ヤングケアラー

よくある老害という言葉はただのの誹謗中傷である←論破できる?





















































「ポスターは、1人で抱え込まないでほしいという趣旨」
    「この表現だけが一人歩きしているとの感じを受けています。一言を切り取られても、答えようがありません。ポスターは、1人で抱え込まないでほしいという趣旨であって、ヤングケアラーを肯定したり否定したりするものではありません。一定数がおられると分かっていますので、子どもたちに寄り添いながら必要な支援をすることが大事だと訴えているわけです。ポスターにある『一人で頑張らないで、誰かを頼ったっていい』という表現に尽きると思います」

   なぜヤングケアラーをなくそうと打ち出さないのかについては、こう説明した。

    「子どもの権利がないがしろにされているという考えもありうる一方で、家族のケアをすることに対し、一定のやりがいを感じる方もおられるかもしれません。ヤングケアラーをなくそうと呼びかけると、子どもたちが周囲に助けを求めづらくなってしまう恐れがあるでしょう。単純に言い表すことはできないと思います」

ポスターの趣旨に対しての批判はありませんが、『一言を切り取られても、答えようがありません。』という見解については、それが元ヤングケアラーにとって辛かった子供時代の記憶を呼び起こし、ポスターに対する悲しみや怒りを引き起こし、それがポスターに対しての批判に繋がってる可能性があるという配慮が欠けているので、ヤングケアラーの問題が大人になっても続くという視点が欠落してるように感じます。

ヤングケアラーをなくそうと打ち出すことが単純では無いことは想像出来ますが、『家族のケアをすることに対し、一定のやりがいを感じる方もおられるかもしれません。』については、子供にとって大切な家族の為に頑張りたいというのは当然の感情ですが、一方では子供にとっての大切な無条件で愛されたい、自由に生きたいという感情を抑圧した、選択肢の無いやりがいであって、ある種の共依存ともいえると思います。

共依存が悪いと批判する訳ではないです、親子が生きていくために共依存が必要な状況も理解できます。
ですが、ヤングケアラーの方が大人になった時に顕在化する問題、他者に奉仕することが生きる目的となり本当に自分がやりたい事が分からなくなる、パーソナリティによる生きづらさ、本当は無償の愛が欲しかったという抑圧された感情等、ヤングケアラーの方が大人になった時の問題に対して社会が出来ることは少ないと思います。子供家庭庁だから大人になった後のことは関係ないとも言われそうですが、子供の頃に辛い状況下に置かれた子供は、同じ体験を子供にさせたくないと思い、大人になってから子供を産んで育てようと思わなくなるので、少子化問題に繋がります。子供家庭庁だけで解決できる問題でも無いとも感じます。

メンタルヘルス、福祉、社会等、幅広い視点で議論を高めていく必要がありそうです。