「学校には、見てはいけないものがある。」
そんな噂を聞いたのは、中学に入学してすぐのことだった。

「理科準備室の奥にあるガラス棚の向こう、放課後には絶対に覗くなよ。」

先輩たちは冗談めかして言っていたが、どこか真剣な顔をしていた。

理由を尋ねても、「見たらわかる」とだけ言われた。
そんなことを言われたら、余計に気になってしまう。
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その日の放課後、俺は友達と理科準備室に向かった。
日が沈みかけ、薄暗くなった理科準備室には、ホルマリン漬けの標本やガラス瓶が並んでいる。

静かすぎる。

何か、いやな気配がした。

「なんもないじゃん。」

そう言いながら、俺はふとガラス棚の奥を覗いた。

そこに、人型のものが立っていた。

最初は、ただの人体模型だと思った。

理科室に置かれている赤と青の血管が描かれた、あのよくあるタイプのやつだ。
ただ、どこか違和感があった。

妙に黒ずんでいる。皮膚の部分が焼け焦げたみたいに。

顔が……歪んでいる。

心臓が跳ね上がる。

それは、ガラス棚の向こう側で、まるで俺たちを見つめるように立っていた。

「……おい、なんか変じゃね?」

友達に声をかけようとした瞬間、それが動いた。

カクン

まるで、関節が外れたような不自然な動き。
次の瞬間——

それが、ゆっくりと俺に向かって首を傾けた。

ギギギ……

乾いた音が、静まり返った理科室に響く。

その瞬間、俺たちは悲鳴をあげて理科室を飛び出した。
振り返らずに、ひたすら走った。

次の日、何事もなかったかのように学校へ行ったが、友達が休んでいた。
気になって家に電話をかけると、出たのは友達の弟だった。

「……兄ちゃん、夜中ずっと何かに怯えてたんだ。」

「え?」

「部屋の隅をじっと見つめてさ……で、今朝になって急に叫び出したんだよ。『あいつ、俺のこと見てる』って。」

ぞわっと鳥肌が立つ。

「それで……兄ちゃん、いなくなった。」

「……いなくなった?」

「朝、部屋にいなかったんだ。靴も、上着も置いたまま。」

訳がわからなかった。

その後、友達は結局見つからなかった。
警察も探したが、手がかりすらなかった。

数日後、俺は噂の真相を知った。

数年前、理科室で事故があった。
実験中に薬品が爆発し、生徒が一人、顔に大やけどを負った。

顔の皮膚は焼けただれ、見るも無惨な姿になった。
周囲の生徒は怖がり、彼を「人体模型」と呼ぶようになった。

「見たくない。」

「怖いから近寄るな。」

そんな言葉を浴びせられた彼は、ついに耐えきれず——

理科準備室の奥で首を吊った。

それ以来、夜になるとガラス棚の奥に彼が立っていると言われている。

「見ない方がいいよ。あいつ、見られるのが一番嫌だったんだから。」

そう言った先輩の顔は、どこか怯えていた。

それを聞いた俺は、なんとなく理解した。

——俺たちは、見てしまったんだ。

あの時、ガラスの向こうにいたのは、 まだ見られ続けている彼 だったのかもしれない。

そして、俺も。

今、この部屋の隅にいる「何か」の視線を、感じている——。





蹴りたい