STAP細胞問題の過熱報道では、BPOによって人権侵害を認定されたNHKと並んでメディアスクラムの先陣争いをしていたのが毎日新聞でした。NHKとのスクープ合戦に明け暮れた毎日新聞記者の須田桃子氏は「捏造の科学者」という本を文芸春秋社から出版し、文芸春秋社が主催する大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています(※1)。小保方晴子氏が「あの日」の中で証言していることと矛盾する内容が多々存在していて、須田氏が取材した関係者証言などを詳しく調べ直す必要のある本です。
ところで、NHKに対する今回のBPO勧告に関して、一部で「報道が萎縮する」という的外れな議論が行われていましたが、なんと毎日新聞の記者が堂々とNHKの対応を擁護する記事を書いていました。
「記者の目 BPO、Nスペに「人権侵害」=須藤唯哉(東京学芸部)」
http://mainichi.jp/articles/20170316/ddm/005/070/011000c
『同委員会は15年8月に審理入りを決め、両者へのヒアリングや19回にも及ぶ審理など、約1年半もの時間を費やして意見書を作成。今年2月10日に公表し、小保方氏に対する名誉毀損の人権侵害があったと結論付けた。一方で意見書には、2人の委員による少数意見が付された。いずれも名誉毀損は認められないという、委員会とは異なる意見だった。』
須藤記者もNHK同様「ふたりの少数意見」があったことを強調していますが、記者会見での説明を受けても、このような記事を書いてしまうのは、記者としての資質に疑問を感じてしまいます。
BPO勧告に関する記者会見の内容がこちらにあります。
http://www.bpo.gr.jp/?p=9005&meta_key=2016
*質疑応答より抜粋
『疑惑を提示するなら「疑惑を提示する」と言って、その疑惑を持つにはこういう裏づけ事実があると言えば人権侵害にならない。けれど、この作りで提示された事実については裏づけ事実はない、という構成だ。』
(質問)
つまり元留学生が作ったES細胞があたかもアクロシンGFPが入ったES細胞であったかのように、見た人が誤解してしまうところがいけないのか。
(坂井委員長)
正確に見たら元留学生のES細胞にアクロシンGFPが入っていたのかどうかということを考えなければわからないという理屈はある。しかし、あの番組を普通の人が見る場合、アクロシンGFPの説明の部分で印象に残るのはES細胞混入疑惑なので、その後に元留学生の作製したES細胞というのが出てくると、こっちにはアクロシンGFPが入っていないから関係ないとは思わないのではないか。
(市川委員長代行)
それは、少数意見の私も同じで、STAP細胞がES細胞に由来しているのではないかという疑惑があるという所まで映像が進んで、次に若干の映像は入るが、元留学生のES細胞があったという映像がでると、それはやはりSTAP細胞が元留学生のES細胞に由来すると、当然繋がって理解されるだろう。
もしそういう意図が無いのであれば、そこはきちっと切り分けて、そういう印象を与えるような映像にはすべきではなかった。こうすればよかったという仮定の議論は色々あると思うが、そこの点では基本的には私も同じ意見だ。
(坂井委員長)
もう一言言わせていただくと、別々に提示してもそうなってしまうのではないかとおっしゃるが、問題は提示の仕方なのだ。今の質問は、「違う話ですよ」とわかった上で、別々と言っているからいいが、テレビの作り方においては、いろいろなテレビ的技法があり、別々に提示した形をとっても一般視聴者には別々に見えないような内容にすることだってできる。これは明らかに別の問題だということをわかるように提示すれば、それはありかもしれない。
それがまさに編集上の問題と言っていることとも繋がると思う。別々に提示すると抽象的に言っても、いろんなやり方がある。そこのところを、理解して頂けたらなと思う。
市川委員長代行は、NHKの自己正当化に悪用されている「少数意見」を出している委員です。そういう立場の委員でも番組編集に問題があったと指摘しているのです。つまり、この番組に悪質な印象操作があったことは明白です。
一方、須藤記者は記事の中でこう主張しています。
『同委員会の判断が、政治家ら大きな権力を持つ者や企業の不正疑惑などを報じる調査報道を萎縮させると危惧したもので、私も同意する。』
記者会見で中島徹委員はこう述べています。
『調査報道等を萎縮させるべきではないというのはそのとおりだが、調査報道であれば、ゆえなく人を貶めていいかというと、もちろんそういうことにはならない。個人的な意見だが、調査報道というのは第一義的には権力に向かうべきものだと考えている。この番組で言えば、権力は理研なのであって、STAP細胞が理研にとっていかなる意味を持っていたのかを組織と個人という視点から追及するのが本来のあり方ではなかったのかと思う。』
この記者会見を受けても、あのような記事を書けてしまう毎日新聞社の知性を疑います。
先日、出版社や新聞社の編集者100人による投票を集計した「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」では、ベッキー不倫報道がジャーナリズム大賞を受賞したそうです。ジャーナリストの投票で個人に対する集団イジメを大賞に選んだことは、本当のジャーナリストならば危機感を持つべきでしょうが、「記者の目」としてBPO勧告で調査報道が萎縮するなどという記事を出す毎日新聞には、その危機感はないのでしょう。
須藤唯哉記者の今回の記事も、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」も、「大宅壮一ノンフィクション賞」も、日本のジャーナリズムの劣化ぶりを象徴しているのかも知れません。
※1)3月19日:「文芸春秋社が主催」は「文芸春秋社が運営」の誤りでした。
毎日新聞には出版部門子会社の毎日新聞出版社がありますが、須田桃子氏が毎日新聞記者としての取材活動を書いた「捏造の科学者」は、毎日新聞出版ではなく大宅壮一ノンフィクション賞を運営する文藝春秋社から出版されています。
参考:大宅賞受賞のために12月の理研調査委の結論が出る前に刊行を急いだ欠陥本、須田桃子『捏造の科学者』