2022年09月29日

マナーとしての話し方7

 『ものも言いようで角が立つ』という言葉があります。まさにそのとおりだと思います。二昔前まで、公衆トイレには「トイレ汚すな!」のような張り紙が貼られていました。さすがに今は見かけません。「トイレは汚さないようにしましょう」「このトイレはいつも清潔さを保つことができております。皆さまのご協力誠にありがとうございます」などのように肯定的な表現に変わってきました。前者は否定的な表現ですから、理屈で分かっても感情が反発を起こします。

 日常のコミュニケーションも全く同じです。役所の窓口で「いますぐと言われても無理ですよ。」などど言われるとカチンとくる人も多いようです。「期待に添えず申し訳ありません。いますぐと言うご要望にはいたしかねます(できかねます・応じかねます)。どうかご了承ください。」のように言葉をほんの少し言いかえただけで相手に与える印象が違ってきます。「○○の書類が足りませんので受理できません」このような会話も役所の窓口ではよくあります。このような場合は、「○○の書類をご用意していただけましたら、すぐにでもお受けできたのですが・・・」のような表現が必要になります。

 子どもを叱る場合も肯定的表現が大切です。「あんたは、何をやってもダメな子ね!」という叱り方は禁物です。「○○と●●を注意して努力すればいい子になれるから頑張ろうね」。そんな叱り方に気をくばりましょう。部下との会話も同じです。「その案では無理だよ」→「その案では無理だと思わなかったの?」のような働きかけが大切です。(060503)


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2022年09月11日

マナーとしての話し方6

 今回からはマナー上手になるための技術編に入ります。その一つである『マジックフレーズの活用』について考えて見ましょう。相手の気持ちをなごませるプラスαのひと言をマジックフレーズといいます。対人関係を円滑にするためには、欠かせない言葉です。「失礼いたします」「お世話になりました」「おかげさまで」「恐れ入ります」「申し訳ございません」「お手数をおかけいたします」「ご迷惑をおかけいたします」「失礼ですが」などの短いフレーズの言葉がその類に入ります。

 いま、たったひと言を不精する人が増えています。病院の待合室に座っていると、(比較的スペースがゆったりしているせいもあるのかもしれませんが)奥の椅子にかけようとする人が、無作法に私の前を通ります。「前を失礼します」のひと言がありません。言葉がなくたって会釈だけでもあれば可愛げがあります。それもありません。非常識の常識が大威張りでまかり通る世の中を心配することがあります。

 役所の窓口でのやりとりです。住民:「だいぶ待っているんだけどね。まだ時間かかるの?」職員:「今日は見てのとおり、申請者で混雑していますから、あと10分くらい待ってください」。職員の応対には、マジックフレーズが入っていません。ですから事務的な印象を与えてしまうのです。職員:「大変申し訳ありません。本日はご覧のとおり、申請者が多く大変混雑しております。ご迷惑をおかけいたしますが、あと10くらいお待ちください。恐れ入ります」。この程度の応対ができなければ及第点は差しあげられません。マジックフレーズを活用することで、会話が光ってくるのです。(060409)



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2022年08月16日

マナーとしての話し方5

 そろそろ、技術としてのマナーについてと思っておりましたが、予定を変えさせてください。まだ技術(論)には入れないのです。「技術が心をつくる」、それもまた真なり。そうも思うのですが、これまでマナーの技術(論)を優先する傾向にあった自分を少し反省している理由からです。どんなに技術を身につけても、本人が心から納得していなければ、それはどこかで「押し付けられている」「あるいは仕事だから仕方がない」と言う思いがあるような気がするのです。

 銀行ローンが少なかった頃、銀行の営業マンがよく来ました。数十年前、東京オフィスとして(本当に打ち合わせができる程度の小さな部屋です)都内にマンションの一室と、もう一つの物件を購入するために多額のローンを前後して組みました。それは当然かも知れませんが、以来、手のひらを返すような応対です。「人の金で商売をしているのが銀行なのに」と思っている人が多いのではないでしょうか。以前、我々の税金で救済されたことなど知らんぷりの銀行もあります。

 健康が何よりも優先する職業ですから、病院のお世話になることも頻繁な私です。日赤病院、県立・市立病院の研修実績がある私は、講義や講演の中では結構キツイことも言います。でも、患者として診察を受けるときは、借りてきた猫のようです。立派な先生もいらっしゃいますが、多くのドクターは“自分は偉い”と思っているようです。横柄な態度に腹が立つことがあります。でも文句が言えません。やはり、患者は弱者なのです。昔、『医者、ズバッ!』というテレビ番組を見ました。疑問・不安・不信に思ったら「先生、あなたのお母さんや身内が患者だったらどのような接し方・話し方・処置(対策)をしますか?」とドクターに質問すること。それが番組の結論でした。病院と友だちの私も「そのとおり!」と同感です。

 マナーの重要性や、良い接遇のあたり前なヒントもそのへんにあるような気がするのです。(060326)




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2022年07月25日

マナーとしての話し方4

 前回、『「ありがとう」は対等のコミュニケーションである』と述べさせていただきました。そのことへの理解がないと、発する言葉への抵抗感がつきまとい自然体にはなれません。

 私は、自治体の接遇(接客)研修を数多く依頼されます。研修の中で、ある場面を想定したロールプレィング(役割演技)を行います。私自らが住民役を演じ、職員の応対振りをチェックします。税金の分納相談に窓口を訪れた場面をイメージしてください。「すみません・・・○○税の分納の件でお聞きしたいのですが・・・」とカウンターの職員に声をかけます。「分納の件ですね、担当を呼んできます。少しお待ちください」「滞納税の分納の件ですか?担当は誰ですか?(誰と交渉しているかの意味)」前段の状況によって若干やりとりは違ってきますが、根本の応対は似たり寄ったりです。   言葉のていねい・粗雑さではなく、私には何かが物足らないのです。そう、『ありがとう』のひと言が欲しいのです。たとえ滞納税の分納相談にせよ、大切な納税のお客さまに変わりはないと思うのです。「そうでしたか・・・わざわざお越しいただきありがとうございます。」なぜそのひと言がスッと出ないのか、といつも不思議でなりません。年配(管理職も含めて)の職員などは、滞納者になぜお礼を言わなければいけないのか、と反論してくる人もいます。住民にお礼など言う必要がない、と考えている職員もまだいます。そんな時、「哲学が違いますから議論するだけムダです」と私は相手にしません。

 かなり昔の話になりますが、簡単な手術を受けました。2週間弱、入院しました。入院中の数日間で、1年分の『ありがとう』を言ったような気がします。支えられて生きている自分を強く感じました。“持ちつ持たれつ”それが人生ではないでしょうか!(060312)




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2022年07月12日

マナーとしての話し方3

 今回は、『ありがとうの真の意味』を考えてみたいと思います。恥ずかしながら、答えらしきものを見つけることに時間がかかりました。もしかしたら、まだ見つけたとは言い難いかも知れません。

 サラリーマン時代、営業職を経験しました。ひたすらお客さまに「ありがとう」と頭を下げてきました。その後、同じ会社でバイヤー(購買担当)を経験しました。今度は逆に、多くの営業マンに頭を下げられる立場になりました。やがて転職して、研修講師になりました。バブルの頃、研修講師は破格の報酬を受けながら、お客さまに「ありがとう」と言われていました。自治体などは、少ない予算の中で講師を確保するのに大変な苦労をしていたのです。バブルが弾け、形勢が逆転しました。今度は(本来お客さまである)研修担当者が、ようやく「ありがとう」と講師からお礼を言われるようになりました。いま、仕事にあぶれた講師が懸命に研修担当者に頭を下げています。過去の経緯を知らない研修担当者は、必要以上に頭を高くしている人もいます。

 このように、『ありがとう』の価値や重みは、やはり需要と供給のバランスで決まるものなのでしょうか!?ビジネスでは、やむを得ない面もありましょう。でも、マナーとしての『ありがとう』は違うような気がするのです。それはGive&Giveでもなく、Take&Takeでもなく、Give&Takeの関係での『ありがとう』でなければならないと思うのです。ビジネスもまたそうでなければならないような気がするのです。『ありがとう』のコミュニケーションは、上下の関係ではなく、対等(パートナー)としてのコミュニケーションでなければならないと思うこの頃です。(060226)



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2022年06月26日

マナーとしての話し方2

 『ちょっとしたひと言を言うか、言わぬかが、その人その家の幸・不幸のわかれ路になることは案外多い。ひと言の言葉は5秒とかからぬのだ。口に税金はかからない。』(三浦綾子氏・愛すること信じることより)その言葉を目にした時、私の心に衝撃が走りました。

 コミュニケーション学を学び、その講師として広く啓発運動に取り組んできた自分に、それは大きなショックとなるひと言だったのです。二昔前、妻が言いました。「あなたを含め、多くの話し方の先生は偽善者だ!」と。当時の私には、妻のひと言を真っ向から否定するだけの自信はありませんでした。なぜなら、『話し方の先生が、話し方にいい加減』。そのことは私を含めた多くの講師が、見て見ぬ振りをしてきた事実なのです。(反論があるかも知れませんが・・・)

 『言行一致』、それがマナーや接客(接遇)の講師に突きつけられる条件なのです。しかし、その道のプロは、そのことを誤魔化して見せることもできるプロでもあるのです。

 話し方を、自分との戦いの場にするか、ビジネスの金儲けの場とするか、それは、せめぎあいを迫られる過酷な世界なのです。

 本ものか偽物か、その真価をかけた配信となります。とくと、高橋流『マナーとしての話し方』にお付き合いください。これは、亡き恩師の遺言である『哲学としての話し方』への厳しい挑戦なのです。(060212)


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2022年06月13日

マナーとしての話し方1

 啓発的な教育や研修のキーワード(理念やスキルなど)を、どんどん絞り込み、突き詰めて考えていくと意外なことに驚きます。なんとそれらのキーワードは小学生で教わるようなことに落ちつくのです。「きちんとあいさつをしましょう」「ハイ、と返事をしましょう」「他の人に迷惑をかけないようにしましょう」「お世話になったらお礼をいいましょう」「約束は守りましょう」「相手のことを思いやりましょう」などのように・・・

 マナーは次のように考えると理解しやすい
Manners⇒The way of Speaking or Acting
            (方法・手段) (話している)   (行動している)


 このように考えると、マナーの意義(重要性)も見えてきます。
(1)単なる礼儀作法としてとらえるのではなく、自分と周りの人が快適に生きていくための方法論(手段)である。賢人はそのことをよく知っている。(2)自分がされて嫌なことは他人にもしない。それがマナーの出発点である。(3)「マナーが人柄をつくり、人柄がマナーをつくる」という言葉がある。人間的な成長にも不可欠な能力の一つである。のように捉えると、話し方の重要性や能力の重みが分かってきます。   


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2022年05月31日

論理的に話す3

 転入先の自治体のサービスが、以前に住んでいた自治体より良ければ、住民は文句を言いません。しかし、その逆でしたら文句(苦情)を言われます。当然のことです。「そんなことを私に言われても困ります!」と腹の中で思う前に、あたり前のことと自覚して対処の話法を身につけたほうが賢明です。この類の苦情事例は、至る所にあるはずです。図書館での貸し出し条件、乗物の無料パスの支給、乳幼児医療助成金制度、在宅介護者への紙おむつの支給など、たくさんの事例が身近にあります。

 「税金は同じように払っているのに、なんでこの市(町村)は、前に住んでいた所のようなサービスをやっていないの!!」こんなふうに責め(攻め)られたらどうしますか。「そのようなきまりになっていますので・・・」つい言いたくなるセリフでしょう。でも待ってください。それでは住民が納得するはずがありません。自治体側は、論理的に反論して(喧嘩することではありません。理に適った話法で筋をとおすことです。)住民を説得しなければなりません。「せっかく転入していただきましたのに、ご不便をおかけしまして申し訳ありません」、とっさにこの程度のことが言えないようではお話になりません。まず肯定、それから反論するのです。この手順は、とても重要です。「お気持ちは分かりますが、こんなふうに考えてはいただけないでしょうか?」と水を向けてみるのです。そう言われると、人は不思議に聞きたくなるものです。「どんなふうに考えろ、と言うの?」と訊ねてきます。これで言われる立場から、言う立場に形勢が逆転します。このあとどうでるか、ここから論理的な話し方が問われるのです。“あなただったらどうしますか?”(051225)

 



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2022年05月22日

論理的に話す2

 街角の電柱に看板が括り付けられているのを目にしたことがあると思います。これらを捨て看板と呼びます。本来は、看板を掲げるのに許可を得る必要があります。そして、掲示期間が過ぎたら速やかに撤去しなければなりません。しかし、現実は無許可の掲示がほとんどで撤去もしないで野ざらしのケースが結構あります。このような看板を自治体の職員が撤去しています。

 偶然、その現場を見た住民が「なぜ、役所の職員がそんな撤去作業をしているの?おかしいじゃないの!税金のムダ使い!」と詰問されました。こんなとき、あなただったらどのような対応をしますか?「上からの指示ですから・・・」そんな対応では住民の納得は得られません。

 このような時こそ、論理的な発言が求められるのです。議論が不得手な日本人は、まず相手の言い分を肯定しなければなりません。「おっしゃるとおりです」「ご指摘はごもっともです」このようなトークが不可欠です。しかし、言い分もしっかりと伝えなければ、お互いの不満は解消しません。肯定したあとに論理的に話す、現代人の必須能力です。「ご指摘はごもっともですが、撤去せざるを得ない理由が三つあります」そのようなトークで理解を求める必要があります。「三つある」と言われれば、その内容を聞きたくなるのが人の常です。このような態勢をつくっておいてから、その理由を簡潔明瞭に話すのです。(既配信参照)1.ケガの防止(括っている針金が子どもの目に当たって大怪我したら大変です)2.青少年の健全育成(風俗の看板は確かによくありません)3.環境や観光の美化(観光都市などはイメージダウンになります)などの視点から説明責任を果たし理解を得ることが重要です。

 論理的に話すとは、そう言ったことなのです。次回も事例で考えてみましょう!(051211)




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2022年05月11日

論理的に話す1

 論理的とは、理詰めであること、首尾一貫していること、矛盾がないこと、科学的であること、などど言い換えることができます。ここでは、思考のツール(帰納法、演繹法、ロジックツリーなど)などの理論については触れないこととします。日常のビジネスの中で、論理的な表現が問われる場面を取り上げ、実践で考えたいと思います。

 視点を変えて観る、そのことが論理力を高める上で大切なのだと思います。私の配信記事の読者は、多くが自治体の職員です。行政は法律や規則によって運営されます。しかし、一方的に「規則ですから」的な発言では、相手の理解や納得は得られません。『なぜ』を明確にしながら、理詰めで交渉・説得に臨まなければならない場面は意外と多いのです。実例をとおして次回から具体的に考えてまいります。(051127)



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