俺の通っていた学校には、古くからの噂がある。

『下駄箱に赤い手紙が入っていたら、絶対に開けてはいけない』

子どもたちは「呪いの手紙」と呼んでいたが、教師たちは決して触れようとしなかった。
誰が書いたのか、いつから存在するのかも分からない。ただ、「開けたらどうなるのか」だけは、誰も知らなかった。

ある日、友達のKが「赤い手紙」を見つけた。

興味本位で封を開けると、中には一枚の紙が入っていた。
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「なんだ、これ」

指でつまみ上げると、薄く赤黒い色をしている。光にかざすと、表面にまだらな色ムラが浮かび上がった。
赤インクで染められたわけじゃない。どこか、染み込んだような質感だった。

「手作りか? てか、何の紙?」

裏表を確認しても、文字は一切ない。

「拍子抜けだな」

そう言って、Kは適当に折りたたみ、ポケットへ突っ込んだ。

それから、Kの様子がおかしくなった。

最初は、ただぼんやりしている程度だった。授業中、窓の外をじっと見つめることが増えた。
声をかけると、「ああ、なんでもない」と生返事をするだけ。

次の日、Kが妙なことを言い出した。

「おい、昨日誰か俺ん家に来た?」

「は? 知らねえよ」

「いや、夜中インターホン鳴ったんだよ。モニターを見たけど誰もいなくて、それなのにずっと鳴り続けてた」

「新聞配達とかじゃね?」

「かもな」

それ以上、Kは何も言わなかった。

三日目、Kの顔はひどく青ざめていた。

「昨日さ、部屋の外で足音したんだよ」

「家の中で?」

「いや、廊下で。ずっと行ったり来たりしてた」

Kの家はアパートの二階だ。廊下を歩く音くらい、普通に聞こえるはず。

「気のせいだろ」

「かもな」

それ以上、Kは話さなかった。

四日目。ほとんど口をきかなくなった。

黒板を見つめても、焦点が合っていない。ノートに何か書こうとするが、ペン先は紙の上をさまようばかり。

昼休み、冗談めかして「お前さ、マジで呪われたんじゃね?」と言ってみた。

Kは無言で俺を見た。

いや、見ていなかった。俺の背後を、じっと見つめていた。

「なあ」

Kが、かすれた声で言った。

「お前、今背中つかまれてない?」

背筋が凍りついた。

その日の放課後。

「なあ、お前らさ、今廊下に立ってるやつ、誰?」

Kは俺ともう一人の友達にそう聞いた。

「え?」

顔を見合わせる。

「誰もいないぞ?」

「いや、いるだろ」

Kは唇を噛み、小さな声で続けた。

「赤い服」

そっと廊下を見た。やはり、誰もいない。

Kの顔がみるみる青ざめていった。

「ウソだろ。朝もいたし、今もこっち見てるのに」

俺たちには見えない何かが、Kには見えていた。

翌日から、Kは学校に来なくなった。

親に聞くと、部屋に閉じこもり、窓の外をずっと見つめているという。
何かに怯えながら。

しばらくして、Kの家族は引っ越した。それ以来、連絡は取れなくなった。

Kの話題も次第に出なくなった。

そんなある日、昼休みに誰かが言った。

「なあ、また赤い手紙が見つかったらしいぞ」

思わず顔を上げた。

「誰が拾ったんだ?」

「C、下駄箱に入ってたってさ」

「Cって最近学校休んでるよな」

「マジで? じゃあ」

誰も続きを口にしなかった。

ただ、誰からともなく、こんな話が出た。

「Kが消える前、何か見てたよな」
「赤い服、だったっけ?」

「やめろよ、マジで」

それ以上、誰も話さなくなった。

それでも、赤い手紙がどこから来るのかは、今も分からないままだ。





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