1: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:33:22 ID:XGh
ガチキチすぎて草も生えない
久しぶりに昔のboketeみたら抜け出せないんだが・・・
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/5187615.html
PolPot


2: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:33:53 ID:Fj2
周りもそう思ってたから実態の把握が遅れたという事実



3: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:33:56 ID:N9P
理想を追い続けたロマンチストやぞ



4: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:34:50 ID:Pif
ポトポトほんと面白いわ



5: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:34:59 ID:PVM
原始共産制とかいう地獄



7: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:35:26 ID:TQe
一致団結すれば革命やれたやろ



37: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:44 ID:4we
>>7
そういう考えで切る奴とかは皆殺しで残っとったのはポルポト最高って
考えてたやつらだけやし



10: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:36:57 ID:emd
存在は知ってるが何したか詳しく知らんので教えてくれへんか?
ポル・ポト政権、戦慄の歴史
「【日本】外国の怖い文化【タブー】」スレより転用。

●カンボジアのポル・ポト政権、戦慄の歴史

20 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:07:38 ID:nUBNjmPo0
カンボジアは北海道の2倍程度の面積の国だ。人口は現在約1千万人。
首都はプノンペン。カボチャはこの国から伝わったのでその名がついた。
カンボジアの歴史は苦難の一言に尽きる。

かの有名な遺跡、アンコールワットが建設された12世紀では、
インドシナ半島で最強の国家だったものの、
その後は衰退の一途を辿った。

ベトナムやタイに領土を奪われ、第二次世界大戦渦中はフランスの植民地だった。
その状況を打破したのが、王族の血を引くシアヌークだった。
大戦後、彼は国際世論を巧みに操り、フランスから国土を解放した。1953年のことである。

この功績により彼は、『カンボジア独立の父』として民衆に敬愛されることになる。
多少独裁の色は濃いとはいえ、彼の手腕で国はそれなりに機能した。
それでも、後のポルポトによる圧政時代と比べれば格段に自由な時代で、当時を懐かしむ人々も多いという。
そう、それほどポルポトの時代は酷かったのだ。


21 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:10:04 ID:nUBNjmPo0
1970年。米ソ冷戦下。
アメリカのバックアップでロンノル将軍がクーデターを蜂起し、シアヌークは中国に亡命する。
クーデターを実際に画策したのはCIA。完全にアメリカのわがままだった。

このアメリカの暴挙には、以下のような背景があった。
1961年からのベトナム戦争で、アメリカは南ベトナムを応援した。
腐政に苦しむ南ベトナムの農民&ベトナムの統一を目指す北ベトナム軍
VS
利益を守るために邪魔な共産主義を排除したい南ベトナム軍
資本主義のアメリカは、この構図にも関わらず南ベトナムを応援した。

民衆の幸せなんて一切考慮していない。
ただ、北ベトナムの共産主義が気に食わないから、南側を応援したに過ぎない。
ベトナムの南側と国境を接するカンボジアとしては、
南ベトナムが勝利して力をつけると、自国が占領される恐れがあった。

よってシアヌークは、ベトナム寄りのカンボジア領に、
北ベトナム(解放軍)の補給基地をつくることを、暗黙の上で了解した。
これで南ベトナム軍は、南北から挟撃される形になってしまった。


23 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:16:04 ID:nUBNjmPo0
アメリカとしてはカンボジア領の補給基地を爆撃したいが、国際世論もあるのでカンボジアの了解が要る。
ただ要請するだけでは、シアヌークは承知しない。
よってアメリカは、経済援助の凍結を武器に何とか爆撃を認めさせた。
そしてカンボジアの民衆ごと、補給基地に爆撃を浴びせた。

ベトナム軍だけでなく、カンボジアからも難民が大量に発生した。
この事実を証拠に、シアヌークが国際世論に訴えれば、アメリカはベトナムから手を引かざるを得ない。
戦争に負ける。

そこで、カンボジアの要人・ロンノル将軍を使ってシアヌークを追放し、
カンボジアを意のままに操ろうとしたのだ。
『世界の警察』は随分身勝手なことをする。
むしろいない方がいいのでは?

ロンノル政権に移ってからは、弾劾される可能性はないので、
アメリカはさらに爆撃を徹底して行うことができた。
カンボジア人の死亡者は30万人。200万人の難民が新たに発生した。

それと同時にロンノル政権は、重税をかけて国民を苦しめた。
亡命したシアヌークはすぐに軍隊を編成し、協力者を募った。
賛同したのはロンノル政権を排除したい北ベトナム軍。

そしてクメールルージュ。筆頭はかの有名な暴君、ポルポトだった。
民衆に人気の高いシアヌークの名を全面に押し出すことで、クメールルージュは多数の志願兵を得た。
ここで解放軍の実質上のトップに、ポルポトが踊り出た。
ただし、この時点ではポルポトは温厚で、農民と共に汗を流し、田畑を耕したりもした。
兵士達も皆、友好的だったという。

そして、ベトナムがアメリカと合意して戦線を離脱したにも関わらず、ポルポト率いるクメールルージュは、
1975年にロンノル政権を倒し、カンボジアをロンノル将軍から解放したのである。
ここまでは、ポルポトよりもむしろアメリカの方が悪者である。
ここまでは。


24 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:18:08 ID:nUBNjmPo0
ポル・ポト率いる解放軍は首都プノンペンに入ると、
すぐに民衆を着の身着のままで、強制的に地方の農村部に移すということを開始した。
逆らう者は容赦なく殺した。次々と殺した。
同様の行いが、大小含む全ての都市でなされた。
これらはあまりに迅速に実行されたので、国外に逃げられた人はほとんどいなかった。

そして国内を『平定』した後は、以下の政策を迅速に施行した。
・私有財産の強制的な没収。貨幣制度の廃止。
・電話、電報、郵便、ラジオ等の連絡機関の廃止。
・バス、鉄道、飛行機等の移動手段の廃止。
・全ての教育機関の廃止と書物の焼却。
・仏教の禁止。寺や像の破壊。民族音楽や古典舞踊の禁止。(関係者は全て殺された)
・都市市民の農村部への強制移住。
・家族概念の解体。2~5歳以上の子供は全て親から隔離。
・自由恋愛の禁止。無作為の相手との強制的な結婚。

異論を唱えた者、従わなかった者は全て処刑された。
投獄なんて生易しいまねはしない。全て殺された。
徹底していると普通は思うだろう。
これだけでも、歴史上類を見ない暴虐だと思うだろう。
しかし、ポルポトはそうは思わなかったらしい。


25 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:19:44 ID:nUBNjmPo0
次にポルポトは、理想国家の建設のために協力者を集めた。

「例えロンノル政権に加担していたとしても、私は許す。
資産家、医師、教師、技術者、僧侶は名乗り出て欲しい。
それから、海外に留学している学生も帰って来て欲しい。
理想国家を作るためには、君達の力が必要だ。大切なのは、カンボジアの未来なのだから」

『国を良くするため』という言葉に共感した『インテリ』が次々と現れ、
それこそ、国内のほとんどの高い教養を得た人々、海外に留学していた学生達がポルポトの元に集った。
彼らはポルポト兵に連れて行かれ、二度と帰って来なかった。

ポルポトは大嘘をついていた。
彼はフランスに留学していたので、民衆の集団決起の強さを知っていた。
よって理想国家を作るためどころか、将来自分に歯向かうかもしれない民衆、
その指導者になれそうな教養を持った人間を、一掃したかったのだ。
そして民衆を、少ない食事で朝から晩まで牛馬のごとく働かせた。


26 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:27:09 ID:nUBNjmPo0
不満を言う者、働けない者はどんどん殺した。
「疲れた」と言っただけで、スプーンをなくしただけで殺された。
次のような者も、即刻殺戮対象となった。
・眼鏡をかけている者。
・肌が白い者。
・手が綺麗な者。
そして、
・美形。
家族に至るまで、全て。

ポルポト率いるクメール・ルージュ政権は、密告を奨励した。
妻が夫を、夫が妻を、子が親を密告し、隣人を密告する。
そうした恐怖の密告社会の中で、国民は互いに殺し合った。
少しでも正義感が強いとか、物事を考える者はそれだけで殺された。
家族、一族もろとも。
誰も信用できず、栄養が足りず、指導者もおらず、反乱の芽は種になる前に焼かれた。
国民はポルポトに従うしかなかった。

ポルポト兵に入隊できるのは、13歳以下の少年に限られた。
ポルポトの意向通りに洗脳し易いからだ。
結果、少年達はポルポトを神とあがめ、命令があれば肉親でも殺す鉄の兵隊になった。
そうしてポルポト兵は、狂信的集団へと収束していった。
1975年から1978年の3年間のポルポト政権の期間で、カンボジアでは約300万人の死者が出た。
これは国民の1/3に当る大虐殺であった。


27 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:29:03 ID:nUBNjmPo0
なぜ世界がこの虐殺を取上げなかったのか。
それには大まかに2つの理由がある。
1つは、ポルポトが徹底した鎖国政策をとり、人の移動や情報を封鎖したこと。
もう1つは、突拍子のない話で、真実味が感じられなかったこと。

実際に、何とかこの虐殺を報道するまでに至ったこともあったが、
自国民をそこまで意味もなく虐殺するなどあり得ない、と判断されたのだ。
国家にとって何の利益ももたらさないではないか、と。
だから誰も信じなかったというわけだ。

しかし、虐殺疑惑の波紋は止め様もなく、取材の依頼が殺到した。
拒否し続けて国連の視察団が来れば致命的、と判断したポルポトは、
限定地域、限定期間での取材を承諾した。

そこでは裏工作がなされ、平和な村を装ったので事実は隠蔽された。
疑問を解消できなかったジャーナリストの一部は、
果敢に独自の取材を展開したが、そのほとんどは行方不明になった。
まず間違いなく、ポルポトの命で殺されたのであろう。


28 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/03/23(水) 03:36:25 ID:nUBNjmPo0
ポルポトによる狂気は、1979年のベトナム軍の侵攻をもって、公式の上では終わりを告げた。
そこでベトナム軍の兵士たちは戦慄に震えた。
実はベトナムの情報筋も、クメール・ルージュによる
虐殺の噂は尾ひれのついたものであろうと、たかをくくっていた。
だが、蓋を開けたときに見たものは、噂を遥かに超える『事実』だったのだから。

ポルポト軍は、タイ国境のジャングルへ逃げ落ちた。
ポルポトは逃げる前に、軍人以外の民衆800万人を殺そうとした。
未然に防げたからいいようなものの、もし実行されていれば、
生き残ったのは軍人5万人と、逃げていたカンボジア人5万人。
わずか10万人では、もはや国家とは呼べない。
カンボジア解放後、残った国民の85%が、14歳以下の子供であった。

これらの出来事が起こってからまだ30年弱。
決して遠い昔の話ではない。
つい最近に現実にあった悪夢。
これがクメール・ルージュ、そして純朴なる共産主義者・ポルポトの夢見た、『理想』のなれの果てなのだ。



13: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:38:08 ID:XGh
>>10
「お前、眼鏡かけとるやないか」
「えっ?」
「知識人やな、死刑や」



24: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:40:32 ID:emd
>>13
結局何がしたかったんや?



27: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:40:59 ID:NTi
>>24
経済の懸念をなくしたかったんやなかったっけ



30: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:11 ID:N9P
>>24
究極の平等な世界の構築



31: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:20 ID:PVM
>>24
知識のある大人を全員殺して子供に共産主義を植え付けようとした



39: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:42:33 ID:pEF
>>24
最近は格差が酷いなぁ→せや!石器時代に戻したらみんな平和なんや!

あ、文句言いそうな知識人はみんなポイーで!w



18: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:38:54 ID:N9P
>>10
1 (遊)地雷をとにかく自国に埋めまくる
2 (中)寺院は豚小屋化
3 (右)こども医者
4 (一)国外のインテリ層も騙して全員処刑
5 (三)密告されたものも全員処刑
6 (二)教育廃止
7 (捕)知識人完全処刑
8 (左)こどもスパイ
9 (投)私有財産没収・貨幣制度解体



22: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:40:10 ID:emd
>>18
怖e



14: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:38:27 ID:CZI
正気やったっていうのが怖いンゴ…



15: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:38:30 ID:NTi
知識があるから経済が成り立たないという風潮



20: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:39:10 ID:qqM
私情で無益な虐殺を行ったスターリンよりかは動機が純粋だからマシという風潮



29: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:07 ID:ko1
>>20
スターリンは権力欲と解るがポル・ポトは意味不明すぎて気持ち悪いわ



40: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:43:01 ID:qqM
>>29
共産主義を完全に具現化しようと思ったらむしろああする他ないんやで



23: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:40:21 ID:oGI
なお当時は鎖国なもんだから周囲の国には実態が漏れなかったもよう



25: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:40:36 ID:PVM
ポルポト自身は凄くいい人だったという事実



26: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:40:44 ID:6XB
人口三分の一にへったんやっけ



34: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:40 ID:oGI
>>26
現在でも人口ピラミッドがえぐいことになってる



28: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:00 ID:NRF
ポトポトで定着してしまったという事実



32: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:25 ID:CZI
ベトナムが介入せんかったら大変やったろうし



33: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:33 ID:MiT
なんか最後の虐殺を防げなかったら数100人単位まで人口減ってたとかいう話もある



36: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:41:42 ID:Xi9
知識持ってたら持ってない人より優遇されとるから平等やないねんな



38: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:42:13 ID:xlH
優しい世界を極めようとしたら残酷な世界を極めてしまったでござる



42: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:43:39 ID:PVM
ポルポトは間違いなく純粋すぎてキチガイやけどクメールルージュはどうやったんやろ



45: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:44:22 ID:NTi
>革命が成功したことを知り、国の発展のためにと海外から帰国した留学生や資本家も、殺された。

えぇ…



46: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:44:47 ID:pGf
20世紀に起きたってことに狂気を感じる



48: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:45:22 ID:N9P
no title


1975年(昭和50年)4月19日の朝日新聞のポルポト派記事

カンボジア解放勢力のブノンペン制圧は、武力解放のわりには、流血の惨がほとんどみられなかった。
入城する解放軍兵士とロン・ノル政府軍兵士は手を取り合って抱擁。平穏のうちに行われたようだ。

しかも、解放勢力の指導者がブノンペンの”裏切り者”たちに対し、「身の安全のために、早く逃げろと繰り返し忠告した。
これを裏返せば「君たちが残っていると、われわれは逮捕、ひいては処刑も考慮しなければならない。それよりも目の前から消えてくれた方がいい」という意味であり、敵を遇するうえで、きわめてアジア的な優しさに あふれているようにみえる。

(中略)

カンボジア王国民族連合政府は自力で解放を達成した数少ない国の一つとなった。
民族運動戦線(赤いクメール)を中心とする指導者たちは、徐々に社会主義の道を歩むであろう。
しかし、カンボジア人の融通自在の行動様式からみて、革命の後につきものの陰険な粛清は起こらないのではあるまいか。



56: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:47:27 ID:Awv
>>48
これって書いた時点では本当の情報は入ってきてなかったりしたんやろか



70: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)21:46:28 ID:w6m
>>48
この時代の朝日はマジでヤバイからな



49: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:45:48 ID:N9P
朝日新聞「ポルポトは優しいからへーきへーき」



52: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:46:48 ID:0t9
>>49
朝日新聞「北朝鮮は楽園」



58: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:47:53 ID:jhl
>>52
読売新聞とかもそういってた時期あるんだよなあ…
70年代の韓国とか軍事独裁下やし



54: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:47:06 ID:pGf
>>49
トップになる前は普通に優しい人やったらしいで

なお

優しさの方向が斜め上を行った模様



50: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:46:19 ID:XGh
中国共産党が一歩間違えればポル・ポトで、
日本共産党が一歩間違えれば中国共産党なんやで。
つまり共産党はキチガイ

Q.E.D



55: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:47:17 ID:NTi
>>50
えぇ



60: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:49:18 ID:xlH
正義の名の下って怖いなあと



64: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)20:50:30 ID:PVM
というか共産主義を自力で達成するの不可能だっていい加減気づけや
髭のおっさんだって革命起こせなんていってないやろうに



69: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)21:42:27 ID:qqM
実際キムイルソンは共産圏屈指の有能やと思う



71: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)21:47:36 ID:w6m
>>69
そんなに有能か?
共産主義圏でもある程度経済力保った国あるけど、北は完璧に経済崩壊してるやん



72: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)21:55:46 ID:qqM
>>71
パクチョンヒが奇跡的な経済成長をもたらすまでは全て北の方が上だったし
対外融和と改革開放の重要性にも気づいてた
まあ実行する前に死んでしまって息子が孤立路線に行ったのがアカンかったが



73: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)22:03:07 ID:BHA
>>72
あの頃の韓国は朝鮮戦争で北に蹂躙された事もあってインフラがズタズタでアジア屈指の貧乏国だったからな
無茶な手段も辞さなかったとはいえ、そこから北を逆転したパクチョンヒは有能ですわ。私生活もクリーンだったし

なお、その長女が父の顔に思いっきり泥を塗った模様



74: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)22:04:41 ID:qqM
>>73
煽り抜きで朝鮮史の英雄ってキムイルソンとパクチョンヒくらいしか思いつかんな



75: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)22:06:03 ID:N9P
>>74
白将軍はいかんのか?



76: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)22:07:59 ID:qqM
>>75
軍人入れるとそうやな



94: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)22:39:53 ID:0rO
世界の皆さん
ヒトラー…「あああああ名前も聞きたくないポーズ真似しただけで犯罪ィィィ!」
ポルポト…「なんか悪いことしたらしいけどどうでもええわ」

何故なのか



96: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)22:40:48 ID:N9P
>>94
被害にあったのは自国民だけだしね



95: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)22:40:44 ID:w6m
ヨーロッパが世界の中心()だからやろ



98: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)23:00:24 ID:Lhj
でもポルポトがぐう聖というには1つの大きな疑問がある
「権力欲がない」「理想を通したかった」

じゃあなぜ国内に自身の像をたくさん作ったの?
やっぱり権力欲アリアリじゃん



99: 名無しさん@おーぷん 2017/03/30(木)23:06:08 ID:0rO
自分の考えが絶対的に正しいと思っとったから、
それを恒久化したかったんやないかな
自身の名誉や権力のためやなくて、
未来永劫自分の理想に皆が従うことで平和が訪れると信じてたんやろ



転載元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1490873602/

この漫画怖すぎワロタ

一番カッコイイ日本刀って何なの? 天下五剣、七支刀、玉纒太刀、流星刀とか色々あるけど

超怖い話を貼っていくスレ

文章が上手い作家と下手な作家を挙げてって

【民話・伝承】ほそぼそと今まで集めた民話書いてく

【失笑!】思わず吹いた秀逸なレス集合『ジョン万次郎の人生』

ゲームのキャッチコピーとか上げていこうぜ

「七つの大罪」みたいなの教えて

【これマジ】不思議な現象体験談『津軽秘密の歌』