STAP幹細胞の正体であったES細胞_それは京都大学の研究員、大田浩博士が作製したFES1と2から作られていた。

 日経サイエンスによると、その細胞は山梨大学・若山研究室に保存されていたという。
しかし、理研の報告書には「大田博士が理研・若山研で2005年に作製し、2010年に京都大学へ全て持ち去った」とある。

 若山照彦博士が理研から研究室を引越させる時に交わした「試料提携契約書(MTA)」にも作成者大田博士の細胞、2005年作製の細胞の記載はなかった。「全て理研から持ち去った」のであるから、若山研究室に保存されるのはどうしてなのか。


 「FES1と2」の移動経路について、若山研究室に二度、問い合わせたところ「京大、大田博士から取り寄せた」という回答があり、大田博士からも「2014年6月に若山研究室に冷凍状態で送った」との回答を得た。

 日経サイエンスのWeb記事2014年12月25日によると、若山博士はSTAP幹細胞と当時保存していたES細胞を解析の為に研究機関に送った、とある。

 引用ここから〜『若山氏はSTAP幹細胞と,当時研究室で保存していたES細胞を,東大グループと東北大などのチームにそれぞれ提供。両チームはこれらの細胞の全ゲノムの塩基配列を決定し,細胞によって配列が違う,いわば「個体差」を表す部分を特定した。』引用終わり。

 若山博士は2014年6月16日に山梨大学で記者会見を開き、第三者機関の解析結果を発表した。
この時、小保方博士から受け取ったSTAP細胞は若山研究室にいないマウスから作られていた、SATP細胞の存在が揺らいだと訴えた。しかし、のちにこれは撤回された。

 日経サイエンスはSTAP幹細胞は「FES1と2から作られていた」としているが、ではなぜ、それが存在していたのか、どこから来たのか、誰が運んだのか。何故若山研究室にあるのか。謎を解くエビデンスを出していない。
すべて若山博士周辺の「聞き取り調査」に終始した。

 大田博士はメールで「FES1と2は2014年6月に冷凍状態で若山研究室に送った」と回答した。
「FES1」は2005年に作成され、2010年に京大へ送られた。全て。

 STAP幹細胞の「元」だった、とする「FES1と2」は 2014年6月に突然都合よく現れる。
しかも若山研究室のグループ内で非公式に送られた物だ。

 
 日経サイエンスは何故「FES1と2」の「移動経路」を調べず、いつも必ず若山研究室側の視点でSTAP幹細胞の解析をドラマ仕立てで報じている。

 FES1と2を追って解った事_それは若山研究室員グループから提出された細胞が若山研究室に入りそれを解析して発表するのも若山博士。近親者のアリバイは証拠として採用されない場合が多い。
科学的実証としては非常に信用価値のないものだ。

 しかしそれを素直にそのまま記事にする日経サイエンス。若山博士、遠藤博士の公表を微塵も疑わない。裏取りもしない。検証や疑義を挟んで報道しない。むしろ、若山研究室の機関誌のようでもある。

 公平かつ中立性を科学雑誌に求める事はことSTAP細胞事件においては難しい。
日経サイエンスの報道を元に、ネットメディアが記事を書くヒエラルキーの構造を考えると、STAP細胞の報道の不可解な偏向報道の構図の一端が見えて来る。



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