、
狩りという職能を遊びながら楽しく学んでいく すすんで訓練するようにできているのだ
人間の子供は、虫とり魚とりが大好きだがこれは狩猟時代の名残だろうか 
それとも樹上生活から続く名残だろうか?

では、農業時代に入って人の子供は、
将来の職能である農業を楽しんで学ぶようになったか?朝顔を育てるのは嫌いだったが。
どろんこ遊びは、稲作の練習なのか 小麦文化圏の子供は泥遊びをしないのだろうか
まあ、大人になって魚釣りやハンティング、盆栽、家庭菜園は人気の娯楽だ
これは労働として大量に生産するから苦痛になるのだろうか



85:
世界@名無史さん:2011/12/30(金) 23:50:52.84 ID:0
>>83
魚釣りやハンティングは、いざと言うときの保険と言う意味合い
も多分にあったと思う。手に職があれば会社がどうなっても安心だと
言う感覚に似たようなものだと思う。

泥んこ遊び、盆栽、家庭菜園、日曜大工はもう少し高度なもの
社会性を帯びたものじゃないのかなぁ
自分で組み立てて管理する喜び、自分の小世界を築く喜び



94:
世界@名無史さん:2012/01/05(木) 12:04:26.49 ID:0
747 名前:人間七七四年 投稿日:2011/12/30(金) 19:54:48.63 ID:wEObc3Wu
>モンゴルで行われる長距離競馬では体温の上がりすぎで馬が死ぬと言われています。
>逆に死ななかった馬はまじめに走らない馬と見なされて殺されるとか

どっちにしろ死ぬのかよwww馬カワイソスwwww



96: 世界@名無史さん:2012/01/06(金) 22:52:45.96 ID:0
749 名前:人間七七四年 投稿日:2012/01/06(金) 13:40:41.96 ID:0y4pi3od
モンゴル競馬で30km以上走らされるのは6歳以上の去勢馬(イナヘス)
レースに出ようがでまいが”処分”されてしまう馬のレースだったり

逆に種馬(アズラガ)は28kmレースと短い距離で大事にされます

ちなみにモンゴルの人たちは馬をとても大切にしますが
自分ちで飼ってる馬に名前なんてつけません
たぶん日本の”車”感覚、残酷とかそう見るのはちょっと気の毒……



98:
世界@名無史さん:2012/01/08(日) 13:18:18.24 ID:0
日本などアジアの稲作は、一粒植えると20粒から30粒とれて、
時には50粒とれるとされてるけど、その割には農業人口が非常に多いよね。

たとえば、日本の江戸時代だと、五公五民として、農民に10粒から
15粒、種まき用に1粒残したとして、
農民は9粒から14粒を食べる、士工商が10粒から15粒食べる。
人口比率から考えると農民は9割以上。農民に売却はあり得ないから、1
割程度の士工商は、農民の10倍食べる大食漢。なんか計算がおかしいよね。
何でだろう。



99:
世界@名無史さん:2012/01/08(日) 13:44:26.68 ID:0
まあ、理屈上そうなるよね。

可能性のある事態は下記のいずれかもしくは組み合わせになる。

(1) 水稲に関わる実効税率は実は低い
 今でいう固定資産税みたいなやつで、税法上の評価額と実態が乖離している

(2) 百姓の食糧エネルギーのうち水稲の占める割合が低い
 麦だとか稗だとか
 南京米が年貢の対象にならないってんで、大量導入されたというような個別的な事例もある

(3) 買い戻し
 あんたはないと言うが、傘地蔵のじいさんは餅を買うために傘を売りにいっている



104:
世界@名無史さん:2012/01/08(日) 17:33:51.13 ID:0
>>99
(2)水稲の占める割合が低い
農民は米なんかく食うな。麦とか稗とか食っとけ。というのがあったけど、
あくまで平地はすべて水田。急斜面とかは余った土地に麦や稗や野菜を植えるんじゃないの?
そもそも割合が低い米をベースに課税していることが意味が不明になる。
また、米の生産性が異常に高いけど麦などの生産性は低いんでしょ。一粒で、5粒から10粒
とかいうレベル(ヨーロッパと同じ)。



105:
世界@名無史さん:2012/01/08(日) 17:42:26.92 ID:0
中世ヨーロッパの年貢も謎がある

年に一回、聖マルタンの日に年貢を納めるけど。
小麦とかはいいけど、卵30個とかどうするんだろう。
この日に何百個ももらっても日持ちしないと思うんだけど。
半月卵料理ばっかり食っていたのだろうか。



106:
世界@名無史さん:2012/01/08(日) 18:23:32.82 ID:0
>>105
玉子は日持ちするよ



115:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 13:16:52.66 ID:0
>>106
長持ちしないような食品の納年に一回まとめて納税だったのだろうか?
卵はただの一例。



107:
世界@名無史さん:2012/01/08(日) 22:50:41.79 ID:0
卵の保存に関して。
表面にサルモネラ菌がついている卵を、日本の夏に常温保存して二週間くらいなら
なんとか生食が可能
それを基準に一般的な卵の消費期限決まった。



109:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 00:52:25.26 ID:0
日本史の話題になってしまうが
>大名が商人からの借金返済のため、大阪で米を売ることはあったようですね。
大半の大名は借金していたからなんだけど、
大阪で米を売るのは効率の良い現金獲得手段だからであって(先物売りが可能とか)
借金してなければ大阪に米を持っていかないわけではない。

それから米換算が多いけど米だけが年貢じゃないよ。
米が取れない地域の農村では他のモノを売って米を買う必要があった。

むしろ興味深いのは、日本以外の地域ではいつ位から貨幣税制に移行したのかだよね。
わが国では地租改正まで物納が原則だった訳だが、世界的にみると遅い方?



110:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 01:26:31.14 ID:0
清は税が銀納だったね
だからアヘンでの銀流出が増税になってしまう



112:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 10:00:40.78 ID:0
江戸時代に農民は米を食べられなかったという講義をした教授が、
外国人留学生から「それでその米はどこへ輸出したのですか」と質問されて
困ったというエピソードがあるらしい(井沢元彦のエピソード)。



113:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 12:15:45.20 ID:0
現代のような白米御飯を食べてはいなかったということが拡大解釈されたのかね?
米に雑穀も混合した粥だったにしても、パン・麺を喰ってる現代人と同程度には米食ってるかもな。



119:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 17:29:22.02 ID:0
>>113
主食が米だけになったのは戦後しばらくたってからだと思うよ、
武士や貴族はともかく庶民は米+麦、雑穀入り、さつま芋入りじゃないかな

こういうのだれかがとっくに研究や調査済と思う、ぐぐればいいのか



120:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 19:43:50.54 ID:0
>>119
いや、オレ>>113だからその点は重々承知。ご飯茶碗も、昔は今と全く異なり汁物形状してたしね。
単に中身の割合が米:雑穀=1:3てのは、全国平均としてはちょっと行き過ぎかもと思っただけ。



116:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 13:54:18.78 ID:0
米が100とれて、
農民が50、武士が50
武士が米を売って、武士が10、工商が40
40から10食べて、30が加工食品(酒など)
農民の50は、麦や粟などの他の穀類が150加算
麦とかは1粒で5粒とかだから、生産は180で消費が150
課税対象は250のうち100で、税は50

こんな感じなら、消費という観点では成立しそうだけど、
これだと農村のイメージが違ってくるよね



118:
世界@名無史さん:2012/01/09(月) 17:13:45.65 ID:0
人口の9割が農民で自作農なら年20石くらい生産
家族を7人として余剰の人間である武士や商人をひとりとしても
20石を八人で分けるなら計算上は十分だな
加工品と自然減や廃棄量がわからんが



129:
世界@名無史さん:2012/01/10(火) 01:33:49.12 ID:0
中世ヨーロッパだと、領主用の畑があって、そこをみんなで耕して領主用の土地から
収穫したものを税として納めていたりするけど。この方式はアジアではないよね。
稲作には不向きだからなのか?



130:
世界@名無史さん:2012/01/10(火) 05:21:29.45 ID:0
>>129
その方式だと領主の畑の手入れがいい加減になるので廃れた。
水呑が地主の畑を耕すの戦前まであったけど、大規模な制度としては普及しなかったね。



162:
世界@名無史さん:2012/01/24(火) 02:25:54.64 ID:0
江戸時代は酒が樽詰めで流通していたんでソ?
10倍食べる大食漢はいなくても、10倍分飲む酒飲みはいたんでソ?



163:
世界@名無史さん:2012/01/24(火) 12:43:08.95 ID:0
冷蔵庫の無い時代、ホンモノの日本酒はすぐに飲まないと酸化したはず。



164:
世界@名無史さん:2012/01/24(火) 12:48:31.95 ID:0
212 名前:山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte 投稿日:2012/01/16(月) 18:20:32.48 0
清酒は中世後期には出来ており、人手と場所と技術の継承その他諸々を用意
出来る大寺院で僧房酒が作られてブランド化されたり、豊後でも名の知れた酒が生産される様になっています。

常陸の佐竹氏の文書中にも、火入れについて記した初期の史料がある。
市に酒売りの女が出て来るのもこの時代で、複数種を扱っていました。
江戸時代前期の虎明本狂言を見ると、家で作って出したらしい。

ただ、ブランド酒でない京都の市で普通に買った様な酒だと、一晩置いただ
けで酢になってしまったとは、戦国期の宣教師の嘆きの弁。
豊後のいい酒になると、九州から明まで積んでも味がよかった由。



165:
世界@名無史さん:2012/01/24(火) 12:54:35.10 ID:0
244 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/01/19(木) 23:53:27.41 0
どうでもいいことだが醤油は今のアメリカでも豆腐が人気食材になって行ったのと同じく、割と人気で
醤油をかければかけるほどブルジョワ的だと思われてるらしい
それこそ豆腐に醤油がかかっているのではなく豆腐が醤油の中で浸ってるくらいかけるのだそうだ



171:
世界@名無史さん:2012/01/28(土) 21:48:59.65 ID:0
あるとき大勢の会食で、血だらけの豚の頭がでたが、
さすがにフォークをすすめかねて、私はいった。

「どうもこういうものは残酷だなあ----」

一人のお嬢さんが答えた。

「あら、だって牛や豚は人間に食べられるために神様がつくってくださったのだわ」

幾人かの御婦人たちが、その豚の頭をナイフで切りフォークでつついていた。
彼女たちはこういう点での心的抑制はまったくもっていず、
私が手もとを躊躇するのをきゃっきゃっと笑っていた。

「日本人はむかしから生物を憐れみました。小鳥くらいなら、頭からかじることはあるけれども」

こういうと、今度は一せいに怖れといかりの叫びがあがった。

「まあ、小鳥を!あんなにやさしい可愛らしいものを食べるなんて、なんという残酷な国民でしょう!」

私は弁解の言葉に窮した。


竹山道雄 「ヨーロッパの旅」


フランス人との
この意識の違いが面白い



173:
世界@名無史さん:2012/01/28(土) 23:58:14.47 ID:0
時事問題を取り扱うならまだしも、歴史学の観点からやってるんだったら、
鯨以外の例もいろいろあった方がいい。
あと、時代も分かった方がいいけど、これいつ書かれた文章?>>171



203:
世界@名無史さん:2012/02/13(月) 10:43:42.72 ID:0
>>173
竹山道雄が1950年代にフランス、ドイツ、イタリアを
長期間歴訪していた時代のエピソードだと思う。
特にフランス滞在が長かった。

『ヨーロッパの旅』は持っているから後で確認するが、
いずれにしても古い話で、今のフランス人は意識が少しは変化しているんじゃないかな。
一般庶民はわからないけど、当時の竹山氏と会食した
のは比較的教養有りのフランス人層だろうから、そのレベルならば。
ちなみに『ヨーロッパの旅』はナチスドイツの悪に焦点をあてていて、
フランスよりそっちのほうが興味深い。



280:
世界@名無史さん:2012/05/12(土) 22:55:51.24 ID:0
59 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/12/03(土) 19:50:21.86 0
バルト海沿岸地方は気候も土質も大規模農業にはあまり適さない
そのため小規模農業と狩猟採集を併用する時代が長く続き、
それはその年の天候に左右されるため、収穫の少ないときは
モンゴルよろしく他の部族のところへ略奪に行っていた

そこには主に東スラヴ人たちが住んでおり、
広大な黒土地帯という肥沃な土地を占めていて、
中世の温暖期にはその土地のスラヴ人たちは西欧のような
高度農業を開発せずとも十分に生産性が確保できていた
いやむしろ古代スキタイ時代からスラヴ人たちはその豊かな土地で農業を営んでいたのだ
ベラルーシ南部からウクライナに掛けての肥沃な地域は後に聖書の表現にちなんで
「乳と蜜の流れる土地」と呼ばれた



285:
世界@名無史さん:2012/05/14(月) 22:55:08.70 ID:0
>>280
チェルノレス文化の栄えたウクライナの黒土地帯は紀元前の大規模城塞跡が発見されるよね。
収穫期や冬期に北方の蛮族がやってきたら地元のスラヴ人(農耕スキタイ人)たちはとりあえず城塞に避難して防衛体制を取ったんだろう。



293:
世界@名無史さん:2012/06/17(日) 12:51:45.42 ID:0
数年前にヨルダンを訪れました。
山を見ると、山沿いにまっすぐな線が入っているように見えます。
これは羊が草を食べた跡です。

羊はまっすぐに前の羊に従って歩くので、だんだんと草がなくなって、
後から来る羊は
草がなくなり痩せてしまいます。
この羊の集団に山羊を少し入れるのだそうです。

山羊というのはいい加減で、ふらふらとランダムに草を食べて歩きますから、羊まで
一緒になって、草をいろんなところに食べに行くようになります。
すると一直線に食べ尽くしてしまうということがない、つまり、異質な山羊という存在を
加えることは、羊という集団にとっていいことなんですね。



294:
世界@名無史さん:2012/06/18(月) 01:13:02.19 ID:0
でも、ヤギはヒツジと違って植物を根こそぎ食うから植生へのダメージはより大きいと聞いたことが。



296:
世界@名無史さん:2012/06/18(月) 17:58:57.76 ID:0
>>294
それは逆だよ。

山羊は選択的菜食者(ブラウザー)で、芽、若葉、花、実などの栄養価の高い部分を選択的に食べる。
その為に広い範囲を動き回る。
羊の方は非選択的採食(グレイザー)で、
選択にエネルギーを使わず(あまり動き回らず)、栄養的に劣る餌も利用する。
支那圏でも地中海圏でも細長いものの代表に羊の腸が挙がる。
この長い腸が質の劣る餌を利用するための適応。



297:
世界@名無史さん:2012/06/18(月) 19:09:18.93 ID:P
豚さんや牛さんはどうなんでしょう



298:
世界@名無史さん:2012/06/18(月) 21:42:26.39 ID:0
豚さんにはどんぐり(ブナやナラの実)を食べさせるんだって。



300:
世界@名無史さん:2012/06/20(水) 23:54:40.14 ID:0
ドングリで勝手に育つのが豚の良い所。

そう考えたら昔はイペリコ豚のソーセージかぁ。
まあ残飯も与えてたみたいだけど。



305:
世界@名無史さん:2012/06/21(木) 22:38:56.91 ID:0
>>300
イベリコ豚って、普通のドングリ食ってるわけじゃなくて特別なドングリ食してたと思う。
日本でマネしてドングリ食わせても、イベリコ豚ほどはオレイン酸を含んだ肉(いわゆる霜降り)にならないらしい。



307:
世界@名無史さん:2012/06/30(土) 19:38:46.10 ID:0
サツマイモって北米じゃ、ほとんど知られていない作物みたいだね。
sweet potatoって英語名があるから、じゃが芋並みにポピュラーと日本では勘違いされているけど。



308:
世界@名無史さん:2012/06/30(土) 20:09:02.77 ID:0
米国人は、サツマイモとヤマイモを混同しているくらいだからね。ドマイナーもいいところ。



309:
世界@名無史さん:2012/06/30(土) 20:49:40.31 ID:0
冬になると、日本でも北京や大連でも
石焼き芋を毎日食っている状態だけど・・・
おでんや豚饅のように、コンビニでも売っているメジャー食材。



326:
世界@名無史さん:2012/07/14(土) 07:59:55.67 ID:O
>>309
しかし甘すぎると毎日食べれないので
甘くないサツマイモを作る計画がある。



328:
世界@名無史さん:2012/07/14(土) 16:14:02.51 ID:0
>>326
鹿児島で栽培されてる芋焼酎用のサツマイモは甘くないそうだけど
食用には適さないのかな。



331:
世界@名無史さん:2012/07/14(土) 19:49:28.76 ID:O
>>328
番組はアフリカの飢饉対策で
救荒作物としてだったんだが
もしかしてジャガイモの方が向いてるんだろうか?

そういえばパプアニューギニアの酋長は甘いのが好きみたいで
キントキがえらくお気に入りだったなw

主食が甘いの甘くないのは
食文化とか地域性に左右される
部分のが多いのかもしんない。



330:
世界@名無史さん:2012/07/14(土) 19:46:21.09 ID:0
日本のサツマイモの品種は甘いものが多いけれど、支那とか大洋州とかの殆どのサツマイモは
殆ど甘くない。現在の品種改良も、日本では、青果用は「より甘く」だ。
赤紫色の皮、淡黄色の肉、加熱によって黄味が増すというような色あいも、日本でだけ特に
好まれているにすぎず、世界的には皮も肉も淡褐色~黄橙色というものが多い。



332:
世界@名無史さん:2012/07/14(土) 21:48:35.59 ID:P
甘くないサツマイモはアメリカやメキシコでは普通にあるらしいが。

>>330の言うように、日本では甘味が最重要視されているから
甘くない品種が出回らないだけだろう。



336:
世界@名無史さん:2012/07/15(日) 07:21:45.38 ID:0
キャッサバって、ブラジルじゃあれだけメジャーなのに、
日本じゃタピオカの材料以外使われないよね。
800px-Manihot_esculenta_dsc07325
http://ja.wikipedia.org/wiki/キャッサバ



342:
世界@名無史さん:2012/07/15(日) 17:28:39.39 ID:0
>>336
毒があるからタピオカにしないと食べられないじゃん。

マンジョッカ
マニオク
ファロッファ
言い方は違うけれど、どれも晒し澱粉。



343:
世界@名無史さん:2012/07/15(日) 17:30:07.62 ID:0
原型残った状態で食べることってないの?



344:
世界@名無史さん:2012/07/15(日) 21:35:05.93 ID:0
毒(アク)抜きしてデンプンを取る、ってのが芋食文化の基本なので
原型のままってのは殆ど無いかと

つか「そのまま喰う」って芋のほうが珍しいくらいだったり



346:
世界@名無史さん:2012/07/15(日) 21:46:11.57 ID:0
山芋はそのまま食えるから、便利だね
痒いという欠点はあるけど

すぐ食えることは、まるでダイコン並み



350:
世界@名無史さん:2012/07/15(日) 22:34:54.67 ID:0
旧大陸のヤマイモもサトイモもそのまま食うと毒のものとそうでないものがある。
一般に毒があるものの方が育てるのが楽で収量が大きいのが悩みどころ。

今の日本では灰汁を取らないと死ぬ食い物はほぼなくなったが、
たとえば、あちこちに生えている彼岸花、あの根を昔は食っていた。

wikipediaの記述は典拠がよくわからんがかなりゆがんでるね。



357:
世界@名無史さん:2012/07/17(火) 19:48:45.36 ID:0
うちの地元は大森銀山のあった所だけど薩摩芋で飢饉から救われたっていう話と当時の
石見銀山の奉行だった井戸平左衛門(字はうろ覚え)が芋代官として至る所に石碑があるくらいだよ



361:
世界@名無史さん:2012/07/18(水) 16:52:59.62 ID:0
>>357
銀を使って米でも麦でも買ってくるという発想の無いところが、すごいよね



362:
[―{}@{}@{}-] 世界@名無史さん:2012/07/18(水) 17:35:28.55 ID:P
>>361
銀山は幕府直営で、産出銀はすべてお召し上げ
勝手に使うと死罪



363:
世界@名無史さん:2012/07/18(水) 19:43:17.61 ID:0
いや、その幕府の発想が、ね。
飢餓でもなんでも掘ったものは全部送ってこい、
現場の掘る人だの運ぶ人だのが死のうと知ったこっちゃない。
送り込んだ銀山奉行すら信用していない。
裁量権持たせると私腹を肥やすくらいの発想が。



364:
世界@名無史さん:2012/07/18(水) 20:03:41.39 ID:0
言い忘れたけど天領だし代官所には当然、各種の蔵があって、芋代官(井戸氏)が有名になったのは
幕府の命令に背いて蔵を開いて天領の民衆に炊き出しをして命を救ったからだよ。
芋の普及にも努めた事にはなってるが

井戸氏は後ではっきりとは判らないけど官倉を開いた罪で切腹したとも言われてるよ。
自分の命を顧みずに民衆を助けたんで至る所にその業績を称える石碑があるんだけど

あと江戸時代の代官は私服を肥やすようなのは殆どいないよ。
私腹を肥やそうと重税とか課せば直ぐに一揆、逃散、下手すりゃ
直訴で、自分の首が飛ぶ。それに遠国の奉行や代官はエリートコースなんで
優秀な人間が江戸から送られてくるし



365:
世界@名無史さん:2012/07/19(木) 10:16:57.68 ID:0
>>364
緊急事態に際して現場に裁量権が無く、やむなく行ったことについて、褒賞するどころか
厳罰というところが、発想が野蛮すぎるわなあ。
弁明するどころか、自殺せざるを得ないというところも、また。



371:
世界@名無史さん:2012/07/20(金) 14:01:51.52 ID:0
>>365
芋代官の自殺は俗説で実際は過労死。
まあ還暦超えた爺さんが走り回る状況も当時としては異常だったが。



370:
世界@名無史さん:2012/07/20(金) 10:17:54.64 ID:0
593 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/07/20(金) 03:26:38.91 0
西ヨーロッパの稲作は、水もさることながら、多くは文化的な問題だろうなあ。
ローヌ川の沿岸低地を、灌漑して水田に開くことは可能だし、
中部イタリアの丘陵地帯の谷底を水田にすることもできる。
古代以来の丘陵地の疲弊(土壌流出)で、谷底に沖積層が堆積して、マラリアの温床の湿地帯が出来ていた。
フェーンで高温を稼げるバイエルンやライン川谷あたりまでは、
上手に夏場の高温を使えば稲作が出来ないこともないだろう。
これらの地方では、夏雨は期待できる。(ミュンヘンはもちろん、フィレンツェでは夏は対流性の雷雨を稼げる)

西ヨーロッパに入植したのが日本人だったら、ブリテン島での稲作すら試みただろう。
反対に、日本列島が処女地で、最初に入植したのが西ヨーロッパ人だったら、
少なくとも関東以北の太平洋側は、混合農業と酪農の混交地帯に開拓したと思われる。
東北地方は、おそらくチーズの名産地だった。
西南日本は、中国地方くらいまでは混合農業で、九州では綿花でも作ったんじゃないかね。
前近代の綿花の産地は近畿東海だが、本来は秋雨の無い九州が向いているはず。


594 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/07/20(金) 06:15:58.54 0
「文化」で言えば、アラビア人の米大好きぶりは日本人を超えてて、交易先では必ず米栽培伝播してたり

それでも西欧に広まらなかったのは”作れなかった”だけ
単純に寒い(積算温度が足りない)のと降水量が足りないため
米作に適切な年間降雨量は1000mm以上、トスカーナでは500-700mm
だから”水”さえあればイタリアでもポー川流域みたいに米作地帯が成立してる

ヨーロッパの酪農(農業形態)は「それしか出来なかったから」ってな事実理解しないと……



373:
世界@名無史さん:2012/07/20(金) 21:15:08.53 ID:O
>>370
いや、北欧は酪農を選択することができただけって見方もできるよ。

文化が環境に作用したのか
環境が文化を形造ったのかの境界は曖昧だよね。



383:
世界@名無史さん:2012/07/22(日) 19:14:45.63 ID:0
以前、世界史を題材にしてるクイズ番組で、
「瓢箪は原産がアフリカだが縄文時代には日本列島にも伝わっており、
未だ伝播ルートや経緯が未解明な作物」と言っていたが、

その後、何らかの研究成果があったのだろうか?
まさか、縄文人は大陸まで交易に行って瓢箪の種を入手したのだろうか?
史記に出てくる周王朝に来朝した倭人は縄文人だったのだろうか?

知ってる人、教えて下さい。
ひょうたん
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒョウタン




384:
世界@名無史さん:2012/07/22(日) 20:28:29.78 ID:0
>>383
縄文時代の日本列島どころか、メキシコとペルーでもトウモロコシと
同時期(前5~6千年)の栽培が確認されている。
このへんの原因考察については以下がわりと詳しいかも。

栽培植物の起源と伝播 No2 最古の栽培植物、ヒョウタンの不思議
http://blog.goo.ne.jp/tetsuo_shiga/



387:
世界@名無史さん:2012/07/23(月) 15:56:15.26 ID:0
瓢箪に関しちゃ、アフリカからグレートジャーニーはじめた人類が、
常に携帯していたごく初期の栽培植物じゃないだろうか?

食用にもなるし道具にもなるから、
瓢箪水筒や道具としてだけじゃなく種子も携行してたと思う。



390:
世界@名無史さん:2012/07/23(月) 19:17:44.58 ID:0
>>387
アメリカ大陸にまで至ったことについては、
>>384
のサイトのように別の考えが必要だろうね
シベリア~北米寒冷地でおそらく数千年、瓢箪の栽培をしつつ生きた種子を携行し続けるのは厳しそう



388:
名無しさん:2012/07/23(月) 16:03:53.50 ID:0
瓢箪ってどうやって食うの?



389:
世界@名無史さん:2012/07/23(月) 18:15:00.05 ID:0
>>388
東南アジアだと、若い実を焼いたり炒め物に使うよ
かなり美味いと思う

つか瓢箪って冬瓜の仲間だしね



392:
世界@名無史さん:2012/07/23(月) 21:21:24.14 ID:0
>>388
灰汁を抜いて夕顔や糸瓜みたいにして食うのよ
干せばかんぴょうにもなるんだぜ



395:
世界@名無史さん:2012/07/23(月) 22:40:15.16 ID:0
ひょうたんとかじゃがいもとかキャッサバとか
有毒植物をわざわざ栽培して食べようとした理由が知りたい。



397:
世界@名無史さん:2012/07/23(月) 23:55:40.25 ID:0
>>395
有毒な奴は、簡単に多量に手に入れられる食糧だったから
だから栽培してくうちに有毒は捨てられて無毒な作物ばかりになっていってる
(日本だと彼岸花やウラシマソウなんてなのはそういうlostcropと言われてる)



402:
世界@名無史さん:2012/07/25(水) 13:58:46.89 ID:0
641 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/07/23(月) 15:43:00.67 0
アフリカで日本が農業支援のため水田耕作をしたところ米は良く育って現地の
人たちは喜んだんだけれどけど、虫の発生がすごくてすぐ廃れたって話なかったっけ。



404:
世界@名無史さん:2012/07/25(水) 18:28:34.73 ID:0
>>402
虫限定じゃなくてpestの話ならエジプトかな? 
1980年代に導入したジャポニカ品種だけにいもち病大発生して、
その品種だけ作付禁止になったよ

でもコメ生産量が減ったわけじゃない
2001年度エジプトの米生産量523万トン(小麦は2002年度663万トン)
作付面積は小麦の半分しかないんだけどね



転載元:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1323952793/