有志の方が「幹細胞スキャンダル」として小保方さんの事件を扱った「ニューヨーカー」の記事を一部翻訳して下さいました。原稿は早くに頂いていたのですが、管理人の都合により掲載が遅れました事をお詫び致します。

 尚、訳者の意向により、全文翻訳掲載は控え、「有志の会」にとって、貴重な資料となる部分を紹介させて頂きます。(青い文字が翻訳部分です)少しずつ、管理人の感想を入れて行きますので、皆さんもどうか掲示板で活発な議論をお願いします。

原文はこちら。

http://www.newyorker.com/magazine/2016/02/29/the-stem-cell-scandal


 ~STAP細胞事件の始まり~その起点は何か~

 「STAP論文が発表されて2週間後に、理研は予備調査を開始した。当初、若山博士は、彼自らもSTAP細胞を作ったと主張し、小保方氏を守った。しかし、調査が本格化すると突然主張を撤回し、小保方が彼を騙した可能性があると示唆した。」

 これは当初は若山博士は「私もSTAP細胞を作りました。ES細胞より簡単に樹立出来る」などと話して、STAP細胞の存在への疑義を否定していました。2014年の2月27日くらいまで。
後に小保方バッシング側へ廻る研究者達も、この日までは「若山氏はインタビュアーにSTAPは間違いなく出来ると話している」などとTwitterで好意的に発言していたのです。

https://mobile.twitter.com/yoshiyuki_seki/status/439258548317323265?p=v

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 しかし若山博士が3月10日に論文撤回を共著者達に呼びかけてから一斉に「STAPはない。小保方がES細胞でねつ造した」と言う論調に変わったのです。
そして、若山博士は「小保方氏がポケットにマウスを入れて持ち込んだ」とその仕草まで見せて、小保方さんにより、「実験物のすり替えが」行われたかのように記者会見で述べました。つまり、「小保方氏に騙された」とこの記者会見で訴え、それは一斉にマスメディアによって事実検証される事無く、拡散されたのでした。

 
~犯罪者への拷問のような再現実験~監視カメラは何の為?~


 「調査委員会の命令により、小保方氏は数か月間にわたり、24時間ビデオ監視のもとで研究データの再現を試みた。再現実験を行った部屋で彼女が筆者に語ったところでは、壁の小さな釘穴すら塞がれた。「理研は私を犯罪者のように取り扱い始めました」。」

 
まさか、この小保方さんの再現実験ビデオ、海外に流出してるとかないでしょうね。
このビデオの取り扱い、どうなっているんでしょうか。


 「彼女はこう振り返る。「ポケットのない服を着用することを強いられ、そのうえ監視要員に毎日エプロンをつけられました。エプロンはとても重く、鉛製の囚人服のようでした。試薬ビンを自由に手に取ることすら困難でした。また、私が再作製したSTAP細胞を自分で分析することは許されませんでした。そのため、自分の実験がうまくいっているのかどうかを知ることさえできませんでした。私ができたのは、毎日何度も何度も同じ作業を繰り返すことだけでした」。」

 これは想定外の酷い実験環境です。「彼女にやり易いように環境を整えた」のではなく「彼女を苦しめるために環境を整えた」と言っていいでしょう。人道上問題大有りです。

 「満足できる結果が出ないまま数か月が経過し、彼女は健康を害した。日本のマスコミは容赦なかった。あるときバカンティが彼女を病院に見舞った。彼女はうつ病の治療を受けていたのだが、バカンティはワゴン車に乗って追跡するレポーターの一群をかわすために特別な手筈を整えなければならなかった。」


 「 2014年7月、論文は取り下げられた。その1か月後、笹井は首を吊って自殺した。小保方は打ちのめされた様子だった。小島が筆者に語ったところでは、「晴子は涙を流しながら、こう言いました。『笹井先生の奥さんと家族、子供たちは私を憎んでいます』」。小保方は笹井にことのほかかわいがられていたが、告別式には参列しなかった。その後間もなく理研は再現実験が失敗したと発表した。小保方は辞職し、公の場から姿を消した。」

 
小保方さんは笹井博士のご遺族の事を気にかけているのですね。でもこの研究に笹井博士を引き込んだのは若山博士です。

  「昨年9月、『ネイチャー』はSTAPに関するデイリーの論文を掲載した。同論文では、7つの研究室が小保方とその共同研究者の主張を検証したが、再現に成功しなかった。デイリーの分析では、データに重大な欠陥があると指摘されている。STAPプロセスが起こった証拠の基本的な断片の1つは、変化した細胞から発せられた緑色の光だった。緑色のフィルターを通して見た場合にのみこの特徴的な光ははっきりと見える、という点で研究者は合意する。しかし、デイリーとその共同研究者は、光が赤色のフィルターでも緑色のフィルターでも見えたことに言及している。これは自家蛍光のしるしである。また、論文は、若山のマウスから得られた元の細胞はメスであったが、STAP細胞はオスであり、「明白な不一致」であることに言及している。同じ号に掲載され理研チームの論文は、STAP細胞由来とされていたキメラについての、たとえ意気消沈させるものであったとしても、適切な説明を与える。それは、ゲノム解析によると、注入された細胞は実際にはES細胞を含む混合物であった、というものだった。」

 マウスの胚に注入された細胞が「実際にはES細胞を含む混合物であった」のなら、その注入した人物がねつ造犯になると思うのですが違いますか。

 「これらは科学論文であったため、著者は誰に責任があるかについての推測まではしていない。しかし、会話のなかでは、デイリーの共著者の1人であるルドルフ・イェーニッシュは何の制約も感じていなかった。イェーニッシュは筆者に語った。「明らかに、小保方が若山に細胞の混合物を渡しました。若山は小保方を信じ、それを注入しました。すると、若山は、ES細胞を注入した場合に期待できるものそのものである、美しいキメラを得ました」。」

 R・イェーニッシュという人が「小保方が若山に混合物を渡した」と言い切っていますが、その根拠は?そのような細胞の合成技術を小保方氏は持ち合わせているのでしょうか?

 また、その「細胞混合物」を使って若山博士が気がつかずに「美しいキメラマウス」を作れたのでしょうか?むしろ、それで「細胞の合成物でキメラが作れるよ!」と渡した方が良かったのでは?そのような「美しいキメラマウス」を作れる細胞を合成する技術があるのなら、彼女はそれで論文を書き一人で特許を取るべきだったのではと思いますが、皆さんは如何お考えですか?

 どちらにしろ、この証言を信じるなら、小保方氏は「万能細胞の合成物を作れる天才細胞工学者」という事になりますが。

 管理人が気になるのは海外の研究者も証拠も無く「小保方が細胞の混合物を若山に渡し、STAPの実験をしていた」と噂を流している事です。科学者として、それはどうなんでしょうか?
細胞の合成物を作り、それをES細胞の権威に渡して「美しいキメラ」を作る事は可能なのでしょうか?


「筆者への手紙のなかで、小保方は自身がスケープゴートにされたと主張する。「日本の全マスコミが、『若山博士が被害者であり、小保方が疑う余地のない悪党である』と報じ、そう結論づけました。ほとんどの人がそのストーリーを信じています。なぜかというと、これが日本人にとってもっとも簡単で、もっとも面白く、もっとも楽しめるストーリーだからです」。彼女は細胞生物学の権威である若山を騙すことは不可能だったろうと示唆する。あるいは、偽の試料を作製するために、人に頼らずに材料を集めることは不可能だったろう、とすら示唆する。手紙には、「私には若山博士の研究室以外からいかなる細胞も得る手立てはありませんでした。実験はすべて若山博士の監督下でなされました。マウスと細胞はすべて若山博士の管理下にありました」と書かれている。」


 小保方さんが若山研究室外から細胞や実験物を手に入れる事は不可能だったとする証言は、理研の調査最終報告書で「全て若山研究室に居たマウスから作られた細胞だった」事は確認できます。
なので、彼女はここでも嘘はついていないのです。彼女がこの「ニューヨーカー」の記者に送った手紙に書いてある事は真実です。

 責任をめぐる議論は続いている。若山は小保方の発言にコメントしようとしないし、小保方の書籍に反応してもいない。書籍が出版されて後、若山が現在勤務している山梨大学のスポークスパーソンは、「この件についてコメントしない、という内容のプレスリリースすら出しません」と言明した。しかし、以前の新聞のインタビューで若山は、小保方がCDBにマウスをこっそり持ち込んだ可能性をほのめかしている。彼は、研究所は「科学者が何かを自分のポケットにしのばせて持ち込むのを防げません」と語っている。先週ジャパンタイムズは、小保方が最近、彼女がCDBの研究室からES細胞を盗んだという、以前に理研に所属していた別の研究者による告発にもとづく警察の事情聴取に応じたと報道した。小保方の弁護士は、告発は「著しく事実に反する」と述べている。

  筆者が話を聞いた研究者たちは可能性について延々と語ったが、まるでクルーゲームの科学版のようだった。しかし、徹底的な調査が複数なされた後でも、誰に責任があるかについての決定的な証拠は出ていない。1年あまり前に発表された理研の最終報告書は、研究試料がES細胞に汚染された可能性がきわめて高いと言及している。しかし、事件の全体的な道筋は示さなかった。同報告書の調査結果は、小保方の記録保持のずさんさと指導者の監督のいい加減さを示している。論文の図や画像の裏付けとなる元のデータが存在しない事例や、実験が行われた証拠がまったく存在しない事例が見られた。しかし、同報告書はCDBの壁をはるかに越えて関係するシステミックな問題もほのめかしている。「疑問点があるときにそれを追求できなかったというこれらの事態は、論文発表を急がなければならないという切迫感に起因していた可能性があると考えざるを得ない」と報告書は語っている。「責任ある公正な研究の評価基準は、発表された論文のインパクトファクターや研究資金の額ではなく、あるいは、ノーベル賞の数ですらなく、自然の神秘を解明する喜びと社会に貢献するという思いである」。

  STAP事件の余波で、理研はCDBの予算を40パーセントカットし、多くの研究室を閉鎖した。「STAP発表の問題はわき腹に刺さった矢のように科学界に突き刺さった。理研はその矢を抜き取ることはできるが、傷を癒やし、健康を回復するためには、科学界全体の集団的な努力が必要になるだろう」と理研の報告書は結論づけている。

  しばらく前に、早稲田大学は小保方の博士号を剥奪した。ボストン時代の知人で今でも彼女が連絡をとっている数少ない1人が、現在は医学生になっているジェイソン・ロスである。小保方は自分の居場所についてはけっして明かさず、彼の電子メールに返信するときはたいてい、「私のことを思いやってくれてありがとう。愛をこめて。晴子」という通りいっぺんの文面である。筆者に対して、彼女は日本社会のものごとを赦さない体質を嘆いた。「失敗したら2度目のチャンスはありません。私は社会的に抹殺され、未来は消え去ってしまいました」。彼女は論文の準備でミスを犯したことは認めるが、自身の名誉と意図は守ろうとする。「自分の科学者としての未熟さを恥じています。私は人間社会の発展に寄与する科学者になることを夢見ていたのです」。そして、「私の博士号は剥奪されましたが、今でも毎晩、実験室で研究している夢を見ます」と付け加えた。

 7月の終わりに、バカンティは筆者をボストンに招待してくれた。STAPをめぐるきまりの悪さから、バカンティは科長の地位を離れてサバティカル休暇をとり、間もなくその地位を辞することになっていた。彼の研究室は最終的には資金を使い果たし、閉鎖されるだろう。しかし、STAPの基本原理に対するバカンティの信念は揺るがない。「私は、あれは正しいという絶対的な確信を抱いたまま、墓に入っていくことになるだろう」と語った。

 その信念にもかかわらず、バカンティはやつれて見えた。彼の白髪は短く刈り込まれた無精ひげのようで、半袖シャツにカーキズボン姿だった。バカンティはその数週間前に負荷試験を受けていた。「心労から来る胸の痛みを狭心症から来る胸痛と鑑別するのは困難です」。(彼は1996年にトリプルバイパス手術を受けている。) バカンティは発表されたプロトコルがあまりに貧弱で、示唆内容があまりに大雑把であるように響いたことを後悔する。「論文のポイントは、任意の過酷な亜致死性のストレスを与えると、これは言ってみれば、70パーセントか80パーセントの細胞を殺せる程度の致死性ということですが、生き残った細胞が変化するということでした。そのことが、『酸処理は変化を引き起こす』のように響いてしまいました。しかし、ポイントは、過酷な環境は通常の損傷や創傷の治癒の際に見られる化学的環境を模倣するはずであるということでした」と語る。

 論文取り下げ後の1年に、バカンティと小島は手技を微調整した。メディアに対して小さな調整を行い、論文発表時に示した塩酸に代わり、同じく細胞を刺激する、当初の化学刺激剤ATPに戻っていった。彼らは数か月間、多能性を示唆する最初の重要なステップである、奇形腫を作ろうと試みた。

  今回、その結果を確認するためにバカンティの研究室に赴いた。バカンティは楽観的ではなかった。彼が語ったところでは、筆者の到着前に、小島と弟のマーティンとの緊急の電話会議を開いた。「私は、『これこそが本物であると証明する何かを用意する必要がある。そうしないと、私たちは本物の馬鹿に見えてしまうだろう』と言いました」。バカンティによると、ほんの数日前にあることが起こった。この数か月間で最高の見栄えの球状物を確認した。検査ではES細胞マーカーのOct4とNanogの陽性反応が出、機械計算で自家蛍光の変動範囲内のものではないことが示された。バカンティは球状物をバラバラに壊し、その細胞を神経細胞の成長を促す培地に植えた。新計画ではそれをネスチンという蛋白質で試験する。彼によると、それによって、成熟した皮膚細胞が神経幹細胞に変化することが示されるだろう。根っこまで下りていき、別の枝を登っていくことになる。

  芸術家の共同研究者が来て、子孫のDNAと実際の付属器官の型をもとに作る、ファン・ゴッホの耳のレプリカに取り組む日は別にして、バカンティの研究室は大部分が人けがなかった。信念の固い小島は机に向かっていた。オフィスの外壁には細胞の発生経路を図表化したポスターが貼られていた。その中央、もっとも強力な細胞の上に、小保方時代の研究者が貼りつけた「STAP」の記号があった。研究室には「晴子」の名前が記されたピペットキャリブレーターが数個散見された。

  小柄で寡黙な小島は、私を見上げ、「こんにちは」というより先に「素晴らしいデータです」と語った。ネスチン量は、彼が前回確認したときの50倍から60倍あった。「よし!」バカンティは声をあげ、飛び跳ねて喜んだ。

 「これはたったの1試料です」と小島は語った。

 「そんなこと問題ではない」。バカンティは勢いよく答えた。「私には1つで十分だ」。

  この研究の進展に伴い、彼らは小保方以前の2008年にまですっかり戻った。しかし、バカンティは依然として嬉しい知らせを得ている。弟に電話した後で、ワイン付きの昼食をとることに決めた。小島がやって来て、バカンティは彼に陽気に騒げと強く勧めていた。「私は興奮しています」。小島は語った。「しかし、正しいデータが必要です。さもないと」。彼は手で眼の前の空間を勢いよく横に切り裂いた。

  バカンティは素晴らしい1日を台無しにしてしまうことに気が進まなかったが、最後にはそれ以上放っておけなくなって、奇形腫のスライドを見に行った。研究室に戻り、顕微鏡の前に座って長時間覗きこんでいた。筆者はチラッと盗み見た。17世紀のベネチアの書籍の見返しのような、ピンク色の泡や大理石模様の渦巻きが見えた。しばらくしてバカンティは、細胞は新たな組織の形成に失敗したと結論づけた。はっきりと現れた唯一の組織は、明らかに宿主マウス由来だった。何か月にもわたる研究で、多能性の証拠は見つかっていない。しかし、バカンティはその悩ましい思考に長くとどまらなかった。「宏司、私が何を考えているかわかるか?」バカンティが語りかけた。「私たちにはOct4がある。Nanogがある。ネスチンがある。別のテストはもう行わないようにしよう。それらは誰か別の人の問題にしてしまおう!」

  STAP論文は、良くて取り返しがつかない、最悪の場合には良心に反する、欠陥によって敗北した。そのアイデアを追跡するのは、いかに興味をそそられることであっても、科学的、専門的には愚行かもしれない。しかし、ここに基本的な生物学上の謎が残る。2000年代初頭、ウォルターリード病院のスタッフは、イラクとアフガニスタンでの戦争から戻ってきた負傷者に見られる奇妙な現象に気づくようになった。もっとも重いクラスの負傷の多くは、IED、手榴弾、その他の爆弾の爆発によるものだった。それらの負傷のうち60パーセントから70パーセントが異所性骨化を示した。創傷には、本来は属していなかった軟組織で成長する骨が見られた。「誰もが、うわっ、これは何が起こっているのか、と思いました」。陸軍の手の専門外科医であるレオン・ネスティが筆者に述べた。「これは奇妙です」。

  ネスティは、はぐれて成長する骨をもつ患者の組織で、通常予想される数のおよそ2000倍もの個数の幹細胞を見出した。それらの細胞は局所に起源をもつようだった。ネスティは、それらの細胞は損傷によって誘発されたと推測した。「外傷に含まれる何かがそれらの可塑性を高めたと私は思います」と筆者に語った。しかし、なかなか消えそうにないSTAP事件の汚名のために、野心的な問いを提起するのはより困難になった。「中核的な科学者のグループに、『やあ、私はSTAP細胞は真実だと思う。その研究を始めるつもりだ』と言いでもしたら、彼らは私のことを笑うでしょう」とネスティは語った。ネスティはそれらの細胞がES細胞に似た能力をもつことを示すことに自らの研究の焦点を合わせるのではなく、それらの細胞が、より論争の少ない、再生能力をもつことを示すことを試みている。それらの細胞は新たな骨に成長しようとしている可能性がある。

  科学の進歩には大胆なアイデアが必要である。小さな問題に対して、忍耐強くコツコツと進める作業も必要である。科学者は手探りをして前方に進んでいく。その際、間違ったスタートをし、行き止まりにぶち当たり、跳ね上げ戸から落下し、その間常に、洞察をラディカルに受け入れる姿勢と、情け容赦なく懐疑する姿勢との双方を保とうと悪戦苦闘する。バカンティは基本的な細胞能力についての遠大で煽情的な臆測によって、麻酔学から出てよろめきながら幹細胞研究へと向かった。小保方によって磨きをかけられたその見解は、日本でもっとも権威のある生物学者の何人かを誘惑し、笹井のケースでは、そのうちの1人を破壊した。しかし、多くの人が筆者に語ったように、すべてが悲劇的で遺憾だったにもかかわらず、科学的なプロセスが機能した。過誤は敗走し、今や科学が前進できる。デイリーはこれを、彼の分野での熱狂的で投機的なカルチャーに対する、気を引き締める矯正手段と見なした。筆者への手紙でこう述べている。「幹細胞学者はおそらく、自身の研究にもっと慎重になるでしょうし、他者の研究にもっと懐疑的になるでしょう。これは科学にとって健康的なことです」。

  筆者は1年前に、酸による刺激ではなく、機械的なストレスに注目して、STAPを再現しようとしていた、ヘルシンキの発生生物学者フレデリック・マイコンと話をした。彼はスキャンダルの絶頂期に一見有望な予備的結果をいくつか出すことができたが、厄介な風潮のなかで、慎重に実験を進めた。マイコンとその研究スタッフは、彼らの手技をSIPと呼ぶ。SIP、すなわち、ストレス誘発性可塑性とは、細胞が、本来あるべき状態とは別のものになり、しかも、さらに他の何らかの状態になろうとしているわけではない事態を示唆する名前である。マイコンは、発表を望むようになるまでに最低50回は実験を繰り返す必要があると感じている、と筆者に語った。

  研究の進展具合を確認するために最近電話をかけてみたが、マイコンはSIPの研究を停止したと述べた。うまくいくときもあれば、そうでないときもあり、この方法では決定的な結果を得るのが困難だった。そして、そのような不確実な道を歩むのは資金面で負担が大きすぎた。プラスの側面では、今では彼の知見を同僚と議論しやすくなったことがわかった。「話をした人はおおむね、何か興味深いものがあることを認めます」とマイコンは述べた。「この細胞は、ストレスを与えられて、自らのアイデンティティを失い、本来あるべき状態ではない何かになり始めています」。マイコンはSTAP事案の残骸から、身体がどのように自己を治癒するかの問いに関する、より穏当で思慮に富んだ研究のインスピレーションを得る可能性を思い描いている。「STAPでは、人々は文字『P』、つまり多能性に、本当にうんざりしましたが、文字『S』、つまり刺激が、1番興味深いのです」と述べた。 了


翻訳:ゲノム名無しさん。  有り難うございました。
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