ゴロリデン・デブリバー サラの日記

愛しのゴロリデン。
かなり太目のゴールデン・レトリーバーのサラ。
2006年1月10日、虹の橋へ旅立ちました。

ゴールデンは犬じゃない

と、私はずーっと思っています。

当の本人(?)もそう思っていたと思います。


災害多発国、日本。
地球温暖化の影響でしょうか
近年の日本は亜熱帯化しています。

被災に会われた方々、ご身内の方々
心よりお見舞い申し上げます。

先日の広島での災害で災害救助犬としてゴールデンがいたとのこと。
うちのサラは鼻が利くとは思えなかったのですが
あの大きな鼻は無駄に大きくはないはず。
きっと泥まみれになって頑張ってくれたことでしょう。


このブログが日々どなたかの目に留まり
拙い文章を読んでいただけていることは
感謝しかありません。


残念なことですが
サラは病気には勝てませんでした。

でもそれは、人間も同じです。

どんなに注意をしても、病気に罹ってしまうようなこと。
事故に遭ってしまうようなこと。
誰の責任でもありません。


今闘病まっただ中で、心が落ち着かない方
愛する者に先立たれ
失ったも者のあまりの大きさに空虚な思いをされている方
そして病気になったのは、失ったのは自分の責任だと
我が身を責めている方。

「虹の橋」にどんなに涙したことでしょう。

全て私が通ってきた道です。


最近はネットやテレビで動画を目にする機会が増えました。

「天使だよね」とゴールデンの愛くるしい仔犬の無邪気さに
涙が流れるばかりに笑い、
「なんでこうなの?」と人間臭い動作にニヤリとし、
「あ〜!そうそう。サラはこうだった!」と家族で笑いながら話し、
道端でお散歩中のゴルを見かければ抱きしめたくなる。
そのたびにやっぱりゴールデンは特別!だと感じる毎日です。

今でも愛しくてたまらない子。

再び犬を迎える気持ちにはなれませんが
そして何年もかかりましたが、今の私は元気です。
急いで笑顔になろうとしないで
いつかきっと訪れる穏やかな日を迎えてください。

訪れて下さる皆様へ

サラが虹の橋に旅立ってからも
ここを訪れて下さる皆さんにお礼を申し上げます。


ゴールデンという「犬」?に出会ってしまい
その人柄(犬柄)に触れて
大きな存在感を感じ…

不治の病に罹り
病気と闘いながら奇跡を信じ


受けた愛情と
失った大きさをひしひしと日々感じる毎日



そんな過程と
日々の中


少しでも皆さんの役に立てているでしょうか?


私は最近、ようやくペットショップの子犬を抱けるようになりました。

何年経ったことでしょう。

でも、やはり家に迎えることは怖くてできません。

勇気がない
ちっちゃな飼い主であったこと
恥ずかしいですが

誰よりもあなたを愛していたこと

だからあなた以外ではダメなんですよ



それでいいじゃない


私は、多分
このまま変わることが無いように思います。


ずっと愛しています

3年経ちました

3回目の命日です。
早いもので・・・とよく言われます。
これはどういう感覚なのでしょう。
私にはまだ3年しか経っていません。
一日一日はあっという間に過ぎていくんだけど。

命日を待ってか、昨夜は夢の中に来てくれました。
スマートでした。食べてない?太りすぎだったから、あれで普通かな。
後ろ脚に、草の種をたくさん付けていて、私がせっせと取っている夢。
相変わらず変な娘です。

今日は友人もおせんべいを供えてくれました。
娘も学校でいただいたお菓子一式。
ということで、いつものシュークリームね

駆け回ってますか?

エマ











8月5日10時、エマは煙とともに空へ。
明日6日は11歳の誕生日でした。

ミミもサラも迎えにきていたでしょう?
昔みたいに思う存分、みんなで空の上で駆け回ってね。
もう、誰にも叱られることがないから。


虹の橋へ

深夜、サラの親友のエマが旅立ちました。

調子が悪いと聞かされてから、たったの一週間です。
あと2日で誕生日を迎えられたのに。。。

サラとは幼馴染で、誕生日も2週間しか違わない、
ちょっとだけお姉さんのエマでした。
そして、毎日会わないと気が済まない2匹でした。
散歩も一緒。
水を飲むのも一緒。
おやつも遊ぶのも一緒。
まるで姉妹か双子みたいだった。

エマへ。
もう苦しくないでしょう?
最期まで偉かったよ。
でも、お母さんは、もうちょっとだけ手を掛けたかったって。
サラが一足先に逝ってしまってからはどことなく寂しそうで、
「サラは?」と聞くとキョロキョロして、サラを探していたね。
最近まで、毎朝散歩の時間には寄ってくれたのに、
おやつをおねだりしてくれたのに、
もう来てくれないんだね。
エマをぎゅっとするだけで安心できたのに、
これからどうしようか。。。
寂しくてたまらないよ。

サラにまた会いたかったんだよね。
きっと迎えにきているだろうから、寄り道しないで行くんだよ。
いつものように遊んでたら迷っちゃうからね。

最期まで尻尾を振って迎えてくれてほんとにありがとう。


豆知識

節分 だからと言うわけではないのですが
・・・そうそう、犬を飼っている家は豆まきの必要はないそうです。
ちゃんとわんこが鬼から家族を守ってくれるそうですよ。

最近知ったことです。

犬に戒名がいらないのは何故か?
ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、
ちょっと聞いてください。
仏教では、人と生類では亡くなった後、辿る世界が違います。
私利私欲に生きている人間と、同じ供養法ではいけないのです。
生きている間、自らの意思で、良いことも悪いことも積み重ね
その命に終焉を迎えた時、
生前犯した罪を悔い改め、仏様の弟子となるため
お釈迦さまの戒律を守って生活しますと約束した時に
授けてもらうのが「戒名」なのです。
でも、生類はには、よほどのことが無い限り、罪が無く、
亡くなった後はすぐに馬頭観音菩薩によって
次へ生まれ変わる世界へと導かれるのです。
だから戒名は必要なく、「送り名」も生前の名前でよいのです。
自宅に位牌を置かないほうが良い、といわれるのも
この輪廻転生が早いことに拠るのです。

なるほど〜と思いました。
でも、「生類」と割り切れないですよね。
家族だったし。
早く生まれ変わって欲しいけど
それまでは傍にいて欲しい。これも私欲か。

パパのペンダントも到着したので
とっておいた遺毛を開けました。
落とす確率の多いパパには遺骨は入れられません!
色の濃い、きれいな耳の部分で、やわらかさに思わず
「サラだ!サラだよ!」と皆でウルウル。
あ〜あ。。。

今 考えること

虹の橋

天国の、ほんの少し手前に「虹の橋」と呼ばれるところがあります。
この地上にいる誰かと愛しあっていた動物は、死ぬとそこへ行きます。

そこには草地や丘があり、彼らはみんなで走り回って遊びます。
食べ物も水もたっぷりあって、お日さまはふりそそぎ、
みんな暖かくて幸せです。
病気だった子も年老いていた子も、みんな元気を取り戻し、
傷ついていたり不自由なからだになっていた子も、
元のからだを取り戻します。
・・まるで過ぎた日の夢のように。


みんな幸せで満ち足りているけれど、ひとつだけ不満があります。
それは自分にとっての特別な誰か・・、残してきてしまった誰かが
ここにいない寂しさのこと・・。
動物たちは、みんな一緒に走り回って遊んでいます。

でも、ある日・・その中の1匹が突然立ち止まり、遠くを見つめます。
その瞳はきらきら輝き、からだは喜びに震えはじめます。
突然その子はみんなから離れ、緑の草の上を走りはじめます。
速く、それは速く、飛ぶように。

あなたを見つけたのです。

あなたとあなたの友は、再会の喜びに固く抱きあいます。
そしてもう二度と離れたりはしないのです。
幸福のキスがあなたの顔に降りそそぎ、
あなたの両手は愛する友を優しく愛撫します。

そしてあなたは、信頼にあふれる友の瞳をもう一度のぞき込むのです。
あなたの人生から長い間失われていたけれど、
その心からは一日も消えたことのなかったその瞳を。

それからあなたたちは、一緒に「虹の橋」を渡っていくのです・・・。
けれど、動物たちの中には、様子の違う子もいます。
打ちのめされ、飢え、苦しみ、
誰にも愛されることのなかった子たちです。

仲間たちが1匹また1匹と、それぞれの特別な誰かと再会し、
橋を渡っていくのを、うらやましげに眺めています。
この子たちには、特別な誰かなどいないのです。
地上にある間、そんな人は現れなかったのです。

でもある日、彼らが遊んでいると、橋へと続く道の傍らに、
誰かが立っているのに気づきます。
その人は、そこに繰り広げられる再会を、
うらやましげに眺めているのです。
生きている間、彼は動物と暮したことがありませんでした。
そして彼は、打ちのめされ、飢え、苦しみ、
誰にも愛されなかったのです。

ぽつんとたたずむ彼に、愛されたことのない動物が近づいていきます。
どうして彼はひとりぼっちなんだろうと、不思議に思って。
そうして、愛されたことのない者同士が近づくと、
そこに奇跡が生まれるのです。


そう、彼らは一緒になるべくして生まれたのでした。
地上では巡りあうことができなかった、
特別な誰かと、その愛する友として。
今ついに、この「虹の橋」のたもとで、ふたつの魂は出会い、
苦痛も悲しみも消えて、友は一緒になるのです。
彼らは共に「虹の橋」を渡って行き、二度と別れることはないのです。
 

 
『犬の十戒』
〜The Ten Commandments dog version for ownership〜.

1. My life is likely to last ten to fifteen years.
私の一生は10〜15年くらいしかありません。
Any separation from you will painful for me.
ほんのわずかな時間でもあなたと離れていることは辛いのです。
Remember that before you buy me.
私のことを飼う前にどうかそのことを考えてください。

2. Give me time to understand what you want of me.
私が「あなたが私に望んでいること」を理解できるようになるまで
時間が必要です。

3. Place your trust in me- it's crucial to my Well-being.
私を信頼して下さい......それだけで私は幸せです。

4. Don't be angry at me for long and don't lock me up as punishment.
私を長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで下さい。
You have your work your entertainment and your friends.
 あなたには仕事や楽しみがありますし、友達だっているでしょう。
I have only you.
でも……私にはあなただけしかいないのです。

5. Talk to me sometimes.
時には私に話しかけて下さい。
Even if I don't understand your words,
I understand your voice when it's speaking to me.
たとえあなたの言葉そのものはわからなくても、
私に話しかけているあなたの声で理解しています。

6. Be aware that however you treat me, I'll never forget it.
あなたが私のことをどんな風に扱っているのか気づいて下さい。
私はそのことを決して忘れません。

7. Remember before you hit me that l have teeth
that could easily crushthe bones of your hand
but that I choose not to bite you.
私を叩く前に思い出して下さい。
私にはあなたの手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど、
私はあなたを噛まないようにしているということを。

8. Before you scold me for being uncooperative obstinate or lazy,
ask yourself if something might be bothering me.
私のことを言うことをきかない、頑固だ、怠け者だとしかる前に
私がそうなる原因が何かないかとあなた自身考えてみて下さい。
Perhaps I'm not getting the right food or
I've been out in the sun too long or my heart is getting old and weak.
適切な食餌をあげなかったのでは?
日中太陽が照りつけている外に長時間放置していたのかも?
心臓が年をとるにつれて弱ってはいないだろうか?などと

9. Take care of me when I get old ; you, too, will grow old
私が年をとってもどうか世話をして下さい。あなたも同じように年をとるのです。

10. Go with me on difficult journeys.
最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送ってください。
 Never say,"I can't bear to watch it ."or"Let it happen in my absence."
「見ているのがつらいから」とか「私のいないところで逝かせてあげて」
なんて言わないでほしいのです。
Everything is easier for me if you are there.
あなたがそばにいてくれるだけで、
私にはどんなことでも安らかに受け入れられます。
Remember I love you.
そして・・・どうか忘れないで下さい。私があなたを愛していることを。

愛する者

みきみきさんのコメントを読んで
レスをつけようと思ったら長すぎてはじかれてしまいましたので
こちらに書きます。

マックス君が逝って一ヶ月経ったのですね。
最愛の子を亡くした悲しみ・・・
肉親・家族を失った者が受ける悲しみは計り知れません。

忘れもしません。幼い頃から一緒に過ごした愛犬を亡くした日。
大学を卒業し、アパートを引き払う友人の引っ越しを手伝っていました。
「もう、いつまで持つかわからないから帰っておいで。」
ずいぶん前から母から連絡が来ていました。
手伝うのは私でなくても良かった。
でも、帰りませんでした。
まさか、そんな早くいなくなるはずがないよ。
小学生の時から一緒だったじゃないの。
死ぬなんてありえない、と。
本当は初めて向き合うであろう死がとてつもなく怖くて
帰れなかったのです。

・・・小学4年生の時、その子は我が家にやってきました。
白と黒の毛足の長い子。
犬を飼うのに反対だった母に内緒で
兄と父がこそっと知り合いのお宅から菓子折り一箱で譲っていただいたのです。
毎朝、学校へ行く私の気配がすると、トトトッと階段を駆け上り
2階の窓から見送ってくれました。
家から脱走しては、家の前にある竹やぶで足の裏を切り
怪我ばかり。
なぜか近所の納豆工場が好きで、脱走するといつもそこで捕まっていました。
そんな子だから、2度も車にはねられました。
でも、元気で優しい子でした。泣いていると必ず側で顔を舐めてくれました。
父の転勤で引っ越し、外の犬小屋に置かれた時には、私は高校生。
線路の側にあった家でしたので
帰りの電車の時間には、犬小屋の屋根に上ってずっと電車を眺め
私を待ってくれました。

数日後、友人の家に亡くなったと連絡がありました。
悪くなってからは、家にいる時は兄が四六時中一緒に過ごしたそうです。
母が、兄が泣いて泣いて可哀相なんだよ、って。
私の上に、何か訳のわからないとても重いものがのしかかってきて
いきなり溢れ出し、涙が止まりませんでした。
それまで祖母、祖父、叔母の死が悲しいことだと思っていたのに
本当の意味での自分の中の愛する者の「死」が
初めて解った日でした。
この日のことは何年経っても忘れる事ができません。
思い返すたび、私ってダメなヤツだなぁ・・・と思い知らされます。
後悔しても始まらないのに。

今日までありがとう。ぷりんちゃん

また1人(一匹)仲間がお空に旅立ちました。
ぷりんちゃん、元気一杯の女の子。
サラに元気パワーを送ってくれていたのに。

ぷりんちゃんを悩ませていたのはリンパ腫だけではなかったけれど
やはり憎むのはこの病気。
悔しい。本当に悔しい!

今日はサラの報告もあったのだけれど
これだけで胸一杯です。辛いです。

ぷりんちゃん、安らかに。
合掌。
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