マリカさんへ

メディアを通してしか日本の事情を知りませんが、やはり日本の観客のダンスを観る目のレベルにガックリ来ることしばしです。
まだまだステップを覚えれていれば「踊れるじゃん!」と勘違いしている判断基準が当たり前の様に見えます。踊りは動作のクォリティーにスピリッツが加わって初めて踊りと呼べるもんだと私はあくまでもそれだけにこだわって生きています。
日本人は日本舞踊にわびさびを感じても、洋舞にも通づるものがあるとなかなか応用して考えようとしません。洋物は別物、早くこの概念から脱皮して欲しいと思います。
元々感受性豊かで勤勉な民族なのに、今の日本のチープな現代文化の傾向を嘆かわしく思います。
「なんとなくノリで」「なんとなくカッコイイってみんな言うから」「エグザイルがかっこいいから」だからヒップホップ?? 

小学校でヒップホップを教えていますよね。
先生のレベルと言えば勿論ダンサーではないし、見よう見真似で覚えて来たものを子供に教え、子供達はヒップホップがダンスそのものと勘違いして馴染んでいきます。
もっとダンスには多様な芸術性があるというのに。
ヒップホップは反骨精神やブラック魂や変形して各々のスピリットが無ければ振りマネしてもカッコワルイのにって、誰も気付こうとしない。
私は地下鉄の中で迷惑な黒人ストリートダンサーに、しょっちゅう出くわしますが、決して顔を上げません。
大きな音で公共の人の気持ちを考えずゲリラ的に強制的に自分たちのやりたいことをやってお金をせびる、私の主義や美学に反するからです。
ヒップホップの動きは真似ても決して本気では踊りたくありません。
私の反骨精神とヒップホップのそれとは全く形が違うからです。

 生のルイジを知らない私がこんなことを言うのも憚られますが、本当にカッコイイですね、往年のルイジ、そして晩年のルイジ。
人としての魂の完成度が結局こんなカッコ良さを現せるんだとつくづく感服しまくっています。
マリカさんのウエブサイトのルイジの写真のコーナー、 有難いです。
上から横から斜めから、幾度も幾度も見ても飽きたりません。カッコ良すぎます。
可能な限りYoutubeを必死でかき集めて動いているルイジを見ていますが、殆ど数秒のものしかありません。どうすれば動いているルイジを、もっと見ることができるのでしょうか?
もっともっと見てみたいです。
マリカさんのお力でもっとルイジを日本人に伝えていって頂きたいです。
テレビ東京のダンスで郷はもう見ることはできませんか? 

 ルイジの名前しか知らずに80年代ジャズダンスをしていた愚か者の私です。
亡くなって一年余り経ってから初めてフランシスのクラスを受けました。マリカさんの豊富な知識の側で恥ずかしいんですが目の前に肌で感じたものと動物的な勘だけでダンスをやってきたものですからこんなことが起きました。ルイジとマリカさんに出会うまで伊藤道郎のことも知りませんでした。
 最近までの師匠はジューイッシュでありますから、頭脳も芸術性も民族的には自分達が一番優れていると考えています。
ジャズダンスに日本人が関わったなどとおくびにも出しませんでした。
けれど私は彼女の繰り出す最新のアメリカのスポーツ医学で理論付ける身体に安全なダンスとスポーツ力学、はたまた物理学を学びながら、次第に彼女の理論を「気や陰陽学」で自分なりに解釈する様になっていました。あくまでも師匠の先導を頼りに私は私なりのダンス学を構築していきました
この様な育て方をしてくれたという事でも彼女がいかに優れたダンス教師だったかと思えてなりません。
常に考えさせて自分自身で気づくまで辛抱強く待ってくれました。
一つ発見するごとに満面の笑みの花丸をくれました。

前置きが長くなりましたが、初めてのフランシスのレッスンで私が感激したのは西洋のものだと思い込んでいたジャズダンスを西洋人に習いながら必死で陰陽学を導入し私が模索してきたものとルイジダンスのそれがぴったりと一致したからです。
フランシスの指先から目に見えた気の流れ、身辺の空気を纏う忍者の様な術、陰と陽、上と下、西と東、裏と表などの陰陽学、待ちながらずらしバチッと一箇所で合わせるジャズ心、目の前にあったものは私が追いかけて来て探し求めてきたもの、しかもとっくにもっと高い段階で系統付けられていたルイジという人の元で。
本当に本当に辿り着いたと言う感が否めませんでした。
この先どんな風に変化していくのか分かりませんが、しばらくはフランシスにどっぷり浸かり学んでみようと思います。

ルイジのカッコ良さ然りその所以である哲学をもっと多くの方が知ることができればと思います。
やはりマリカさん以外にはいらっしゃらないでしょう。
本の広まりと更なるご活躍を期待しています!! (NYの美人元ダンサー)

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マリカのコメント:

『ジャズダンス 誰が踊りをつなげたか』(ルイジブック)をお読み下さってありがとうございます。
フランシスの集中レッスンを受け、ルイジの良さをこれほどご理解なされて本当に嬉しく思います。
もし、ルイジジャズダンスのお稽古を受けた人が、全員、『ジャズダンス 誰が踊りをつなげたか』(ルイジブック)を読んでいたら、日本中、ルイジジャズダンサーになりますけれど、実際は、そうではないのです。
本当は、本とダンスをセットでルイジ藝術を理解するとよいのです。
が、踊っても読まない、というのが通常のパターン。


実は、この本は、
「重いからハンドバッグに入らないので、まだ読んでない」
「そのうち読みます」
「今度書く時は、もっと薄い本を書いて下さい」

「今は、本より、ともかく踊りに集中したいので」
「本を読むのが苦手。本を読んだことがない」
「パラパラっとめくってみただけです」
「写真のところだけ拾って見たけれど、ちゃんとは読んでない」
「この本、何が書いてあるのですか」
「これって、強制ですか、ダンスだけ受けたらだめなんですか」 
「まだ、手をつけてません」
「どうせ読まないので、アマゾンに出品します」

など、 びっくりするようなコメントも。
おやおや、昨今のダンサーは。

ここに命を救う食べ物があったとします。
食べて生きる人と、目の前に食べ物があるのに、食べずに餓死してしまう人がいます。
ほとんどの人は、後者の部類に入るのかもしれません。
食べれば生きられることを知っている人は少ないのです。
ですから、踊りも同じで、ルイジを知ると、踊りの究極の真実に近づけるのに、ルイジを学んで踊る人と、ルイジを知らないで、とりあえず動いてしまう人との間には、大きな差があります。 
その差は、なにかというと、踊りの技術だけではなく、人間としての差。
ダンサーであるまえに、まず、人間でありたいとルイジは言っていますけれど、人間であるというその部分を無視して、ダンスはできないのです。
心が一番大切。
踊りに限らず、藝術はなんでも、心を磨くことなんですよね。
人間性が優れてくると、技術は自然とついてきます。 
(平成28年7月30日(土)

ルイジは生
img278page8前、公式舞踊写真を、 同じ写真家にしか撮らせなかった。
 
ルイジ写真集:
撮影ミルトン・オレアガ

注:左の写真は、ルイジ来日公演の写真につき、日本の写真家が撮った。
(テス飯島)
1983年のフランシスの写真は 舞踊写真家、池上直哉氏が撮影。