夏の終わりに、友人たちと山奥の湖でキャンプをした。標高の高い場所で、昼間は涼しく、夜は肌寒いくらいだった。焚き火を囲んで酒を飲み、眠気に任せてテントに潜り込んだ。
夜中、ふと目が覚めた。
テントの外から、「カカカ…カ…カ…」と、不規則でぎこちない鳴き声が聞こえた。フクロウか何かか? と思ったが、どこか違う。

気になって外に出ると、湖のほとりに黒い影があった。月明かりに照らされ、そいつの輪郭がはっきりと見えた。
A_chilling_nighttime_scene_by_a_lake_deep_in_the_m


鳥だ。
カラスくらいの大きさで、首が妙に長い。
ただ――顔が人間だった。

まばたきもせず、ぎょろりとした目でこちらを見ている。髪の毛はまばらで、皮膚は青白い。笑っているような、泣いているような、そんな顔だった。

寒気がした。
そいつは首をカクンと傾げ、喉を詰まらせるように口を動かした。
「タ…イ…ノォ…イ…タ…イ…」
喋った?

だが、その声はまるで録音テープを巻き戻したような、不自然な音のつながりだった。
喋っているというより、言葉を模倣しているだけのように聞こえた。
俺はその場から動けずにいた。すると、そいつが足をバタつかせ、地面を引っかくような仕草をした。

そして、また口を開く。
「ア…ナ…タ…ハ…ヒ…ハ…ヒッ…ハ…」
言葉がめちゃくちゃだ。
でも、何かを伝えようとしているのは分かった。

足元が冷たい。
下を見ると、湖の水が妙に不規則な波を打っていた。風もないのに、静かに打ち寄せ、じわじわと近づいてくる。湖面がこちらに向かって呼吸しているように見えた。
怖くなり、テントに戻った。

翌朝、仲間に話したが、全員笑うだけだった。
「寝ぼけてたんじゃね?」
「そんなのいるわけねーだろ」

だが、一人だけ、冗談っぽく笑いながらも、どこか顔色が悪い奴がいた。
「……お前さ、テントから出たのって何時頃?」
「たぶん、夜中の2時くらい」

そいつはぎこちなく笑い、
「俺も、2時頃に目が覚めたんだけどさ……テントの外、なんか変だったんだよ」
と言った。
「変って?」
「……テントの隙間から、何かの目が見えた」
それ以上は、何も言わなかった。

急いで撤収し、山を下りた。
帰る間際、湖の方をちらりと見ると、岸辺に"それ"が数羽、じっとこちらを見つめていた。
口をパクパクと動かしていたが、音は聞こえなかった。
だが、その口の動きだけで、何かを真似しようとしているのが分かった。

まるで会話の続きをしているかのように。
次に行ったら、もっとはっきり喋るのかもしれない。
誰かの声を真似して。
そう思うと、寒気が止まらなかった。





嫌いなら呼ぶなよ