標準OASIS学

UKロックバンド、OASISのニュース記事翻訳、インタビュー、ヒストリーなど

近況報告について

皆さま、ご閲覧ありがとうございます。村上です。
2010年にbambiniさんからこのブログを引き継いで10年になりますので、近況の報告をしたいと思います。

まず、このブログにおきましては更新の予定はありません。しかしながら、毎日一定のアクセス数があり、好ましく感じています。ありがとうございます。

村上の近況は、2018年文学賞に、2021年とある文学賞に原稿用紙200枚程度の作品を投稿致しました。精神の病も良くなってきていて(近年の薬の開発による)、日常生活は無事送ることができています。

Oasisは最盛期に比べるとあまり聴かなくなり、邦楽の女性アーティストをよく聴きます。YUKIなどです。それでも2012年のフジロックやノエルのライブには参加しました。

インターネットで人と交流することはなく、日々を淡々と送っています。

10数年前の日々は懐かしくも、鮮やかです。それはOasisが青春を彩ったバンドだからです。皆様にとってのOasisが、皆様のバンドとして、そのいろどりの一助となっていれば幸いです。

それでは、引き続き記事をご閲覧ください。いつもありがとうございます。


第9話「オアシスVSブラー」 -Ghallagher's History


1995年と言えば、オアシスとブラーが最も火花を散らした年である。
オアシスの代表作である「(What's The Story)Morning Glory?」からのシングルカット
「Roll With It」が1995年8月15日発売が決定されると、ブラーサイドも動き8月28日発売予定であった「Country House」を同日8月15日に変更してきたのであった。
マスコミはおもしろおかしくかき立て、国中を巻き込んでの騒動になった。
ブリッドポップ戦争、それはすなわち労働者階級と中産階級の対立をも孕んでいたものであった。
一週間のセールスカウントはオアシス21万枚に対して、ブラーは27万枚だった。
この数字には裏があって、ブラー側は「Country House」のシングルを2種類リリースしており、それが足し算してカウントされていたのだ。
また、オアシス側のシングルカウントには何万枚という数のバーコードにミスがあって票に入らなかった。
更にブラー側は追い打ちをかけるかのように、オアシスと同じ日にコンサートを行うと発表したりと、二つのバンドの確執は深まるばかりだった。
この件に関しては、オアシスは1日予定をずらすという方法で対処したのであった。

シングル対決で負けてイライラしていたノエルは悪態を連発してしまう。
「ブラーが俺たちの歌詞を盗んだって不思議はない。
だけど、俺たちがあいつらの歌詞を盗むのは不可能だね。
あのくだらないクソのような歌詞をいったいどうしようって言うんだ」
あげくの果てには「ブラーのデーモンとアレックスはエイズにかかって死ねばいい」とまで言ってしまい、それにはマスコミも大バッシングを浴びせる結果となった。
最終的にはノエルが謝罪することで事なきをえた。

そして1995年10月10日、「(What's The Story)Morning Glory?」が発売されるとオアシスは一挙にブレークし、最終的には全世界で1800万枚を売り上げるというモンスターセールスを記録に残した。しかし、このアルバムに対して最初はメディアは批判的だった。
オアシスは終わったであるとか、ノエルは才能を使い果たしてしまったとかそういったレビューが多かったのだ。
しかし、90年代を代表する作品として今も売れ続けるのであった。
現代のビートルズ、そういう形容がついて回るようになり、やがて
あの伝説のネブワースパークへとオアシスは突き進んでいく。

標準OASIS学の今後について

bambiniさんが多忙により身を引くことになりました。
代わって、「OASIS ALL OVER」の村上りあが管理人となり、ブログを続行することになりました。
しかしながら、まだ精神科へ入院中でして、本格復帰は退院後になります。
ではでは、短いながらお知らせでした。
記事検索
プロフィール

Murakami Lia

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ