2007年10月01日

携帯のメルアド変えました。

新しいメルアドは、携帯番号@docomo.ne.jpです。
いや、これが一番、簡単なので。

nyafunyafu at 14:02コメント(2)トラックバック(0) 

2007年08月29日

すげーひさしぶりに更新

 ずーっと忙しくて、ブログとかいろいろ、ほうっておいたままになってしまいました。その間、塾開いたり、マックが壊れたり、いろいろありました。マックが壊れたのは痛すぎるorz今は、ThinkPadをメインに使ってますが。
 MacBookほすぃー。

nyafunyafu at 11:18コメント(0)トラックバック(0)近況。 

2007年07月21日

カエルの子はカエル

 子供は、親を写す鏡だと思います。

 仕事柄、さまざまな家庭に入る機会があるのですが、いろんな家庭を見て感じるのは「この親にしてこの子あり」ということ。子供は、つまらない処世術など持ち合わせてないゆえに、その性質がストレートに出てきます。そして、親を観察していると、ああ、この人は子供と同じ性質がベースにあるんだな、と言うことが分かります。

 というか、親と同じ性質が子供のベースになっているのですが。狼に育てられれば狼になる人間の子供が、親と長い時間を過ごせば、親と同じ性質の人間になっても、別に不思議なことではないです。

 子供は、親を写す鏡です。

 だから、子供の成績が悪いとか、素行が悪いとか。子供のそれを直したいと思うのであれば、まず、親が変わらなければいけないのではないかと思います。

 でも、大人になるほど、人は変化を恐れ、変わることに対して抵抗を感じ、それを拒絶します。そういうわけで、多くの親は自分を変えることをしません。親が変わらなければ、子供も変わりません。よって、なにも変わりません。

 いくら親が子供に説教したところで、子供はただ、親のすることを鏡のように写しているだけ。子供を叱ることは、自分自身を叱ることなのだと、親自身が分からなければ、何も変わらないのではないでしょうか。

 言い意味でも悪い意味でも、カエルの子はカエル。子供は鏡。

 さらにいうと、これを読んで、自分は変われる人間なんだろうか、と自問自答が出来る人は、変われる人間なんだと思います。これを読んで、変わるなんて無理、と考えることをしない人は、変われない人間なんだと思います。

 なんかこれじゃ、救いがないッスね…

nyafunyafu at 02:43コメント(1)トラックバック(0)考えごと。 

2007年07月16日

あーぁ。

0a4bde12.jpg本棚倒れてるよ…


nyafunyafu at 12:27コメント(0)トラックバック(0)近況。 

2007年07月03日

無宗教の自由

 あの宗教に救われている人の救いのない感は何なんでしょう。まあ、別に神を信じようが、精霊を信じようが、別にかまやしないのですが、ただ、あの勧誘というのはいかがなものかと。
 幸い、自分は直接的に宗教の勧誘と言うものを受けたことがないので、それがどれほどしつこいものなのか分からないのですが、宗教の勧誘を受けた親族、及び友人の話を聞くと、それはもう、筆舌に尽くしがたい、とまではいきませんが、相当しつこいらしいです。目がマヂ。ヘタなことを言えば、殺されかねない勢い。じはーど。
 たとえば、もーオタ(或いはアニオタ)が、必死にモー娘。(或いはアニメ)の良さを語ったとして、あなたはモー娘。(或いはそのアニメ)を好きになれますか?多くの人は、キモイ、と感じる事でしょう。つまり、無宗教な自分からすれば、宗教もそれと何ら変わらないわけです。
 アイドルという神と、それに群がるファンという信者。ビデオやフィギュアなどを偶像崇拝する人もいれば、生ライブこそ神髄といって、偶像崇拝を否定するのもいる。構造的には全く同じだと思うのですが。ああ、そういえば、「アイドル」はもともと「偶像」という意味がありましたね。とすると、モー娘。は一体何の偶像なんだろう。っていうか、今もモー娘。って存在してるのか?解散したという話は聞かないから存在してるのか?ああ、モー娘。というグループ自体が神であり、モー娘。のメンバーは偶像になるのか?
 だいたい、人類の歴史上、宗教が平和を導いたことがあったでしょうか。太陽じゃなくて地球のほうが動いてんだよ!と言ったら処刑されちゃったり、神様はうちの宗教の神様だけなんだよ!とかいって、他宗教と戦争してみたり、それならまだしも、同じ宗教なのに宗派が違うってだけで戦争してみたり。はっきり言って、意味不明です。(まあ、その裏には大人の事情というモノもあるのでしょうが。)
 そもそも、無宗教であっても、生活する上でまったく支障はないので、ここで入信して自分の縛りを増やす必要など全くないのです。空には天国もなく、足下には地獄も有りません。この狭い国土に墓なんぞ作って、未来永劫自分の存在を誇示することにどんな意味があるのでしょうか。
 人間ってのは、自由を求めるクセに、本当の自由に放り出されることを恐れてるんじゃないですかね。なんだかんだ文句言っても、人間、なにかに縛られてる方がラクなんですよ、実際のところ。

nyafunyafu at 14:23コメント(1)トラックバック(1)考えごと。 
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コメント。
プロフ。
にゃふにゃふ
出かけるの好きです。
おいしいもの食べるのも好き。

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